あっ、螢 歌と水辺の風景

吉岡生夫エッセイ集。2006年9月28日、六花書林発行。四六判並製カバー装 184頁 定価2200円+税 装幀・真田幸治。

目次
T あっ、螢(螢田/飛んだ/和泉式部/源氏物語/観察日誌/近世(一)/近世(二)/大愚良寛/落首と狂歌/親螢子螢/橄欖の花/北原白秋/斎藤茂吉/窪田空穂/寺山修司/辰巳泰子/前登志夫/螢籠/太平洋戦争/日本国語大辞典/農薬以前/現代螢事情/光る石/Never once more)
U 講演(狂歌で楽しむ近世の川)

螢を追って、
上代から近世、近代、そして現代。
軽やかに東へ西へ。
ここにフィールドワークの結実、待望の螢の短歌コレクション

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五句三十一音でたどる螢の歌(収録篇)
時代区分 詠 者 出 典 あっ、螢
大和時代
奈良時代
平安時代 (牛車の男) 伊勢物語 いでていなばかぎりなるべみともし消(け)ち年経(へ)ぬるかと泣く声を聞け
源至 いとあはれ泣くぞ聞ゆるともし消(け)ちきゆるものともわれはしらずな
(男) ゆくほたる雲の上までいぬべくは秋風吹くと雁(かり)につげこせ
(あるじ) 晴るる夜の星か河べの螢かもわがすむかたのあまのたく火か
読人しらず 古今和歌集 明けたてば蝉のをりはへ鳴きくらし夜は螢の燃えこそわたれ
紀友則 夕されば螢よりけに燃ゆれども光見ねばや人のつれなき
大和物語 つつめどもかくれぬものは夏虫の身よりあまれる思ひなりけり
尚侍 宇津保物語 衣うすみ袖のうちよりみゆるひはみつしほたるるあまやすむらむ
しほたれて年も経にける袖のうらはほのかにみるぞかけてうれしき
読人しらず 和漢朗詠集 草ふかくあれたる宿のともしびの風にきえぬは螢なりけり
螢兵部卿宮 源氏物語 なく声もきこえぬ虫のおもひだに人の消(け)つにはきゆるものかは
玉鬘 こゑはせで身をのみこがす螢こそいふよりまさる思ひなるらめ
源重之 後拾遺和歌集 おともせでおもひにもゆるほたるこそなくむしよりもあはれなりけれ
和泉式部 ものおもへばさはのほたるもわがみよりあくがれいづるたまかとぞみる
藤原高遠 詞花和歌集 なくこゑもきこえぬもののかなしきはしのびにもゆるほたるなりけり
鎌倉時代 (紀貫之) 宇治拾遺物語 あなてりや虫のしや尻に火のつきて小人玉とも見えわたるかな
源俊頼 千載和歌集 あはれにもみさをにもゆる螢かなこゑたてつべきこの世とおもふに
藤原為家 為家卿千首 貴布禰河岩こす浪のよるよるは玉ちるばかりとぶ螢かな
法橋春誓 続拾遺和歌集 き舟川やましたかげの夕やみに玉ちる浪はほたるなりけり
南北朝時代 前内大臣 新葉和歌集 あつめては国の光と成りやせんわが窓てらす夜はの螢は
祥子内親王 あつめしも今はむかしのわが窓を猶過ぎがてにとぶ螢かな
従三位行子 あつめねどねぬ夜の窓にとぶ螢心をてらす光ともなれ
室町時代
安土桃山時代
江戸時代 烏丸光広 黄葉集 草むらの露はこばるる風のうへにうきて螢のかげのみだるる
木下長嘯子 挙白集 ともし火をたむくとみれば河社夕なみかけて飛ぶ螢かな
後水尾院 後水尾院御集 飛ぶ螢つげていぬべく来ぬ秋の初風しるき雲の上かな
契沖 漫吟集 夕すずみあふぎの風によこぎれて又空たかく行く螢かな
大江匡房 和漢三才図会 五月雨に草の庵は朽れとも螢と成ぞ嬉しかりける
桂帆 狂歌乗合船 貴船川鉄輪の火とは逆さまに尻にともしてゆく螢哉
樋口故白 狂歌糸の錦 飛螢雲の上々様方の御前へ出ても尻ごみはせず
土碌斎寛水 狂歌活玉集 夏草の色にまがえる蚊帳の内はひとのひとのにほたる飛かふ
源三位頼政 都名所図会 いざやその螢の数はしらねども玉江の芦のみえぬ葉ぞなき
隣笛 狂歌栗の下風 夏の夜の野にぐはんぜなきをさな子を螢のつれて迷はするかな
河原鬼守 狂言鶯蛙集 揚屋入ゑりもとひかる大尽と肩をならべて飛螢哉
小袖行丈 朝露をなか根城とやたのむらん草のはむしやの螢合戦
宮戸川面 狂歌太郎殿犬百首 緋脅の鎧はちぎれ宇治橋の玉とみだれて螢飛なり
鍋黒住 狂歌東西集 大針にさつさとぬふて行螢橋のたもとも川の裾をも
式亭三馬 くり返しふみまき川にながめゐる螢を風にちらし書きすな
本居宣長 鈴屋集 とぶほたる窓のうたたね夢さめて見えこし人のたまかあらぬか
よはにとぶ螢を見ても影見えぬたまのゆくへや恋しかるらむ
道のへのゆざさがうへに螢とびかかやかしもよただにあふよは
上田秋成 藤簍冊子 蘆茂み葉うらにすがる夏虫の隠れてもほのみゆる光は
此夕べ引きやわすれし蛍火の光に見ゆる門の板ばし
藤原伊長 諸国図会年中行事大成 にほのうらやあし分小舟さしとめて袖にまちかく舞ほたるかな
村田春海 琴後集 風さそふ夏野の草のたもとよりつつみもあへずとぶ螢かな
小沢廬庵 六帖詠草 うなゐらがきそふ扇を打ちやめてあがるほたるを悔しとぞみる
為丸 狂歌浜萩集 宇治川やまねく扇の芝舟によりまさりくる夏虫のかげ
三駄 万代狂歌集 かる人のくたびれ足はさもなくてとりし螢はかごでかへりぬ
鈍々亭 狂歌関東百題集 池水をのぞむほたるは夢の中にのどかわく人のたまかとぞ見る
千柳亭 狂歌吉原形四季細見 なつ虫の玉のひかりを愛るかな孔雀長屋の夕やみのそら
沖澄 ほたる狩隅田の堤に煙草のむ火だねは風につい取られけり
常道 俳諧歌兄弟百首 つつみたる妹がふり袖ほころびてしかも鹿子の螢こぼせり
柿人 草のごと髪ふりみだす里の子のつぶりの上を螢飛びかふ
露深 竪横に飛びし綾瀬の螢見におりたやとなくせなの稚子
米積 童部の負ふ草籠に光れるは鎌で螢やかりてきつらん
歌麻呂 帯とけば宵の螢のこぼれ出て飛あがるべく妹おどろかす
香摘 貴舟河今もほたるはその身よりいづみ式部の魂かとぞ見る
倭足 流れゆく宇治の河辺に飛ぶ螢光りばかりやさかのぼるらん
千枝 螢等が軍は宵に事果てただ水鶏のみたたき合けり
紀真顔 芦荻集 追ひかくる妹がもすそにつと入て又追かへす螢をかしや
木下幸文 亮々遺稿 あすはしもさなへ植ゑんとせきいれし水田のうへに螢とぶなり
香川景樹 桂園一枝 ふるあめにともしは消えて箱根山もゆるは谷のほたるなりけり
良寛 (良寛全集) さむくなりぬいまはほたるも光なしこ金(がね)の水をたれかたまはむ
草むらの螢とならば宵々に黄金の水を妹(いも)たまふてよ
井上文雄 調鶴集 すずみすとあし分小舟さすさをの袖にさはるはほたるなりけり
はらへすと河瀬に流す麻のはにひとつすがりて行く螢かな
加納諸平 柿園詠草 吹きのぼる夕川風にをすまけば雲ゐをかけてほたるとぶなり
あし垣にほたるはなちしおもかげはひるさへみえて露ぞみだるる
熊谷直好 浦のしほ貝 くるるまで植ゑていにけるをやま田に螢の影のうつりけるかな
道のうへをあるく螢のひかりなき我が身にしあれば世をもてらさず
明治時代 落合直文 萩の家歌集 去年(こぞ)の夏うせし子のことおもひいでて籠の螢をはなちけるかな
あつめたる窓のほたるよこころあらば子をおもふ闇をてらせとぞ思ふ
螢おひて遠くもわれは来りけり子をおもふ闇にふみまよひつつ

なき人の魂のやくへかふる塚の卒塔婆のかげに螢飛ぶなり
平野万里 わかき日 山の夜(よる)、湯漕(ゆぶね)をかこむ石だたみ、湯気にうつりて螢のとべる。
大正時代 北原白秋 桐の花 ああ五月(さつき)螢葡ひいでヂキタリス小(ち)さき鈴ふるたましひの泣く
アーク燈点(とも)れるかげをあるかなし螢の飛ぶはあはれなるかな
斎藤茂吉 赤光 ほのぼのとおのれ光りてながれたる螢を殺すわが道くらし
すべなきか螢をころす手のひらに光つぶれてせんすべはなし
蚊帳のなかに放ちし螢夕さればおのれ光りて飛びて居りけり
窪田空穂 濁れる川 帰りくるふる里の路の夜となればあなめづらしく螢飛ぶ見ゆ
久にわれ見ずもありしと嘆きつつ暗き田の面に飛ぶ螢見る
土を眺めて 螢来(こ)見やる田の面(も)は星の居(ゐ)る遙けき空に続きたりけり
其子等に捕へられむと母が魂(たま)螢と成りて夜を来たるらし
門川の汀の草に居(ゐ)る螢子にとらせけり帯とらへつつ
斎藤茂吉 あらたま 草づたふ朝の螢よみじかかるわれのいりちを死なしむなゆめ
北原白秋 雀の卵 幽(かす)かなる翅(はね)立てて飛ぶ昼の螢こんもりと笹は上をしだれたり
昼ながら幽かに光る螢一つ孟宗の藪を出でて消えたり
昭和時代 斎藤茂吉 寒雲 この山に飛びかふ螢の幽かなる青きひかりを何とか言はむ
白き山 螢火をひとつ見いでて目守(まも)りしがいざ帰りなむ老の臥処(ふしど)に
前登志夫 子午線の繭 暗道(くらみち)のわれの歩みにまつはれる螢ありわれはいかなる河か
帰るとはつひの処刑(しおき)か谷間より湧きくる螢いくつ数へし
小中英之 翼鏡 螢田てふ駅に降りたち一分の間(かん)にみたざる虹にあひたり
前登志夫 樹下 志なほくあるべし今の世に歌まなびするいのちなるゆゑ
平成時代 辰巳泰子 紅い花 まへをゆく日傘のをんな羨しかりあをき螢のくびすぢをして
岩田正 レクエルド 数へあぐれば螢田(ほたるだ)・富水(とみづ)などとよき駅名多しわが小田急線
富水と書きて富水(とみづ)と呼ぶ駅をすぎて螢田よき名つづけり
辰巳泰子 アトム・ハート・マザー 夏闇はこはいほうたるなほこはい掌をはなさないお母さんこはい
仙川心中 ほたる散つて水のあまさに痴(し)れてゐたあれはたしかに十九歳(じふく)のころか
恐山からの手紙 逝かしめし子と観るほたる 真白くてうつくしき子をわが子とおもふ
流せし子 流れゆきし子 縫ふごときしぐさしながら光りてをりぬ
ほたるほたる生きて飛ぶなりじふねんのなみだはじめてながすこよひに
あいまいなわかさのじぶんかつてさをしんににくみてゐたるひにとぶ
五句三十一音でたどる螢の歌(番外篇)
平安時代 道綱母 蜻蛉日記・巻末歌集 さみだれや木(こ)暗き宿の夕されば面(おも)照るまでも照らすほたるか
平成時代 桑原正紀 妻へ。千年待たむ ほたる火のごとき命をたもちつつICUに妻はねむれる
有沢螢 朱を奪ふ しくしくと山葵田の畦ふみゆけば天に吸はるる螢の無限
高島裕 薄明薄暮集 大空の星に接(つづ)きてまたたける蛍のなかを母と歩めり
蛍ひくく漾ひながら光るたび仄かに見ゆる夜の川波
そつと包めば蛍はともる、われの掌(て)の底に寂しき街あるごとく