「リョーマ…」
「……ん?」
リョーマの身体を抱き締めたまま、手塚が呟くように尋ねる。
「さっき……お前はなぜ困ったんだ?」
「え?」
「キャンディを……俺がお前に渡した後だ……なにか…俺は悪いことをしたのか?」
リョーマは目を見開いて火照った頬をさらに赤くすると、手塚にしがみつきながら「違うよ」と微笑んだ。
「アンタが、あんまり優しいから………アンタのこと…また好きになっちゃって……どうにかなりそうだったんスよ」
「…」
「ねえ」
リョーマが手塚の方へ顔を向けたので、手塚もリョーマを見つめた。
「オレに、どれだけアンタのこと、好きにならせるつもり?」
「…リョーマ…」
口元は微笑んでいるが、手塚を見つめるリョーマの瞳が切なげに揺れている。
少しの間、手塚もリョーマを見つめていたが、やがて浅い溜息をひとつつくとリョーマの額に優しく口づけた。
「くにみつ…?」
「まだまだ、だ」
「え?」
手塚は再びリョーマの身体を深く抱き込んでゆく。
「人を愛する気持ちに際限なんてない。もっと俺を好きになれ。どれほど俺のことを好きなってくれても俺は構わない」
「そんなの………オレばっか……ずるい…」
リョーマは瞳を揺らしたまま、手塚の胸に顔を埋めた。
「お前だけじゃない。俺も、お前が愛しすぎて……時折どうしていいか分からなくなる……」
「アンタも?ホント?」
手塚はそっと腕を緩めると、リョーマの瞳を覗き込み、その瞳を見つめたまま口づける。
「ん………」
「どうしたらいいんだ……お前が欲しくてたまらない……」
言いながら、手塚の熱塊が、再びリョーマの内部で質量を増す。手塚の瞳に、再び獰猛な光が宿ってゆく。
「ああ……んっ」
緩く動かされた手塚の肉剣に、一番敏感な場所を擦られて、リョーマの身体がゾクリと震えた。
「…アンタの思うようにしなよ……メチャクチャなアンタも、オレは結構好きだからさ」
「リョーマ………後悔するなよ…」
「しないっスよ………アンタを選んだのは、オレ自身なんだから」
手塚の瞳の獰猛な光が一瞬消え、幸せそうに微笑まれて、リョーマの胸が愛しさに締め付けられた。
「くにみつ……好きだよ……っ、ね……アンタは?」
「愛している…」
「あ……ぁっ!」
ゆっくりと動き出した手塚に縋り付きながら、リョーマもまた幸せを感じて微笑んだ。
沈丁花の香りに包まれて、二人は熱く長い夜をひとつになったまま過ごした。
翌朝。
間近で聞こえた鳥の声に目を覚ました手塚は、腕の中の少年を見つめ、そっと微笑んだ。
昨夜はあれから外の露天風呂のところで夜更けまで愛し合った。ぐったりとしてしまったリョーマを抱きかかえて部屋に戻った手塚は、備え付けの風呂で簡単にリョーマを綺麗にしてやり、ベッドに入った。
しかし、風呂に入ったことで目が覚めてしまったリョーマと、今度は部屋のベッドの中で明け方まで愛し合ったのだ。
さすがのリョーマも今は死んだように眠っている。手塚の身体も、いつもより怠さを伝えてきた。
手塚はベッドサイドの時計を見て、まだ数時間しか眠っていないと知り、もう一度目を閉じる。
(たまにはいいだろう…)
暖かなリョーマの身体を胸に抱き込みながら、手塚はもう一眠りしようと思った。
しかし、一抹の不安が胸によぎり、手塚は再び目を開けた。
(……あいつらはまだ寝ているのだろうか……)
リョーマを起こさないようにそっと部屋を見回す。もちろん、鍵のかかったこの部屋に彼らが入ってこれるはずはないのだが、手塚は用心深く、室内を観察した。
どうやら第三者の侵入の形跡はないらしいので、手塚はとりあえず、安堵の溜息をつく。
「…?」
彼らの声が聞こえた気がして、手塚は耳をすました。
するとやはり、押し殺したような、微かな囁き声が聞こえる。
手塚は静かに身体を起こすと、ベッドを揺らさないように注意しながら抜け出し、ドアに向かった。
鍵を開け、ほんの少しだけドアを開いて外の様子を窺おうとし、手塚はその場に固まった。
「や、だぁ、不二っ!」
「しっ……二人が起きちゃうよ」
「うー……んんっ」
ソファの背もたれに邪魔されて全部が見えたわけではないが、頬を上気させ、時折うっとりと目を閉じて身体を揺らす不二の様子に、二人が情事の最中であることは明らかだった。
「………」
手塚は何も言わずそっとドアを閉めた。
(あんなところで……、何を考えているんだ、あいつらは………っ!)
初めて見る他人の情事に、手塚は自分が微かに動揺していることに気づいた。
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
どうにか心を落ち着かせて念のため施錠すると、もう一度ベッドに身体を滑り込ませる。
(しばらくはリビングに近づかない方がいいか…)
そんなことを考えながら目を閉じようとし、リョーマの寝顔に視線を向ける。
いつも思うことではあるが、リョーマの寝顔は年相応で可愛らしい。
大きな瞳に似合った長い睫毛、いつもは前髪に隠されてよく見えない眉も、実に整ったラインをしている。うっすらと開かれた唇は、手塚には天使のそれにすら見えてくる。
「ん……」
ふいに、リョーマが鼻にかかった声を発しながら枕にしがみついた。
その、あまりの愛らしさに、手塚が目をそらせなくなる。
(…………まずい………)
手塚は無理矢理目を閉じて、熱い吐息を漏らす。
(眠れるわけがない…)
しかし目を閉じると、昨夜のリョーマがフラッシュバックする。余計に身体が熱を帯びそうで、手塚は慌てて目を開けた。
「くにみつ………」
だが目を開けた途端、とどめのごとくリョーマに寝言で名前を呼ばれ、手塚は額に手を当てて仰向けになった。
(どうしろと言うんだ………)
熱い溜息をついていると、隣で寝ているはずのリョーマの肩が小さく震えだした。
「……リョーマ?」
次第に肩の揺れが大きくなり、ついにはリョーマが声を出して笑い始めた。
「…起きていたのか…」
「うん……アンタがベッドから出て行っちゃうあたりからね」
クスクス笑いながらリョーマがいたずらっ子のような目をする。
「…いつもお前は俺に『性格が悪い』と言うが……お前の方がよっぽどだぞ」
「だって…オレを放っておいて出ていこうとしたじゃん」
「誤解だ。俺はリビングの様子を……」
言いかけて手塚は口を噤んだ。説明を続けると、リョーマのことだ、「見に行こう」と言いだしかねない。
「ねえ、先輩たち、まだやってるよね」
「なに?」
手塚が驚いてリョーマを見た。リョーマがニヤッと笑う。
「さっきドア開けたときにちょこっと聞こえたんスよ」
「……」
手塚は溜息をついてベッドに身体を沈み込ませた。
「覗きに行こう、などと言うなよ?」
「言わないよ。他人の見たってつまんないじゃん」
「……」
手塚が目を閉じてしかめっ面をしていると、リョーマが布団を捲ってズシッと手塚の腹の上に乗ってきた。
明け方まで身体を求め合い、そのまま寝ようとするリョーマに、風邪をひくからと言って手塚は自分のパジャマの上衣だけを着せていた。
そのせいで、リョーマの格好は身震いするほど扇情的だった。
「…なんだ?」
そんな心情を悟られないように、手塚は声のトーンを落として自分の欲望も抑え込む。
「アンタはしたくなんないんスか?」
リョーマに覗き込まれて、手塚は押し黙った。
いたずらっ子のようだったリョーマの瞳が艶めき始める。
「………身体は大丈夫なのか?」
「別に。どこも問題ないっスよ」
手塚がリョーマを引き寄せて抱き締めた。
「強がるな」
「…アンタもね……もう熱くなってるくせに」
「好きなヤツと一緒にベッドの中にいて…平静でなんかいられるか」
「……オレも……」
リョーマが伸び上がって手塚に口づける。
「ねえ、鍵、閉めた?」
「ああ」
「じゃあ……しようよ」
言いながらリョーマがもう一度口づけてくる。手塚は熱く舌を絡ませながら、下着をつけていないリョーマの尻を優しく揉み込んだ。
「……えっち」
クスッとリョーマが笑う。手塚はムッとしたような顔をしてゆっくりと体勢を入れ替えた。
「昨夜言っただろう…お前が欲しくてたまらないんだと」
リョーマが頬を染めて手塚を見つめる。
「……じゃあオレは、アンタを欲しがってもいいんスよね?…ヤラシイ奴、とか思ってキライになったりしない?」
手塚は目を見開いた。自分の下、しっかりとベッドに縫いつけた少年の瞳をじっと見つめる。
「…お前こそ、いいのか?お前の言葉に気をよくして、お前をメチャクチャにしかねないんだぞ?」
リョーマは呆けたように頬を染めて手塚をしばらく見つめたあと、目を閉じて軽く溜息を吐いた。
そして瞼をあげ、もう一度手塚を見つめてくる瞳には、不敵ささえ感じさせるような強い光が宿っていた。
「まだまだだね」
「…」
「やってもいないことを心配するなんて、アンタらしくないっスよ」
手塚は黙ってリョーマを見つめる。
「オレはアンタが好きで、好きだから、喜んで身体を任せてる。アンタもオレのこと好きだから、したくなるんでしょ?」
リョーマを見つめたまま、手塚は黙って頷いた。
「オレをメチャクチャにするってことは、それだけアンタがオレのことをメチャクチャに好き、ってことじゃん。嬉しいに決まってる」
手塚は大きく目を見開き、リョーマを見つめた。見つめ返してくるリョーマの瞳が一瞬、自分の全身を突き抜けるような感覚を、手塚は感じた。
(すべてを、さらけ出せと………そしてすべてを奪えと……言うのか?)
手塚は瞳を和らげると、リョーマにとびきり優しい口づけをした。
ゆっくりとリョーマの唇を押し開き、軽く吸い上げながら徐々に深く重ねてゆく。無防備なリョーマの舌をやわらかく連れ出し、甘く歯を立ててみた。リョーマの身体が小さく痙攣する。
そのまま優しく優しく舌を絡めていると、リョーマの脚がゆっくりと開き始めた。膝を立て、手塚の腰を挟み込んでくる。自然に触れ合った互いの中心は、すでに芯を持って熱く張りつめてきていた。
手塚がゆっくりと唇を離してリョーマを見つめると、リョーマが甘い吐息を漏らした。
「………アンタのキスって……最高……」
何も言わずに微笑み、手塚は再び唇を寄せる。
その時、ドアが軽くノックされた。
リョーマに唇を触れさせたまま、手塚は瞳だけをドアに向けた。
「二人とも、起きてる?今日の予定だけど……」
「不二」
ドアの向こうの不二の言葉を手塚が遮った。
「悪いが、俺たちは今日の予定をすべてキャンセルする。俺たちが部屋を出るまで、そっとしておいてくれないか」
「……」
茶化されるのを覚悟で、手塚は思いきって不二に頼んだ。
リョーマは驚いたように手塚の横顔を見つめている。
「……リビングのテーブルにサンドイッチを置いておくから、お腹が空いたら食べて。僕達はお弁当を持って、その辺を散策しに行くから。じゃ、行ってくるね」
手塚が言葉を返す前に、不二の足音が遠ざかった。
目を閉じて大きく息を吐く手塚を、リョーマは瞳を揺らしながら見つめ続けていた。
「……いいの?」
「ん?……いやなのか?」
リョーマは頬を染めて首を横に振る。
「メチャクチャにしても……いいのだろう?」
ふっと笑いかけてくる手塚の瞳を受け止めて、リョーマが大きな瞳をさらに大きく見開き、輝かせる。
そして、リョーマも微笑むと、手塚の首に腕をまわし、耳元に囁いた。
「アンタのことも、オレがメチャクチャでメロメロにしてあげるよ」
「ああ……やってみろ」
「あっ……」
手塚がリョーマの身体をきつく抱き締めてゆく。
「愛している…リョーマ……」
「くにみつ……オレも、愛してる…」
何度も愛しい名を呼び、愛を囁きながら手塚とリョーマは二人だけの楽園に辿り着く。
さわやかな太陽の光も、心を和ませる鳥のさえずりも、二人には必要なかった。
ただ、互いの存在だけがあればよかった。
それこそが、二人にとっての『楽園』そのものなのだから………
THE END
2003.4.10

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