草 食 獣               

吉岡生夫第一歌集。昭和54年7月10日、短歌新聞社発行。定価2,000円。体裁・A5版、函入。目次4頁。本文117頁。「跋」(岡部桂一郎)5頁。「あとがき」2頁。1頁3首組。歌数281首。装幀・高瀬一誌。

絶版。

参考図書/三枝昂之・田島邦彦編著『処女歌集の風景―戦後派歌人の総展望』(ながらみ書房・昭和62年)、塚本邦雄著『現代百花園―明日にひらく詞歌』(花曜社・平成2年)、『大正昭和の歌集(短歌現代7月号別冊)』(短歌新聞社・平成17年)

T
  半 旗
憎しみを育てつつある浴槽にゆふべ浮かせてゐるわれの首
新聞をひろげてゐたる甥がふと(くう)をみつめて放屁をしたり
王冠のごとく巻きたる包帯がなにいさましくもの申す冬
ガリヴァを絵本でよみし頃おもひ草食人種といふを念へり
何時の世のいくさならずやどの顔もおそろしきまでにわれと似てゐる
花をもつごとく銃撃戦をいふ声をつたへてみにくかりにし
殺さるるためにこそ撃て雪の上(へ)を迫るカメラに映されながら
血をわかちたるさみしさをいひたくていへば一方通行の声
安らかに眠れと亡父(ちち)の掌(て)を合はす胸板(むね)を土足で駆けぬける音
傲然とありたしわれの雪原を遠のく亡父に背を向けながら
親切な人であったといふ“時の人”にこそ花を捧げてやらう
接点をもたぬ論理と知るわれはうつむきながら犠牲死といふ
握手してみたくなりたり放尿をして去るうしろ姿の男
官能に遠きあこがれならずとも酔へばひろがる原野のごとし
  殺めしごとく
警官を犬と呼びたる長髪の友の弁舌さはやかなりし
ビラくばりながら入日をみてゐたり 父はヴェテラン鑑識課員
われの目をじっとみてゐる父の目をひそかに量るごとくみてゐし
永遠にうごかぬ世界(なか)へ入るごとくまはす霊安室のノッブを
ハンドルの左右のまがりぐあひより奇しくゆがんでゐる心
直腸に鉛沈めることもなく叛きたる身をさらす公葬
石にぎりながらなげたることあらずひかりのごとく反射するゆゑ
パトカーの中よりわれがみてをれば挙手をしてゐる警官の列
公務死をとげて勝ちたる亡父のためわれのてにある一輪の菊
ステージの父の遺影のまつられてあるところまで行かねばならず
直視するべくまなこみひらけばくやし 遠のくばかりの遺影
亡父すでに死より解放されてゐるそのことのみを祝さむとする
明日死ぬぞ今日死ぬぞと叫びしが決して死なないデモの一群
花束を捧げれば良いのかさはやかに生きて女を抱きに行く友
父の死をまつる巨大なものを背にたじろぐわれのこころを許す
われの亡父を犬と呼びたる友よその腸に鉛を沈めて叫べ
忘却の河をながれぬ一本の針をてにのせみてゐる夕べ
父とわが呼びたる骨をひろはむとするに殺めしごとく崩れつ
  父の死
こときれてすがしき笑(ゑみ)をのこしゐるちちの死顔に救はれてをり
わが父をのみこみをへてどこまでも果てなくあをき方形の空
理科学生の兄はめがねを拭ひつつわれにやさしきことを言ふかな
燈明のかぜにゆらるる室にきて遺影にわれを映されてゐる
  友情論
馬のりにされたることを告げ口に行く貴公子(プリンス)たりし少年期
夏草の記憶たどればうす暗く過(よ)ぎる写真の明治天皇
海賊の裔なるきみが嗚咽して語りき若き亡母(はは)のおもかげ
ひまはりの花より低き背のふたり肩に防具をかかへて帰る
うっすらと恥毛の生えてきしことを告げをり葡萄棚のベンチで
声変はりしつつある友 朝刊を投げて走っていくトレシャツは
水草のやうに恥毛が揺れてをり誰もとがめぬ池で泳げば
警棒の痣と知りたるこの夕べ友の背中を流してやらむ
短命の友かもしれず別るれば槐多歌へるごとき日没
壇上で叫ぶすがしき声ならず女子学生と棲む友のアパート
侮られたるいちにちとおもひつつぬぐとき濡れてゐたるくつした
論敵を責めてやまざる弁舌をひそかにわれは憎みそめけむ
号泣の名にふさはしきあの夜をわすれずきみの一面として
アルバムを捲ればつねにとなりあふきみの眼鏡のおくの尖塔
  花祭り〜四月八日に生れたれば〜
花祭り そのあけがたになにごともなく産声をあげしみどご
しっこくの空に着陸燈がみゆかつまたおもひだせぬことあり
フラットやシャープやト音記号なき歌のみわれは口ずさみをる
ポーズならましてねたましせいねんが髪かきあげてゐるそのしぐさ
きみたちの詩よりせつなくおもはるれラッシュ・アワーの警官の亡父
枕辺にたばこを吸へりかたはらのこのひとどこか姉と似てゐる
轟然と耳が鳴りをりかかる夜にわれはピーター・パンを待ちしか
書類より目を上げしかばまぼろしとしてオアシスにいこふ隊商
陽のあたる坂道なりきポストまでゆくに葉書は〈葉に書く〉ものか
女にてあればいかなるしぐさせむ夜の鏡にひげ剃りながら
包帯を顔に巻かれて運ばるるきみは透明人間ならず
ありていにいへば銀行詐欺なりしルソーの「眠るジプシー女」
かきすてし恥とはいはず刈られたるまるき頭に掌(て)をあてながら
ストローをもてあそびをりいもうとはあっけらかんと処女にあらずと
無人かとみてゐしくるまエンジンをふかせて夜の街にきえたり
  ストリップ劇場小景
手長猿 たとへば電車の吊革をもちて遊べるこの半ズボン
盲腸の跡がのこれる下腹部をさらす女もわれも敗者か
汗だくになりて艶技をつづけゐる京塚昌子のごときをどりこ
肩ごしに一面識もなき顔がちかづきわれは火を貸してやる
冷徹なまなざしなりき踊り子に迫る照明(ひかり)を受け持つアロハ
さやうなら 手を振りながら楽屋へと去るをどりこの私語がきこえる
労働といふはなつかしうつむきしわれはくつ先ばかりみてゐる
どうにでもなれと屋台のラーメンの湯気よ 涙がでるではないか 
同じその小屋でみかけし顔があり夜の電車の吊革をもつ
U
  十六歳
切り株にわが脱ぎ捨てし制服が光あつめて讃歌のごとし
がくぜんとめをみはりをり海岸をゆくどの人も性器もてれば
青年に組み伏せられてあつかりし胸をシャワーがしづめてくれぬ
チューブよりしぼりだしたる紫があぢさゐの花びらになるまで
絵にかかむための構図のごときかな海をみてゐるひとのなで肩
攫はれてゆく感触をこのめりき波が消し去るまでのひとの名
一本の髪を日記にはさみおき十六歳の夏を飾らむ
  自 殺
死をめぐる議論つづきぬ黒板を背にする委員長つらくはないか
昨日まで坐りし席に花活けてクラスメイトの死を傷むとぞ
おもしろいことなどないか教室の窓より放つ紙の飛行機
風にのる紙飛行機よ歓声よいま校庭にサッカーの群
  エチュード
引潮のごとき二十歳なるかなと滴るあかき酒を恋ひをり
をどりこのほとのうへより声はして「おまへいくつ」とたづねられたる
いちにちのやうにみじかいネクタイにつながれてはしる男とならむ
匙おきてしばらく渦をまもりゐつ挫折を語る友は明るし
傘さして何を嘆かむ自動車のヘッドライトの幅に降る雨
群衆のひとりにすぎず羨望のふとも兆せるジグザグのデモ
うなだれてゐる館内をみおろして成人式の祝辞つづきぬ
カルメンを育てし国よ満天の星よ切なきまで胸痛し
奔放に生きたきわれを捨てがたし雨中に海をみてもどるとき
〈フルサトノ空ガコンナニ蒼イカラヒトハ幻影ノ楯ヲ視ルノカ〉
あふむけに空の表情をみてゐたり胸に振り子のなりやまぬ午後
  少 年
妹は尿(ゆばり)してをりかたはらにさく竜胆の花はむらさき
びしょぬれの肩ひきよせてむすばれるただそれのみのシネマ見に来し
寒さよりのがれるごとくドア押せばふいにやさしきひとたちに遭ふ
美しいただそれだけでゆるされるひとなり誰を愛してゐても
はじめてのくちづけをへてあふぐときどこかでいつかみた空がある
あたらしく此処にうまれてくるための風にふかれてゐる亡父ならむ
卵ばかり食べてゐるゆゑせぼねから羽根のやうなるもの生えてきつ
悪評のいくつかたちて母のことまもらむための腕(かひな)はほそし
かなしみの果実のごときひとたちよそらを鎖してしまひたくないか
ざりがにやへびを焚きたる童児期のはかなきことはすべて忘れず
炎立ちながら読みたり戒律の性にかかはることのかずかず
  白 鳥
はくてうの歌さへあればなにもかもすぐにかたづくのにとおもひつ
さまざまな土鈴(すず)をならせばさまざまにこころふるへてゐる夕べなり
ぎくしゃくとこらへてゐたる怒りゆゑやがてつたなく寂しさとなり
おとうとのやうだとつげるわがひとようらの声まできこえてくるぞ
血脈はかなしきまでに継がれたり 祖父がながれてゆきしこの河
美しき二十歳(はたち)などあるな 奪はれるもの奪はれてゐる伝書鳩
ああわれをまきこむやうな音ののちあがる遮断機のうへの青空
姉がその婚約者(をとこ)とならぶみづうみのネガやきながらわれの性欲
採血の壜にたまりてゆくまでをひらいてとぢてまたひらく五指(ゆび)
カタログをつぎからつぎへ出してくるセールスマンは子があるらしき
さみしさにふとも襲はる精神(こころ)病む友の手紙の封を切りつつ
  八月十五日
黄ばみし写真の叔父はいっせいにおこる歓呼に挙手をしてゐる
ひのまるのはたふりながらあこがれきをじのきらりとひかるめのいろ
ちちははのいのりのごときうみなりのなかをゆくとき血こそかがやけ
海ゆかばみづくかばねとなるものを生かされてわがのる遊覧船
  汽 笛
たくましく兄のししむらみのりをりうちまかされてやはらかき夏
うつくしく花でかざりし汽車ならむあねをつれさるをとこの肩は
走りだすバイクの兄の背にふれてをれば世界に入りたるごとし
頽るるこころ支へるためにのみへやにおかれてあるひとつ椅子
ああひとはうまれながらのかなしみをもつゆゑくらくほほゑみにけり
サイレンのながく尾をひく空なればあやふけれどもひとの美し
浴衣きてうつくしかりし日のことをわすれず 忘れたしとつたへよ
おすわりだお手だと芸をしこみゆく犬にはにくむ伯父の名つけて
あしどりのおもき日のくれ 表札はけさとかはらず吉岡とあり
月光にぬれて立つかな生きるとはつねにこの世の大蒜の花
白鳥のとびたつ あれはきみならむむかしむかしの物語せよ
  教 会
熱のあるひたに亡父がてのひらをあててゐるのがふしぎでならぬ
あんぐりと口をあけをりわがために父がつくれるこの握り飯
日溜りにねそべる犬を見てしよりわれの内部につづく崩壊
ねむのきの詩(うた)のフィルムがまはりをりわれに不可思議なる愛のこと
かみそりの刃をとぎながら理髪師は笑みをりわれの耳をみながら
黒髪にくちびるよせてささやけばかすかに夏の日の匂ひする
絵葉書にコーヒー園の花ざかり わが性欲のことも語らな
額縁に納めたかりき菜の花を摘みて駆けくる逆光のきみ
つくづくとくはへ煙草でみてゐるに手相は猿のそれと似てをり
この夏もみにくきまでに肥りをることが詩人を訪はざる理由
教会の鐘鳴り終はる映画なり〈われをいかなるひとが愛さむ〉
  達 磨
きみよそのみどりご抱きて撮られゐる青葉地獄のなかの一齣
食卓を走るゴキブリ打ち据ゑむ天下国家の記事をまるめて
定年の日まで勤める庁舎かとみあげて夜の襟を高くす
恍惚とわれのあやつる耳掻きにある銘のことひとにはいはず
手も足もでぬが達磨は七転八起の片目があきてたのしき
この夜を水は胃の腑におもたくて憎まれやすき性をもてりき
ノックする音につづきて駆けこみしをとこに逮捕されしわが夢
梯子車のはしごがのびてゆくまでをみてをりひとら口あけながら
定期券をみせてつく帰途われに死はかく安らけきものにあらずや
胸の上(へ)に十指いのりのかたちしてねむれば土の中のごとしよ
V
  中 年
中年のかほと電気カミソリをとめてしばらく鏡に対ふ
そのかみの青年たちを駆立てし楽に合はせて打つパチンコを
喜びをあらはにみせしのちなりき貝のごとくに押し黙りしは
注射器が左の肩に打たるるをみてゐつかかる遊びもしたり
ウヰスキー壜を片手にもつれゐる足の男にわく親しみよ
もろはだをぬぎて一件落着のこころ窓より夜桜をみつ
縊られてゐるかのごとし浴槽に四肢うごかさずありしときのま
打ち寄せる波をバックに「完」の文字あらはれしかば席立つひとり
発狂のうはさがありて主語述語みだれし手紙に威嚇されをり
人生に勝ちしをとこはにこやかにテープカットの鋏をいれる
父の声すでに忘れて紺の空花火の音はおくれてとどく
塩かるく口にふくめる力士なり制限時間となりしテレビに
夕闇のそれよりくらく木のしげみわれをのぞきてゐる木のしげみ
たちまちに移る景色を分ちをり窓際に来し旅の少女と
酔漢の去りしのちなり電柱にきて野良犬が尿(ゆばり)をするは
図られてゐるかも知れずひらくとき三面鏡のかほに見らるる
  無精髭
回送の電車は夜をあざやかにまとひてわれの頭上にありき
なにとなく空みてをればゆきかへるひとらも空をみあげて通る
放水をあびてたちまち消えし火事みとどけてなほ立ち去りがたし
四方よりきこえくるなりはづしおきし腕の時計はみあたらずして
腹切りてそれですむなら……テレビにはあなうつくしく風花の巻
外套の雪を払ひて立つしばしスコット大佐にわれはあらぬを
角刈りのあたまとひとに感情をよまれぬためのサングラスなり
百台のテレビに同じマイクもつ岩崎宏美が唄ひてゐたり
綿の雪かけてさいごにクリスマス・ツリーとなるまでみてゐたるかな
無精髭そのままなりしゆゑならむ売り子にかるくあしらはれしは
とほめがねしてみる山のふところのごときかわれの晩年もまた
信じるといふはおそろし兄の子に高い高いをしてやりながら
吊革をふたつへだてしところにて揺られゐるなり今は亡き人
  百獣の王
寝返りを打てば防御のかまへなくさびし背中をもつ人てふは
肩車してやりながらみてゐたり獅子奮迅の百獣の王
迷子かもしれぬ幼女がクリームをなめつつわれのあとつけてくる
草野球みてゐるわれは囚人のごとし外野のネットをつかみ
黒髪をつかめるすごき腕おもふ玉蜀黍をかごに剥きつつ
仕事なき日をきてバスに揺られをり眼鏡をかけし小学生と
無言にてあれば親しも古書店のあるじと分ちゐる昼の〈刻(とき)〉
電灯に千円札をかざすとき透かしてみえ伊藤博文
秘密めかす声を不快に思ひつつ受話器を耳に当ててをりたり
ガラス器に突き出されゆく心太(ところてん)みつつしわれは窮まらむとす
草に坐すかたはらに来し少年の人なつこきをにくみてゐたり
おきぬけの鏡にひげをそりながらおもへりくらき生(よ)をかさぬると
蒸発のをとこならずや新聞紙ひろげてみえぬその上半身
  綾取り
こもりするはずがいつしか遊ばれてゐるなり姪とわれの綾取り
あしもとに蟻おもはせる交差点みおろすわれや花咲爺
とまり木のくらきところで飲みてをり弾き語りする青年をみて
度のつよきメガネのずれをなほすくせ兄がことばにつまりしときの
飲み屋にてききし鼻歌うたひつつ帰るを今日の不覚に数ふ
場ちがひのひとりか玩具売る店にネヂ巻きしかばうごくロボット
湯使ひの音のひびきとタイル絵の富士ぞたのしき仕舞湯に来て
理髪店の鏡のすみに待つひとり顔あぐるときわれの目と遇ふ
酔漢にしかすぎざるや肩さむく塀に対ひて用を足すとき
倒立のながき少年さかのぼる血に耐へ何に耐へゐる姿態
たがための微笑(ほほゑみ)ならむ込み合へる朝の車内に揺るるポスター
音声のとぎれし夜の受像器にうつりてながき漫才師なり
森閑としてゐるならむ呼出し音ばかりつづきてまた受話器おく
  扇風機
首を振る扇風機なりいやいやをする少女期の汝にしあらむ
縁側に爪切るとして塀をゆく黄のパラソルを目撃したり
罐詰をあけてゐるなりきみの胸かき乱したき思ひはあれど
拍手して下さいと客を操りぬ舞台のそでに手を回す人
予め知りてゐたるをそれらしく歩みくるなりカーテン・コール
人妻のおちつきならむ急須もつ指ほそければ告ぐべくもなし
酒気おびて吊革もてばあらはなる古傷の痕あかくなりゐる
さびしさのきはみ ワンダーバードてふ玩具は水をのむほかしらぬ
うづくまる浴衣のきみの膝あたりつかのまにして花火果てたり
夜のあけし部屋にのこりてたちのぼる渦巻状の香(かう)を淋しむ
台尻を肩に支へつ狙ふべきものみな点るガン・コーナーに
なにかものつかみそこねしかたちして黒き手袋あしもとに落つ
こらへきれずに笑ひだしたりカイゼルの髭の写真が夜の夜中に
土けむりあげてのるべきバスは去りなにおろかしくわれはみてゐる
職もたぬ日に似て街に遊ぶとき眼下しきりと車は往けり
  双眼鏡
おもむろに双眼鏡をのぞくときせうべん小僧は背を反りゐたれ
失意のひとのごとくにしょぼしょぼとメガネのくもり拭(ふ)いてゐた
足元に雲がみえるといふことの何はろばろし父恋峠
踏切のむかうのきみのほほゑみを截ちてすぎゆく電車のながさ
駅前に佇ちたるわれに花持ちてひとは善意を売りにくるなり
蒸しタオルに口ふさがれてみしときぞ理髪師の手に刃のきらめくは
立ち寄りしビルの窓よりのぞくとき雨傘はゆく雨傘はくる
打たれゆく釘の音さへきこえきてときにわが胸疼くがごとし
顔写真うつるテレビの犯人と分つ記憶の少年時代
返り血を浴びたるやうに掌が赤しのこぎりをもて丸太を挽けば
子を生みし従妹がその子みせにくるふしぎ世代の折れ目といふは
端艇のかくれゆくとき思ひをりこの橋いつも揺れてゐること
かちかちと鳴りてライター点かぬこと告げねばならぬ言訳として
エスキモーふとも恋ほしき掌にとればグラスに崩れゆく氷片に
壁走るわれの影あり車くるときをかうもり男のやうに
  床 屋
軽快に鋏の音す朝よりの鬱は床屋に置きてゆかうよ
席立ちて書庫まで来しが何の本さがしをりしかふとも忘れつ
亡父の掌のあたたかかりしこと思ふ下駄はきて川に沿ひてゆくとき
耳掻きの先にて壁のくづれゆく音をききをり夜ひとりゐて
呑みながら孤(ひと)りは愉し壁の汚点(しみ)たとへば踊る獣にも似て
身構へしカメラの前に余儀もなし優柔不断の笑(ゑみ)を湛へて
古書店にただよふ不安自が影を踏みてひらけば朱の蔵書印
たのしみてゐるがにペダルこぎながら出前持ちゆく人混みの中
毒蛇を入れし袋をとりだしし香具師が枝もて引く境界線
厠へと立ちきて雲にかかる月みてゐつ明日は傘がいるだらう
嗅ぎあてしものあるならむ野良犬が寄り来てわれに尾を振りてゐる
箸つかふたびに顳〔需頁〕うごくみえさびしとおもふひとの営為は
聴診器つめたく胸に当てにつつ医師はいかなるたのしみを聴く
  サングラス
青年が運ぶサッシにをさまりし花はたちまち額縁の中
サングラスかけし鏡のわれの顔ジキルならねど変貌しゆく
この家の夜具のにほひにつつまれてめのさえくるは灯を消してのち
ハイライトくはへるたびにやはらかく擦りしマッチがちかづきてくる
サングラスかけし男の目がみえずしかもくまなくわれはみらるる
にくければきみ図られてゐることをたのしむ足の爪きりながら
亡父がわれの父となりたるこの夜はグラスを右の掌にあそばせて
汗噴くはみだりがはしき箸つかふ肥えし男とわが並びゐて
サッカーに興じゐるなり足長き少年にしてわれと距たる
停電となりたる夜を噛みてゐるこのやはらかきもの何ならむ
ロッキング・チェアがテラスに無造作にありたりわれに杳し 晩年
かなしみとすこしことなる納棺のときをこの掌にもちし足首
寝室に巨大となりてゆく時計、灯をつけみれば棚に小さし
サングラスかけし男がサングラスはづすにその目意外にやさし
蒸発の男か汗をかきやすし工事現場にクレーンがうごく
  妖 精
こだはりは昼よりつづきゐるならむ男も酒のためにか紅し
万歳の腕のかたちをかなしめり頭(づ)よりセーター脱ぐときの闇
無頼にもなりきれざれば右の肘するどく曲げて撞く赤き球
唐突に蒸発したしてのひらに遊ばせをればグラス光れる
われと同じ用向きもちて来しならむ階段おりてくる人のあり
週刊誌の表紙といふは何ならむ若き妖精(ニンフ)を飾らぬはなし
のろはれてゐるかもしれずドライヤーつかふ鏡のなかのをとこに
よひざめの水はうましとのみながらあふむくときはおもふ溺死を
ストーブを囲みてわれもひとも吐くマスコミがつくりあげし世論を
鷹の目とわれら畏れし壮年のおもかげもなき伯父となりしよ
頸のみをうつして足れりネクタイを朝ごと締める柱の鏡
箸投げて瞋りしことの淡淡し八木重吉の写真を見れば
刑務所の塀しつえうにつづきをりこの道ゆくは囚徒のおもひ
 跋  岡部桂一郎
 吉岡生夫の歌をときどき読むことがある。印象にのこる妙な感じの歌であった。尿や屁や恥毛などがよく出てくるように記憶しているが、この歌集をみるとそれほどたくさん出てくるわけではなかった。印象はなかなか当てにならものだと納得したが、こんな歌がある。

 新聞をひろげてゐたる甥がふと空(くう)をみつめて放屁をしたり
 うっすらと恥毛の生えてきしことを告げをり葡萄棚のベンチで
 妹は尿してをりかたはらにさく竜胆の花はむらさき

 作者は二十代の若い歌人であり、若さのしゃれっ気がもっと普通はある筈なのにそれがない。無精なのか欠落しているのか。屁や尿をうたっていけないことはないが、もっと外の作者なら気のきいた扱い方をするだろう。私はこのなかで三番目の歌が気に入っていた。それはとにかく一例として、屁や恥毛や尿の扱い方のズバリ性、つまり無雑作な語り口が特長で、今まで短歌の文脈にはあまり出てこない体質をもっている。作者の歌が感覚の鋭さや美学や正義感などを頼りとしないのは、そのズバリ性のほかに何がいるのかとする自負かもしれぬ。歌の骨組みは単純明快であるのもそのためで、うまくいった歌と失敗した歌との分れ目もきわだっている。

 明日死ぬぞ今日死ぬぞと叫びしが決して死なないデモの一群

 デモは若い学生たちの群であり、デモへの参加が今日は死ぬかもしれぬという恐怖につながっていた。投石や棍棒の衝突はめずらしいことではなく、東大安田講堂にバリケードをつくってたてこもっていた学生が「われわれはふるえつつ死んでゆくのだ」と壁に落書したことを覚えているが、もう十年は経つだろう。この歌の上句は決して誇張ではないけれども、このような解説をしなければわからぬまでになってしまった。それでもなお、傍観者の皮肉としかうけとれまい。「決して死なない」の一句はデモへの心情参加の逆手であっても、この無雑作な一発ははっきりと命とりである。作者の資質は、作歌に入ってきたごく初期からどうしようもなく根ざしてあったものということができよう。

 警官を犬と呼びたる長髪の友の弁舌さわやかなりし

 関連したこのような歌もあり、作者が同年代の若者から敵視された警察官を父としてもつうしろめたさや父の殉職など、作者は自己検証を試みているが、それはあまり重要なものとはいえまい。少くとも読者の側からみればそうである。

 おもしろいことなどないか教室の窓より放つ紙の飛行機
 私はやはり、こちらのズバリ性をとりたい。
 吉岡生夫の歌のもっとも吉岡らしいものが出てきたのは、無防備なものが誘う世界ではあるまいか。
 梯子車のはしごがのびてゆくまでをみてをりひとら。口あけながら
 なにとなく空みてをればゆきかへるひとらも空をみあげて通る
 放水をあびてたちまち消えし火事 みとどけてなほ立ち去りがたし
 綿の雪かけてさいごにクリスマス・ツリーとなるまでみてゐたるかな
 迷子かもしれぬ幼女がクリームをなめつつわれのあとつけてくる
 草に坐すかたはらに来し少年の人なつこきをにくみてゐたり

 韻文で書いているが、この発想は口語散文であって、どの歌をとっても散文の一節(よい意味で)として十分に機能を果たすだろう。ただごと歌、そして平俗とすれすれのところにあって、吉岡節(ぶし)としてのおもしろ味をそなえている。二十代の歌人としては大胆といえるだろう。平俗を神経質に避けるのがいいのかわるいのか私はわからないが、避けるのも平俗の一変種であることは間違いない。
 作者が言葉を積みあげて歌をつくるタイプではなく、膠着語よりも散文的な一発ズバリ型の歌人に近いことは述べた通りであるが、日常風俗への傾斜は本質的にそぐわないのではないかと思われる。

 台尻を肩に支へつ狙ふべきものみな点るガンコーナーに
 無頼にもなりきれざれば右の肘するどく曲げて撞く赤き球

 めずらしくなめらかな表現。吉岡生夫にとっては愛着ある作品かもしれぬが、このような過剰なサービス歌は他の歌人がつくるだろう。レパートリーを拡大することになっているかどうか。疑問だ。
 最後にこの第一歌集をかざる歌をあげておこう。

 しっこくの空に着陸燈がみゆかつまたおもひだせぬことあり
 無人かとみてゐしくるまエンジンをふかせて夜の街へきえたり
 女にてあればいかなるしぐさせむ夜の鏡にひげ剃りながら
 うなだれてゐる館内をみおろして成人式の祝辞つづきぬ
 はじめてのくちづけをへてあふぐときどこかでいつかみた空がある
 姉がその婚約者(をとこ)とならぶみづうみのネガやきながらわれの性欲
 この夏もみにくきまでに肥りをることが詩人を訪はざる理由
 きみよそのみどりご抱きて撮られゐる青葉地獄のなかの一齣
 この夜を水は胃の腑におもたくて憎まれやすき性をもてりき
 おもむろに双眼鏡をのぞくときせうべん小僧は背を反りゐたれ
 頸のみをうつして足れりネクタイを朝ごと締める柱の鏡 
 あとがき
 昭和五十三年春までの作品から二百八十余首を選び、私の第一歌集とした。
 歌集名とした『草食獣』は、集中、

 ガリヴァを絵本でよみし頃おもひ草食人種といふを念へり

 とあるに因ったが、これは私自身の命名というよりは、酒席で、『バルサの翼』の著者、小池光氏より示唆を受けたものを、そのまま受け入れた、というのが真相である。引用の歌の場合、「草食人種」は、血を流すことのない、理想の、平和的世界といったほどの意味合であるが、『草食獣』の場合は、加えて、自らの手を血で汚すことのなかった潔癖さと引き換えに、なんら、この現実世界とかかわりをもたなかったのだ、という、いわば緩衝地帯に身をおいた青春のくやしさを記念して、とでもいっておいた方が妥当なようである。
 歌をつくりはじめたのは、ずいぶんと古く、高校一年の頃、文学好きの友人に刺激されて、『高校文芸』という雑誌に投稿したのが最初である。これは佳作一回で中断。当時、杉山隆という同じ年の高校生が活躍していたが、まるで別の人種をみる思いだった。同誌の広告で知った『短歌人』を取り寄せてみるが、これも中断。正式に入会したのは、昭和四十五年の十二月であるから、それでも、かれこれ九年になろうとしている。
 この間、多くの先進同輩の方達から刺激を受け、また励まされ、ときに支えられてきたことはいうまでもない。『短歌人』『十弦』、また短歌人会関西支部の面面等。なかでも高瀬一誌氏との出会いは一番であり、氏がいなければ、この歌集はもちろんのこと、どこまで短歌をつづけていたことやら、きわめて疑問なのである。ご多忙中にもかかわらず、跋を書いて下さった岡部桂一郎氏、出版を引き受けて下さった石黒清介氏、深く感謝させていただきます。
 また、この歌集は、歌とかかわりをもたない多くの友人達や、兄、義姉、母にも読んでもらいたいと思う。今のところ、あなた方におくることのできる、これが、唯一の、私のメッセージだからである。

   昭和五十四年五月
                                        吉  岡  生  夫

                                                                  


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