シンデレラをさがせ!


    コ コ ア    


<3>





家に帰り着いたリョーマは、逸る気持ちを抑えて部屋で着替え、深呼吸してからキッチンにいる母のもとへと向かった。
「母さん」
「なぁに?お腹空いたの?すぐ出来るから待ってて…」
「訊きたいことがあるんだけど」
「?」
母・倫子はきょとんとしたように目を丸くしてリョーマの方へ身体ごと向き直る。
「どうしたの?改まっちゃって」
「ぁ、の……」
何から訊けばいいのか、と迷う。
正直言って、まだ自分の中でもおおよそにしか整理できていないせいもあって、何を、どこから、どう、訊けばいいのかわからない。
「えー……っと…」
倫子は不思議そうにリョーマを見つめたまま、リョーマの言葉を待っている。
「小さい時の話、なんだけど…」
「?…ええ」
「お隣さん以外に、オレが仲良くしていた人とか、知らない?」
「お隣さん以外に?………さあ、どうだったかしら…」
倫子は眉を寄せて懸命に記憶を探っているようだが、少ししてギブアップした。
「ごめんね、覚えてないわ」
「……じゃあ、親父の知り合いとかで、オレと同じくらいの歳の男の子と会ったりしなかった?」
「んー……、ああ、一人会ったわね」
「え!、ど、どんな感じの…っ」
「お父さんの後輩の息子さんと一度お会いしたわ」
「名前覚えてる?」
「覚えてるわよ。変わった名前だったから。『季楽』さんって言うのよ」
「きらく?」
(違う)
眉を寄せて黙り込んでしまったリョーマを見て、倫子も眉を寄せた。
「なに?季楽さんがどうかしたの?」
「ううん……他には?日本人に会ってない?」
「お父さんの知り合いには何人かお会いしたけど……日本人の、リョーマと同じくらいの歳の子とは会ったことないわね。あなたいつもお隣さんやリッキーと遊んでたし」
「………そっか…」
リョーマはガックリと肩を落とした。
てっきり、幼い頃に手塚と会っているのかと思った。だから、「初めて会った時には恋だとは気づかなかった」のだと。
(全然違った…)
「リョーマ?」
「ぁ……ありがと。もういいや」
当てが外れた。
まるで見当違いだった。
(絶対にそうだと思ったのに…)
「ねえリョーマ、ところでその目、どうしたの?」
「え?ああ、これ、試合中に切った」
「試合中に?」
「うん。まぁ、いろいろあって、………あ、ラケット一本壊しちゃったから、今度また買って」
「ラケット壊した?」
倫子が目を丸くする。
「結構粉々。気に入ってたんだけど……」
「じゃあ、試合は棄権したの?」
「ううん。部長が最後までやらせてくれた」
「まあ………ずいぶん信頼されてるのね、リョーマ」
「まあね」
母の言葉に少しだけ頬を染めてリョーマは笑った。
「ぁ、ねえ、空港に迎えに来てくれた人って『テニス部の部長』って言わなかった?」
「部長、とは名乗らなかったわね。竜崎先生の代わりに来ましたって、言っていたわ」
「そっか……顔も、あんまり覚えてないんだよね?」
「ごめんなさいね。人の顔覚えるの得意じゃないのよ」
申し訳なさそうに苦笑する母に、リョーマも苦笑して首を横に振った。
「…先にお風呂入っちゃいなさい、リョーマ。ぁ、今日は入らない方がいいのかしら」
「大丈夫。入ってくる。後でガーゼだけ替えてくれる?」
「ええ。あんまり長風呂しちゃダメよ?」
「はーい」
少し気落ちした心を紛らわせるために、リョーマは風呂へと向かった。




「やっぱ、部長とは、あの八重桜の樹の下で初めて逢ったのかな……」
湯船に浸かりながらボソッと声に出して言ってみる。
(あの瞬間に、オレのこと、好きになってくれた……って…?)
あんなにも甘く。
あんなにも激しく。
出逢った一瞬で、恋に落ちたと。
(ソンナコトって、あるのかな…)
もともと「そう言う嗜好」ならば、可能性はなくはない。だが手塚は、初めて恋をしたのだと言っていた。
(ゲイじゃないのに、初恋の相手が男って……)
ぶくぶくと湯の中に潜ろうとして、リョーマは瞼に怪我を負っていることを思い出し、すんでの所で思い留まる。
「ぁ、でもオレも…そう、なんだよな……」
初めて恋をしている。
しかも同性に。
焦がれて溜息ばかり出るような恋を。
(ジョーシキとか、タテマエとか、関係ないんだ)
性別も、年齢も、出逢ってから恋に落ちるまでの時間も、そんなものは関係ない。
なぜなら、恋は、自分の心の奥の、一番純粋な場所でするものだから。
「純粋、かぁ…」
縁に頭を乗せて天井を見上げてみる。
「また…あのアルバム見てみようかな…」
リョーマは深く溜息を吐き、ゆっくりと湯船から出た。




ガーゼを替えてもらい、食事も済ませてリョーマは自室に戻った。
そうしてあの分厚いアルバムを取り出してもう一度最初から眺めてみる。
若い父と、若い母と、幼い自分。
そして、あの黒縁眼鏡をかけた優しい「お隣さん」。
「タイムマシンとか、本当にあったらいいのに」
このアルバムの時間に戻れなくてもいい。ほんの少し前に、そう、空港で『あの人』と出逢った時に戻れたら。
もしもあの時に戻れたら、絶対に、『あの人』の顔を確認するのに。
どんなに頭痛がひどくても。
どんなに吐き気がひどくても。
『あの人』の顔だけは、ちゃんと見るのに。
(そんなこと考えてもしょうがないけどさ……)
それに、空港で『あの人』の顔を見てしまっていたら、今頃こんなにも手塚への想いを膨らませてはいないかもしれない。
例えば手塚が『あの人』で、そうして入学式の時に再会して、テニス部の部長だと知って。
(「あの時はありがとうございました」って……それで終わっているかも…)
そうして手塚に告白されたら。
(………どうなっていたかな……)
入学式から今日までのことをいろいろ思い出してみて、リョーマは小さく苦笑する。
「わかんないな…」
自分と手塚は、今とは違う関係になっていたかもしれない。
なぜなら、もしも自分が今のように手塚に惹かれていたら、素直にこの想いを告げることが出来るからだ。
その方が精神的には楽だったかもしれない。
でも、と、リョーマは思う。
いろいろなことが絡み合っている今の方が、きっと手塚のことを好きでいるし、この先、手塚と相思相愛になれた時には、きっと手塚のことを心の底から信頼できる気がする。
様々な葛藤や、障害があって、それでも尚、互いのことを変わらぬ想いで見つめることが出来るなら、その先も続いてゆくであろう隘路も、二人で歩いてゆける気がする。
(もしも、とか、こうだったら、とか、考えるのはナンセンス。今は、今でしかないんだから)
小さな結論が出て、リョーマはささやかな満足感を覚える。
(証拠を見つけるって決めたんだ)
手塚が『あの人』であると。
見つけてもらえるのを待っている『シンデレラ』なのだと。
リョーマは丁寧にアルバムを閉じ、そのままベッドに突っ伏した。
しばらくゴロゴロと寝返りをうち、また起き上がってアルバムを開く。
「………リッキー……今どうしているんだろ……『お隣さん』も…」
途中から急になくなってしまう写真が切ない。それまでの優しかった時間が、まるで断ち切られてしまったようで。
「オレが引っ越しちゃった……んだよな……」
引っ越した頃の記憶はほとんどない。
きっと幼かったから、互いに住所を聞くことも、教えることもしなかったのだろう。
「あの眼鏡、貰って来ちゃって大丈夫だったのかな……」
使っていた眼鏡を貰ってきたのではないとは思うが、もしかしたら幼い自分は、「引っ越してしまうから記念に」などと言って無理を言ったかもしれない。
「そんな大事な眼鏡を、なんで部長が…」
最大の謎は、『なぜあの人がお隣さんの眼鏡を持っていたのか』だ。
つまりは、なぜ手塚があの眼鏡を持っていたのか、ということにもなる。
「………やっぱり、向こうで部長と会ったとしか思えないんだよな…」
そうだとすれば、すべて辻褄があってゆく気がするのに。
もう一度、リョーマは目を皿のようにしてアルバムを最初から見直す。
もう何度も見たけれど、もう一度見たら、何か違うものを見つけられるかもしれないと。
(何か見つけるまで、何回でも見てやるんだ)
片方の目が使えないのを、今になって少し不便だと感じつつ、リョーマは何度も何度も、アルバムの写真を一枚一枚丁寧に見つめた。



















数日後、瞼の傷は順調に治癒し、医者から眼帯を取ってもいいという許可も降りた。
リョーマは、早速次の日の昼休み、眼帯をしたまま生徒会室に赴いて、手塚の目の前で外して見せた。
「ドラマとか時代劇でよくやるじゃん。『一番最初にあなたの顔が見たかったんだ』、ってヤツ?」
「ばか」
手塚は小さく微笑んでリョーマを抱き締めた。
「それはたいてい恋人とか、愛している人間に対して言う言葉だぞ。……お前は、どうなんだ?」
「んー…じゃあ、『オレのことを一番好きでいてくれる人を、最初に見たかった』っていうのは?」
手塚の腕の中でリョーマが顔を上げると、手塚はまた笑う。
「それなら間違いないな」
「うん」
そっと唇を寄せられ、優しく口づけられる。
「……大きな怪我じゃなくて、よかったな…」
「うん」
ホッとしたように囁かれ、左瞼に口づけられて、また唇にもそっと口づけられる。
「………すまない、今日はあまりゆっくりしていられないんだ」
「え?用事があった?」
「……次の試合のオーダーのことで、竜崎先生のところへ行かなくてはならない」
「あぁ……」
リョーマは少しガッカリして手塚から身体を離す。
「それから、越前」
「はい?」
少しだけ唇を尖らせて手塚を見上げると、手塚は小さく苦笑してから、一瞬、真顔で黙り込んだ。
「………なに?」
「………練習の後で、話がある」
「え?いつもみたいに部室で待っていればいいんじゃないの?」
「今日は……」
それだけ言って手塚は口を噤む。何かあると察したリョーマは、それ以上は言い募らずに小さく頷いた。
「わかった。じゃ、練習のあとで」
「ああ」
手塚とともに生徒会室を出て、階段のところでそれぞれ違う方向へと向かった。
(なんだろ…)
抱き締めてくれた腕も、優しく触れてきた唇もいつもと何も変わらなかった。自分に向けられている手塚の想いは、今までと何も変わっていないとリョーマは思う。
だが、手塚は何かを変えようとしている気がする。
よくはわからないが、それはたぶん、『越前リョーマ』に関すること。
(でも……)
気にはなるが、不安はない。
出逢ってからまだ間もないが、手塚国光という男は、公私ともに誠実で思慮深く、自分自身よりも『公』の部分を優先するような男だということがわかってきた。
(じゃあなんか……テニスのこと、かな……)
自分と手塚との間での『公』と言えばテニスのことだというのは簡単に想像がつく。
そして。
リョーマの中でも『テニス』に関することは、『私情』とは切り離したところにある。
(とにかく、話、聞いてみないと…)
練習後には判明するのだから、今考えていても時間の無駄だ。そう自分に言い聞かせて、リョーマは教室へと戻った。




久しぶりにクリアな視界で機嫌良く練習を終えたリョーマは、コート整備を終え、水飲み場で顔を洗って部室に向かう途中で手塚に呼び止められた。
「越前」
名を呼ばれて顔を上げたリョーマは、『部長の顔』をした手塚を真っ直ぐに見つめた。
「春野台の区営コート、知ってるか?」
「高架下のところっスね。知ってますけど?」
「三日後の午後三時に待っている。一人で来い」
「!?」
硬い表情で言う手塚を不審そうに見遣ってから、リョーマは手塚の背後の物陰に大石が隠れていることに気づいた。
(そっか、大石先輩が聞いてるから、そんなに無愛想に…)
その口調については納得したが、手塚の言葉の意味が、リョーマにはよく分からない。
手塚の言葉は、リョーマに試合を申し込んでいるようにしか聞こえない。
(なんで、改めてオレと試合なんか……)
「ボールは俺が用意する」
リョーマの返事は待たずに手塚は小さく「じゃあな」と言ってリョーマに背を向けた。
手塚の行動の意味はわからない。
だが、リョーマは手塚を信頼している。
(きっと、なんか意味があることなんだよね?)
リョーマはグッと顎を引いて手塚の背中を見つめてから、キュッと踵を鳴らして手塚に背を向け、歩き出した。










翌日、リョーマは昼休みに生徒会室に向かった。
だが中に入ろうとして躊躇い、少しの間ドアの前で立ち尽くしてから、やはり今は手塚に逢うのをやめることにした。
しかし、リョーマがドアに背を向けたちょうどその時、中から声がしていきなりドアが開いた。
「じゃあ、その件は放課後に……わっ!」
「!」
「あ、君、手塚会長の…」
「え、あ…」
中から出てきたのは、以前にもこうしてリョーマとドアの前で鉢合わせした男子生徒だった。
「今、用事済んだところだから、どうぞ」
「はぁ…」
ニッコリと微笑まれ、中へと勧められて、リョーマは帰るに帰れなくなって素直に部屋の中へと入った。
「越前…」
「では失礼します」
その男子生徒にドアを閉められてしまい、リョーマは手塚と二人きりになってしまった。
「あ、の……」
「………どうした?こっちへ来い」
「ぁ、うん」
いつものように優しく微笑まれ、リョーマは少しホッとして手塚の傍へ行く。
「……来てもよかった?」
「なぜ?」
「だって……」
リョーマが口籠ると、手塚は小さく笑ってリョーマの髪を撫でた。
「俺は公私混同は極力しない。……今はプライベートだ」
「………うん」
さらに安堵して手塚を見上げると、優しく抱き締められた。
「…正直に言えば、来てくれないかと思った。来てくれてありがとう、越前」
「うん……」
リョーマの胸に甘い恋情が広がる。
手塚の背にそっと手を回してしがみつくと、さらにきつく抱き締められた。
「……今日は、用事とか、ないの?」
「ああ」
「ふーん」
「…触れていいか?」
「………」
リョーマは頬を真っ赤に染めて小さく頷く。
手塚は嬉しそうに微笑み、しっとりと口づけてから、リョーマを自分の椅子に座らせた。



「ぁ………」
硬直していた身体を、リョーマはゆっくりと弛緩させていった。
性急に煽られ、後孔にも指を挿れられて、強い快感とともに絶頂を迎えた。
口内でリョーマの愛液を受け止めた手塚は、満足げにすべて嚥下してから顔を上げた。
「気持ちよかったか?」
「うん…」
蕩けるような瞳で手塚を見つめて頷くと、手塚も柔らかく微笑み、リョーマの頬を優しく撫でた。
衣服を整えてもらい、残りわずかな昼休みの時間は手塚の膝の上にリョーマが座らされる形で抱き合った。
「………何も訊かないんだな」
リョーマの髪を撫でながら、手塚が静かに口を開く。
「だって、公私混同しないんでしょ?」
少し拗ねたような口調でリョーマが言うと、手塚はクスッと笑った。
「諦めているのか?それとも、……信頼してくれているのか?」
「両方」
即答すると手塚が苦笑した。
だが。
「俺も……お前だから信じている。きっと俺の想いに応えてくれるだろうと」
「信じる?オレの、何を?」
「……負けず嫌いな性格」
「………」
リョーマはムッとして手塚から身体を離し、手塚の瞳を真正面から睨んだ。
「そんなにガツガツしてないよ」
「負けると泣くくせに」
「泣かないよ」
だだっ子のようだと自覚しながら、リョーマは唇を尖らせる。
手塚は、そんなリョーマを愛しくてならないかのようにぎゅっと抱き寄せた。
「越前…」
抱き締められ、甘い吐息を零され、リョーマの心の中へ手塚の想いが流れ込んでくるような錯覚が起こる。
(早く、アンタを全部、受け止めたい)
熱さも、甘さも、激しさも、切なさも、すべて。
手塚が自分に対して抱いている想いをすべて受け止めたいと、本当に、心の底から、リョーマはそう思う。
「部長…」
「ん…?」
「………なんでもない…」
小さく小さく、そう呟くと、手塚が吐息だけで笑う。
そうして顎を捕らえられ、甘く口づけられた。
「ん……」
戯れるように舌を絡め合っていると、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り始めた。
「タイムアップだ」
「………今日は、委員会?」
「ああ……たぶん、部にも顔を出せない」
「そっか…」
小さく溜息を吐いて、リョーマは手塚の膝の上から降りる。手塚もゆっくり立ち上がった。
「じゃ、また明日ね、部長」
「ああ」
見つめ合い、もう一度唇が触れるだけのキスをしてから、リョーマは先に部屋を出た。
頬が熱い。
ドキドキと鼓動がうるさい。
だが、甘い恋情で満ちている胸は、手塚が目の前からいなくなった途端、苦しいほどに締め付けられる。
(アンタが傍にいないと、なんか、苦しい……)
「もう……かなり重症…かな…」
リョーマはちらりとドアを振り返ってから溜息を吐き、自分の教室に向かって歩き始める。
「ココア飲む暇もなかったな……」
(ココア、か……)
ふいに、手塚の言葉を思い出した。

『ココア自体は、甘くないのだと知っているか?』
『砂糖を入れないココアは、ひどく苦いんだ。昔は薬としても使われていたんだぞ』

(アンタのことみたい)
心の中で呟いて、リョーマは苦笑する。
自分にも他人にも厳しく、怠惰を嫌い、真っ直ぐに生きている手塚。
その手塚が、リョーマの前ではとても穏やかで、優しくて、蕩けそうな甘い顔をする。
(ココアに入ってる砂糖は、オレ?)
というよりも、リョーマへの恋情なのだろう。
だとしたら。
(公私混同しないアンタが『私』の方を抜いたら……)
リョーマは、ふっと、顔を引き締めた。
(結構キツイこと、するってこと、か……)
二日後の約束。たぶんそれは、手塚との試合を意味するのだろう。
そして、その試合はリョーマが考えるよりもずっと過酷なものになるということなのかもしれない。
未だにその意図はよくわからないが、あれほどリョーマへの恋情を隠さずに示す手塚が、むやみにリョーマを傷つけようとしているとは考えられない。
(やっぱ、アンタのこと信じて、ぶつかるしかないってことだよね)
リョーマは立ち止まり、廊下の窓から下を見下ろしてみた。
すっかり花が落ち、濃い緑の葉を揺らす、あの八重桜の樹が見える。
(あの樹の下でアンタと遇ったのが、すごい昔みたいな気がする)
あの日から、いろいろなことがあった。
様々な感情が胸に込み上げ、流れ出ていった。
(オレは、ちゃんと前に進んでいるのかな)
『あの人』を捜して。
『あの人』を見つけて。
なのに、証拠が見つからない。
(証拠……いや、証拠っていうより、オレの、『記憶』……?)
大切なことを忘れてしまっているような、そしてずっとそれを思い出せていないような、感覚がある。
胸の奥からジワジワとこみ上げてくる、強い焦燥感。
あのアルバムを何度眺めてみても、改めて思い出せることは、もうなかった。
(でも何か手掛りはある気がするんだ)
それは直感なのか、それとも願望なのか。
どちらにせよ、今の自分には、あのアルバムと黒縁の眼鏡しか、手掛りがない。
(考えること、いっぱいだな…)
溜息を吐いて、リョーマはまた教室へと歩き始める。

すっきりとしないリョーマの心とは裏腹に、開け放たれたままの窓からは、ほんの少し初夏の薫りを纏った風が流れ込み、リョーマの髪を揺らしていた。







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20080515