書架新風

吉村明美歌集『幸福な時間』(本阿弥書店)
・奥さんと呼びかけらるる職退きて専業主婦となれば忽ち
・死ぬものと生きるものとのふた分れ青虫運ぶ蟻に軍配
・くちなわのしっぽの心地して揺らる野を行く電車の十二両目に
・真夜中を飛ぶジェット機の爆音にこころ遠くへ連れてゆかれる
・三ミリのサマーカットのわが犬が歩めば誰彼声かけくるる
・かの医師も貫禄のある体形となりて私の病歴長し
・庭に出て月を見んとぞ夫誘う犬も誘いぬ以上が家族
・屋根の上(え)に今日上がりたり積年の夢のひとつが叶う秋晴れ
・浴槽にぽわんと浸かる双乳房斬り捨てらるる定めの左
・手術日の双の乳房の温かさ文月の空ようよう明かる

篠田和香子歌集『雪の記憶』(ながらみ書房)
・存在を主張せぬ店五六軒向き合ふところ狸小路は
・日焼けせし声だと思ふ元日にカンボジアより聞く弟の声
・両国の午後まだ早き一番に裸足の行事のこむら若やぐ
・ひらひらとありをりはべりいまそかりラ行変格活用は春
・部活後の自転車四五台むきむきにありて暖簾の「氷」が青い

田中裕子歌集『三月の空』(角川書店)
・象さんが麒麟に変はるちぎれ雲あかず眺むる三月の空
・海中に引き込まれゆく赤き浮子(うき)手応へありて鰺が光れり
・受診まつ患者のならぶ待合室いまかいまかと番号ながむ
・手も足も重たき砂をかけられて滴る汗を拭ふもならず
・湖上にみる男体山の頂に薄雲かかりて山頂見えず

紺野裕子歌集『窓は閉めたままで』(短歌研究社)
・ふるさとの住宅除染説明会 父に代はりて出席をする
・ネクタイの結びかた忘ると父は言ふ祝賀の会へ向かはむとして
・次つぎに子ら出でゆきしこの町に夫婦二人の本籍うつす
・開けはなつへやの病床六尺に子規のききゐし列車のひびき
・モンローのくちびるよりもあかく照り蛇苺かも葉陰にのぞく
・幼な子の着てゐしシュミーズ焦げたるを展示ケースの中に見つけぬ
・宅配の荷物をかかへ門灯へ小走りにゆく半袖男
・官軍の笛と太鼓の近づくを息殺し聞きぬわが父祖の地は
・あしうらを陽に差しだせば緘黙のモアイのごとしわが指ならぶ
・家畜にはあらずペットにもあらず生きのびた牛草食むをみる

松平修文歌集『トゥオネラ』(ながらみ書房)
・帰らうと老母(はは)が言ふ 何処に、昔にですか、遠く過ぎ去つた昔に
・遺書に記す「古い友のあなたに、壊れた冷蔵庫のなかの食べ物のすべてを残す」と
・車椅子に老母(はは)をのせて、待宵草が開きだした水辺へ
・窓に水棲昆虫来たり 避暑客が通されし部屋に明かり点れば
・死んだからには誰も戻つてきはしないが、夢裡(むり)で見かけることは時時
・デパートに売る商品(しな)はなく、どの階も鼠群(そぐん)ざらざらと床を移動す
・魚どもは湖底に隠れ、避暑客の去りし林にとどろく雷雨
・岬の突端にちかづくほどに強まりゆく雨を激しく切る ワイパーは
・夕陽を負ひ叫ぶ男はひたぶるに叫ぶ 声は破れて、意味は毀れて
・球状花は窓窓を打ち、雨風のすさまじき或る夜の紫陽花館(あぢさゐやかた)

浮田伸子歌集『青きほくろ』(砂子屋書房)
・はだか木のむかうの丘に草を食む馬ゆるやかに首をふりたり
・はやはやも早苗田となるすずしさに卯月の伊予の山映りゐつ
・六両の電車にアンパンマン描かれ日本の景をわづらはしくす
・ひよどりの四羽の雛の声のしてさわがしき木は育むところ
・早苗田はひかりをたむる器にてまぶしきまでに続く沿線
・かなぶんの幼虫一キロ火葬せりわたしの木々を喰ひてふとりし
・植樹せんと登る山道ぬかるみてガスおほひゆく式典会場
・四月よりこの作業所に来るといふ十八の孫すこやかにあれ
・冷房の過ぎたるホテル出し友は解凍してると真夏日をうく
・ふつふつと飯盒のふたもちあげて白米の精おねばが落ちる

斎藤千代歌集『四月一日。』(六花書林)
・「憂鬱」とテストの裏に書いている少年と目が合いそうになる
・主事室と手術室とを間違えて用務員さんを怖がる子ども
・保護者会の落とし物としてつけ睫毛の片方届く職員室に
・散歩中の犬が自動ドアを開け冷気になごむ一瞬の顔
・紙ヒコーキまっすぐ飛ぶもの戻るもの窓からひゅんと逃げてゆくもの

岩尾淳子歌集『岸』(ながらみ書房)
・大きめの海鳥みたいにばたばたと水上バイクはいくども跳ねる
・パイプ椅子二千が撤収されしのち陽のさす床のきれいな木目
・カステラのうすがみ剥がすひるさがり多幸感ってこんな感じか
・日本郵便の赤いバイクが見えてくる冬の毛布を干しているとき
・それじゃあね私はここで降りるから明るい車内の人に手を振る

大地たか子歌集『青き実のピラカンサ』(ながらみ書房)
・をさなごが気をつけの姿勢にて放射能チェック受けゐる まつすぐな髪
・踏切のきはに咲き継ぐ凌霄花(のうぜん)のかすかに揺れて電車近づく
・静音のひびき優しも幼子の寝息は静音 風のぬけゆく
・仮設なる洋品店の壁うすく隣の八百屋のこゑひびき来る
・薄荷の白、でるなでるなと念じつつ「サクマ」の缶を逆さに振りぬ

吉田美奈子歌集『そにどりの青』(六花書林)
・新築のマンションの窓の直線がまるみおびたり灯のつき初めて
・便まみれの老いを二人が洗ひをり介護はきれいごとから遠し
・爪立ちて林檎をもげり初めてのキスうけし日のごとき青空
・をさなごはつるりと剥けた茹で卵 逃さぬやうにタオルに抱きとる
・陸生への進化思はせ渚へとトライアスロンの泳者あがり来
・地より湧くごとく走者らあらはれて夏陽炎のゆらめきを来る
・池いち枚引き寄するがに力こめ竿しなへるを男が支ふ
・ほうたるが闇に描けるひとふで書きしばしば切れていづれも未完
・夜の川面ときをり暗くうごめきて鯉の跳ねたる音の量感
・閉館後燕子花図の青闇に胡蝶がひらと舞ひゐるけはひ

藤岡眞佐子歌集『思愁期』(ながらみ書房)
・楽しげな家族写真に残りいる〝しあわせ〟なども褪色している
・てこずらせやっと寝入りし母のかお異界の影をかすかに曳けり
・空にむかい雄たけびあげて吼えたきよあの投擲の選手のように
・呼吸器をつけるか否か訊ねくる医師の日常我が非日常
・四十に届かぬ寿命の国いくつ人誕生のアフリカの地に

大松達知歌集『ぶどうのことば』(短歌研究社)
・自習にして「花と蛇」書きたりといふ英語教師の団鬼六は
・四階にモスクのあるをおもひつつおもひて過ぎるのみのこのビル
・うたたねに逃げ込んでゐる生徒たち〈降りますボタン〉ない教室で
・妻の機嫌、娘の機嫌とりましてわれの機嫌は〈白霧島(シロキリ)〉がとる
・あの夏と呼べる夏ひとつ作れよと高校生に言つて入梅
・ゆふぐれの渡り廊下の鰯雲 天職なのか辞めず二十年
・居職(ゐじよく)でも出職(でしよく)でもなく満席があたりまへなる教室にゆく
・盗まうとすれば盗める長ねぎの箱あり朝の蕎麦屋の前に
・プレイボール直後のアウトとるやうに一首できれば心おちつく
・螺子すこしきつくしめたる扇風機しづかになりぬさびしくもある

古阪順子歌集『寒蘭』(不識書院)
・盗人(ぬすつと)の欲しき金品(もの)などあらなくにゴキブリのくすり、きんつば 食べよ
・おが屑にまみれて届く伊勢海老の真夜軋み泣く箱の中にて
・天井をこぼちて長き共棲みのわれとイタチの物語〈完〉
・丘の上(へ)に崩(く)えし神殿は立ちゐたり紀元前なる青澄む空に
・ぬめりあるごとくに光る長江の早き流れに船中三日
・色少し褪せし莢にもぎつしりとゑんどう豆の一行の詩(うた)
・身の裏側(うら)を見られゐるとは思ふまいガラスの外を這ふ尺取り虫は
・見開きの本の綴じ目に見咎むるいつのクッキーの粉らしきもの
・新聞のコラムの枠の外二ミリ鋏入るるに吾を殺して
・気力ある筆の運びを眼に追へば父の呼吸と一つになりぬ

加藤和子歌集『朝のメール』(ながらみ書房)
・日がな椅子に座っているのが仕事なり月の傍(かた)えの火星を仰ぐ
・死んでから死んだねずみを思いおり真夜かさかさと動きいし音
・横向けに寝るわが体小さくなりちさくなり尾など生えておらずや
・上海へ欧州へ子らの発ちゆきてわれにひとりの夏空が来る
・海底のうすき光に立ちあがり若きこんぶの育ちゆくころ
・人の輪にゴム風船が舞い上がりサザエさん通りの賑わう夕べ
・ヤドカリはわれかも知れぬ十幾度住所変えたる明け暮れなりし

中塚節子歌集『海の窓』(現代短歌社)
・百年の音きしませて〈だんじり〉は海辺の道をひと日曳かれむ
・半井桃水(なからゐたうすい)ここに生(あ)れしと屋敷跡の風にしばらく吹かれてをりぬ
・下り列車の席は必ず左側窓よりをさならの家の灯が見ゆ
・もう少しうまく生きろよ目の合つた猫にいはれたやうな気がする
・みづみづと五十兆個の細胞が蘇るやうな水をください

前田ひさ子歌集『天啓』(礫の会)
・朝まだき温む水面を這う霧にかくれて聴こゆ水鳥の声
・JR篠山口の駅中にデカンショ節が流れ夏来る
・天満宮の参道の牛孫のため頭も足も撫でてゆくなり
・急勾配の登山電車の玻璃窓にスイスの家が傾き見える
・温泉駅の横の足場に浸りいるしだれ柳のゆれるを見つつ

大谷ゆかり歌集『ホライズン』(ながらみ書房)
・冬晴れの朝の包丁とんとん、ぱ。林檎の香り八つに増える
・うしろへと飛びゆく桜またさくら列車の窓を春がやまない
・犬連れてわたしも道にいたりする夕日が沈むという物語
・雲になる夢をわすれぬ掃除機の重い体をひっぱっていく
・神棚の小さき扉こんなにも近いところに異次元がある
・地雷なき国の小道にたんぽぽはまあるい声を出す(ふまないで)
・鼻歌をうたい私はシンデレラの馬車切り刻み湯に放りこむ
・忘れ物したかのように立ち止まり再び花を歩き出す蟻
・たえまなく時代はつづく斎王の森の出口の信号は青
・こおろぎの声するほうへ傾けり新聞店のバイク七台

山下一路歌集『スーパーアメフラシ』(青磁社)
・終わりだと気付きはじめてガタガタと身を震わせている脱水機
・トナカイの被り物した客引きに物語のような雪が降ります
・ボクのオシッコのほうが飛んでたことを証明する人がさきに滅びた
・死んだあとに小蠅が鼻に飛んできて煩わしいのに手が届かない
・水面をあおいでみればきらきらと断念のような青空がある

足立尚彦歌集『ひろすぎる海』(ミューズ・コーポレーション)
・アントニオ猪木の延髄斬り思うさば缶のさばの骨やわらかく
・今更と思いながらにチェックする表示よすでに食い終わるぜよ
・ふあんげに揺れているのは反戦の歌なり昭和のLP盤の
・筆圧と筆力の差を思いおり我が若書きの小説読みて
・落選確実の候補者の選挙カーも一人前にうるさい土曜の午後
・あの猫は孤独だろうか石段の途中に長い影をつくって
・啄木の見た手は甲かてのひらか甲を見ながら二胡を弾きおり
・病室に腐るほかなき果物と意識戻らなぬ人のありたる
・カレンダーめくり忘れて数日をこの世から取り残されている
・精神科の敬子先生のやさしさに勘違いする馬鹿なり我は

奥田亡羊歌集『男歌男』(短歌研究社)
・流木の流れぬときも流木と呼ばれ半ばを埋もれてあり
・鳩の街商店街のアーチの時計おもては二時でうらは四時半
・ひらひらと子は走るもの石積みの古墳のめぐりコスモスの咲く
・水泳を好む少女となりたるは金木犀の匂うころ知る
・二回目はひとりで乗れるパラシュート夕焼けを連れて子が下りてくる
・振り向けば窓のひとつに君はいてすこし送れてわれに手を振る
・浅間山荘を潰さんとする鉄の玉ゆらりゆうらり雪がきれいだ
・飛田新地の一膳飯屋にキャンディーズうつむきて聞く「その気にさせないで」
・空の奥へ空が続いてゆく深さ父となる日の土管に座る
・子を胸に歩めばわれの知らざりしやさしさを見す人も世界も

秋岡麻美子歌集『天霧らふ』(不識書院)
・遠き地に病む子の声はくぐもりて受話器もちかふ左の耳に
・マウンドに投手も深く頭垂る正午の時報長く響きて
・帰り来る船を待ちゐる人影を今は見ぬめの社となりぬ
・酒蔵へ続く小路は雨に濡れ麹を醸す甘き匂ひよ
・語るなと固く戒められしのち短き夜の夢より覚むる 
・枇杷の葉にかすかに当たる音のして再び雨の降り始むらし
・陶の鉢にあふるるほどの朝の水注ぎて昨夜の夢を放たむ 
・山深き芸備線の車窓には差し交はす枝の触るるばかりに
・真澄(まそ)鏡清き月の面刻刻とこの惑星の影に呑まるる
・桜雨を行きかふ人ら傘の上にうすくれなゐの幾ひらのせて

大辻隆弘歌集『景徳鎮』(砂子屋書房)
・いつまでも犬が鳴いてた ゆるゆると津波が襲ふ映像の隅で
・差別語がひとつ響いてをろをろとうろたへてをり教壇のわれは
・国道のアンダーパスの壁面にSINENAIといふ黒き文字あり
・大鵬の訃を伝ふればやや遠きまなざしをして頷きにけり
・応、といふ鈍きいらへを聞しのみそれをしも今日の喜びとして
・今死なれたらかなはんわ、とぞ幾そたびか吾にありし逝きたり
・水嵩をぐんぐん増して橋桁の下にのたうつ濁流は見ゆ
・かなしみの腋へ腕(かひな)をさしいれてこれの世の人を支へむとしつ
・ブラインドの羽根にひとさしゆびを載せ雨を見てゐた野を移る雨を
・美しく煙のかたち立ちあがる季節とおもふ冬のはじめは

大原葉子歌集『だいだらぼふ』(ながらみ書房)
・土屋夏美働きつづけし診療所跡の草むら草いちご咲く
・山桑の枝這ふ若きかたつむり殻を支点に向きを変へたり
・くれなゐの四弁の椿さくとこそ豪州まぐろの尾の切断面 
・ぬるきみづ恋ふる田螺(たにし)のまたいとこ川蜷(かはにな)ねむる棚田のひるを
・鮎食べてかへる夜のみち子と子の子何かうたひて手足振りゆく
・バスの便寡(すくな)くスーパー近からぬ苫屋に晩夏のよき風かよふ
・きゆるきゆると軋る鞦韆わたくしがきしると思(も)はねど漕ぐをやめたり
・バンザイをしたりし小学一年の何に腋下の恥づかしかりき
・たたなづく青垣とみに青霞み光化学スモッグを告ぐる広報
・木道の果てに真対ふみづうみの心搏聴こゆ ハルゼミのこゑ

南輝子歌集『WAR IS OVER! 百首』(ながらみ書房)
・歳月やジャワ・ジャカルタの虐殺をひとに語りてさらにへだたる
・時代のひづみに生れしゆゑ月の満ち欠けのたび命がきしむ
・はちぐわつは青空ばかり青空の底踏みぬいてもまたもや青空
・月のしづくうけて命をさづかるもたちまち戦にからめとられき
・抱きあふもどうしても出会へないわれら われらのら(*傍点の付きの「ら」)はいづこへゆきしや

福岡勢子歌集『風の音 水の音』(いりの舎)
・幼児と乗りたる春の回転木馬アルバムにあり愛しかる日日
・フィリピンより花嫁迎うる家増えて混血は小さき村にもおよぶ
・とみに婚礼へり葬式の多くなりぬ看護部職員老齢化現象
・魔法瓶のごと暖かき家という風の通わぬ広きリビング
・家事労働夫もすべきと主張すれば決まって姑はうつむいている
・バイク駆る若者の群漂鳥のごとく風切りわが町を抜けゆく
・水色のノートを風がめくりいる記さなかったことのあれこれ
・降り過ぎる雪の捨て場は河川敷ぞろぞろと行く雪積むトラック
・ズシンズシンゴジラでござる午前五時除雪車黄色い目ん玉ギョロリ
・強風に煽られながら飛ぶ鳶ときおりカラスに追われるを見き

天野教子歌集『紫木蓮の下』(青磁社)
・言ひたかりしことありしごと口開けて土に壊(く)えゆく実柘榴ひとつ
・古城まで続く荒野に点々と咲ける薊こそ美しかりしか
・〈一葉の井戸〉のポンプに手を触れて等身大の一葉に逢ふ
・眩しきまで翅光らせて蜻蛉の二つ繋がり飛ぶ淵の上
・唇の厚き魚の眼球がギヨロリと動く魚(うを)の眼力(めぢから)

三枝浩樹歌集『時禱集』(角川書店)
・空知川のながれ迅しもパドル漕ぐ六人の息わずかにずれて
・パドリングの手を止め水に飛び込めばこの天然の水のつめたさ
・夏の日の盆地を囲む青やまなみ 遠やまなみは雲にかすみて
・今朝ふいに秋が来ており連嶺の山あおあおと近づきてみゆ
・帰らぬ人となりてひと隅位置を占め三十九年子と共にあり
・うつしよに母のいまさぬ四季めぐり今朝甲斐が嶺に雪しろく積む
・速度ふとゆるめるように入りぎわの日が瞬きて山の端(は)にあり
・小深沢乾反り葉踏みてゆくときもぱさっすとんとどんぐりが散る
・制御しがたき火を手に入れてまた燃やすホモ-サピエンス賢く愚か
・ゴドーを待ちながら人生がすぎてゆくかたえの人もようやく老いぬ

山下洋歌集『屋根にのぼる』(青磁社)
・〈早苗ちゃん〉とは田植機の名なりしと思い起こせり水張田の辺に
・七十年代の声やね ラジオから「新宿の女」が流れ来て
・エンジンの響きが好きな男にてアルファロメオが一番と言う
・ひとり来て土手の草生に坐るとき川面に映る橋の裏側
・たこやきを焼く車来て駅前に提灯あわく点す夕暮れ
・抜き型に梅を抜かれて余りたる〈花の周囲〉の人参を食う
・跨線橋ふいにあらわれ早春の単線軌条たちまちに越ゆ
・また来たよ 君と共有した〈時〉を駱駝のようににれがむために
・やや前を駈けゆく女性ランナーのセシルカットに汗の雫す
・「薄うならはりましたな。」と四十年通う床屋のおじさんが言う

柿本希久歌集『ケモノ道』(ながらみ書房)
・手に握るホース怒張し暴るるをいちもつのごと握りしめたり
・独立し初の仕事は蛆虫の殺虫剤なりアイディアも涌く
・あをあをと光る碧見ゆ久米島の空気(エア)を吸ひこみいざ潜らむか
・息を吸ひ息ゆるるかに吐き出せり海月(くらげ)のやうな泡は銀化す
・巨きなる異(け)に見ゆるクマノミは軀を張れりふとどき者に
・旧友は発癌を告げ洒落のめすどだい笑へぬ「肝臓(レバー)、ギブアップ」
・雨上がり鶺鴒(せきれい)は尾の指揮棒を上下に振りて道案内す
・仰(あふ)のける顔の上から言ふ歯医者われほにやららと喃語(なんご)をかへす
・奥歯まで歯石とらむと意気込むか頭に当つる乳房(ブラ)固かりき
・骨壺に鎮座せむ日のあればいま動き回れよ 喉仏殿

宮里勝子歌集『海の見える場所』(青磁社)
・カラフルな海の魚を描きたる防波堤続く海沿いの道
・高原に草食むヤクは褐色の点となりゆく離陸の直後
・パトカーに制止せられしトラックのライトが夜更け障子を照らす
・睡蓮も浮草も枯れ水がめの赤き目高は何に隠れん
・なまこ壁に沿いて流るる堀川の岸に並びて咲く花菖蒲

森俊幸歌集『フレネ・セレーの公式』(非売品)
・サバクハイウェーの砂漠といえど棗椰子、病院、精油所がある
・ギザ手前十七キロに迫りたれば渋滞の道に麺麭を売る人
・唐突に雨の匂いが好きと言う男の子ありて夕立しぶく
・先生は生徒の気持ちが分からない 言われたのはいつ夕焼け小焼け
・教職はブラック企業そしてまた三ケイと妻の言う月曜日

水門房子歌集『いつも恋して』(北冬舎)   *変則三行書き歌集です   
・あのときは二人乗りしてどこまでも/ずっと行けると/信じてたんだ
・元カレが現れそうで/立ち止まる 神社の脇の/曲がり角とか
・あたしなりの男の区別/すっぴんでいられるひとと/そうでないひと
・移り気で 六月生まれ/わがままな私に似てる/あじさいが好き
・立ち漕ぎを/しないでこの坂登ったら/君が待っててくれる気がして

寺島博子歌集『一心の青』(角川書店)
・飛びたてるいづれの空を探しゐむ石の翼を負ふ天使像
・ほの明りにて記せるに鉛筆に鉛筆の影、手には手の影
・君がわが夢に現れたりし朝わたしは誰の夢のなかなる
・車椅子押すにおだやかとなる歩み巡礼の地に行く民のごと
・届けたきひと天に増え地の人に書くてがみ星の切手を貼りて

岡一輻歌集『手わざ師 安息―その日暮らしのrequiem―』(ながらみ書房)
・傘ささぬ線路工夫を打ちつける 雨のちからの薄きがやさし
・息かけて夜汽車の窓をくもらせる 拭きとる闇に母の貌見ゆ
・母の背に柿色夕焼け揺らゆらり 其の小さきを見詰めてゐたり
・天を突き多宝の塔のやうに立つ 細く高くに蛍は群れて
・廃線の四月はじめの無人駅 さくらは今年も駅舎の横に

 


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