定番の「舞姫」の授業

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教材観 
 
概要 第一段(石炭をば) 第二段(余は幼きころより) 第三段(かくて三年)
第四段(ある日の夕暮れ) 第五段(ああなんらの悪因ぞ) 第六段(明治二十一年の冬) 第七段(余が車を降りしは)
第八段(翻訳は一夜に) 第九段(二、三日の間は) 第十段(人事を知るほどに)  まとめ
 
概要 
 母子家庭でありながら英才教育を受けて大きくなった豊太郎が、ドイツに留学して、自我に目覚め、反抗をしているうちに免官の危機に陥る。そんな時に出会ったエリスと深い仲になり、貧しいながらも楽しい刹那的な生活をしているが、エリスが妊娠して豊太郎は慌てる。そんな時に、友人の相沢が大臣を紹介してくれる。優柔不断は豊太郎は相沢にはエリスと別れると約束しながら再びエリートへの道が開けた自分の立場に気がついていない。そして、大臣に付いて日本に返ることを約束した豊太郎は、そのことをエリスに説明できずに病に倒れる。その間に相沢が処理をしてくれて、エリスは発狂するが、豊太郎は日本に返ることになる。豊太郎には一点の相沢を憎む心があって、帰途の船中で日記の筆が進まない。 

第一段      
 小説の枠組みの部分である。五年前の往路ではいくらでも文章が書けたのに、袋では全く書けない。その理由は、ドイツで無感動の習性がついてしまったからでもなく、自分自身を信じられなくなったからでもなく、それは「人知らぬ恨み」である。その正体について書いたものが「舞姫」である。擬古文になれることと、この小説のテーマである「人知らぬ恨み」の正体を考えることを確認する。 
第一段の展開へ 

第二段    
  豊太郎は幼くして母子家庭になる。現在でも母子家庭はたいへんであるが、家父長制の確立しつつあった明治期において父親がいないことは非常なハンデキャップであっただろう。また、豊太郎は三十前後の子どもで一人っ子である。当時は早婚で二十過ぎで出産するのが普通であろう。また多産であったので一人っ子は珍しい。高齢の母親は太田家の名誉を守るために一人っ子である豊太郎を必死で育てるという使命を自らに課す。経済的にも苦しいだろうが精神的にも身体的にも苦しかったはずである。それでも豊太郎は、東京大学を首席で卒業するぐらいの優秀な青年になった。幼い頃に父親の厳しい躾けが身に沁みており、父親の遺志を継ぐ母の言いつけを守り、太田家の家名を汚さないように、母の苦労を無にしないために一生懸命に勉強に励んできた。逆境に耐えて、出世競争に打ち勝ってきたのである。自分自身のためよりも家のため母親のために努力してきたのである。子どもとしての楽しみも甘えも犠牲にして頑張ってきたのである。当然無理をしてきた部分が多く、人格に偏りが生じるであろう。現在の東京大学に入学することだけをゴールに勉強している子どもと通じるものがある。 
  3年間の母との生活は、女手一つで育ててくれた母への恩返しである。この3年間は母への感謝の気持ちで楽しく暮らしていたのだろう。しかし、母子密着という点から見ると異常な関係である。親孝行というよりも、完全なマザコン青年である。しかし、洋行の官命を受けて、洋行中に母が死んでしまう可能性があるにもかかわらず、我が名と太田家のために洋行を決意する。母親の安否を気づかうより、豊太郎の人生の目標である家の再興のためである。この決意については、母が積極的に勧めたのであろう。母親にとっても豊太郎の出世は亡き夫の遺志であったから。しかし、横浜港を出るときに涙が止まらなかったが、この時はその理由はわからなかった。 
 洋行して3年間は豊太郎も母の期待どおり順調に仕事をこなしてきた。母も満足し何度も手紙を出し、その度に返事を出していただろう。その原動力は功名心と勉強力であるが、 
功名心にしてもが自分は何がしたいという目的が明確ではなく、勉強力にしても自発的なものでなく使命感に基づく外圧的なものであった。豊太郎の目標は政治学を学びたいというのであるから政治家になることだったのか。 
  豊太郎の性格を理解するために、生い立ちを確認する。母子密着の強さと弊害について考える。現代の青年の問題と重なることに注目する。第二段の展開へ 

第三段     
 しかし、豊太郎は自我に目覚めていく。二十五歳にしてはじめて自分が所動的器械的な人物であったことに気づく。父や母の期待、周囲の人の称賛、官長の承認、人からの評価をエネルギーにして努力してきた自分に気づく。それに気づかせてくれたのが自由な大学の雰囲気である。ドイツの大学は東京大学とは違い、管理的でなく自由であり、学問は国家のためではなく自分のためにするものだと教えていたのであろう。これは現在も通じるところがある。ようやく母親に対しても反抗の気持ちが生じてくる。母は語学を修めて外交官にしようとしていた。官長は法律を修めさせて官僚にしようとしていた。豊太郎は自分のために学問をしようと思い、法律学が政治学から歴史や文学などの人間的な学問に惹かれていく。 
  この頃から官長に対しては反抗が表面化する。国費留学生でありながら上司に反抗することがどういう結果を生むのか、豊太郎は考えなかったのだろう。自分の優秀さを自惚れていたのと、官僚組織の厳しさを知らなかったのだろう。さらに、私費で遊びに来ている留学生仲間との反りが合わなかった。それは幼いころから貧しい中で勉強一筋で育ってきた豊太郎にとって金持ちの遊び上手な青年と付き合うのは無理なことであっただろう。豊太郎も心の隅に彼らを軽蔑する気持ちもあっただろうが、彼らと付き合う方法を知らなかったことと、ドイツに来て自由に目覚めて遊びにも関心が出てきたがその方面にのめり込むのではないかという危惧があったからである。自分は臆病な人間であったこの時初めて気づくのである。そういえば日本を出港するときに涙が出たのも、未知の外国へ行くことに対する不安からであったのだろう。自分の臆病さは、父親を亡くし母親に育てられたからではないかと、生きた辞書にしようとした以上に母親を恨む気持ちが生じている。しかし、それは憎悪ではなく、甘え、責任転嫁でもある。だから、留学生仲間が自分の臆病さを嘲ることはあっても、自分の勤勉さを嫉妬するのはお門違いである。こうした豊太郎の生育歴が彼をエリートにしてくれたと同時に、一人立ちしようとする時の致命的な弱点になっていくのである。 
 自我の目覚めと、それを許さない国家官僚機構、そして豊太郎の気づいた自分の性格とその原因について考える。第三段の展開へ 

第四段     
   そんな身分が不安定になりつつある危機が迫ったある日の夕暮れにエリスと運命的な出会いをする。真っ直ぐに家に帰らず三百年前のロマンに浸ろうと訪れた教会の前ですすり泣きをする少女に出会う。エリスは父親の葬式の金を工面するために教会に来たが門が閉ざされていて途方に暮れていたのである。その魅惑的な目で一顧された豊太郎は彼女の魔性の虜になってしまう。臆病な心は憐憫の情に打ち勝たれてしまう。商売女を買うことさえ出来ない豊太郎が見ず知らずの少女に声をかけるなど、あり得ないことである。憐憫という冷静な気持ちではなかったであろう。豊太郎は事情を聞いて、とにかく家に送って行こうとする。もしかしたら、父を亡くしたという共通点に惹かれたのかもしれない。困っている人があれば助けてあげなさいと言う躾けを受けてきたからだろうか。エリスが若くも美しくもなければどうであったか。エリスの魔法というしかない。エリスの家は教会の筋向かいである。送っていくもなにもない。 
  家に入って言い争う声がしたというが何を争ったのか。エリスの母が慇懃にわびたというがエリスは何を言ったのか。ただ親切で送ってくれたと言うだけの話では不自然である。礼を言って帰ってもらうのが普通なのにわざわざ家の中に入れたのも不自然である。豊太郎から某かの金を借りようとした意図があったのは明白である。それはエリスも直訴している。そして、例の人には否とは言わせぬ媚態のある目で豊太郎を見るのである。それは意識的か無意識かと書いているが、意識的かと書くこと自体答えは明白である。豊太郎がはじめから経済的な援助を考えていなかったのは持ち合わせがなかったことからもわかる。 
  それで時計を質札にして金に換えろというのだが、質受けのために自分の住所も言う。その時計は豊太郎にとっても手放せないものであったからであろうが、そさをきっかけに二人の関係が始まるということを豊太郎も期待していたのかもしれない。エリスの目論見は当座の葬式代さえ調達できればよかったのだ。その後の豊太郎との関係までは期待していなかっただろう。 
   エリスに声をかけた豊太郎の気持ちと、豊太郎に声をかけさせたエリスの魂胆について考える。純情に見えるエリスの正体を疑うことも面白い。第四段の展開へ 

第五段     
   この出会いが不幸の始まりであると豊太郎が考えたことは、「悪因」という言葉で明らかである。長期的にはエリスを発狂させたこともあるがろうが、短期的には二人の中を留学生仲間に中傷されたことである。これは留学生仲間の責任というよりも、官長に逆らい危うくなっていた自分の立場も省みずにエリスに声をかけた豊太郎の責任である。免官免職になり、即刻帰国すれば帰国の旅費を出すというのは国の温情である。当然残留すれば援助は打ち切られる。豊太郎は、帰国すれば学問が成就せずに汚名のみ残ることになり、使命であった出世の道はない。残留するにしても学問を続ける学費を得る手だてがない。いずれにしても、学問をなして出世することが豊太郎の夢である。さらにいえば自分の好きな学問で身を立てたいという贅沢な願いである。国費で学問が出来るという恵まれた境遇だけでは満足できない現代人的な願望を持っている。もう一つは母親の期待である。母親の願望や育て方に疑問を持ちながらも、母の期待に応えることは絶対的な使命である。母の手紙で、最近の豊太郎の体たらくを叱咤されたのであろう。豊太郎が自暴自棄にならなかったのはそのためである。そんな母が死んでしまう。これで帰国して母の期待や恩に報いることも、出世を叱咤激励されることもなくなった。いままで豊太郎を支えていたつっかえ棒がとれたのである。 
   また母の死がエリスとの関係を深めたことも確かである。エリスが免官免職になった豊太郎との関係を絶たなかったのは、エリスの母のように豊太郎の学資目当てでなかった証拠である。エリスは豊太郎との愛情生活を望んでいたのである。母を失い愛情の飢餓にさらされた豊太郎にとって優しくしてくれるエリスと母親の代理であったかもしれない。豊太郎はエリスとの愛欲生活に入る。帰国か残留かの人生最大の岐路にありながら、豊太郎の思考はエリスへの愛欲の前に停止してしまった。そうした豊太郎のモラトリアムを助けたのは、同居できるように計らってくれたエリスと、後に豊太郎の運命を再転換させる相沢が職を紹介してくれたことである。これからしばらく辛いけれども楽しい生活が始まる。 
   しかし、辛いと言っても恋人同士の甘い生活である。多少貧乏していても食べていくには困らない。現代の若者のその日暮らしの安穏な生活と同じ程度である。自分たちだけのことを考えていればいい、責任のない気楽な生活である。この愛情が壊れることは夢にも考えておらず、このままの生活が永遠に続くと考えているから将来の不安はあるにしても見えないのである。見えたとしても愛情がそれを打ち消してくれるのである。 
   人生の岐路に立った豊太郎が悩んでいるのは学問の成就であることを確認する。その大きな要因であった母親の死の意味を考える。にもかかわらず続くモラトリアムについても考える。また、現実には母親は死んでいないのに小説の中では死んだことにした理由も考える。第五段の展開へ 

第六段    
   明治二十一年と、この小説で初めて具体的な年号が出てくる。エリスの妊娠を知った豊太郎は将来に不安を覚える。子供ができることも考えずにセックスをしているのは、いかにも世間知らずの豊太郎らしい。その程度の知識もないのである。まるで野獣である。エリスの方は仕事柄知っていたはずである。とすれば、これもエリスの罠である。子どもでエリスをつなぎ止めようとする計算の産物である。しかし、これは裏目に出る。豊太郎は妊娠を知ってから憂鬱な毎日を送るようになる。豊太郎はエリスとの二人だけの愛の生活が永遠に続く信じていたのである。子どもは愛の結晶ではなく、邪魔者である。まったくマザコン青年の幼稚性がいかんなく発揮されている。この時点で豊太郎の心はエリスから離れ始める。 
  そんな時に相沢から大臣を紹介してやるという手紙が来る。第二の手紙である。この時の豊太郎の気持ちは、大臣に会いに行くのではなく旧友に会いに行くのだという言葉通りだっただろう。大臣を紹介してもらって出世の道が開けるなどとは夢にも考えていなかった。しかしエリスの女の直観は鋭い。実の母親以上に豊太郎の身支度を整えてやりながら、たとえ金持ちになっても見捨てないでほしいと自分の行く末を予感して、第一の楔を打っている。 
  エリスへの愛が覚め始めた豊太郎と、新たな展開の予感を確認する。第六段の展開へ 

第七段    
  久しぶりに相沢に会うのだが、日本にいたころと境遇が逆転しているのに少しためらう。 
しかし、それ以上に懐かしさが勝ったのであろう。昼食をともにする時も、相沢は豊太郎を全く責めない。親友は豊太郎の臆病な心を見抜いていたのだ。豊太郎自身でさえ気づいていない本性を、日本にいて豊太郎の不遇を報ずる官報を呼んだだけで見破るとはまさしく真の友である。そして真の友と豊太郎に忠告する。語学の才能を示して大臣の信用を得ることが復権への第一歩であると。そのためには、女性関係を絶たねばならないとも忠告する。相沢は豊太郎のことを本当に心配していたのだ。ただし、かつて日本の将来を語り合った友として。しかし、これは当時の当然の考え方であろう。立身出世以外には価値はなく、女性にしても身分相応の女性と付き合うべきであるという考え方である。これは現代の生徒の考え方とは全く違う。この忠告に豊太郎の心も動く。重霧の彼方に一点の明かりが見える。しかし、それは実現するにはほど遠いものである。エリスとの情愛も捨て難い。相沢の友情も無にはできない。とすれば、どうせ出世などあり得ないのであるから相沢の言葉に相槌を打てばこの場はうまく収まる、そこまで綿密には計算していないだろうが、とりええず目の前の親友の顔を立てるために約束をしてしまうのである。そうしながら、エリスには一種の罪悪感を感じている。それはまだかすかな心の痛みである。 
  相沢の友情の特徴と、当時の女性観、そして豊太郎の優柔に見えながら無意識の内に計算された対応を考える。第七段の展開へ 

第八段    
  その後は豊太郎も気づかないに大臣の信用を得ていく。豊太郎は語学の才能を活かした仕事ができることに喜びを感じていただけで、これで大臣の信用を得られるなどとは考えてもいなかった。しかし、相沢は計算通りであると見ていただろう。豊太郎の約束を取り付けて直ぐに大臣に報告し、大臣が唯一障害にしていた女性関係を取り払っていたのであろう。そしてロシア同行も承知してしまう。以前の豊太郎ならこれは出世コースであることは直ぐに分かったであろう。しかし、一旦奈落の底に落ちた豊太郎は復活できるなどとは思ってもいなかったのだろう。大臣の依頼を引き受ける時も、自分の才能を認めてくれた大臣の顔を立てるためだったのだろう。そしてロシアで受け取ったエリスの手紙、これが第三の手紙になるが、によって自分が再び出世コースに乗っていることを知る。さすがにエリスは計算高い。豊太郎が出世した場合のことをしっかりと考えて、自分の身の振り方を考えて母親まで説得している。豊太郎への愛の成せる業であろうが、状況を的確に把握している。ただ、日本の封建社会が自分のような女性を受け入れないことや、豊太郎の優柔不断な性格が自分への愛だけでなく、相沢は大臣に対しても発揮されているということまでは計算できていなかった。そして、出世の事実を知った豊太郎の反応も予想していなかった。豊太郎は初めて自分の優柔不断さと状況判断の甘さを自覚する。そして、自由を勝ち得たと思っていたものが偽物であったことも知った。そして、望郷と栄達を願う心とエリスへの愛情が激しく葛藤する。ロシアにいる時は望郷と栄達が勝っていたが、エリスに会うと直ぐに逆転してしまう。またしても優柔不断さが露出している。そんな豊太郎にエリスは、生まれてくる子の認知を強く迫る。エリスも豊太郎の心の揺れを敏感に察知し、必死で攻勢をかける。豊太郎にとってこの言葉はまた重荷になってエリスから心が離れていくのだろう。 
  初めて自分の位置を知った豊太郎の心の揺れと、エリスの状況判断の鋭さと盲点について考える。第八段の展開へ 

第九段    
  そしてついに大臣から帰国の命令が下る。この時初めて相沢にエリスと別れるという約束をしたことが大臣に伝わっていたことを知る。とすれば、エリスのことを理由に帰国をを断ることは相沢の顔を泥を塗ることになるし、それ以上に、もしこのチャンスを逃せば日本に帰ることも出来なくなり、名誉を回復することもできなくなり、このドイツでうだつの上がらぬまま死んでいくのかというかつてのエリート意識が頭のそこから突き上げてきて、帰国を承知してしまう。そして直後から悩むのである。このことをエリスにどのように説明すればよいのか。エリスの顔を浮かぶ。相沢を裏切らないことはエリスを裏切ることになる。だれをも裏切りたくない豊太郎はまた悩んでしまう。こんどはもはや逃げ場はない。優柔不断ではすまされない。帰国をするのか、しないのか。以前にもこの選択はあったが、母親の死というアクシデントと出世の道がないという条件があったので曖昧にすることができた。あの時と変わらないのはエリスの存在である。しかし、エリスは妊娠していてこれまでの楽しい愛の生活はない。現実の厳しい家族生活が待っている。豊太郎の選択は算数的には当然であろう。とはいえ、誰だって愛する女性に別れ話は切り出しにくい。ましてや豊太郎ならなおさらである。絶体絶命の危機のはずが、また運良く家にたどり着くと同時に高熱で倒れてしまう。これで、また無意識うちにの猶予期間、モラトリアムができたのである。 
  豊太郎の価値判断について考える。これが当時のエリートの価値基準と同じであることを確認する。第九段の展開へ  

第十段    
 豊太郎が倒れている数週間の間に、相沢がエリスに真実を伝え、エリスが発狂する。見舞いに来た相沢も豊太郎がエリスと別れていないことを知って驚いただろう。もしこの事実が大臣の耳にはいれば豊太郎の帰国がなくなるだけでなく自分の信用にも傷がつく。何とかしなければならないと思ってエリスに真実を伝えたのであろう。説得をして別れさせようとしたのであろう。しかし、相沢の判断は甘かった。この男は男女の愛については豊太郎同様に無知であったのだ。エリスは発狂してしまう。意識が戻った豊太郎は発狂したエリスを見て事情を聞く。豊太郎はエリスを抱きしめて涙を流す。そして、エリスと子どものことをエリスの母親に頼んで帰国する。発狂したエリスは捨てやすかった。もし正気ならエリスは泣きわめき、豊太郎の決断はまた大きく揺れたであろう。その意味でも豊太郎は相沢に感謝こそすれ恨みなど持てないはずである。すべては、豊太郎の優柔不断さから生じたものであり、相沢は勿論、立身出世を至上主義とする社会体制を責めることは出来ないはずである。 
  豊太郎とエリスの関係を知った相沢の行動の理由、豊太郎の身勝手な心理について考える。現実にはエリスは発狂していないのに、なぜ小説で発狂させたのかについても考える。第十段の展開へ  

まとめ 
  現実と小説の違いについて考えてみよう。 
 現実では父親は死んでいないが小説では幼い頃に死んだことになっている。現実の父もあまり権威はなく、森家を切り回していたのは母みねである。そうした現実を誇張するためにこのような設定にしたのであろう。 
 小説では大学卒業までトップであったが、現実は大学は8番で卒業し、そのために文部省からの留学生の資格を得られず、陸軍省の軍医の研究生として留学している。小説では留学するまでの過程を単純化するためと、順風満帆の主人公を演出する設定だろう。 
結局、豊太郎は出世を選んだのであるが、当時の世相からして仕方のない選択だろう。それが当時のエリートの生き方である。自由と独立と言いながら、結局は立身出世を取ってしまう。現代とは時代が違うのだ。現代は愛が全てで、あまり迷わずにエリスを選ぶだろう。しかし、それでいいのか?自分に日本を動かせるだけの仕事が与えられるなら、僕ならば仕事を選ぶだろう。日本のため、というより自分の可能性を試したいと思う。 
     「舞姫」では、現代なら当然と思われることを、なぜ豊太郎はしなかったのかと考えることによって、明治という時代を考えてみたい。そして、現代と明治の価値観を対決させてみたい。しかし、明治の価値観はオウムと似ているかもしれない。現代の価値観が失ったものをオウムの中に求めたとするならば、明治の価値観には現代の価値観が失ったものがある。まとめの展開へ 

 
 
 
 
展開1
 
導入 第一段(石炭をば) 第二段(余は幼きころより) 第三段(かくて三年) 
第四段(ある日の夕暮れ) 第五段(ああなんらの悪因ぞ)  第六段(明治二十一年の冬) 第七段(余が車を降りしは)
第八段(翻訳は一夜に) 第九段(二、三日の間は) 第十段(人事を知るほどに) まとめ
導入 
1.「恋愛か仕事か」を読ませ、選択して理由を書かせる。 
2.「恋愛か仕事か」が「舞姫」の前半のあらすじであることを説明する。 


第一段  
1.教師が原文で最初の部分を音読し、擬古文であることを説明する。 
2.原文を読まずに、口語訳をしていく。 
3.舞姫チェックであらすじを確認する。 
4.日記が書けない理由を質問する。(板書0) 
 a)ニルアドミラリー(無感動) 
 b)自分自身が信用できない 
 c)人知れぬ恨み 
  ●ニルアドミラリー(無感動)」や、「我と我が心さえ変はりやすきをも悟り得たり」とあるが、いずれも否定 している。しかし、これらも理由の一端に放っている。 
 ●本当の理由は、人知れぬ恨みである。これについて、自分の半生を振り返ることが「舞姫」 のテーマ、動機になっている。 
5.あらすじをまとめさせる。(提出) 
 ・五年前、洋行の官命を受けた帰りの船の中で、人知らぬ恨みのために日記が書けない。その概略を文に綴ろうとしている。 


第二段 
1.明治二〇年前後の社会状況の説明。 
 ・国家の目標としては欧米に追いつくために「富国強兵」、個人としては「立身出世」を目指した。 
2.「余は幼き〜都に来ぬ」の舞姫チェックをする。 
3.「豊太郎の生い立ち」を説明する。(板書1) 
 @一人っ子で、幼い頃から厳しい家庭教育を受けた。 
     ・幼い頃から家の期待を一身に担って育った。 
  ・現代人顔負けの幼児教育。 
 A父を早くに失う。 
    ・母子家庭。 
    ・家父長制度の強い当時は現在以上に厳しい環境。 
 B学校ではいつも首席を通す。 
    ・旧藩の学館ということは士族の子ども。 
   ・父親の遺志を継いで、父親や太田家の名誉ために母親が自分のすべてを犠牲にして育てた。 
    ・豊太郎も期待を裏切らないよう従順な性格で努力した。 
 C十九才で東大法学部を卒業する。 
    ・普通は二十四才位で卒業。 
    ・日本の最高学府である東京大学を最年少で首席で卒業するのであるから、日本一優秀な青年であった。超エリートである。 
 D某省に出仕する。 
    ・当時の憧れの職業である上級国家公務員。 
    ・日本を動かせる。 
 E三年間、母と楽しい生活を送る。 
  ・母への恩返し。 
    ・親孝行と見るか、マザコンと見るか。 
 F官長の評判がよく、ドイツ留学の命令を受ける。 
    ・官費留学生は最高の名誉。 
  a)我が名を揚げ、我が家を興す。 
      ・立身出世。 
  b)五十を越えた母と別れる。 
      ・当時の女性の平均寿命は四十四才。 
4.このような豊太郎をどう思うか、書かせる。(提出) 
 ・現在の子どものように幼児期から英才教育を受け、エリートコースを進んでいることをどう思うか。 
 ・母親との関係についてどう思うか。 
5.「余は模糊〜行きて聴きつ」の舞姫チェックをする。 
6.「留学直後の様子」をまとめる。(板書2) 
 @あいまいな功名の念と自己規制に慣れた勉強力。                 
  ・自分でも功名心の目的がわからない。 
  ・自発的にする勉強ではない。 
 A美観に心を動かされない。 
 B大学で政治や法律の勉強をする。 
  ・国家を動かすための学問。 
7.あらすじをまとめさせる。(提出) 
 ・幼い頃から母親に育てられ、超エリートとして成長し、自分と家の名誉のために洋行し、仕事も着実にこなしていく。 
 
  
 
 展開2 


第三段 
1.「かくて三年〜薯を噛む境に入りぬ。」の舞姫チェック(1〜7)をさせる。 
2.「豊太郎の変化」について考える。(板書3) 
  @「それまでの豊太郎」についてまとめる。 
   ・所動的、器械的の人物。 
  ・母→生きた辞書 
   ・官長→生きた法律 
    ↓ 
    ・母や官長の操り人形であったことに気づく。 
   (父や母の期待、周囲の人々の称賛、官長に認められるなど、人からの評価ばかりを気にして生きていた。) 
  A大学の自由な雰囲気に触れて自我に目覚める。 
   (日本の大学と西洋の大学では雰囲気が違う。) 
   (現在でも日本の大学のランクは低い。) 
  B「その後の豊太郎」をまとめる。 
    ・官長に自分の意見を主張する。 
   ・大学で歴史や文学を学ぶ。 
   (当時の二十五才という年齢は、現在の三十五才位に当たる。) 
    (働き盛りである。) 
3.「官長はもと、〜媒なりける。」の舞姫チェック(8〜12)をさせる。 
4.「地位が危うくなる」理由をまとめる。(板書4) 
 ・官長の評判が悪くなる。 
 (官長は自分の思う通りに動く有能な部下が必要なのであって、いくら有能でも自分の意見を主張する人物は有害である。これは今の官僚についても言える。) 
 (国費留学生である豊太郎に反抗する権利はない。) 
 ・留学生仲間との付き合いが悪く、中傷される。 
   ↑ 
  ・臆病な心=本性 
 (一度快楽を覚えるとのめりこみそうなので、我慢して避けていた) 
   ↑ 
 ・早くに父を亡くして、母の手で育てられたから。 
  (母に対する疑問が生じる) 
5.あらすじをまとめる。 
 ・三年後、自我に目覚め、官長に逆らったりして地位が危うくなる。また、自分の臆病な性格から留学生仲間ともうまく付き合えない。(60字) 


第四段 
1.「ある日の夕暮れ〜我がそばを飛びのきつ。」を舞姫チェックする。(1〜10) 
2.豊太郎の歩いた道を記述と地図で確かめる。 
   ・動物園→ウンテルデンリデン通り→クロステル通り→クロステル教会 
 (下宿のあるモンデシュー街から離れるので矛盾がある。) 
3.「ある日の夕方、エリスと出会う」についてまとめる。(板書5) 
 @エリスの様子 
  ・年は十六、七才。(みんなと同じぐらいの年) 
  ・たいへん美しい。(もしエリスが美しくなければ声をかけたか。) 
  ・清くもの問いたげな憂いを含んだ目。(目の表現に注意する) 
  ・父を亡くし、葬式の金もないので、教会の前で泣いていた。(教会で金を工面しようとしたが、夕方で閉まっていた。) 
 A豊太郎の対応 
  ・憐憫の情が臆病な心に打ち勝って、声をかけた。 
 問1★臆病な豊太郎か憐れみだけで声をかけるか? 
        ・泣いている事情は後から聞いたことであり同情するのはおかしい。 
        ・エリスの美しさ、特に憂いを含んだ目に引きつけられた。 
        ・自我に目覚めで自由になっており、また、当時の地位が危うく不安定な精神状態であった。 
        ・自分と同じく父を亡くした境遇に同情した。 
4.「人の見るがいとはしさに〜背にそそぎつ」の舞姫チェックをする。(11〜19) 
 問2 エリスは母に何を話したのか? 
   ・母親の対応が一変するような内容であるから、金銭に関したことである。 
   ・エリスは豊太郎が金銭的に援助してくれるという内容を話したのではないか。 
       ・エリスが家の近所の教会の前で泣いていたのも不自然である。 
       ・詮索すると、エリスは金を貸してくれるカモを探していたのではないか。 
5.エリスの窮地を救ってやる。(板書6) 
 問3 豊太郎が金を貸してやろうという気になった理由は?(板書6) 
   ・エリスに嘆願されたのではあるが、人に否と言わせぬ媚態があったからである。 
 問4☆豊太郎が自分の名前と住所を告げた理由は? 
   ・大事な時計だったから質受けしたかったから。 
   ・エリスとの交際を密かに望んでいたから。 
6.あらすじをまとめる。 
 ・ある日の夕暮れ、エリスに出会い、父の葬式の費用を貸してやる。(30字) 


第五段 
1.「ああ、なんらの悪因〜運びを妨ぐればなり。」の舞姫チェック(1〜5)をする。 
2.エリスとの交際が始まる。(板書7) 
 (「悪因」といっている。) 
  (エリスとの交際が原因になって人生を誤ったと後悔している。) 
 (しかし、もっと深いところに原因があるが、責任転嫁をしている。) 
3.官長や留学生仲間の中傷で免官になる。(板書8) 
 a)すぐに帰国→旅費は出す。 
 b)ドイツに残留→援助を断ち切る。 
    (今まで営々として築いてきた栄光がはっきりとした形で崩れた。) 
4.母の死を知らせる手紙を受け取る。(板書9) 
 問1★母の手紙の内容は? 
    ・官長に逆らわず、出世をして、早く日本に帰ってきてほしい。 
    (母は、自我に目覚めたことよりも、出世して、太田家を再興してほしいことが最大の願いである。) 
 問2★豊太郎に与えた影響は? 
     ・母の願いをかなえるために出世をしなければならない。 
      ・日本に帰らなければならない条件がなくなる。 
  (しかし、すでに免官になっているので、出世の見込みはない。) 
  (母が死んでしまったのだから、直ぐに帰国する必要はない。) 
5.「余とエリスとの交際は〜手だてなし。」の舞姫チェック(6〜15)をする。 
6.エリスと離れ難い仲になる。(板書10) 
 問3★人生の別れ道であるのに、その理由は? 
   ・将来の展望や母を失い、精神的に不安定である。 
  ・美しいエリスが同情してくれる。 
   ・現実から逃避しようとしている。 
7.運命の日が迫る。(板書11) 
 a)すぐに帰国→学問が完成せず出世の見込みがない。 
 b)ドイツに残留→学資を得る手段がない。 
 問4☆豊太郎にとって最大の問題は何か?(板書11) 
     ・豊太郎にとって最大の問題は、エリスとの仲ではなく、学問である。 
8.「この時余を助けしは〜読まぬがあるに。」を読まずに、舞姫チェックはすべて正解であることを伝え、板書だけでまとめる。 
9.相沢とエリスに窮地を救われる。(板書12) 
 ・相沢は、通信員の職を世話してくれる。 
 ・エリスは、同居できるように世話してくれる。 
10.つらい中にも楽しい月日を送る。(板書13) 
 ・貧しく、将来の展望はなく、学問が衰えた。 
 (「我が学問は荒みぬ」と二回書いていることに注目する。) 
  ・エリスと二人で愛の生活ができる。 
11.あらすじをまとめる。 
 ・エリスとの交際がきっかけになって免官になり、母の死を伝える手紙を受け取る。帰国が残留かを迫られる中で、エリスと離れ難い仲になる。相沢とエリスに経済的な窮地を救われ、つらい中にも楽しい生活を送る。(97字) 
 
 

 
 展開3 


第六段 
1.「明治二十一年の冬〜車を見送りぬ。」の舞姫チェックをする。 
2.「明治二十一年の冬」と時を明記した理由を説明する。 
  ・緊張感と新たな展開を感じさせる。 
 ・時代を明記して現実味を帯びさせる。 
3.エリスが妊娠する。(板書14) 
 問1★「もし誠なりせば、いかにせまし」と思った理由は?(板書14) 
  ・子どもができるとは思ってもいなかった。(性に対する無知。) 
 ・二人だけの楽しい生活が出来なくなる。 
  ・初めて現実の不安定な生活に気づき、将来に不安を感じる。 
  (自分の収入も不安定でエリスも働けなくなれば、出産費や育児費だけでなく、生活費にも困ることになる。) 
  (学問がますますできなくなる。) 
4.相沢からの手紙を受け取る。(板書14) 
  ・名誉を回復するために大臣に会いに来い。 
 問2 豊太郎が茫然とした理由は?(板書14) 
      ・豊太郎は、相沢の突然の出現に驚いたから。 
  問3  なぜ豊太郎の住所が分かったのか? 
     ・ベルリンに来る前に周到に調べておいた。 
     ・相沢の性格として何事にも調査をして確実に実行する。 
5.相沢に会いに行く。(板書15)                     
  問4★エリスが「出世しても捨てないでほしい。たとえ妊娠していなくても」と言った気持ちは?(板書15) 
      ・エリスは女の直観で豊太郎が自分を見捨てて遠い存在になることを予感している。 
      (もし、妊娠してなくても捨てないで欲しい。まして、妊娠しているなら捨てるはずがない。) 
      ・エリスは子どもが出来れば豊太郎に捨てられることはないと信じている。 
 問5☆豊太郎の気持ちは?(豊太郎の言葉を信じるかどうか)(板書15) 
      ・大臣に会って出世を考えたのでなく、ただ親友の相沢に会いたかったからである。 
6.あらすじをまとめる。 
  ・明治二十一年の冬、エリスが妊娠し、豊太郎は将来に不安を感じる。そんな時に相沢がベルリンに来て大臣に会って名誉を回復するようにという手紙を受け取り、豊太郎は相沢に会う ために出かける。          (90字) 


第七段 
1.「余が車を降りしは〜寒さを覚えき。」の舞姫チェックをする。 
2.豊太郎が相沢に会うまでの様子を説明する。 
 ・クビになるまでよく通ったカイゼルホオフホテルに久しぶりに訪れた。 
 ・相沢に会うのを一瞬ためらった理由は、かつては自分の方が優秀な成績で出世していたのに今は逆転している、そんな自分を責めるのではないかと思ったからである。 
 ・相沢の性格は、快活で、貫祿も出てきている。 
 ・別後の情を述べるまもなく用件に移るところは、情に流されず仕事ができる男である。 
3.大臣がドイツ語の翻訳を依頼する。(板書16) 
4.相沢が忠告する。(板書17) 
 @豊太郎の臆病な性格を見抜いている。 
 A大臣に語学の才能を示して信用を得ること。 
 問1★大臣の信用をえるように忠告した理由は?(板書17) 
      ・親友に再び出世して幸福になってほしいという純粋な友情。 
      (出世だけが幸せだという当時の価値観を代表している。) 
      (母に代わって、現実的に出世をサポートする人物として登場。) 
      ・大臣に優秀な人物を紹介して自分の評価を上げる。 
      ・大臣が豊太郎の免官の理由を知っているので、無理に推薦して自分の立場が不利にならない配慮も忘れていない。 
 Bエリスと別れること。 
 問2★エリスと別れる理由は?(板書17) 
   ・身分が違うから。 
   (当時は、身分や家柄が結婚の大きな条件であった。) 
   ・優柔な性格を変えさせ、仕事に専念させるため。 
   (しかし、当時は、現地妻や愛人は許容されていた。) 
   (遊びならいいが、本気だと仕事に支障が出てくる。特に、豊太郎は本気になりやすいのでまずいと思った。) 
5.相沢にエリスと別れることを約束する。(板書18) 
 @豊太郎の気持ち 
      ・大洋=ヨーロッパ 
      ・舵を失ひし舟人=豊太郎 
      ・はるかな山=大臣の信用を得ること。出世 
      ・相沢の示した出世の道は遙か遠く、実現の可能性もわからない。 
   ・エリスとの生活は貧しいが楽しいし、エリスの愛は捨てがたい。 
 A約束した理由 
    ・はっきりと決断したのではなく、親友の意見には逆らえないから。 
    ・優柔不断な性格。主体性の欠如。 
 Bその後の気持ち 
   ・約束したことを後悔している。 
 問3 豊太郎の心に感じた寒さは? 
     ・気温だけでなく、エリスを裏切った心の寒さ。 
6.あらすじをまとめる。 
 ・大臣から翻訳の仕事を依頼される。相沢からは、語学の才能を大臣に示して信用をえることと、エリスと別れることを忠告され、友人に対して断りきれず約束してしまう。(76字) 
 
 
 
 
展開4 


第八段 
1.「翻訳は一夜に〜多くは余なりき」の舞姫チェックをする。 
2.ロシア行きを承諾する。(板書19) 
  ・信頼している人の依頼を断れない。 
  (相沢に約束した時と同じ、優柔不断な性格。) 
 問1☆「答への範囲」とは何か? 
   ・大臣の信用を得つつある。 
   ・エリスとしばらく別れなければならない。                   
    ・エリスと豊太郎を信じて送り出す。 
3.「この間、余はエリスを〜天方伯の手中にあり。」の舞姫チェックをする。 
 問2 「余はエリスを忘れざりき」と「え忘れざりき」の違いは? 
     ・「余はエリスを忘れざりき」は、自分の意志でエリスへの愛情で忘れなかった。 
     ・「え忘れざりき」は、豊太郎の意志でなく、エリスの手紙で忘れることができなかった。 
4.エリスの手紙で自分の地位に気づく。(板書20) 
 問3☆エリスの手紙のどの部分から何に気づいたか? 
   ・「大臣の君に重く用ゐられたまはば、我が路用の金はともかくもなりなむ」 
    ・大臣の信用を得て、日本に帰れる可能性が出てきた。 
   (豊太郎は自分の地位に気づいていなかった。) 
  問4☆大臣の信用を得た理由は? 
    ・豊太郎の語学の才能が認められたから。 
    ・相沢が大臣に豊太郎がエリスと別れると約束したことを伝えたから。 
    ・自我の目覚めが偽物であった。 
     ・大臣の操り人形になっていた。 
     ・帰国(出世)を取るか、エリスとの愛をとるかに悩み始める。 
5.「余が大臣の一行とともに〜涙満ちたり。」の舞姫チェックをする。 
6.ベルリンでエリスと再会する。(板書21) 
     ・帰国や出世の気持ちより、エリスとの愛が強くなる。 
     (当事者に左右され優柔不断である。) 
 問5 エリスの気持ちは? 
     ・豊太郎の子どもを産むことができる喜びに浸っている。 
     ・子どもが産まれるのだから、まさか捨てたりしないだろうと念を押す。 
  (子どもを楯に豊太郎の愛情をつなぎ止めようとしている。) 
 問6★豊太郎の気持ちは? 
    ・返事をしない。 
    ・エリスへの愛情は強いが、エリスの愛を負担に感じている。 
7.あらすじをまとめる。 
  ・信頼する大臣の依頼を断りきれず、ロシアに同行する。エリスの手紙で再び出世の可能性があることに気づき、心が動く。ベルリンでエリスと再会してまたエリスへの愛情が強くなる。(83字) 


第九段 
1.「二、三日の間は大臣をも〜そのまま地に倒れぬ。」の舞姫チェックをする。 
2.大臣から帰国を勧められ、承知する。(板書22) 
 ・豊太郎の語学の才能を認めた。 
 ・豊太郎がエリスと別れたと相沢から報告を受けていた。 
 問1☆承知した理由は? 
    ・相沢の言葉を嘘だと言えない。 
    ・この機会を逃せば、帰国することも、出世することもできない。 
    (相沢との約束、ロシア同行とは違い、確信的な返答である。) 
3.エリスを裏切った罪悪感に苦しむ。(板書23) 
 問2★豊太郎の悩みは? 
      ・自分を信用しているエリスに、帰国することをどのように説明すればいいのか。 
      ・正直に話す→エリスがどのような反応をするか恐ろしい。勇気がない。 
      ・黙って帰国する→良心が許さない。 
     ・ドイツに残留する→帰国や出世の道は二度と閉ざされる。 
4.帰宅と同時に倒れる。(板書24) 
 問3★どんな意味があるのか? 
   ・エリスに帰国を説明しなくていい。 
   (自分の手を汚さずに、何とかなるかもしれない。) 
   (無意識の内に期待していた。) 
5.あらすじをまとめる。 
 ・大臣の帰国を勧めを承知し、エリスへの罪悪感から病気になって倒れる。(33字) 


第十段 
1.「人事を知るほどに〜おわり」の舞姫チェックをする。 
 問1  「余が彼に隠したる顛末」とは? 
      ・エリスと別れていなかったこと。 
      ・エリスが妊娠までしていたこと。 
2.相沢がエリスに真実を知らせる。(板書25) 
 問2  「余が相沢に与へし約束」とは? 
      ・エリスと別れるという約束 
 問3  「かの夕べ大臣に聞こえ上げし一諾」とは? 
     ・大臣と一緒に帰国すること。 
 問4★相沢がエリスに真実を話した理由は? 
      ・エリスが豊太郎を諦め、豊太郎が帰国する方がよいと判断した。 
      ・豊太郎の弱い性格から、エリスには話せないと思い、憎まれ役を買って出た。 
      ・豊太郎がエリスを諦めなければ、大臣の自分への信用が落ちる。 
      ・豊太郎への友情と保身。 
3.エリスが発狂する。(板書26) 
 問5★豊太郎にとっての意味は? 
    ・豊太郎はエリスに謝罪する責任を回避できた。 
     ・最後までエリスを愛していたという思い出を残せる。 
     ・生ける屍となったエリスだからこそ、安心して抱ける。 
  問6★エリスにとっての意味は? 
   ・エリスの愛が立身出世に敗れた。 
   ・豊太郎との愛の思い出の中に生きることができる。 
4.エリスを残して帰国する。(板書27) 
  ・相沢を憎む心が今日まで残っている。=人知らぬ恨み 
 問7★豊太郎が相沢を憎んでいる理由は? 
      ・エリスを発狂させたから。 
      ・しかし、相沢が言わなければ、いずれ豊太郎が言わなければならなかった。相沢に自分の責任を転嫁している。 
      ・自分の中にある相沢的なもの(立身出世)を恨んでいる。 
 問8★これ以外の結末は考えられるか。 
5.あらすじをまとめる。 
 ・相沢がエリスに真実を伝え,エリスが発狂する。豊太郎はエリスを残して帰国するが、相沢を憎む心が今日までも残っている。(56字) 
 
 
 
 展開5 
まとめ『舞姫の真実』について) 
1.プリントを配布する。『森鴎外の系族』を音読する。 
2.『舞姫』との違いについて整理する。 
 1)『森鴎外の系族』を音読し、『舞姫』との違いを質問する。 
    ・エリスが実在し、発狂せず、来日した。 
    ・エリスとの関係は、それほど親しくなく、「普通の関係の女」「路頭の花」である。 
    ・母が死なずに、森家を切り回している。 
 2)鴎外のプロフィールを説明する。 
  
文久 二 誕生(母みねは17歳) 
明+治 七 12 東京医学校(東大医学部)入学(普通は14〜19才。生年月日を詐称)
     
一四 19
同校卒業(二八人中八番。外科担当のドイツ人教師の講義を漢文で筆記していたので睨まれていた) 
陸軍省に出仕(文部省からの官費留学を希望したが、卒業成績が二位以内でないと資格がなかった。父の縁故で軍医として出仕。自分の意志ではなかった。 
映画では陸軍軍医だった。)
  一七 22 軍医として留学(留学生仲間とうまくやる)
                             3.『舞姫』執筆の動機について考える。 
 1)『舞姫』で、なぜ、母を殺し、エリスを妊娠させ、発狂させ、捨てたように書いたのか。 
 2)鴎外のプロフィールを説明する。 
  
    二一 26 帰国する(九月八日) 
エリスが来日する(九月十二日) 
エリスが帰国する(十月十七日。森家の説得) 
海軍中将赤松氏の長女登志子と婚約(十一月七日)
  二二  27 文壇活動開始(一月) 
結婚(三月六日。母峰子の意のまま。幼児的無力な男。赤松家の持家に移。老女、女中、弟二人、妻の妹と同居。赤松家主導。弟の魚が小さいと言って叱る。文学仲間と徹夜で討論)
   二三  28 「舞姫」発表(一月) 
長男於兎(オットー)誕生(九月十三日) 
離婚(十一月二七日。性格の不一致。家柄の違い。美人でない) 
児玉せき女と関係を持つ。(生理的処理のため母峰子が選んであてがった)
    三五  40 判事荒木氏の長女志げ(22)と再婚(「美術品ラシキ妻」という程の美人)長女茉莉次男不律(フリッツ)、次女杏奴(アンヌ)、三男類(ルイ)
  
  3)執筆までの事実関係を確認する。 
     ・エリス帰国の翌月に婚約している。婚約が決まっていて、エリスの存在が邪魔だったので慌てて追い返した。 
     ・結婚の翌年に『舞姫』を発表する。 
     ・八ヵ月後、長男が誕生したにもかかわらず離婚する。 
   4)『舞姫』の疑問について考える。 
      @なぜ、母が死んだことにしたのか。 
         ・母が死ねば、すぐに帰国しなければならない条件が弱まり、葛藤が少なくなる。 
         ・出世が豊太郎の心に刻みつけられる。 
         ・自殺だとすれば、出世に執着する母への当てつけになる。 
     Aなぜ、エリスが妊娠したことにしたのか。 
         ・帰国を妨げる要因を大きくする。 
         ・登志子と別れる口実にする。 
         ・子供ができても離婚することを暗示する。 
    Bなぜ、エリスが発狂したことにしたのか。 
       ・帰国しやすくする。 
        ・自分がそれほど酷い人間であるように表現する。 
    Cなぜ、豊太郎は相沢を憎んでいるのか。 
       ・豊太郎が倒れなかったら、自分で真実を伝えなければならない。 
       ・相沢が大臣を紹介しなくても、妊娠によって二人の関係は崩れていったはず。 
       ・豊太郎の中にも出世の未練はあったはず。 
       ・だから、相沢個人を憎んでいるのではない。 
       ・自分の中にある相沢的なものに対する恨み。 
       ・相沢に代表される当時の社会への恨み。 
  5)『舞姫』執筆の動機について、評論家の意見を読む。 
   @長谷川説(エリスとは軽い気持ち) 
   A渋川説(陸軍内部の批判を抑える。エリス事件が陸軍省に知れ渡り、鴎外の立場が苦しくなるのを心配した賀古が山県に事情を打ち明けて、その了解を得たことを知らせるために書いた。) 
   B平野説(家族エゴへの反逆) 
   C稲垣説(国家官僚機構に対する反抗) 
4.「舞姫悪者探し」をする。 
 
 
 
 
補助教材

★恋愛か仕事か 
 エリスが妊娠するまでの部分を人生相談風にまとめたものを読ませ、あなたならどうしますか? と問いかけます。動機付けとしては最適の教材です。 
★舞姫チェック 
 各段落のはじめに配布して、あらすじをとらせます。現代語訳ができなくてもできます。擬古文とはいえたった100年ほど前に書かれたものですから。 
★まんが 
 各段落の終わりに配布して、あらすじを確認させます。東京の女子高生の久保美紀さんの作品です。小学館の「国語フォーラム」に掲載されていましたが、何年の何月号かわかりません。絵は拙いですが、原作に忠実で、あらすじを確認するのには最適です。裏面に別冊宝島31「珍国語」の「ハーレクインロマンス風 舞姫」を印刷してパロディの面白さも味わってもらいます。 
★映画 
 ご存じ郷ひろみ主演の『舞姫』です。郷が登場した瞬間から歓声があがり、タイトルの直前にエリスが登場するやいなや爆笑がおこります(エリスのイメージが壊れてしまうようですね)。反国家分子の部分はカットして50分に編集します。抱擁シーンからオペラが流れる部分では決まってプーイングがおこります。 
★舞姫の真実  
 エリスが実在していたことに気づかせる衝撃のプリントです。 
★舞姫悪者探し 
 豊太郎・相沢・エリス・大臣・豊太郎の母、さて、これらを悪者順に並べてください。生徒の価値観がよくわかります。ここで明治という時代について考えることもできます。 
 
 



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