| 平野久美子歌集『青衣の星』(ながらみ書房) |
| ・われに気付かぬ季節あるらし犬の仔は二月の林の木より木を嗅ぐ |
| ・フェイクファーふわふわさせてうちの娘が深夜バスより降りてくるなり |
| ・素麺に入れたる氷が硝子器のなかに触れあう音も運びぬ |
| ・青鷺の歩む夕べの橋の下ほのくらがりのなつかしきかな |
| ・電信柱ほどの存在感もなくふわふわ朝のオムレツを焼く |
| 久田泰子歌集『Adagio』(柊書房) |
| ・雲間より舞ひ降りてくる白きものしづかにゆつくりやがて早くて |
| ・巽(たつみ)橋の下をくぐりて流れゆく花びらとどまりたる試(ためし)なし |
| ・庭隅で猫が蜥蜴をもて遊ぶ 安けく生きて来しかなわれは |
| ・今朝の尾の据りが悪いゆらゆらと右に左にそよがせてゐる |
| ・扇風機のたりのたりと回りをり碁を打つ父のシャツを揺らして |
| 小林幹也歌集『探花』(砂子屋書房) |
| ・結婚のプラン詰め合ふ傍らに気の抜けてゆく瓶ビールあり |
| ・テンプーに乗れば男の口髭がかつての革命物語りゆく |
| ・ビニール傘をさしたる巫女が通り過ぎぼくははじめて雨に気付きぬ |
| ・胴体にあまた漢字を書き付けて台湾バスの芳一もどき |
| ・夕立が過ぎて京都はいにしへの面影やどすビルの谷間に |
| 伊藤一彦歌集『月の夜話』(本阿弥書店) |
| ・妻の水あさゆふにうけ生(よ)を保つ庭の木草の吾(あ)にもの言はず |
| ・何をどう言へどひたすら殺処分してゐる側の人間のひとり |
| ・集ればげぢげぢ眉がはなやぎの友多きなりここは襲国(そのくに) |
| ・軍旗のごと居酒屋の旗もちて立つ若者いまだ人を殺さず |
| ・薄墨の空より降れる細きあめ青き稲の穂揺らさず濡らす |
| 安田申佳歌集『流星の私語』(角川書店) |
| ・しがみつく背中の瘤のゆんゆんと揺れて危ふき砂漠の獣 |
| ・夕焼けをひつぱつてゐたおびただしき鳥まぼろしの塒に沈む |
| ・岬から岬へ架かる湾岸道路ヘッドライトは空を截りつつ |
| ・呱呱の声あげ得ぬ人型ロボットが生(あ)れていきなりシャカシャカ歩む |
| ・「笹持つてこい!」戎祭りの宝恵(ほえ)駕籠に人気役者の神なるかたち |
| 久米川孝子歌集『シャガールの馬』(角川書店) |
| ・球根のひとつにひとつだけの花のつぽの茎に咲くチューリップ |
| ・雪女葡萄鼠(ぶだうねずみ)のくちびるで息を吹きかく寝入る男に |
| ・急須より茶をそそぐ音しみじみと心処に沁む秋立ちにけり |
| ・高速路に救急車待つかたはらをピューピューと過ぐ縁なき車 |
| ・一人居のばばあに吉事(よごと)なき日々を小鳥訪ひきぬ紋付を着て |
| 青柳信介歌集『寒蝉帖』(友月書房) |
| ・新春のわが立つ耳に〈苦〉〈愚〉〈苦〉鳩の啼きゐる街路の一樹 |
| ・鴛鴦の未だ帰らぬ春の湖面さあ新緑の影を映せよむ |
| ・ドラミング・ゲラの啼く声くぐもりて春のことぶれ湖面に響く |
| ・シェイクスピアと紫式部との比較論 今宵の雨やいやにどしゃ降り |
| ・保守・革新選挙のニュースたれ流しテレビよ秋の夜に発光をせり |
| 中津昌子歌集『芝の雨』(角川書店) |
| ・根が石を押し上げゐるは感情にあらず音なく寺院くづるる |
| ・死して死を歌ふことなしゆふぞらにミモザの枝は黄をひろげをり |
| ・地より生え上がりしものにあらざれどマンハッタンにビル聳えをり |
| ・国歌とはこころ一つに歌ふもの 胸に手を当て選手は立てり |
| ・治療費がなければ痛む歯は抜いてしまふ歯茎のくらいむらさき |
| 大久保富美子歌集『天翔る』(短歌新聞社) |
| ・遠き日の母の蚕の桑喰む音 目覚むれば闇九月の雨降る |
| ・海風の吹き上ぐる丘苔むして生きた証の遊女の墓標 |
| ・舗装されどこまで続く山の道人も車も犬も通らぬ |
| ・ヨットより白きホテルを眺むれば海に建つごと揺れて見えたり |
| ・太鼓の撥笛も失ひ五人囃子手持ち無沙汰に腕上げしまま |
| 片岡絢歌集『ひかりの拍手』(柊書房) |
| ・飛び立つと決めて真白き階段を上がれば海よりひかりの拍手 |
| ・たのしみにしてゐた劇を観てるのにあなたの横で集中できず |
| ・長風呂の我に「溺れてゐないか」と父が遠くでいきなり叫ぶ |
| ・愚痴ばかり言つてることに気が付いて女三人雨の音聴く |
| ・多摩川を電車が渡る時いつももつたいなくて本より本より目を上ぐ |
| 安永蕗子歌集『天窓』(短歌研究社) |
| ・降る雪を積みて声なき連山を見るべく立ちし窓に雪降る |
| ・左折してまた左折して冬の山帰路なきごとく星生るるなり |
| ・七階の窓の透明ひそかなる空隙として鳩が降りくる |
| ・野火もえて夜の間も赤きかなしみを遠く見てゐる狐狸もあるべし |
| ・日輪が見えぬ曇りもユーラシア海鳥一羽船に添ひゆく |
| 諏訪順子歌集『ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの光』(角川書店) |
| ・待ち待ちて今朝生まれたるみどり児は名のなき時間を無心に眠る |
| ・長雨に色の褪せたるもみぢばが晒されてゐるライトアップに |
| ・わが髪を切りゆく若き美容師の冷たき指の触るる耳朶 |
| ・上野発、池袋着 窓外に十七分の春を旅する |
| ・下町に高層マンション殖えつづけ大花火みな欠けてしまへり |
| 浜田康敬歌集『百年後』(角川書店) |
| ・氷川下セツルメントの文学講座野間宏来てわが短歌評す |
| ・猫が咥えているのは蜥蜴の尻尾にてまだ動くゆえ猫は離さぬ |
| ・国立大学正門前の小儀式守衛が国旗掲げ礼する |
| ・「親族の方よりどうぞ焼香を」すこし誇らかに親族は立つ |
| ・真夜中をトイレに起きて灯を点ける灯は点かずそのまま暗闇で足す |
| 内田いく子歌集『あほうどり』(北羊館) |
| ・独り言のあとのようなり漢方薬の顆粒ざりざり残る口中 |
| ・禁煙権なき世に勤めわが肺はおとこらの吐くけむりに塗(まみ)る |
| ・渡り終えしひとの残ししさざなみの揺れをたのしむ山の吊橋 |
| ・海、浜、浦、みなと、駅名に付されいて青き電車の水蹴るごとし |
| ・「堪ヘ難キヲ 堪ヘ……」ニンゲンの息ふかく鎮めたりけむ一拍の間 |
| 津金規雄歌集『時のクルーズ』(柊書房) |
| ・わやわやと中華街へとくり出せば「楼」多くして「軒」を見かけず |
| ・ブレーキの軋みののちの静寂(しじま)ふかし登山電車はしばしとどまる |
| ・器具、薬品満載したる〈包帯交換車(はうかうしや))〉車内販売ワゴンに似たり |
| ・地下鉄が皇居の下を潜ることなくて禁忌といふ語を思ふ |
| ・テロ多発 砂漠もモスクも遠くして見をり井伊家の能衣装など |
| 醍醐志万子歌集『照葉の森』(短歌新聞社) |
| ・泥のにほひ立ち来と思へば田ごしらへを終へて耕運機の去りゆくところ |
| ・畑土にスコップ突き立て人居らずをかしともさびしとも立てるスコップ |
・揺れゐたる姫女 の花を草刈り機のやさしく撫でてなぎ倒しゆく |
| ・女とて百姓の手は大きいぞ別るるとしてとりし友の手 |
| ・小学生といふは小さし雨の日を一団のあと一団帰る |
| 春日真木子歌集『風の柱』(角川書店) |
| ・皺のなき水面(みのも)をいゆくアイロンに水禽図絵を思ひてゐたり |
| ・ガソリンの一滴滲む水たまり渡つてみよう雲を踏む気で |
| ・くろがねの蒸気機関車とどまれり車輪を撫づる芒の穂先 |
| ・コンクリの家壁りりとのぼりくるこれぞ東京蟋蟀ならめ |
| ・怯むなく赤松の幹駆けのぼる股関節(こくわんせつ)みゆ猫の妬まし |
| 村山美恵子歌集『嫩江』(角川書店) |
| ・小浜への道てふ聞けば小浜まで行きたくなりぬ助手席にゐて |
| ・床を踏む音を鼓に合はさむと足あげて待つ魔物の間合ひ |
| ・日曜の夜のとばりの鎖す杜に研究室の灯りは浮けり |
| ・シャッターに休みの期間を貼り付けて大学前の歳晩ひそか |
| ・まやかしを厭ふあまりの激しさを狂歌に寄せつる契沖の筆 |
| 沖ななも歌集『木』(短歌新聞社) |
| ・鴉声(あせい)ひびく里の山柿赤ければ季の深みが身をおおいくる |
| ・蝌蚪の尾はいのちふるわすごとくにも水田(みずた)の泥をちらして泳ぐ |
| ・背の揃うメタセコイヤのいただきを冬のしっぽの風わたりゆく |
| ・まちなかに柳の波のただよえり柳都(りゆうと)新潟うすずみのまち |
| ・そこにひとつここにも三つ実をつける椿ことしの充足あらん |
| 宮田長洋歌集『東京モノローグ』(短歌新聞社) |
| ・妻なくては生きてはいけぬ我かとも思う灯ともし頃はなおさら |
| ・おとなしく騒音おばさん飯を食いおりや刑務所大食堂に |
| ・長病みの長女を思いゆきゆけば肩の触れたるおとこ怒号す |
| ・腰かがめインターホンにもの言えば答うる声のときに突慳貪 |
| ・振りかえり勝ちを確信したるらし渋井陽子の笑うマラソン |
| 水上比呂美歌集『ざくろの水脈』(柊書房) |
| ・大仏の胎内をひとが二十人巡りをるらしこそばゆからむ |
| ・韋駄天の九郎兵衛のあと三人の人形遣ひがばたばたつづく |
| ・幾重にも艶なる紐でしばられて晴れ着のむすめ献上菓子めく |
| ・テレビ無く新聞来ない山荘に下界より来るケイタイのこゑ |
| ・多摩川の向う岸よりわたりくるトランペットの金箔の風 |
| 藤岡成子歌集『白鳥よ』(本阿弥書店) |
| ・わが車のヘッドライトに照らされて狸動けず無謀だよ君 |
| ・亡き夫の靴履きがぼがぼ歩みをり夫を知らない孫の雅人が |
| ・半分は当て字にルビのふられある二〇〇五年の園児の名簿 |
| ・悲鳴にも似たるこゑあげ終盤の選挙カーゆく暮れの農道 |
| ・水張田の田毎の月のしづかさよほたるほたるは月の上をゆく |
| 藤島秀憲歌集『二丁目通信』(ながらみ書房) |
| ・額縁の右に傾く傾きを正せば戻る〈努力〉の威厳 |
| ・幼稚園バスを待ってる母ふたり今日は三メートルを離れて |
| ・枕に顔をうずめて咳こめり誰の父でもないわたし |
| ・草むしりしているわれの無作法を鎌ふりあげて叱るかまきり |
| ・電柱の上で作業をする人が地上の人に蕎麦食う仕草 |
| ぬもとみさを歌集『緒』(青磁社) |
| ・新樹吹く風にのりつつ燕きて吾が立つ橋をくぐりゆきたり |
| ・勢いよくパラソル差すをおっとっと豹紋蝶が避けて飛びゆく |
| ・階段を半ば下りきて子ら覗く夫とわたしのソーシャルダンス |
| ・近道と教えられたる路地ゆけば猫猫猫猫寝そべっており |
| ・吠えたつる犬を視界のはしにおきインターホンの応答を待つ |
| 稲川信恵歌集『梓弓』(角川書店) |
| ・ゆふぐれの窓にのほりておとうとは逆三角形の鳩を飛ばしぬ |
| ・どこからの光線だらう天井の板にちろちろさざなみ生るる |
| ・なほわれをひもじくさせるふるさとを新幹線はぎらりと発ちぬ |
| ・亀の首つんと浮かびて大池の濁れる波に雨ひろがりぬ |
| ・裸木の林がふつと親しげにみゆるあしたよ春近からむ |
| 齊藤弘子歌集『朝の硯』(角川書店) |
| ・金剛力士足踏みすらし奈良の宿の浅き眠りに遠雷つづく |
| ・袖の振りを握りていつも従きゆきぬ紬のあらき手触りが 母 |
| ・まなうらまで黄に染まりたり六日経し三国志の旅は菜の花の旅 |
| ・成らざりしジグソーパズルのモナリザはこころざしに似て杳くほほゑむ |
| ・窓の外(と)は千の針降る霜夜なり灯よわが筆の穂を熱(あつ)うせよ |
| 秋元直子歌集『風はされから』(短歌新聞社) |
| ・赤ちゃんは何が欲しくて泣くのでしょう部屋から母さんの声聞こえない |
| ・旅に来て常には聞かぬ汽笛聞く一人し夕べの海のぞむ窓 |
| ・対馬丸に修学旅行とはしゃぎいし子も居てその夜魚雷で死んだ |
| ・空想ははたと消えゆき紙ふうせん少しへこんでたたみに落ちた |
| ・夕焼けを見てきた犬は尾を振ってこくこくたっぷり水飲んでいる |
| 正井姈歌集『夢とわたりき』(不識書院) |
| ・幾そたび日伊協会に通ひしか百万遍行バスの明るさ |
| ・ヨーロッパの山見てしより日本の鬼棲む山へひたかへり来ぬ |
| ・神代より木の実は落ちる花は散る万有引力老に重たし |
| ・コピー紙の下に潜れる蜘蛛少し大きくなりぬ そつと追ひやる |
| ・何処にて湧きし水かも滝壺に落ちて静けきエメラルド・グリーン |
| 春日いづみ歌集『アダムの肌色』(角川書店) |
| ・大き桃太き真竹もポストなり桃太郎はたかぐや姫置かれき |
| ・僅かなる羊水に浮かぶ十四週両性具有の小さき満月 |
| ・枳殻(からたち)の春の生垣さみどりの棘のはじめのまだやはらかし |
| ・小さき釜五右衛門風呂の湯に浮ける日灼けの首の三つが笑ふ |
| ・ヘッドライトに浮き上がる文字のたどたどし「きのこ汁一〇〇円」狸の誘ひだ |
| 秋山律子歌集『或る晴れた日に』(北冬舎) |
| ・別れ生きしを今も気兼ねす母よもう一生は過ぎてゆきたり |
| ・乗りあげているは茜の雲近く廃車しずかに積みあげられて |
| ・別所線行くさきざきに鈴生りの柿が点れり駅小さくて |
| ・河なればこともなくゆく国境の幾つの国の花を浮かべて |
| ・別れ生きしわれにはわれの母の距離羽虫は秋の陽の中に消ゆ |
| 大角真代句集『手紙』(創風社出版) |
| ・春の空かばが背泳ぎしてうらら |
| ・ブランコが空の高さを変えていく |
| ・荷台から牛の鼻だけ出る立夏 |
| ・海老フライさくっと揚がる九月かな |
| ・冬の灯や雪から雪が生まれてく |
| 森井マスミ歌集『ちろりに過ぐる』(短歌研究社) |
| ・吸ひさしの煙草のけむりむらさきの記憶、未来を葬りて冱ゆ |
| ・樋(とひ)を打つ雨 あのひとのにほひからわたしの影を消してゆく、あめ |
| ・蟲の音はほそくなびいて 愛戀といふ假縫の絲ほぐす老女 |
| ・夕立のきてひとけなき神苑の水に緋鯉の緋はすれちがふ |
| ・いのる姿の胎兒ばかりがうまれおち東方にけたたましき靜寂 |
| 川本千栄歌集『日ざかり』(ながらみ書房) |
| ・お手伝いしているつもり次々とティッシュ引き抜きドーゾと渡す |
| ・十一月の雨長き雨深き雨 子の三輪車を闇に濡らして |
| ・大きくなれば空を飛べるかと聞いてくる子にバスタオルのマントを結ぶ |
| ・ぼくのお話聞いて聞いてと喚きしのち子は考えるぼくのお話 |
| ・穏やかな生徒が「オレ」と言いし時少し驚く その後の自死 |
| 島本正靖歌集『下舂残影』(角川書店) |
| ・ミスショットにクラブを叩き捨てたるを拾いて従うキャディが見えて |
| ・遊船の艫の視界をかくすまで群れて纏わりくる都鳥 |
| ・寒風の中颯爽と歩みゆくナマアシと呼ぶそうなその足 |
| ・この年も過ぎんとしつつアドレスに消去の線を引く側にいる |
| ・診察の順を待ちいて九十分そろそろ犯人(ほし)が割れて来そうだ |
| 西村澄子歌集『花』(北冬舎) |
| ・大声でわれを一喝する夫の肺活量のなほ衰へず |
| ・雨だれのやうにパソコン打つ手元見つめる孫の息こそばゆし |
| ・「おいくつ」と聞かれてふとも目を閉ぢぬ地蔵の歳も気になりますか |
| ・傘寿わが宴の主役を奪ひたる腕から腕にわたるみどり児 |
| ・ねつとりと肌にからめる風にのり選挙カーまた声高にゆく |
| 砂田暁子歌集『地球(テラ)の朝』(角川書店) |
| ・混沌の夏の夜空をどんと打つ花火の後に空おもくなる |
| ・いづこから来ていづこへと去るものに猫しなやかに緑陰をゆく |
| ・こまやかに秋の日とほす栴檀(せんだん)の秀や蝉鳴けば蝉が応じて |
| ・さかさまに家居映せる川の面(も)に日常の逆様などおもふふと |
| ・自販機に淡青(たんじやう)に透きて売られゐる峡の温泉〈うみたて玉子〉 |
| 足立尚計歌集『サルペドンの風斬る朝に』(六花書林) |
| ・各県のヘリコプターは華やかに被災の都市の上空を舞う |
| ・気づくまで見えざる影のけはいあり。墓が流れていたのであった。 |
| ・つくづくと畳が植物であることを知りぬ水をどんどんと吸う |
| ・遠つ世も現し世もまた難所なり凍結事故の脇に花束 |
| ・お弁当の隙間をいつも埋めるだけキャベツの役はかわいそうな菜 |
| 同志社女子大学編『31音 青春のこゝろ 2009 「SEITO百人一首の世界」』(NHK出版) | |
| Sunset makes her red. “Is there anyone you iove?” She said to me … Oh … Why can’t Itell her my mindo? I wonder if she realizes … |
川邉直暉 関西学院高等部(兵庫県)3年 |
| ・レモンティーレンジで温める午前二時数学難問再度チャレンジ | 児島由希子 八鹿高等学校(兵庫県)1年 |
| ・人波を避けて通らず飛び込んで波打つ人の一員となる | 前田美咲 神戸龍谷高等学校(兵庫県)1年 |
| ・八月末秋のしらせの一番は11階からながめるすじ雲 | 水田誠 芦屋大学附属高等学校(兵庫県)1年 |
| ・「壊れ物注意」のラベルが心からゆっくり剥がれたような三年 | 田中智子 六甲アイランド高等学校(兵庫県)3年 |
| 坪内稔典『俳句と俳文 高三郎と出会った日』(沖積舎) |
| ・曇天に観覧車あり十二月 |
| ・一人来て枯れ野の星の落ちそうな |
| ・寒晴れの男同士が象の前 |
| ・老人とばかり出会って枇杷の村 |
| ・鎌倉の三月の雨上がったよ |
| 小枝恵美子句集『ベイサイド』(ふらんす堂) |
| ・足の指ひらいておりる春の土手 |
| ・黒揚羽犬の鎖を越えてゆく |
| ・山越えて雨くる気配芹を摘む |
| ・缶ビールへこませて立つ外野席 |
| ・椅子の背に春の波音「立ちなさい」 |
| 山口純子歌集『篁の秋』(不識書院) |
| ・真夜中の医院に響く産声をわれにつながる声と聞きたり |
| ・引揚許可得んとひと月毎日を母と人力車(ヤンチョ)に通いたる道 |
| ・あやまちて船より落ちし兵ひとり長江の濁りに沈みゆきたり |
| ・配られしおにぎり一つむさぼりき星降る引揚船の甲板(デッキ)に |
| ・五角形の一辺欠けしに揺らぎいるわれら姉妹に秋深まりぬ |
| 黒瀬珂瀾歌集『空庭』(本阿弥書店) |
| ・妹に起こさるる朝立つものを慌て隠すも夏の発端 |
| ・中心に死者立つごとく人らみなエレベーターの隅に寄りたり |
| ・立春の風なほ寒き千代田区に皇族といふ種族の保護区 |
| ・しづしづとミルクはアイスコーヒーに垂らせば走る氷の隙を |
| ・華やかに世界の朝が遠くなる 仮装を解きて笑みかはすとき |
| 道上隆三歌集『ああ廿一世紀ん』(短歌新聞社) |
| ・隣より千人針が回り来て武運長久をねがって縫った |
| ・やみ米を夜中に運ぶトラックに乗せられて来て初めて見る海 |
| ・父さんに右腕取られ渡らされる大川の橋の欄干のうえ |
| ・暖かくなって近寄る川渕におたまじゃくしがたちまち散った |
| ・水面に噴水上がり池越えのショートホールに虹の生れたり |
| 林野千代美歌集『つらつら椿』(柊書房) |
| ・尾と顔を交互に詰め合ふ配列をトラックに保ち牛の運ばる |
| ・擂粉木(すりこぎ)の長きがやうやく磨り減りてこの頃われに扱ひやすし |
| ・絨毯をあげたる跡にあらはれて二十年目の床板新鮮 |
| ・自転車をひと漕ぎひと漕ぎ向き換へて中学生は坂のぼり切る |
| ・給油所の壁の鏡にわが乗れるバスがぐらりとうねりて過ぎつ |