麻酔について解説します

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麻酔とは何か その7 ー 「全部おまかせ」にしないために
 私自身のことで言えば、生命保険、家、自動車といったものを購入するとき、何をどう選べばよいか、さっぱりわからない。運の悪いことに、高価なものほど複雑で理解しにくいような構造を持っているのだ。だから、業者が信頼できそうな人だと、「ああもう、この人の言うとおりにしてしまえ」と思ってしまう。
 これは多分、一般の方にとっての医療にも当てはまるのではないか。医師として患者さんのことを観察していると、この「おまかせ」コースを選ぶ人が多いように思う。「もうまな板の上の鯉ですから」などと観念しておられる。私も同じタイプだからよくわかるのだ。
 正直、麻酔に関しては、こちらにある程度任せていただいても大きな間違いはないと思う。麻酔の方法によって結果が大きく変わるということはあまりないからだ。しかし、やはり手術は別だ。手術を受けるかどうか、受けるとすればどのような術式にするか、といったことは治療のもっとも大事なところであるから、おまかせにせず、よく検討していただきたいものだと思う。
 検討と言っても、医者の説明する手術の内容が理解するのは大変だし、できたとしても医者の決めたことに口をはさめない、と思う方も多いだろう。そこで私の案では、とにかく細かいことはおいといて、手術をするとどうなるか、手術をしないとどうなるか、この2点をできるだけはっきりさせておけばよい。
 たとえば、早期と思われる胃がんが見つかり、手術を勧められたとする。
 手術をするとどうなるか。がんはほぼ確実にとれるが、手術や麻酔による合併症のリスクはある。心臓や肺に病気を持つ人であれば、リスクは高くなる。
 手術をしないとどうなるか。内科で内視鏡的切除を行うという方法がある。もしかしたら、しばらく何もせず検査で見ていくという方法もありうる。が、がんが取り切れていなかったり、急に大きくなってきて手遅れになるという可能性があるのかもしれない。
 がんは、その種類、進行度によって治療の内容はまったく変わってくる。はっきり言って、素人にはわからない部分はある。しかし、分からないながらもそのように外科医に質問していって、外科医もしっかりと答えてくれるようであれば、自分が受ける手術に対して納得が行くのではないだろうか。説明を聞いてみて、手術をしない決断というのもあるかもしれない。ドタキャンというのは、病院にとってはちょっと痛い(貴重な手術枠を空けることになる)が、患者さんの権利である。セカンドオピニオンといって、他院で他の医者に意見を求めることもできる。
 ただむずかしいのは、手術以外の選択肢がない場合もあることだ。腸が穿孔している、足が化膿して菌が全身に回ろうとしている、体内で血管が破れている、など。そういう場合は、外科医が強引に手術を勧めるはずだ。これはもう、こちらを信じていただくしかない。
 外科医が嘘つきだと、もうどうしようもないし、本当のことを言っているのに患者さんから嘘つきだと疑われたら、これもどうしようもない。
 結局最後は、信頼関係だ。

2013.3.24

 
麻酔とは何か その6 ー 術前診察
 麻酔科医がいる病院で手術を受ける患者さんには、普通、手術前日に麻酔科医がお会いすることになっている。いわゆる術前診察である。麻酔科医が病室までやってくる場合もあるし、術前診察室に患者さんに出向いていただく場合もある。
 術前診察の目的は、主に2つである。問診で過去の病歴、現在の病気やからだの状態を聞かせていただくことが一つ。もう一つは、どのような麻酔を行うか、麻酔にどのようなリスクがあるか、といった説明を聞いていただくことである。
 もし、麻酔に関して知りたいこと、不安なことがあれば、このときに麻酔科医にしっかりと尋ねておいていただきたいと思う。
 たとえば、全身麻酔なのか、背中に注射して下半身だけ麻酔をかける脊椎麻酔なのか、同じく背中に注射して術後の鎮痛のためのカテーテルを挿入する硬膜外麻酔を全身麻酔に併用するのか。
 あるいは、ご自分がもっている病気が、麻酔のときに問題を起こす可能性はないのか。
 あるいは、以前麻酔を受けた時に、イヤなことがあったが、今回はどうなのか。

 麻酔に関するリクエストも、していただいたらよい。
 術後の痛みは軽いほうがいいから、注射でもなんでも、しっかりしてほしいとか。
 逆に、注射ほどきらいなものはないから、全身麻酔ですぐにねむらせてほしいとか。
 尿道カテーテルは絶対にいやだとか。

 ただし、ある種のリクエストには対応不可能なものもあるので、ご了承いただきたい。
 こわいから手術室に入る前に眠らせて欲しいとか。
 麻酔の失敗は一切許さないとか。(どんな名人でも点滴を取り損ねることはあるし、ちょっと歯に触れただけで抜けてしまうということだってある)
 そのまま二度と醒めないほうがいいとか。(そうなったら、こちらが困る)
 
 もっとも、いろいろ説明させてもらって最後に質問は?と聞いたとき、一番多い返事は、
 「麻酔のことはようわからんから、まあ、お任せするしかありません。」
である。こちらとしては、ある程度信頼して頂いているのだと嬉しいような気もするし、麻酔のことなんかどうでもいいのかな、と寂しい気もする。少しくらい質問や要望をいただくくらいのほうが、張りあいが出るのは確かである。

 ここで前もって謝っておきたい。麻酔科医はほとんどの病院で、必要な数を満たしていない。術前診察は、びっちり詰まった麻酔症例の合間にあわてて行うことが多い。麻酔科医が病室にやってきて、妙に早口だったり、そわそわしていたり、患者さんの話をさえぎったりして、感じが悪いとしたら、忙しいのかもしれない。(もともと感じの悪い性格である可能性もある。)
 もちろん、患者さんには、麻酔について十分な説明を受ける権利があり、医師のそわそわに調子を合わせる義務はない。時間が切迫しているのであれば、また出なおしてもらうくらいのことは要求してもいいかもしれない。
 手術を受けられる患者さんに十分納得していただき、なるべく不安のない状態で麻酔を受けていただくための術前診察だからである。

2013.3.24

 
麻酔とは何か その5 ー よくある質問
 麻酔をかける前には、かならず患者さんに麻酔の説明をしているが、そのとき患者さんからよく出る質問がある。思いつくままに並べてみよう。

Q: 自分はアルコールをよく飲むのだが、麻酔が効きにくいんじゃないだろうか
A: お酒に強いと麻酔が効きにくいと言われますが、都市伝説です。全身麻酔はどんなひとにもかならず効きます。かりに麻酔が効きにくい人があったとしても、効くまで量を増やしますから大丈夫です。

Q: 手術が終わってからどれくらいで覚めるのか
A: 手術が終わったら、10分もすればたいてい目が開くくらいにはなります。しかし、しばらくは麻酔が残ってぼんやりしているので、本当にはっきりしてくるのは1ー2時間後くらいかもしれません。その辺は個人差や手術の大きさによる違いがあります。

Q: 麻酔から覚めたら痛いのか。
A: 術後の痛みは、手術によりかなり違います。麻酔科では、その痛みに合わせ、いろいろな手段をつかって術後鎮痛に努めています。硬膜外麻酔、神経ブロック、持続フェンタニル静注などです。しかしそれでも、術後に痛む場合はあります。その時は遠慮なく看護師を呼んで、痛いよと教えてあげてください。痛み止めの追加をしてくれます.痛いのを我慢する人がいますが、我慢してもいいことはほとんどありません。

Q: 以前、全身麻酔を受けた後、吐き気がとまらず、大変な思いをした。今度もそういうことになるのか。
A: 術後の吐き気は主に麻酔薬の影響ですが、体質的なものが大きいので、今回も吐き気が出やすいかもしれません。ただ、吐き気の出にくい麻酔法もあるので、今回はそちらでやってみます。

2011.7.12

 
麻酔とは何か その4 ー 眠ってから覚めるまで
 呼吸とか循環とか、むずかしげなことを書いてきたが、全身麻酔であるから患者さんに眠ってもらわねば話にならない。呼吸循環管理はそのあとの話である。
 患者さんに眠ってもらうための麻酔薬は、静脈から入れるものと、ガスとして口から吸入してもらうものと、2種類ある。どの薬をどのように使うかは患者さんの状態にもよるが、麻酔科医の好みも大きい。現在は麻酔薬も副作用のすくない安全なものになっているから、使う薬によって結果に差が出るということもあまりないのである。ただし麻酔ガスは多少臭いので、これを使う場合は静脈麻酔薬で眠ってもらった後に使い始める。
 麻酔を受ける患者さんがよく心配されているのが、手術が長引いたときに麻酔が先にきれてしまったらどうしよう、ということである。これは、麻酔というものが注射一発で最後まで効くという誤解に基づくものである。そんな器用なことはだれにもできないので、実際には手術が終わるまで麻酔薬を流し続けているのである。そのかわり、非常に代謝の早い薬を使っており、投与をやめれば5分か10分で目が覚める、そういう仕掛けになっている。
 もうひとつ、患者さんからよく尋ねられるのは、手術が終わっても目が覚めなかったということはないでしょうね、ということである。これが来たら、
「麻酔薬はかならずからだから抜けてきますから、遅い早いはあっても目は覚めますよ」
と答えることにしている。ただこれは日常的なレベルでは正しいが、ごくまれに発生する「事故」の可能性についての説明が入っていない。この「事故」のことを患者さんにわかっていただくのはきわめて困難であるが、次のように続けることにしている。
「ただし、予想外の原因で命に関わる事態がおこる可能性はゼロではありません。でもそれは、道を歩いていて車にはねられてしまう可能性より低いはずです。」
 「事故」というとすぐに「医療ミス」が連想されるかもしれないが、この両者は同じものではない。新聞報道などでこれがごっちゃにされていることが、現在の医療が置かれている不幸な状況なのであるが、これについては、またいずれ書かなくてはならないだろう。

2009.12.6

 
麻酔とは何か その3 ー 循環管理
 生命維持のために呼吸器と並んで重要なのが循環器である。医学で言う循環とは血液の循環のことであり、循環器とは具体的には心臓と血管のことと考えてもらってよい。呼吸によって取り込んだ酸素を,血液を使ってからだの隅々まで運ぶのが循環器のおもな役割である。
 呼吸と循環、どちらか一つでも止まってしまうと、人間の生命は5分ともたない。逆に言えば、人がさしあたって生きていくためには最低限何が必要かというと、それは栄養でも根性でも愛でもなく、酸素とその運搬システムである呼吸器、循環器なのである。脳などは生命に取ってはほんのお飾りみたいなもので,かりに脳の全機能が停止してしまっても、からだは生きつづけることが可能である。(それが脳死ですね。)
 そんなに大事な循環器だから、麻酔の時も管理が大変なのか、というと、正直言って呼吸管理よりははるかに楽である。呼吸と違って、どんなに深い麻酔をかけても心臓は簡単には止まらないからである。心臓の勤勉ぶりときたらなみだぐましいほどで,心筋を酵素でほぐして細胞レベルまでばらばらにしてもなお,ちゃんと規則正しい収縮を続けている。どう考えても,主人である私たちよりずっとえらい。
 というわけで,麻酔中の麻酔科医の仕事は循環器の肩がわりではなく、機能調整というイメージでよいだろう。血圧を正常に保っておけばおおむね問題はない。
 本当はそれだけではうまく行かないときもあるのだが,それはまた別の機会にして,今日はあっさり終わっておく。

2009.10.24

 
麻酔とは何か その2 ー 麻酔と人工呼吸
 前回述べたように、ひとさまに麻酔をかけるにあたり、もっとも重要なのは呼吸を維持することである。現代の手術は強い麻酔薬による完璧な手術環境を必要とし、強い麻酔薬は呼吸を奪うので、麻酔科医が外から呼吸をサポートしなくては生命が維持できないのである。
 呼吸が弱くなったり止まったりした人に、むりやり呼吸をさせるにはどうしたらいいか。口から気管までチューブを挿入し、チューブを通して空気や酸素を押し込めばよい。押し込めば空気が肺に入るし、押し込むのを止めれば空気が吐き出される。(空気をわざわざ吸い出す必要はない。)これが陽圧による人工呼吸である。
 こう書いてしまえば簡単だが、気管チューブによる気道確保と陽圧換気という最強コンビが発明されるまでに、いかに悲惨な試行錯誤が繰り返されてきたか、医学の歴史をひもとけば明らかである。たとえば気管へのチューブ挿入と言えばのどからの気管切開を行う方法しかなかった時代がある。あるいは手術の際の呼吸の確保のために、患者のくびから下を減圧室に入れ、外科医がその減圧室にはいって手術をする方法が試みられた時代がある。少数の生存者の周囲に死者の山が築かれていった。
 人工呼吸が世界に普及したのは第二次世界大戦後のことであるが、今や麻酔に限らず生命に危険のあるあらゆる状況で、生命維持のために必須の技術となっている。つまり、外傷、心筋梗塞、肺炎、薬物中毒、原因はなんであれ、重症患者に人工呼吸をおこなうと容易には死ななくなるのである。人工呼吸は医学の歴史のなかでももっとも重要な発明であると言ってよいだろう。
 さて、麻酔の話に戻る。ほとんどの場合、全身麻酔では気管にチューブを入れ(気管挿管)、人工呼吸を行う。気管挿管は確実にできるようになるためにはそれなりの修行を要する。中にはこの気管挿管がむずかしい患者さんもおられるから、麻酔科医の腕が問われる場面となる。挿管にまつわるトラブルは常に生命の危機を伴うので、麻酔科医がもっとも緊張するところでもある。
 人工呼吸そのものは技術的にむずかしいものではないが、手術中ずっと適正に維持する必要があり、その失敗は死に直結する。このため、麻酔科医の注意力と反復チェック、機械によるモニターなど、麻酔のリソースの大部分がここに費やされる。
 昔のテレビドラマでは、全身麻酔で手術を受けている患者の顔のアップが画面に出ると、鼻に酸素チューブを当てているだけだった、ということがよくあった。麻酔を職業としているものから見れば笑止千万であるが、一般人の理解はこんなものでいいんじゃないかとも思う。麻酔と人工呼吸が切っても切れない関係であることを、麻酔を受ける人が知っていなくてはならないわけではないのである。もし麻酔というものを理解しておきたいという方がおられたらと思い、解説を試みた次第である。

2009.10.10

 
麻酔とは何か
 麻酔とは何かを紹介しておかないと、一般の方にはこのホームページは理解しにくいだろうと気がついたので、私なりの解説を加えておこうと思う。
 手術というのはそのままでやると痛いので、薬を使って痛くないようにする、これが麻酔である。全身麻酔薬は意識を取ることによって痛みの体験を回避し、局所麻酔薬は神経での痛みの伝達をブロックして痛みを感じさせなくする。麻酔科医はその麻酔薬を患者に施すひとである。ここまでは皆さんご存知であろう。
 問題は、この麻酔というものが意外に危険な行為であるということである。
 麻酔とは、からだにどんなことをされても気がつかないようにする技術である。これはつまり、麻酔薬によってからだの基本的な働きを奪うということであり、一つ間違えれば命の危険がある。もちろん手術そのものも、患者のからだにとってはさらに危険である。患者がそれでも絶対に命を落とさないように、あらゆる手段を駆使して生命維持を図る、これこそが麻酔科の仕事の本質である。そのために麻酔科医は麻酔薬のことを知っているだけでなく、生命維持のための知識と技術を習得していなくてはならない。眠らせるだけなら誰でもできる仕事のように思えるが、そういうことだから医師免許を持ってるひとが担当したほうがよいというのはお分かりいただけるだろうか。
 さて、ひとのからだの基本的な機能が麻酔によって奪われると紹介したが、そのうちもっとも麻酔の影響を受けやすいのが呼吸機能である。ほとんどすべての麻酔薬は呼吸機能を弱めてしまうし、それどころか通常の手術では呼吸をわざと完全に止めてしまう。その分、麻酔科医は患者の呼吸を肩代わりする必要がある。痛みを取ることと呼吸をしっかり管理すること、これが麻酔科医の仕事の二本柱となる。
 麻酔を受けられる患者さんにはかならずあらかじめ麻酔の説明をするのだが、ここまで込み入った説明はしないし、聞きたがる患者さんもまずいない。飛行機に乗ろうという人に、飛行機が飛ぶ原理をいちいち説明する必要がないのと同じである。手術を前にして緊張しておられる患者さんに、よけいな不安を感じさせることなく安全に手術を終えていただく、そのためには難しいことも簡単なように見せる、どうしても麻酔の仕事というのはそうなるのである。

2009.10.1

 

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©2009 Masuika Paradise