書架新風(下半期)

山本夏子歌集『空を鳴らして』(現代短歌社)
・学校の焼却炉には何もかも燃やしてくれるおじさんがいた
・デパートの洋菓子売り場の人混みと同じ数だけ贈られる人
・自転車を修理に出せば自転車とだけ会話する職人がいる
・野良猫が鳩の遺骸を持ってゆく動物として弔うために
・電線の上をネズミが這いまわる乱れた波形を尾で描きつつ
・飲み会の帰りに過ぎる交番に書き足されている今日の死者数
・いつだって消されるために点されるケーキの上の笑顔を照らし
・点されたキャンドルの火に照らされて新郎新婦についてゆく影
・紙のクマを作る男の指の毛も黒々映す教育テレビ
・彗星のしっぽのような影を曳くテーブルの上にこぼれた砂糖
・知らぬ間に知らない人が出て行って知らない人が住む上の部屋
・うずくまり膝を抱えた少年に似る道端に置かれたテレビ
・救急車の扉が開きまっしろなひかりが男を飲み込んでいく
・さんかくのおしりを立てて餌をとる真冬の池にいる鴨四羽
・オスプレイ飛んでますよと空を差す先まで焼けた分厚い指が
・山積みにされたレタスをひとつ選る子どもの頭を摑むみたいに
・庭先にかき氷機が置いてあるビニールはまだかけられたまま
・広場からうさぎを一羽選るように子が保育士に抱き上げられる
・泣きながら嫌がる顔を押さえつけ十六本の子の歯を磨く
・三度目の春の蛇口に届く子の手が出会わせる水と光を

谷とも子歌集『やはらかい水』(現代短歌社)
・通された室から眺めるアドバルーンことば無くした吹きだしのやう
・さらさらと一枚岩を裂くやうにくちなはは這ふ まもなく瀞だ
・駅からのひと少しづつ減る道のくらさ濃くして虫は鳴きをり
・帰りゆく途中に橋があつたこと、水嵩の減る川を見たこと
・錆びつきしシャッターにかかる大き手が夜をひきずりおろす音たつ
・しじみ蝶うづまくほどに群れとびてその芯に隠しゐるのは誰
・次の世は苔になりたい湧きながら流れやまない水に洗はれ
・鳥のブローチいつから歪んでたんだらうぼんやり映す地下鉄のドア
・突風にゆがんでしまつた傘を捨てどうなつてもいい傘を買ひたり
・このみづをいつか素足で渡るとき言ふのだらうか清め賜へと

川口滋子歌集『世界はこの体一つ分』(角川書店)
・大粒の雨がふってる負けるものかと思いっきり傘を開いた
・正座して説法を聞くお尻より空豆に似て二つの足裏
・君の声残る耳よりイヤリング外せば赤い音符のかたち
・電球を替えんと椅子に見下ろせば我が暮らしいる一室縮む
・傷ついた私から少し傷ついた私へ戻るミスタードーナッツ
・プライドごと淘汰されゆく恐ろしさぶ厚く削る渋柿の皮
・舞台そでに楽譜を置きぬ幼き日ここで見守りくれし先生
・左手の二分休符自由となれば音たてぬよう蚊を叩きたり
・新宿駅すれ違いざま美しい破裂音にて「ブス」と言われぬ
・真夜中のシャワーがどこまでも響く 世界はこの体一つ分

中井茂歌集『木漏れ日のように』(角川書店)
・ミステリー小説 通勤電車の僕はいつも事件に巻き込まれてた
・引き抜けば次のティッシュが顔を出し次の消費を促す仕組み
・街路樹は兵士のように立ち並び「直れ」の号令まだ待っている
・使い捨てなどと呼ばれる百円のライターの火の暖かさ
・右足と右手同時に出ることが心配で歩けなくなる時
・真昼間の電車 明暗明暗と目を閉じたまま光見ており
・声低く話す上司の折衝の電話のゆくえ探る耳先
・生産を伴わぬゆえ何となく後ろめたさのある庶務の事務
・通勤の電車にも慣れ定位置と呼べる位置にて心を閉ざす
・この星にホモ・サピエンス栄えたことの証として残る放射性残渣は

若松喜子歌集『砂嘴のソクラテス』(ながらみ書房)
・夫と子は湯船に何を語りいん声柔らかし晦日の夜に
・「かあさん」と夫が吾を呼ぶことも幸せのひとつ紛れもあらず
・出勤のはずの月曜その朝がいちばん寂しいと夫のことば
・束ねられ届きし寄せ書き〈大好きな若松校長先生〉と児ら
・生前の夫みずから書き置きし喪主の挨拶わたくしが読む
・臨終の九時四十分そののちを報告せんと墓に来て立つ
・降るようにしきりに落ちくる枯れ葉 にわか雨かと空仰ぎたり

西堤啓子歌集『カピバラを抱く』(砂子屋書房)
・窓越しに雀追う眼の炯々(けいけい)と尾の先までが狩りをしている
・弓張りの猫の怒りは尾に風を孕ますごとし夏の短夜(みじかよ)
・つながれて狸はお手もお座りも知ってしまった温泉の町
・どこにでも転がっている争いの職員室に繁きこのごろ
・菓子一つ見えなくなって満月の母口元を押さえつつ笑う

小谷博泰歌集『シャングリラの扉』(いりの舎)
・牛小屋の牛がしっぽで虻を追うけだるい昼がにおっていた
・庭に出て線香はなびに火をつけるいのちの色が闇にこぼれる
・紐に布を吊したような水着付け白い少女ら海辺で遊ぶ
・稲刈りもほぼ終りたる信濃路に夢のごとくにSLの来る
・敦盛の塚にこぼれるいちょう葉のかがやきながら冬が始まる
・ぴったりと男と女がくっついて電車の中で何してくれんねん
・船たまりにカモメが群れてないており冬の休日人なき港
・飛行機は低く低くと下りてゆき松の林のむこうに消えた
・日が道に照りながらちらちらちらと冷たい風に粉雪まじる
・ファミレスもカフェもこみいて海辺吹く風のようやく春となりゆく

加藤走歌集『風よ、ここに』(ながらみ書房)
・退会者のリストにありし君の名はしづかに強き意志を示せり
・地下鉄で歌集開きて眠り込む歌は晒され解き放たるる
・浴槽の水が大きく揺れてゐるすでにあがりし肉体はなく
・いめのなか巨大な蝸牛(くわぎう)が大路をすすむ都市のものみな粘液で光る
・真夜中に聞こゆるいびき歯ぎしりなど白山の夜はすべてを包む

中川佐和子歌集『花桃の木だから』(角川書店)
・向かい席七人がみなうたた寝の七つの頭の中なる宇宙
・ひとところ菜の花の黄のはげしさよ蘇我入鹿の首塚あたり
・藤棚の下にも風の抜くるらし薄き陽射しに花揺れ出して
・草を刈る機械の音とあぶらぜみ啼くが聞こえる競うがごとく
・向こうから埴輪のような口の女(ひと)あくびとわかるまでに近づく
・如月の沖に出てゆき波を待つサーファーの時間それもまたいい
・妻ならぬ声の流れて風呂の栓したのかどうか夫は見にゆく
・教会のロードを夫がぎこちなく団塊世代の貌をしてゆく
・北国の蔦這う倉庫その上の白き満月のぼりつづけよ
・全身を的にしながらフェンシング美しすぎる闘いをする

大室ゆらぎ歌集『夏野』(青磁社)
・犬を連れてゐるゆゑ少しもあやしまれずにこころゆくまで岸にたたずむ
・かなむぐらががいもひるがほ蔓草をたぐれば出づる根の国の声
・これほどにおたまじやくしがゐるからはその四倍は出づる手と足
・水流はふた分かれする蕗の葉の青く茂つてゐるところから
・谷風にわれとわが額吹かれたり供物のやうに猫をかかへて
・磨滅した小さな墓にもひとつひとつ矢車草が供へてありぬ
・浮御堂さかさに映す春の水「波の底にも都はありや」
・ひとつひとつが米粒となる稲の花、古墳に沿うて小道は曲がる
・きのふから雀の死骸がある茂み、嗅がないやうに犬を引き寄す
・落ち蟬に触れてするどき羽ばたきよ死ぬ間際まで生きてゐる蟬

石井絹枝歌集『相寄る家族』(青磁社)
・わがバスと同じ速さに走り来る月かと右の窓越しに見る
・縁者とは有り難きかな故郷の廃屋のめぐり草引かれおり
・店主店員合わせて二人のわが店を主張を掲げ労働歌過ぐ
・置物かいや本物と指す亀がズブリと沈む寺の蓮池
・父と来て耕し母と桑摘みし畑はここらか山に分け入る
・船団と埠頭をつなぐ紙テープ大漁帰港を期して伸び行く
・ゆっくりと手足寛ぐ浴場に近く響きて救急車過ぐ

五十嵐順子歌集『奇跡の木』(ながらみ書房)
・イチローが元気にビールを飲んでいる看板見ながら快速を待つ
・幼子と遊ぶついでに乗ってみるぶらんこ空を少し近づけ
・県庁前駐車場横に積まれたる冬の残滓のような残雪
・円空の長き一人の旅をおもう展示会場混みあう中に
・身体の不調しばらく聞きくれし医師が昼寝をせよと言いたり
・おれの杭と言わんばかりに一本を占めたる川鵜が杭ごとにいる
・道路工事の現場に一人女性いて車誘導の声のはなやぐ

浜田昭則歌集『暗黒物質(ダークマター)』(青磁社)
・柏手をうてば昭和がこだまするターザンごつこしたる杜より(*「こだま」に傍点)
・酔ひて乗る御堂筋線ものいはぬケータイ猿にかこまれながら
・このあたり酸性ならむあぢさゐの薄きみどりの青いろとなる
・アメリカの暮れのニュースに幼子が銃もてあそび母親を撃つ
・先生が逝かれて二十六年目 オンザロックに浮かれてゐます

小久保晴行歌集『北回帰線』(現代短歌社)
・建国の集まりのあり久しぶり白髪ばかり後ろから見る
・誕生日祝いのメール数多く馬齢を重ねてひとごとのよう
・緑陰に木漏れ日浴びてこともなく片手にビール読書する午後
・縄文の文化の興亡読みゆきて面白きあまり朝をむかえる
・入院の友を見舞いて手を握る骸骨のごとき固き触覚

井上久美子歌集『マザーリーフ』(本阿弥書店)
・冬晴れの住宅展示場の空そろり飛び立つあかい風船
・注文書渡して春待つ身となればランラン、ランドセル子が高らかに
・水音をたてて金魚は寄ってくるマンママンマのマの形して
・朝練のブラスバンド部校庭へロングトーンをひびかせており
・八歳はわれには聞かず〈ニュース7〉体育すわりで見入ってしまう

遠藤由季歌集『鳥語の文法』(短歌研究社)
・おにぎりとペヤングソース焼きそばの昼食ののち読書する社長
・常磐線日暮里経由で帰る夜かつての最寄り駅を見おろす
・指と指触れて生れたる静電気ふゆぞらをゆく蝶となりにき
・タッチ・アンド・ゴー次々と人間が改札機より旅立ちゆけり
・低き山どの窓からも遠く見え車両短き奈良線はゆく



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