書架新風(下半期)


阿波野巧也歌集『ビギナーズラック』(左右社)
・しろじろと工事現場のプレハブが立っていてする夜露の感じ
・夜と夕暮れのあいだにくっきりと光を溜めて立つ新書店
・みずうみのような眼でぼくを見てゆっくりと閉じられるみずうみ
・たばこ吸うひとにくちづけするひとがたばこの味を知る秋の空
・夜の居酒屋はじけるような暗算を見せつけられてうれしくなった
・ソフトバンクの駐車場 雪だるまつくれないほど雪のこってる
・猫耳のままでお店を出たひとがたばこをくわえてはずす猫耳
・絵に描いたようにきれいな三日月で写真に撮るとぼやけてしまう
・空港でみる飛行機は普段よりでかくてそれなりにこころがおどる
・よくわからない盆踊り 適当でええねんときみが適当におどる

高木佳子歌集『玄牝』(砂子屋書房)
・幼年の祈りたやすく右の手は左の手に来て陽へのおいのり
・間伐をされし樹に似て灯台は独りに立てりゆふぐれのなか
・触れゆかば崩るると思(も)ふ花びらの繊きつくりは心にも似る
・日没のスターバックス枇杷の色なして地上に実りてゆけり
・黄桃の缶を開ければ両膝を抱へて沈む女が見える
・防潮堤あたらしきかなしろじろと聳えゐたるは巨人のごとし
・眺めゐる遠くの船はすぎゆきのつぶやきに似て青に紛れぬ
・齧り終へし林檎の芯がエンタシスの柱の象に見えてくるとき
・名を持たぬ画人としての生ありてイリナ山下りんの木綿の着物
・ああといふこゑは出できて白くながく漂ひてゐつ春の車輛に

百々登美子歌集『荒地野菊』(砂子屋書房)
・をとめごの鵜匠志願者はれやかに鵜の首つかむ風ごとつかむ
・ひとりにて逝けば孤独死とたはやすく片付けてゆく無礼をみをり
・真夜灯し天体図開くしばらくを不眠と言はず贅沢と思ふ
・貨物列車の通るわづかな揺れありて午前一時のさびしさも過ぐ
・死ねば誰しも水に浮くとや生きて浮くわざ学びゐる園児たち
・交尾するとんぼのつくる尾のハート目先よぎるまでの幸せ
・狂言を見て眠る夜の夢の中「なかなか」のこゑつきてくる
・枝の間に巣を張りしまま蜘蛛居らず雨滴は銀のしづく作れる
・ふと気づきそして忘れて夜半おもふ八月四日わが生日を
・子のために死す母子ども殺す母われがなれざりし母とはこはし



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