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        TRRRRRR、TRRRRRR、TRRRRRR、TRRRRRR…… 
      手塚は覚醒しきらない頭で必死に目覚ましを探すが、ふとセットした覚えがないことを思い出した。 
      (この音は…電話か……) 
      あらかじめ自分の部屋に持ってきてあった子機を探し当て、ようやく電話口に出る。 
      「…はい、手塚です」 
      『あ、ゴメン、まだ寝てた?』 
      「……………」 
      手塚はこのまま回線の状況が悪いことにして電話を切ってしまいたくなったが、なんとか思い留まった。 
      「随分早起きだな、不二」 
      『越前くんはまだ寝てるの?』 
      「……ああ」 
      手塚がふと自分の横を見ると、幸せそうなリョーマの寝顔がある。その寝顔を愛しげに見つめていると、電話の向こうで不二が溜息をついた。 
      『手塚、顔が緩んでるよ』 
      「……………見えるのか?」 
      『まさか』 
      内心の焦りを悟られないように注意しながら、手塚はさりげなく窓に視線を走らせて、カーテンが閉まっていることを確認する。 
      そのまま、もう一度リョーマに視線を戻すと、ゆっくりと瞬きをする大きな瞳と目があった。 
      「………誰…」 
      リョーマが目を擦りながら尋ねようとするのを制して、手塚が自分の唇に「しっ」と人差し指を当てて見せた。 
      何となく電話の相手が誰かを察したリョーマは苦笑を漏らして枕に再び沈没した。 
      『越前くん、起きたんじゃない?』 
      「いや、まだ寝ている………何か用だったんじゃないのか?」 
      『ああ、英二がね、クリスマスパーティーやろうって言うんだけど、手塚たちも来ない?』 
      「…………いや、遠慮しておく」 
      リョーマが「何?」という顔で手塚を見上げる。そのしぐさすら愛しくて、手塚は微笑みながらリョーマの髪を撫でる。 
      そのまま手を頬に滑らせて、首筋に触れてゆくと、リョーマがくすぐったそうに首をすくめた。 
      『…聞いてる?手塚』 
      「ああ、菊丸が昨日の埋め合わせをしたいと言ったんだろう?ならばお前は余計に二人っきりで過ごしたいんじゃないのか?」 
      言いながら手塚の指がリョーマの首筋から鎖骨へ移動する。 
      細く浮き出た鎖骨を辿り、その下にある小さな蕾に優しく爪を立てる。 
      「……っ!」 
      リョーマが慌てて自分の口を両手で押さえ込んだ。 
      『英二は賑やかなのが良いんだって』 
      「…あいつらしいな…」 
      リョーマの両手が自身の口を押さえるのに使われているのを良いことに、手塚の指がさらに下の方へと下がってゆく。 
      「っ!!、んっ!」 
      夜明け頃まで貪りあった名残が、リョーマの身体に生々しく残っている。 
      身体中に散った紅い花弁を手塚の指がひとつひとつ辿ると、リョーマが堪らずに熱い吐息を漏らした。 
      「……あ………は、ぁっ…」 
      『え?何か言った手塚?』 
      「いや。……せっかくの誘いだが、今日はやはりやめておく。留守を頼まれているからな」 
      臍の周りを彷徨っていた手塚の指が、ついにリョーマのものを掠めた。 
      リョーマが大きく体をビクつかせると、すでに立ち上がりかけているものが、切なげに揺れる。 
      『ふぅん、そう、家の人いないんだ……それじゃあ、出かけたくないよね、手塚は』 
      「…悪いな………?」 
      リョーマが手塚の手を押さえ込んで睨み付けてきた。 
      だが、何を思ったか、リョーマはニヤッと笑うと手塚の指に舌を這わせ始める。 
      「っ!」 
      『どうしたの?手塚』 
      「…いや、なんでもない」 
      リョーマは手塚の指を丁寧に舐めると、しっかりと指を絡み合わせて動かせないように手塚の指を固定し、わざと手塚の手の甲に自分の胸の突起を擦り付けてきた。 
      (左手は受話器でふさがっているから使えないっしょ?) 
      上目遣いに手塚を見ながら挑発してくるリョーマの行為に、手塚の瞳の色がみるみる変わってゆく。 
      「……不二、悪いが切らせて貰うぞ。急用ができた」 
      電話の向こうで不二が笑ったようだった。 
      『お邪魔さまでした。越前くんを壊さないようにね、じゃっ』 
      いきなり終わってしまった電話に焦ったのはリョーマだった。 
      「あれ、もう終わっ……………っうわぁっ!」 
      手塚が少し荒っぽくリョーマの手を外すと、その細い身体をベッドに押しつけた。 
      「くに…みつ?」 
      「……責任は取ってもらう」 
      リョーマは軽く溜息をついてから、クスッと笑った。 
      「アンタが呑気に電話なんかしてるからっスよ」 
      「…」 
      「先に煽られたのはオレの方。責任取ってよね」 
      手塚はふっと笑うと、リョーマに深く口づけた。 
      「リョーマ…」 
      「くにみつ…」 
      唇の隙間から互いの名を呼び合う。 
      二人の長く、甘く、熱い一日がスタートした。
 
 
 
 
  そして年が明け、クリスマスに積もった雪もすべて溶けてしまった頃。 
      「あっけましておめっとさんにゃっ!」 
      「今年もよろしくね」 
      「おめでとう」 
      「おめでとうゴザイマス」 
      手塚とリョーマは、不二に呼ばれて菊丸と四人で初詣に来ていた。 
      待ち合わせの場所で数日振りに顔を合わせた四人は、新年の挨拶を交わす。 
      「ねえ、越前くん、クリスマスのあと、身体大丈夫だった?」 
      「……全然大丈夫っスよ」 
      いつもの調子で飄々と返事をするリョーマを見た不二がチラッと菊丸に視線を向ける。 
      「越前くんに、いいもの聞かせてあげようかな。ね、英二」 
      「ええっ!?あれを?………やめた方がいいにゃ…あれは……」 
      「なんスか?不二先輩、お年玉でもくれるんスか?」 
      嫌な予感を覚えつつも、リョーマは果敢に不二に挑む。 
      「待て、越前、やめておけ」 
      手塚も嫌な予感がして止めに入るが、負けず嫌いなリョーマが引っ込むはずもなかった。 
      「そうだね、お年玉、かな?」 
      「不二〜っ」 
      袖を引っ張る菊丸に笑いかけてから、不二がゆっくりと切れ長の目をリョーマに向ける。 
      リョーマを見つめたままポケットから携帯を取り出すと、何かの操作を始めた。 
      「これ、聴いてみる?」 
      「…だから何を……………?え?」 
      不二から渡された携帯を耳に当てたまま、リョーマの身体が硬直する。 
      「……………なにこれ。よく聞こえないっスよ」 
      そう言いつつもリョーマの顔がみるみる赤く染まってゆく。 
      不審に思った手塚がリョーマから不二の携帯を取り上げた。 
      「あっ」 
      「なんだ?どうし…………………、っ???」 
      手塚も「それ」を聴いた途端に硬直した。 
      「…………不二…………なんだこれは……」 
      「手塚、ちゃんと電話切った?」 
      「切ったぞ」 
      「でもまた何かの拍子で『通話状態』になっちゃったんだね。僕、まだ切ってなかったんだ」 
      「…………」 
      かけた方が切らなければ、電話は繋がったままになってしまうことを手塚は思い出した。 
      「だからと言って………不二、悪趣味だぞ」 
      「だって、手塚たちが来ないっていうから、これを聴かせないと英二が納得しないかと思って」 
      「俺のせいにゃっ???」 
      菊丸が慌てて不二に縋り付く。 
      「でも英二、これを聴いたら『無理に誘うのはやめよう』ってすぐ納得したじゃない」 
      「そ、それは………」 
      ごにょごにょと口ごもる菊丸に溜息をつくと、リョーマは手塚の手から不二の携帯を奪い返した。 
      「…消すよ、不二先輩」 
      「うん、いいよ」 
      ニッコリと不二が笑いかける。 
      ムッとしたリョーマは不二の携帯を見つめて密かにニヤッと笑った。
 
 
 
  初詣を終えて軽い食事を四人で摂り、夕方にはそれぞれ二組に分かれて帰路についた。 
      「あ…………」 
      自分の携帯を見つめて不二が軽く声を発したので、菊丸が不二を覗き込んだ。 
      「どうしたにゃ?」 
      「………やってくれたね、越前くん……」 
      クスクス笑いながら、不二が菊丸に携帯の画面を見せた。 
      「登録件数0件?」 
      「消すよって、メールもアドレスも全部消すんだから……さすがだね」 
      心底楽しそうに笑う不二を見ながら、菊丸も「おチビだにゃ〜」と笑う。 
      「貸して、不二、俺の電話番号、一番に入れるにゃ!」 
      「……そうだね、はい、よろしく」 
      不二がほんのりと頬を染めて菊丸に携帯を手渡した。
 
  「仕返し…あんなんじゃ足りなかったかな……」 
      人気のない住宅街を歩きながら、リョーマがぼそっと呟く。 
      「…………」 
      「どうかした?まだ怒ってるんスか?」 
      「構うな。落ち込んでいるだけだ」 
      リョーマはビックリして手塚の正面に回り込んでその顔を覗き込んだ。 
      「落ち込んでる?なんでっ!?」 
      「………」 
      手塚はリョーマを暫し見つめた後で、すっと目を逸らした。 
      「誰にも……」 
      「え?」 
      「誰にも聴かせたくなかったんだ。お前の『あの』声だけは」 
      「!」 
      リョーマの顔がみるみる赤くなり、耳まで染め上げる。 
      「な、何言ってるんスかっ」 
      リョーマが睨み付けた手塚の瞳は、しかし、ひどく真剣で、その言葉が冗談ではないことを語っていた。 
      「お前は、俺だけのものだ………その心も、身体も、声さえも…」 
      「………」 
      「なのに…俺の不注意で…不二に………菊丸にまで……」 
      リョーマは大きく溜息をついた。 
      「自慢するくらいになれないんスか?」 
      「…自慢…」 
      「俺の恋人の声は最高だったろう?ってさ」 
      頬を染めながらもニヤッと笑ってみせるリョーマに、手塚も表情を和らげた。 
      「でも……アンタの声はあんまり入ってなくてよかった、かな」 
      「リョーマ…」 
      「アンタの声も色っぽいから、それこそ絶対誰にも聴かせてなんかやらない!」 
      「ばか」 
      リョーマはそっと手塚に身を寄せる。手塚は自然なしぐさでリョーマを抱き締めた。 
      「アンタは何もかも最高だよ………去年のクリスマスは、今までで最高にHAPPYだった」 
      「俺もだ……あんなに思い出深いクリスマスは初めてだ」 
      リョーマは手塚を見上げた。 
      「去年…いろんなことがあったよね」 
      「ああ」 
      手塚も優しくリョーマを見下ろした。 
      「だがすべてはお前との出逢いから始まった。お前がいて、初めて俺が在るんだ」 
      「キザだね」 
      「本当のことだ」 
      「うん」 
      リョーマはもう一度、ギュッと手塚にしがみついた。 
      「ありがとう、くにみつ………」 
      「礼を言うのは俺の方だ……ありがとう、リョーマ」 
      手塚がリョーマの身体を強く抱き締める。 
      二人は互いの温もりに、涙が出そうなほど幸せを感じた。 
      「アンタを好きになれてよかった……くにみつ……好きだよ」 
      「リョーマ……愛してる……」 
      すっかり暗くなってしまった空に、北極星が小さく煌めく。 
      「このまま…お前を連れて帰りたい…」 
      「オレもアンタを連れて帰りたいっスよ」 
      リョーマが手塚の胸に頬を擦り寄せる。手塚が優しくリョーマの髪を梳いた。 
      「……いつか………同じ家に帰るようになろう」 
      「……そっスね」 
      リョーマが顔を上げて微笑んだ。手塚も微笑み返す。 
      二人は自然に唇を寄せ合い、深く重ねてゆく。 
      いつの間にか空には、二人を見守るように無数の星座が現れていた。
 
 
  リョーマの誕生日から始まったHAPPY DAYS。 
      きっと本当のHAPPY DAYSは、もう少し先のこと…………
 
 
 
 
 
  
      
      THE HAPPY-HAPPY&SWEET ENDING! 
      2003.2.1
  
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