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      ■2■
       翌日の部活で、リョーマは質問攻めにあっていた。 
      会う人会う人みんなから「手塚部長はどうした?」と訊かれる。 
      当の手塚は当たり前だが今日は学校も休んでいた。 
      「鬼の霍乱って言っておけばいいんだよ」 
      ニッコリと不二が笑ってそんなことを言うけれど、「カクランって何?」なリョーマにはそんな言葉は使えない。 
      そろそろ質問に答えるのに本気で飽きてきたところへ、大石と乾が現れて練習が本格的にスタートする。 
      「な〜んか変にゃ〜」 
      菊丸が口を尖らせてブツブツ何か言っている。 
      「な〜おチビ〜手塚がいないと変な感じにゃ〜?」 
      「……そっスね」 
      実際のところ、リョーマは部活の雰囲気を気にする以前に手塚のことが気がかりで、早く見舞いに行きたくて練習に身が入っていなかった。 
      「越前、ちょっといい?」 
      乾がリョーマに手招きしてフェンス際に移動した。 
      「…なんスか?」 
      「後で手塚に持っていって欲しいものがあるんだけど、いい?」 
      「いっスよ」 
      どうせ手塚のところへは行くつもりだったので、頼まれごとの一つや二つは別になんでもない。 
      「じゃあ、帰るときに渡すから。今は練習に集中するように」 
      「………ういっス」 
      リョーマは帽子を深く被り直しながら、上目遣いに乾を見た。 
      青学のテニス部には『バケモノ』もいるが『くせ者』も多い。 
      リョーマの中で『バケモノ』部門で2位、『くせ者』部門で1位を誇るのは何を隠そう不二周助だが、不二に次ぐのはもしかしたらこの乾ではないかと改めて思う。 
      (不二先輩より輪をかけて何考えてるかわかんないし……) 
      度のキツイ眼鏡の向こうの本心を見ることが出来るのはどんな人物なのだろう、と、リョーマは少し興味を持った。 
      「さあみんな、手塚がいないからってダラけないように!気を引き締めていこう!」 
      「ういーっス!!」 
      副部長の大石が手塚のかわりを勤めようと、部員に、そして自分自身にも気合いを入れた。 
      
  太陽が地平線に近づいた頃ようやく練習が終わり、片づけやらコートの整備やらをいつもの2倍の速さですませると、リョーマは急いで着替え始める。 
      「越前」 
      リョーマがちょうど着替え終わったときに、乾が手招きした。 
      「これを手塚に飲ませてやってくれないか」 
      「…なんスか?これ……重い」 
      「栄養ドリンク」 
      「えっ!?」 
      リョーマは一瞬のうちに、乾が不気味に笑いながら作る野菜汁やら赤い液体やらを手塚が飲んでそのままぱったり倒れてしまう映像を頭の中で再生させていた。 
      「ハズレ」 
      乾は眼鏡を直しながら、リョーマが頭の中で見た映像を一緒に見ていたかのように言い切った。 
      「市販されている栄養ドリンクだよ。体力が落ちているだろうから、飲ませてやってくれないか」 
      「あ……ういっス。これから持っていきます」 
      「頼んだよ。じゃ、お疲れ」 
      「お疲れっした」 
      リョーマは安堵の溜息をついてから乾に頭を下げると右手にドリンクの入った袋をぶら下げて小走りにバス停へと向かった。 
      「後で『結果』を聞かせてもらうからね」 
      と言う乾の謎の言葉はリョーマの耳には届かなかった。 
      
  手塚の家に到着したリョーマは、まず、今日は家に手塚の母親がいることに安心した。 
      その母親に手塚の様子を聞くと、熱もだいぶ下がって、かなり快方に向かっているとのことで、リョーマの表情も明るくなった。 
      「さあ、あがってちょうだい、今起きているかどうかはわからないんだけど」 
      「お邪魔します」 
      リョーマは礼儀正しく一礼すると、靴を揃えて脱いだ。 
      2階に上がって手塚の部屋の前に来ると、母親が声をかける。 
      「国光、越前くんよ。入ってもらっていいかしら」 
      「どうぞ」 
      中から聞こえた手塚の声は凛としていて、リョーマはまるでとても久しぶりにその声を聴いたかのように心を震わせた。 
      「部長…」 
      「ああ、もう大丈夫だ。心配かけたな」 
      リョーマはすぐにでも手塚に抱きつきたい衝動に駆られたが、さすがに母親がいたのでそれは我慢した。 
      「ねえ、越前くん、うちで夕飯食べていらっしゃいな。ちょっと買い忘れがあったから出かけるけど、待ってて?」 
      「え、でも」 
      「遠慮するな、越前」 
      手塚の言葉に、リョーマは嬉しそうに頷いた。 
      「今日は近くのスーパーが定休日なの。少し離れたところに行くから時間かかっちゃうけど、戻ってきたらすぐお夕飯にするから、帰っちゃダメよ」 
      ニコニコと念を押されて、リョーマは素直に「ハイ」と返事をした。 
      母親が部屋から出て行ってしまうと、リョーマは手塚を見つめ、照れくさそうに笑いながら「顔色良くなったっスね」と呟いた。 
      「部活はどうだった?大石がいるから大丈夫だとは思うが」 
      手塚はやわらかく微笑むと、話のきっかけを探すようにリョーマのバッグを見ながら話題を振る。 
      「いつも通り…じゃないけど、みんなちゃんと練習してたっスよ。あ、それで…」 
      リョーマが手に持っていたドラッグストアの袋をガサガサと探る。 
      「乾先輩がこれ、アンタに飲ませろって……ドリンク剤」 
      「乾が?」 
      手渡されたドリンク剤の効能には『滋養強壮・肉体疲労・病中病後・食欲不振・栄養障害…etc』と、ごく一般的なものが羅列してある。10本でいくら、というものよりは多少高めの3本で二千円弱のものらしかった。 
      「飲んで」 
      「今、か?」 
      「いつでも良いんでしょ?こう言うのは」 
      手塚はしげしげとドリンクのビンを見つめていたが、封を切って口を付け、眉をひそめた。 
      「マズそーだね」 
      リョーマがおもしろそうに眺めている。 
      「良薬口に苦し、と言うからな」 
      そう言って残りを一気に飲み干すと、ビンのふたを閉め直してリョーマに返した。 
      ビンを受け取ったリョーマは、閉まっているフタをまた外してクンクンと匂いをかいでみる。 
      「……よく飲めたっスね……」 
      「お前が飲めと言ったんだろう」 
      「まあね」 
      リョーマは力一杯ふたを閉めると手塚の机の上にビンを置いた。 
      「元気になって欲しいっスから…」 
      そっぽを向いたまま小さな声で呟くように言うリョーマを、目を細めて手塚が見つめる。 
      「リョーマ」 
      名前を呼ばれて照れくさそうに振り返ったリョーマは、そのままゆっくりと手塚の方へ近づいていった。 
      「………熱は…?ちゃんと下がったんスか?」 
      「もう大したことはない。大丈夫だ」 
      差し出された手塚の手に指を絡めると、まだいつもより熱い体温がリョーマの指先に伝わってくる。 
      「まだ………熱いじゃん」 
      「大丈夫だ」 
      手塚は同じ言葉を繰り返す。 
      二人は自然に唇を重ねていた。 
      何度か軽く唇を触れ合わせ、次第に深く舌を絡めてゆく。 
      手塚に引っ張られるままに、リョーマがベッドの上に上がり、手塚をまたいで座る格好になった。 
      「重くないっスか?」 
      「ああ」 
      向かい合わせになって、もう一度口づける。 
      手塚の熱い舌に口内を嬲られて、リョーマの頬が上気し始める。 
      唇から頬へと移ってゆく手塚の唇が、リョーマの首筋を滑り、また少し戻って耳朶を挟んだ。 
      「あ、ん…っ」 
      手塚の指が制服を脱がしにかかっていることに気付いたリョーマが、慌てて手塚の手を押さえつける。 
      「ダメっスよ……オバサンが…帰ってくる…」 
      「少しでいい」 
      「でも、……あっ」 
      手塚の熱い指先がリョーマの肌に直に触れた。 
      はだけられた胸元から差し込まれた手は、すぐにリョーマの胸の突起を見つけて弄び始める。 
      「んん…っ」 
      いつもは冷たい指の感触に身体を竦めるリョーマだが、今日は逆に、その熱さに身体を揺らした。 
      手塚はリョーマの唇を貪るように吸い上げながら胸の小さな突起に爪を立てる。 
      「んっ、んあ……やっ!」 
      しばらくしてリョーマの甘い唇を解放すると、手塚の唇は首筋から鎖骨へと移動し、指先で弄んでいた突起に辿り着くと音をたてて口づけた。 
      「やっ」 
      胸の突起に軽く歯を立てられて、リョーマが竦み上がる。 
      電流のように身体を駆け抜けた快感は、リョーマの下半身に直接響いた。 
      そんなリョーマの反応を知ってか知らずか、手塚は執拗に突起だけを嬲り続ける。左手で片方の突起を押しつぶすように捏ね回しながら、反対側の突起をきつく吸い上げたり、歯で挟んで引っ張ったり、時には胸ごと食らうような勢いで甘く噛みつく。 
      「ちょ……だめだって、これ以上やったら…っあ、んっ!」 
      「リョーマ…」 
      突起を解放した手塚がリョーマを熱く見上げた。その瞳の中に、明らかな欲望の炎を感じ取って、リョーマが頬を染める。 
      「……でも……大丈夫なんスか?病人なのに」 
      「熱のせいか…身体が熱いんだ。お前が欲しくてたまらない」 
      抱きしめられて、耳元で大好きな声にそんな殺し文句を囁かれては、リョーマに反抗することなどできはしない。 
      「オレも……アンタが欲しいよ…」 
      リョーマは手塚の首に腕をまわして、熱い身体をしっかりと抱きしめた。
 
 
  
    
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