今回、この教材を取り上げたのは、演劇鑑賞でわらび座の「菜の花の沖」を鑑賞するからである。どちらも全6巻ある文庫本の6巻目のしかも後半の部分、嘉兵衛がリコルドに拿捕される場面からである。当然、授業をしてから鑑賞する方がよくわかる。事実、生徒の感想もその通りであった。


教材観 展開 本文 船長の決断 小論文 試験問題 わらび座『菜の花の沖』   
教材観
クナシリ島付近で暴風にあい、リコルド艦長の判断ミスでディアナ号は転覆の危機に見舞われる。嘉兵衛は「放っておくか」と思った。えたいの知れぬ感情、勝手に他国人をつれていくという没義道なやり方への憎しみが抑えきれないのである。しかし、「この艦を救ってやろう」と思いなおす。それは、日本人の心の明るさをロシア人に伝えるためである。そうすれば、戦争の危機にある両国間の交渉もうまくいくと持ったからである。一商人の行動で一国の危機を救ってやろうと思ったのである。嘉兵衛はなまの人間ではなく、船霊、怪奇な化身に変身した。日本語で号令をしたにもかかわらず、乗組員の信頼を一瞬で得て、能力以上のものを発揮させ、身の危険を忘れて動かした。ようやく艦は難破を逃れた。嘉兵衛はリコルド艦長の名誉を傷つけないようにこそこそと甲板から消えた。嘉兵衛の心中は生命も運命も捨てきって、諦めの境地にあるのである。

嘉兵衛は抑留され、その間に仲間が次々と死んでいった。その地にオホーツク長官ペトロフスキーがやって来て、日本との交渉を円満に済ませようとする。ロシアの釈明書と共に、無事であるという手紙を書かせようとする。しかし嘉兵衛は断る。理由は、虚偽の手紙を書かせようとしたからではなく、ロシアが日本へ艦隊を連れて行き威圧外交をしようとしていたからである。嘉兵衛は唯一の武器である怒声を発した。ペトロフスキーは嘉兵衛がゴローニン救出の切り札であることを知っていたから、嘉兵衛のいう通りにした。ペトロフスキーは、「天は一つである。日本人もロシア人もその天の下に住んでいる兄弟だ」という。嘉兵衛はそれを聞いて、日露の関係修復に光明が見えたように感じた。同時に、嘉兵衛の心の闇も、ペトロフスキーの娘の口づけで幾分光が差し込んだ。

いよいよ日本に帰る日が来た。リカルド自ら送っていくという。しかも、腰に長剣がない。何があっても抵抗しない、いや何も起こるはずがないという信頼の印である。嘉兵衛が感動するであろうことを計算した行動である。リカルドは望遠鏡で金蔵と平蔵の姿を見て嘉兵衛にも見せようとするが、嘉兵衛は先程のお返しに、望遠鏡を確かめないでリカルドの言葉を信じた。ただ、リカルドは

ボートは日本の領土に着いた。嘉兵衛は激しい感動を覚えた。それ以上に感情を露にしたのはリカルドだった。リカルドは日本の土を踏む許可を嘉兵衛に求めた。それは自分の拘束から離れたことを認めていることになる。

金蔵と平蔵は二つの風呂敷包みを持ってきた。一つはリカルドが与えたロシアの品々である。鎖国している以上異国のものを受け取ってはいけないということであろう。リカルドは不快感を露にしたが、嘉兵衛は同情してはいけないと思い、国法による配慮であると冷静に言う。もう一つは、公文書である。内容次第では交渉は決裂して戦争に突入しかねない。また、国書を役人ではなく船乗りに持って来させる日本政府を愚かしく思った。排他的になることが武勇であると誤解している。侮りや恐れといった無用の感情を持ちすぎる。国家として成熟していないのである。しかし、実際入っていた手紙の内容は、ロシアが謝罪すればゴローニンは解放するという喜兵衛の方針と同じものであったが、もし凶とでれば取り返しのつかないことになる。そこで嘉兵衛は特別の礼をして、自分は半分ロシア人であるからロシアの不利になることはしない、だからこの手紙を預からせてくれと言うことである。

難しいのはロシアではなく日本との交渉である。国書を町人に託したことも軽率であるが、それをロシアに渡して交渉が決裂すれば、渡した嘉兵衛の責任になる。それは諦めるとしても、ロシアに抑留された一年間が無意味になってしまう。嘉兵衛は町人でありながらここでも個人よりも国家のことを第一に考えている。そこで、ロシアを信用していないと言う理由で文書を持ち帰れば却って信用されると計算した。そこで内容を確認した上で再度リカルドに手渡すという手段をとった。リコルドは疑惑が去った訳ではないが、嘉兵衛を信用する以外にないと思い、ハンカチを二つに裂いて半分ずつもって再会の契りとした。嘉兵衛も本来なら金蔵か平蔵を人質に置くはずであるが、それは彼らに気の毒であり、また真に信用しているなら人質も不要だと考えた。リコルドも試されていることに答えて了解した。

日露は和睦し、嘉兵衛とリコルドが再会する時が来た。しかし、嘉兵衛は感情の高ぶる場面は苦手で、自分の役割は終わったという思いもあって、いたしかたなくアバヨと言い残して中座した。ディアナ号が出航する時、リコルド以下の乗組員が、嘉兵衛に向かって「ウラァ、タイショウ」と言った。嘉兵衛は深くにも涙を流し、「ウラァ・ぢあな」と叫んだ。


展開
1.あらすじだけ音読し、解説し、後は黙読させ、感想文を書かせる。

北へ

1.「クナシリ島が〜決して大丈夫ではなかった。」のあらすじを説明する。
  ・表紙の地図でディアナ号の位置を確認する。
  ・ロシア船ディアナ号のリコルドに拿捕(敵国や外国の船舶をとらえること)され、クリシリ島付近で暴風にあい、リコルドの判断ミスで難波しかけている。

2.「空も海も、風の渦に〜横倒しになるに違いない」を音読させる。

3.嘉兵衛の気持ちの変化を確認する。
  ・放っておくか→この艦を救ってやろう

4.放っておくかと思ったことについて、

1)「えたいの知れない感情」とは何か。
  ・没義道(人の道にはずれてむごいこと)なやり方への憎しみ
  ★最初に起こってくるのは、名付けられない感情であることに注意する。

2)「没義道なやり方」とは何か。
  ・勝手に他国人を連れていくこと。

3)感情的になったことを確認する。

5.救ってやろうと思ったことについて、

1)理由は。
  ・日本人の心の明るさがロシア人に伝わると思ったから。

2)「日本人の心の明るさ」とは何か。
  ・没義道なやり方をされても、助けてやる気持ち

3)なぜそれ伝えたいのか。
  ・ロシアでの交渉をうまく運ぶため。

4)ロシアでの交渉について説明する。
  ・ゴローニン事件がきっかけでロシアとの戦争を避けて平和に解決する。

5)理性によって思いなおしたことに注意する。

6)幕府の役人でもない一商人が国家の危機を救おうとしていることに注意させる。

6.「嘉兵衛は一個の船霊となって〜やかましく督励した」を音読させる。

7.嘉兵衛が艦を救った様子について、

1)嘉兵衛がマストに登って号令をかけたことを確認する。

2)「不思議な現象」とは何か。
  ・日本語の号令なのに、ロシア人に通じたこと。

3)通じた理由は。
  ・船乗りとして何をなすべきかを知っていたから。
  ・嘉兵衛の指揮能力を勘で理解していたから。

8.「碇は、一つでは足りず〜ということかもしれなかった」を音読させる。

9.「嘉兵衛はいたずらを働いた少年のようにこそこそと甲板上から消えた」について、

1)「いたずら」とは何か。
  ・艦長に代わって号令をかけたこと。

2)「こそこそと甲板上から消えた」の理由は。
  ・リコルド艦長の名誉を傷つけては今後の指揮に支障をきたすから。

10.「波の上か」という言葉について、

1)どんな意味があるのか。
  ・自分の疲れを舐めて癒そうとする衝動
  ・死なずに波の上に浮かんでいるという実感。
  ・自分が船乗りであることを実感している。

2)そう思うようになった理由は。
  ・何でも思うよう一つだと考えているから。
  ・江戸期の庶民の人生哲学。
  ・加賀沖で死んだと思っているので、何があっても怖くない。

11.「幸い、十二日いっぱい〜どこまで察しているのだろうか」を音読させる。

12.リコルドの性格について、

1)どんな性格か。
  ・豪胆

2)なぜそういえるのか。
  ・えたいの知れない異邦人で、捕虜である嘉兵衛を艦長室に同居させているから。
  ・嘉兵衛を認めている。

13.嘉兵衛の気持ちについて、

1)表面上は。
  ・上機嫌。

2)内面は。
  ・生命も運命も捨てきっている。

14.『船長の決断』をする。

★船長の判断力と責任感の大切さを体験する。

1)プリント「船長の決断」を配布する。

2)自分が船長になったつもりで、すべきことの優先順位をつけさせる。

3)4〜5人のグループに分ける。

4)グループで話し合い、順位を決めさせる。

5)決まったグループから黒板に書きに来させる。

6)正解を発表し、グループ毎に誤差を計算させ、板書させる。

7)誤差の小さいグループを嘉兵衛グループ、大きいグループをリコルドグループと名付ける。


無明

1.「この氷にとざされた〜会うためであることがわかった。」のあらすじを説明する。
  ・オホーツク長官ペトロフスキーの登場。
  ・温和で人から好かれる男。
  ・十六歳の娘を同行。
  ・嘉兵衛に会うために来た。

2.「ペトロフスキーのことを〜というしるしであったろう。」を音読させる。

3.日本への手紙について、

1)どんな内容か。
  ・無事に過ごしている。
  ・日本から鉄砲を打たないように。

2)嘉兵衛が怒った理由は。
  ・仲間が死んで無事ではないから。
  ・虚偽の文章を強いたから。
  ・ペトロフスキーの肚の内が読めたから。

3)ペトロフスキーの肚の内とは何か。
  ・艦隊をそろえて日本に行く。
  ・武力を前面に出した威圧的な外交をする。

4.「ペトロフスキーは、すわりなおしてから〜ひらかれるものであるかもしれない」を音読させる。

5.「無明長夜が明ける」について、

1)「無明長夜」の原義的な意味を説明する。
  ・衆生が根本的な無知のために、生死流転して悟りを得ない暗黒の生活を続けることを、闇の長夜にたとえた語。

2)「浄土和讃」の意味を説明する。
  ・仏や菩薩のいる、悩みや苦しみのない清らかな世界を歌った仏教讃歌。

3)この状況での「無明長夜」、それが明けるとは。その原因は。

1)ロシアと日本が和解する。
  ・ペトロフスキーの「天は一つです。ロシア人も日本人も兄弟です」という言葉。

2)嘉兵衛の閉ざされた心が開く。
  ・人間不信。人と人との関係不信。
  ・ペトロフスキーの娘との口づけ。


日本陣屋

1.「ボートが用意された。〜相手をいたわっていた」を音読させる。

2.二人の信頼関係について、

1)リコルドの腰に長剣がない理由は。
  ・嘉兵衛を信頼しきっているから。
  ・嘉兵衛を感動させるため。
  ・万一の場合の戦闘準備を指示。(=軍人らしい配慮)

2)嘉兵衛が望遠鏡を受けとらなかった理由は。
  ・リコルドを信頼している。
  ・リコルドと一心同体であることを示す。

3)こうした関係を、透き通った関係ということを確認する。

3.「かれらがめざした〜当然であったろう」のあらすじを説明する。
  ・久し振りに日本の土を踏んだ嘉兵衛の感動。
  ・リコルドの土を踏んだ喜び。

4.「リコルドの『散歩』は〜リコルドをなだめた。」を音読させる。

5.一つ目の包みについて、

1)中身は。
  ・ロシアからの記念品。
  ・鎖国しているので、外国から品物をもらってはいけない。

2)リコルドの気持ちは。
  ・好意で与えたものを返された非礼に腹が立った。
  ・日本の壁の固さに暗然として、交渉の前途に疑いを持った。

3)嘉兵衛の気持ちは。
  ・リコルドの気持ちは分かるが同情してはいけない。
  ・感情的にならずに、交渉を成功させるため。

6.「金蔵と平蔵は〜卦が出てしまうことである。」を音読させる。

7.二つ目の包みについて、

1)中身は。
  ・日本政府の公文書。
  ・リコルドに出ていけ?

2)嘉兵衛の気持ちとその理由は。

1)情けない。
  ・公文書を責任のとれない身分のものに渡したから。

2)愚かしい。
  ・外国に対しておそれとあなどりを持ちすぎる。
  ・外国へのおそれ
    ↓虚勢
  ・外国にすげなくする=あなどり=内弁慶
    ‖
  ・日本の勇ましさ
    ↑
  ・上司や世論                               

8.「リコルドは金蔵から〜決心した。とある。」を音読させる。

9.嘉兵衛が文書をリコルドに見せずに政府に返すことについて

1)嘉兵衛の行動の目的は。
  ・公文書をリコルドに見せずに日本政府に返す。

2)特別の礼をした意味は。
  ・ロシアへの重大文書が入っているので特別な扱いが必要であることを示すため。

3)「わしは半分はロシア人なんだから」の意味は。
  ・中立の立場から調停しようとしている。

4)ロシアに対しては。
  ・こちら(=ロシア)の思う通り運んでいる。
    ↓
  ・嘉兵衛に任せているので理解するしかない。
  ・常識と人情が政治の世界に通用する。

5)日本に対して
  ・重要な文書と思ったのでロシア人に見せなかった。
    ↓
  ・日本人の心証をよくして、自分の構想に乗ってくれる。
  ・世界の中できわだった異国。
  ・国際社会や一国の置かれた環境を顧慮しない=正義
  ★戦前の日本の姿勢も同じであった。現在の日本は?

10.「しかし、リコルドの不安〜当然の処置といってよい」を音読させる。

11.二人の赤心(=まごころ)について

1)リコルドがハンカチを裂いて、一つを嘉兵衛に渡した意味は。
  ・二〜四日後には帰ってくる保証。

2)嘉兵衛は明日の朝には帰ってくると約束する。

3)嘉兵衛が人質を残さない理由は。
  ・金蔵や平蔵に不安な目を見せたくない。
  ・信頼感を貫く。
  ★人質を残す方が不信感を強くする。

4)リコルドは同意する。
  ・万一にそなえ本格的な戦闘準備を命じた。=軍人


箱館好日

1.「やがてかれらは対面のため〜嘉兵衛は自らに言い聞かせた」を音読させる

2.嘉兵衛が中座したことについて

1)涙をこらえるのに四苦八苦した。
  ・情が多量であるから。

2)わが事は終わったという思い。
  ・日露の和平を成立させる事
  ・ひとりだけ舞台を去っていく役者のよう。
  ・淋しい。
  ・日本の船頭である。=引き際の潔さ。

3)体調が悪い

4)「アバヨ」と言って中座した。

5)ロシア側に誤解を与える。
  ・和平をするフリをして捕らえる。

3.「嘉兵衛の高熱がさがらず〜水平線のかなたに没した」を音読させる。

4.ラストシーンを味わう。

5.「菜の花の沖」を題材にして、理解したことを小論文で書かせる。



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