夫木和歌抄の歌人たち


勅撰和歌集は五句三十一音詩の全てではありません
むしろ、ほんの一部といってもいいでしょう
あの万葉集も私撰集でした

私撰であれば、私撰であるからこそ、よそゆきでない
等身大かつ普段着の
「私」たちの顔がのぞきます
 
春来てはみなわかなにぞ成りにける雪いただきしおきな草まで(256) 阿仏尼  夫木和歌抄成立の種を蒔いた阿仏尼の鎌倉行。母は強し。そして「翁草」のユーモアが狂歌の祖・暁月房を生んだ、そんな想像に遊ぶのも楽しいことです。 
春雨のこころ細くもふる郷は人くといとふ鳥のみぞ鳴く(440) 土御門通親  平凡社ライブラリーの『日本語の歴史5 近代語の流れ』によると「《古今集》の時代の人は、『人来人来といとひしもをる』を『ピトクピトク……』とよんだにちがいないのである」とあります。P音が存在していたのです。 
から衣かづく袂ぞそほちぬるみれどもみえぬ春のこさあめ(959) 藤原隆季  「こさあめ」は小雨。実感です。 
春の日のなぐさめがたきつれづれにいくたびけふもひるねしつらん(1562) 藤原経家  昼寝しかも日に何度も。木の芽時しくは五月病? 
おもだかや下葉にまじる杜若花ふみ分けてあさるしら鷺(1999) 藤原定家  餌を漁るシラサギの姿がリアルです。 
なつくればしづのあさぎぬときわくるかたゐ中こそこころやすけれ(2316) 源仲正  片田舎礼賛の歌です。 
いもと我ねやのかざとにひるねして日たかき夏のかげをすぐさん(3307) 曾禰好忠  風の通るところで夫婦そろっての昼寝です。 
夏の夜は枕をわたる蚊のこゑのわづかにだにもいこそねられね(3322) 九条良経  蚊に悩まされる貴公子です。 
夏川の底まで月の澄みぬれば瀬にふす鮎の数もみえけり(3344) 源頼行  自然界のライトアップです。 
山里はこやのえびらにもる月のかげにもまゆのすぢはみえけり(3345) 源俊頼  夫木和歌抄は引用に誤りの多いのが玉に瑕、散木奇歌集で訂正しています。養蚕の現場が詠われています。
草ふかみむしのたれぎぬ結びあげてとおりわずらふ夏の旅人(3363) 藤原季能  虫の垂衣。平安時代に主として婦人の旅行者などが笠の周囲に薄い布を長く垂らした被り物。 大変です。 
袖の内になかばかくるる扇こそまだ出でやらぬ月とみえけれ(3409) 藤原季経  マジシャン登場。見立ての歌、とある折のスナップでしょうか。 
七夕も同じ川原にたつたひめいそげもみぢの秋のうきはし(4080) 九条基家  よく引用される歌に藤原為忠(?~1136)の「時きぬとふる里さしてかへる雁こぞ北みちへまたむかふなり」(「為忠集」)の「来た」と「」があります。掲出歌も助動詞「た」の誕生を受けて「立った」と促音で「竜田姫」 が重ねられていると考えたくなります。作者の基家(1203~1280)は九条良経の三男です。
から衣たつたの山にあやしくもつづりさせてふりぎりすかな(5611) 大伴家持  これも二句が「裁った」と促音で聞こえてしまいます。『夫木和歌抄』編纂の頃は助動詞「た」は為忠の頃より浸透していたことてしょう。 その「た」が読みにも影響したと思ってしまうのです。
から衣いまやたつたの川かぜにきぬたのおともうちすさむらん(5763) 兵衛内侍  三句から眺めると「唐衣いまや竜田(立った)の川風に」と読んでしまいます。破格、発音も促音、助動詞「た」の影響を思ってしまいます。「立つた(竜田)」の例は『万葉集』(83)の〈海の底沖つ白波竜田山いつか超えなむ妹があたり見む〉があります。枕詞は四句の「砧」に掛かっているとすれば帳尻が合います。作者は「建保三年名所百首に出詠。順徳院兵衛内侍か」(『作者分類夫木和歌抄本文篇』)。
夫木和歌抄と狂歌 
作品番号6335、作品総数17387首中36.4%の進捗率です。 
*鑑賞にあたって五十音図(45字)を出してきたりして悦に入っています。しかし往時なら47字(いろは歌)で発音も異なっていることでしょう。現代人が声に出して読む古典和歌には、そうした乖離のあることに気付かせられます。古典用音声創作ファイルなどが開発されると面白いかも知れません。 


 


夫木和歌抄の里、牧之原~清浄寺篇~



夫木和歌抄の里、牧之原~勝間田城址篇~

 


区分  歌人名  作品(*は文中引用)  備考 
い   家隆
藤原家隆(1158~1237) 
春の日のあさざはをののうす氷たれふみ分けてわかなつむらん (244)
紫のねばふよこ野の春駒は草のゆかりになつくなりけり(1036)
にほへただあさくら山の桜ばなゆきてもをらぬよそのよそまで(1406)
ふもとまでひとつ雲ぢとなりはてて山のはもなし五月雨のそら(3009)
煙たつ賤が庵のうす霧の笆にさける夕がほの花(3503)
立ちわかれ今朝やこやのの花すすきまねくけしきもかなしかるらん(4367)
吉野川一本たてる岩すすきつりする人の袖かとぞ見る(4368)
たちかへりみちある御代にあはんとやおなじこやのの松むしのこゑ(5601)
いのちやはなにぞはつゆのあだしのにあふにしかへぬまつむしの声(5602)
をとめごがもみぢの衣打ちしぐれ袖ふる山のあきのみづが き(6177)
 
家長
源家長(?~一二三四) 
しなのぢや風のはふりここころせよしらゆふ花のにほふ神がき(1121)
竹の子のみじかきふしも秋きてはながき夜すがら風そよぐなり(3895)
みねの雲かさねて白き夕霧にかへるね山の鳥の一こゑ(5373)
夕時雨ふるからをののもとがしはもとつはながらもみぢしにけり(6158)
しろたへのこまのくつばみひきとめてみねにのこれる秋の色かな(6313)
 
家良
藤原家良(1192~1264)
 衣笠内大臣 
山がつの牆ほのうちのからなづなくきたつ程に春ぞ成りぬる(1737)
しろたへのかきねにさける卯の花にもてなされたるゆふづくよかな(2401)
五月雨のひまなき比もさをしかのうはげのほしはくもらざりけり(2992)
夏ふかみまだ刈りそめぬ粟づののきぎすのひなの草がくれつつ(3375)
わぎもこがみどりのまゆをかきそへてかど田のしぎのはおとをぞきく(5710)
なが月の末野の霜におとろへてさかりすぎたるをみなへしかな(6292)
 
き  公朝
権僧正公朝(?〜1296) 
かきながすはの字の水は絶えはてて空にのみ見る春のさかづき(1753)
是ほどと人は思はじ川上に咲きつづきたるあぢさゐの花(3356)
このうちによるなくつるのこゑまでも思へばかなしなでしこの花(3477)
秋ふかき川上とほく野分してやすくもたたぬねじろたかがや(5438)
たれならむ時雨にあける秋山にひとりさめたる松のみどりは(6020)
 
こ   後鳥羽院(1180〜1239)
 第82代天皇 
春雨に山田のくろを行くしづのみのふきかへす暮ぞさびしき(1909)
をしみこしおなじ名残のゆかりとてはなの道より春や行くらん(2261)
山がつの垣ほのおどろ夏ふけてそれともしらぬむしのこゑごゑ(3738)
秋ちかき賤士が垣ねの草むらになにともしらぬ虫のこゑごゑ(3739)
露しげき萩のはずりのかり衣ほさでやたびのかたみにもせん(4187)
 
さ  西行(1118~1190)  鶯はゐ中の谷の巣なれどもだみたる音をばなかぬなりけり(369)
山ざくらよし野まうでの花しねをたづねん人の袖につつまん(1171)
ほととぎすこゑにうゑめのはやされてやまだのさなへたゆまでぞとる(2535)
橘のにほふこずゑにさみだれて山ほととぎすこゑかをるなり(3024)
さみだれに山田のあぜのたきまくらかずをかさねておつるなりけり(3052)
さは水にほたるのかげのかずぞそふわがたましひや行きてぐすらん(3194)
おぼえぬをたがたましひのきたるらんおもへばのきにほたるとびかふ(3195)
よそふなる月の御かほをやどす池にところをえても咲く蓮かな(3520)
山ざとの外面のをかのたかき木にすずろがましき秋ぜみのこゑ(3582)
みまくさにはらののすすきかりに来てしかのふしどを見おきつるかな(4370)
しかのねをかきねにこめてきくのみか月もすみけり秋の山ざと(4860)
こさふかばくもりもぞする道のくのえぞには見せじ秋のよの月(5221)
うづらなくかり田のひつちおもひいでてほのかにてらす三日月のかげ(5683)
こよひはと心えがほにすむ月のひかりもてなす菊のしら露(5908)
 
し     慈円(1155~1225)
 諡(おくりな)は慈鎮 
雲の上につるのもろごゑおとづれて哀のどけき春のけふかな(1561)
春の野にふごてにかけて行くしづのただなどやらんもの哀なる(1702)
桃の花うかぶ心に待ちぞみるあふむのつきのいしにさはるを(1755)
春ふかき野べの霞の下風にふかれてあがるゆふひばりかな(1849)
茂りあふあをきもみぢの下すずみあつさは蝉のこゑにゆづりぬ(3639)
 
寂蓮(1139頃~1202)  かかりけるみのりの花ぞうぐひすよこなべをほしと何おもひけん(343)
なにはがた蘆のわかばのほに出でてまねくとみゆるこまのふりがみ(1046)
春雨にまがきの薄むらだちぬことしもさてや道もなきまで(1738)
蚊遣火のけぶりの末もほのかにてかすみに残る夏の夜の月(3392)
山がつのけぶりばかりとおくかびのうへにもゆるはほたるなりけり(3393)
浅茅生に秋待つほどや忍ぶらんききもわかれぬむしのこゑごゑ(3740)
山田もるすこがいほりのうたたねにいなづまわたる秋の夕ぐれ(5077)
まつがねのたけがりゆけばもみぢばを袖にこきいるる山おろしの風(6013)
 
俊成
藤原俊成(1114~1204) 
浅みどりさほの川べの玉柳釣をたれけん糸かとぞみる(807)
その匂ひそのすがたとはなけれどもはるの柳はなつかしきかな(810)
ふる郷のみかきがはらのはなれ駒さこそのがはめあれてみゆらん(1039)
わすれずよそのかみ山の花ざかりよもすがらみし春の夜の月(1151)
けふ暮れぬ夏のこよみを巻きかへし猶春ぞとや思ひなさまし(2284)
しばぶねのかへるみたにのおひ風になみよせまさるきしのうの花(2422)
みくりくるつくまのぬまのあやめぐさひけどつきせぬねにこそありけれ(2641)
いにしへをしのぶこころをそふるかなみおやのもりににほふたちばな(2725)
雲井までゆくほたるかと見えつるはたかまの山のともしなりけり(3086)
もののふのいるののはらとしりながらはぎさきぬればしかのなくらん(4201)
はしたかのはつとやだしの秋風にまだきしほれぬのぢのかるかや(4444)
ふぢばかま草のまくらにむすぶよは夢にもやがてにほふなりけり(4511)
いまぞしる秋はみなみにくるかりのあかしのおきの月になきけり(4889)
旅衣にしきたちきぬ人ぞなきもみぢ散りかふしがの山ごえ(6106)
 
順徳院(1197~1242)  ひろ沢やきしの柳をもる月のひかりさびたる水の色かな(856)
かへるかり涙や秋にかはるらん野べはみどりの色ぞ染めゆく(1590)
夕がすみ消行くかりや雲とりのあやにおりみだる春の衣手(1591)
小山田のあぜのほそ道くる人におどろきてたつ春の雁がね(1592)
爪木こる遠山人はかへるなり里までおくれ秋の三日月(5116)
かこつべき野ばらの露も虫の音もわれよりよわき秋のくれかな(6305)
 
た  為家
藤原為家(1198~1275) 
きのふけふ春雨晴れぬふなをかのわかなはおしてあすやつままし(209)
こぐさつむふか田のあぜの沢水にわかなすすぐと袖ぬらしつつ(260)
さと人や野田の若菜をすすぐらん汀ぞにごる玉川の水(274)
若菜つむ沢べの氷とけやらでまだはださむき春風ぞ吹く(569)
春日ののにひわか草につながれて立ちもはなれずあさる春駒(629)
ゐる鷺のおのがみのげもかたよりにきしの柳に春風ぞふく(859)
ふくかたやきたのの野べの草わかみ風にいばゆる春駒のこゑ(1051)
朝なぎの海士のいさりぞ思ひやる春のうららに日はなりにけり(1706)
明日よりは人もすさめじ山がつのそのふのももの花の夕かぜ(1749)
さけばかつはなだにおもき山吹の枝にかかれる春雨の露(2076)
おそ桜それだに雪とちりはててやよひもなかばはや過ぎにけり(2256)
神がきにけふたちめぐるやをとめのたもともかろくなつはきにけり(2310)
しげりゆくのきのこかげの雨のうちになほもこぐらき夏のそらかな(2352)
さもこそはみあれのころとなのるらめなもそのかみのやまほととぎす(2526)
つくまえのいりえのぬまのあやめぐさこの五月雨にかる人もなし(2640)
ほととぎすこゑふりたててすずか山いまぞせきぢをこえてなくなる(2886)
夏草の露けき中のしもつけにむろのやしまのことやとはまし(3364)
夏草の夜の間の露の下葉までさもほしはつる朝日影かな(3365)
夏ふかきしづが山田におくかびはほにこそいでね下むすびつつ(3390)
よそながら哀とぞ思ふ川しまの草のはつかにみゆるなでしこ(3475)
袖よりもこころぞうつる住吉のあさざはをののあきはぎの花(4123)
女郎花おほのの原の夕まぐれあやな名たてにやどやからまし(4294)
あくる夜の空かきくもるむら雨にさかり久しきあさがほの花(4567)
ひろさはやあさけさむけき池水に霧たちこめてかりぞなくなる(4970)
風わたるの田のはつほのうちなびきそよぐにつけて秋ぞしらるる(4986)
昨日こそ神田のさなへいそぎしかけさにひもののさとひらくなり(4987)
ふりすさむ雨のなごりの山風にむらむら過ぐる秋のあさぎり(5384)
ふきすさむ野分の空の雲間よりあらはれわたる在明の月(5436)
しろたへのしも夜の風のさむければころもでうたぬさと人もなし(5787)
夜半にふく秋風さむくなるままにころもうつなりかもの川上(5802)
ありま山しぐるる峰のときは木にひとり秋しるはじもみぢかな(6065)
山本のしづがかきねの村竹にもりていろづくはじもみぢかな(6067)
 
て  定家
藤原定家(1162~1241) 
をちかたや花にいばへて行く駒のこゑも春なる永き日ぐらし(1043)
えぞ過ぎぬ是やすずかの関ならんふり捨てがたき花の陰かな(1200)
鳥のねも花のかをりも春ながらながめはれせぬよもぎふのやど(1235)
みくりはふ汀のまこも打ちそよぎ蛙なくなり雨のくれがた(1922)
おもだかや下葉にまじる杜若花ふみ分けてあさるしら鷺(1999)
かげひたす水さへいろぞみどりなるよものこずゑのおなじわか葉に(2359)
たかせ舟くだす夜川のみなれざを取りあへずあぐる夏の月かげ(3329)
あぢさゐの下葉にすだく蛍をばよひらのかずのそふかとぞみる(3351)
みそぎすとしばし人なす麻のはも思へばおなじかりそめの世を(3825)
御祓川からぬ浅茅の末をさへみな人がたに風ぞなびかす(3826)
くまもなきゑじのたく火の影見えて月になれたる秋の宮人(5241)
色にいでて秋のこずゑぞうつり行くむかひの峰のうかぶさかづき(6142)
 
と  源俊頼(1055~1129)
【日本人名大辞典】
平安時代中期-後期の官吏,歌人。 天喜(てんぎ)3年生まれ。源経信(つねのぶ)の3男。堀河院歌壇の中心的存在で,白河法皇の命により「金葉和歌集」を撰進した。勅撰集には210首はいっている。篳篥(ひちりき)の名手。官途にめぐまれず,木工頭(もくのかみ)でおわった。大治(だいじ)4年死去。75歳。家集に「散木(さんぼく)奇歌集」,歌論書に「俊頼髄脳」。  
君が為三月になればよづまさへあべのいちぢにははこつむなり(1758)
玉の井にさけるを見れば款冬の花こそ春のひかりなりけれ(2086)
山ぶきをかざしにさせばはまぐりを井手のわたりの物と見るかな(2087)
ほととぎすなくねのかげしうつらねばかがみの山もかひなかりけり(2834)
山ざとはこやのえびらに澄む月のかげにもまゆのすそはみえけり(3345)
君が代のためしにひかん春日野は石の竹にも花咲きにけり(3426)
秋来ては風ひやかなる暮もあるにあつれしめらんむつかしのよや(3942)
おいぬれば七夕つめにことよせてとりもわたらぬみづはをぞくむ(4043)
山ざとはすどがたけがきさきはやすはぎをみなへしこきまぜてけり(4549)
さよふけて山田のひたの声きけばしかならぬ身もおどろかれけり(4631)
ひきわくる駒ぞいばゆる望月のみまきの原や恋しかるらん(5340)
柴の庵にはごものかこひそよめきて音するものは嵐なりけり(5409)
つはりせしふたごの山のははそ原よにうみすぎてきえぬべきかな(6046)
ももづてのいそしのささふ時雨してそつひこまゆみもみぢしにけり(6071)
 
な   藤原仲実(1057~1118)  紅の八重咲く梅にふる雪は花のうはぎとみゆるなりけり(728)
こだかみやたにのこぬれにかくろへて風のよきたる花をみるかな(1262)
春ふかみさやまの池のねぬなはのくるしげもなく蛙なくなり(1918)
雲雀あがるとぶひの原に我ひとり野もせにさけるすみれをぞつむ(1944)
いそげたごゆきあひのわせのふしたつな麻須香井衣みしぶつくとも(2573)
みちとほみほぐしのまつもきえぬべしやへ山こゆるよはのともし火(3102)
 
仲正
源仲正(生没年未詳)
 源三位頼政の父

【日本人名大辞典】
平安時代後期の武人,歌人。 源頼綱(よりつな)の子。源頼政(よりまさ)の父。摂津(多田)源氏。武士団の棟梁で,下総守(しもうさのかみ)をへて晩年に兵庫頭(かみ)となった。保延(ほうえん)6年(1140)前後に,七十余歳で没したとみられる。歌は「金葉和歌集」以下の勅撰集に15首はいっている。
*かたくなやしりへの園にわかなつみかがまりありくおきなすがたよ(199)
春風に氷のとぢめゆるされて岩まの水のこころ行くなり(598)
里近き淀の川べのうゑ柳ほつえよぢをりかづらせよこら(873)
くはたてて掘りもとめせしうちわらび春はおほ野にもえ出でにけり(923)
山ざくらきほひたづぬる人かずに見をうさぎまのうながしぞゆく(1067)
かめのかふさしでの礒にちりかかる花をかづかぬいろくづぞなき(1226)
雲かかる那智の高根に風ふけば花ぬきくだす滝のしら糸(1367)
みる程に人とまりけりいはでただ花にまかせよふはの関守(1409)
からくらや駒もかざらぬふる郷の庭もせにさくうすざくらかな(1441)
塩風にをじまの桜花かせてなみのみたてもなくて散りぬる(1445)
浪かくるつちにちりしく花の上をこころしてふめ春の山ぶし(1446)
おもしろや風のまきゑにふぶかれて庭のひまなき花のいかけぢ(1539)
かくばかりをしむもしらずたれにとててもろに花をくばる 風ぞも(1540)
つれもなき人のこころをとりしばにこがねのきぎすつけえてしかな(1802)
すみれ咲く南良のみやこの跡とてはいしずゑのみぞかたみなりける(1951)
田子がすむ山下水のかきつばたむべえび染の色に咲きけり(2000)
なつくればしづのあさぎぬときわくるかたゐ中こそこころやすけれ(2316)
おちかはるふたげのしかのくもりぼしややあらはるるなつはきにけり(2321)
やまがつのかきねのそひにはむこまの雪ふりがみとみゆるうのはな(2382)
あやめぐさひくとやしづのおりたちてけふすみのえをふみにごすらん(2651)
ほととぎすまたせまたせてしののめのほがらかにこそなきわたるなれ(2766)
風ふけばうちあぐる浪に立ゐして玉のひふつくよはの夏むし(3252)
露おもみまだをれ臥して常夏のおきぬや花のあさいなるらん(3464)
ふる郷にわが蒔捨てし撫子をたれあはれとておほしたてけん(3465)
はらひあげぬ葎の下にかくせどもこがねのぜにの花はやつれず(3466)
夏山の椎の葉毎に取付きてみみの間もなくゆするせみかな(3596)
いくかにかはつかりがねのわたるらむはねうちたたみやすむよもなく(4980)
いほやもり山田は月にまかせてよくまのあらばやいかまけもこん(5003)
ますらをのしがきのかげもあらはれてしのぶくまなき秋の夜の月(5237)
ひばりとるこのりてにすゑこまなめてあきのかりたにいでぬひぞなき(5648)
ときならぬゆきのつつみと見ゆるまでいけをめぐりてさけるしらぎく(5907)

源家七塔(中央が仲正)
満願寺
兵庫県川西市満願寺町7-1

*源仲正ゆかりの地を歩く
の  信実(のぶざね)
藤原信実(1176~1265頃) 
七種の数ならねども春の野にゑぐのわか葉もつみはのこさじ(227)
*山がつの園の雪まのかきうちにこころせばくやわかなつむらむ(286)
下もえのすぐろをあらふ春雨にやけののすすき草たちにけり(950)
春雨はしものあたとぞふりにけるおきからす草のもえしいづれば(977)
ちるをわがをしみもちたる後までもをりめはつけじさくらうすやう(1551)
山陰にこころばかりは春の色のつつじのけたみ花咲きにけり(2255)
はるのいろをきならし衣けふはまたぬぎかへがてらかたみにぞおく(2305)
ちはやぶるう月のみしめあらためてきねがもろごゑはやうたふなり(2472)
やましろのいはたのさなへとるたごのつかれにやすむもりのしたかげ(2562)
かきくらす山下陰とみるほどにふらでも過ぐる夕立の雲(3569)
むら雨のそらうちなびく秋の田の雲のはづれにのこるいなづま(5080)
ころもうつきぬたのおとのとほつかはわたりをさむみたれをまつらむ(5728)
まだからぬわさだをもると霜のよのをかのやかたに月を見るかな(5810)
しづがすむかきねにつづくははそ原さとの時雨ももみぢしにけり(6059)
 
ま  匡房(まさふさ)
大江匡房(1041~1111)
前中納言匡房卿 
くらぶ山したてる道は三千とせにさくなる桃の花にぞ有りける(1759)
たまくしげふたみのうらの郭公あけがたにこそなきわたるなれ(2802)
はなすすきほさかのこまにあらねども人おちやすきをみなへしかな(4377)
かご山のははかがしたにうちとけてかたぬくしかぞつまごひなせそ(4607)
こふ人にちぢのこがねはとらすとも秋のくるるぞをしくはありける(6319)
 
よ   好忠
曾禰好忠(生没年不詳)
 平安中期の歌人
【日本人名大辞典】
平安時代中期の官吏,歌人。 延長元年(923)ごろの生まれで,長保5年(1003)ごろ死去か。あたらしい形式で個性的な和歌をつくったが,奇行でも知られた。ながく丹後掾(じょう),六位にとどまったため,曾丹(そたん),曾丹後とよばれた。作品は「拾遺和歌集」以下の勅撰集に94首ある。中古三十六歌仙のひとり。家集に「曾丹集」。
わさ苗を宿もる人にまかせ置きて我は花みるいそぎをぞする(1364)
むばらこき手に取りためて春の野のふぢのわかそを折りてつがなん(1705)
さぎつきすがきさぼせり春毎にえりさすしづがしわざなるらし(1734)
みそのふのなづなのくきもたちにけりけさの朝なになにをつままし(1735)
ははこつむ三月の月に成りぬればひらけぬらしな我がやどの桃(1763)
春がすみたちしはきのふいつのまにけふはやまべのすぐろかるらん(2318)
うつぎはらてこらがぬのをさらせると見えしは花のさけるなりけり(2379)
山がつのはでにかりほす麦のほのくだけて物をおもふ比かな(3107)
日くるれば下ばこぐらき木のもとにものおそろしき夏の夕ぐれ(3306)
いもと我ねやのかざとにひるねして日たかき夏のかげをすぐさん(3307)
影清み夏の夜すがらてる月をあまのとわたる舟かとぞみる(3333)
わがやどの門田のわせのひつちほをみるにつけてぞおやはこひしき(5070)
秋風はまだきな吹きそ我がやどのあばらかくせるくものいがきに(5412)
まぶしさしはとふく秋の山人はおのがありかをしらせやはする(5549)
ともしすと秋の山べにいる人のゆみのやかぜにもみぢちるらし(6016)
 
良経
九条良経(1169~1206)
 後京極摂政 
あしがもの下の氷はとけにしをうはげの花の雪ぞふりしく(1398)
見ぬ世まで思ひ残さぬながめよりむかしにかすむ春の明ぼの(1691)
五月雨にとらぬさなへのながるるをせくこそやがてううるなりけれ(2595)
ねにたててつげぬばかりぞほたるこそ秋はちかしと色にみせけれ(3192)
夏の夜は枕をわたる蚊のこゑのわづかにだにもいこそねられね(3322)
とこ夏の花にたまゐる夕暮をしらでや鹿の秋をまつらん(3478)
外は夏あたりの水は秋にしてうちは冬なる氷室山かな(3720)
あしびきの山のたかねは久方の月の都のふもとなりけり(5142)
深き夜のはしにしただる秋の雨の音たえぬれば軒ばもる月(5454)
 


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