シンデレラをさがせ!


    噂    


<3>




翌日。
目覚まし時計を三個使ってなんとか目を覚ましたリョーマは、ひどい眠気を堪え、眉間にシワを寄せたまま身支度を整えて朝食もそこそこに学校へと向かった。
部室の前では、大石が既に待っていた。
「おはようゴザイマス」
「おはよう、越前」
いつものように大石が笑いかけてくれる。
いや。
その笑顔は、今日は少しだけ違った。
微かに、ほんの微かに、大石の顔は強ばっている。
リョーマはすぐに、これからされる話が、あまり楽しいものではないのだということを悟った。
「とりあえず、中、入ろう」
「…ういっス」
小さく頷き、リョーマは大石の後について部室に入った。
リョーマがドアを閉めて顔を上げると、大石と真っ直ぐ向き合う形になった。
思わずリョーマがグッと奥歯を噛み締めると、大石は小さく溜息を吐いて苦笑した。
「……その様子だと、俺が何を話そうとしているのか、大体わかってるんだな」
「………なんとなく」
ぼそりと言うリョーマに大石はまた苦笑しながら溜息を吐いた。
「昨夜、手塚にも電話で話したんだが……越前からも、手塚に言ってやってほしいんだ。もっと自分のことを大切にしろって」
「………え?」
何やら予想と違う内容の話が始まってしまい、リョーマは小さく目を見開いた。
てっきり「あの噂はどういうことだ」と追求されるのかと思っていた。
「ど…どういうことっスか?」
「他の部員たちには言ってないが、俺は、手塚と越前が非公式に試合をしたことを知っている」
「………」
「お前と戦った手塚は、治りかけていた腕のケガが再び悪化するかもしれない状態になった」
「………はい」
「……やっぱり、越前も知っているんだな」
リョーマが頷くと、大石も小さく頷いた。
「あいつは、青学のためならば無茶をする男なんだ。お前に試合を挑んだのだって、お前が青学の戦力として必要だったからだ。だから、手塚は自分の身体を張って、お前に更なる飛躍をさせようと……」
「わかってます。部長のおかげで、オレは、もっと高いところへ目を向けることが出来るようになりました」
素直な気持ちを、言葉にして大石に告げる。
恋愛感情とは少し違う、手塚に対する大きな感謝を、リョーマは確かに感じている。
そしてその想いが、さらに手塚への甘い想いを掻き立てるのだ。
「今のところ、手塚の腕の状態については、手塚自身と竜崎先生と俺と、そして越前しか知らないことなんだ」
「…そっスか」
「俺や竜崎先生が何を言っても手塚はちゃんと聞いてくれない。学校の部活ではコートに入ることをセーブしているが、家に帰ってからは、手塚がどんな練習をしているかわからないし…」
「…部長には、きっと誰が何を言ったってダメっスよ。あの人は、何でも自分でちゃんと納得しないと、動くことも止まることもしない人じゃないっスか」
リョーマが溜息混じりにぼそっと言うと、大石は小さく目を見開いて沈黙した。
「………お前から言っても、本当に……駄目だろうか、越前」
「え…?」
すっと目を伏せ、大石は小さく眉を寄せた。
「俺は一年の時に初めて手塚に出会って、テニスの実力はもちろん、その人柄もスゴく尊敬できるヤツだと思って、ある意味手本にしてきた。ずっと手塚の背中を見てきたようなものなんだ」
「………」
「だからわかるんだよ、越前。お前が、手塚にとってどんなに特別かが」
顔を上げた大石を見てリョーマは大きく目を見開き、そして眉をキツく寄せた。
大石が、泣きそうに顔を歪ませていたからだ。
「手塚は俺の言うことは聞いてくれない。せっかくスゴい才能があるのに、今無理をしたら手塚の将来がダメになるかもしれないのに……っ」
「大石先輩…」
胸が痛くなるほどに、大石の手塚への想いがリョーマには伝わってきた。
それはたぶんリョーマが手塚に抱く想いとは違う種類なのだろうが、その大きさは、同じ。
「頼むよ、越前……手塚に、これ以上無理はするなと、お前から言ってやってくれ…っ」
「………」
後輩に、しかも一年生のリョーマに、大石は頭を下げる。ギュッと握りしめた両拳が、リョーマの目にはとても切なく映った。
だが。
「……それは、できないっス」
静かに告げたリョーマの言葉に、大石は顔を強ばらせた。
「たとえ、部長がオレの言葉を聞き入れてくれるとしても、オレの口から部長に『適当にやれ』なんて」
「そんなことは言ってない!」
「じゃあどうしろって言いたいんスか?」
「………」
冷静に、じっと見つめてくるリョーマを、大石は小さく眉を寄せて見つめ返す。
「……越前にとって、手塚は特別じゃないのか?」
「え?」
「俺は、人の噂を鵜呑みにするつもりはないんだ。でも、もしも、越前にとって、手塚がとても大事な存在なら、手塚の身体を気遣ってくれるかもしれないと、思った」
「……それは…」
どう反応していいのかと、リョーマは戸惑う。
だが手塚にさえ告げていない自分の本心を、今ここで、大石に告げるわけにはいかない、とは思う。
「噂とか、何のことか知りませんけど、オレは部長のことは部長として尊敬してますし、そういう意味で大事だと思ってマスよ」
「……付き合ってるわけじゃないのか…?」
「なんスか、付き合うって。男同士でそんなことあるワケないじゃないっスか」
自分の言葉に少し傷つきながら、リョーマは続ける。
「それに、もしもオレと部長が付き合ってるなら、なおさら、オレは部長のやることに口出ししないっスけどね」
「え…?」
大石が、少し意外そうに目を見開いた。
「もしオレが部長と付き合っていたら、黙って部長のしたいようにさせるっス」
「心配じゃないのか?手塚がどうなってもいいと?」
リョーマは静かに首を横に振った。
「部長のこと、信じてるからっスよ」
「!」
「怪我のことは心配っスけど、きっと部長なら、その怪我も克服して、大きく羽ばたいて行くっス」
大石の目が大きく見開かれる。
「え…越前…」
「ま、付き合ってなくても、オレは部長のこと、そう信じていますけどね」
「………」
暫し大石は黙り込み、そうしてふわりと微笑んだ。
「参ったな」
「え?」
大石が苦笑して頭をポリポリと掻く。
「越前より手塚との付き合いは長いはずなのに、越前の方が、手塚の扱い方をちゃんと心得ているんだな」
「扱い方って…」
「そこまで信頼されていたら、手塚はその想いに応えざるを得ない。部員が勝利を期待すれば手塚はそれに応えるし、怪我を克服することを望めば、きっと応えてくれる。そう言いたいんだろう?越前」
「……はい」
自分の本心とはほんの少しずれた気もするが、リョーマは大石に向かってしっかりと頷いてみせた。
大石も微笑みながらしっかりと頷く。
「………こんな朝早くに呼び出して悪かったよ、越前」
「そっスね、ちょっと眠いっス」
正直に言うと大石が笑った。
「……なあ、越前」
「はい?」
大石は柔らかな表情のまま暫し黙り込み、そうして静かに口を開いた。
「俺は、お前たちなら、いいと思う」
「は?」
「あの噂、あながち外れてはいないんだろ?」
「………」
リョーマが口を噤むと、大石はさらに笑みを深くした。
「昨日までの俺だったら、きっと、あんな噂とんでもない、すぐにどうにかしてくれ!って言ったと思うけど……今ここで、こうして越前と話をして、考えが変わったよ」
「変わったって……?」
「ああ。お前たちはきっと、噂されているような爛れた関係じゃなくて、もっと綺麗で、強くて、深い絆なんだろうなって、思えたんだ」
「……そんなスゴイ噂なんスか?オレと部長」
うんざりしたようにリョーマが言うと、大石はちょっと苦笑してから、続けた。
「人の噂なんて、信じられないくらい誇張されたりするからな。これからもいろいろ言われたりするかもしれないけど、俺は、お前たちの味方だよ」
「大石先輩…」
「でも、出来るだけ、人目は避けた方がいいぞ?」
冗談のように軽い口調で言う大石を見て、リョーマがクスッと笑う。
(もしかして……)
やはり大石に、あのキスシーンを見られていたのではないかと、直感的に、リョーマは思った。
それなのに、その関係を非難するのではなく、手塚と深く関わるリョーマならば手塚を説得できるのではないかと考える大石に、リョーマの胸が熱くなる。
(アンタには、いい友達がいるんスね、部長…)
少し手塚のことを羨ましいとリョーマは思う。
いや、手塚の人となりが、こんなふうに、真の友を引き寄せるのだろう。
「大石先輩」
「ん?何だ、越前」
「オレは、部長を幸せにしてあげたいっス」
「幸せ?」
少し驚いたように目を見開く大石に、リョーマは大きく頷いてみせる。
「部長の心にかかる雨雲を、全部俺が吹き飛ばしてやりたいっス。怪我のこととか、噂のこととか、心が痛むようなこと全部から、部長を解放してあげたいっス」
「越前…」
「部長が、身体を張ってオレに本当のテニスを教えてくれたように、オレも、オレの全部で、部長を幸せにしてあげます」
「………ああ」
大石は大きく頷いた。
「任せたよ、越前」
「ういっス」
もう一度大きく頷いて、大石は腕時計に目をやった。
「そろそろ皆来始める頃だな。今日も一日、目一杯練習しような、越前」
「お手柔らかに」
肩を竦めてリョーマが言うと、大石はいつものように微笑んだ。





大石と連れ立って部室を出ると、ちょうど手塚がこちらに歩いてきた。
「手塚、おはよう!」
「ああ。おはよう、大石」
「はよっス、部長」
大石の横でペコリと頭を下げるリョーマを見て、手塚が目を丸くする。
「越前……?」
「少し、越前と話をしていたんだ。………なあ、手塚」
「ん?」
大石が手塚の肩を軽く叩く。
「お前、越前と出会えてよかったな」
それだけ言い、大石はにこやかな表情でコートに入っていった。
「………大石と何を話したんだ?」
怪訝そうな瞳を手塚から向けられ、リョーマは小さく苦笑して肩を竦める。
「まあ、いろいろ話し、したけど……要は、大石先輩は、オレたちの味方ってことがわかったっス」
「味方?」
「ねえ、部長」
訝しげに眉を寄せている手塚を、リョーマは真っ直ぐに見上げる。
「明日の祝日って、部活、あるんスか?」
「え……ああ……竜崎先生の都合で午後からになるが…」
「じゃあ明日は、部長の家から、部活に出ても、いい?」
「え?」
「今日、部長の家に、泊まらせてください」
「!」
手塚がハッとしたように目を見開く。
「アンタとゆっくり話したいことが、出来たんで」
手塚から一瞬も目を逸らさずにリョーマがそう言うと、手塚は短い沈黙のあとで、静かに頷いた。
「わかった」
「一度家に帰ってから、改めてアンタの家に行きます。いい?」
「ああ」
真っ直ぐ見つめ合ったまま、二人は会話を交わす。
「だから、今日は、アンタを待たずに先に帰るから」
「そうか」
「昼休みも、今日からは、もうアンタのとこに行かない」
リョーマがきっぱりそう言うと、手塚は頷いた。
「じゃあね、部長」
ふっと笑いかけてから、手塚に背を向けてリョーマはコートに向かう。
背後で、手塚も静かに踵を返して部室に入ってゆくのがリョーマにはわかった。
(今日、シンデレラのガラスの靴が、揃うんだ)
それはつまり、シンデレラを捕まえるということ。
昨夜見つけた『証拠』で、シンデレラだと認めさせる。
(やっと……捕まえられるよ……)
リョーマは空を見上げて小さく溜息を吐く。
そしてそれは、甘い吐息に変わった。





















手塚のもとを訪れない昼休みは、ひどく長く感じる。
リョーマはゆっくりと昼食を摂り、食堂から教室に真っ直ぐ戻って机に突っ伏した。
今まではこの時間、手塚のもとで甘い時間を過ごしていた。
あの手塚の熱い舌を、唇でも性器でも味わい、感じ入り、うっとりと思考を蕩けさせていた。
「はぁ……」
思わず零れた溜息に苦笑し、リョーマはさらにもう一度、先程とはまた違う溜息を吐く。
(なんかオレ、欲求不満みたいじゃん)
リョーマはガバッと身体を起こすと、勢いよく立ち上がって教室を出た。
向かった先は、テニスコート。
教室でじっとしていたくなくて、でも他に思いつかなくて、ここに来た。
「よぉ、越前」
「あれ、桃先輩?」
コートでは、桃城が一人サーブの練習をしていた。
「ちょうど良かった、越前、ちょっと打たねぇ?」
「いいっスよ」
桃城からラケットを一本渡され、リョーマは制服のままコートに入る。
「着替えなくていいのかよ」
「そんな時間勿体ないっス」
とりあえず学ランだけ脱いでベンチに引っ掛け、いそいそと対面のコートに入るリョーマを目で追いながら、桃城が笑う。
「いくぜー」
「ういーっス」
それから暫く、リョーマは桃城とのラリーを楽しんだ。


予鈴の鳴る少し前にセットされていた桃城の腕時計のアラームが鳴り、二人は名残惜しげに打ち合いを切り上げた。
「桃先輩はいつも昼休みはここに?」
「ああ、大体はな」
水飲み場で二人並んで顔を洗いながら話す。
「じゃ、これからはオレも昼はここにこよっかな」
「ん?いいのか?」
「え?何がっスか?」
そう応えながらも、桃城の意味ありげな視線に、リョーマは内心苦笑する。
「…実際のところどーなんだよ、越前」
「は?」
とぼけてみせるが、きっと桃城には通用しない。
「エライ勢いで広がってるぜ?お前と部長の噂」
「はぁ」
桃城にタオルを渡され、礼を言って受け取って顔を拭く。
「ま、あの手塚部長とお前だから、こんなに噂も広がるんだろうけどな」
「…どういう意味っスか?」
リョーマが少しムッとしたように桃城を見上げると、桃城はいつものようにニッと笑う。
「成績優秀、品行方正、眉目秀麗、うーん、あとはなんだ?……そういう感じで生徒たちの絶対的な信頼と憧れを一身に背負ってる手塚部長と、四月に入学して きた見た目も可愛いテニス部期待のスーパールーキーの取り合わせだぜ?ある意味芸能人みたいな取り合わせの二人の噂を、女子たちが放っておくワケないだ ろ」
「女子?」
可愛い、という言葉に反発を覚えたが、とりあえずここは流しておく。
「そ、女子。今時の女子って、『ソーユーの』が好きらしいぜ?」
「?……はぁ…?」
「でもウチの部には結構イイ男が揃っているんだからさ、お前と部長の噂だけじゃなくて、いろいろ出そうだけどなぁ」
「………」
「お前と俺だって、充分噂になりそうなのにな?」
リョーマは肩を竦めて溜息を零す。
「日本じゃ、『火のないところに煙は立たず』とか言うんじゃありませんでしたっけ?オレと桃先輩とじゃ、ギャグっしょ」
「へえ、やっぱ『火のないところに煙は立たず』なんだ?」
「ぁ……」
自分が掘った大きな墓穴に、リョーマはグッと唇を引き結んだ。
だが、タイミングよく鳴り始めた予鈴に救われる。
「じゃ、オレ、教室に戻るっス」
「なあ、越前」
踵を返して歩き出したリョーマを、桃城の柔らかな声が引き止める。
「なんスか?」
チラリと振り返ってリョーマがそう言うと、桃城はニカッと笑った。
「俺はお前のこと結構気に入ってるんだぜ。何か困ったら、俺にも相談しろよな?」
「………」
リョーマは小さく目を見開き、だが素直にコクリと頷いた。
まだ短い付き合いだが、この桃城という男は信頼できると、リョーマは思っている。そして、単純そうに見えて、案外かなりの策士であることも、だんだんわかってきた。
「………桃先輩、じゃあ、ひとつ、頼みたいことがあるんスけど」
「うん?」
目を丸くする桃城の方へ向き直り、リョーマは思い切って口を開いた。



















放課後の練習が始まっても、手塚は顔を出さなかった。
六月に行われる体育祭に向け、実行委員と生徒会は既に準備を始めているからだ。
「手塚はあとから遅れて来るそうだ。みんな、手塚がいないからって、気を抜くんじゃないぞ!」
「ハイッ!」
部員たちに気合いを入れて、大石は大きく頷いた。
「越前!ちょっと柔軟付き合ってくんね?」
桃城が満面の笑みでリョーマに近づいてきた。
「いいっスよ、桃先輩」
少し不自然なほどの大きな声でそんな会話を交わし、二人はコートの隅に移動する。
「……例の件、案外すぐわかりそうだぜ?」
桃城の背中を押しながらリョーマが顔を寄せるとすぐに、桃城はリョーマに向かってニッと笑いながらそう囁いた。
「さすが桃先輩。それで、あっちの方は?」
「ん〜、そっちはまだちょっとかかりそうだが、まあ、当てがないわけでもないから、ちょっと待ってな」
「ういっス」
コソコソとそんな会話を交わしていると、大石が傍にやってきた。
「桃城、越前、そろそろレギュラーのメニュー開始するぞ」
「ういっス!柔軟体操完了!」
桃城が素早く立ち上がり、大石に向かってニッと笑ってみせてから、レギュラーの集まっている方へと歩き出した。
「……なんか楽しそうだな、桃のヤツ……どうかしたのか?」
不思議そうに桃城の背中を見送る大石に、リョーマは小さく肩を竦める。
「さあ?」
「?」
怪訝そうに見つめてくる大石に小さく笑いかけ、リョーマも桃城のあとを追うように歩き出した。





練習が終盤に差し掛かる頃、漸く手塚は現れた。
遅れてきたとはいえ、手を抜かず、きっちりとアップをするあたりが手塚らしいとリョーマは思う。
(やっと、今日、アンタを捕まえるんだ)
きっと、あと数時間後には、自分は手塚の腕の中にいる。
そう考えると、リョーマはそわそわと落ち着きがなくなってきた。かなり溜まってきていた疲労感も吹き飛んでゆく。
だが。
(でも、全部が繋がったわけじゃ、ないんだよな…)
よくよく考えてみれば、リョーマがアルバムから見つけたのは、手塚が『あの人』である「可能性」を示すだけのものだ。それはたぶん決定打にはなるのだろうが、あの空港で出逢った『あの人』が手塚であると、直接示すものではない。
あの写真を見せればどうにかなると思ったが、もしも、今日これから自分のとる行動が、手塚の望む『答え』ではなかったとしたら。
(そこまで考えてなかったな…)
リョーマはそっと目を伏せる。
今晩手塚の家に行くという行動は、まだ時期尚早だったろうか。
もっと自分の中でも整理を付けてから、ぶつかるべきだったろうか。
(いや……きっと大丈夫だ)
リョーマはゆっくりと目を開く。
(最後は、オレの、想いを伝えればいいんだから)
リョーマは真っ直ぐに、手塚を見た。
(アンタのことが大好きだって、ちゃんと伝えられれば、きっと大丈夫)
自分に言い聞かせるように、心の中で何度もそう呟くが、それでもやはり、瞳が微かに迷いの色を浮かべる。
そんなリョーマの視線に気づいたように、手塚がゆっくりと視線を向けて来る。
「………」
「………」
そうして二人は、束の間見つめ合い、そのままゆっくりと視線を逸らした。
(部長……)

  『シンデレラはなぜガラスの靴を残したと思う?』

以前手塚が言った言葉を思い起こし、リョーマはそっと目を伏せる。

  『魔法が解けてしまったシンデレラは、本当の自分を見つけてもらえる瞬間を、ずっと待ち続けている』
  『シンデレラが名乗り出なかったのは、身分が違うからとか、不釣り合いだとか、そんなふうに思っていたワケじゃない。
   相手も自分と同じように一瞬で本気の恋をしたのだと信じていたいんだ』

(一瞬で、本気の恋を……)
あの空港で、『あの人』に心惹かれた。
八重桜の下で、手塚が心に入り込んできた。
出逢った瞬間は気づかなかったが、今ならば、あの時の自分の心の動きは恋だったのかもしれないと思える。
そうだとしたら。
(オレは、同じ人に、二回も恋をしたんだ)
そして手塚も、リョーマに恋をしてくれている。
手塚の『こだわり』をすべて理解したわけではないけれど。
それでもこの想いに嘘はないから。
(やっぱり今日、アンタを捕まえにいく)
目の前の迷路を越えれば必ず手塚のもとへ辿り着くけれど、正しい道を選ばなければ、手塚をすべて手に入れることは出来ない気がする。
誰よりも大好きな人だから、誰よりも心安らかに、幸せになって欲しい。
(それが、オレの手でしか出来ないことなら、迷ってる暇なんかない)
リョーマはもう一度顔を上げて、手塚の背中を見つめた。
その瞳に、迷いの影は、なくなった。













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20080829