第二段
 余は幼きころより〜行きて聴きつ。

豊太郎の生い立ちと留学直後の様子


教材観

 豊太郎は幼くして母子家庭になる。現在でも母子家庭はたいへんであるが、家父長制の確立しつつあった明治期において父親がいないことは非常なハンデキャップであっただろう。
 また、豊太郎は三十前後の子どもで一人っ子である。当時は早婚で二十過ぎで出産するのが普通で、また多産であったので一人っ子は珍しい。
 さらに、藩校に通っていたというから武士の家、士族である。それだけに豊太郎にかかる期待は大きい。高齢の母親は太田家の名誉を守るために一人っ子である豊太郎を必死で育てるという使命を負わされる。経済的にも苦しいだろうが身体的にも精神的にも苦しかったはずである。
 それでも豊太郎は、東京大学を首席で卒業するぐらいの優秀な青年になった。幼い頃に父親の厳しい躾けが身に沁みており、父親の遺志を継ぐ母の言いつけを守り、太田家の家名を汚さないように、母の苦労を無にしないために一生懸命に勉強に励んできた。逆境に耐えて、出世競争に打ち勝ってきたのである。自分自身のためよりも家のため母親のために努力してきたのである。子どもとしての楽しみも甘えも犠牲にして頑張ってきたのである。当然無理をしてきた部分が多く、人格に偏りが生じるであろう。
 現在の東京大学に入学することだけをゴールに勉強している子どもと通じるものがある。そして、当時の憧れの職業である国家公務員になる。国家公務員は今以上に明日の日本を担う職業である。
 3年間の母との生活は、女手一つで育ててくれた母への恩返しである。この3年間は母への感謝の気持ちで楽しく暮らしていたのだろう。しかし、母子密着という点から見ると異常な関係である。親孝行とき言えるし、マザコン青年とも言える。
 しかし、洋行の官命を受けて、洋行中に母が死んでしまう可能性があるにもかかわらず、我が名と太田家のために洋行を決意する。母親の安否を気づかうより、豊太郎の人生の目標である家の再興のためである。
 この決意については、母が積極的に勧めたのであろう。母親にとっても豊太郎の出世は亡き夫の遺志であったから。しかし、横浜港を出るときに涙が止まらなかったが、この時はその理由はわからなかったが、後で思えば、これこそ豊太郎の本性だったのである。
 洋行して3年間は豊太郎も順調に仕事をこなしてきた。母も満足し何度も手紙を出し、その度に返事を出していただろう。その原動力は功名心と勉強力であるが、功名心にしても曖昧なもので自分は何がしたいという目標が明確ではなく、勉強力にしても自発的なものでなく強制に馴れたものであった。豊太郎の目標は政治学を学びたいというのであるから政治家になることだったのか。


指導のポイント

 生い立ちをまとめる。その後で、カード式BS法を使って生い立ちから豊太郎や母についてわかることを推測させる。事実を元した推論の学習である。
 超のつくエリートだったこと、親の言う通りに育ったいい子チャンだったこと、高齢出産の一人っ子を女手一つで育てなければならなかった士族の家の嫁としての母の恩に報いるという形で作られた母子密着の強さと弊害、豊太郎の出世に対する欲求の強さや動機などについて考える。現代の青年の問題と重なることに注目する。


展開(板書は緑色)

1.「学習プリント第二段」を配布する。

2.「余は幼き〜都に来ぬ」を口語訳し、舞姫チェック1〜13をさせる。

3.「1.豊太郎の生い立ち」を事実に絞ってまとめる。
 1)武士の家の一人っ子で、幼い頃から厳しい家庭教育を受けた。
  ・旧藩の学館ということは士族の子息で、しかも一人っ子である。
  ・主人公は太田家の跡取りなので、幼い頃から家の期待を一身に担って育った。
  ・現代人顔負けの超幼児英才教育を受けた。
 2)早くに父を失い、母の手一つで育てられる。
  ・母子家庭である。
  ・男性中心社会であり、現在以上に厳しい環境であった。
  ・その中で、母にかかるプレッシャーは重い。
  ・父親の遺志を継いで、父親や太田家の名誉ために母親が自分のすべてを犠牲にして 育てた。
 3)学校ではいつも成績は一番であった。
  ・豊太郎も期待を裏切らず努力した。
 4)十九才で東大法学部を卒業する。
  ・普通は二十四才位で卒業。
  ・日本の最高学府である東京大学を最年少で首席で卒業するのであるから、日本一優秀な青年であった。超エリートである。
 5)国家公務員になる。
  ・当時の憧れの職業である上級国家公務員になった。
  ・日本のために働き、日本を動かすことができる、やりがいのある仕事であった。
  ★現在の安定志向ではなく、志があった。
 6)三年間、母と楽しい生活を送る。
  ・女手一つで育ててくれた母への恩返しである。
  ・親孝行と見るか、マザコンと見るか。
 7)官長の評判がよく、留学の命令を受ける。
  ・就職しても、勤勉な生活を送った。
  ・官費留学生は最高の名誉であった。
  ・ドイツは当時の日本の目標であった。
  a)自分と家の名誉のために留学する。
   ・母の期待を一身に負って、自分のためだけでなく、太田家の再興のために立身出世する。
  b)五十才を越えた母を日本に残していく。
   ・当時の女性の平均寿命は四十四才。今で言えば九〇才位の年令。
   ・洋行中に死ぬかもしれない。

4.カードBS(ブレイン・ストーミング)法で、豊太郎の生い立ちからわかることを推測する。
 1)4〜5人一グループになり机を合わせる。
 2)一グループに、一人8枚ずつのカード、台紙、のりを配る。
 3)各自が、カードに、根拠になった生い立ちの番号(複数でもよい)と推測したことを、1枚のカードに1つずつ、最低5枚は書く。
 4)生い立ちの番号の若い順に、該当する自分のカードを読み上げて、台紙の上においていく。
 5)他のメンバーは発表を聞き、わかりにくければ質問する。
 6)他の人が発表している間に新たなカードを書いてもよい。
 7)カードが出尽くしたら、面白いと思うカードを8枚選び、順位をつけて台紙に貼りつける。
  ・順位は、1)〜7)からいくつでも選んでもいい。または、各番号から1つずつ全部で7つ選ばせても良い。
 8)メンバーの名前を書かせて回収し、グループ毎の意見と、番号毎の意見のプリントを作成する。
 9)次の時間に配布し、各番号ごとにすぐれた意見を紹介する。
  ★この方法は、グループで意見を出す時に有効である。何もない話し合いではなかなか意見が出ないこともあるが、この方法だと出る。
  ★意見を多く出させるだけでなく、ベスト8を決めることが、話し合いの練習になる。
  ★処理は、エクセルなどの表計算ソフトに入力し、ソートをかけると簡単にできる。

5.「余は模糊〜行きて聴きつ」を口語訳し、舞姫チェック14〜18をさせる。

6.「2.留学直後の様子」をまとめる。
 1)あいまいな功名の念と自己規制に慣れた勉強力。
  ・母や官長の言いなりで勉強してきたので、自分でも功名の目的がわからない。
  ・しかし、言いつけは忠実に守ってきたので自己規制は得意である。
 2)美観に心を動かされない。
  ・せっかくの美しい景観に関心を示さないのは、感情をもった人間として正常でない。
 3)大学で政治や法律の勉強をする。
  ・国家を動かすための学問をしようとしていた。

7.まんが「舞姫」を配布する。

7.あらすじを一二〇字以内で要約させ、感想を書かせる。(提出)
 ・1)幼い頃から厳しい家庭教育を受け、父を早くなくしたが2)母親に育てられたが、3)学校ではいつも首席であった。4)十九才で大学を卒業後、某省に就職し、5)三年後留学の命令を受け、自分と家の名誉のために洋行する。6)留学後、職務に専念し、法学を勉強する。(115字)


生徒の感想

▼彼には何か欠けているものがあると思う。毎日が勉強や仕事ばかりで、人との交流もなくなるし、ひとりぼっちになってしまうのではないか。母親を楽にさせてあげたい気持ちはわかるけど、自分の意志も大事にすべきだと思う。今の彼は狭い部屋の中に閉じこもっているようで、もっとのびのびと自由に生きることも学んだ方がいいと思った。
▼自分自身にあまりに厳しいし、寛大だとは言えない。もう少し心を広くもってもいいのではないか。こういう人は一度挫折すると深みに入りやすいタイプだと思った。
▼なんだか気の毒です。自分のやりたいことを見つける間もなく、「国のために勉強を」と言われ続け、いつも間にか当たり前になっている。「自分は誰のために、何のために勉強しているのか」という疑問を抱くひまもない。そんな時代に生まれてしまった豊太郎が気の毒である。
▼学力がすぐれていたのはもちろん、豊太郎の努力もあるだろうけど、豊太郎の母親が豊太郎が勉強できる環境に置いた事が大きいと思う。留学の命令を受けた時は、母親は自分の努力が実って誇らしかったと思う。自分の息子が立派に成長していく姿を見るのは母親にとって幸せな事だと思う。
▼公立の小学校に行って公立の中学校に行って公立の高校にいますが、この豊太郎の身分は上位の人で、頭もメチャメチャよくて、国家を支える人になるんだぞ!とか言われても、漠然と「あー、すごいなぁ」と思うけど、なんかこれから恵まれている人の苦悩が出てきそうでドキドキする。
▼豊太郎は勉強について「無」のように見える。そこに感情はなく、日常があるのだろう。私にとって風呂に入る事と同じように、当たり前に勉強するのだろう。
▼家族って呼べるのはお母さんしかいない訳けだし、しかもそのお母さんは高齢だから、なるべく一緒に暮らしたいと思うのは当たり前の事なんじゃないかと思った。母親思いとマザコンの違いはどこにあるのかなってちょっと考えた。
▼頭のいい人というのは、スポーツでも同じだが、小さいうちからやっているんだなぁと思った。その道を極めた人って凄い。
▼面白くない人生だなぁと思った。人生は自分の進むがままに生きてこそ輝くものだと思う。
▼貧しいながらも息子を出世させるために頑張っている母の姿と、そさに応える息子の姿が印象的で、母親の凄さを感じたような気がした。
▼勉強にしろ何にしろ、「○○一筋」って感じで、一つのことだけに打ち込んで、他のものは見えずに生きている人ってカッコいい。
▼トヨが恋愛より仕事を選んだのが少しだけわかったような気がした。やっぱり、ここまで育ててくれた母を裏切ることができなかったのかもしれない。

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