花のもとにて<楽園>
ーHANA no moto nite・RAKUENー

「もうすぐっスね」
「ん?」
昼休みの屋上で、手塚とリョーマは並んで寝そべり、澄んだ青空を見上げていた。
呟くように言ったリョーマの言葉の意味が手塚には何となく分かっていたが、分からない振りをして聞き返してみる。
「………ねえ…今度の週末、さ………オレの家に泊まりに来る?」
「…いいのか?」
「いいよ。たまにはね」
リョーマがクスッと笑う。
「でも、『なし』っスよ?」
「…何がだ?」
手塚は空を見つめたままふっと笑った。
リョーマはほんのりと頬を染めて溜息を吐く。
「…『何が』って………『今アンタが考えたこと』っスよ……クソ親父は絶対に覗きに来るからムリ」
「善処する」
「なにそれ」
クスクスと笑い合う二人の頭上を、白い雲がゆっくりと流れてゆく。
「もっと早く知っていればよかった」
「え?」
手塚の呟きに、リョーマが大きな瞳を向けてくる。
「屋上がこんなに気持ちのいいところだったとはな……もっと早く知っていればよかった」
「高校行ったら真っ先に屋上行ってみれば?」
「………そうだな」
手塚は言いかけた言葉を呑み込んでそっと目を閉じる。
やわらかな風が二人の髪を同じ方向へなびかせた。
「…オレも……もっと早く知っていればよかった」
「……何を?」
リョーマは身体を起こすと、大きく息を吸い込んだ。
「アンタと一緒にいると、どんな場所でもすごく気持ちいいってこと」
「……」
微かに瞳を揺らしながら微笑みかけてくるリョーマに、手塚は一瞬言葉を失った。
ゆっくりと瞬きをしてから、手塚も身体を起こす。
無言のままリョーマの身体を引き寄せると、小さな身体はあっさりと手塚の腕の中へ倒れ込んできた。
「リョーマ…」
甘く囁きながらきつくその身体を抱き締める。
「…べつに……寂しい…とかじゃないから……」
「ああ…」
「いつでも逢えるんだし……」
「そうだな」
言葉とは裏腹に、リョーマは次第に強く手塚にしがみついてゆく。
互いの鼓動を感じながらしばらくそのまま抱き合っていた二人は、ゆっくりと身体を離すと間近で見つめ合った。
「……さっきの言葉は、やはり撤回する」
「え?」
いきなり呟かれた手塚の言葉にリョーマは首を傾げた。
「最近部活でお前に逢えないせいか……ずっとお前のことを考えている……こうして二人きりになると…理性を保つのがやっとだ………お前の家で二人きりになって、自分を抑えられる自信が…あまりない」
リョーマは目を見開くと、耳まで赤くなりながら手塚から目を逸らす。
「……何言ってんの、ったく………」
手塚は苦笑して溜息をついた。
「……本当に……困った男だな、俺は……」
「そうじゃなくて」
「え?」
リョーマは手塚の頬に両手を添えると、正面から瞳を合わせた。
「…アンタだけじゃないから。オレも、ずっとアンタのことばっか考えてる。……きっとオレも…アンタに触られたら我慢できない」
「リョーマ…」
「探そうか……二人だけになれるところ」
手塚が驚いたように目を見開いた。
「アンタの卒業記念、ってことで………二人でどっか行きたい」
「卒業記念、か……二人だけじゃなければ行けるかもしれないな」
「え?」
手塚がちょっと考え込んでから顔を上げた。
「たまにはあいつらに、こちらから声をかけてみるか」
「あいつらって………もしかして……」
「口実作りに手を貸してもらおう」
「……」
リョーマはポカンと手塚を見つめてから、困ったように小さく笑った。
卒業式まで、あと二週間…………



土曜日。
竜崎の都合で午前中だけ行うことになった練習が終わる頃、手塚とリョーマは学校近くの公園で待ち合わせをし、昼食を外で済ませたあと一緒に越前家へと来ていた。
「お邪魔します」
「おう、手塚、よく来たな」
南次郎が腕を組んだまま、いつもの調子でニカッと笑う。
「これはうちの母からです。大したものではありませんが、新鮮なうちにどうぞ」
そう言いながら手塚が紙袋を南次郎に手渡す。南次郎が中を覗くと苺の甘い香りがふわりと鼻を掠めた。
「…すまねぇな」
「おいしそうっスね」
南次郎の横から紙袋を覗き込んでリョーマが瞳を輝かせた。
「菜々子ちゃんも好物なのに春休みで家に帰っちまっているからな〜、ほれリョーマ、冷蔵庫に入れとけ」
「ん。……ありがとう、くに……手塚先輩」
「ああ」
ニヤニヤと笑う南次郎の横をすり抜けて、リョーマが手塚を引っ張り「すぐ行くから部屋で待ってて」と、階段の上の自分の部屋で待つように言う。
「わかった」
階段を昇ってゆく手塚を見届けて、リョーマが南次郎を振り返った。
「変なちょっかい出すなよ?親父」
「ちょっかいねぇ……お前たちで遊びたいのは山々なんだが、………俺は忙しいんだ」
「…………」
リョーマが思い切り疑り深そうな目で南次郎を睨む。
「エロ本読むので忙しいわけ?」
「そんなんじゃねぇよ。お子ちゃまにはヒ・ミ・ツ」
「ふーん」
リョーマは、これ以上の会話は時間の無駄だと思い南次郎に背を向けた。キッチンに入り、冷蔵庫に手塚からもらった苺を入れる。
「じゃ、二階に来るなよ?」
「おう。………ま、ほどほどにしとけよ?」
「ば……っ!!!」
リョーマの顔が一気に赤くなる。ケラケラと笑う南次郎を一度睨み付けてから二階に駆け上がった。
「じゃあな、青少年たち。オジサマはお出かけして来るぞ〜!晩メシの時間までしばらく帰らないぞ〜!」
リョーマの部屋にいる手塚にまで聞こえそうな大声で、南次郎が階下から叫んだ。
真っ赤な顔で部屋に入ってきたリョーマと目が合ってしまった手塚は、ほんのりと頬を染めて困ったように微笑んだ。
「…この状況は喜んで良いのかどうなのか、………だな」
南次郎は手塚とリョーマの関係を知っている。
手塚は、南次郎の本当の意味での本心が分からなくて、この状況に戸惑っていた。
普通の「親」だったら、自分の息子が男と恋愛関係にあるなどと言う状況を受け入れるはずがない。ましてや男親なら理解不可能と罵るかもしれない。
なのに、南次郎はあっさりと手塚を受け入れた。むしろ、リョーマを変えてくれたことに感謝さえしているような口振りだった。
(長くは続かないと……思われているのかもしれないな)
手塚はそっと目を伏せて浅く息を吐くと、リョーマを正面から見つめる。
「……ん?なに、くにみつ」
「…キスしてもいいか?」
「………うん」
リョーマの瞳が切なげに揺れる。
手塚は小さく微笑んでリョーマの手を引き、そっと抱き寄せた。
「リョーマ……」
囁きながら唇を重ねてゆく。少し開かれた唇の隙間から舌を滑り込ませ、リョーマのやわらかな甘い舌を探り出す。
「…ん……っ」
縋り付いてくるリョーマの表情を、手塚はそっと盗み見た。
微かに眉を寄せ、伏せられた睫毛を震わせながら自分に応えてくれるリョーマに、どうしようもないほど愛しさが募る。
(離さない………離せるわけがない……こんなにもお前が…)
「リョーマ……」
「くにみつ…」
そっと唇を離しながら、愛しい恋人の名を呼ぶ。
愛しすぎて想いを言葉にすることが出来ず、手塚はリョーマを抱き締めながら甘い溜息をついた。
「あ……ちょっと待って」
リョーマが何かに気づいたように手塚から身体を離した。部屋のドアを少し開けると、スルリとうす茶色の毛玉が入ってきた。
「……カルピン、だったな」
「うん」
リョーマは微笑むとカルピンを呼び寄せようとする。しかしカルピンの瞳は手塚に向けられたまま動かなかった。
「…………」
どうしたものかと、手塚もじっとカルピンを見つめる。
カルピンと手塚はもちろん初対面ではなかったが、こうして真正面から向き合うことは今までほとんどなかった。
手塚がそっと手を差し出してみる。その手と手塚の顔を交互に眺めていたカルピンは、しかし、スッと横を向くとリョーマのベッドに音もなく飛び上がった。
プッと、リョーマが吹き出す。
「カルピンは気分屋だから」
ベッドの上で丸くなってしまったカルピンを優しく撫でながら、リョーマが手塚に笑いかけた。手塚もやわらかく微笑む。
「…ペットは飼い主に似るというからな」
「ふーん」
リョーマがニヤッと笑って手塚を覗き込んだ。
「オレはアンタを無視して寝たりしないけど?」
一瞬キョトンとした手塚が、溜息を吐きながら苦笑した。
「それにオレだったら、アンタといるといつも構って欲しいから…こうやって………」
いいながらリョーマが手塚の首に腕をまわして口づける。
しっとりと舌を絡ませあい、少し唇を離してはまた深く重ねた。
そんな口づけを続けているうちに互いの身体に熱が籠もり始める。
リョーマはそっと手塚を押し返して身体を離すと、頬を染めて小さく笑いかけた。
「…親父の言うことなんか信じない方がいいよ。もしかしたらその辺から覗いているかも」
「……そう言うことを……散々煽ってから言うな」
手塚が熱い溜息を吐いた。
「う・そ。さっき車の音がしたから、ホントに出かけたみたい」
「……」
手塚が顔を上げてリョーマを見つめる。
「……いいのか?」
「…だから言ったじゃん………我慢できないのはアンタだけじゃな……あっ」
リョーマの言葉が終わらないうちに手塚が細い身体を引き寄せた。
「リョーマ……」
「……っ」
耳元に熱く囁かれ、伏せられたリョーマの睫毛が小さく震えた。
「ベッドが占領されているが………どうする?」
手塚がベッドの上のカルピンをチラリと見やりながらリョーマに囁く。
「いいよ、ここで………あんまりのんびりはできないと思うし…」
熱い吐息を漏らしながら答えるリョーマの身体を、手塚はゆっくりと押し倒してゆく。
「リョーマ……」
甘い声で名前を囁いて口づけながら、手塚がリョーマの胸のボタンを外してゆく。
だがボタンを全部は外さないまま、手塚の冷たい指がリョーマの肌に触れてきた。
「あ…っ」
リョーマの身体がビクッと揺れる。
突起に爪を立てられ、甘く唇を噛まれると、リョーマが甘えたような声を小さく漏らし始める。
「くにみつ……好き……っ」
リョーマが手塚に抱きつこうとしたその時、手塚のカバンから携帯の着信音が鳴り響いた。
「…………」
手塚が溜息をついてカバンの方を見やる。
「………出ないの?」
リョーマも軽く溜息をつく。
手塚はリョーマを見つめてもう一度溜息をつくと、自分のカバンから携帯を取り出した。
「………はい。………ああ、………そうだが……………ちょっと待ってろ」
視線を向けてきた手塚に、リョーマは「何?」と首を傾げて見せた。
「不二が今からここに来たいと言っているが………どうする」
「不二先輩が?………別に…いいけど」
溜息混じりに答えるリョーマに小さく苦笑しながら手塚が不二との会話を再開する。
「構わないそうだ。………ああ………わかった。待っている」
携帯を切ると、手塚が大きく息を吐いた。
「やはりどうも苦手だ………どこにいても捕まってしまうからな…」
携帯を見つめて呟く手塚に、リョーマがクスッと笑った。
「でもオレと離れていた時は、これがあってよかったって言ってたじゃん」
「…………今はこれのせいで、お前に触れられなくなった」
ムッとしたように手塚が言う。
「…今日の分はとっておいてよ……二人だけになれたときに、いっぱいしよ?」
リョーマが笑いながら手塚の首に腕をまわした。
誘われるように口づけてから、手塚がじっとリョーマを見つめてきた。
「…今は今しかない。……お前と過ごす時間は一瞬でも無駄にしたくないんだ」
「無駄じゃないっスよ。アンタと一緒にいるだけで、オレには意味があるんだから」
手塚は僅かに目を見開いた。
「アンタと過ごす時間は全部覚えてる……どんな小さなことでも、全部オレの中の大切なところにしまうから」
「…………ああ……そうだな……俺もそうしよう」
小さく溜息を吐いて微笑んだ手塚に、リョーマもやわらかく微笑み返した。
二人はもう一度深く唇を重ねると、そっと身体を離した。


「お邪魔だったよね。ゴメンね」
程なくしてリョーマの家に現れた不二は、やはり苺を手みやげに持ってきた。
「べつに」
頬を染めながらリョーマが苺を受け取ると、不二がにっこり微笑んだ。
「ちゃんといい場所用意したから今日は我慢してね」
「………だから別にオレは……とにかくオレの部屋に入ってよ、不二先輩」
「うん。じゃ、お邪魔します」
軽やかに階段を上がってゆく不二を見送りながら、リョーマは軽く溜息をついた。


「別荘?」
リョーマと手塚が声を揃えて言った。
「うん。箱根の方にね。そんなに広くはないんだけど、一応部屋が何個かあるから。卒業の記念に友達と遊びに行きたいって言ったら使ってもいいって」
リョーマと手塚は顔を見合わせた。
「一応温泉つきだよ。部屋には鍵もかかるからホテル並にプライバシーも守れると思うけど?ダメ?」
ニコニコと話す不二に向かって、リョーマは首をぶんぶんと横に振った。
「ダメじゃないっス!行きたい!」
「手塚は?」
「ああ。是非使わせてもらいたい」
「じゃあ、決まりでいいね」
不二の微笑みがさらに深くなった。
瞳を輝かせるリョーマを見て、手塚の表情も和らぐ。
その後、周辺の地図まで持ってきていた不二と詳しい打ち合わせを済ませ、リョーマと手塚、菊丸、そして不二の四人は、次の週末を不二の別荘で過ごすことになった。





「ありがとう、由美子姉さん」
大手企業の保養所が点在する一角、少し奥まった急な坂の上に、不二の別荘はある。
リョーマが部活を終えるのを待って、四人は不二の姉の由美子の運転する車で高速道路を飛ばしてもらった。このあと由美子は芦ノ湖の近くで彼氏と合流するらしい。もちろん母親には、不二たちと一緒に過ごすことになっている。
「本当に四人で平気?まあ、手塚くんがいるなら心配いらないと思うけど…よろしくね、手塚くん」
「はい」
由美子に微笑みかけられた手塚は、いつもの『真面目な仏頂面』で頷く。
「何かあったら携帯に連絡入れなさいね、周助。明後日の夕方に迎えに来るわ」
「うん、姉さんもごゆっくり」
「ばかね、もう」
ほんのりと頬を染めて由美子が車を発進させた。
ゆっくりと坂を下りてゆく車を見送り、不二が三人を振り返った。
「さて。まずは軽く掃除しなきゃね。その後で使う部屋を決めよう………英二?」
「……不二のお姉さんって、ホントに美人にゃあ……」
頬を染めてポーッと車を見送る菊丸を、不二が覗き込んだ。
「…英二は僕の姉さんが好みのタイプなんだ?」
不二の切れ長の目がすぅっと細められる。
「え?あっ……違うにゃんっ!だから、えっと、不二の家族はみんな美形だにゃ〜って………」
「ふぅん」
手塚とリョーマは、小さな嵐の予感にこっそりと溜息をついた。


仕入れてきた食料を冷蔵庫に入れ、ほとんど掃除の必要のない部屋に軽く掃除機をかけて空気を入れ換えると、四人はとりあえず一息つくことにした。
「部屋はリビングとキッチンの他に全部で三つあるけど、手塚たちはどこがいい?」
リビングで各々好みのドリンクを飲みながらガラスで出来たローテーブルを囲む。
「温泉は?」
リョーマが身を乗り出して不二に尋ねる。
「大丈夫、全部の部屋にひとつずつ、温泉が出る小さいユニットバスがついているよ。それとは別に南側には屋根付きの露天風呂も作ってあるけど」
「露天風呂まであるんスか?」
嬉しい驚きにリョーマの瞳が輝く。そんなリョーマを見て手塚の目がやわらかく細められた。
「露天風呂へはそれぞれの部屋から直接行けるんだ。結構眺めもいいよ。でもしっかり掃除しないとまだ入れないからね」
「ういっス!じゃ、今日はもう遅いから明日の朝イチに掃除っスね!」
「おチビは温泉大好きなんだにゃ〜」
いつもは飄々としてクールなリョーマが、年相応にはしゃぐ姿にリョーマ以外の三人が優しげな微笑みを浮かべる。
「…手塚たちは東端の部屋を使う?真ん中の部屋は空けておいて、僕達は西側の部屋を使うよ。それでいい?」
「ああ。それでいい」
「じゃあ、これ、部屋の鍵とシーツ」
不二が微笑みながら手塚に鍵とシーツの束を手渡す。
「何度来ても、ここが個人の別荘とは思えないにゃ〜」
「…菊丸先輩、やっぱ、来たことあるんスね」
「うん。これで三回目、かにゃ?」
菊丸と不二は顔を見合わせて「ねっ」と微笑みあった。
「荷物を置いてこよう。行くぞ、リョーマ」
「あ、ういっス」
リョーマと共に東の部屋へ入っていった手塚を見送って、菊丸が瞳を輝かせて不二を振り返った。
「『行くぞ、リョーマ』だって!手塚ってばあんなふうにおチビのこと呼んでいたんだにゃ〜」
「越前くんが手塚のことどういうふうに呼ぶのか、早く聴きたいよね」
不二と菊丸は顔を寄せてクスクスと笑った。


部屋に入った手塚とリョーマは、一瞬唖然とした。
不二が、何も言わず至極当たり前のように「二人に」部屋を割り当てたので、当然「二人用の」部屋なのだと思っていた手塚とリョーマは、備え付けてあるベッドを見つめて沈黙した。
「………一応、ダブル?」
「……だな」
ベッドは、東の窓際にひとつだけ置いてあった。
リョーマはベッドのスプリングを確かめるように、腰を下ろしてみる。
「ふーん。まあまあだね」
ポヨンポヨンと弾みながらリョーマが手塚の方を見ると、手塚がシーツを手にして歩み寄ってきた。
「ベッドメイクはセルフサービスだそうだ」
「セルフでよかったじゃん。あの二人にやってもらったら、何を仕掛けられるかわからないっスよ」
リョーマが笑いながら立ち上がった。
「あ」
手塚がシーツをベッドに放り投げて、素早くリョーマを抱き締める。
「………」
「………くにみつ?」
きつくリョーマの身体を抱き締めながら、手塚が熱い溜息を漏らした。
「あとどれくらい…我慢すればいいのだろうな…」
小さく呟かれた手塚の言葉にリョーマがほんのりと頬を染める。
「今すぐでもいいっスよ。鍵、かける?」
「ばか」
手塚が小さく微笑んでリョーマの額に優しく口づけた。
「前に言っただろう?お前の『声』は誰にも聴かせたくない、と」
「でも……」
「……ああ、そうだ、お前に渡すものがあるのを忘れていた」
「え?」
手塚はリョーマの身体をそっと離すと、自分のバッグを探り始めた。
「…時間がなかったんでな……出来合いのもので申し訳ない」
振り返った手塚の手の平に10センチ四方ほどの、綺麗にラッピングされた箱が乗っていた。
「???なにそれ?」
「今日は『ホワイトデー』らしいからな。バレンタインのチョコのお礼だ」
「日本ってそんなのまであるんスか?」
リョーマは呆れたように目を見開きながらも、手塚が差し出した箱を嬉しそうに受け取った。
「やっぱりお菓子?」
「ああ。どうも菓子の種類によっていろいろランクがあるらしいのだが、そこまでは把握し切れていないからな……感謝の気持ちとして受け取ってくれ」
「ふーん……ありがと、くにみつ。………オレ、知らなかったから……ごめん」
「気にするな」
手塚はやわらかく微笑んでリョーマの髪を撫でた。リョーマが頬を染めて、瞳を揺らしながら見上げてくる。
「………どうしよう……」
「……どうした?」
「…………」
手塚を見つめたまま唇を噛んでいたリョーマが、すっと視線をずらして俯いてしまった。
「リョーマ?」
リョーマの肩を優しく掴んで手塚が覗き込もうとすると、さらに顔を赤くしたリョーマが手塚に背を向けてしまった。
「…これ、開けていい?」
「…ああ」
リョーマがもう一度むき出しのマットレスの上に腰掛けて、丁寧にラッピングをほどいてゆく。訝しげな表情をしながら、手塚もリョーマの隣に腰を下ろした。
「キャンディ?」
「ああ」
「おいしそう……いろんなのが入ってるね。アンタはどれが好き?」
「さあな……」
困ったように小さく微笑む手塚に笑いかけると、リョーマは視線を手元に戻して呟いた。
「じゃあ、全部、味見させてあげる」
「ん?」
「オレがひとつ食べる度に、味見してよ………どれが一番美味しいか……」
「………ああ、そうだな……でも全部甘そうだ……」
言いながら手塚がリョーマの肩を抱き寄せる。左手をリョーマの顎に添えてそっと上向かせ、深く口づけた。
「……まだキャンディ、食べてないよ?」
少しだけ離れた唇の隙間でリョーマが笑うと、さらにリョーマを抱き寄せながら、手塚が甘く囁く。
「だがこんなに甘い……」
「……ん……くにみつ……っ」
リョーマの手からキャンディの箱が滑り落ちた。
それすら気づかずに、二人は夢中になって互いの唇を貪り始める。
「リョーマ……」
「あ……っ、くに……んっ」
次第に熱くなってゆく吐息に紛れて互いの名を呼び合う。リョーマの腕が手塚の首にまわされると、手塚の指が何度もリョーマの髪を梳いた。
「くにみつ……くにみつ……っ、……もっ…」
「……リョーマ……っ」
「そう言うのは鍵閉めてからの方がいいと思うけど?」
突然かけられた言葉に、手塚とリョーマは完全に固まった。
あれだけ熱くなっていた身体と心が、急速に冷めてゆく。
「一応ノックはしたからね」
「………いつからそこにいた?」
なんとか思考回路を動かした手塚が、射殺しそうな瞳で不二を振り返る。
「そうだね……越前くんが、その箱を落としちゃったあたりかな?」
「………」
「……あ、ホントだ、落ちちゃってる……ごめん、くにみつ」
しれっと言う不二が不二なら、早くも立ち直って箱を拾い上げているリョーマもまたかなりの強者だった。
「お腹空かない?軽く何か作ろうかって、英二が言っているけど」
手塚は黙ったまま、眉間にしわを寄せて不二を見た。
「分かった、手塚はいらないんだね。越前くんは?」
「そっスね………まあ、いいっス。夕飯、結構腹一杯食べたんで」
「そう?じゃ、おやすみ。続きをごゆっくりどうぞ。もう邪魔しないよ」
「おやすみ、不二先輩。菊丸先輩にもおやすみっていっといてください」
「うん。また明日ね」
何事もなかったように微笑んで、不二がドアを閉めた。
すかさずリョーマはドアに走り寄り、鍵をかける。大きく息を吐いて振り返ると、手塚が眉間にしわを深く刻んだままリョーマを見つめていた。
「……もう、やる気、なくした?」
「…………」
リョーマは小さく笑うと、ゆっくり手塚に近づいた。
自分を見つめたまま何も言わない手塚の唇に、チュッと音をさせて口づける。
「ねえ、外、出てみる?」
ちょっと困ったような顔で言うリョーマを見上げた手塚は、ふと表情を和らげて頷いた。


「これが露天風呂っスね……ふーん……」
暗がりの中、微かな月明かりに目を凝らす。
ほんのりと浮かび上がった風呂らしき空間は、小さいがかなりしっかりした造りのようだった。
「リョーマ」
「え?」
突然呼び止められて、リョーマはちょっとだけ驚いて手塚を振り仰いだ。
「……すまない。二人だけに、なれないな……」
リョーマは目を見開いてキョトンと手塚を見る。暗がりにも分かるほど、手塚は落胆したような顔をしていた。
「今年の夏は…今度こそ二人だけで、どこかへ行こう」
「…うん」
そっと、リョーマが手塚に身を擦り寄せた。手塚が自然なしぐさでリョーマを抱き締めてゆく。
「…先週から妨害されてばかりだったな…」
「そっスね……カルピンに親父に不二先輩……それから……アンタとオレの歳の差?」
「え?」
手塚は腕を緩めてリョーマを覗き込んだ。
「学年が違うから…アンタと学校でなかなか逢えない……再来週からはもっと逢えなくなる…」
「リョーマ……」
「だからさ、……今こうしていられるだけでも、オレは結構嬉しいっスよ?」
ニッコリと笑うリョーマが愛しくて、手塚はもう一度しっかりと腕の中の小さな身体を抱き締めた。
「ねえ、……何かいい匂いがする……なんかの花?」
「……沈丁花だろう。暗くて分からないが……近くに咲いているのだろうな」
なぜか懐かしささえ感じさせるその花の香りに包まれ、手塚は目を閉じる。
こんな暗がりでもその存在を感じさせる小さな花たちを思い浮かべ、手塚は腕の中の少年の存在感を重ね合わせていた。
どんなときでも、どこにいても、自分はリョーマを探し当て、感じることが出来る。
花の香りのイメージと重なるわけではないが、その存在感の強烈さがどこか似ている、と手塚は思った。
「…くにみつ」
リョーマの声に艶が混じった気がして、手塚は意識をリョーマに戻す。
「部屋より、ここの方がいいと思わない?」
「……え」
「まだ露天風呂は使えないんだし……不二先輩たちは、今『夜食』食べてるでしょ?…だから、こっちには来ないっスよ?」
「………まだ冷えるだろう…」
リョーマの瞳が月明かりに妖しく煌めいた。
「アンタが熱くしてよ……」

                                                       
                                                      
                                                      
                                                                                                     
      



「リョーマ…」
「……ん?」
リョーマの身体を抱き締めたまま、手塚が呟くように尋ねる。
「さっき……お前はなぜ困ったんだ?」
「え?」
「キャンディを……俺がお前に渡した後だ……なにか…俺は悪いことをしたのか?」
リョーマは目を見開いて火照った頬をさらに赤くすると、手塚にしがみつきながら「違うよ」と微笑んだ。
「アンタが、あんまり優しいから………アンタのこと…また好きになっちゃって……どうにかなりそうだったんスよ」
「…」
「ねえ」
リョーマが手塚の方へ顔を向けたので、手塚もリョーマを見つめた。
「オレに、どれだけアンタのこと、好きにならせるつもり?」
「…リョーマ…」
口元は微笑んでいるが、手塚を見つめるリョーマの瞳が切なげに揺れている。
少しの間、手塚もリョーマを見つめていたが、やがて浅い溜息をひとつつくとリョーマの額に優しく口づけた。
「くにみつ…?」
「まだまだ、だ」
「え?」
手塚は再びリョーマの身体を深く抱き込んでゆく。
「人を愛する気持ちに際限なんてない。もっと俺を好きになれ。どれほど俺のことを好きなってくれても俺は構わない」
「そんなの………オレばっか……ずるい…」
リョーマは瞳を揺らしたまま、手塚の胸に顔を埋めた。
「お前だけじゃない。俺も、お前が愛しすぎて……時折どうしていいか分からなくなる……」
「アンタも?ホント?」
手塚はそっと腕を緩めると、リョーマの瞳を覗き込み、その瞳を見つめたまま口づける。
「ん………」
「どうしたらいいんだ……お前が欲しくてたまらない……」
言いながら、手塚の熱塊が、再びリョーマの内部で質量を増す。手塚の瞳に、再び獰猛な光が宿ってゆく。
「ああ……んっ」
緩く動かされた手塚の肉剣に、一番敏感な場所を擦られて、リョーマの身体がゾクリと震えた。
「…アンタの思うようにしなよ……メチャクチャなアンタも、オレは結構好きだからさ」
「リョーマ………後悔するなよ…」
「しないっスよ………アンタを選んだのは、オレ自身なんだから」
手塚の瞳の獰猛な光が一瞬消え、幸せそうに微笑まれて、リョーマの胸が愛しさに締め付けられた。
「くにみつ……好きだよ……っ、ね……アンタは?」
「愛している…」
「あ……ぁっ!」
ゆっくりと動き出した手塚に縋り付きながら、リョーマもまた幸せを感じて微笑んだ。
沈丁花の香りに包まれて、二人は熱く長い夜をひとつになったまま過ごした。





翌朝。
間近で聞こえた鳥の声に目を覚ました手塚は、腕の中の少年を見つめ、そっと微笑んだ。
昨夜はあれから外の露天風呂のところで夜更けまで愛し合った。ぐったりとしてしまったリョーマを抱きかかえて部屋に戻った手塚は、備え付けの風呂で簡単にリョーマを綺麗にしてやり、ベッドに入った。
しかし、風呂に入ったことで目が覚めてしまったリョーマと、今度は部屋のベッドの中で明け方まで愛し合ったのだ。
さすがのリョーマも今は死んだように眠っている。手塚の身体も、いつもより怠さを伝えてきた。
手塚はベッドサイドの時計を見て、まだ数時間しか眠っていないと知り、もう一度目を閉じる。
(たまにはいいだろう…)
暖かなリョーマの身体を胸に抱き込みながら、手塚はもう一眠りしようと思った。
しかし、一抹の不安が胸によぎり、手塚は再び目を開けた。
(……あいつらはまだ寝ているのだろうか……)
リョーマを起こさないようにそっと部屋を見回す。もちろん、鍵のかかったこの部屋に彼らが入ってこれるはずはないのだが、手塚は用心深く、室内を観察した。
どうやら第三者の侵入の形跡はないらしいので、手塚はとりあえず、安堵の溜息をつく。
「…?」
彼らの声が聞こえた気がして、手塚は耳をすました。
するとやはり、押し殺したような、微かな囁き声が聞こえる。
手塚は静かに身体を起こすと、ベッドを揺らさないように注意しながら抜け出し、ドアに向かった。
鍵を開け、ほんの少しだけドアを開いて外の様子を窺おうとし、手塚はその場に固まった。
「や、だぁ、不二っ!」
「しっ……二人が起きちゃうよ」
「うー……んんっ」
ソファの背もたれに邪魔されて全部が見えたわけではないが、頬を上気させ、時折うっとりと目を閉じて身体を揺らす不二の様子に、二人が情事の最中であることは明らかだった。
「………」
手塚は何も言わずそっとドアを閉めた。
(あんなところで……、何を考えているんだ、あいつらは………っ!)
初めて見る他人の情事に、手塚は自分が微かに動揺していることに気づいた。
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
どうにか心を落ち着かせて念のため施錠すると、もう一度ベッドに身体を滑り込ませる。
(しばらくはリビングに近づかない方がいいか…)
そんなことを考えながら目を閉じようとし、リョーマの寝顔に視線を向ける。
いつも思うことではあるが、リョーマの寝顔は年相応で可愛らしい。
大きな瞳に似合った長い睫毛、いつもは前髪に隠されてよく見えない眉も、実に整ったラインをしている。うっすらと開かれた唇は、手塚には天使のそれにすら見えてくる。
「ん……」
ふいに、リョーマが鼻にかかった声を発しながら枕にしがみついた。
その、あまりの愛らしさに、手塚が目をそらせなくなる。
(…………まずい………)
手塚は無理矢理目を閉じて、熱い吐息を漏らす。
(眠れるわけがない…)
しかし目を閉じると、昨夜のリョーマがフラッシュバックする。余計に身体が熱を帯びそうで、手塚は慌てて目を開けた。
「くにみつ………」
だが目を開けた途端、とどめのごとくリョーマに寝言で名前を呼ばれ、手塚は額に手を当てて仰向けになった。
(どうしろと言うんだ………)
熱い溜息をついていると、隣で寝ているはずのリョーマの肩が小さく震えだした。
「……リョーマ?」
次第に肩の揺れが大きくなり、ついにはリョーマが声を出して笑い始めた。
「…起きていたのか…」
「うん……アンタがベッドから出て行っちゃうあたりからね」
クスクス笑いながらリョーマがいたずらっ子のような目をする。
「…いつもお前は俺に『性格が悪い』と言うが……お前の方がよっぽどだぞ」
「だって…オレを放っておいて出ていこうとしたじゃん」
「誤解だ。俺はリビングの様子を……」
言いかけて手塚は口を噤んだ。説明を続けると、リョーマのことだ、「見に行こう」と言いだしかねない。
「ねえ、先輩たち、まだやってるよね」
「なに?」
手塚が驚いてリョーマを見た。リョーマがニヤッと笑う。
「さっきドア開けたときにちょこっと聞こえたんスよ」
「……」
手塚は溜息をついてベッドに身体を沈み込ませた。
「覗きに行こう、などと言うなよ?」
「言わないよ。他人の見たってつまんないじゃん」
「……」
手塚が目を閉じてしかめっ面をしていると、リョーマが布団を捲ってズシッと手塚の腹の上に乗ってきた。
明け方まで身体を求め合い、そのまま寝ようとするリョーマに、風邪をひくからと言って手塚は自分のパジャマの上衣だけを着せていた。
そのせいで、リョーマの格好は身震いするほど扇情的だった。
「…なんだ?」
そんな心情を悟られないように、手塚は声のトーンを落として自分の欲望も抑え込む。
「アンタはしたくなんないんスか?」
リョーマに覗き込まれて、手塚は押し黙った。
いたずらっ子のようだったリョーマの瞳が艶めき始める。
「………身体は大丈夫なのか?」
「別に。どこも問題ないっスよ」
手塚がリョーマを引き寄せて抱き締めた。
「強がるな」
「…アンタもね……もう熱くなってるくせに」
「好きなヤツと一緒にベッドの中にいて…平静でなんかいられるか」
「……オレも……」
リョーマが伸び上がって手塚に口づける。
「ねえ、鍵、閉めた?」
「ああ」
「じゃあ……しようよ」
言いながらリョーマがもう一度口づけてくる。手塚は熱く舌を絡ませながら、下着をつけていないリョーマの尻を優しく揉み込んだ。
「……えっち」
クスッとリョーマが笑う。手塚はムッとしたような顔をしてゆっくりと体勢を入れ替えた。
「昨夜言っただろう…お前が欲しくてたまらないんだと」
リョーマが頬を染めて手塚を見つめる。
「……じゃあオレは、アンタを欲しがってもいいんスよね?…ヤラシイ奴、とか思ってキライになったりしない?」
手塚は目を見開いた。自分の下、しっかりとベッドに縫いつけた少年の瞳をじっと見つめる。
「…お前こそ、いいのか?お前の言葉に気をよくして、お前をメチャクチャにしかねないんだぞ?」
リョーマは呆けたように頬を染めて手塚をしばらく見つめたあと、目を閉じて軽く溜息を吐いた。
そして瞼をあげ、もう一度手塚を見つめてくる瞳には、不敵ささえ感じさせるような強い光が宿っていた。
「まだまだだね」
「…」
「やってもいないことを心配するなんて、アンタらしくないっスよ」
手塚は黙ってリョーマを見つめる。
「オレはアンタが好きで、好きだから、喜んで身体を任せてる。アンタもオレのこと好きだから、したくなるんでしょ?」
リョーマを見つめたまま、手塚は黙って頷いた。
「オレをメチャクチャにするってことは、それだけアンタがオレのことをメチャクチャに好き、ってことじゃん。嬉しいに決まってる」
手塚は大きく目を見開き、リョーマを見つめた。見つめ返してくるリョーマの瞳が一瞬、自分の全身を突き抜けるような感覚を、手塚は感じた。
(すべてを、さらけ出せと………そしてすべてを奪えと……言うのか?)
手塚は瞳を和らげると、リョーマにとびきり優しい口づけをした。
ゆっくりとリョーマの唇を押し開き、軽く吸い上げながら徐々に深く重ねてゆく。無防備なリョーマの舌をやわらかく連れ出し、甘く歯を立ててみた。リョーマの身体が小さく痙攣する。
そのまま優しく優しく舌を絡めていると、リョーマの脚がゆっくりと開き始めた。膝を立て、手塚の腰を挟み込んでくる。自然に触れ合った互いの中心は、すでに芯を持って熱く張りつめてきていた。
手塚がゆっくりと唇を離してリョーマを見つめると、リョーマが甘い吐息を漏らした。
「………アンタのキスって……最高……」
何も言わずに微笑み、手塚は再び唇を寄せる。
その時、ドアが軽くノックされた。
リョーマに唇を触れさせたまま、手塚は瞳だけをドアに向けた。
「二人とも、起きてる?今日の予定だけど……」
「不二」
ドアの向こうの不二の言葉を手塚が遮った。
「悪いが、俺たちは今日の予定をすべてキャンセルする。俺たちが部屋を出るまで、そっとしておいてくれないか」
「……」
茶化されるのを覚悟で、手塚は思いきって不二に頼んだ。
リョーマは驚いたように手塚の横顔を見つめている。
「……リビングのテーブルにサンドイッチを置いておくから、お腹が空いたら食べて。僕達はお弁当を持って、その辺を散策しに行くから。じゃ、行ってくるね」
手塚が言葉を返す前に、不二の足音が遠ざかった。
目を閉じて大きく息を吐く手塚を、リョーマは瞳を揺らしながら見つめ続けていた。
「……いいの?」
「ん?……いやなのか?」
リョーマは頬を染めて首を横に振る。
「メチャクチャにしても……いいのだろう?」
ふっと笑いかけてくる手塚の瞳を受け止めて、リョーマが大きな瞳をさらに大きく見開き、輝かせる。
そして、リョーマも微笑むと、手塚の首に腕をまわし、耳元に囁いた。
「アンタのことも、オレがメチャクチャでメロメロにしてあげるよ」
「ああ……やってみろ」
「あっ……」
手塚がリョーマの身体をきつく抱き締めてゆく。
「愛している…リョーマ……」
「くにみつ……オレも、愛してる…」
何度も愛しい名を呼び、愛を囁きながら手塚とリョーマは二人だけの楽園に辿り着く。
さわやかな太陽の光も、心を和ませる鳥のさえずりも、二人には必要なかった。
ただ、互いの存在だけがあればよかった。
それこそが、二人にとっての『楽園』そのものなのだから………






THE END
2003.4.10