狂歌逍遙録by吉岡生夫

五句三十一音詩という概念を導入し、日本語の歴史を重ねることによって歌の歴史に新たな視座を開いた吉岡生夫の世界へ、ようこそ


出発の前後→資料の説明→狂歌「Q&A」僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る目次
出 発 の 前 後
狂歌徒然草』(仮題)執筆の基礎となる資料収集の段階から同時進行で公開しています。「狂歌」「狂名」の既成概念から自由であること、そこから『狂歌徒然草』(仮題)は始まります。

資料は次の3点です。
@『狂歌大観』(狂歌大観刊行会、明治書院)
A『近世上方狂歌叢書』(近世上方狂歌研究会和泉書院
B『江戸狂歌本選集』(江戸狂歌本選集刊行会、東京堂出版)
→各刊行年は右記とおり。ちなみに『国歌大観』は1901年です。

「目次」の同名をクリックすると作品抄が展開します。
吉岡「(略)男が少ないということは男の参入する余地があるということです。(略)狂歌についても同様のことがいえます。『狂歌大観』本篇が一九八三年、『近世上方狂歌叢書』の第一巻が一九八四年、『江戸狂歌本選集』第一巻が一九九八年の刊行です。この成果に歌人は少しも気がついていない。いわば手つかずの宝の山が二つもあるということは非常に大きいと思うのです」(「白珠」2007年3月号「シンポジウム六十年後の短歌」) (吉岡生夫第四歌集)
帯文/和歌における新古今集、俳諧における芭蕉。日本の伝統詩は笑いを排除し、隔離することによって芸術的完成を遂げたとみなしてきた。敷島のやまとの国びとは、和歌・狂歌の歴史的分裂関係を今にひきずり、短歌から笑いの排除をつづける。それで現代の感性を詠むことは可能なのか。吉岡生夫は実作によってその疑問を呈する。(織田正吉)
資 料 の 説 明
ブログ「狂歌徒然草」で取り扱うのは以下の資料です。

  @東京堂出版『江戸狂歌本撰集』(全15巻)
  A近世上方狂歌研究会『上方狂歌本叢書』(全29巻)
  B明治書院『狂歌大観』(全3巻)

 これをBから逆に読んでいきます。
 その性格ですが東京大学文学部・大学院人文社会系研究科のサイトに小林ふみ子氏が「天明狂歌研究」を書いています。その中に次のような一節が目に止まります。いわく「第二章『大田南畝の狂歌と狂文』では、天明狂歌壇の盟主であった四方赤良こと大田南畝の文事における狂歌および狂文の位置を考察する。第一節では、天明狂歌が、従来、それ以前の狂歌との異質性ばかりが強調されてきたことに疑問を呈し、近世初期狂歌を尊重する一方で、それ以後の上方狂歌を軽んじる南畝の狂歌観には、江戸に対する愛着が大きく影響していることを述べ」というくだりです。これはその後の狂歌の見方を決定づけた、と考えられます。

 @はその系列の選集です。古典文学全集等でも狂歌といえば、この時期のものばかり、といっても過言ではありません。
 Aは軽んじられた上方狂歌です。
 Bは近世初期狂歌です。

 『狂歌大観』の「序」は次のように書かれています。
「狂歌は、これが盛んに行われた時代においても、その包含する所は多種多様であり、作者によっても、その意図する所は多種多様であった。一般に、こんにち狂歌と呼ぶものは、所謂天明狂歌とその流れをくむものであるが、天明狂歌の成立によって、いわばその前史と見なされるに至った数百年の狂歌は、まことに骨太であり、豊饒でもあったのだ。豊饒は、ときに粗野であり、洗練を欠くが、天明の江戸狂歌が、洗練のうちに、払い落とし、失って行ったものが、実はそれ以前の狂歌においては、他のさまざまの文芸・芸能の領域と深く力強く結びつけられて存在した」
『狂歌大観』の第1巻はその時期の狂歌集です。第2巻は狂歌の起源をそこに求める説もある軍記ものや落首そのほかが収録されています。

 ブログ「狂歌徒然草」は狂歌を五句三十一音詩史の中に正当に位置づけるための作業です。それは同時に四方赤良という天才によって江戸に引き寄せられた狂歌の歴史に複眼的な考察を加えることにほかならないのです。
狂 歌 「Q&A」 
 狂歌は和歌のパロディですか?
 「木を見て森を見ず」の言です。
  今その森の中を探索中です。詳しくはブログ「狂歌徒然草」を御覧下さい。

 川柳は今も盛んですが狂歌は何故行われなくなったのですか?
 同じ十七音詩でも俳句には季語と切れ字がありますが川柳にそうした制約はありません。つまりルールが違うのです。
  これに対して和歌も狂歌も同じ五句三十一音詩、ルールに違いはありません。
  意識するとしないとにかかわらず狂歌は近代短歌に吸収されることによってその時代的役割を終えたのです。これを少しく説明するならば明治三十一年の子規「生は和歌につきても旧思想を破壊して、新思想を注文するの考にて、随(したか)つて用語は雅語、俗語、漢語、洋語必要次第用うるつもりにて候」(『歌よみに与ふる書』)あるいは翌年に発表された「万葉集巻十六」の「滑稽は文学的趣味の一なり」また「真面目の趣を解して滑稽の趣を解せざる者は共に文学を語るに足らず」等によって、狂歌はその拠って立つ基盤を喪失したのです。

 岩波書店の『新日本古典文学大系』第61巻に収録されている『狂歌略史――源流から二つの撰集まで』に次のようにあります。筆者は高橋喜一と塩村耕の連名です。「狂歌を単に滑稽歌と定義づけるならば、その起源は和歌の起源に埋没してしまう。なぜならば、滑稽は和歌が本来持っていた機能の一分野であるからである。『万葉集』には「戯に嗤へる歌」があり、勅撰集に「誹諧歌」の部立が見られるが、これを狂歌の古例とすることはできない。狂歌の始原は「狂歌」の語が文芸のジャンルの名として文献に現われ始める鎌倉初期を待たねばならないのである」。いかがですか。
 定義の問題は後に譲るとして、狂歌の起源が和歌の起源に埋没して何か不都合なことがあるのでしょうか。定家の父、俊成が『和歌肝要』(『日本歌学大系』第4巻)で「狂歌といふは俳諧なり」と述べて何が不都合なのでしょう。私には理解できません。それから文献に現れないということは存在しなかったということなのでしょうか。私は違うと思うのです。

では狂歌の起源は?
万葉貴族の短歌は五句三十一音詩のすべてを代表していました。ところが平安貴族の和歌は万葉貴族の短歌をそのまま継承しませんでした。五句三十一音詩のすべてをカバーしなかった。一つの排他的世界を選択し、その完成に向かった。これがフォーマルな場で行われた和歌とすれば、インフォーマルな場で「言い捨て」を条件に許された五句三十一音詩があった。これを彼らは狂歌と呼んだのです。

「言い捨て」だから記録に残らなかったというわけですね。
そうですね。しかし文献に残された和歌にもおもしろいものがあります。次は『夫木和歌抄』(一三一〇年頃)の一首です。
   牛の子にふまるな庭のかたつぶり角ありとても身をな頼みそ  寂蓮法師
  親牛でなく、かわいい子牛であっても角があること、これが下句と対応しています。「かたつぶり」を漢字で書くと「蝸牛」です。蝸牛にも角があります。同じ「牛」だからといって、同じように角があるからといって張り合っては駄目だよ。庭の蝸牛よ、というわけて゜す。
 これを読むと私は『古今夷曲集』(一六六六年)の次の一首を思い出します。
   草村にむさとな鳴きそ轡虫野飼の馬のはむ事もあり       浄治
 クツワムシよ。不用意に鳴くなよ。放し飼いの馬に食べられることだってあるからね、といったところでしょう。その「クツワ(轡)」ですが辞書に「手綱をつけるため、馬の口にかませる金具」とあります。蝸牛との類似に注目してください。
 『夫木和歌抄』は『万葉集』以降の和歌のうち、従来の撰から漏れた一七三五〇首を収録した類題和歌集です。ではなぜ漏れたのか。歌が下手だった。そうかも知れません。しかし中には和歌という概念を逸脱していたという側面もあったに違いありません。試みに日文研(国際日本文化研究センター)の時代統合検索で「かたつふり」を検索すると四件がヒットします。うち一件は『寂蓮法師集』、残る三件は『夫木和歌抄』です。これからもカタツムリは狂歌で取り扱われるべき素材であったということがいえそうです。

では、お聞きします。狂歌とは?
狂歌とは和歌の概念に収まらない五句三十一音詩の総称です。作品に即していえば用語ならびに素材の選択において一切の制約から解き放された歌というふうに定義できます。

それだけですか。補足することは?
平安貴族の和歌がカバーしなかった五句三十一音詩の世界が狂歌なのです。『狂歌大観』の「序」に即していえば「多種多様」「他のさまざまの文芸・芸能の領域と深く力強く結びつけられて存在した」人間の営み全てに市民権を与える名称、それが狂歌なのです。
 誹諧歌は和歌と狂歌の重なる部分です。しかし二十一代集のうち誹諧歌が設けられているのは七集、三分の一に過ぎません。しかも全作品に占める比率は『古今和歌集』(五・三%)、『後拾遺和歌集』(一・七%)、『千載和歌集』(一・七%)、『続千載和歌集』(〇・九%)、『新千載和歌集』(〇・八%)、『新拾遺和歌集』(〇・九%)、『新続古今和歌集』(〇・九%)と先細りの傾向をはっきりと示しています。
 落首は為政者にとって最も危険な狂歌であったことでしょう。
 樋口清之の『笑いと日本人』(講談社『日本人の歴史』第九巻)に「滑稽文学の系譜」の章があり、最初の節は「笑いを低くみた貴族」です。曰く「狂言も落語も漫才も、その源泉をさぐれば、やはり信仰にたどり着く」「笑いに招福の呪力があるとした古代の信仰は、今なおわれわれの生活の中に色濃く残っているのである」「世の中が不穏だった奈良時代までは、まだ支配者階級の間にも信仰的な笑いは残っていたと思う。しかし世の中が安定した平安時代になると、笑いは低俗なもの、嘲りの表現としての意味あいを強めたのである」。狂歌の主流が滑稽に向かって特化していく過程を説明しているようで興味深いものがあります。逆にいえば和歌に欠落していた世界をカバーしたのが狂歌なのです。

さいごに狂歌を総括するとどういうことになりますか?
これは『江戸狂歌本選集』を読み終えた後のために残しておきましょう。
 ただ
狂歌にとって不幸だったのは、インフォーマルな場所において行われていた名称をそのまま継承したことだろうと思います。正統な和歌の対立軸として生長する芽は最初から奪われていたのです。加うるに天明狂歌に対する偏った評価が、狂歌そのものを歪な世界に追いやっている、これが現在における私の印象です。
 窪田空穂が『近世和歌研究』(砂子屋書房)の中で面白いことを書いています。
「蘆庵や景樹は古今集を宗としてはゐる。口に説き、歌に見せてゐる。だが、やや注意して彼らの歌を見ると、彼らは古今集を学んでゐるとはいへない。その自己を信じ、自己の実感を重んじてゐる点は、まさしく古今集以上である。要するに彼らは彼らの歌を詠んでゐるのだ。その古今集を説いてゐるのは、さうすることによつて彼らの歌に権威を添へようとしたと思へる。これは意識してゐたことか、又は意識してゐなかつたのかは問題となる。その歌から思ふと、かういへる。思ふに、眼前の京都には新古今風の歌がある。江戸には萬葉風の歌が起つて来てゐる。いづれも歴史といふ権威をそのうしろに負つてゐる。今新風を起さうとすれば、それに匹敵しうる権威あるものを傭つて来なければ、世人が承認しなかつた為ではなかつたか」。
 五句三十一音詩を覆っていた時代背景として押さえておきたいと思います。
僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る(高村光太郎「道程」)
真砂なす数なき星の其中に吾に向かひて光る星あり(正岡子規)

織田正吉=示唆を与えられたのは平成4(1992)年である。曰く「和歌における新古今集、俳諧における芭蕉。日本の伝統詩は笑いを排除し、隔離することによって芸術的完成を遂げたとみなしてきた。敷島のやまとの国びとは、和歌・狂歌の歴史的分裂関係を今にひきずり、短歌から笑いの排除をつづける。それで現代の感性を詠むことは可能なのか。吉岡生夫は実作によってその疑問を呈する」(『草食獣第四篇』帯文)。思えば「私の五句三十一音詩史」の執筆は15年後である。参考=『日本のユーモア 1 詩歌篇』(筑摩書房)、『ことば遊びコレクション』(講談社現代新書)、『百人一首の謎』(講談社現代新書)

安田純生=狂歌が現代短歌とつながることを教えてくれた。曰く「漢語や話しことばの採用、破格の語法など、用語の面のみに着目すると、狂歌は現代の文語体短歌や話しことば調短歌に近いものを有している。少なくとも江戸時代の正統的な和歌より狂歌のほうが、いっそう現代短歌と近い関係にある。これを逆にいえば、現代短歌は、歌人が意図しているか否かにかかわらず、用語の面で江戸時代の狂歌を継承しているということである」(『現代短歌用語考』)。このほか「貫之の生きていた時代では、書きことばと話しことばとの間に、まったく同じとまではいえないにしても、それほど大きな違いはなかった」(『現代短歌のことば』)を契機に平凡社ライブラリー『日本語の歴史』(全七巻)、山口仲美『日本語の歴史』(岩波新書)を手にすることになった。その恩恵は枚挙に遑がない。参考=『現代短歌のことば』(邑書林)、『現代短歌用語考』(邑書林)、『歌ことば事情』(邑書林)、『歌枕試論』(和泉書院)、『歌枕の風景』(砂子屋書房)

金子実英=「狂」の字義を鮮明にすることによって狂歌史の淵源を『万葉集』まで広げてみせた。その定義「狂歌とは用語及び取材に絶対的自由を与へられたる卑俗なる短歌であり、滑稽を旨とするものである」は新鮮な驚きであった。これで万葉から現代までつながった、という感動である。のちに五句三十一音詩の名称の変化に着目して私は「私の五句三十一音詩史」を書くことになったが、「『古事記』の夷振(ひなぶり)、『万葉集』の戯笑歌、『古今和歌集』の俳諧歌、あるいは軍記物の中の落首などに起るとする古人の説には賛しがたい」(岩波書店『日本古典文学大辞典』)とする浜田説が大勢であるだけに今も百人力であることに変わりはない。参考=J−TEXTSで公開されている「狂歌小史」(藤井乙男編『蜀山家集』。※国会図書館で検索すると昭和九年の『京都帝国大学国文学会二十五周年記念論文集』に名前が見いだされるのみ、天王寺師範学校で教えていたようだが、それ以上の情報はない。藤井乙男の炯眼が偲ばれる。

ひさかたのアメリカ人が書くといふ英訳狂歌おもへばたのし

Robin D.Gill=ロビン・ギル。俳号は敬愚。日本語での著作に『英語はこんなにニッポン語』(筑摩書房、ちくま文庫)・『コラッ!む』(白水社)・『誤訳天国』(白水社)・『 中国のマザーグース』(北沢図書出版)・『日本人論探険』(ティピーエス・ブリタニカ)・『反日本人論』(工作舎)がある。なだいなだの『江戸狂歌』は知っているが、『狂歌大観』も視野にいれた単行本は初めてだろう。今のところ日本語での出版の予定はないらしい。私にとっては唯一といってもよいだろう、道中の友である。参考= アマゾンの洋書で検索すると、こちら。10冊がヒットする。俳句と川柳についての著作がある。
いよいよ完成、日本語の案内「新わっぱら」からどうぞ。グーグル・ブックスで立ち読みも出来ます。→『MAD IN TRANSLATION』

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作品抄 狂歌大観(本篇)(参考篇) 近世上方狂歌叢書 江戸狂歌本撰集 夫木和歌抄
日本語と五句三十一音詩

ブイツーソリューション
ブログ「狂歌徒然草」
狂歌史年表
私の五句三十一音詩史
文語と口語
歌の円寂するとき
句またがりの来歴
字余りからの鳥瞰図〜土屋文明『山谷集』〜
夫木和歌抄と狂歌
短冊短歌と応募原稿
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区分 シリーズ「狂歌を読む」 夫木和歌抄を読む
第1巻 第2巻 第3巻 全1巻
狂歌大観 近世上方狂歌叢書 江戸狂歌本選集 夫木和歌抄
第1回 東北院職人歌合 狂歌大和拾遺
第2回 鶴岡放生会職人歌合
第3回 金言和歌集
第4回 三十二番職人歌合
第5回 調度歌合
第6回 玉吟抄
第7回 七十一番職人歌合
第8回 雄長老狂歌百首
第9回 三斎様御筆狂歌
第10回 入安狂歌百首
第11回 四生の歌合
第12回 四生の歌合(2)
第13回 四生の歌合(3)
第14回 四生の歌合(4)
第15回 新撰狂歌集
第16回 新撰狂歌集(2)
第17回 新撰狂歌集(3)
第18回 新撰狂歌集(4)
第19回 新撰狂歌集(5)
第20回 新撰狂歌集(6)
第21回 貞徳百首狂歌
第22回 貞徳百首狂歌(2)
第23回 職人歌合
第24回 吾吟我集
第25回 吾吟我集(2)
第26回 吾吟我集(3)
第27回 吾吟我集(4)
第28回 吾吟我集(5)
第29回 吾吟我集(6)
第30回 吾吟我集(7)
第31回 吾吟我集(8)
第32回 吾吟我集(9)
第33回 吾吟我集(10)
第34回 鼻笛集
第35回 古今夷曲集
第36回 古今夷曲集(2)
第37回 古今夷曲集(3)
第38回 古今夷曲集(4)
第39回 古今夷曲集(5)
第40回 古今夷曲集(6)
第41回 古今夷曲集(7)
第42回 古今夷曲集(8)
第43回 堀川百首題狂歌合
第44回 堀川百首題狂歌合(2)
第45回 堀川百首題狂歌合(3)
第46回 堀川狂歌集
第47回 堀川狂歌集(2)
第48回 堀川狂歌集(3)
第49回 後撰夷曲集
第50回 後撰夷曲集(2)
第51回 後撰夷曲集(3)
第52回 後撰夷曲集(4)
第53回 後撰夷曲集(5)
第54回 後撰夷曲集(6)
第55回 後撰夷曲集(7)
第56回 後撰夷曲集(8)
第57回 後撰夷曲集(9)
第58回 後撰夷曲集(10)
第59回 後撰夷曲集(11)
第60回 後撰夷曲集(12)
第61回 後撰夷曲集(13)
第62回 後撰夷曲集(14)
第63回 後撰夷曲集(15)
第64回 後撰夷曲集(16)
第65回 後撰夷曲集(17)
第66回 卜養狂歌集
第67回 卜養狂歌拾遺
第68回 豊蔵坊信海狂歌集
第69回 豊蔵坊信海狂歌集(2)
第70回 豊蔵坊信海狂歌集(3)
第71回 豊蔵坊信海狂歌集(4)
第72回 豊蔵坊信海狂歌集(5)
第73回 豊蔵坊信海狂歌集(6)
第74回 孝雄狂歌集
第75回 孝雄狂歌集(2)
第76回 孝雄狂歌集(3)
第77回 信海狂歌拾遺
第78回 銀葉夷歌集
第79回 銀葉夷歌集(2)
第80回 銀葉夷歌集(3)
第81回 銀葉夷歌集(4)
第82回 銀葉夷歌集(5)
第83回 銀葉夷歌集(6)
第84回 銀葉夷歌集(7)
第85回 銀葉夷歌集(8)
第86回 銀葉夷歌集(9)
第87回 銀葉夷歌集(10)
第88回 銀葉夷歌集(11)
第89回 銀葉夷歌集(12)
第90回 銀葉夷歌集(13)
第91回 銀葉夷歌集(14)
第92回 銀葉夷歌集(15)
第93回 銀葉夷歌集(16)
第94回 大団(1)
第95回 大団(2)
第96回 大団(3)
第97回 大団(4)
第98回 大団(5)
第99回 大団(6)
第100回 大団(7)
第101回 大団(8)
第102回 大団(9)
第103回 大団(10)
第104回 春駒狂歌集
第105回 続春駒狂歌集
第106回 甚久法師狂歌集
第107回 家つと
第108回 家つと(2)
第109回 家つと(3)
第110回 家つと(4)
第111回 家つと(5)
第112回 家つと(6)
第113回 華紅葉
第114回 華紅葉(2)
第115回 華紅葉(3)
第116回 華紅葉(4)
第117回 華紅葉(5)
第118回 華紅葉(6)
第119回 狂歌乗合船
第120回 狂歌乗合船(2)
第121回 狂歌乗合船(3)
第122回 雅筵酔狂集・腹藁
第123回 雅筵酔狂集・腹藁(2)
第124回 雅筵酔狂集・腹藁(3)
第125回 続家つと
第126回 続家つと(2)
第127回 続家つと(3)
第128回 続家つと(4)
第129回 続家つと(5)
第130回 続家つと(6)
第131回 続家つと(7)
第132回 置みやけ
第133回 置みやけ(2)
第134回 置みやけ(3)
第135回 置みやけ(4)
第136回 置みやけ(5)
第137回 置みやけ(6)
第138回 置みやけ(7)
第139回 置みやけ(8)
第140回 狂歌糸の錦
第141回 狂歌糸の錦(2)
第142回 狂歌机の塵
第143回 狂歌ますかがみ
第144回 狂歌ますかがみ(2)
第145回 狂歌ますかがみ(3)
第146回 狂歌戎の鯛
第147回 狂歌戎の鯛(2)
第148回 狂歌種ふくべ
第149回 狂歌種ふくべ(2)
第150回 狂歌餅月夜
第151回 狂歌餅月夜(2)