シンデレラをさがせ!


    携帯電話    






手塚が部活に顔を出してから、急に、時間の流れが減速した。
コートの隅から漸く見える校舎の大きな時計を、リョーマはさりげなく何度も盗み見る。
「……今日、何かあるの?越前」
さりげなさを装っていたつもりだったが、この男の目だけは誤摩化せなかったらしい。
「不二先輩…」
不二を見上げ、すぐに目を逸らして溜息を吐くリョーマに、不二はニッコリと笑いかけた。
「知りたいこと、わかった?」
そっと、何か秘め事を囁くように耳打ちしてくる不二に、リョーマはチラリとキツい視線を向けてから、また溜息を吐く。
「だいたいは。まだ全部わかったわけじゃないっスけど」
「そう」
笑みを崩さないまま不二はそれだけ言い、肩にかけていたタオルで汗を拭った。
「……ガッカリしたり、しないんスか?」
「ガッカリ?僕が?なんで?」
笑顔のまま不思議そうに尋ねられ、リョーマは答えに詰まる。
(だって、絶対楽しんでたでしょ?)
その言葉は口にはせずに、リョーマはただ黙り込む。
「そうだなぁ……じゃあ、」
不二の笑みが、いっそう深くなる。
「今日これから君が経験することを、明日全部話してくれたら、僕も君の知りたいことを全部話してあげるよ」
「な……」
「じゃ、頑張ってね、越前」
ポーカーフェイスを保てずに顔を真っ赤にしてしまったリョーマの肩を、不二は優しくポンポンと叩いてから、その場を立ち去った。
(は、話せるわけ、ないじゃん)
熱の引かない頬を隠すように校舎の時計を見上げると、
「あ」
「よし、コート中央に全員集合!」
漸く部活終了の時間になった。



コート整備を終え、同級生の誘いも、桃城の誘いも、すべてを断ってリョーマは真っ直ぐに帰宅した。
部室を出る時に一瞬だけ手塚と目が合い、そして一瞬だけ、手塚の瞳が微笑んでくれた。
それだけで舞い上がりそうになる心をなんとか押さえつけて、リョーマは家まで走って帰った。
玄関に入るなり大きく息を吐いて座り込むリョーマを見た母・倫子は、目を丸くしてリョーマを覗き込んだ。
「どうしたの?」
「べつに」
チラリと母親の顔を見てから、リョーマは「よっ」とかけ声をして立ち上がる。
「母さん、今日、部長の家に泊まるから。それで、明日は部長の家から部活行って、夜には帰るね」
「あら、そうなの?本当に部長さんと仲良しになったのね」
「うん……まあね」
曖昧に返事をして、リョーマは部屋へ向かう。
バッグを部屋の隅に置き、学ランを脱いで椅子の背もたれに引っ掛ける。
(あ、そうだ……汗かいちゃったし……シャワー……)
心の中で呟き、そっと頬を赤らめる。
(べ、べつに、ソーユー意味でシャワー浴びておくわけじゃないけど……)
自分の思考に勝手に照れて勝手に言い訳を考え、そんな自分がおかしくて、リョーマは一人で笑い出す。
「何やってんだろ、オレ」
クスクス笑いながら階下に降りていき、ざっとシャワーを浴びて、タオルを腰に巻き付けただけの格好で部屋に戻ってきた。
そうして、私服に着替えようとクローゼットを開け、リョーマは手を止めた。
(そうだ……あのとき着てた服、着ていこう)
日本に来る時に身に着けていたお気に入りの服。
そう、あの空港で、リョーマが身に着けていた服だ。
(部長、覚えていたらいいな…)
小さく笑みを零し、その服を取り出して眺める。
シンプルなシルバーのロゴの入った黒地のTシャツに、その上に羽織る赤系の格子柄のシャツ。ボトムスは黒っぽいデニムのハーフパンツ。今の時期では少し暑いので、長袖はロールアップして肘の辺りの長さに調節した。
「よし」
納得して、リョーマはサッと着替える。
それから、机の上のアルバムに視線を向けた。
(ちょっと重いけど、このまま持って行こう)
持ち上げようとして手を止め、あのページを静かに開く。
そうして昨夜、一度は剥がしたものの、元通りに貼り込んだ一枚の写真を、リョーマはそっと指で撫でる。
(こんなピンボケなのに、ちゃんと貼っておいてくれてよかった)
きちんと写真を整理していてくれた母に感謝し、この写真を撮ってくれたのであろう「彼」にも感謝する。
「おかげで、オレは、シンデレラを捕まえに行けるよ」
そっとアルバムを閉じ、慎重にバッグに収める。
隙間を埋めるように下着の替えや明日練習の時に着るウェアなどを詰めていると、ドアがノックされて倫子が入ってきた。
「リョーマ、これ」
「なに?」
アルバムを隠すようにサッとバッグを閉じてから倫子のもとへ走り寄る。
「そろそろいるんじゃないかって、お父さんが」
倫子が差し出したものを見て、リョーマは瞳を輝かせた。
「え……携帯?……いいの?」
「リョーマの好きそうなデザインのにしたけどよかったかしら?あ、でもネットは禁止。使うのは電話とメールだけにしてね。充電はしておいたから、早速持って行けるわよ」
「うん、ありがと!」
元々ネットには興味はないから禁止されても問題はない。
「すぐ出るの?リョーマ」
「うん」
「じゃあ、ちょうど昼にパウンドケーキ焼いたから、持って行きなさい」
「うん」
「用意しておくから、出るとき、キッチンに寄ってね」
「はーい」
携帯を見つめたままリョーマが返事をすると、倫子はクスッと笑ってから階段を下りて行った。
「やった……ぁ、そだ、早速部長の家の番号を、っと」
リョーマは部員名簿を取り出して手塚の家の電話番号をアドレスの一番上に登録した。
「完了」
パタンと携帯を折り畳み、リョーマは満足げに吐息を零す。
(一番最初に電話するのも、一番最初に電話を受け取るのも、部長だったらいいな)
電話だけでなくメールもそうであったらいいのにと思う。
(ぁ、まずはこっちから電話とかメールすればいいのか……)
大事そうにポケットに携帯を押し込み、机の引き出しから例の黒縁眼鏡も取り出して携帯とは反対側のポケットへ入れる。そうしてリョーマはバッグを担いで階段を下りていった。
「母さん、もう行くよ」
「はいはい、じゃあこれ、持って行って」
倫子はシンプルな無地の紙袋をリョーマに手渡し、ニッコリと笑った。
「……部長さんと、いっぱい楽しいお話、してきなさい。でも、くれぐれもお家の方の迷惑にならないようにね」
「うん。行ってきます」
リョーマもニッコリと微笑み返し、玄関へ飛ぶように向かい、手塚の家へと駆け出した。







手塚の家への行き方は昨日覚えた。
駅に着き、まずは二つ先の駅までの切符を買い、改札を通る。
大体いつも手塚と乗り込む位置から乗り込むことにして、ホームの中程で電車を待っていると、電車がすぐに入ってきた。
「え?あれ?」
到着した電車の車内を覗き込んでリョーマは目を見開いた。
「部長……」
「越前?」
リョーマが乗ろうとしていた電車に、ちょうど帰宅途中の手塚が乗っていたのだ。
「スゴイ、偶然…」
「そうだな」
手塚に歩み寄りながらリョーマが笑うと、手塚も嬉しそうに微笑む。
「ぁ、そうだ、部長、オレも携帯買ってもらったよ」
「ん?」
リョーマがポケットから携帯を取り出して見せると、手塚は小さく目を見開いてから微笑んだ。
「よかったな」
「うん」
大好きな声で、いつもよりさらに優しく言われ、リョーマははしゃぎ出したくなるほど嬉しくなる。
「ん、そうだ、それなら、俺の携帯の番号、登録するか?」
「あ、うん!メルアドも教えて!」
「じゃあ赤外線で……」
「ん?なにそれ?」
電車に揺られながら二人で顔を寄せ合い、携帯を操作して互いの番号とメールアドレスを登録し合った。
「試しにメール送ってみろ」
「はーい」
リョーマは返事をしてすぐに携帯を使って手塚にメールを送る。
すぐにマナーモードにしている手塚の携帯が振動してメールの受信を知らせた。
「………」
メールを読んだ手塚がリョーマをチラリと見遣ってから、返信を打つ。
すぐに、今度はリョーマの携帯がメールの受信を知らせてきた。
「………」
クスッと笑って、またリョーマが返信をする。
そのメールに、また手塚が返信した。

  『最初のメール、部長に送りたかったから嬉しい!』
  『携帯デビューおめでとう。無駄遣いしないように!』
  『ネット禁止されてるし、キョーミないからヘーキ。アドレスも部長のしか登録してないから他の人に電話もメールもしないよ』
  『いい心がけだ。だがすぐにアドレス帳の登録数は増えるだろうな』

リョーマが、ふと、顔を上げて手塚を見る。
そうしてまた黙ってメールを打った。

  『当分は増やさない。部長だけでいいから』

そのメールを読んで、手塚がふっとリョーマに視線を向ける。
リョーマも、手塚を見た。
「………」
「………」
「………もうすぐ着くぞ」
「……うん」
互いに、言いたいことと違うことを話している気はするが、まだ今は、核心に触れてはいけないことを、二人はわかっている。
やがて電車が駅に到着すると、二人は黙ってホームに降り立った。
「そうだ、夕飯に何かリクエストはあるか?」
唐突に手塚が口を開く。
「え?特にないっスけど………あ、」
「なんだ?」
「エボ鯛、食べたい、かも」
「エボ鯛?……わかった」
手塚は微笑んで頷くと、手にしていた携帯で誰かに電話をかけ始めた。
「部長?」
「ちょっと待っていてくれ………あ、母さん、国光です」
「?」
「越前の食べたいもの、聞き出しました。エボ鯛、だそうです」
「わっ、そんな、いいよ、べつに!」
リョーマが慌てて横から訂正をかけるが、手塚はリョーマを見て笑うだけで取り消してはくれなかった。
「はい……はい……あ…そうですか……わかりました、……はい」
オロオロするリョーマを楽しげに見つめながら、手塚は電話を終えた。
「ちょうど今から買い物に行くところだったそうだ。今の季節、エボ鯛は少し離れた大きいスーパーにしかないから、買い物から帰ってくるのが少し遅くなるらしい」
「ごめん……ワガママ言うつもりなかったんだけど……」
「いいんだ。母も、せっかく泊まっていってくれるのだから、夕飯にはお前の好きなものを出したいと息巻いていたから、かえって嬉しく思っているはずだ」
「……優しいね、部長のお母さん」
「ああ。自分の親だからこんなふうに言うのもなんだが、とても出来た人だと思う」
誇らしげに言う手塚を見て、リョーマは小さく微笑む。
「…昼休みに電話した時に、お前の好きな炭酸飲料も頼んでおいたんだが……まだ何かあるなら今のうちに言っておいてくれ」
「もう充分」
リョーマが少し困って笑うと、手塚も柔らかく微笑んだ。
「じゃ、行こう」
「うん」
手塚に促され、リョーマも頷いて歩き出す。
足取りが軽いのは、きっと気のせいじゃない。
それから二人は、他愛のない話をしながら手塚の家に辿り着いた。




「先に部屋に行っていてくれ。何か飲み物を用意してからいく」
「ういーっス。あ、部長のバッグ、持って行くよ?」
「ああ、すまない」
「それからこれ、ウチの母さんが焼いたパウンドケーキ」
「ありがとう。気を遣わせてしまったようだな。すまない」
ケーキの入った紙袋と交換するように手塚からバッグを受け取り、二つのバッグを担いでリョーマは手塚の部屋へと向かった。
部屋に入り、適当にバッグを置いて、リョーマは溜息を零しながらベッドに腰を下ろす。
(いよいよ、か……)
ガラにもなく緊張している、と思う。
でも無理もない、とも思う。
四月から、ずっとこの日を待ち望んでいた。
ずっとずっと、逢いたかったシンレデラに、今日、逢える。
「ちゃんと話、出来るかな……」
ぼそりと呟いたところで、部屋のドアがノックされて手塚が入ってきた。
「待たせたな」
「べつに」
チラリと手塚を見遣ってそう言うと、手塚は普段と変わらぬ落ち着いた様子で、ウーロン茶らしきものが入った二つのグラスをトレーごと床に置いた。
だがすぐには座らず、学ランを脱いでハンガーにかけ、壁に掛ける。
手塚の行動を見つめながら、リョーマはベッドから床に座り直し、トレーの上のグラスをひとつ、手に取った。
「もらっていいっスか?」
「ああ」
一応断りを入れてから、リョーマはグラスに口を付けた。
「ぁ……美味しい……」
普通のウーロン茶とは違う薫りがして、リョーマは小さく目を見張った。
「桜花烏龍茶、と言うらしい」
柔らかな口調で手塚が説明してくれる。
「母は中国茶にも少し凝っているんだ」
「ふーん……」
もう一口飲んでから、リョーマはニッコリ笑って手塚を見上げた。
「部長は飲まないの?」
「ん?ああ…」
手塚は小さく笑って、リョーマの向かいに腰を下ろし、グラスを手に取った。
「桂花烏龍茶というのもあって、それはキンモクセイの薫りがついていて、なかなか美味だぞ」
「ふーん。じゃあ、次に来た時はそれ飲みたい」
「ああ、煎れてやる」
「うん」
それきり二人は沈黙し、グラスを傾ける。
だがリョーマは、そっとグラスをトレーに戻し、意を決して口を開いた。
「あの……さ……」
「ん?」
「オレの話、暫くの間、黙って聞いててくれる?」
「……ああ」
手塚がゆっくりと、グラスをトレーに置く。
リョーマは視線をグラスに落としたまま、口を開く。
「オレが……春先に、日本に来た時、よく効くからって言われて初めて飲んだ風邪薬が身体に合わなかったみたいで、飛行機降りた途端具合が悪くなっちゃってさ……ロビーで、母さんもどっか行っちゃって死にそうになってた時に、助けてくれた人がいたんだ」
一瞬だけ手塚に視線を向けると、手塚はじっとグラスを見つめたまま、黙ってリョーマの話を聞いてくれていた。
「それで……その人にすごくお世話になって……なのに、母さんは名前は聞いてないし、顔も覚えていないって……」
リョーマは、自分の膝の上で、モゾモゾと手を動かす。
「オレも、その時は頭痛がひどくてろくに目も開けていられなくって……でも、顔は知らないけど、その人の声と、つけていたコロンだけはしっかりと覚えてた」
話が徐々に本題に近づいてきて、リョーマは膝の上の手をギュッと握りしめる。
「それと、その人がなぜか忘れていったこの眼鏡も、ずっと、大切にしてた」
そう言ってリョーマは、ポケットから例の黒縁眼鏡を取り出し、トレーの上にそっと置いた。
チラリと手塚を見遣ると、手塚の表情は動かないままだった。
「……うちの親父が、その人のこと知ってるような口ぶりだったんだけど教えてくれなくて、でもヒントだけくれたんだ。その人は青学テニス部の現レギュラーだ、って」
黙ったままの手塚を、リョーマは真っ直ぐ見つめる。
「最初、青学のレギュラーには、オレの探している人じゃないかと思える人が二人いたんだ。一人は声がそっくりな人。もう一人はコロンが同じ人」
「………」
「でもその二人とも、なんか違うって、思った」
リョーマは小さく微笑んで、視線を再びグラスに戻す。
「部長には……初めて逢ったその日に口説かれて、前にも言ったけど、すごい遊んでる人なんじゃないかって、最初は思ってた」
手塚が静かに笑う。
「それからは、空港で助けてくれた人を捜したいのに、部長のことが気になって気になって、仕方がなかった」
「………」
「ある時、部長があの空港で助けてくれた人だったらいいなって、思うようになってる自分に気づいて……でも、部長とその人とは、声が全然違うから、絶対別人だと思って諦めてた。でも、部長に抱き上げられた時、オレの、心の奥の感覚が、『間違いない』って言い始めたんだ」
手塚がふと顔を上げ、リョーマを見つめるのがわかった。
「でも……だとしたら、なんで名乗り出てくれないのかなって思って……その時、部長の言ってたシンデレラの話を思い出して……だから、オレは、いろんな謎とか矛盾とかを突破して、絶対に、シンデレラを見つけ出さなきゃならないんだって、思った」
「………」
リョーマはまた、ギュッと膝の上で両手を握りしめる。
「だけど……不二先輩から、部長は、オレが日本に来る日はひどい風邪で寝込んでいたって聞いて、だから、そんな状態で空港に来るはずがないと思った。でも、そんな状態ででも来てくれたとしたら、そうまでして来てくれる理由がわからなかった」
手塚がまた、静かに視線を落とす。
「それで、オレは仮説を立ててみたんだ。もしかしたら、部長とは、ずっと前に逢ったことがあるんじゃないかって」
ピクリと、手塚の手が微かに揺れたのを、リョーマは見逃さない。
「それを調べるために、この、残された眼鏡が鍵になる、つまり、『シンデレラのガラスの靴』なんだろうって、わかってきた」
リョーマはそっと黒縁の眼鏡を手に取って眺めた。
「この眼鏡は、オレがすごく小さかった頃、お隣に住んでいたお爺ちゃんの使っていたものなんだ。とっても優しいお爺ちゃんで、オレが何しても怒らないでいつもニコニコ笑ってた」
「………」
「一緒にいたお婆ちゃんも、いつもニコニコしてて、お菓子作るのがうまくて、オレは、お隣さんの家に行くのがすごく好きで、ほとんど毎日行ってた」
言いながら、どんどん溢れてくる幼い頃の思い出を、リョーマはそっと目を閉じて語る。
「お爺ちゃんたちにはオレより少し年上の孫がいて、その子がお爺ちゃんの家に来ると、いつもオレは一緒に遊んでもらってた。遊びって言っても、近くのテニスコートでテニスしていたんだけどね」
「………」
「ある日、いつものようにオレがお爺ちゃんの家に遊びにいくと、お爺ちゃんがベッドで寝ていて、『こんな格好でごめんね』って謝ってた。その時のオレはよ くわからなかったんだけど、きっと、体調が悪かったんだと思う。その時に、お爺ちゃんが、この眼鏡をオレにくれたんだ。『たぶん、もう使わないから、君に あげるよ』って」
リョーマは手の中の眼鏡を見つめ、小さく眉を寄せる。
手塚も、リョーマの手元を見つめているのが、何となくリョーマにはわかった。
「次の日、お爺ちゃんの孫が遊びに来ていて、あ、リッキーって言うんだけど、……そのリッキーがいつものように近くのテニスコートへオレを連れて行ってく れたんだけど……その日は、コートにいるメンバーがいつもと違った。オレと同じ日本人の子が一人、仲間に加わっていたんだ」
手塚が動き、ゆっくりと腕を組む。
「なんでその日、そこにいたのかは知らないけど、そいつ、すっごくテニスがうまくてさ。でもすっごい無口で、周りから話しかけられてもろくに喋らないんだ。でもオレが日本語で『試合しようよ』って言ったら、そいつ、すごく嬉しそうに頷いてた」
「………」
「オレは小さかったけど、そこではリッキーの次に強かった。だから、そいつに手も足も出ないほどこてんぱんにやられて、悔しくて悔しくて、大泣きした」
リョーマがクスッと笑うと、手塚も静かに微笑んだ。
「オレに泣かれて、そいつすごく困っちゃったみたいで、そのあとずっとオレの傍にいてくれた。なかなか泣き止まないオレに、なんとかしてテニスを教えてくれようとして、最後にもう一度ワンゲームマッチをやって……でもやっぱりオレは勝てなくて、また泣いちゃった」
リョーマが顔を上げると、手塚が柔らかな表情でリョーマを見つめていた。
「それでね……日が傾いて……もうみんな家に帰ろうってことになって初めて、リッキーがいなくなってることに気づいたんだ。それでまたオレは泣き始めちゃって……そうしたら、そいつがオレを家まで送ってくれることになった」
手塚の瞳を真っ直ぐ見つめたまま、リョーマは続ける。
「その帰り道、オレは泣きながら歩いていたから、前をよく見ていなくて……向こうからジョギングして来ていた人とぶつかりそうになったんだ。それをそいつがかばってくれて、オレの代わりに派手にぶつかって……眼鏡を落として壊しちゃった」
「………」
「だからオレは、お詫びと、お礼のつもりで、そいつにこれを渡したんだ。これを使って、って」
そう言ってリョーマは、手塚に眼鏡を差し出した。
「あのとき、一緒にいたのは、アンタでしょ?部長」
手塚は驚きもせずに微笑み、そっと眼鏡を受け取る。
「……なぜ俺だとわかる?幼い頃から眼鏡をした日本人の少年など、珍しくもないだろう」
「テニスがうまかった。左利きだった」
「それだけでは断定は出来ない」
「うん」
リョーマは頷くと、立ち上がってバッグからアルバムを持って来た。
「それは……?」
手塚が小さく目を見開く。
「オレの小さい時の写真が貼ってあるアルバム」
「………」
手塚は穏やかな表情のままリョーマを見つめる。
「ここ、見て」
リョーマはアルバムの、あるページを開いて手塚の前に差し出した。
「?」
怪訝そうに受け取り、手塚はアルバムに視線を落とす。
「………俺が、ここに写っているとでも?」
手塚のその質問にはすぐに答えず、リョーマはニッコリと笑った。
「写ってないよ。部長の顔は、ね」
「……?」
「そのページの写真、全部同じ日に撮ったんだ。着ている服が皆一緒だからわかるよね」
「ああ…」
「綺麗に撮れてるでしょ、みんなの写真」
手塚はまた「ああ」と言って曖昧に頷いた。
「でも一枚だけ、ピンボケのスナップショットがあるでしょ?」
「?……ああ…」
リョーマに指差されて、手塚が一枚の写真に視線を向ける。
「その写真だけピンボケで、構図も変で、ダメダメだよね。他のはちゃんと撮れているのに、なんでそれだけ、そんな写真なんだと思う?」
「……急いで撮ったから、じゃないのか?」
「うん。それもあると思うけど、もっと大きな違いは、『撮った人が違う』んだ」
「え…?」
「その写真はたぶんリッキーが撮ったんだ。でも他の上手に撮れている写真は全部、部長、アンタが撮ったんだよね?」
「………」
真っ直ぐ見つめるリョーマの視線を、手塚は、真っ直ぐに受け止める。
「シャッターを押す人が写真に写ってないのは当然だよね。きっと部長は『写真を撮られるのは苦手だ』とか言って自分からカメラマンになることを申し出たん でしょ?そんなアンタをなんとか写真に撮ってやろうって、あのいたずら好きのリッキーが、帰り際に一枚、急いでシャッターを押した写真が、これ」
手塚を見つめたまま、リョーマはそのピンボケの写真を改めて指差した。
「この写真のどこに、俺が、写っていると……?」
リョーマはニッと笑うと、また立ち上がり、今度は手塚の本棚からアルバムを持って来た。
「証拠は、これ」
リョーマは手塚のアルバムを開き、自分のアルバムに並べて置いた。
「このリストバンド、オバサンの手作りなんでしょ?」
手塚のアルバムの中、まだ幼い手塚がラケットを構えている一枚の写真。その写真に写る手塚の腕を、リョーマは指差した。
「…っ」
初めて手塚の表情が、動いた。
「オレがしっかり掴んでるこの腕。この腕がつけている赤いリストバンドは、世界でたった一枚しかない、アンタだけが持ってるリストバンドなんだ」
「なぜ……」
「昨日、帰り際に、ちょっとオバサンに訊いてみたんだ。部長は昔、赤が好きだったんですか?って。そしたら『アレは私の趣味』って話してくれて、でも、赤いアクセントの入っているリストバンドは自分の手作りで、あんまり着けたがらなかったから一枚しかないのよ、って」
「………」
「結局リッキーはアンタの腕しか写真には撮れなかったけど、オレにはこれで充分、この腕がアンタだってわかった」
暫くの間じっと写真を凝視し、手塚は、やがて観念したように目を閉じて大きく溜息を吐いた。
「部長はオレのことを覚えていたんだよね。だから、体調が悪くて、声も別人に聞こえるくらい風邪がひどかったのに、オレのこと迎えに来てくれたんだ」
「………」
「部長が、オレのシンデレラだ」
きっぱりと、手塚を見つめてリョーマが言う。
誤摩化しを許さないリョーマの強い瞳を真正面から受け止め、手塚は微笑んだ。
「………俺にとっては、お前が、シンデレラだった」
「え……」
意外なことを言われて、リョーマは目を見開いた。
「当時、アメリカに出向していた時の友人に招かれた父と一緒に、俺は初めてLAに行った。大人たちの話ばかりでは俺が退屈だろうからと言って、父の友人は、俺に近くのテニスコートを教えてくれた」
「……部長のお父さんの友人って、もしかしてリッキーのお父さん、とか?」
「ああ」
手塚は写真の中のリッキーを見ながら頷いた。
「前の日にリッキーと話をしていて、とてもテニスの巧いリョーマという少年がいるのだと聞かされた。俺が会ってみたいと言うと、次の日に、リッキーがお前を連れて来てくれたんだ」
「そうだったんだ…」
「リッキーからテニスが巧いとは聞いていたが、お前は予想以上に強くて、俺も加減せずに全力で試合をしてしまって……泣かせてしまった」
苦笑する手塚を見てリョーマも小さく苦笑する。
「あとはお前が思い出してくれた通りだが……まさかこんな写真が残っているとはな…」
「この写真のおかげで、オレはいろいろ思い出せたよ。そう言えばすごく写真に写るのを嫌がっていた人がいたなぁって」
クククッとリョーマが笑うと、手塚も小さく笑った。
「壊れた眼鏡の代わりに使えと言ってこれを渡されたんだが……結局度が合わずに使えなかった」
手の中の黒縁眼鏡を見つめて手塚が微笑む。
「あー……そういうの、オレ、わかんなかったから、眼鏡なら何でもいいかと思ったんだ」
手塚は微笑みながら頷く。
「何度も泣かせてしまったのに、嫌われてはいなかったんだとわかって、俺はとても嬉しかった。だがこの眼鏡をどうしても返さなくてはならない理由が出来てしまって、翌日、またコートに行ったんだが、お前には会えなかった」
「うん……」
(理由…?)
手塚の言葉に少し引っかかったが、リョーマは今は聞き流した。
「その次の日も、その次の日も……帰国しなければならない当日にもコートに行ったが、お前には会えなかった。そして空港に見送りに来てくれたリッキーから、お前が急に引っ越してしまったことを聞かされた」
「………うん」
幼い頃の自分では大人たちの事情にはどうにも対処できなかったのだろうが、今の自分なら、せめてリッキーに連絡先を伝えるくらいはしたのに、とリョーマは思う。
「眼鏡を返したいというのは建前で、本当はお前自身にもう一度会いたくて……リッキーの父親にお前の家族のことを尋ねて……逆に、もう二度と会えないのではないかと、半ば、諦めた」
「え…」
「越前南次郎は世界に羽ばたいていった人だ。だから、まさかお前を連れて日本に帰って来てくれるとは思っていなかった」
「………」
手塚に柔らかく微笑まれ、リョーマは薄く頬を染める。
「それに、世間は狭いとはよく言ったものだ。まさか越前南次郎が竜崎先生の教え子で、息子であるお前が、同じ青学に入ってくれることになるとは」
「……うん…」
「竜崎先生から『越前リョーマという子が日本に帰って来るから、自分の代わりに迎えにいって欲しい』と頼まれた時は、夢かと思った。探しても見つからなくて、会いたくても会えなかったお前が、自分から俺のもとへ来てくれた気がした」
「だから、無理して空港に来てくれたの?」
手塚は小さく苦笑して頷いた。
「会いたかったんだ。少しでも早く、お前に、会いたかった」
「部長……」
「だがお前まで体調を崩しているとは思わなかった。ロビーで見つけた時は、顔色が真っ青だったから、俺は焦ったぞ」
「うん。しんどかった。でも部長もしんどかったんでしょ?」
「俺は治りかけていたから、お前ほどひどくはなかった。声は別人のようだったが、な」
「ホント、乾先輩そっくりだったよ?」
「らしいな。俺自身はよくわからなかったんだが」
「でもコロンは?なんで不二先輩と同じのをつけてたの?」
「………あれは、単に自分のを切らしてしまったんで、借りただけだ」
「なーんだ」
「せっかくの再会に汗臭い男が現れては、印象が悪いだろうからな」
「なにそれ」
「………と、不二に言われた」
「あー……」
納得してリョーマが頷き、二人は顔を見合わせて同時にクスッと笑った。
「じゃあ、最初にシンデレラだったのは、オレの方だったんだね」
「ああ、そうだ。だが、再会したお前は俺のことを少しも覚えていないようだったからな……少し、意地悪したくなった」
「いじめっ子」
「そういうな。これでもかなり落ち込んだんだぞ」
「アンタが?」
リョーマが驚いて目を丸くすると、手塚はムッとしたように口をへの字に結んだ。
「だって………今のアンタに会って、前に会ったことがある人だなんて、思い出せるワケないじゃん」
「え……?」
「アンタは、あの時の優しいお兄ちゃんとは別人だよ。なんて言うか……その……すごく、格好良くなっちゃって……いい意味で、別人」
「………」
リョーマの言葉に手塚の頬が薄く染まる。
「お前も、昔とは全然違うから………最初は少し戸惑ったぞ」
「顔色がひどくて?」
「違う」
「じゃあ……なに?」
「………言うと怒るだろうから言わない」
「なにそれ」
「それより越前、俺に、言うことがあるだろう?」
「………っ」
リョーマは一気に耳まで顔を赤くすると、手塚から目を逸らして俯いた。
「な、なんか……面と向かうと、恥ずかしい」
モゴモゴとリョーマが呟くと、手塚はクスッと笑って目の前のトレーを横にどけ、近づいて、リョーマの顔を覗き込んだ。
「ぁ……」
「捕まえるんだろう?シンデレラを」
「………」
間近で囁かれて、リョーマはさらに頬を熱くする。
「やっぱやめよっかな。こんなゴツいシンデレラ」
「それは困る」
言いながら、手塚の腕がそっとリョーマを包み込む。
「ぶちょう…」
「好きだ、越前」
「ぁ……」
ギュウッとキツく抱き締められ、リョーマの胸の奥が熱く震え始める。
「初めて会った時に、きっと俺は、恋に落ちていた。あの日からずっと、お前のことが好きだ」
「ぶちょ…」
「お前は俺よりもっと小さかったから、俺と同じように恋に落ちたとは思えない。でも、お前にとっても、俺との出逢いは特別心に残るものだったか?」
「うん」
「空港で、そして青学の、あの八重桜の下で再会して………俺は、お前の特別になれたのか?」
「どんなにオレが幼くても、あの日、オレの心は、アンタに動かされていたよ。だから、オレはきっとアンタに二回も……ううん、三回も、恋をしてる」
「越前……」
「好きだよ、部長。アンタが、世界で一番、大好き」
「……っ」
抱き締め返すリョーマよりももっとすごい力で、さらにきつく、手塚に抱き締められた。
「アンタががオレのこと好きになってくれたから好きになったんじゃないよ。オレはオレの一番深いところにある心で、アンタのことを好きになったんだ」
「越前…」
「オレだって、アンタに初めて……ううん、正確には二回目と三回目、だけど……出逢った時からずっと好きだったんだ………なのに……アンタが意地悪するから、ずっと、好きだって、言えなかったじゃんか!」
「越前」
手塚の腕がふっと緩み、リョーマの熱い頬がそっと、手塚の両手で包み込まれる。
「ぶちょ…」
「こんな時に『部長』はやめろ…」
「じゃあ……?」
「『国光』だ、リョーマ」
「ぁ……」
「ん?」
「国光…」
「そう……」
ゆっくりと、手塚の唇がリョーマの唇に重なってゆく。
「ぁ……」
チュッと軽く啄まれ、リョーマが薄く唇を開くと、すぐに深く口づけられた。
「んっ」
絡み付いてくる手塚の舌がひどく熱くて、甘くて、リョーマは気が遠くなるほどの幸福感に恍惚となる。
「ん……」
手塚の指が愛おしげにリョーマの髪に差し込まれ、後頭部をさらに引き寄せられて、息も出来ないほど深く口づけられた。
「ぁ……くに、みつ……っ」
「リョーマ…っ」
そのまま押し倒され、リョーマは疼き始めた身体を妖しく撓らせる。
「……風呂、入ったのか?石鹸の薫りがする…」
リョーマの首筋に顔を埋めた手塚が、少し掠れた声で尋ねる。
「ぇ……ぁ、うん…」
「俺も、入った方がいいか?」
「ダメ……このままでいい……っ」
手塚が離れていかないようにギュッとしがみつくと、手塚がクスッと笑ってまた深く口づけて来た。
「……いいのか?」
「ん……だって……好き…もう、どうしていいかワカンナイ…っ」
好き、と。
その言葉を言えただけでこんなにも心が歓喜に満たされるとは思っていなかった。
嬉しくて、愛しくて、リョーマは「好き」と繰り返す。
「……ばか…っ」
手塚は熱い吐息を零し、少し乱暴な手つきでリョーマの服を脱がせ始める。
「ぁ…っ、あっ」
ハーフパンツが下着ごと膝まで下ろされ、すぐに熱い手で性器を撫でられた。
「もう固い…」
「ぁ…や…っ」
「くそ……っ」
小さく呻くと、手塚も慌ただしく自分のズボンのベルトを外してファスナーを下ろし、下着を押し下げて熱塊を取り出す。
「くに…」
「すまない…ッ、一度……」
それだけ言い、手塚は自分の熱塊とリョーマの熱塊をまとめて左手で握り込み、少し乱暴に扱き始めた。
「ぁ……やっ、ダメ…っ、ぁあ…っ」
すぐにグチャグチャと粘着音が聞こえ始め、二人の呼吸が荒くなる。
「くに……みつ……、好き…っ」
「ああ……好きだ…リョーマ……っくっ」
「あっ」
二人は同時に息を詰め、身体を小さく痙攣させる。
「……っ」
「…ぁ…っ、あ……ぁ……っ」
ビュッと勢いよく噴き上がった二人分の熱液が、露にされたリョーマの腹に降り掛かった。
「………」
「………」
呼吸を荒げたまま暫く二人は見つめ合い、やがて、少し照れくさそうに微笑み合ってから唇を重ねた。
「すまない……我慢が、出来なかった……」
「うん……大丈夫……一緒にイケて、嬉しかったから…」
「続きは夕飯のあとだ」
「……ホント?ちゃんと、オレをアンタのものにしてくれるの?」
「当たり前だ。どれだけ待たされたと思っているんだ。もう遠慮などするものか」
濡れた性器をむき出しのままグイグイと押し付けられ、再び腰の奥に火が灯りそうになってしまったリョーマは、慌てて手塚の身体を押し返す。
「ダメ……オレ、アンタに触られると、すぐ勃っちゃうから……」
焦ってリョーマが正直に言うと、手塚は一瞬きょとんとしてから、ククッと笑い出した。
「やはりお前は、可愛いな」
「なっ!」
「可愛い」
「なに、それっ!」
リョーマが唇を尖らせて抗議すると、手塚は微笑みながらリョーマの尖る唇に口づけた。
「怒るな。べつに女の子に言うような意味じゃない。愛しくて堪らない、という意味だ」
「………っ」
余計に頬を真っ赤にするリョーマにもう一度、今度は深く口づけてから、手塚はゆっくりと身体を起こした。
「ぁ……」
「そんな顔をするな。続きは夕飯のあとだと言っただろう?」
ティッシュボックスを引き寄せてリョーマの腹に散った濁液を拭い、リョーマの性器を綺麗にしてやってから、手塚は自分も後始末をして、服を整えた。
「起きられるか?」
「うん」
まだ熱の燻る身体をゆっくりと起こし、リョーマはそのまま手塚の胸に倒れ込む。
「リョーマ?」
「好き」
「……」
「大好き」
「ああ……俺も、お前が好きだ、リョーマ」
「国光……」
間近で見つめ合い、どちらからともなく唇を寄せ合って、甘く、熱く、舌を絡め合う。
「ね…」
「ん?」
「シンデレラの話は、ハッピーエンドでよかった」
うっとりとした瞳で手塚を見つめながらリョーマが言うと、手塚も蕩けそうに甘い声で囁く。
「まだエンドじゃない。今日からやっとスタート、だろう?」
「ぁ……うん…」
チュッと、触れるだけのキスをしてから、手塚がさらに熱を込めて囁く。
「早くお前のすべてが欲しい」
「オレも……アンタの全部が欲しい」
「………」
「………」
二人の瞳に情欲の炎が揺れ始める。
「リョーマ…」
「ぁ……」
手塚がリョーマに伸し掛かろうとしたところで、いきなり手塚の携帯電話が着信を知らせ始めた。
「……」
「……」
二人は苦笑して身体を離し、手塚は携帯を手に取る。
「はい……ああ、はい、……はい……わかりました……お願いします……はい…」
ぷつりと電話を切り、手塚は大きく溜息を吐く。
「いきなり現実に引き戻された気分だ」
「なに?」
「母が、炊飯器のタイマーをセットし忘れたから、スイッチを入れておいてくれと……」
「うわ、ホント、超現実的!」
そう言ってリョーマが笑い出すと、つられたように手塚も笑い出した。
「エボ鯛、調達できたらしいぞ」
「やった!」
嬉しそうに笑うリョーマの額にチュッと口づけ、手塚は立ち上がった。
「キッチンに行こう。ここにいると、またお前を襲いそうだ」
「………ばかっ」
頬を真っ赤にしてリョーマが手塚を小さく睨む。
「そんなこと言ったら、オレ、ここから出たくなくなるじゃんか」
「…………ばかもの。煽るな」
頬を薄く染め、手塚は少し乱暴にリョーマの手を取って部屋を出た。
「国光?」
「………あとで……容赦しないからな…」
ぼそりと、不穏な言葉を呟かれ、リョーマは小さく苦笑してから、手塚の背中に抱きついた。
「リョーマっ?」
「大好き!」
「………」
手塚は一瞬目を見開いてリョーマを振り返り、すぐにぷっと吹き出した。
「お前には敵わない」
笑いながら手塚は腕を回してリョーマの肩を抱き寄せる。
「お前は最強のシンデレラだな」
「アンタもね」
見つめ合い、微笑み合って二人はキッチへと向かう。
手塚の温もりを心地よく感じながらリョーマは思う。
シンデレラの魔法は、十二時を回った途端解けてしまう。だが魔法の解けたシンデレラは、本当の愛を感じることが出来るはずだ、と。
そう考えると、嬉しくて嬉しくて、ドキドキが止まらない。
「国光」
「ん?」
手塚の身体へ腕を回してギュッと抱きつくと、手塚は小さく笑いながらリョーマをさらに抱き寄せ、髪やこめかみに優しく口づけてくれる。
二人が恋人として過ごす初めての夜への序曲が、甘く静かに流れ始めた。













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20080905