相思相愛


<2>




「クニミツ」
「ん?」
リョーマが肩を寄せてきて、運転手には聞こえないように小さな声で囁くように言う。
「オレとクニミツって、相思相愛?」
南次郎が先程からかい半分に言った言葉を思い出したのかと、手塚は小さく笑いながらリョーマに問い返す。
「…違うのか?」
一瞬口を噤んだリョーマは、しかし、手塚が思っていたのとは違う反応を見せた。
「だって……オレ、すごくすごく、クニミツのことが好きなんだ。絶対オレの方がクニミツのこと好きだから……そういうのも『相思相愛』って言うのかなって思って」
暗い車内でもわかるほどリョーマの頬が真っ赤に染まっている。こんなリョーマの表情を一瞬でも運転手に見せるのは気が進まない、と手塚の心に甘い独占欲が湧き上がってくる。
だがそれよりも、聞き捨てならない言葉を、リョーマの口から聞いた気がした。
「お前の方が、俺を好きだ、と?」
「絶対そう」
確信を持っているかのように、ほんの少しだけ唇を尖らせてリョーマが見上げてくる。
「………」
「………クニミツ?」
リョーマをじっと見つめてから小さく溜息を吐いた手塚を、リョーマが不審げに覗き込む。
困惑したように瞳を揺らすリョーマに、手塚は柔らかく微笑んだ。
「……日付が変わる前には、その言葉、撤回させてやる」
「え…?」
リョーマが大きな目をさらに大きく見開く。
繋いでいた手を外し、手塚はリョーマの肩を強く抱き寄せて、その髪に頬擦りをする。もう、運転手の目に留まろうが何だろうが、どうでもよかった。
「クニミツ…」
大胆な手塚の行動に一瞬身体を硬くしたリョーマも、次第に手塚の身体に身を預けるようにして頬を擦り寄せてくる。
「クニミツ……大好き…」
手塚の胸に唇を押し当てるようにしてリョーマが呟く。
「ああ」
今はそれだけを言い、手塚はリョーマの髪を撫でる。
何度も髪を撫でているうちにリョーマの身体がさらにグッと手塚に傾いた気がして、そっと顔を覗き込んでみると、リョーマがすぅすぅと寝息を立てていた。
「リョーマ…もうすぐ着くぞ」
あとひとつ角を曲がって直線を進めば駅のロータリーに入る。だが声を掛けてもリョーマは寝息を立てたまま反応がない。
(お前の方が心も身体も、疲れたのだろうな…)
つい先程までは、一晩中リョーマを抱いて自分がいかにリョーマを愛しているかわからせてやるつもりでいたが、安心しきって自分に身を任せて眠るリョーマを見ていると、情欲よりも保護欲が勝ってくる。
「あれ、寝ちゃいました?」
運転手がチラリとバックミラー越しに手塚に視線を向けてくる。
「ぁ、はい…今起こしますから」
「なんか可愛そうだから、家まで送るよ。えっと、家はどっちの方?」
手塚は少し迷って住所を告げた。
「じゃ、このまま行くから。あ、どうせ帰り道なんで、気にしないでいいからね」
そんなにお人好しで商売になるのだろうかと一瞬心配になったが、手塚は運転手の厚意に甘えることにした。





家に着き、未だ夢うつつ状態のリョーマをなんとかタクシーから連れ出す。
「今日は、本当にお世話になりました」
リョーマを抱えながら手塚が深く頭を下げると、タクシーの運転手はニコニコ笑って「いえいえ」と言う。
「君たちは大変だっただろうけど、僕はちょっと楽しかったから。昔から憧れていたんだよ、『前の車追ってください』ってシチュエーション!」
あははと、照れくさそうに笑う運転手を見て手塚も小さく笑った。
「ぁ、でも彼もここで下ろしてよかったの?なんなら彼の家まで送ってあげるけど…」
「いえ、今日は一緒にいることになったので…」
「そっか。詳しくはわからないけど、なんか大変だったもんね。本当に無事でよかった」
柔らかな運転手の微笑みに、手塚はこの運転手がどんなに自分たちを心配していてくれたかがわかり、心の奥が温かくなった。
「ありがとうございました」
「それじゃあ。タクシーを呼ぶ機会があったら、うちの会社をごひいきに!」
「はい」
手塚が頷くと、運転手はニッコリと笑って軽く頭を下げてから静かに去っていった。
「………リョーマ?」
「ん……」
「愛してる」
「………っ」
耳元で囁いて頬にキスしてやると、少し間をおいてからリョーマの身体がビクンと派手に揺れた。
「ぁ……クニミツ……」
頬を真っ赤にしたリョーマがしっかりと目を開いて手塚を見上げる。
「目、覚めたか?」
「う………意地悪」
ますます頬を染めて上目遣いに睨んでくるリョーマを、堪らずに抱き締める。
「風呂、一緒に入ろうか」
「え……?」
「一緒に風呂に入って、風呂から上がったら一緒に部屋に戻って、話したいことをたくさん話して…」
「クニミツ…」
「明日の朝まで、ずっと傍にいよう」
「………うん」
リョーマが、そっと手塚の背に腕を回してくる。
「いや、朝までなんかじゃなく…これからもずっと…傍にいたい…」
「クニミツ……」
背に回ったリョーマの腕に、グッと力が籠もる。
「大好き、クニミツ…」
「リョーマ…」
さらにギュッと強く抱き締めると、リョーマも抱き締め返してくれる。
手塚の心の奥に、甘い熱が、生まれた。







手塚は、母・彩菜に今夜の出来事を当たり障りなく話し、南次郎が警察での書類作成などで少し時間を取られるためにリョーマをうちで預かることにしたと、最後に適当に付け足して話した。
彩菜はひどく驚いて「大変だったわね」と眉を寄せた。
「お腹は空いてない?何か作りましょうか?」
「いえ、それより風呂を使わせてください」
「ええ、ゆっくり浸かっていらっしゃい」
手塚はリョーマを居間に待たせておいて、素早く二人分の着替えを用意して戻ってきた。
「行こう」
「うん」
「ごゆっくり」
彩菜にニッコリ微笑まれ、その言葉に深い意味がないだろうことはわかっているが、二人は仄かに頬を染めた。
脱衣所で服を脱ぎ落とした途端、手塚の肘の包帯が目に入ったリョーマはきつく眉を寄せて手塚を見上げた。
「クニミツ…やっぱり、それ……」
「念のためだと言っただろう。でも今夜はあまりゆっくり湯船に浸かるなと言われた」
包帯を解き、湿布を外しながら言う手塚を、リョーマは眉を寄せたまま見つめる。
手塚は苦笑してからリョーマを浴室へと促した。
「そういえばお前は夕食前にシャワーを使ったのだったな…付き合わせてすまない」
湯温の調節をしながらリョーマを見ずにそう言うと、後ろにいたリョーマが、そっと手塚に抱きついてきた。
「リョーマ…?」
「ずっと一緒にいるって言ったじゃん」
「………」
「アンタの部屋で一人で待ってるのはヤダ」
「………ああ、そうだな」
シャワーのヘッドを壁にかけ直し、手塚はリョーマを振り返って、その身体を優しく抱き締めた。
「クニミツ……オレさ……」
「ん…?」
シャワーの音に消されそうなほど小さな声で言うリョーマに、手塚は穏やかな声で先を促す。
「ずっと考えていたんだ……どうして親父は、オレに本当のことを教えてくれなかったんだろう、って……」
「………」
手塚の腕を解き、リョーマが見上げてくる。
「親父は、オレが悩んでいるのを知っていたのに何も言わなかった。オレが素直に相談とかしていたら、ちゃんと話してくれたのかな…」
「リョーマ……」
「でも………何となくは、わかる気もする。親父もつらかったのかな、ってさ」
「………」
手塚は黙ってリョーマの話を聞きながら、またシャワーヘッドを手に取り、そっとリョーマの身体に湯を当てる。身体全体をザッと流してやってから、手塚は俯くリョーマに優しく口づけた。
「……クニミツ…」
「先に湯船に入っていろ」
「ん…」
小さく頷いて、リョーマが言われた通りに湯船に身を沈める。
口を噤んだまま湯船に浸かっているリョーマを時折横目で見ながら、手塚は手早く全身を洗ってシャワーを止めた。
リョーマと向かい合わせになるようにして手塚も湯船に身を沈める。
「リョーマ、こっちへ」
手塚が両手を広げると、リョーマはふっと顔を上げて嬉しそうに微笑み、波を立てて手塚の腕の中に身を寄せてきた。
触れ合う肌と肌の感触に、手塚は軽い眩暈を起こす。
「クニミツ…」
リョーマが唇を寄せてくる。触れ合うだけの優しいキスを交わし、手塚はリョーマの身体を反転させて後ろからすっぽりと抱き込む体勢になった。
「………お前が、シャワーを浴びている時に、南次郎さんと少し話をしたんだ」
「親父と…?」
弄ぶように手塚の手を取って指を絡めながらリョーマがどこか意外そうな声を出す。
「南次郎さんの口から、お前のことを聞こうと思ってお前の家に行ったんだが……当然俺にも本当のことは話してはくれなかった」
「………」
「だがな、リョーマ」
手塚がリョーマの身体を抱き締めながら、その耳元で優しく話す。
「南次郎さんは、お前のことを『俺の息子だ』と言い切っていた」
「息子……」
「『例え本人がそう思っていなくても』と…」
「やっぱ知ってたんだ……オレが悩んでいたこと…」
「なあ、リョーマ」
手塚はさらにリョーマを抱き込み、そのこめかみに頬擦りをする。
「南次郎さんにとっては、お前も、そして黒川さんが作り出した『彼』も、同じ『息子』だったんじゃないかと思うんだ」
「え…?」
「生まれ方がどうであれ、南次郎さんは二人とも自分の息子として愛している。だから、『彼』の出生に関わるようなことを、敢えてお前に話そうとしなかったんだと思う」
「………」
「それが、あの人なりの、『彼』への愛情表現とでも言うのか……特別扱いせずに、『彼』もお前と同じ『息子』なんだと、沈黙することによって主張していたのではないかと思う」
「……うん」
リョーマが、小さく頷く。
「きっと、母さんも同じように考えていたんだろうな。あの二人『似た者夫婦』って感じだからさ……二人とも同じように悩んで、心を痛めて、でももう一人の息子を受け入れようと決めたんだろうね」
「ああ…」
手塚が頷いてやると、リョーマはふぅっと息を吐いて手塚に深く身を預ける。
「やっぱりクニミツはスゴイね……人の心を…想いを、ちゃんとわかってあげられる人なんだ…」
「お前だってわかっていたんじゃないのか?だから、南次郎さんたちを問いつめようとしなかった」
「怖かっただけだよ。『本当は子どもじゃない』って言われたら、親父たちと自分の間にある絆が失くなって、ひとりぼっちになる気がしてた。でも、クニミツと出逢えて、もしもオレが親父たちの子どもじゃなくても、独りじゃないって、思えたんだ」
「リョーマ…」
リョーマが手を伸ばして手塚の頬に触れる。
「大好き、クニミツ……アンタに出逢えて初めて、オレは生まれてきてよかったって思えたよ」
「…リョーマ」
「初めて逢った日……誰にも見つからないようにあそこで寝ていたのに、クニミツはオレを見つけてくれた」
あの日、試合会場だったテニスクラブの片隅で、ぽつんと独りで寝転がっていたリョーマを思い出す。
あの時は手塚も心にモヤモヤとした燻りがあって、どこか自暴自棄な日々を過ごしていた気がする。
「オレを見つけてくれて、ありがとう、クニミツ」
(礼を言いたいのは俺の方だ…)
心の曇りを拭ってくれた唯一の存在。
そして、人を愛するという気持ちを教えてくれた最初で最後の存在。
「リョーマ…」
手塚は堪らない気持ちになって、リョーマの身体を思い切り抱きしめる。首筋に顔を埋めると、リョーマが擽ったそうに肩を竦めた。
「ん……クニミツ…」
「リョーマ……好きだ…」
「うん……」
リョーマが仰け反るように身体を預けて目を閉じる。そのリョーマの顎を手で支え持ち、手塚は屈み込むようにしてリョーマに口づけた。
しっとりと舌を絡め合い、音を立てて唇を啄む。
「ぁ……っ」
甘い吐息がリョーマの唇から零れ、手塚の身体の奥に疼きが走る。
口づけたままリョーマの身体のラインを辿るように指を滑らせ、性器に触れてみると、そこはほんのりと変形を始めていた。
優しく優しく袋ごと揉みしだいてやれば、すぐに固く芯が通る。
「や…っ」
リョーマが身動ぐ。声が上擦り、息が荒れる。
「ダメだよ…ここじゃ……声、響く……っ、んんっ」
「すまない……少しだけ……」
「ぁ」
手塚がリョーマの後孔に指を這わせると、リョーマは慌てて両手で口を塞いだ。
「んんっ」
マッサージするように固い蕾の周りを指で押し撫で、ほんのりと綻んできたところへ中指をゆっくりと沈めてゆく。
「んぁ……っぁん」
リョーマの腰がゆるりと動き、手塚の指を銜え込んだまま、唇からは甘い吐息を漏らす。
さらにグッと奥まで指を埋め込むと、リョーマの身体が小さく痙攣した。
「ダメ…ホントに……声、が……ぁっ」
リョーマが途切れ途切れに甘い抗議の言葉を零し、だがまたすぐに慌てて両手で口を塞ぐ。
「もう少し……」
手塚は片腕でリョーマの身体をしっかりと抱き締め、こめかみに口づけながらリョーマの胎内へ埋める指の本数を一気に三本に増やした。
「や…っ…んんっ」
指の付け根まで深く差し込んで内壁を撫でると、リョーマが苦しげに肩で息をし始める。
リョーマの雄はしっかりと勃ち上がり、手塚の指の動きに合わせて内壁が締まり、腰が揺らめく。
「ぁ……はっ……ダ…メ……出……ちゃ…っ」
ビクビクと、リョーマの身体が小刻みに痙攣を繰り返す。
「…ここで出すのは嫌か…?」
リョーマの耳にわざと息がかかるように囁くと、リョーマはコクコクと何度も頷いた。
「ヤダ…ヤダ……クニミツと一緒がいい……っ」
少しずれた答えに、手塚はクスッと笑みを零す。
「一緒なら、ここでもいいのか?」
「ぁ……」
上気したリョーマの頬がさらに赤く染まる。だがリョーマは、少し迷ってから、小さく小さく、頷いた。
手塚がゆっくり指を引き抜くと、リョーマは「あ…」と名残惜しげな声を漏らす。
「…お前の中に…入っても、いいのか?」
「………っ」
リョーマは一瞬口を噤むと、浴槽の縁に縋るようにして身体を起こし、手塚と向かい合わせになった。
大きな瞳は、今にも泣きそうなほど潤んでいる。
「クニミツ…」
リョーマが倒れ込むように口づけてくる。首に腕を巻き付けられてしっかりと抱き寄せられ、手塚の腹にリョーマの硬い雄が当たる。
「ぁ…っ」
手塚の腹でリョーマの雄の先端が擦られ、その少しの刺激にも敏感に反応しながら、リョーマは後ろに手を回して手塚の雄を探ってくる。
「…っ」
リョーマに袋を柔らかく揉まれ、そのまま優しく根元から撫で上げるようにして先端を掴まれ、手塚が顔を顰める。
二人の荒い呼吸が浴室に響く。
肩で息をしながら、リョーマは硬く尖りきった手塚の雄を自ら後孔に宛がった。
「……ぁ…っ!」
広がりきれていないリョーマの秘蕾が手塚の剛棒を拒む。それでもリョーマは懸命に自分の蕾をこじ開けようとするが、うまく行かずに次第に焦れ始めた。
「クニミツ…っ……入んない……っ」
目尻に涙を溜めながらリョーマが訴えてくる。その表情があまりに扇情的で、手塚はリョーマを引き寄せて噛みつくように口づけた。
「んっ」
舌を絡めながら、手塚は自分の肉剣に手を添え、先端をリョーマの後孔にグッと深く宛い、円を描くようにゆるゆると回してみる。するとリョーマの蕾が徐々に綻び、手塚の尖端を飲み込み始めた。
「あ…っ…!」
さらに円を描きながら、少しだけ力を込めて押し込むと、一気にエラの部分までが収まった。
「…痛くないか?」
手塚がリョーマを見上げて問うと、リョーマは小さく微笑んで「へーき」と言った。
「ゆっくり腰を落として」
甘く、囁くように促してやると、リョーマが徐々に腰を下ろし始める。次第に深くなってゆく結合に、二人は同時に小さく呻いた。
「ん……ぁ…っ」
「く……っ」
きつく締め付けてくる肉壁に、手塚は甘い苦痛を感じて眉を寄せる。
「ぁ…クニミツ……もぉ、ダメ……入んない…っ」
はぁはぁと呼吸を乱しながらリョーマが言う。
「大丈夫…あと少しだ…」
諭すように優しくそう言いながら、手塚はリョーマの腰を掴み、ゆっくりと引き下げてゆく。
「あっ……ぁ、あ、……んっ!」
「ほら…全部入った…」
強ばって浮いていたリョーマの腰から力が抜け、手塚の上に脱力していきながら、リョーマはさらに甘く喘ぐ。
「あぁ……深いよ……クニミツ……っ」
ヒクヒクと締め上げられ、手塚はリョーマの身体をグッと抱き締めて甘い苦痛をやり過ごす。
「少し…このままでいよう…」
「ん……」
もう何回かこうして身体を繋げているのに、未だにリョーマの蜜壺は狭く、柔らかく解れるまで時間がかかる。そのため、手塚はいつも逸る心を抑え込んでリョーマが自分の大きさに馴染むまで待つのだ。
だが、今日のリョーマは性急だった。
「やっ……ぁ」
じっとして動かない手塚に焦れるように、リョーマの腰がゆるゆると蠢いている。
「…リョーマ?」
「んっ、んっ」
リョーマが唇を噛み締めて、手塚の雄を小刻みに出し入れし始める。
「ぁ…リョーマ……っ」
じわじわと手塚の腹の底がむず痒くなり、堪らずにリョーマの腰を鷲掴む。
「あっ」
手塚は、浮き上がりかけていたリョーマの腰を強引に引き戻し、さらにリョーマの腰を左右に揺すって奥深くまで肉剣を捩り込む。
「……っ!」
叫び声を上げかけたリョーマが、慌てて自分の口を塞ぐ。
だが手塚は、容赦なくリョーマの腰をきつく引き寄せ、狭い腸壁に剛棒を強く擦りつけて奥深くを掻き回した。
「やっ、あっ、あぁっ」
我慢しきれずにリョーマが喘ぎ始める。それとほぼ同時に、手塚は手を伸ばして湯船の横にあるコックを捻り、勢いよくシャワーを出した。
間一髪、リョーマの喘ぎ声はシャワーの音に掻き消される。
その派手なシャワーの音にも気づかないのか、リョーマはまだ必死に声を殺そうと唇を噛み締めている。
「リョーマ…」
動きを止めて優しく名を呼んでやると、固く閉ざされていたリョーマの瞳がゆるりと開いた。
「ゆっくり…優しくするから…唇を噛み締めるな……切れてしまう」
そう言ってリョーマの唇を舌先で撫でてやると、リョーマは熱い吐息を零しながら手塚の舌を追いかけ、口づけてくる。
「クニミツ……今日……オレ、変……」
「え?」
潤むリョーマの瞳がユラユラと妖しく揺らめいている。
「もっと……もっと欲しい……クニミツを、いっぱい感じたい……」
「リョーマ……?」
「痛くてもいいから……もっと……いつもより、強くして……」
手塚の喉が、ゴクリと音を立てる。
今までは、いつもリョーマの身体のことを考え、手塚なりに欲望をセーブして、リョーマを傷つけないように、苦痛を与えないように、してきた。
だが今夜のリョーマは、苦痛を与えられても構わないと言う。
「…そんなことを言うと……本気にするぞ…?」
唸るように手塚が言うと、リョーマは涙ぐむ瞳を柔らかく細めて微笑む。
「クニミツが、いつも優しく手加減してくれてたの、知ってる。…でも、今日からは手加減なんかしなくていい。だって、オレ…」
リョーマがふわりと手塚に抱きつく。
「今、すごく、幸せで堪らないんだ。ずっと悩んでいたことが、違うってわかって……クニミツが、ずっと傍にいてくれるって言って……今が夢なんじゃないかって思うくらい、幸せ……」
「リョーマ…」
「だから、クニミツにも、もっと幸せを感じて欲しい。幸せになって欲しい。クニミツが欲しいって思うだけ、オレをクニミツにあげたい……」
「………リョーマ…」
「ぁ…っ」
繋がり合っているリョーマの身体を強く抱き締めると、リョーマが甘く喘ぐ。それと同時にリョーマの肉壁がきつく収縮して手塚を締め上げた。
「くっ…リョーマ…」
暴走しそうになる欲望を、既のところで手塚の理性が制する。いくらシャワーの音である程度の声は掻き消されても、自分が本気でリョーマを抱いたら、感じや すいリョーマの身体はいつも以上に反応し、乱れるだろう。そうなれば、反響のいい浴室ではリョーマの嬌声が完全に外まで丸聞こえになってしまう。
(コイツのこんな甘い声は、誰にも聞かせない)
何をしているかバレるという恐れよりも、リョーマの痴態を他の人間に晒したくないと言う独占欲が勝ってしまう自分に呆れながら、手塚はそっとリョーマの身体を離して顔を覗き込んだ。
「…ここでは本気で抱けない。俺の部屋なら家族の部屋とは離れた造りになっているから……」
手塚の言葉を黙って聞いていたリョーマが、またさらに頬を赤く染めて小さく頷く。
「でも……」
互いに尖りきった雄は、もう収まりはつかない。
「リョーマ…キス、しよう」
「え…」
「お前の声、俺が抑えてやる」
「ぁ………うん……」
リョーマはまた頷くと、手塚の首に腕を回し、深く口づけてきた。
「愛してる、リョーマ」
少しだけ唇を離して囁き、手塚がゆっくりと腰を上下に動かし始める。湯面が大きく揺らめき、浴槽から湯が溢れ出した。
「んっ、ん、ん、んっ」
リョーマの胎内を深く突き上げ、同時にリョーマの雄を左手で扱いてやる。
「ん、ぐ、ん、んぅ」
きつく眉を寄せて快感を享受するリョーマの表情を見つめながら、手塚はさらに的確な動きでリョーマを追い上げる。
右手でリョーマの腰を掴んで強く引き寄せ、リョーマのスイートスポットめがけて肉剣を突き立てる。左手ではリョーマの雄をリズミカルに扱き上げ、時折尖端に爪を立ててやって、さらなる快感を引き出してやった。
まだSEXに不慣れなリョーマの身体は、一気に与えられた強い快感に、呆気なく飲み込まれる。
「ぁ、出る…ッ、イっちゃう、クニミツ……っ!」
「いいぞ……俺も、もう、達く…っ」
絶頂の波に抗わず身を任せるリョーマの腸壁がきつく手塚を締め上げ、手塚もそのまま快感の波に身を委ねた。
「あっ……んんっ!!」
射精の衝撃に叫びかけたリョーマの唇を深い口づけで塞ぎながら、手塚もリョーマの胎内に熱い激情を迸らせる。
唇も、腕も、脚も、身体も、すべてをまるでひとつのもののように深く繋げて、二人は硬直と痙攣を繰り返しながら長い絶頂を味わう。
「ん………」
「は、ぁ……っ」
射精を終え、リョーマは手塚にしがみついたまま何も言わず呼吸を荒げている。手塚もまた荒い呼吸を繰り返しながら、しがみついているリョーマの背を優しく撫でてやった。
「…大丈夫か?」
「………」
声は出さず、リョーマは頷いたようだった。
「…もうギブアップか?」
「…っ!」
手塚がクスッと笑うと、リョーマはゆっくりと身体を離して手塚を軽く睨んできた。
「まだ大丈夫!」
「…そうでないと困る」
手塚がゆるりと腰を揺らすと、リョーマが目を見開いた。
「ゃ…っ、クニミツ…今…達かなかった?」
「いや。お前の中にたっぷり出させてもらった」
「でも、まだこんな……?」
カラダの熱とは別の意味で頬を赤くしながらリョーマが眉を寄せる。
「俺の本気を見せるのは、まだこれからだ」
「ぁ……」
手塚がリョーマに口づけながら甘く囁くと、リョーマは一瞬目を見開いてから、眉尻を下げてクスッと笑った。
「早く、本気になってよ」
「……」
もう一度触れるだけのキスをしてから手塚が熱塊を引き抜くと、リョーマが「ぁ…ん」と悩ましげな声を出した。
「まだここでは煽らないでくれ」
「ばか…っ、今のは違…っ」
口元を押さえて上目遣いで睨んでくるリョーマが愛しくてならない。
手塚はリョーマを湯船から連れ出して浴槽の栓を抜き、出しっぱなしのシャワーの中でリョーマを強く抱き締めた。
「ん……」
深く口づけると苦しげに眉根を寄せながらも、素直に応えてくれるリョーマに、手塚の身体の奥が再び疼き始める。
「クニミツ……」
「………お前の中に出したもの…洗っておくか?」
「え…」
手塚がリョーマの腰を引き寄せて後孔に指を這わせようとすると、リョーマがサッと身を引いた。
「ヤダ」
「しかし…」
「ぁ……っ」
「ほら」
たっぷりと注ぎ込んだ手塚の白濁液がリョーマの太股を伝って零れ出てきた。
「来い。洗ってやる」
「や…っ、自分でやる」
「これ以上ここでは煽るなと言っただろう」
リョーマが自分の後孔に指を差し入れる様など、想像しただけであまりにも官能的すぎて眩暈がする。
「え?」
不思議そうに首を傾げるリョーマに内心苦笑してから、手塚はリョーマを捕まえた。
「あ」
「いいから来い」
引き寄せて、抱き締めて、壁の方を向かせようとすると、リョーマがまた「ヤダ」と言った。
「壁じゃなくて……クニミツの方がいい……」
そう言って手塚の胸に頬を擦り寄せるリョーマに、手塚は甘い吐息を零す。
「困った王子様だな」
「クニミツのことが好きで好きでしょうがないだけだよ」
手塚を見上げてふわりと笑うリョーマに根負けして、手塚も柔らかく微笑み返してやる。
「俺もお前が好きで好きで堪らない。そうでなかったらこんなに……」
「あっ……んんっ」
リョーマの顔を見ながら後孔に指を差し込み、奥から滑る体液を掻き出してやる。
「こんなにたくさん出ないだろう?」
「………エロクニミツ…」
「それほどお前のことを愛してるんだ」
真剣な瞳で囁くと、リョーマは尖らせていた唇を綻ばせて嬉しそうに微笑んだ。
「うん。オレも愛してる、クニミツ」
「やはり俺たちは、ちゃんと相思相愛、だろう?」
そう言ってこつんと額を擦り合わせれば、リョーマが「うん」と頷いてクスクスと笑う。
「ね、クニミツ」
「ん?」
リョーマが手塚の背に腕を回してしっかりと抱きつきながら、甘えるような声で言う。
「ずっと、一緒にいよう。ずっと、ずっと…」
「ああ。約束する。ずっと、お前の傍にいる」
そっとリョーマを上向かせて優しく口づける。
甘く甘く舌を絡め合い、熱を帯びた瞳で見つめ合う。
「……出よう」
「ん」
もう一度触れるだけの口づけを交わして、二人は浴室を後にした。





部屋に戻り、リョーマを待たせておいて、手塚はキッチンに二人分のミネラルウォーターを取りに行った。
「……母さん」
洗い物をしている彩菜に、手塚は声を掛けた。
「ん?なぁに?国光」
ちょうど洗い物が終わったらしく、蛇口を捻って水を止め、タオルで手を拭きながら彩菜が振り返る。
「すみません、湯船に石けんが入ってしまったので、湯を落としてしまいました。母さん、風呂はまだでしたよね」
不審に思われる前に、適当に言い訳を繕ってすまなそうに言うと、彩菜はきょとんとしてからニッコリと笑った。
「ああ、いいのよ、べつに。今日はもう寝るわ。あなた達も今日は大変だったんだから、夜更かししないで早く寝なさいね」
「はい」
冷蔵庫からペットボトルを二本取り出し、彩菜に「おやすみなさい」と挨拶をしてから手塚は自室に戻った。


「リョーマ?」
部屋に戻ると、リョーマは窓から空を見上げていた。
「月が……出ていたんだね…」
リョーマが手塚を振り返らずに言う。
「気づかなかったな……ずっと……空を見上げることなんて忘れていた気がする」
手塚はペットボトルをベッドサイドに置き、リョーマの隣に立って、リョーマの見つめる月を見上げる。
「これからも、お前はいろいろなことに気づいていくかもしれないな」
「え…」
「内面が変われば、生き方も変わってゆく。そして、生き方を変えた人間には、それまで見えなかったものが、よく見えるようになるんだ」
「見えなかったもの…?」
リョーマに視線を向けられて、手塚は頷いた。
「お前の周りには、心優しい仲間がたくさんいることに気づくはずだ」
「………」
リョーマの瞳がふわっと見開かれる。
「今までは頑なに拒んできた周囲との関係も、これからは何も恐れずに築いていけるだろう。お前には、たくさんの…」
「クニミツだけでいい」
「え…?」
きっぱりと言い切るリョーマに、手塚は少し驚いて視線を向けた。
「俺だけで…いい……?」
「前にも言ったじゃん。たくさんの友達といるよりも、たった一人のクニミツといる方が、オレは幸せだよ」
「リョーマ…」
複雑な気持ちになって口籠もると、リョーマが小さく微笑んだ。
「もちろん、人と人との繋がりって大切だと思う。家族も、友達も、生きていく上では欠かせない存在だってこともわかってる」
ゆっくりと視線を空に戻して、リョーマは続ける。
「それでも、オレは、最後には絶対にアンタを選ぶ。何年経っても、どんな状況になっても、絶対に、クニミツを、選ぶよ」
「リョーマ……」
もう一度、リョーマが真っ直ぐな瞳を手塚に向ける。
「オレは、クニミツがいれば、他には何もいらない」
「………っ」
「クニミツは…人の上に立つ人だから、時にはたくさんの人の方を選ばなきゃならない時があるかもしれないけど……オレは、クニミツ一人だけでいい」
そっと、リョーマが手塚に身を寄せる。
「だから、オレの全部を、クニミツだけに、あげる」
「………思い違いをするな」
「え……」
高まる感情に、自然と声音が固くなる。
だが、これだけはリョーマに伝えなければならない。
「お前と引き替えに出来るモノなんて俺にはない」
リョーマの身体を静かに離し、その瞳を間近で見つめる。
「クニミツ…?」
「もしもお前が本当に南次郎さんの細胞から作られた人間で、世界中がその価値を認めてお前をガラスの世界に閉じこめようとするなら、俺は、一瞬さえも躊躇わずにお前を攫い、全世界を敵に回す覚悟を決めていただろう」
リョーマの大きな瞳がさらに大きく見開かれる。
「愛してる、リョーマ。俺も、お前がいれば、他には何もいらないんだ」
グッと引き寄せ、強く強く抱き締めると、リョーマが震える吐息を零した。
「クニミツ……」




その夜、月の光の中で、二人は心も、身体も、魂さえもひとつに溶け合わせた。
月の光が朝の光に変わるまで、二人は片時も離れずに繋がり合い、身体を揺らし続けた。










                                                         
手塚さんが本気になった濃厚なムッフはオフにて
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20070426