シンデレラをさがせ!


    コ コ ア    


<1>





放課後の練習には乾も顔を出してきた。
しかし、まだ風邪の方は長引いているようで四角い大きなマスクを着けている。
「大丈夫か、乾」
「乾先輩、無理しないでください」
部員たちに囲まれ、乾は手を挙げて答える。そうして徐に、手にしていたノートに何かを書き、みんなに広げて見せた。
『声が出ないので喋れない』
ノートの文字を読み、全員が心配そうに乾を見つめる。乾はまたノートに何やら書き込む。
『熱は下がったし、体調は大丈夫。声が出ないだけ』
乾を囲んでいた一団が、ほんの少しホッとする。
その様子を少し離れた場所から見ていたリョーマは、キャップを深く被り直して小さく溜息を吐いた。
(声が出ないんじゃ、話、聴けないな)
筆談という手もあるが、そうまでして個人的な話をするのも気が引ける。
(回復するのを待つか)
もう一度溜息を吐いてから、リョーマはその一団に背を向けた。
「越前」
「ぁ…不二先輩」
リョーマの行く手を塞ぐように不二が立っていた。
「昨日お見舞い行っても仕方がなかったでしょ?」
「………乾先輩の声が出ないって、知っていたんスか?」
「前の日から咳き込んでいたからね。たぶん、そんなことじゃないかと思っていたんだ」
「だったらそう言ってくださいよ」
「あれ、言わなかったっけ?ごめんね」
ニッコリと微笑まれてリョーマは顔を顰める。
(この人、やっぱり何か胡散臭い)
自分に対して明らかに興味を持っているのはわかる。だが、その「興味」がただ単純なものではないような気がする。
(やっぱこの人も、あの空港での一件を、何か知っているのかな)
「………不二先輩」
「ん?なんだい?」
「先輩、訊かれたことにはなんでも答えてくれるって、言いましたよね?」
「僕が知っていることは、ね」
一応条件を付けられて一瞬グッと詰まるが、リョーマは不二を睨むように見つめて口を開いた。
「オレが日本に来た日のこと、知ってます?」
「……知ってるよ」
「誰から聞いたんスか?」
「乾から、かな」
「……乾先輩は、なんでオレが日本に来る日がいつか、知っていたんスか?」
「竜崎先生に聞いたんじゃない?」
笑みを崩さずに不二は答える。
「部長も……知っていたんスか?」
「たぶんね」
「じゃあ、部長もやっぱり空港に……」
リョーマが瞳を輝かせると、不二はさらに笑みを深くした。
「それはどうだろうね?手塚には、竜崎先生から『行くな』ってお達しが出ていたみたいだし」
「え?」
不二の言葉にリョーマは目を見開いた。
「オバサンから、行くなって?……なんでっスか?」
「鬼の霍乱」
「………は?……オニノカクラン?」
「そう」
不二がニッコリと笑う。
「キミが日本に来る数日前に、手塚が寝込んじゃってね。医者からも絶対安静を言い渡されていたんだ」
「……部長……寝込んでいたんスか…」
「うん。だから竜崎先生は自分の代わりとして乾に、君たちを迎えに行くようにって、言っていたみたいだよ」
「なんで、乾先輩が?」
「大石もダウンしていたから、その時の部の代表は乾だったんだ」
「………」
「もともとは竜崎先生が迎えに行くはずだったんだけど、先生はインフルエンザにかかっちゃって入院騒ぎもあってね。その代打の代打が乾ってこと」
「………」
不二の話を聞き終わって、リョーマは暫し動けなかった。
動けないほど、衝撃を受けた。
ガックリと、肩が落ちる。
(やっぱ……部長じゃ、なかった……?)
「他に質問は?」
不二に優しく問われて、リョーマは肩を落としたまま首を横に振った。
「そう?ああ、そろそろ練習始まるね。今日も頑張ろうね、越前」
「ういっス」
小さな声で返事をして一礼をするリョーマに、不二はクルリと背を向けた。
その不二が、小さく笑ったような気がしたのは、たぶん聞き間違いだと、リョーマは思った。












その日、手塚はどうしても生徒会の仕事が終わらないということで、結局部活には姿を見せなかった。
「どうした、越前、部室、閉めるぞ?」
最後まで残ってボンヤリとベンチに腰掛けていたリョーマを見て怪訝そうに大石が声を掛けてきた。
「ぁ……ういっス。今、出ます」
ノロノロと立ち上がり、バッグを背負って部室から出ると、空はもう藍色へと変わり始めていた。
(部長……)
コートを回り込んで校舎の近くを歩きながら、リョーマはふと、校舎を見上げてみる。
(……まだ明かりが点いてる…)
生徒会室と思われる部屋にはまだ明かりが点いていて、そこに誰かがいることを示している。
(あそこに、部長が…いる…)
キュッと唇を噛み締めたまましばらく窓を見上げ、リョーマはクルリと踵を返して、昇降口に向かって歩き出した。
手塚に逢うために、思い切って生徒会室まで行ってみることにした。




誰もいない校舎はしんと静まりかえっていて、足音を立てているつもりはないのに、自分の歩く音が辺りに響き渡る。
暗い廊下をしばらく歩き続け、遠くに生徒会室の明かりを見つけた時、リョーマはほっと、小さな安堵の息を吐いた。
ドアの前まで行き、そっと耳を寄せて中の様子を窺うが、中から話し声は聞こえず、人が歩き回るような気配もしない。
「………」
リョーマはしばらく逡巡し、だが、思い切ってドアをノックした。
中から「はい」と声が聞こえる。手塚の声だった。
ゆっくりドアを開けて中をそっと覗き込むと、こちらを見て目を丸くしている手塚と目が合った。
「越前?」
「ぁ……」
リョーマはザッと室内を見回し、手塚しかいないことを確認して中に入った。
「部長、一人しかいないの?」
「あぁ……あと少しだから、他の者は先に帰らせたんだ」
「ふーん」
リョーマが手塚に近づいてゆくと、手塚は手に持っていた書類を机にそっと置いて立ち上がった。
「……まさか、逢いに来てくれるとは思わなかった」
「オレも……ここまで来ちゃうとは思わなかった」
ボソッと言うと、手塚は小さく目を見開いてから、クスッと笑った。
「越前、ココアは好きか?」
「え?ぁ、うん、大好き」
「よかった。いつもコーヒーじゃ飽きるだろうと思って、お前のためにココアを買ってきたんだ」
「オレの、ために……?」
「ほら、まだ未開封だろう?」
手塚は小さく笑いながら、机の引き出しから取り出したココアの袋をリョーマに見せた。
「……ありがと」
嬉しさと、照れくささとで、頬を染めて礼を言うと、手塚がココアを手にしたままリョーマをそっと抱き締めた。
「…ここまで来てくれて、ありがとう、越前」
「………」
なんと応えたらいいのかわからずに黙っていると、手塚が静かに身体を離して微笑みかけてくれた。
「飲むか?」
「……うん」
素直に頷くリョーマにまた微笑みかけ、手塚はポットの置いてあるコーナーへと歩いていった。
(優しい……でも……部長は『あの人』じゃない……)
リョーマはゆっくりと顔を上げて、手塚の背中を見つめた。
(だけど……オレは……アンタのことが、好きだ…)
ふわりと頬に熱が上がり、リョーマはその頬を隠すように窓際へと歩いていった。カーテンの隙間から外を見遣ると、空はすでに濃い藍色へと変わり、『夕方』というよりはすでに『夜』だった。
「ここに置くぞ」
会議用の机の隅で手塚が声を掛けてくる。
「ぁ、うん」
リョーマが少し小走りに手塚のいる方へ向かうと、手塚が小さく苦笑した。
「すまないな。向こうは書類が置いてあるから、ここで飲んでいてくれ。もうすぐ終わるから、一緒に帰ろう」
「うん」
ニッコリ笑って答えると、手塚が薄く頬を染めてリョーマをギュッと抱き締めた。
「越前……」
甘く名を囁かれ、そっと口づけられる。
「ん……」
優しく優しく髪を梳かれて、リョーマの胸に嬉しさと切なさが広がった。
「……すぐに終わらせる」
「……うん」
手塚の目を見ずに小さく頷くと、手塚はもう一度リョーマの髪を撫でてから自分の机に戻った。
リョーマもイスに腰を下ろし、柔らかな湯気の立ちのぼる紙コップを両手でそっと包む。
(いい匂い…)
ココアの甘い香りにリョーマはホッと吐息を零す。そうして一口飲んで、その優しい味にもう一度静かに息を吐いた。
「おいしい……」
手塚がクスッと笑う。
それきり、二人は互いに言葉を発することはなく、ただ時折手塚が書類を捲る音だけが微かにリョーマの耳に届いた。
(部長が『あの人』じゃないなら、オレは、部長に好きだって、言ってもいいのかな……)
もしも手塚が『あの人』ではないなら。
見つけてくれるのを待っているシンデレラではないなら。
なにも『あの人』との繋がりを見つけなくても、手塚に気持ちを打ち明けても構わないはずだった。
なのに。
(なんでかな……まだ……やっぱ、部長が『あの人』って気がしてる……)
不二が言っていたように、あの日、手塚が空港へ行くことを周りから禁じられていたのなら、『あの人』は手塚であるはずはない。
だがどうしても、リョーマは自分の『感覚』が間違えたことに納得できていない。
手塚に抱き上げられた時の腕の感触、頬を寄せた胸の温かさ。それらがどうしても、記憶の中の『あの人』の感触と重なる。
(わけわかんない…)
ココアを見つめながらリョーマが深く溜息を零すのと、手塚が書類をまとめて立ち上がるのは、ほぼ同時だった。
「待たせたな。今終わった」
「うん」
手塚に視線を向けて力無く微笑むと、手塚の表情がふと曇った。
「越前?」
書類を机の隅に置いて、手塚がリョーマの傍に歩いてくる。
「どうかしたのか?」
リョーマの隣のイスに腰を下ろし、手塚が優しく尋ねてくる。
「………あのさ」
リョーマは手塚の瞳をじっと見つめ、だが、そっと視線をずらして口を開いた。
「前に、『シンデレラは王子に見つけてもらえるのを待ってる』って、言ったよね?」
「ん?………ああ…」
手塚は一瞬小さく目を見開いてから、頷いた。
「もしも……王子が、シンデレラを見つける前に他の人を好きになっちゃったら……物語はどういうふうになっちゃうのかな…」
「え……」
手塚が微かに眉を寄せる。
「シンデレラを捜していたはずなのに、王子は、途中で出会った人に恋をしちゃって、シンデレラを捜そうとしなくなっちゃったら……」
「………」
「王子を待っているシンデレラは……どうするんだろう……」
静かにそれだけ言ってリョーマが口を閉ざすと、暫し沈黙してから手塚が口を開いた。
「……それでは『シンデレラ』ではなくて『人魚姫』だな」
「え?」
手塚が静かに立ち上がり、ゆっくりと窓際へ歩いてゆく。
「愛する人に気づいてもらえず、その愛する人が別の人を愛してしまう…」
「人魚姫……」
「人魚姫の結末は知っているだろう?………泡になって、物語は終わりだ」
「………」
リョーマは目を見開いて口を噤んだ。
(泡になって、物語が、終わる…)
空港で出会った『あの人』が、自分に対してどんな感情を抱いてくれていたのかは知らないが、手塚が『あの人』でないなら、自分は『あの人』の感情を無視しようとしていることになる。
(やっぱり、まだ、部長に「好き」って、言えない……)
手塚が『あの人』でないなら尚更、『あの人』とのことに決着をつけてから、手塚に想いを告げるべきではないのか。
それが、『あの人』への最大の敬意であり、けじめになるのではないのか。
「部長……あの……」
「帰ろう、越前」
「ぁ…うん…」
手塚の声が沈んで聞こえるのは気のせいか。
だが無言で帰り支度をする手塚は、話しかけられるのを拒絶しているようにも見えてしまい、リョーマはただ何も言わず、残りのココアを飲み干した。









校舎を出ると辺りは真っ暗になっており、当然ながら周りに人影は全くなくなっていた。
「すまなかったな、こんなに遅くまで付き合わせてしまって」
バス停までの道すがら、手塚はいつものように穏やかな声でリョーマに語りかける。リョーマは少し安心して手塚を振り仰ぎ、「べつに」と言って笑った。
それから他愛ない話をし、バスが駅に到着すると、珍しく手塚の方から「少し寄らないか?」とファストフード店に誘ってきた。手塚も少し腹が減ったのかと思い、リョーマが素直に頷くと、手塚は嬉しそうに微笑んで頷いた。
ファストフード店の店内にはほとんど人がおらず、特に二階席は自分たち以外客がいないことにリョーマは内心驚いた。
「この時間は案外人が少ないんだと、以前菊丸が言っていたんだ」
「ふーん」
「まるで貸し切りのようだな」
「ホント」
リョーマがクスッと笑うと手塚も小さく笑った。
「本当に……世界に、お前と俺だけだったらよかった……」
窓の外に視線を向けて呟くように言った手塚の言葉がひどく切なげに聞こえて、リョーマは眉を顰めた。
「部長…?」
「ん?」
リョーマに視線を戻した手塚の瞳はいつものように優しく、リョーマを包み込むように温かくて、深い。
「ぁ……」
何か話をしたいのに何から言えばいいのかわからずリョーマが口籠もると、手塚は小さく微笑みながら視線を手元に落とした。
「越前」
「…はい…?」
「……試合が終わるまで、一緒に帰るのはよそう」
「え……?」
「今日のように、お前には関係のないことで遅くまで付き合わせるのは申し訳ない。俺に付き合うよりも、練習で疲れた身体を休めることを考えた方がいい」
「な……」
唐突な手塚の言葉にリョーマは目を見開いた。
「なんで……っ?……オレたち、付き合ってんじゃないの?」
「勘違いするな。べつに別れようと言っている訳じゃない。試合が近いんだ。試合に向けて、互いにコンディションを整えようと言っている」
「………」
「昼休みも来なくていい」
「え?」
リョーマは見開いていた目を眇め、きつく眉を寄せた。
「……なんで急にそんなこと言うんスか?なんか、あった?」
探るように手塚の瞳を覗くと、手塚はリョーマを真っ直ぐ見つめて微笑んだ。
「何もない。俺はずっと、お前が好きだ。お前が、早く俺のことを好きになってくれるようにと、いつだって願っている」
「じゃあ、なんで……っ!」
「試合も近いし、生徒会の方も本格的に忙しくなってきた。無理にお互いの時間を合わせることはない」
「………おかしい」
「え?」
リョーマの言葉に、今度は手塚の方が目を見開いた。
「おかしいよ。変だよ。アンタ、いつも強引にオレのこと振り回して、オレの心の中掻き回してたじゃんか。なのに……そんな……急に…」
「………」
「アンタ……本当にオレのこと好きなの?」
「………」
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。その沈黙を、手塚の溜息が、破った。
手塚が何も言わずにゆっくり立ち上がる。
「ぁ…」
リョーマが顔を上げると、手塚は徐にリョーマの腕を掴み、いきなり立ち上がらせた。
「え…」
そのまま、手塚は何も言わずにリョーマを連れて奥のトイレの個室に入り込んだ。
「なに…っ」
ドアに鍵をかけ、手塚はリョーマを壁に押しつけた。
「越前…」
「……っ」
甘く名を囁かれ、それだけで、リョーマのカラダが熱を帯びる。
「ここで……するつもり?」
「お前が俺を疑うからだ。言っただろう?いつでも、どこでも、俺はお前が欲しいんだと」
唇が触れそうなほど近くで囁かれ、リョーマがギュッと目を閉じると、そっと口づけられた。一度唇が離れ、次にまた触れてきた唇は打って変わって激しくリョーマを貪り始める。
「んっ…ぁ…っ」
顎を捕らえられ、開かされた唇の間から手塚の舌が入り込んでくる。甘く、熱く、執拗に舌を絡め取られて、リョーマは崩れ落ちそうになる身体を手塚に縋り付いてなんとか堪えた。
「んっ、んんっ」
口づけながら手塚の手はリョーマのズボンのベルトを外し、ファスナーを下ろし、下着の中に入り込んでリョーマの雄を直に握り込んできた。
「ぁ……っ」
手塚の身体を押し返してリョーマが逃げようとすると、手塚は難なく、片手でリョーマの身体をしっかりと捕まえた。
「や…っ、こんな、ところで……っ」
「煽ったのはお前だ」
「でも…っ、誰か来たら…っ」
「俺はべつに構わない」
「…っ」
手塚の熱い瞳に見つめられて、リョーマは口を噤んだ。
「ぶちょ…」
「越前………好きだ……お前が…好きなんだ……」
リョーマの雄を握っていた手が、ゆっくりと上下に動き始める。
「ぁ……あ……っ」
手塚がスッと跪き、早くも変形を始めたリョーマの雄を躊躇いなく口に含む。
「ぁ、んっ」
甘い快感がリョーマの腰から全身へと広がり、リョーマは小さく震えながら仰け反った。
強弱をつけて口内を出し入れされ、先端を吸い上げられ、リョーマは一気に張りつめてゆく。
「ぁ……ダメ……も……出る……っ」
リョーマが喘ぎながら限界を訴えると、手塚はさらに強い刺激を加え出す。
「あッ、やっ、イ…ク……っ!」
とどめのように先端をきつく吸い上げられ、リョーマは堪らずに手塚の口内に熱液を迸らせた。
「んっ、あっ、あっ、………あぁっ」
手塚の頭を抱え込むようにして小刻みに腰を痙攣させ、すべてを吐き出し終えると、リョーマはぐったりと壁に寄りかかった。
「………」
無言のまま手の甲で口元を拭い、手塚が立ち上がる。
「………ぶちょ……」
トロリと目を開けて手塚を見つめると、手塚は苦しげに眉を寄せてリョーマを抱き締めてきた。
「ぶちょ…?」
何も言わずにギュウギュウとリョーマを抱き締めてくる手塚の背に、リョーマもそっと腕を回す。
「ぶちょ……」
リョーマが抱き締め返してやると、手塚の身体が小さく揺らいだ。
そのまましばらく抱き締め合い、やがて、手塚の方がゆっくりとリョーマの身体を離した。
「ぶちょ…う…」
手塚を見つめると、手塚がそっと口づけてくる。絡め合った舌には、ほんのりと青臭い苦みが広がった。
(好きだよ……部長……)
言葉にはできない想いを込めて舌を絡めていると、また手塚の方からそっと離れていった。
「………すまない」
それだけ小さく呟き、手塚はリョーマの服を丁寧に直し始める。
そうしてきちんと整え終えると、ドアの鍵を開け、リョーマの手を引いて個室から出た。
無言のまま、二人で並んで手を洗い、席に戻る。
揚げたてだったポテトはすっかり冷めてしまったが、まだ少し温かいハンバーガーを、リョーマは手に取った。だが、口には運ばなかった。
「………試合が終わったら、また一緒に帰れる?」
「…ああ」
「生徒会室にも行っていい?」
「もちろんだ」
「………わかった」
そう言ってリョーマがハンバーガーを一口頬張ると、手塚が静かに口を開いた。
「………シンデレラは……もう、探さないのか…?」
「…………」
リョーマが黙り込むと、手塚は小さく溜息を吐いた。
「それならそれでいい。………早く、俺を好きになってくれ…」
じっと手塚を見つめてから、リョーマは小さく頷いた。






店を出て駅に向かい、ほとんど会話もないまま電車に乗り込む。そうして、リョーマが降りる駅に着く寸前、手塚はバッグから紙袋を取り出してリョーマに差し出した。
「……なに?」
「ココア。お前のために買ったんだ、家で飲んでくれ」
「え…でも…」
リョーマの言葉を遮るように微かな振動とともに電車が止まる。
「ほら、着いたぞ」
「………」
仕方なくホームへ降り立ったリョーマは、すぐに手塚を振り返った。
「なんで、生徒会室に置いといてくれないの?」
「……しばらく昼も逢わないと決めただろう。封を開けてしまったものは早めに飲んだ方がいい。…それだけだ」
「でも…っ」
さらに言い募ろうとしたリョーマの耳に発車ベルの音が響く。
「また明日、部活で、な」
「部長…っ」
二人の間で、ドアがゆっくりと閉まる。
そのドアが、まるで手塚の心と自分の心を隔てるもののように、リョーマは感じた。
(部長…?)
ドアの向こうで手塚が微笑む。
だがその瞳は、なぜか悲しげに見えた。
「部長…?」
静かに、電車が滑り出す。
次第に加速してゆく電車の中で、手塚はずっとリョーマを見つめていた。
「部長っ」
小走りに追いかけるが、やがて追いつけなくなり、リョーマは足を止めて電車を見送る。
「部長……」
電車が見えなくなると、リョーマは手に持つ紙袋に視線を向けた。
自分のために、手塚がわざわざ買ってきてくれたココア。
それなのに、もう生徒会室には置いてくれないのだろうか。
それはつまり。
(もう来るなって、こと……?)
試合まで逢わないからと、手塚は言った。
早く飲んでしまった方がいいのだと、手塚は言った。
ただそれだけだと。
だがリョーマにはどうしても、期間を限定した、それだけの意味には思えない。
先程リョーマの身体に触れてきた手塚の指先も、唇も、いつものようにとても熱くて、リョーマへの想いを感じ取ることができた。
それなのに、電車の中から自分を見つめる手塚の瞳は、切なく、どこか悲しげだった。
(どうして……?)
自分が手塚に好きだと言えば良かったのか。
あれこれいろいろと考えずに、ただこの想いを伝えればよかったのか。
「まだ、遅くはない、よね…?」
手塚の心に差した翳りを、早く取り除いてやりたい。
それが、自分にできるうちに。
リョーマは手にしていた紙袋を、ギュッと胸に抱き締めた。
言い知れぬ不安が、これ以上、自分の心にも、そして手塚の心にも、広がらないようにと願いながら。


それから数日間、リョーマは、付き合っている者として手塚と接することはなかった。







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20080321