シンデレラをさがせ!


    セクハラ    

<3>




夕食を終えてリョーマは自室に戻った。
ベッドに仰向けに寝転ぶと、すぐにでも眠ってしまいそうになり、身体がとても疲れているのがわかる。
それでも、明日のことを考え始めると、リョーマの目は一気に冴えてきた。
(明日はどんなふうにしようかな…)
手塚に宣言した以上、「ちゃんとしたセクハラ」をしてやらなくては、と思う。
今日のように、また手塚に手を出させずにシャツのボタンを嵌めてやるのもいいかもしれない。本心かどうかはわからないが、かなり効果があるというようなことを、手塚が呟いていたから。
(それだけじゃ、ダメ、か…)
そんな子ども騙しのような手緩い「セクハラ」では、また手塚に鼻で笑われてしまうのがオチだ。
(もっとすごいヤツ……そうだ、例えば…)
いきなり手塚に乳首を触られた時のことを、リョーマは思い出した。
あの時は手塚の指先が軽く触れただけだったが、リョーマの身体には電流が走るような衝撃があり、パニックを起こしかけた。
(やっぱ、やられたらやり返さないとね…)
天井を見つめたままニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
自分の指先が手塚の肌や乳首に触れた時、手塚はどんな反応をするのだろう。それを想像すると楽しくて、ワクワクしてくる。
(それから、と……)
ごろりと寝返りをうって俯せになって考える。
(セクハラと言えば……)
リョーマの脳裏に、脂ぎった中年太りの男が、女子社員のお尻を撫でるような図がポンと浮かんできた。
(いや……男の部長の尻撫でてもしょうがないような……)
苦笑してガバッと枕に突っ伏す。
「男、か……」
自分も同じ男として、何が「されたらイヤなこと」なのか考えてみる。
(部長にされたことで、ヤだったことってなんだっけ……)
まずは言葉で揶揄われたこと。
そして、いきなりキスされそうになったこと。
それから、無視されたこと。
(ん?)
「無視ってのはセクハラじゃないような……」
うーんと唸って考える。
セクハラじゃないとしても、手塚に無視されて、自分は「イヤ」だった。かといって、無視し返してやろうとは、今は、思わない。
(無視したらセクハラ出来ないし)
うんうんと頷いて、今度は横向けになって枕を抱き締める。
言葉で揶揄うというのは、今日も帰りの電車でやってみた。手塚に「綺麗だ」と連発してやった。
(「綺麗」はまた言うとして…)
次にキスは。
(キス……?)
ギュッと枕を胸に抱き込んで想像する。
(オレから、無理矢理、キス……?)
悔しいけれど身長は手塚の方が遙かに高いから立ったまま無理矢理キスすることは出来ないが、部室のイスに座らせてなら、出来ないことはない。
しかし。
「キスしようとしてきたヤツに、キスしてやるのも、なんか変な話だし…」
ボソボソと口に出して呟きながら、リョーマは自分の頬が熱くなってきていることに気づいた。
「………却下」
キスはダメだ、と思う。
なぜなら、ちゃんとしたキスは、リョーマはまだしたことがないから。
初めてのキスを、「セクハラ」に使うのは勿体ない。
男の自分にだって、それなりのロマンはある。想いを込めた最初のキスは、自分が大好きになった人と、甘く交わしたい。間違っても嫌がらせのためになんか、使わない。
(大好きな人、か……)
ふいに、空港で出会った「あの人」のことを思い出してしまい、リョーマは慌ててガバッと起き上がった。
「なっ……なんでっ……イヤ、あの人は違うっしょ!…好きとか、そーゆーんじゃなくて!」
だが空港での、「あの人」との出来事を思い出している時、いつも自分の胸の奥は温かい。自然に微笑みも浮かんできて、優しい気持ちになる。
(でも…本当の乾先輩は…ちょっと違ったし……)
具合の悪かった自分が抱いたイメージと、実際に会った乾とは、はっきり言って違った。別人だと言われても、納得してしまうかもしれない。
しかし、乾は「知って」いた。空港での、リョーマとのやり取りを、覚えていた。
(それに、あの眼鏡……)
リョーマはベッドから降りて、机の引き出しに大事にしまってある眼鏡を取り出してみた。
「どう見ても、乾先輩のと……」
呟いて、じっくりと眼鏡を眺めて、ふと、首を傾げた。
(なんか、違う……?)
よくよく見てみると、その眼鏡はずいぶんと年代物で、フレームには細かい傷がいくつも付いていた。軽量化が競われている現代の眼鏡よりもずっしりと重く、レンズもとても分厚い。
こんな眼鏡を、今時の中学生がつけるだろうか。
(そう言えば、乾先輩、「今は使ってない」とか言ってたよな…)
「うーん……」
唸りながら、手にしている眼鏡をひっくり返してはまたひっくり返し、横にして、縦にして、いろいろな方向から眺めてみた。
そうして眺めているうちに、リョーマは妙な既視感に囚われ始めた。
(なんか………この眼鏡、見たことある、ような……)
それは、「あの人」が「忘れて」いくよりももっと前に、どこかでこの眼鏡を見たような、微かな記憶。
いや、記憶と言うには、あまりにも曖昧な、印象。
知っているようで、知らないような。だが知らないと言い切ってしまうには、何かが引っかかるような。
「なんだろう……」
だがいくら考えてもそれ以上には思考は回らず、リョーマは溜息を吐いて眼鏡を引き出しに戻した。
「それより、今はセクハラ!」
リョーマはグッと両拳を握り締め、「よし!」と小さく言って気合いを入れ直した。









結局、これと言っていい「案」も思いつかないまま夜が明けてしまい、リョーマは酷い寝不足状態のまま朝練に向かった。
(ねむ…)
生欠伸を繰り返していると、後ろからぺしっと頭を叩かれる。その叩き方で、振り返らなくても、もう誰なのかリョーマにはわかった。
「なんスか、桃先輩…」
眠気も手伝って不機嫌そうに言うと、背後で桃城がククッと笑った。
「なんだよ越前、寝不足か?だらしねぇな。だらしねぇよ」
「べつに。コートに入ったら目つき変わりますんで」
溜息を吐きながら言うと、桃城はまた笑う。
「ま、そーじゃねぇと、部長に『グラウンド十周!』ってどやされるぜ?」
「はぁ…」
適当に返事をしておきながら、リョーマの鼓動は微かに加速してくる。
(部長…)
コートをぐるりと見回して手塚を目で探すと、ベンチの近くで乾や大石と話し込む姿を見つけた。
(相変わらず脚長いし……)
スラリと伸びた長い脚から視線を上げてゆき、青学のロゴの似合う広い背中を見つめる。
(綺麗な筋肉ついていたな…)
昨日、部室で見た手塚の身体を思い出す。適度な筋肉のついた、逞しく、美しいとさえ言える手塚の肉体。
あの綺麗な身体に、この手で触れてみたくなってくる。
(そうだ……やっぱ今日は、オレが触ろう…)
触れてみたいと思うところ全てに触れてやろう。そうして、手塚がどんな表情を見せるか、じっくりと確かめたい。
「何笑ってんだ?」
思わず零れてしまった笑みに気づかれ、桃城に訝しげな視線を向けられる。
「べつに」
心がウキウキと沸き立ってくる。
(早く…時間が進めばいいのに…)
リョーマはもう一度手塚の背中をチラリと見遣って、こっそりと微笑んだ。





長い長い一日の授業が終わり、やっと放課後練習が始まった。
昨日手塚が「新しいメニューが追加される」と言っていた通り、今日の練習は昨日までと比べて、一段も二段も、レベルアップしたものになっていた。
筋力トレーニングにも重点を置いたメニューになっており、寝不足のリョーマの身体にはかなり応える練習となった。
(でも、練習が終われば…!)
腕を組んでコートを睨むように見つめている手塚に視線を走らせ、リョーマはほんのりと表情を緩める。
「次、桃城と越前、コートに入って」
乾がバインダーから視線を上げずに指示する。
短く返事をしてコートに入ろうとして、リョーマは何もないところで軽く蹴躓いた。
「わ」
「ダッセ」
桃城にクスクス笑われて、リョーマはムッとして桃城を睨みつける。
「だいぶ脚に来てるな、越前。無理するなよ」
乾が表情を変えずに声を掛けてくる。だがその横で手塚が腕を組んだまま小さく溜息を吐いた。
「これくらいの練習で音を上げるようでは、先が思いやられる」
「べつに。まだいけますけど?」
つんと唇を尖らせて言い捨ててから手塚に背を向ける。
(絶対、部長には無様なオレは見せない)
確かにだいぶ疲れが溜まり、脚の筋肉を動かしづらくしているが、コートに入れば自分は変われるはずだ。
(さっきの言葉、撤回させてやる)
そうしてリョーマは指示されたことを完璧に、いや、それ以上にやりこなし、手塚を含め、その場にいた全員を納得させた。





練習が終わり、コート整備をすませてリョーマたち一年と当番の二年生が部室に戻ると、今日も手塚は小さなテーブルに着いて日誌を書いていた。
「部長、片づけとコート整備、終わりました」
「ん、ご苦労」
肩越しに振り返った手塚の視線が、報告した二年生に向けられてから、チラリとリョーマを掠める。
(ぁ…)
ドキリと、リョーマの心臓が大きな音を立てる。
ほんの一瞬、手塚と目が合っただけなのに、リョーマの鼓動は加速を始めてしまった。
(な、なんで……今からこんな…)
「どうしたの?リョーマくん」
「…べつに」
心の奥の動揺を隠すために、いつもよりも素っ気なく同級生をあしらってから、リョーマは自分の使っているロッカーの前に移動する。
すると、その直後に手塚がイスを小さく軋ませて立ち上がった。
「日誌を置いてくる。すぐ戻るが、みんな、帰る時は貴重品など忘れないように、自分の使ったロッカーをもう一度確認してから帰れよ」
「はい!」
部室にいた全員が声を揃えて返事をしたが、リョーマには、手塚の言葉の前半部分が「自分に向けられたもの」のように聞こえた。
(「日誌を置いてくる」だけだから「すぐ戻る」……って……?)
誰にも気づかれないようにクスッと笑んでから、手塚の背中を見送ると、また一瞬だけ手塚がリョーマへ視線を向け、ほんのり表情を和らげた。
「!」
手塚の出ていったドアを暫し見つめ、リョーマは慌てて周囲を見回してみる。だが、今の手塚の一瞬の表情を見ていたものは誰もいないようで、みんなそれぞれの着替えに集中している。
(あんな顔…誰かに見られたら、どーすんだよ…)
さっきまでとは違う思いに鼓動を弾ませながら、リョーマも自分の着替えをゆっくりとした手つきで開始した。


しばらくして手塚が部室に戻ってきた頃には、部室にはリョーマだけが残っていた。
同級生に散々一緒に帰ろうと誘われたが、のらりくらりと断って、なんとか部室に残ることに成功したのだ。
「待たせたな」
「べつに」
まだレギュラージャージを着たままの手塚が、後ろ手にドアを閉め、カチャリと音を立てて鍵を閉める。
「鍵…掛けるんだ?」
「念のため、な」
「ふーん…」
手塚から視線を逸らしてそう言うと、手塚が微かに笑った気がした。
「…今、笑った?」
「いや」
「………ま、いいや。じゃあ…」
「越前」
早速「セクハラ」を開始しようと意気込んだリョーマを、手塚は真面目な顔で制した。
「何?今さらイヤだとか言う?」
「そうじゃない。セクハラならいくらでもすればいい。だがその前に、お前の脚を、ちょっと見せてみろ」
「え?」
「ベンチに座れ」
「はぁ」
怪訝そうに眉を寄せながら、リョーマは素直にベンチに腰掛けた。
「……脚の貼り具合を見たい。触れてもいいか?」
「ぁ……うん…」
リョーマの許可を得てから、手塚はリョーマの近くまで歩み寄り、跪くようにしてリョーマの脚に手を伸ばした。
「…………」
制服の上からリョーマのふくらはぎに触れ、手塚は小さく眉を顰めた。
「……少し、クールダウンしておいた方がいいかもしれないな」
「え?」
「着替え終えたところ悪いが、もう一度ハーフパンツに着替えろ。軽くマッサージしてやる」
「えっ、べつに、そんなのいいっスよ」
「…今日はあまり体調もよくなかったろう?調子の悪い時に今日の練習はかなり応えたはずだ。今のうちに解しておいた方が、明日が楽だぞ」
「………うん…」
何もかも見透かされているように思えて、リョーマは意地を張るのを、今だけやめた。
ベンチから立ち上がり、足下に置いていたバッグからまたハーフパンツを取り出して着替え始める。
制服のズボンを脱ぎ落としたところで、手塚が「本当はそのままの方がいいんだがな」と呟いた。聞こえなかったフリをしてハーフパンツを穿き終えてから、リョーマは手塚を振り返った。
「…変なことしたら絶交だからね」
軽く睨むようにしてそう言うと、手塚が一瞬目を丸くしてから「わかっている」と言ってクスッと笑った。
寝そべるには短いベンチしか置いていないため、とりあえずリョーマはもう一度そこに腰掛けた。
「シューズと靴下も脱いで」
手塚に言われるままにリョーマはシューズと靴下を脱ぎ、素足を手塚に差し出す。
「触るぞ。いいな?」
また確認してくる手塚に小さく頷き、リョーマは壁に寄りかかるようにしてリラックスする体勢を取った。
手塚の手がリョーマのふくらはぎに触れ、もう一度筋肉の貼り具合を確かめる。
「…そんなに酷くはないな……よかった」
そう呟きながら、手塚はいつの間にか傍に持ってきていたマッサージオイルらしき液体を手の平に適量取り、両手で擦り合わせて温めてからリョーマの脚をマッサージしてゆく。
(うわ……気持ちいい…)
強すぎも弱すぎもしない、絶妙な力加減でリョーマの脚の筋肉が解されてゆく。
「部長……マッサージ、得意?」
「得意というわけではないが……見よう見まね、というヤツだ」
リョーマからは手塚の表情はあまり見えないが、その穏やかな声音で、手塚も柔らかな表情をしてるのだろうとわかる。
「すごい、気持ちいいっス」
「…そうか」
ふくらはぎから足の裏まで丹念に解され、あまりの気持ちよさにリョーマはうっとりと目を閉じた。
「もう少し、浅く腰掛けて」
「ん…」
言われるままに座る位置をずらして浅く腰掛けるように体勢を変える。
「…もう少し、上の方も触るぞ」
「うん…」
手塚の手がハーフパンツの裾から滑り込み、リョーマの太股をさすり始める。
「ぁ……っ」
(えっ?)
自分の漏らした声に驚き、リョーマはパッチリと目を開けて身体を起こした。
(何?今の声)
「どうした?」
怪訝そうに見上げてくる手塚に「なんでもない」と答えてから、リョーマはまた壁に寄りかかり身体の力を抜く。
さっきまではあまりの気持ちよさにボンヤリとしていたが、一度覚醒した感覚は収まってはくれなかった。
「…っ」
手塚が両手を使って左右片方ずつ、太股を優しくマッサージしてくれている。ただそれだけのことなのに、リョーマの身体は勝手に違う反応を見せ始めた。
(ど…しよ…)
温かな手が内股に触れるたびにリョーマの身体が小さく震える。膝上からゆっくりと撫で上げられると、そのままもっと上にまで手が伸ばされるような錯覚を起こして、鼓動が加速してしまう。
(なんで…こんなに…ドキドキして……)
それは拒絶なのか、期待なのか。
(違う……「期待」なんか、してない…っ)
「ぁ…っ」
だが手塚の手の平が優しく内股を這い上がってきた瞬間、我慢しきれずにリョーマは声を漏らしてしまった。
慌てて口を両手で押さえてみるが、もう遅い。
手塚が手を止めてじっとリョーマを見つめている。
「ち…違……っ」
何を言っていいかわからず、だがなぜが、そんな言葉が小さく零れてきた。
「すまない。くすぐったかったか?」
「え…?」
リョーマの内股に触れていた手塚の手が静かに引き戻される。
「このくらいでいいだろう。まだどこか気になる箇所はあるか?」
至極真面目な顔で問われ、リョーマは手塚から目を逸らして頬を真っ赤に染め上げた。
「も……もう少し、ふくらはぎ、が…」
「わかった」
手塚の手が再びリョーマのふくらはぎを優しく上下に行き来する。
「このあたりか?」
「…うん……」
小さく返事をしながら、リョーマは手塚に気づかれないように微かに吐息を零した。
内股に触れられている時ほど強烈ではないが、今もまだ、乱れた鼓動が静まらない。手塚が触れる箇所から熱が送り込まれて、リョーマの腰の奥にどんどん堪ってくるような感覚がある。
「……越前」
「え……」
熱に浮かされたようにか細い声で答えると、手塚が顔を上げてリョーマを見つめ、小さく苦笑した。
「……目の毒だ」
「え…?」
「敏感なんだな」
「……え」
手塚の手が、再びリョーマのハーフパンツの裾から入り込んでくる。
だが今度は内股で留まらず、そのままぐっと下着の中まで差し込まれてきた。
「あぁっ」
手塚に優しく性器を握られて、リョーマは自分の雄が硬く勃ち上がってしまっていることに気づいた。
「やっ、ダメ……触んな……っ」
「だがこのままではつらいだろう…?」
いつの間にか顔を近づけられ、リョーマの大好きな声に耳元で甘く囁かれる。
「……本当に嫌ならやめる。………嫌、か?」
「ぁ………」
ゾクゾクとリョーマの全身を得体の知れない感覚が這い上がってくる。
「どうする…?」
手塚の甘い声が、一層艶を含んでリョーマの耳から入り込み、麻酔を掛けてくる。
もう、抵抗する気力は、リョーマにはなかった。
「触…って……」
熱い吐息に紛れてそう呟くと、手塚がふわりと微笑む。
「…わかった」
「ぁ…っ」
優しく優しく、手塚の手がリョーマを扱き始める。途端に全身を駆けめぐり始めた快感に、リョーマはギュッと目を閉じて感じ入った。
「ぁあ……んっ」
「越前…」
「あ……ぁ、ん、は、あ……」
初めて他人に触れられることの抵抗感よりも、甘く狂おしい快感がリョーマの全てを支配してゆく。
「あ、は……あ…っ」
「少し腰を上げて」
「ん…」
言われたままに腰を上げると、ハーフパンツと下着が膝のあたりまでずり下ろされた。
「や…っ」
恥ずかしさに抵抗しようとしたが、快感に支配された身体はリョーマの思い通りには動かなかった。
「ぁ……っ?」
性器が、一層甘い感覚に包まれた。柔らかく、湿ったものに全体を包まれ、時折先端が引っ張られるような刺激が走る。
潤む瞳で目を凝らすと、自分の性器を口に含む手塚が視界に飛び込んできた。
「な、に…して……の…っ?」
手塚は何も答えずにチラリとリョーマに視線を向けてから、一層深く、リョーマの雄を喉の奥まで飲み込んでゆく。
「あぁっんっ!」
強い快感に思考を飛ばされ、リョーマが仰け反る。そのまま身体を支えていられずに横に崩れていく身体を、手塚の手がそっと支えてくれた。
「ぁ……ぶちょ…っ」
なおも手塚の口内で愛撫され、リョーマの雄は今まで感じたことのない快感に限界まで膨らんだ。
「ダメ……も…出る……出るから、はな、して……っ、や、あっ」
リョーマの左手がベンチの端を掴み、目一杯握り込む。
「あ─────…っ……!」
身体が硬直し、きつく閉じた瞼の裏が真っ白くスパークした。その直後、身体の中心から甘い熱が放出されていくのをリョーマは感じた。
「あ……ぁ……ぁ……っ」
「………」
放熱が収まり、身体の硬直が解けてゆくと、リョーマのぼやけた視界の中で手塚がゆっくりと身体を起こすのがわかった。
「…………」
何が起こったのだろう、と、リョーマはうまく回らない思考回路をなんとか動かしてみる。
「ぁ……」
次第にはっきりしてゆく視界の中で、手塚が手の甲で濡れた口元を拭うのが見え、一気に我に返った。
「なっ!」
ガバッと起き上がるリョーマを静かに見つめ、手塚がそっと微笑む。
「ぶ、ぶちょ……今、アンタ、何……」
手塚は今、自分に何をしたのか。
自分は今、手塚に何をされたのか。
リプレイしそうになる自分の思考を、リョーマは一旦強制終了させた。
「変なコトしないって……したら絶交だって、言ったじゃんか!」
「……お前の許可は得たぞ」
「ぁ……」
確かに、手塚は最初はマッサージをしてくれていただけで「変なコト」はしていない。なのに、リョーマの身体がおかしな反応をしてしまい、終いにはリョーマ自身から触って欲しいと言った。
(オレが、部長に、「させた」んだ…)
先程の行為は、リョーマが手塚に「された」のではなく、「させた」ことだったのだと。
呆然とするリョーマに微笑みかけ、だが手塚はふぅっと深く溜息を吐いた。
「…だが……さすがに『本格的なセクハラ』はかなりキツイな……」
「え……セクハラ…?」
苦笑しながら、手塚はリョーマの服を直してくれる。
(今のがキツイって、どういう意味……?)
「……今のもお前の『性的嫌がらせ』、だろう?」
「!」
リョーマは大きく目を見開いた。
甘く解けていた心の奥で、ガラスが割れるような、透明な崩壊の音が聞こえた。
「そ……そっスよ。今のはセクハラだから。イヤガラセ、だ…から」
口が勝手に言葉を紡ぐ。言いたいことはそんな言葉ではないのに、と、リョーマの心が訴えてきている気がする。
なのに。
「…今日はこれで勘弁してくれないか。これ以上は……」
苦笑を浮かべる手塚を見ていられなくて、リョーマはそっぽを向いて、素っ気なく言う。
「いいよ。今日のところは、これで終わってあげる」
「すまない」
クシャッ、と頭を撫でられて、リョーマの胸の奥が小さく軋む。
「じゃあ、着替えてもいいか?」
「うん」
立ち上がる手塚をそっと目で追い、その背中をじっと見つめる。
ジャージが脱ぎ落とされ、ウエアの下から現れた美しい背筋にリョーマは魅入る。
(……今日は、オレが触ろうと思っていたのに…)
あの背中にも。そして、胸や腹にも。
自分が手塚の肌に触れるつもりだったのに。
「…っ」
先程強制的にシャットアウトした映像が、ふいに頭の中で再生を始める。
ハーフパンツの中でリョーマの雄を優しく扱く手塚の指先。直接見えてはいなかったが、性器に絡む指先の感覚と、布の動きで手塚がどんなふうに手を動かしているのかが視覚的にも伝わってきた。
そうしてハーフパンツと下着が下ろされ、露わになったリョーマの雄を、手塚がすっぽりと口内に収めてしまった。
(ぁ……っ)
思い出しただけで再び腰の奥が疼く。甘い熱まで蘇りそうになってきて、リョーマは慌てて頭を振った。
「どうした?」
「……べつに」
「お前も下、穿き替えるのを忘れるなよ?」
「ぁ…」
自分のバッグの上に無造作に置かれている制服のズボンを見て、リョーマはノロノロと立ち上がった。
せっかくマッサージしてもらったのに、また下肢が怠くなっている気がした。
ズボンを手にして、リョーマはまたベンチにどっかりと腰を下ろす。
深い溜息も、出た。
(キツイ、か……)
手塚の言葉が、耳の奥に繰り返し聞こえてくる。
確かにこれは、リョーマから手塚へのイヤガラセだ。手塚の嫌がる顔を見ることが目的だったはずだ。
なのに、この、胸に広がる空しさはなんなのだろう。
いや、これは空しさと言うより、ショックを受けたような『落胆』に近い。
(なんでオレが落ち込むんだよ…)
キツイと言われた。
もう勘弁してくれと言われた。
その言葉たちが、リョーマの心を内側から傷つけているようだった。
もう一度溜息を零し、だが、なんとかズボンに穿き替えて顔を上げると、手塚にじっと見つめられていた。
「…なんスか?」
「いや……帰るか?」
「うん…」
重い身体を立ち上がらせ、バッグを担ぐ。
手塚もバッグを担ぎ上げ、ドアに向かいかけて、ふと何か思い出したようにリョーマを振り返った。
「越前」
「?」
「練習のあとがキツイなら、昼休みでも俺は構わないぞ」
「は?」
手塚の言葉の意味がわからず、眉を顰めて聞き返すと、手塚は小さく苦笑した。
「毎回同級生たちの誘いを断って部室に残るのも面倒だろう。だから、お前がその気になったら、セクハラは昼休みでも俺は構わないと言ったんだ」
「昼休みって……そんなの、どこで……」
「俺は昼休みは大抵生徒会室にいる。用がない限り他の役員は来ないから、気ままに過ごせるんだ」
「へぇ………って?え?オレに生徒会室まで来いってコト?」
言葉にはせず、手塚は微笑んで頷いた。
「資料室には鍵も掛かる」
「な……っ」
リョーマの頬が真っ赤に染まる。
「気が向いたらでいい。…俺は待っているから」
「え……」
柔らかく微笑んで、手塚はそれ以上は何も言わなかった。
(やっぱ、この人ワケわかんない)
キツイと言ったくせに。
もう勘弁しろと言ったくせに。
同じ口で自分を生徒会室に誘うなんて。
(オレのこと、振り回すつもり?)
そういうことなら、乗せられたフリをして逆にこっちが振り回してやるまでだ。
「…じゃあ、気が向いたら、アンタんとこ、行ってあげるよ」
「ああ」
心なしか、手塚が嬉しそうに微笑んだ気がした。
(明日こそ、オレがアンタの身体に触ってやるんだ)
「忘れ物はないか?ドア、閉めるぞ」
「大丈夫っス」
よくはわからないが、今日、自分の心がショックを受けたらしい分も、明日のセクハラで解消してやろうとリョーマは思う。
だが、ドアに施錠する手塚の背中を見つめながら、リョーマはやはり手塚にひとつだけ訊いてみたくなった。
「ねえ、部長」
「ん?」
施錠されたことを確認してから、手塚が振り返る。
「アンタは……どうして、初めて会った日に、男のオレに向かって付き合えとか言ったり、部室でいきなりキスしようとしたり……かと思えば、オレに大人しくセクハラされてもいいとか、ソーユーコト言うんスか?」
「…………」
手塚はじっとリョーマを見つめたまま暫し黙り込み、小さく溜息を零しながらふわりと笑った。
「…お前を、困らせるつもりはない」
「え……?」
「行くぞ。もうすぐバスが来る」
「ちょ…っ」
時計を見ながらリョーマに背を向けてスタスタと歩き出す手塚を追いかけ、リョーマはきつく眉を寄せる。
(困らせるつもりはないって……オレはもう充分困らされてるんだけど……)
そう言って抗議したくなったが、チラリと見上げた手塚の横顔がどこか切なげに見えて、リョーマは口を噤んだ。
(また…そんなカオして……)
「本気で好きな人がいるくせに…」
俯いて、ぼそりと呟いたリョーマの言葉は手塚には聞こえなかったようだった。
「越前」
前を見つめて歩きながら、静かに手塚が口を開く。
「お前こそ、なぜ俺にセクハラしようだなんて思ったんだ?」
「それは、アンタが先に…」
「俺のしたことが嫌だったのなら、俺を拒絶すればよかったんじゃないのか?嫌だと言いながら、なぜまだ俺に関わろうとする?」
「…やられたらやり返すのがモットーなもんで」
「………なるほど……そういうことにして、お前が探している人を見つけるまでの退屈しのぎにでもするつもりなのか?」
「え?」
驚きに一瞬足を止め、だがすぐにリョーマは手塚の前に走り出て、真正面から手塚を睨んだ。
「なんでアンタがそのこと知ってンの?」
「………」
手塚は、どこか苛立ちを抑えているような瞳をしている。
「でも、お生憎様。オレはもう、その人を見つけたよ」
「え…?」
手塚が目を見開いた。
「ちゃんと話をして、確認したし……でも……印象はだいぶ違ってたけど……」
「話をした?誰と?」
「べ、べつに、誰だっていいじゃないっスか。部長じゃないことだけは確かだし!」
「………」
手塚はどこか愕然としたように目を見開き、だがすぐにリョーマから視線を逸らして口を噤んだ。
「部長?」
「……見つけたのなら…もう人捜しは終わったと言うことか…」
「え?」
呟くように吐き出された手塚の言葉に、リョーマは小さく眉を寄せた。
「それで、その見つけ出した相手とは、これからどうするつもりなんだ?」
「どうするって…」
視線を逸らしたまま言う手塚の言葉にリョーマが口籠もると、手塚がチラリと視線を投げてよこした。
「どう、なりたいんだ?」
「べつに……もっと仲良くなってみたいとは思うけど…」
「………」
「なんか……ずっと…考えていたイメージと違うから……戸惑ってるって言うか……」
「イメージが違う?」
手塚の表情が、少しだけ和らいだ。
「…お前の探していた人というのは、どんな男だったんだ?」
「え……」
「俺じゃないなら、べつに話しても支障はないだろう?」
リョーマは少し迷ってから、口を開いた。
「すごく……優しい人で…オトナっぽくて、……声が格好良かった」
「声?」
「ぁ……ぅ、ん……その……顔はわかんないけど、声はちゃんと覚えてて……だから見つけられたんだけど……」
「………」
「どうしてかな……見つけたはずなのに……どうしても、まだ、スッキリしないんスよ……」
「………」
リョーマが黙り込むのと同じように手塚も暫し黙り込み、そうして静かに口を開いた。
「……もう一度、最初から探し直すというのはどうだ?」
「え?」
「声だけを頼りに探し出したのか?」
「ぁ…ううん、あと……『忘れ物』もあったから…」
「忘れ物、か……まるで、ガラスの靴を置いていったシンデレラを探しているようだな」
「オレも、なんか、そんな気がしてたっス」
小さく苦笑すると、手塚も微かに笑った。
「越前。……シンデレラはなぜガラスの靴を残したと思う?」
唐突な質問に、リョーマは目を丸くしながら首を傾げた。
昔読んだ絵本のワンシーンが脳裏に蘇る。
十二時を告げる大きな時計。
鳴り響く鐘の音の中、美しいドレスを纏った少女が、長い長い階段を駆け下りてゆく。
その途中で靴が片方脱げてしまったが、追いかけてきた王子に「ごめんなさい」と告げて、その靴を階段に残したまま、彼女は城の外へと逃げてゆくのだ。
「拾い上げてる時間がなかったからでしょ?」
鐘が鳴り終わるまでに城を出なければ、貧しい身なりの自分を王子の目に晒すことになるから。
だが手塚は、柔らかく笑って首を横に振った。
「違う。シンデレラは、見つけて欲しかったんだ。手掛かりを残して、王子に、本当の姿の自分を、見つけて欲しかったんだ」
「本当の姿?」
手塚は小さく頷いた。
「美しいドレスや髪飾りをしていなくても、艶めく口紅も煌めく首飾りも耳飾りも、そんなものがなくても、本当の自分を見て愛して欲しいと、願っていたからだ」 
「なにも飾らない自分、を…?」
「そうだ」
手塚が、リョーマの肩にそっと手を置く。
「唐突で、一瞬にも思える短い出逢いであっても、人はその一瞬のうちに本気の恋に落ちることがあるのだと……信じたかったんだ」
「……部長……?」
手塚の瞳が切なげに揺れながらリョーマを映す。そしてその瞳の奥に、艶めいた妖しい炎の気配も感じて、リョーマの身体が仄かに甘く震えた。
「シンデレラの話、……っスよね?」
短い沈黙のあと、手塚は呟くように「そうだ」と言ってリョーマから手を離した。
「…魔法が解けてしまったシンデレラは、本当の自分を見つけてもらえる瞬間を、ずっと待ち続けている……」
「え……」
「シンデレラが名乗り出なかったのは、身分が違うからとか、不釣り合いだとか、そんなふうに思っていたワケじゃない。相手も自分と同じように一瞬で本気の恋をしたのだと信じていたいんだ」
「ぁ……」
だから、『あの人』が自分から名乗り出ることはないのだと。リョーマの耳には、手塚の言葉の意味が、そんなふうに聞こえる。
そして同時に、敢えて目を背けていた『仮説』が胸を過ぎった。
(まさか……でも、声が……)
「お前がまだ納得していないのなら、自分を信じて、もっと探してみればいい。…そう、自分の五感よりも、自分の心が感じたものを頼りにしてみろ」
「………うん…」
小さく頷くリョーマを、柔らかな瞳で包み込むように手塚が見つめてくる。
「部長……」
「ん?」
「少し……屈んでくれませんか?」
不思議そうに眉を顰めてから、手塚はリョーマに言われた通りに少し身を屈めてくれた。
その手塚の首に左腕を回してさらに手塚の身体を引き寄せ、リョーマがスッと踵を浮かせる。
「…………」
「………っ!」
手塚の唇と自分の唇を、リョーマはそっと、触れさせ合った。
「………」
「……え…ちぜん…?」
「………」
戸惑う手塚から視線を逸らし、リョーマは何もなかったかのようにクルリと背を向けてバス停の方へ歩き始めた。
少し遅れて、手塚もリョーマの後からついてくる。
何も言わず、同じ歩調で、同じ間隔で。
なぜ手塚にキスをしたのか、リョーマは自分で自分の行動に戸惑ったが、後悔はしていない。
キスしたかったから、キスをした。
強要されたのではなく、無理矢理奪われたのでもなく、自分の意志で、自分の感情で、手塚にキスしたいと、思った。
(好き、なのかもしれないな……)
その声だけでなく。
そのテニスだけでなく。
手塚自身に、自分の心が惹かれてしまっているのかもしれない。
大嫌いだと思っていた手塚への感情が、本当に『キライ』なのか、それともどこか違うところから来ていた『反発』だったのかを、確かめてみたい。
(でも、まずは、)
あの日、空港で自分を助けてくれた人を、もう一度初めから探してみようと思う。
手塚に言われたように、乾が『あの人』だということに違和感を覚えた自分の『心』の感覚を、信じてみよう。
そして、それから。
手塚への、この曖昧な感情も、見極めてみよう。
(全部、もう一度、最初から考え直すんだ)
そうすることが、一番早い『解決』への近道に思えるから。
「ねえ、部長」
後ろを歩く手塚を振り返らずに、リョーマは言う。
「お腹空かないっスか?」
「え…?」
「部長が奢ってくれるなら、駅前のマック、付き合ってあげてもいいっスよ?」
「………」
返事が聞こえないので振り返ってみると、手塚が困惑したような表情でリョーマを見つめていた。
「……だって、昨日は付き合ってあげられなかったから」
ニッと笑ってやると、手塚は一瞬目を丸くしてから、クッと吹き出した。
「ずいぶんな態度だな」
「誉め言葉に取っておきます」
クスクス笑いながら言う手塚に、リョーマも同じように笑って言う。
「お前には敵わない。わかった、マックでもどこでも、少しなら付き合ってやる」
「オレが、アンタに、付き合ってあげるんだよ」
つんと唇を尖らせると、手塚の笑みが柔らかさを増した。
「ああ、そうだったな」
「じゃ、行こう、部長」
リョーマは手塚の手を取り、グイグイとバス停に引っ張ってゆく。
「越前…………だ…」
「え?」
何か優しい言葉を呟かれた気がして手塚を振り返ると、曖昧に、だが酷く柔らかく微笑まれた。
「いや……なんでもない」
「?」
「…もうバスが来るぞ」
「うん」
手塚の手を引っ張っていたリョーマの手は、いつの間にか手塚にしっかりと握り返されている。
ちょっと文句を言おうかと口を開きかけ、だがリョーマはそっと唇を閉じ、その唇で緩やかな弧を描く。
(ま、いいか…)
全部最初から考え直すと決めた。
手塚に対する自分の気持ちも、あの八重桜の下で初めて出逢った時に戻って考え直そうと思う。
(突っぱねるだけじゃ、何も変わらないし…)
正直言って、手塚が何を考えているのかは未だによくわからないが、少なくとも今日の自分は、手塚に触れられて嫌悪感は感じなかった。
誰にも触れられたことのないような場所を、自分でもしたことのないような触り方で弄られても、自分の感覚は甘い快感だけに満たされた。
そんな自分を否定するのではなく、少し冷静に観察してみるのもいいかもしれない。
(それに……)
もしかしたら、と言う仮説が、俄に浮上してきた。
いろいろと疑問は多いが、ほんの小さなことでもひとつひとつ確認していけば、案外答えは単純で簡単なことなのかもしれない。
堂々巡りしかけていた自分の思考回路を新たな方向へと軌道修正してくれた手塚には、素直に感謝しなければならないだろう。
(今はまだ、言わないけどね)
バス停に着くと、手塚の言った通りにすぐバスが来た。
手を繋いだままバスに乗り込み、一番後ろの席に並んで座った。
二人はずっと黙ったままだったが、駅に着くまで、繋いだ手が離れることは、なかった。











                                                      →          
    




*****************************************
←という方はポチッと(^_^)
そしてこのあとに続く言葉をどうぞお聞かせください…
*****************************************

掲示板はこちらから→
お手紙はこちらから→



20070829