シンデレラをさがせ!


    生徒会室    

<2>




翌日、昼休み。
リョーマは生徒会室には行かなかった。
放課後の練習のあとも、コート整備を終えてすぐに部室を出た。
その次の日には手塚が朝練の時から何か言いたげな視線を送ってきたが、リョーマはあっさりと無視をして見せた。
そうして昼休みも、放課後も、リョーマは手塚に「セクハラ」をしなかった。
だが三日目になって、リョーマは自分の感情が乱れていることを感じ始めた。
どこか苛々している。
そうかと思えば、何かが足りないと、心が訴えてきて寂しくなる。急にわけもわからずに、悲しくなる。
(なんか……不安定…?)
しかし、リョーマの心が乱れる時には、決まった「キーワード」があった。
休み時間になるとそばに寄ってくる同級生たちの口から、部のことや、手塚の話が出た時に、ひどく乱れるのだ。
(これって……まさか……禁断症状みたいな……ヤツ?)
そんなはずはない、と心の中で否定してみるが、説得力はなかった。
昨日も一昨日も、本当は手塚に触れたいと思ってしまっていた自分に、リョーマは気づいている。
「あれ、どうした?越前?」
半分以上食べ残したトレーを手に持って立ち上がるリョーマを見上げて、同級生たちは目を丸くした。
「…プライベート」
素っ気なくそれだけ言って、リョーマは食堂から早足で飛び出した。
そのまま階段を駆け上がり、生徒会室へ繋がる廊下を滑るように歩く。
(…やっぱ…やめようかな…)
途中何度も同じことを心の中で呟き、その度に歩く速度を緩め、立ち止まり、だがまた「足が」生徒会室へ歩き出す。
(部長は……なんて言うんだろう……)
二日間「セクハラ」を仕掛けなかったリョーマに、手塚は第一声でなんと言うだろうか。
(「もう飽きたのかと思った」とか言われそう…)
微かに眉を寄せて、リョーマは少しだけ視線を落とす。
(飽きたって言うより……アンタがよくわかんないんだよ……)
手塚は、今までただ一人だけ、好きになった人間がいると言った。
逆に言えば、手塚は今まででたった一人しか好きにはなっていないと言うことだ。
それが本当なのか、嘘なのか、リョーマには判断ができないでいる。
(……じゃあ、部長は、オレのこと…本当は、どう思っているんだろ…)
自分に向けられる手塚の瞳の意味を知りたい。
どうしてあんなふうに、愛しい者を見つめるような目をするのか。
どうしてリョーマの仕掛ける「セクハラ」を、黙って受け入れているのか。
(そのくせ、オレがイっちゃうと途端に不機嫌になって……)
「……あれ…?」
ふいに、リョーマの心の奥に、何かが閃きかけた。
(オレに触りたそうな顔してて……そのくせ、オレがイっちゃったあとは不機嫌になって……オレが部長の胸とか触った時も、あの人、イヤなのを我慢するみたいに……)
手塚の感情の動きが、何かを意味しているように思える。
だが、その「意味」をしっかりと理解する前に、閃きの欠片は姿を消した。
「……余計にわかんなくなった…」
そんなふうにいろいろと考えを巡らしているうちに、今日も生徒会室に着いてしまった。
ひとつ溜息を吐き、ノックしようと手を挙げ、だがリョーマは中の様子が前と違うことに気づいて、動きを止めた。
(あれ?なんか…委員会?)
ドアに耳を当ててみると、中から数人の声が響き、「今日の議題が」とか、「次の行事が」とか言っているのがわかった。
(なんだ…今日はどっちみちダメなんじゃん)
どっと全身から力が抜ける。
自分でも気づかぬうちに緊張していたのだと、リョーマは改めて気づいた。
「教室戻ろ」
深く溜息を吐いてから、ボソッと呟く。
そうして今来た道を引き返そうとして、リョーマはビクリと身体を揺らした。
「越前…」
「ぁ……部長…」
廊下の向こうから手塚がこちらに歩いてきた。その表情が、リョーマの目にはどうしても「嬉しそう」に見えてしまう。
だがリョーマは小さく眉を寄せると、ゆっくりと歩き出し、手塚から目を逸らして横をすり抜けようとした。
「越前」
当然の如く呼び止められ、腕を掴まれる。
「…だって、生徒会室、使ってンじゃん」
手塚を見ずに言うと、手塚が「ああ」と言った。
「今日は臨時に役員会を開いている」
「だったら、できないでしょ」
明後日の方を見つめながらボソボソと言うと、手塚が少し黙り込んでからクスッと笑った。
「…こっちに来い」
手塚は優しく微笑みかけてからリョーマの腕を引いて生徒会室の前を素通りした。
「え…」
そのまま手塚は生徒会室の隣の部屋のドアを、音を立てないように注意しながらそっと開ける。
「ここって…」
「しっ」
リョーマの唇に、手塚の指先が触れる。
「……」
「ここは生徒会準備室…配布物の原稿を作ったり印刷をしたりする部屋だ」
「あー…」
リョーマの耳元に囁くように小声で話す手塚に合わせ、リョーマも小声で返事をする。

チラリと見回すと、確かにパソコンやプリンター、コピー機などが狭い面積にひしめき合うように置かれていた。
「この奥に、資料室がある」
「え?」
さらに手を引かれて、リョーマは部屋の奥に連れて行かれる。
コピー機を回り込むように避けて歩き、足下の段ボールや何が入っているのかわからないプラスチック製の箱をさらに避けて窓際まで進む。
部 屋の奥には向かい合うように二つドアがあり、右の壁にあるドアは生徒会役員たちがミーティングをしているメインルームへと繋がっているだろうことは リョーマにもわかる。そしてその反対側にあるもう片方のドアの前で手塚は立ち止まり、ポケットからそっと鍵を取り出した。
「ちょ…っ」
静かに鍵を開けた手塚は、またリョーマの手を引いて中へ躊躇いなく入る。そうして、抗議しかけたリョーマを振り返り、ふわりと微笑んだ。
「なんで……いいの?…アンタ、会長サマでしょ?」
肩越しに反対側のドアを見遣ってから、小声でリョーマが問う。
「今俺は、竜崎先生に呼び出されたことになっている」
「は?」
意味がわからなくて眉を寄せるリョーマにまた微笑みかけ、手塚は静かにドアを締めて鍵をかけた。
「鍵…」
「…竜崎先生に呼ばれて職員室へ行ったんだが、俺が会議中だと知って、またあとでいいと言われたので戻ってきたところだった」
「だから、その会議に戻らなくていいのかって……」
「大丈夫だ。今日のミーティングの内容なら、副会長がいれば問題ない」
「そんな……あっ」
いきなり抱き締められ、リョーマは抵抗するタイミングを逃してしまった。
「越前」
リョーマの大好きな声がいつも以上に甘く艶めき、耳からじわりと入り込んでくる。
(…気持ちいい…)
手塚の腕は心地よかった。
そう、リョーマが抵抗しなかったのは、きっと、いきなり抱き締められたからではなかった。
今日のリョーマには、抵抗する意志が、ないのだ。
「部長……して……」
少し恥ずかしくて呟くように言った声は、リョーマが自分でも驚くほど、甘えるように掠れたものになった。
「ああ……」
リョーマを壁に寄りかからせ、手塚がリョーマの前に跪く。
そのまま手塚は無言でリョーマのベルトを外し、ファスナーを下ろし、あまり余裕がないような性急さでリョーマの雄を取り出して貪りつくように口に含んだ。
「ぁ……っ」
途端に熱い快感が全身に広がり、リョーマは思わず声を漏らした。
だがすぐに我に返り、ドアを見遣って口を両手で押さえ込む。
「んっ……んっ」
それでも手塚の口淫が巧みすぎて、リョーマはどうしても甘い声を漏らしてしまいそうになる。
「ぶちょ……だめ……声……っ」
手塚の口内ですでにはち切れそうになっている性器の根元を、リョーマは自分で無理矢理抑え込んだ。
あまりに気持ち良すぎて、このままでは射精の瞬間、大きな声を上げてしまいそうだった。
「………」
手塚はチラリとリョーマを見上げ、名残惜しげにリョーマを解放して、ゆっくりと立ち上がる。
「……昨日も一昨日も、自分で抜かなかったのか?」
ギュッと目を閉じてリョーマがフルフルと首を横に振ると、手塚はクスッと笑った。
「本当に、お前は……」
手塚がそっとリョーマを引き寄せ、その胸に抱き締める。
「ぁ……」
「キス、してくれ」
「え……」
「俺からキスされるのは嫌なんだろう?…だったらお前から俺にキスしてくれ。そうすれば、声を防いでやれる」
「ぁ……っ」
きっとあまりの快感で、自分の頭がどうかしているのだろうとリョーマは思う。
耳から入り込んでくる手塚の甘い声が全身に広がって、神経も精神も、全てを操られていく感覚がある。
「ぁ……ぶちょ……っ」
手塚の首に腕を回し、リョーマは手塚の唇に噛みつくように口づける。
だが、リョーマに主導権があったのはそこまでで、すぐに後頭部に手塚の右手が回され、リョーマの口内が手塚の舌に犯され始めた。
「ん…っ」
「………」
深く深く、手塚の舌がリョーマの口内に入り込み、歯列も口蓋も、全てを撫で回される。
「…っ」
手塚の左手はリョーマの性器を強弱つけて扱き、先端に爪を立てて弄り、リョーマの感じる場所を知り尽くしているかのように刺激を加えてくる。
「んっ、んっ」
リョーマはひどく混乱し、今、自分の身体がどうなっているのかが、よくわからなくなった。
ただ感じるのは、性器を中心に広がる熱い快感と、舌を絡め取られる甘い快感。
息ができなくて苦しいはずなのに、リョーマの心の中が、今まで感じたことがないほどの幸福感で満たされてゆく。
「…っ!」
リョーマの身体が痙攣する。
(ダメだ……イク……っ!)
「んーっ!!!!!」
リョーマの身体が硬直するのと、手塚がハンカチでリョーマの先端を覆うのとがほぼ同時だった。
「んっ……っ……っ…っ」
ビクビクと身体を痙攣させ、手塚にきつくしがみつき、リョーマは熱い濁液をすべて放出してゆく。
「………っ」
やがて最後の痙攣が収まると、リョーマの身体はズルリとその場に崩れ落ちていった。
「………」
はぁはぁと肩で呼吸をし、いつの間にかズボンが太股の辺りまで下ろされていたことに気づいても、それを直す気力さえなかった。
放心状態のリョーマの前に跪くようにして、手塚がリョーマの顔を覗き込んでくる。
「…大丈夫か?」
「………」
問いかけに答えず、リョーマは壁に背を預けて目を閉じる。
「越前…?」
閉じた目から、ポロポロと涙が零れてきた。
強すぎた快感の名残と、それとは違う、何か熱いものが胸に溢れてきて、涙が止まらなくなる。
「えち…」
困惑したような手塚に名を呼ばれる前に、リョーマはその口を自分の唇で塞いでいた。
「ん……っ」
「………っ」
手塚は躊躇してから、また舌を絡めてくる。
少しだけ落ち着いてきた思考の中で、リョーマはひとつのことを確信した。
(オレ……やっぱ……部長が、好き、なんだ……)
甘く絡まる手塚の舌にリョーマ自身からも舌を絡ませ、応えてやる。
「越前…」
唇を離し、手塚がリョーマの弛緩した身体をきつく抱き締める。
「越前…」
あまりの心地良さにもう一度目を閉じると、新たな熱い雫がリョーマの頬を流れ落ちた。
(でも、だからって、どうしたらいいんだろう…)
「………」
ゆっくりと、リョーマは手塚の身体を押し遣る。
「…越前?」
手塚から目を逸らし、乱れた服を直して、リョーマは立ち上がった。
「……もういいや」
「え……」
「今日の……スッゴク悦かったから、もういいよ。もう、やめてあげる」
「え?」
「セクハラは、今日でおしまい」
「!」
リョーマが薄く微笑むと、手塚が大きく目を見開く。
「越前…」
「オレ、大事な用があるのに、忘れてた」
「用?」
「シンデレラを、見つけたいんだ」
「……っ」
(そうだよ、あの人を捜していたはずなのに……いつの間にか、オレ、部長のことばっか……)
空港で出逢った『あの人』をぞんざいに扱ってしまっている気分になった。
「アンタに構ってる時間はもうないよ」
例え自分が手塚に恋情を抱いているとしても、いや、だからこそ、『あの人』への感情に整理をつけて、ちゃんと手塚と向き合いたいと思う。
「越前、俺は…っ」
「アンタ言ったよね。シンデレラは、見つけてもらえるのを待っているんだって。だからオレは、自分の力でシンデレラを見つけるんだ。それで、そのあとでちゃんと、いろんなコト、アンタに話したい」
「え…?」
「話したいことが、あるんだ」
リョーマは手塚を見上げ、背伸びをして手塚の唇にそっと口づける。
「だから今日で、セクハラは、おしまい」
これ以上、手塚への想いを大きくしないように。
これ以上、手塚のことで胸がいっぱいになってしまわないうちに。
自分が「やめる」と言えば、この秘めた関係は終わるはずだから。
「………」
目を見開いて言葉を失くしていた手塚が、ゆっくりとリョーマから視線を外し、そっと溜息を吐く。
「お前は……言い出したら聞かなそうだな…」
「うん」
「わかった」
リョーマを真っ直ぐに見つめて頷く手塚に安堵し、リョーマは手塚から離れようとした。が、身体は動かなかった。いつの間にかリョーマの腰に手塚の腕が回されている。
「え…あの、部長…」
「ん?」
「離してくれませんか?」
「もうお前のセクハラは終わりなんだろう?」
「え…」
ふわりと、広い胸に抱き込まれる。
「つまり俺はもう、自由にお前に触れることができるし、他の人間に笑いかけることもできるし、お前を無視することもできるというわけだ」
「ぁ……」
リョーマは手塚の腕の中で目を見開き、瞳を揺らした。
セクハラだと言っていたが、最初のひとつ以外は、無意識のうちに出たリョーマの独占欲だと、今頃気づいた。
(独占したいくらい……部長のこと、好き……だったんだ…)
たぶん、あの入学式の時から。
同性に対して『一目惚れ』などというものが成立するのかはわからないが、あの日以来、手塚は確かにリョーマの心の中にいつでも存在し、リョーマ自身も手塚を意識し、だからこそ、手塚のリョーマに対する不実さに腹を立てたりしたのだ。
そう、あの入学式の日に、リョーマの心は、手塚に『動かされた』のだ。
だが今、そのリョーマの独占欲を満たす条件に、手塚はもう縛られなくなってしまった。
(オレ……鈍すぎ……)
自分の幼さにリョーマは辟易した。
「……確かに…部長の行動の制限はもうしない…けど……」
リョーマはゆっくりと、手塚の腕からもう一度すり抜ける。
「…でもやっぱ、これからも、オレには触んないで」
手塚を縛ることができないなら、また手塚の言動に振り回されるのはごめんだった。
「え?」
手塚が目を見開き、小さく眉を寄せる。
「コレは、セクハラとか関係なくて、強制とか命令とかそう言うんでもなくて、オレの、ワガママっス」
「………」
「シンデレラを見つけるまで、もう、オレには触んないでください」
頭を下げるように俯いてリョーマがそう言うと、手塚は微かに溜息のようなものを零した。
「断る」
「え?」
今度はリョーマが大きく目を見開いて、顔を上げた。
「お前が我が儘を通すなら、俺もそうする」
「な…っ」
ハッとした瞬間にはもう、リョーマの身体は手塚に再び捕らえられていた。
「ちょ…っ」
「そう簡単に手放してたまるか…っ」
「え…?」
低く、呻くように呟かれた手塚の言葉を怪訝に思って、リョーマが眉を寄せる。
だが手塚はリョーマの疑問には構わずに、ギュウギュウとリョーマの身体を抱き締めてきた。
「や…苦し…」
「………俺がどれだけ…」
「な、に…」
その時、ドアの向こうで生徒会室側のドアが開く音がした。
「!」
二人の身体が、同時にギクリと硬直した。











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20071028