シンデレラをさがせ!


    風 邪    

<2>





放課後の練習が終わり、リョーマは手塚に言われた通りに部室で手塚を待った。
他の部員がすべていなくなってしまった頃、まるでタイミングを計っていたかのように手塚が戻ってきた。
「…待たせたな……越前……?」
「お疲れっス」
ウェアのままベンチに座るリョーマを見て、手塚が小さく目を見開く。
「着替えてなかったのか?」
「え?ぁ……うん…」
薄く頬を染めて頷くと、手塚がふわりと微笑んだ。
「制服を汚すといけないから、か?」
「な…っ、違…っ」
リョーマは慌てて否定したが、そのつもりが全くなかったと言えば嘘かもしれない。
真っ赤に染まってしまった頬を隠すように俯くと、手塚がゆっくりとリョーマに近づいてきた。
「誘っているのか?」
跪いて甘く問われると、リョーマの声も揺らぐ。
「………違うって…」
「越前…」
優しく頬を撫でられ、そっと口づけられる。
「ん…」
抵抗せずに手塚を受け入れていると、手塚がグッと身を乗り出すようにして覆い被さってきた。
「んっ」
ギシッとベンチが軋み、リョーマに口づけたまま、寄り添うように手塚がリョーマの隣に腰を下ろす。
「越前…」
「………」
唇の隙間で熱く甘く名を囁かれてリョーマの鼓動が加速する。
「触って、いいか?」
「……もうセクハラじゃないんだから……訊かなくてもいいのに……」
「遠慮しなくていいということか?」
「……ケース・バイ・ケースで」
口籠もりながらそう言うと、手塚が小さく笑う。
「ならば、お前が嫌だと言うまで好きに触っていいのだと、受け取るぞ?」
「………」
肯定の意を込めてリョーマが黙り込むと、手塚がまたクスッと笑ってリョーマを抱き締めてきた。
「…早く…俺を、もっと好きになってくれ……」
囁きながら再び口づけてくる手塚に、リョーマはさりげなく身体を預ける。手塚の右手がリョーマの肩を抱き寄せ、左手がウェアの上からリョーマの身体をまさぐり始めた。
「ん……ゃ…っ」
優しく胸を掴まれ、やわやわと揉み込むように掴まれてから、固く勃ち上がった蕾を布越しに摘み上げられる。
「ぁ…」
ビクリとリョーマの身体が揺れ、ギュッと目を閉じると、今度は手塚の手がスルリと降りて、優しく性器を撫でられた。
「は……ぁっ」
「もう固い…」
「や…っ」
手塚の吐息が耳にかかり、耳朶を甘噛みされ、囁かれる。
「もう……俺を好きになってくれたのか?」
「………っ」
思わず頷きそうになって、リョーマはグッと唇を噛み締めた。
(まだ、ダメだ)
今はまだ、手塚に自分の想いを伝えるわけにはいかない。
まだ何も、『あの人』と手塚が重なる証拠を見つけていないのだから。
何も答えないリョーマを見つめて、手塚は小さく溜息を零した。
「……だが、俺にこうして触られるのは、嫌じゃないんだな?」
「……」
コクコクと頷くと、手塚は少しホッとしたように笑った。
「越前…」
抱き締められ、もう一度耳元で囁かれる。
「また、お前のを口で………いいか?」
「ぁ……っ」
手塚の言葉だけで、声だけで、イキそうになる。
「ぶちょお……、はや…くっ」
「……あぁ」
リョーマの頬にチュッと口づけ、手塚がまたリョーマの前に跪く。そうしてゆっくりとハーフパンツを下ろされ、下着を押し下げられて、変形を始めている性器に口づけられた。
「あっ……」
熱い口内にすっぽりと飲み込まれ、リョーマがビクリと身体を揺らす。
全体を熱心に舐め回され、時折先端は音を立てて啜られて、リョーマは頬を真っ赤に染めて小さく喘いだ。
「…もう蜜が溢れてきているぞ」
「や……っ」
「越前……こうしている今だけでも、好きだとは言ってくれないのか?」
「………」
熱っぽく見上げられてリョーマは口を噤む。
唇を噛み締めたまま手塚を見つめ返していると、手塚は、小さく溜息を吐いて苦笑した。
「……すまない。こうしてお前に触れていられることだけでも、幸せだと思わないとな」
切なげに、そして自分に言い聞かせるように手塚は呟き、再びリョーマを深く口内に飲み込んだ。
「………っ」
前髪に隠された手塚の表情を想像し、リョーマは口を開きかけ、だがグッと引き結ぶ。
(まだ、言えない……だって……ちゃんと、伝わらないじゃんか……)
今、リョーマが手塚に「好きだ」というのは簡単だった。
だがそれを言ってしまうと、リョーマの本当の想いは伝わらない。
手塚に好きだと言われて、身体を甘く蕩けさせてもらえるから手塚のことを好きになったのではない。
ちゃんと、手塚の本質を好きになっているのだと、伝えたいのだ。
空港で自分を優しく介抱してくれた手塚。
面識のない人間に、あれほど献身的に介抱してくれた手塚の人柄を、好きになった。
そして、話をするようになって、生真面目なだけではない手塚の内面も、とても好きになった。
テニスの実力も、人望の厚さも、そして、リョーマを見つめる熱い瞳も、大好きになった。
決して上辺の快楽だけで、流されたのではないと、手塚に伝えたい。
だから、空港で出逢った、名乗りもしないで立ち去った『あの人』が手塚であることを突き詰めたい。
そうして、シンデレラを、ちゃんと、見つけたい。
(わかって……部長…)
「あぁっ、あ……っ!」
先端を強く吸い上げられて、堪らずにリョーマが弾ける。
「んっ」
リョーマが吐き出したすべてを口内に受け止め、じっくりと味わうように手塚が嚥下してゆく。
「……飲むなよ……そんなの…」
頬を真っ赤に染めながらリョーマが言うと、手塚は小さく微笑みながら顔を上げた。
「好きな相手のものは、全部欲しいんだ」
「………」
それほどまでに好かれて、リョーマは内心動揺する。
好きだと、今言えたらどんなに楽だろうかと。
(でも今は、言わない)
自分でそう決めた。
自分の想いを真っ直ぐ伝えるために、シンデレラの証拠を掴むまでは、手塚に好きだと言わない。
「……ちょっと待っていろ」
手塚はゆっくり立ち上がると、ロッカーに置いてあるティッシュボックスを持って戻ってきた。
「ぁ……ごめ…自分でする…」
「俺にさせてくれ」
「………」
優しく後始末をされて、リョーマは小さく眉を潜める。
手塚の優しさが、リョーマの胸を締め付ける。
「……部長」
「ん?」
柔らかな瞳で見上げられて、リョーマは一瞬、口を噤んだ。
だが意を決して、口を開く。
「……その……アンタと付き合うって言ったけど……やっぱ、こういうのは、あまりしたくない」
リョーマの言葉に、手塚はふと、笑みを消した。
「………なぜ?」
手塚が、少し硬い声で問う。
「………前にも言ったけど……こういうことは、ちゃんと、好き合ってる恋人同士ですることでしょ」
「………」
「部長とオレは、まだ………」
「付き合うとは言ったが、恋人ではない、と?」
リョーマは、手塚から視線をずらした。
手塚のことは大好きだし、付き合うことになったのを後悔などしているはずもない。
だが、まだ自分は手塚に「好きだ」と言っていない。それが心に引っかかっている限り、リョーマは、自分が手塚の恋人だと、胸を張ることはできない。
それに、こんな甘い行為を繰り返し行っていたら、いつか絶対に、自分は手塚に「好きだ」と言ってしまう。
「……お前がそこまで頑なになっているのは、『シンデレラ』のことがあるからか?」
ある意味核心を突かれて、リョーマは動揺した。
そのリョーマの表情を見て、手塚が、スッと目を細める。
「シンデレラを見つけたいと、お前は言ったな。シンデレラを見つけて、それからお前は何がしたいんだ?」
「え……」
「シンデレラを見つけて、そのシンデレラに交際を申し込むのか?」
「交際…って……」
「………」
手塚は黙ってゆっくり立ち上がると、ロッカーに向かい、着替え始めた。
「部長……」
「……お前も早く着替えろ」
「………っス」
手塚の使うロッカーとだいぶ離れたロッカーで、リョーマも着替えを始める。
だが、視線を感じてリョーマが顔を上げると、着替えていたはずの手塚がじっとリョーマを見つめていた。
「ぶちょう…?」
引き締まった上半身を晒す手塚に、リョーマの頬が薄く染まる。
「乾だと、思っているのか?」
「え?」
手塚の言葉の意味がわからずに眉を寄せると、手塚がいきなり近づいてきてリョーマの腕を掴んだ。
「いたっ」
「お前のシンデレラが、乾だと思っているんだろう?」
「は?」
掴まれた腕の痛みに顔を顰めながら手塚を見つめると、手塚は、ひどく苦しげな表情をしていた。
「だから、乾のところへ行こうとしていたんだろう?シンデレラだと、確かめるために」
「違……っ」
「俺じゃ駄目なのか?」
「……」
完全に、誤解されているのだとリョーマは気づいた。
部活の時のやり取りで、リョーマが乾に質問があると大石から聞いた手塚は、きっと、誤解をしたのだ。
リョーマが乾に訊きたいのは、乾が『あの人』なのか、ではなくて、なぜ乾もあの空港にいたのか、なのに。
「違う……部長、オレは……」
「越前…」
「わ」
手塚に強く引き寄せられ、その場に押し倒された。
「なに、ぶちょ…っ?」
「誰にも渡さない」
「え……」
「……越前…」
噛みつくように口づけられ、手塚の下腹部がリョーマの腰に押しつけられる。
(あ……)
手塚の昂ぶりを感じてリョーマの頬が紅くなった。
だがリョーマが落ち着いていられたのはそこまでで、手塚にウェアを乱暴に脱がされ、ハッとして抵抗を始めた。
「ちょっ、ぶちょ…なに、する…あっ」
先程は優しく丁寧に愛撫してくれた性器を、今度は少し乱暴に揉み込まれる。
「やっ、イヤだっ、痛いッ!」
リョーマの声に手塚はビクリと手を止め、きつく眉を寄せて唇を噛んだ。
「なぜ……そんなにシンデレラに拘るんだ……」
「え…?」
「俺のことを好きになりかけているというのは、嘘なのか?」
「嘘じゃないよ!」
叫んでしまってから、リョーマはハッとして口を噤んだ。
「越前…」
「………オレだって……いろいろ、考えてるのに……」
「え……?」
小さく呟いたリョーマの言葉に、手塚は怪訝そうに眉を寄せた。
「……乾先輩のことは……シンデレラだとは思ってないよ…」
「え?」
手塚が大きく目を見開く。
「乾先輩には、……オレがシンデレラを捕まえるために、ちょっと確かめたいことがあったから……」
「シンデレラを、捕まえる?」
「うん」
手塚を真っ直ぐ見つめて頷くと、手塚はどこか気の抜けたような表情をして、リョーマの上から退いた。
「………すまない」
「………」
気まずそうに顔を背ける手塚に小さく溜息を吐いてから、リョーマは身体を起こす。
「もうすぐ捕まえるよ、オレのシンデレラ」
「……え?」
「まだいろんなことがゴチャゴチャしてるんだけど、でも、絶対にオレは、シンデレラを捜し出すんだ」
「………だから、なぜ、そんなにムキになるんだ?」
手塚がまた眉を寄せて苦しそうな顔をする。
「だって」
その手塚を真っ直ぐに見つめて、リョーマはきっぱりと言った。
「シンデレラが待ってるから」
「!」
ハッとしたように、手塚は口を噤んだ。
「アンタも言ったよね。シンデレラは探し出してもらえるのを待っているって。そのためにガラスの靴を残したんだって」
「………」
「だからオレは見つけるよ。見つけて、捕まえるんだ」
「越前……」
手塚が、小さく微笑んだ。
「そうか…」
「うん」
手塚はじっとリョーマを見つめ、そして、さらに微笑んだ。
「……わかった。俺は、黙って待っていればいいんだな?」
「え?」
「…お前がシンデレラを見つけて、捕まえて、すべてに納得するまで、俺はお前を待っていればいいのだろう?」
「うん」
しっかりと、リョーマは頷いた。
一瞬、手塚がさりげなく自分がシンデレラなのだと言ったのかと思ったが、曖昧に、うまくかわされたとリョーマは感じた。
(どうあっても自分からは言わないつもりなんだよね、アンタは)
「部長」
「ん?」
「待っててね」
「………!」
微かに、手塚の心が揺らいだのをリョーマは見逃さない。
「ね、部長、お腹空いた」
「ぁ……ああ……少し、どこかに寄っていくか?」
「うん」
そう言って立ち上がろうとして、リョーマは小さくくしゃみをした。
「すまない…風邪をひかせるところだったな」
「大丈夫っスよ。部長こそ、上、脱いだままで風邪ひかないでね」
「大丈夫だ……俺も前に懲りたから、気をつけている」
「ふーん」
手塚に腕を引かれて立ち上がり、二人は静かに見つめ合って、小さく微笑み合う。
「キス……してもいいか?」
「……訊かなくていいよ」
リョーマがそっと目を閉じると、優しく引き寄せられて甘く口づけられた。
遠慮がちに舌を吸われ、唇をヤワヤワと噛まれる。
互いに上半身を晒しているために、直に触れ合う肌の熱さがリョーマにはひどく心地いい。
(もっと、……いっぱいアンタに触れたい……)
何も纏わぬ手塚を見てみたいと思う。
(きっと、綺麗なんだろうな…)
女性に言う「綺麗」とは少し違うが、手塚の肉体は、きっとどこもかしこも「綺麗」だろうとリョーマは思う。
想像して、反応しそうになる身体をそっと手塚から離し、リョーマは甘い吐息を零した。
手塚は名残惜しそうにリョーマの額にも口づけ、もう一度ギュッと抱き締めてから、ゆっくりと離れていった。
「……どこに寄りたい?」
「マック」
俯いたままリョーマは答え、手塚に背を向けて自分のロッカーで着替えを再開する。手塚も、何も言わずに自分のロッカーへと戻っていった。
しんと静まりかえる部室の中で、微かな衣擦れの音だけが、響いていた。







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20080218