HAPPY DAYS 3:Sweet Sweet Sweet…


シャリシャリシャリ、と氷を削るような音をたてながら、二人の横をゆっくりと車がすれ違った。
「寒くないか?」
「寒いよ。雪降ってるもん」
「じゃあ、もう帰るか?」
「ヤダ」
二人は小さな喫茶店を出て、駅の反対側へ向かっている。
天候のせいか、まだ午後4時前だというのにすでにあたりは暗くなりつつあった。街のイルミネーションが雪に滲む。
「見えてきたぞ」
リョーマが手塚の言葉にふと顔を上げた。
駅の東口にあるバスターミナルの向こうに、華やかな光彩をまとった大きなクリスマスツリーが見えてくる。
「……へえ」
日本に来てこんな大きなクリスマスツリーを間近で見られるとは、リョーマは思っていなかった。
手塚は10メートルほど、と言ったが、実際にはもう少し高さがありそうだ。
「近くで見ると、迫力があるな」
近づけるだけ近づいて、手塚が感心したように呟きながらツリーを見上げる。
先端の方に少しだけ降り積もった雪が、さらにツリーの幻想的な美しさを引き立てていた。
「夜に見たらもっと綺麗っスね、きっと」
「ああ……夜までここにいるか?」
「凍死するってば」
笑いながら手塚を振り返ると、リョーマの瞳に手塚のやわらかな微笑みが映る。
(アンタがいれば大丈夫かもね……)
そんなことをちょっと考えながら、リョーマが手塚の袖をそっと掴んだ。
「……寒いのか?」
「………ううん…」
リョーマが揺れる瞳で手塚を見上げる。
二人の周りにはカップルらしき男女が同じようにツリーを見上げながら腕を組んだり、べったりと抱き合っていたり、人目もはばからず熱烈なキスをしていたりと青少年たちには『目の毒』な状態である。
周りと同じようにしたいわけではないけれど、リョーマももっと手塚の温もりを感じたくて堪らなくなっていた。
「…そんな瞳をするな……あとで嫌と言うほどくっついてやるから」
「…別に……」
リョーマが手塚から目を逸らすと、手塚がふっと笑った。
手塚の腕が自然にリョーマの肩にまわされる。
「え…」
「大丈夫だ…誰も俺たちのことなど見ていない」
少し戸惑ったリョーマの耳元で、手塚が囁く。
リョーマはチラッと手塚を見上げてから頷いて、嬉しそうに身体を擦り寄せた。
「…やっぱりアンタはあったかいね…」
「ん?…そうか?」
「…大好き」
小さく呟いたリョーマの言葉へ直には応えずに、手塚はリョーマの肩を抱く手に力を込めた。
「今夜は俺の家に泊まれそうか?」
「うん……うちでご飯食べた後で、アンタの家に行ってもいいってOKもらった」
「………覚悟、しておけよ」
「………」
頬を染め、黙って小さく頷くリョーマの髪を手塚が愛しげに撫でる。
二人の吐く白い息がひとつに混ざり合って空気に溶けてゆく様を見つめながら、リョーマは手塚と離れていた時間を思い出し、今このときの幸せを密かに噛み締めていた。
手塚の温もり、手塚の声、手塚の息遣いさえ、すべてがリョーマの心を震わせる。
「くにみつ…」
「ん?」
名前を呼べば、すぐ近くで返事をしてくれる。
嬉しくて嬉しくて、なのにひどく切なくなって、リョーマは手塚にギュッとしがみついた。
「…………」
手塚は黙ったままリョーマの髪を撫で続ける。
言葉にならないリョーマの切なさを、手塚もまた同じように感じていた。
自分の夢と意地をかけたあの試合で、手塚はリョーマと暫し離れなくてはならなくなった。
逃げ道はいくらでもあったのだ。あっさりと試合を放棄しても、後にリョーマがいてくれた。
だが、男として、手塚にはそれが出来なかった。
その結果がどうなろうと、あの闘いの場に背を向けることはしたくなかった。
自分のこの想いを、リョーマはわかってくれていた。だからこそ、手塚は思うがままに、納得のいくまで闘うことが出来た。
そのせいでリョーマとの時間を失うことになっても、同じ男であるからこそ、リョーマはすべてを理解し、黙って自分を送り出してくれた。
「リョーマ……」
愛しくて愛しくて、離れていた日々に何度夢の中でこの身体を抱いただろう。
そうして目覚めて底なしの虚しさを感じた朝を、手塚はきっと一生忘れはしない。
湧き上がる深い感情を押しとどめて、手塚がそっと瞳を閉じる。
髪を撫でていた手を止め、リョーマの頭を自分の胸に抱き込んだ。
「くにみつ…?」
「好きだ……リョーマ……」
「………うん」
リョーマは手塚の背に腕を回した。
賑やかな街に溢れていたすべての音が、一瞬だけ雪に吸い込まれる。
「早く…アンタを感じたい…」
「ああ……俺もお前を感じたい…」
二人は同じことを願った。
そんな二人へ、サンタクロースからのプレゼントは意外な形で贈られることになった。



「二人だけで大丈夫?国光」
「ご心配なく」
「すまんな、国光、それにせっかく越前くんも来てくれたのに急な話で…」
「あ、いえ……」
手塚家の玄関先で手塚とリョーマは国晴と彩菜を送り出すところだった。
「従姉の旦那さんが『ぎっくり腰』やっちゃってね…年末にかけて忙しいし男手もいるからって急に手伝いに呼ばれて……って、ああ、国光にはさっき電話で話したわよね」
「伺いました」
リョーマの家で食事を済ませてから、念のためリョーマを連れ帰る旨を電話で連絡したところ、いきなり金沢の方に出かけることになったという話を手塚は母親から聞かされた。
昼過ぎに手塚が出かけた後で、 従姉に泣きつかれた彩菜は散々迷ったあげく、2日間だけ国晴と共に従姉の元へ行くことにしたのだった。勤めに出ていた国晴の帰宅を待って、慌ただしく出かけるところである。
「お土産買ってくるからね。カニでも買おうかしら」
「おいおい、遊びに行くんじゃないだろう?」
「だってせっかくのクリスマスなのに…ねえ国光」
「お気遣い無く。腰の方をお大事にとお伝えください」
「ええ、じゃあ行ってくるわね。越前くんも、ゴメンね。でもゆっくりしていってね」
「はい」
バタバタと両親が出かけていった後で、手塚は軽く溜息をついた。
「ねえ、おじーさんは?」
「寒稽古の合宿とやらに行っている」
「…歳いくつだっけ?大丈夫なんスか?」
「体力なら祖父の方が父より上だと思うぞ」
リョーマがプッと吹き出して「あ、そんな感じ」と笑った。
手塚がもう一度軽く溜息をついたので、リョーマはどうしたのかと手塚の顔を覗き込んだ。
「ん?……いや、これはサンタクロースのプレゼントなのかと思ってな」
手塚の口から『サンタクロース』という名前が出たことに驚いてリョーマが大きな目をさらに真ん丸くした。
「プレゼントって?」
「久しぶりにお前と二人っきりで過ごせる」
「あ……」
リョーマはたった今気がついたかのように突然頬を赤く染めた。
「もしかして、明後日まで二人っきり?」
「…嫌か?」
「相変わらず性格悪いね。嫌なわけないじゃん…」
手塚はふっと微笑んでリョーマの赤い頬を両手で包み込んだ。
「……どこがいい?」
「え?」
「変わり映えしないが、俺の部屋でいいか?」
「………うん。アンタの部屋が好き。アンタに包まれているみたいに感じるから」
手塚はそっとリョーマに口づける。
「背、伸びたな」
「でもアンタもまた伸びたでしょ……背伸びしないとまだアンタに届かな……んっ」
リョーマの言葉が手塚の唇に遮られる。
きつく抱き締められながら深く唇を貪られて、リョーマの身体に情欲の火が灯り始める。
「…どうしたんスか?……なんか…余裕ないみたい………あっ」
耳朶を軽く噛まれ、リョーマの身体がピクッと震える。
「……俺はいつだってお前に触れると余裕なんかなくなる」
掠れた声で耳元に囁かれて、リョーマは身体を震わせて瞳をきつく閉じた。
「アンタの声……反則だってば……部屋までもたなくなっちゃう……」
「じゃあ、ここでするか?」
「ヤダっ、寒いっ!」
即答したリョーマにクスッと笑いかけ「冗談だ」と言うと、手塚はもう一度優しくキスを落としてからそっとリョーマの手を取り、部屋へ向かう階段を昇り始めた。                                                                                                   
                                                 
                                                
「リョーマ」
荒く息をしている恋人の頬を、手塚が優しく撫でる。
「大丈夫か?」
「……ん、……なんとかね」
リョーマは言いながら大きく息を吸い込んで、また大きく吐き出す。
「今何時?」
「5分ほど前に日付が変わった」
「え、ホント?…うっ」
リョーマは急に起きあがろうとして顔を顰めた。
「リョーマ?大丈夫か?」
「…………」
リョーマはチラリと手塚を見て「アンタは全然平気そうだね」と溜息をつく。
「オレのコート、取ってくれないっスか?」
「ああ」
部屋の入口に脱ぎ捨てられたままのコートを拾い上げて、手塚がリョーマに手渡す。
「ありがと」
受け取ったコートのポケットをゴソゴソと探ったリョーマは、探し物を見つけたらしく「あった」と嬉しそうに微笑んだ。
「Merry X'mas !」
リョーマが手塚に小さな箱を渡した。
「ん?ああ、ありがとう………なんだ、お前も用意していたのか」
「え?」
手塚もリョーマに小さな箱をそっと差し出した。
「Merry X'mas…リョーマ」
「あ……わざわざ別の用意してくれたの?」
「当たり前だろう?昨日はお前の誕生日。今日はクリスマス。全然違う行事だ」
リョーマは嬉しそうに微笑むと手塚に抱きついた。
「ほんっとにアンタって、格好良すぎ!」
「ばか。…ほら、開けてみろ」
「アンタも開けてよ」
「ああ、そうさせてもらう」
二人は丁寧にラッピングの包装紙を外して、ほぼ同時に中身を取り出した。
「あ」
「これは…」
二人は自分へ贈られたものを手に取り、お互いに顔を見合わせた。
そして次の瞬間、同時にクスッと笑う。
「まさか同じものだったとはな」
「気が合いすぎ」
「…だな」
二人は相手に全く同じクロスのペンダントを贈ったのだった。
シルバーにアンティーク仕上げを施し、シンプルでありながら要所要所に見られる丁寧な細工が、カジュアルになりすぎない、さりげない品の良さを醸し出していた。
「アンタにオレの好きなもの、つけて欲しくてさ」
「俺はお前の好きそうなデザインを選んだんだ」
必然的に起こった偶然にもう一度微笑みながら、二人は自分の贈ったものを相手につけてやる。
「やっぱ、アンタもこーゆーの似合うね」
言いながら、リョーマはそっと手塚のクロスを指でなぞる。
「そうか?……お前にはチェーンが長すぎたか?」
手塚もそう言いながら、リョーマのクロスをそっと手に取った。
「別に。このくらいの長さ好きだから」
「そうか」
互いのクロスに触れ合いながら、もう一度見つめ合って微笑みを交わす。
「ありがと。ずっと大事にする」
「俺も大切に使わせて貰う。ありがとう、リョーマ」
どちらからともなく唇を寄せ合い、そっと重ねる。
「……まだ雪、降っていたんスね」
ふと、窓の外に目をやったリョーマが手塚に寄りかかりながら呟いた。
「ああ……今夜は止みそうにないな」
「明日電車止まっちゃうかもね」
「明日と言わず、しばらく止まっていて欲しいんだがな……」
「へ?」
手塚がついうっかり本音を言ってしまったというように咳払いをした。
「………アンタ、結構ワガママ?」
「お前ほどではないがな」
「なにそれ」
プクッと頬を膨らませてから、リョーマがプッと吹き出す。
つられて手塚も小さく笑いながらリョーマを抱き寄せた。
それからしばらく二人は何も言わず静かな雪の音を聴く。
「ねえ、寒いんだけど」
リョーマが手塚を見上げる。
「ああ、俺も寒い」
手塚もリョーマを、やわらかな瞳で見下ろした。
互いのクロスに触れていた指先が、そのまま熱を含み始めた肌へ滑り落ちる。
「くにみつ…」
「リョーマ…」
相手の肌の上に散る紅い花弁を数えるように指で辿りながら、二人はシーツの波間に身を横たえた。
「あんまり激しくしないでくれる?チェーンが切れちゃうかも」
上目遣いでリョーマがそう言うと、手塚がふっと笑った。
「ならばお互いにこれは外しておいた方が良さそうだな」
言いながら、つけてやったばかりのペンダントをリョーマの首からさっさと外しにかかる。
「やっぱ、アンタって、かなりワガママだね」
そう言うリョーマも手塚のペンダントを外そうと手を伸ばしている。
外し終えたペンダントをそれぞれ箱に納めると、二人は相手の求めるままに唇を重ねてゆく。
「ねえ、今日の予定は?」
「この雪ではどこにも行かない方が良さそうだが?」
「…最初から出かける気なんかなかったんじゃない?」
「たまにはいいだろう?」
「そっスね」
クスクスと笑うリョーマを手塚が真剣な瞳で見つめる。
そんな手塚の瞳を見つめ返すリョーマの瞳も、いつしか真っ直ぐな強い光を帯びていった。
「好きだ」
「『好き』じゃ足りないっスよ」
手塚は一度瞳を伏せてから、想いを込めた揺れる瞳をリョーマに向けた。
「愛している」
「…オレも、アンタのこと愛してる」
リョーマが嬉しそうに微笑んだ。
「リョーマ」
「くにみつ……」
淡い雪明かりの中で二人は再び互いの身体に情欲の火を灯す。
熱い吐息とともに互いの名前を呼び続ける二人の夜は、まだ、終わらない…………



HAPPY ENDING ! 
2003.1.8  


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