書架新風

足立尚彦歌集『ひろすぎる海』(ミューズ・コーポレーション)
・アントニオ猪木の延髄斬り思うさば缶のさばの骨やわらかく
・今更と思いながらにチェックする表示よすでに食い終わるぜよ
・ふあんげに揺れているのは反戦の歌なり昭和のLP盤の
・筆圧と筆力の差を思いおり我が若書きの小説読みて
・落選確実の候補者の選挙カーも一人前にうるさい土曜の午後
・あの猫は孤独だろうか石段の途中に長い影をつくって
・啄木の見た手は甲かてのひらか甲を見ながら二胡を弾きおり
・病室に腐るほかなき果物と意識戻らなぬ人のありたる
・カレンダーめくり忘れて数日をこの世から取り残されている
・精神科の敬子先生のやさしさに勘違いする馬鹿なり我は

奥田亡羊歌集『男歌男』(短歌研究社)
・流木の流れぬときも流木と呼ばれ半ばを埋もれてあり
・鳩の街商店街のアーチの時計おもては二時でうらは四時半
・ひらひらと子は走るもの石積みの古墳のめぐりコスモスの咲く
・水泳を好む少女となりたるは金木犀の匂うころ知る
・二回目はひとりで乗れるパラシュート夕焼けを連れて子が下りてくる
・振り向けば窓のひとつに君はいてすこし送れてわれに手を振る
・浅間山荘を潰さんとする鉄の玉ゆらりゆうらり雪がきれいだ
・飛田新地の一膳飯屋にキャンディーズうつむきて聞く「その気にさせないで」
・空の奥へ空が続いてゆく深さ父となる日の土管に座る
・子を胸に歩めばわれの知らざりしやさしさを見す人も世界も

秋岡麻美子歌集『天霧らふ』(不識書院)
・遠き地に病む子の声はくぐもりて受話器もちかふ左の耳に
・マウンドに投手も深く頭垂る正午の時報長く響きて
・帰り来る船を待ちゐる人影を今は見ぬめの社となりぬ
・酒蔵へ続く小路は雨に濡れ麹を醸す甘き匂ひよ
・語るなと固く戒められしのち短き夜の夢より覚むる 
・枇杷の葉にかすかに当たる音のして再び雨の降り始むらし
・陶の鉢にあふるるほどの朝の水注ぎて昨夜の夢を放たむ 
・山深き芸備線の車窓には差し交はす枝の触るるばかりに
・真澄(まそ)鏡清き月の面刻刻とこの惑星の影に呑まるる
・桜雨を行きかふ人ら傘の上にうすくれなゐの幾ひらのせて

大辻隆弘歌集『景徳鎮』(砂子屋書房)
・いつまでも犬が鳴いてた ゆるゆると津波が襲ふ映像の隅で
・差別語がひとつ響いてをろをろとうろたへてをり教壇のわれは
・国道のアンダーパスの壁面にSINENAIといふ黒き文字あり
・大鵬の訃を伝ふればやや遠きまなざしをして頷きにけり
・応、といふ鈍きいらへを聞しのみそれをしも今日の喜びとして
・今死なれたらかなはんわ、とぞ幾そたびか吾にありし逝きたり
・水嵩をぐんぐん増して橋桁の下にのたうつ濁流は見ゆ
・かなしみの腋へ腕(かひな)をさしいれてこれの世の人を支へむとしつ
・ブラインドの羽根にひとさしゆびを載せ雨を見てゐた野を移る雨を
・美しく煙のかたち立ちあがる季節とおもふ冬のはじめは

大原葉子歌集『だいだらぼふ』(ながらみ書房)
・土屋夏美働きつづけし診療所跡の草むら草いちご咲く
・山桑の枝這ふ若きかたつむり殻を支点に向きを変へたり
・くれなゐの四弁の椿さくとこそ豪州まぐろの尾の切断面 
・ぬるきみづ恋ふる田螺(たにし)のまたいとこ川蜷(かはにな)ねむる棚田のひるを
・鮎食べてかへる夜のみち子と子の子何かうたひて手足振りゆく
・バスの便寡(すくな)くスーパー近からぬ苫屋に晩夏のよき風かよふ
・きゆるきゆると軋る鞦韆わたくしがきしると思(も)はねど漕ぐをやめたり
・バンザイをしたりし小学一年の何に腋下の恥づかしかりき
・たたなづく青垣とみに青霞み光化学スモッグを告ぐる広報
・木道の果てに真対ふみづうみの心搏聴こゆ ハルゼミのこゑ

南輝子歌集『WAR IS OVER! 百首』(ながらみ書房)
・歳月やジャワ・ジャカルタの虐殺をひとに語りてさらにへだたる
・時代のひづみに生れしゆゑ月の満ち欠けのたび命がきしむ
・はちぐわつは青空ばかり青空の底踏みぬいてもまたもや青空
・月のしづくうけて命をさづかるもたちまち戦にからめとられき
・抱きあふもどうしても出会へないわれら われらのら(*傍点の付きの「ら」)はいづこへゆきしや

福岡勢子歌集『風の音 水の音』(いりの舎)
・幼児と乗りたる春の回転木馬アルバムにあり愛しかる日日
・フィリピンより花嫁迎うる家増えて混血は小さき村にもおよぶ
・とみに婚礼へり葬式の多くなりぬ看護部職員老齢化現象
・魔法瓶のごと暖かき家という風の通わぬ広きリビング
・家事労働夫もすべきと主張すれば決まって姑はうつむいている
・バイク駆る若者の群漂鳥のごとく風切りわが町を抜けゆく
・水色のノートを風がめくりいる記さなかったことのあれこれ
・降り過ぎる雪の捨て場は河川敷ぞろぞろと行く雪積むトラック
・ズシンズシンゴジラでござる午前五時除雪車黄色い目ん玉ギョロリ
・強風に煽られながら飛ぶ鳶ときおりカラスに追われるを見き

天野教子歌集『紫木蓮の下』(青磁社)
・言ひたかりしことありしごと口開けて土に壊(く)えゆく実柘榴ひとつ
・古城まで続く荒野に点々と咲ける薊こそ美しかりしか
・〈一葉の井戸〉のポンプに手を触れて等身大の一葉に逢ふ
・眩しきまで翅光らせて蜻蛉の二つ繋がり飛ぶ淵の上
・唇の厚き魚の眼球がギヨロリと動く魚(うを)の眼力(めぢから)

三枝浩樹歌集『時禱集』(角川書店)
・空知川のながれ迅しもパドル漕ぐ六人の息わずかにずれて
・パドリングの手を止め水に飛び込めばこの天然の水のつめたさ
・夏の日の盆地を囲む青やまなみ 遠やまなみは雲にかすみて
・今朝ふいに秋が来ており連嶺の山あおあおと近づきてみゆ
・帰らぬ人となりてひと隅位置を占め三十九年子と共にあり
・うつしよに母のいまさぬ四季めぐり今朝甲斐が嶺に雪しろく積む
・速度ふとゆるめるように入りぎわの日が瞬きて山の端(は)にあり
・小深沢乾反り葉踏みてゆくときもぱさっすとんとどんぐりが散る
・制御しがたき火を手に入れてまた燃やすホモ-サピエンス賢く愚か
・ゴドーを待ちながら人生がすぎてゆくかたえの人もようやく老いぬ

山下洋歌集『屋根にのぼる』(青磁社)
・〈早苗ちゃん〉とは田植機の名なりしと思い起こせり水張田の辺に
・七十年代の声やね ラジオから「新宿の女」が流れ来て
・エンジンの響きが好きな男にてアルファロメオが一番と言う
・ひとり来て土手の草生に坐るとき川面に映る橋の裏側
・たこやきを焼く車来て駅前に提灯あわく点す夕暮れ
・抜き型に梅を抜かれて余りたる〈花の周囲〉の人参を食う
・跨線橋ふいにあらわれ早春の単線軌条たちまちに越ゆ
・また来たよ 君と共有した〈時〉を駱駝のようににれがむために
・やや前を駈けゆく女性ランナーのセシルカットに汗の雫す
・「薄うならはりましたな。」と四十年通う床屋のおじさんが言う

柿本希久歌集『ケモノ道』(ながらみ書房)
・手に握るホース怒張し暴るるをいちもつのごと握りしめたり
・独立し初の仕事は蛆虫の殺虫剤なりアイディアも涌く
・あをあをと光る碧見ゆ久米島の空気(エア)を吸ひこみいざ潜らむか
・息を吸ひ息ゆるるかに吐き出せり海月(くらげ)のやうな泡は銀化す
・巨きなる異(け)に見ゆるクマノミは軀を張れりふとどき者に
・旧友は発癌を告げ洒落のめすどだい笑へぬ「肝臓(レバー)、ギブアップ」
・雨上がり鶺鴒(せきれい)は尾の指揮棒を上下に振りて道案内す
・仰(あふ)のける顔の上から言ふ歯医者われほにやららと喃語(なんご)をかへす
・奥歯まで歯石とらむと意気込むか頭に当つる乳房(ブラ)固かりき
・骨壺に鎮座せむ日のあればいま動き回れよ 喉仏殿

宮里勝子歌集『海の見える場所』(青磁社)
・カラフルな海の魚を描きたる防波堤続く海沿いの道
・高原に草食むヤクは褐色の点となりゆく離陸の直後
・パトカーに制止せられしトラックのライトが夜更け障子を照らす
・睡蓮も浮草も枯れ水がめの赤き目高は何に隠れん
・なまこ壁に沿いて流るる堀川の岸に並びて咲く花菖蒲

森俊幸歌集『フレネ・セレーの公式』(非売品)
・サバクハイウェーの砂漠といえど棗椰子、病院、精油所がある
・ギザ手前十七キロに迫りたれば渋滞の道に麺麭を売る人
・唐突に雨の匂いが好きと言う男の子ありて夕立しぶく
・先生は生徒の気持ちが分からない 言われたのはいつ夕焼け小焼け
・教職はブラック企業そしてまた三ケイと妻の言う月曜日

水門房子歌集『いつも恋して』(北冬舎)   *変則三行書き歌集です   
・あのときは二人乗りしてどこまでも/ずっと行けると/信じてたんだ
・元カレが現れそうで/立ち止まる 神社の脇の/曲がり角とか
・あたしなりの男の区別/すっぴんでいられるひとと/そうでないひと
・移り気で 六月生まれ/わがままな私に似てる/あじさいが好き
・立ち漕ぎを/しないでこの坂登ったら/君が待っててくれる気がして

寺島博子歌集『一心の青』(角川書店)
・飛びたてるいづれの空を探しゐむ石の翼を負ふ天使像
・ほの明りにて記せるに鉛筆に鉛筆の影、手には手の影
・君がわが夢に現れたりし朝わたしは誰の夢のなかなる
・車椅子押すにおだやかとなる歩み巡礼の地に行く民のごと
・届けたきひと天に増え地の人に書くてがみ星の切手を貼りて

岡一輻歌集『手わざ師 安息―その日暮らしのrequiem―』(ながらみ書房)
・傘ささぬ線路工夫を打ちつける 雨のちからの薄きがやさし
・息かけて夜汽車の窓をくもらせる 拭きとる闇に母の貌見ゆ
・母の背に柿色夕焼け揺らゆらり 其の小さきを見詰めてゐたり
・天を突き多宝の塔のやうに立つ 細く高くに蛍は群れて
・廃線の四月はじめの無人駅 さくらは今年も駅舎の横に

 


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