年の差


<1>


脅迫状のことは、手塚には言わないことにした。
理由は二つ。
ひとつは、脅迫文の意味が曖昧なこと。
『手を引かなければ』が、『何から』なのかが書かれていないのが気になる。
単純に『仕事』のことを指すなら、脅迫状を送りつけてきたのは、今回の『埋蔵金』の件に関わっている敵対組織のどちらかだろう。
だがもしも、違うものから『手を引け』と言われているとするならば。
例えば、リョーマと手塚の関係を『恋愛関係』だと認識している誰かが、リョーマに対して『手塚から手を引け』と言っていないとも限らない。
この場合は、リョーマと手塚の関係を『恋愛関係』と認識している時点で手塚の制服にマイクを仕掛けた人物である可能性もあるにはあるが、『手塚から手を引け』という意味ならば、『仕事』とは関係のないところでの話ということになって、どこか矛盾を感じる。
もうひとつの理由は、『大事なものを壊す』という文章。
こちらもまた、『大事なもの』が何を指すのかがわからない。
リョーマ自身、つまり、『命』を狙うという意味なのか、それともリョーマが大事にしている他の何かを壊す、ということなのか。
もしもリョーマの命を狙ってくるのだとしたら、そんな危険な状況に手塚を巻き込むわけにはいかない。それに、余計な心配をかけたくはない。
(心配、は、しないか……)
いや、『仕事が滞る』という心配をかけるかもしれない。そう思うと何やら滅入ってくるが、代わりの者はいくらでもいると言ったのは手塚だ。きっとリョーマが何らかの形でリタイアしても、次に派遣されてくる誰かと組んで仕事を淡々とこなすだろう。
(ぁ……さらに滅入ってきた)
リョーマは小さく溜息を吐き、頬杖をついて窓の外に目を向ける。
(なんか……意地、ってのもあるかもね……)
脅迫状くらい一人で処理できるのだと証明したい。少しでも、手塚に────『青龍』に、認められたい。
(ま、だからって、無謀なことはしないけどさ)
報告が必要だと判断した時点で迅速に報告はするつもりだ。だが今はまだ、少し、経過を観察してみようとリョーマは判断した。
だから手塚には言わない。
(まずは、封筒を送ってきたヤツを見つけたいな……)
青い青い空を見つめ、リョーマはもう一度溜息を吐いた。












昼休み。
特に手塚と会う約束はなかったリョーマだが、習慣のように屋上に向かい、さっさと昼食を済ませてのんびりしていた。
「越前、見〜っけ!」
知っている声が聞こえ、リョーマは身体を起こしてそちらに視線を向けた。
「ぁ…桃先輩」
「よぅ」
両手いっぱいに菓子パンや調理パンを抱えた桃城がリョーマの傍に歩いてきた。
「食う?」
「いや、いいっス」
「いっぱい食わねぇと、でっかくなれねぇぞ」
ニッと笑みを向けられ、リョーマは溜息を零す。
「べつに、巨大ロボとかになりたくないんで」
「なんだそりゃ」
カラカラと笑って、桃城はリョーマの隣に腰を下ろした。
「ここ、座ってもいいか?」
「座ってから訊いてどうするんスか」
もう一度、今度はさらに深い溜息を吐くと、桃城はまた笑った。
「ほい、一個やるよ」
アンパンをひとつ膝の上に乗せられ、リョーマは小さく眉を寄せた。
「もう昼飯食いましたけど」
「俺からのお祝い。レギュラー入り、おめでとさん」
「ぁ………ども」
意外なことを言われ、リョーマは口籠った。
「やっぱ強ぇーな、お前。バァさんが言ってた通りだ」
「べつに」
もらったアンパンの袋を眺めながら、リョーマはまた溜息を零す。その横で桃城は焼きそばパンを三口ほどでペロリと平らげた。
「誰に教えてもらったんだ?」
今度はメロンパンらしき袋を破きながら桃城が尋ねてくる。
「………」
「やっぱ親父か?」
「え…?」
うっかり反応してしまった、という顔で桃城を見遣る。実際にはリョーマはほとんど驚いていない。むしろ「やっぱり知っていたか」と思う。
だが、「しまった」という顔をしたのは、むしろ桃城の方だった。
「ヤベ…」
「誰から訊いたんスか?桃先輩」
リョーマは探るような目つきで桃城を見つめてみる。これも演技。情報の出所は「組織」だろう。
だが「どちらの組織」なのかはわからない。それは慎重に探らなければならないポイントだ。
「あー、えーっと……バ、バァさん、だったかな?」
「ふーん…」
胡散臭そうに桃城を見つめてやると、桃城は暫くは作り笑いをしていたが、唐突に「あーっ」と叫んでバリバリと頭を掻き回した。
「もういいや、面倒くせぇ!……そーだよ、お前の情報は、とっくに入手してました!」
「は?」
いきなり開き直られてリョーマは面食らう。
「も、桃先輩?」
「どうせ俺のこともバレてんだろ?」
それまでとは少し違うニュアンスでニヤリと微笑む桃城に、リョーマは一瞬目を丸くする。
だが。
「………まあね」
リョーマも、コートの上とはまた違う不遜な笑みを浮かべてみせた。桃城の情報を詳しく知っているわけではないが、『知らない』ということをバラす必要もない。
「へぇ、やっぱいいカオするなぁ、お前」
自分の正体がバレたかもしれないというのに、桃城はどこか楽しげに笑う。
「なにそれ」
少し拍子抜けしてリョーマが肩を竦めると、桃城がいきなりリョーマの肩に手を回してきた。
「なぁ越前、お前さ、俺と組まねぇ?」
「はぁっ?」
リョーマは思い切り素っ頓狂な声を出した。さすがのリョーマも、桃城のこの言葉には驚いた。
「な、なに言ってるんスか桃先輩っ?」
「なにって、……お前のことスカウトしてんだよ」
「………」
真意を測りかねて、リョーマは口を噤む。
「初めてお前に会った時からピンと来てたんだ。お前とは、公私ともに気が合いそうな気がするんだよな」
「冗談」
リョーマが苦笑すると、桃城はスッと笑みを消して真顔になった。
「案外マジだぜ?」
「………公私ともに…っスか?…オレ、桃先輩のこと、『公』も『私』も、ほとんど何も知らないんだけど?」
「ああ」
肩に置かれている桃城の手に力が籠る。
「……んじゃ、まずは『私』の方から試してみるか?」
「……」
「男はムリ、……じゃあなさそうだよな?」
グッと抱き寄せられそうになったところでリョーマはするりと桃城の腕を抜け出し、逆にその手首を掴んで捻り上げ、後ろ手に取ってそのまま俯せにねじ伏せた。
「うわわわわっ、ちょっ、待った、越前、ギブ!」
「………」
桃城の背中に膝で乗り上げ、冷ややかな目で見下ろして、クッと、唇の端を歪めてリョーマは嗤う。
「ふーん。まあ、だいたい桃先輩の『公私』の実力はわかったっス」
「マジ…?」
リョーマは手を離して桃城を解放すると、また元通り腰を下ろした。
「……スカウトするとか、そんな簡単にできるコトなんスか?」
「………だってお前、まだ正式に組織に属してるわけじゃないんだろ?」
「は?」
思いもかけない桃城の言葉にリョーマは動揺した。
「な、なにそれ?…そんなワケないじゃん」
「なんだ、本人はやっぱ知らされてないんだな。今回の件でどの組織もお前の力量を見定めようとしてるし、逆にお前も、今回の件が終わる頃には今後の身の振り方を自分で決められるようになってるはずだぜ?」
「ど、どういう…?」
「つまり…」
言いかけて、桃城はいきなり押し黙った。
「桃先輩?」
「……これ以上話すと俺もヤバそうだからナイショ。お前が俺と組むって言うんなら、個人的に教えてやってもいいけどな」
「ムリ。オレのパートナーは、もう決まってるから」
「へぇ」
興味津々、という目でじろじろリョーマを眺めた桃城は、しかし、すぐにやれやれと肩を竦めて立ち上がった。
「ま、俺と組みたくなったらいつでも来いよ。大歓迎するぜ?」
「ノーサンキュー」
わざと日本語っぽい発音でそう答えると、桃城は楽しげにククッと笑った。
「ホントいいな、お前。そのうち無理矢理手に入れっかもしれねぇけど、その時はあんま抵抗すんなよ?」
「…テニス、出来なくなりたいんならいつでも言ってよ、桃先輩」
「ハハッ、こりゃコエーな、コエーよ」
笑いながら桃城はメロンパンにかぶりつき、開いている手をひらひらと振って屋上から出て行った。
「………なんなんだよ、まったく」
ボソッと呟き、リョーマは仰向けに寝転がった。
(オレが正式に組織の一員になっていないって、どういう意味なんだろう)
いや、どういう意味かというより、桃城のその言葉は本当のことなのだろうか。
(「敵」の言うことなんか、素直に信じるワケないじゃん)
だがもしも本当のことだとしたら。
正式な一員でないから、手塚は自分のことを心の底から信頼してはくれないのだとしたら。
「まさか……」
認めたくはないが、桃城の言葉に自分の心が揺らいでいる、とリョーマは感じた。












放課後の練習のあとで、今日もリョーマは部室に引き返し、手塚が独りきりになった頃を見計らってドアをノックした。
案の定、独りで部の日誌を書いていた手塚が振り返り、小さく溜息を吐いて「なんだ?」と素っ気なく言う。
「キ、キスして、部長」
「え?」
珍しく手塚が大きく目を見開く。
「ぁ……その……明日でもいいんだけど、早く、キスしたいから……」
明日報告してもいいが今日のうちに報告しておいた方がいいから、という意味を言葉に込めて、リョーマは上目遣いで手塚を見た。
その意を汲んだらしい手塚は、シャーペンを日誌に挟み、ゆっくりと立ち上がった。
「す……すみません、あの……やっぱ、明日の方が……」
「こっちに来い、越前」
手を差し伸べられ、リョーマはその手に自分の手を重ねる。
「………」
くい、と手を引き、手塚はリョーマをベンチの方へ誘った。
「……そのためにわざわざ戻ってきたのか?」
手塚はリョーマをベンチに座らせると、顔を覗き込むようにしてそう囁いた。
「だ……って、早く……したくて……」
報告を、とは言えないのでそこで区切ってみたが、聞きようによってはずいぶん色っぽい台詞になってしまったかと、リョーマは赤面した。
「そうか」
リョーマに覆い被さる体勢の手塚の表情はカメラには捉えられていないはずだが、手塚の表情は声と同じく、ずいぶんと柔らかい。
「ぶちょう……」
リョーマは甘えるような声を出して手塚の首に腕を巻き付ける。
そうしてそっと、唇を手塚のそれに重ねた。

『桃城武は敵。昼にスカウトされた』

早速そう伝えると、手塚の表情が強ばった。
きつく眉を寄せて鋭い瞳で見つめられ、リョーマは慌てて補足説明を試みる。
リョーマの情報はすでに相手方に出回っていること。
スカウトはされたが、きっちり断ったこと。
そして、桃城はリョーマを仲間に引き込むことを、まだ諦めはしないらしいということ。
「………」
黙ってリョーマの『報告』を受け続けた手塚は、リョーマの報告が終わると同時に深く溜息を吐き、リョーマをグッと抱き締めた。
(え……)
「お前は誰にも渡さない」
リョーマの耳元で手塚が囁く。
それはまるで激しい愛の告白のようで、リョーマは思わず頬を染めて手塚の胸に顔を埋めた。
「オレも……部長以外の人のモノにはなりたくない」
くぐもった声でそう呟くと、手塚の身体がほんの一瞬、ビクリと揺れた。
(?)
リョーマが顔を上げると、手塚もじっとリョーマを見下ろしていた。
「部長……オレ、部長がいい……部長だけがいい」
「………わかっている」
そう言って手塚にそっと唇を寄せられた。リョーマは手塚の「言葉」を読み取ろうと意識を手塚の唇に集中させていたが、手塚の唇は一瞬何かを言いかけて止まり、そのままゆっくりと離れていった。
「部長…?」
「……もう少しかかる。今日も一緒に出るか?」
「ぁ…ういっス!」
待っていてもいいと許可されたことが嬉しくて、本気で微笑むと手塚もフッと表情を和らげた。
(なんか……ホントに付き合ってるみたい…)
時折見せてくれる手塚の柔らかな表情にリョーマの鼓動は切ない音を立てる。
演技だと、頭でわかっていても、心は歓喜する。
(早く、アンタに認められたい)
自分が手塚を無条件で信頼しているように、手塚にも信頼して欲しい。仕事も、そしてプライベートでも。
(ま、願うだけなら迷惑かかんないし…)
静かな室内に、手塚が日誌を書き込むシャーペンの音が微かに広がる。
(ぁ……なんか眠くなってきた……そっか、昼休み…中途半端に寝たから……)
あふ、と大きく欠伸をすると、ちらりと手塚に視線を向けられた。
「……すみません、昼休みの睡眠時間、桃先輩に妨害されたから眠くて…」
「…寝ていてもいいぞ。出る時に起こしてやる」
「ういーっス」
リョーマはふにゃりと微笑むと、壁に背を預けて目を閉じた。









「越前」
「ん…」
どれほど経った頃か、手塚の声でリョーマは目を覚ました。窓から差し込む夕陽の角度や色からすると、一時間ほど経った頃かもしれない。
「ぁ……ぶちょ……終わりました?」
「ああ」
手塚はすでに制服に着替えており、ギリギリまで自分を寝かせておいてくれたのだと、リョーマはわかった。
「帰るぞ。……立てるか?」
「ん、大丈夫っス」
笑ってそう言い、ベンチから立ち上がったリョーマは、しかし、まだ覚醒し切れていないのか身体がバランスを崩し、手塚の方へとよろめいた。
「わ」
「ばか」
しっかりと手塚に抱き留められ、リョーマは頬を染めて手塚を見上げる。
「す、すみませ…」
「まったくお前は……」
小さく呟いた手塚が、ギュッとリョーマを抱き締める。
「ぶちょ…?」
だが手塚はすぐにリョーマの身体を自分から引き剥がし、リョーマに背を向けた。
「行くぞ」
「……ういっス」
昨日と同じように二人で部室を出て、手塚がドアに施錠し、並んで歩き始める。
「……部長は学校が休みの日とか、何してるんスか?」
「え?」
「ぁ…そ…その……す、好きな人のことって、何でも知りたいじゃないっスか」
手塚の制服に仕込まれたマイクを意識して、「好きな人」とはっきり言葉にした。
「………」
リョーマは手塚を見ずに言ったが、手塚が自分に視線を向けたのは何となくわかった。
「……トレーニングをしているか、読書をしているか、休み明けの授業の予習をしているか、だな」
「うわ……やっぱマジメっスね」
「普通だろう」
「え〜、ゲームとかやらないんスか?」
「持ってない」
「マジ?面白いのに…」
「現実世界の方がよほど面白い」
「まぁ…アンタは現実の方がスリルはあるかもね」
「………まあな」
穏やかに肯定されて、リョーマは少し驚いた。
それでもその声音に反して、軽い言葉のやり取りを非難するような視線を向けられているかと思い、そっと、盗み見るように手塚へ視線を向ける。
すると手塚もリョーマに視線を向けてきた。
それは、取り立てて非難めいた視線ではなく。
「越前」
「え、ぁ、はい?」
いきなり名を呼ばれてほんの少しだけリョーマは動揺する。
「お前、最近……」
「え?」
「…いや、いい」
言いかけた言葉を飲み込んで、手塚はリョーマから視線を外す。
「何スか?言いかけてやめないでくださいよ」
「………」
冗談めかして催促してみたものの、手塚が話してくれそうにないのを見て取り、リョーマは苦笑しながら小さく溜息を吐いて視線を正面に戻した。
「明日は……いろんなこと、話してくださいね、部長」
仕事の話だけでもいいから、手塚の声をたくさん聴いていたいとリョーマは思う。
「あぁ…」
静かに、手塚が応える。
でもリョーマは、手塚のその表情を見ない。
真っ直ぐ前を見つめたまま、リョーマは嬉しそうに微笑む。
「明日が楽しみ」
呟くようにリョーマが言うと、手塚が「そうだな」と言った。
柔らかな夕陽が背中にあたり、心の奥まで穏やかな光に包まれているように、リョーマは感じた。















リョーマが家に着くと、家の前に桃城が立っていた。
傍らには自転車が立てかけてある。
「…待ち伏せっスか?桃先輩」
「当たり」
呆れたようなリョーマの視線にめげもせず、桃城はニカッと笑う。
「で?何の用っスか?」
「昼休みの話の続き」
「それならお断りっス。アンタたちの仲間にはならないって、言ったでしょ?」
「俺個人のことは?」
「え?」
桃城が真顔で訊いてくるのを見て、リョーマは小さく目を見開いた。
「お前のこと、一目見て気に入ったってのは本当なんだぜ?仕事抜きで、俺と付き合わねぇ?」
「ムリ」
桃城の横を通り抜けて門を開けようとすると、その手を桃城に掴まれた。
「俺はお前が思っているよりずっと将来有望だぜ?」
「は?」
リョーマは掴まれた腕を見つめ、そこから視線を滑らせて桃城を睨みつけた。
「いいね、その目、ゾクゾクする」
「…」
桃城の手を振り払い、もう一度門に手をかけると今度は肩を掴まれた。
「お前が今組んでるパートナーだって、お前のことを心から信じてるわけじゃないんじゃねぇ?」
「……っ」
うっかり小さな反応を返してしまい、リョーマは内心「しまった」と思った。
「やっぱな。向こうにしちゃムリない話だぜ。最終的にお前がどの組織を選ぶのか、今はわからないんだからな」
「オレは、今のパートナーを選ぶ。これから先も、何があったって、オレは、絶対にあの人を選ぶ!」
「あの人?」
桃城の目がスッと細められる。
「『組織』じゃなくて、『あの人』を選ぶってか?」
「………」
「相手に信用されてねぇんだろ?なのになんでそこまでそいつにこだわるんだ?」
「………桃先輩には関係ない」
「大アリだろ。お前を口説いてんのに」
「口説くって………スカウトの間違いでしょ」
「わかってねぇな、わかってねぇよ。俺たちにとってパートナーってのは、命預ける相手なんだぜ。生半可な想いで自分と組め、なんて言えっかよ」
「………」
「俺はお前だったら全部預けられると思ったから口説いてる。俺だったら誰よりもお前のこと信じてやれる」
「誰よりも……オレのこと、信じてくれる……」
「ああ」
きっぱりと言う桃城をじっと見つめてから、リョーマは瞳を揺らして視線を落とした。
(そんなふうに、部長にも言ってもらえたら…)
手塚から聞きたかった言葉を、手塚以外の人間からいきなり聞かされて、リョーマはひどく寂しさを覚えた。
ずっとずっと、手塚の口から聞きたいと思っていた言葉。
だが、もしかしたら手塚からは一生聞くことのない言葉。
(でも……)
俯き加減のリョーマは、視線を落としたままクッと笑った。
「越前?」
「ありがと、桃先輩」
「ぇ……じゃぁ……」
リョーマはクイッと顔を上げて桃城を真っ直ぐな瞳で見つめた。
「桃先輩に信じるって言ってもらえて、オレは、改めて気づいたっス」
「え…?」
「世界中の人に信じるって言われるよりも、オレは、あの人たった一人に信じるって言ってもらえる方が、嬉しいっス」
「な…」
「あの人がオレのこと信じてくれなくても、オレはあの人を信じてるし、あの人がオレのこと信じない分、今よりもっとオレはあの人を信じるから、それでいいっス」
「お前……バカか?」
「そーみたいっスね」
リョーマがニヤッと笑うと、桃城は一瞬呆けてから、盛大に溜息を吐いて肩を落とした。
だが。
「………やっぱイイな、お前」
「………」
桃城がゆっくりと顔を上げる。
「余計欲しくなってきた」
「懲りないっスね、桃先輩」
「ああ。俺もこんなに自分がしつけぇヤツだなんて知らなかったぜ」
「ふーん。でもオレをアンタのパートナーにすんのは一生ムリっスよ」
「ま、やるだけやってみるさ」
「うざい」
「うるせぇ」
二人は同時に肩を竦め、そして、ニッと笑い合った。
「アンタ面白い人っスね、桃先輩」
「お前はトゲトゲした可愛い子猫ちゃんだな」
リョーマはもう一度肩を竦めると、何も言わずに桃城に背を向け、門を開けた。
「…白い子猫には気をつけた方がいいっスよ、成長すると、案外猫じゃないかもしれないっスから」
リョーマが肩越しに視線を向けると、桃城が小さく目を見開く。
「じゃね、桃先輩」
「……おぅ、またな」
そのまま、リョーマは振り返らずに家の中に入った。
(そうだ……いつか部長に信じてもらえるまで、オレは部長だけを信じ続ける)
他の誰もいらない。
ただ手塚だけに必要とされれば、それでいい。
(組織とか、どうでもいい。青龍の仕事を、手伝いたいんだ)
何か、胸のモヤがスッと晴れた気がして、リョーマは軽やかな足取りで階段を駆け上った。





先に夕飯を済ませ、食休みを取ってからリョーマは大好きな風呂に入り、首までゆっくり浸かって手足を伸ばした。
温泉が好きだと言うと、父からは『じじい』と揶揄われたりするが、こういう好みには、そんな歳の差などは関係ないと思う。
「部長も温泉好きかな…」
もし手塚も温泉が好きなら、いつか一緒に出かけて二人でのんびりしてみたい。
「明日訊いてみよっと」
何やらワクワクしてきて、リョーマは口元を緩ませながらさらに深く身を沈める。
(明日、部長がウチに来るんだ)
湯に浸かっているせいではなく、頬が熱くなってくる。
(あとで部屋片付けとこ。ぁ、でもリビングで話、すんのかな)
あれこれと考えているうちに、のぼせそうになってきたので湯船から上がった。


部屋に戻り、ミネラルウォーターで喉を潤してから、ふと、視線を机の引き出しに向けた。
一番上の引き出しに、例の脅迫状らしき手紙が入っている。
簡単に指紋を調べてみたが、封筒にも便せんにも、リョーマ自身の指紋しかついていなかった。
(ま、プロなら指紋残すようなヘマはしないよね)
文章は活字で打ってある。おそらくパソコンなどから出力したのだろう。
その書体やインクなどから、使っているパソコンの型やプリンターなど、細かな情報はわかるのだろうが、リョーマは、敢えてこの手紙を調査に回さない。
「部長には見つからないようにしなきゃな」
ぼそりと呟き、ニッと笑う。
(そう言えば、桃城武は、たぶんこの手紙の送り主じゃないな)
なぜなら、桃城は「一緒に組もう」と言ってきたからだ。
「手を引け」と「手を組もう」では、それが「仕事』に関してのことならば、どこか矛盾した行動をとっていることにもなりかねない。
(そうなると……単独行動ならわかんないけど、桃城武の属する組織は、この手紙とは無関係、ってこと?)
桃城がどの組織の人間か確信が持てたわけではないが、おそらくは学園側の人間だろうとリョーマは感じている。
視線に隙はないが、桃城は案外、人としては「善」の部類に入る気がするからだ。
(あの人が下級生と接する時の笑顔は、本物っぽいし)
あの太陽のような微笑みを思い出して、リョーマはふと表情を緩める。
(……部長は、「善」でも「悪」でもなくて……「聖」って感じだよな…)
ベッドに腰掛け、宙を見つめてリョーマは溜息を吐く。
「歳の差以上に、あの人には、全然、何もかもが届かない気がする…」
ずっとずっと会ってみたいと思っていた『青龍』。
実際に会ってみたら、憧れがすぐに恋に変わってしまった。
「恋……やっぱ、これ、恋、だよな……」
ふと頬を染めて、リョーマはゆっくり目を閉じる。
(だって、部長のこと、大好きだ……)
手塚の傍にいると、仕事を忘れそうになるほど、胸が熱くなることがある。
傍にいられるだけで嬉しい。
唇を触れ合わせることが出来るのが泣きそうなほど幸せに感じる。
「部長……青龍……大好き……」
リョーマはごろりと横になり、くるっと身体を丸めて縮こまる。
「大好き…」
もう一度呟いて、熱い吐息を零した。






※今回は敢えて「歳の差』という字を使いました※


TO BE CONTINUED...

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そしてこのあとに続く言葉をどうぞお聞かせください…
10000字まで一度に送れます(妖笑)
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20090704