衝 撃


<3>




「どういうことなんだ?」
手塚は自分の心の動揺を抑え、出来るだけ穏やかな声でリョーマに問う。
「越前リョーマが存在しないとは、一体……」
小さく震えながら涙を零すリョーマを、そっと抱き起こしてやる。
「………ごめん、クニミツ……」
深呼吸するようにゆっくり一呼吸してから、リョーマはベッドを降りて自分のバッグから新聞を取り出した。
「……黙って持ち出して……ごめん……」
「………」
リョーマが差し出す英字新聞を受け取り、手塚は小さく溜息を吐いた。
「なぜ、これを?」
「………そこに載っている記事に……オレに関係することが載っているんじゃないかって、思ったから……クニミツが読んでオレのことに気づく前に…隠したくて……」
「黒川氏の記事、か?」
その名を口にした途端、リョーマがひどく驚いたように目を見開き、手塚を凝視した。
「やはり彼についての記事が原因だったのか……」
リョーマが口を噤む。
手塚は新聞を開き、一面の下部に載っている記事にザッと目を通した。
「だがこの記事を読んだだけでは黒川氏の失踪と、お前が存在しないという話がどう繋がるのか俺にはわからない。教えて、くれるのか?」
リョーマを追いつめないように、静かに、穏やかに、言葉を選びながら手塚は問う。
しかしじっと手塚を見つめていたリョーマは、ふっと視線を逸らして俯いた。
言い辛そうに唇を噛み締めるリョーマを見て、手塚はそっと溜息を吐く。
「…………今日、黒川氏を見かけたぞ」
「えっ!?」
弾かれたようにリョーマが顔を上げる。
「どこで?」
「病院だ」
「病院……?」
訝しげにリョーマが眉を寄せる。
「黒川氏は、俺の主治医の後輩に当たる人なんだ。その伝を頼って、たぶん、黒川氏の方から会いに来ていたのだと思う」
「………クニミツと、なんか話した?」
「いや。目の前を通り過ぎていっただけだ」
「………じゃあどうして黒川さんだってわかったの?」
「昨日、卒業アルバムを見たんだ。……お前がその新聞を持ち出したのはなぜなのか考えて、もしかしたら黒川氏と接点があるのではないかと、俺なりに調べようと思ってな」
小さく苦笑するとリョーマはきつく眉を寄せた。
「オレ……余計なこと……しちゃったわけだ……」
「でもいずれは話してくれるつもりでいたんだろう?」
そう言って優しくリョーマを引き寄せ、髪を撫でてやると、リョーマの見開いた瞳がゆらりと動いた。
「………黒川さんが……何の研究しているか、知ってる?」
「遺伝子工学だと聞いた」
「クローンの研究だよ」
「クローン…?」
そう言えば章高医師も、黒川が高校時代にクローン植物の研究を熱心に行っていたと言っていた。
「それが何か………、まさか…っ」
目を見開く手塚に、リョーマはゆっくりと瞬きしてから悲しげな視線を向けた。
「越前リョーマは、越前南次郎のクローンなんだ」
「馬鹿な…っ」
大きな衝撃に取り乱しそうになる心を抑え、手塚は目を閉じてゆっくりと一呼吸おいた。
「……クローン技術の人間への適用はまだ法律で認可されていないのでは……」
言いかけて、思い当たった。
だから、黒川は世間から身を隠したのか、と。
実験材料が人の目に触れ、実験の内容が公になることを恐れたのかもしれない。
リョーマが日本へ来た時期も、実験材料が行方不明になったと新聞に書かれてあった時期とほぼ一致する。
「リョーマ…」
リョーマは唇を震わせながら、静かに溜息を吐いた。
「オレが小っちゃい頃、よく遊びに行っていた教会があるって言ったよね。そこで、神父さんと親父が話しているのを聞いちゃったんだ。『クローンだろうが何 だろうが、アイツは、オレの子どもに間違いはないんだから、オレがこの手で育てるんだ』って…あの親父が真面目な顔して、そう言ってた……」
「南次郎氏が……?」
コクンとリョーマが頷く。
「黒川さんもあの頃はよく遊びに来ていて、オレに会うたびに『体の調子はどう?』とか、『本当に南次郎にそっくりだね』とか、言ってた。当たり前の挨拶だと思っていたけど、そうじゃなくて、黒川さんは、自分の実験結果を観察していたんだ」
「………」
俯くリョーマに何と声を掛けてやればいいのかわからず、手塚はただ黙ってリョーマの話を聞く。
「黒川さんのクローン研究は、世間で言われているよりも本当はもっと先に進んでいて、ただクローンを作り出すだけじゃなくて、その遺伝子を少し弄って、特殊な成長をするように作っているんだ」
「特殊な成長?」
「オレも……裏のネットとかでちょっと見ただけだから詳しいことはよくはわかんないけど、普通の人間より細胞が活性化されていて、成長が早いんだって」
「ネット?」
リョーマの言葉の中に違和感を覚えて、手塚が口を挟む。
「お前がクローンだというのは、直接南次郎氏から聞いたわけでも、黒川氏から聞いたわけでもないのか?」
「面と向かって訊けるわけないじゃん………だから、親父がオレのことを神父さんと話しているのを聞いてから、自分でもいろいろ調べてみて……」
「…………確認は、していないんだな?」
「それは………」
上目遣いで手塚を見てから、リョーマが小さく頷く。
手塚は浅い溜息を吐いて少し考え込んだ。
確かに、リョーマの話を聞いているとリョーマがクローンとしてこの世に生み出されたのではないかと思える。現に南次郎の口から「クローン」という言葉が出ているのだから、間違いないのかもしれない。
だが手塚はすんなりと受け入れることが出来ないでいる。
なぜなら、いくつか疑問点もあるからだ。
「お前がアメリカを出るのは急に決まったのか?」
「え……うん、結構急に決まった気がするけど……親父の知り合いとかは、空港に見送りに来てた」
「黒川氏とはお前が日本に来てから一度も会っていないのか?」
「うん。黒川さんが日本に来てるって知らなかったし……最近は、もう何年も会ってないよ」
「……お前、身長はいくつだ?」
「え?……151センチだけど……」
「…………」
深く溜息を吐き、手塚がまた考え込む。手塚の言葉を待つようにリョーマも黙り込んだ。
「………だから、いつか消えてしまうと、思っているのか?」
呟くようにリョーマに問うと、リョーマが小さく頷く。
「……クローンで作られた動物って、あんまり長生きした話、聞かないでしょ?ただでさえそうなのに、遺伝子弄られて、成長のスピードを速められているなら、尚更、いつどうなるかわからないから……」
「それで、周りを避けていたのか」
「…………」
俯くリョーマを、手塚はそっと抱き寄せた。
「いつか別れなければならないなら、初めから友達なんて作りたくない、と?」
手塚の腕の中で、リョーマが頷く。
「そうやってずっと……独りで悩んでいたんだな…」
髪を撫でてやると、リョーマがギュッと手塚にしがみついてきた。
「早く俺のものになろうとしたのも、いつ消えてしまうか不安だったから、か……」
「……それだけじゃ、ないよ」
「ん…?」
そっと手塚の胸を押し遣るようにしてリョーマが顔を上げる。
揺れる大きな瞳にじっと見つめられて、手塚の理性が揺らぐ。
「クニミツのこと、本当に大好きだから……だから……」
「リョーマ……」
「初めは、いつものように近づかないようにしようと思っていたんだ。近づいて、仲良くなって、なのにいつか悲しい思いをして別れなければならないなら、初めから関わらない方がお互いのためだって………でも…」
「でも?」
優しくその先の言葉を促すと、リョーマは頬を染めて手塚の胸に顔を埋めた。
「クニミツは……初めて逢った時から忘れられなくて……仲良くなっちゃいけないって思うのに、心が、言うこと聞かなくて……」
リョーマがギュッと手塚にしがみつく。
「……オレが……普通の人間じゃなくても、いい?」
手塚の胸に顔を埋めたまま小さな声で不安そうに訊ねるリョーマに、手塚は微笑んで頷いてやる。
「さっきも言っただろう?お前が何であっても構わないと。天使でも悪魔でも、……ただの、普通の人間でも……」
「クニミツ……」
「愛してる、リョーマ」
リョーマが大きく見開いた瞳で手塚を見上げ、その瞳からポロリと雫を零した。
「もう、独りで悩まなくていい……なんでも、どんなことでも、全て俺に話してくれ……二人で考えれば、きっと道は開けてゆくから……」
そっと額に口づけると、リョーマの方から手塚に口づけてきた。
リョーマの口づけに応えながら、さりげなく主導権を奪い取ると、手塚はそのままリョーマをベッドに押し倒す。
「クニミツ…」
「リョーマ…」
見つめ合い、互いに吸い寄せられるように唇を重ねてゆく。
チュッと音をさせてリョーマの唇を吸ってから、その唇を舌先で撫でてやると、リョーマが甘い吐息を漏らした。
「……もし本当にお前が実験結果としてこの世に生み出されたというのなら、お前とずっと一緒に生きていける方法を、俺が、見つけだしてみせる。絶対に消えさせない。お前は今日から俺のものになるんだ………そんな勝手は…許さない…」
「……クニミツ……っ」
「リョーマ…」
もう一度口づけ、だが今度は深く、熱く、リョーマの口内を貪る。
「ん……っ」
手塚の口づけに応えようと、自ら懸命に舌を擦り寄せてくるリョーマが愛おしい。
「ぁ……」
唇をずらし、リョーマの薫りの濃い首筋を柔らかく吸い上げてやると、リョーマの身体がビクビクと痙攣した。
「俺のものに、するぞ?」
「…………ん」
額を擦りつけながら囁くと、リョーマは少しだけ押し黙ってから小さく頷いた。
「リョーマ…」
心が弱っているリョーマをこのまま抱いてしまっていいのだろうかと、頭の片隅を罪悪感に似た感覚が、一瞬、よぎる。
だがそれよりも大きな熱のうねりが胸の奥から全身に広がり、手塚の理性を覆い隠してゆく。
「ぁ……っ」
甘い吐息を零すリョーマの唇へ噛みつくような口づけをすると、リョーマが眉を寄せながらも縋りついてくる。
「んっ……っ」
「リョーマ…」
唇をほんの少しだけ離して愛しい名を囁く。
(こんなにも俺は、貪欲だったのか…)
リョーマの唇から零れる小さな吐息すらも逃したくない。
吐息も、声も、涙も、汗も、リョーマから生まれる全てのものを、自分のものにしたい。
誰の目にも触れさせたくない。
誰にも触らせたくない。
誰にも渡したくない。
「リョーマ…」
髪を優しく梳き、頬や首筋を熱い手の平で撫でる。
何もかもが愛しすぎて、手塚の胸が甘く軋む。
どうすればこの愛しさが伝わるのか。
どうすれば、大きな不安と戦うリョーマの心を手塚国光という存在で埋め尽くせるのか。
「リョーマ……もっと俺を好きになれ……」
「……え…?」
「もっともっと、俺を好きになってくれ…」
「クニミツ……」
愛しすぎて苦しい。
自分がこんなにも熱い感情を持っているなんて知らなかった。
「……じゃあ、もっと……クニミツも、オレのこと、好きになって……もっともっと……オレの全部を、クニミツでいっぱいにして……」
「リョーマ……」
潤む瞳で熱く見つめられて、今度こそ手塚の理性は弾け飛んだ。
口づけながらリョーマの胸をシャツの上から撫で擦れば、手の平を小さな突起が押し上げる。
「ぁ……ぁ、ん、……っ」
微かに身体を捩る素振りを見せるリョーマの腰に、手塚は自分の腰をグッと押しつけた。すると、リョーマの雄も熱を持って変形し始めているのがわかった。
「感じるのか?」
「ん……」
耳元で囁いてやるとさらにリョーマの雄に芯が通る。
「ぁ……クニミツ……」
手塚はリョーマの首筋に口づけながらリョーマのズボンのベルトに手を掛け、ゆっくりと外し、ファスナーを下ろしてそっと下着の中に指先を滑り込ませた。
「…っ!」
リョーマの性器に直に触れると、リョーマの身体が大きく揺れる。
「リョーマ……」
優しく名を囁きながら、怖がらないようにゆっくりゆっくり根元から性器を撫でてやっているうちに、リョーマの身体の強ばりが弛み、その先端が潤みだした。
「ぁ…もっと……もっと、擦って……」
甘えるように小さな声でリョーマが愛撫を求めてくる。
「あッ、ぁ……あ、んっ、……ぁ、ダメ……イキそう……」
「イっていいぞ」
「ヤダ…っ」
意地を張るリョーマに微笑みかけ、手塚は一旦身体を起こしてリョーマの下穿きをずり下げ、現れた震える熱塊を口に含んだ。
「やっ!なにして……あぁ…っ!」
先端を吸い上げてやると、リョーマの身体が再びグッと強ばる。
「ダメッ……あ……っ」
適度に吸い上げながら口内を出し入れしてやると、先端から蜜が溢れ出してきた。
「離し……っ、んっ、や、…ぁ…っ」
リョーマの身体が小さな痙攣を繰り返す。
それでも素直に吐き出そうとしないリョーマをチラリと見遣り、手塚はそっと溜息を吐いた。
「……俺と一緒じゃないと、嫌なのか?」
「………」
息を乱し、瞳を潤ませて、リョーマが手塚を見つめる。
「一緒に……?」
「……お前が……つらいかもしれないが……」
そう言いながらリョーマの後孔を指先で撫でる。
「ぁ…」
リョーマはこの先の展開を、今、理解したとでも言うように、上気した頬をさらに真っ赤に染めた。
「でも……家の人……いるのに……」
「ああ……それなら大丈夫だ。…しばらく大事な話をするから部屋には来ないで欲しいと言ってある。俺がそう頼めば何かよほど緊急事態でも起きない限りは、部屋には誰も来ない」
「………」
リョーマは大きな瞳をさらに大きく見開いてから、クスッと小さく笑った。
「クニミツって、ときどき我が儘なコトするよね」
「ん…?」
「初めて逢った時も、大石先輩放っぽってオレのとこに来てノンビリ話なんかするし……」
「あれは先に大石に放っておかれたんだ」
「………じゃあ、オレ、大石先輩にいっぱい感謝しなきゃ……」
「え…?」
「クニミツが…オレのところに来るキッカケを作ってくれたんでしょ?…あの時クニミツとあんなふうに話をしなかったら……きっとオレは今頃、ひとりぽっちのままで……」
大きな瞳が揺らぐ。その瞳に吸い込まれるままに、手塚はそっとリョーマに口づけた。
「………あの時、お前を見つけられて良かった」
髪を撫でながら囁くと、リョーマがうっとりしたように瞳を潤ませて微笑む。
「クニミツ……大好き……」
「俺も……お前だけを……愛してる」
もう一度身体の奥に甘い炎を灯し直すように、リョーマの顔中に口づけ、見つめ合い、微笑み合ってからたっぷりと舌を絡め合う。
そうしてリョーマが身に纏う全てを、手塚はゆっくりと丁寧に剥ぎ取った。
やがて普段陽の光に晒されることのないリョーマの肌を目にすると、感嘆の吐息が自然に零れた。
青白いわけではなく、日本人特有の温かみを持った白い肌に、手塚は優しく指先を滑らせる。
「ぁ……んっ」
胸を撫で回し、首筋を撫で上げて頬に辿り着く。
「ん…っ」
片頬を左手で包み込んだまましっとり口づけ、口づけたまま手を滑らせて、滑らかな肌を手の平で味わいながらリョーマの雄に触れてゆく。
「ぁ…っ」
甘い唇を解放し、そのまま首筋に吸い付いてほんのりと痕を残す。
「…ぁあ……」
リョーマの性器を優しくさすりながら固く立ち上がった胸の突起を舌先や唇で転がしてやると、リョーマが小さく震えるように身体を痙攣させた。
「………本当に、いいんだな?お前を、俺のものにしても……」
反り返ったリョーマの雄を根元から撫で上げ、袋を柔らかく揉んでやりながら尋ねれば、リョーマは熱っぽい瞳で、甘い吐息を零しながら笑う。
「何回訊くの?」
「…それだけ、覚悟しろと言っているんだ」
「ぁ……」
真剣な瞳でリョーマを見つめると、その頬がさらに赤く染まる。
「一生、俺のものになる覚悟はあるか?」
仄かに微笑みながら、リョーマはしっかりと頷く。
「最期の瞬間も、オレはクニミツのことだけ、好きだよ」
小さく眉を寄せて、手塚は微笑んだ。
どんなに愛の言葉を紡いでも、リョーマの心に刺さった棘は抜けない。
いつか、突然身体に異変を来して消えてしまうかもしれない恐怖という名の棘。
(俺には、取り去ってやることは、出来ないのか…)
想い人の苦しみがわかっているのに、それを取り除いてやれないもどかしさ。
今、手塚に出来ることはただひとつ。
「俺を、感じてくれ、リョーマ…」
「ぁ……クニミツ……っ」
愛されていることを感じて欲しい。
必要とされていることを感じて欲しい。
「お前は、もう、独りじゃない」
「クニミツ…」
手塚に身を委ね、ゆっくりと閉ざされてゆくリョーマの瞳から、透明な雫が
静かに零れ落ちてゆく。
「リョーマ…」
リョーマの身体全てに触れ、慈しみ、ありったけの想いを込めて、名前を呼んでやる。

それからゆっくりと時間をかけて、二人はひとつになった。
名を呼び合い、口づけあい、時間の許す限り繋がり続けた。
SEXが快楽を追うだけの行為ではないということを、二人は初めて知った。

















翌朝、アラームをセットした時間よりもずいぶん早くに、手塚は目を覚ました。
腕の中で、手塚のパジャマを着たリョーマが穏やかに寝息を立てている。
手塚の胸一杯に感動が込み上げ、リョーマを起こさないようにしながら、その細い身体をギュッと抱き締めた。
(護ってやるから……俺が、俺のすべてを懸けて、お前を護ってやるから……)
「ん……クニミツ……」
未だ夢の世界に身を置きながら、リョーマが手塚の胸に頬を擦り寄せる。
「リョーマ…?」
「……い…す…き…」
起こしてしまったかと思い、薄暗い部屋の中でリョーマの顔を覗き込むと、穏やかな表情の割に、微かに、疲労の色が窺える。
(無理を…させたかもしれないな…)
手塚もリョーマも初めての行為で、ただ相手への愛しさだけで身体を繋げた。
知識が乏しいせいで、リョーマの身体にはかなり負担をかけてしまったのではないかと思う。
それでもリョーマは一度も拒絶の言葉を口にせず、苦痛に耐えながら手塚を受け入れてくれた。繋がり合い続けるうちに身体が溶け合うような感覚があり、最後はリョーマも手塚の腹を熱液で濡らしていた。
行為のあとで、一緒に風呂に入った。
風呂から上がり、リョーマの身体をバスタオルで丁寧に拭いてやり、手塚のパジャマを着せてやると、リョーマは何も言わず、ただ嬉しそうに手塚を見つめていた。
手塚もリョーマを見つめ続けた。
部屋に戻ってベッドに潜り込むまで、二人はあまり会話を交わさなかった。
言葉がいらないほど、とても満ち足りた気分だった。
確かに身体を繋げている間は、腹の底から込み上げるような欲望に流され、夢中でリョーマの身体を揺さぶり続けた。だが全てを吐き出し合ったあとに感じたのは、身体を繋げている瞬間とはまた違う、泣きたくなるほどの幸福感。
生まれてきて良かったと、本気でそう思えた。
(お前もそう感じてくれていればいいんだが…)
どんな形であれ、この世に生を受け、両親の元で健康に育ち、そうしてこんなにも愛せる存在に巡り逢えた幸福。
「お前には……もっとたくさんの幸せを感じさせてやりたい……」
生まれてきたことの幸福を。
健康でいられることの幸福を。
友に囲まれることの幸福を。
何かに情熱を注げることの幸福を。
そして。
手塚国光という男と出逢えたことを幸福と感じてくれたなら、手塚にとって、それ以上に嬉しいことはない。
リョーマの心の棘はまだ抜けない。
いや、抜くことが出来るのかどうかも、今のままではわからない。
(お前のために、俺が出来ることを探そう)
まずは確認してみないとならないことがある。
(リョーマと、黒川氏の研究との関係……)
黒川氏本人に訊くのが手っ取り早い方法だが、黒川氏の所在は、たぶん章高医師でさえわからないだろう。
(そうだ……あの牧師…)
黒川が訪ねてきていた、あの教会の牧師に話を訊く手もある。
そして最終手段もある。
(南次郎氏に……直接訊く…か…)
だが南次郎も、そしてリョーマの母親も、もしもリョーマの出生に秘密があるとしたら尚更、すぐには話してくれないだろう。
きっとその場は曖昧に誤魔化され、下手をしたらリョーマと逢えない状況にされてしまうかもしれない。
(どうすればいい……どうすれば、お前を護ってやれるんだ……)
もう一度、リョーマをギュッと抱き締めると、手塚の腕の中でリョーマが身じろいだ。
「……クニミツ………?」
「ぁ……すまない、起こしたか?」
「ううん……もっと…ギュッて……」
掠れた声で呟くように言いながらリョーマがもぞもぞとすり寄ってくる。その身体をグッと引き寄せてやると、リョーマが嬉しそうに微笑む。
「どこか痛いところはないか?」
「ん、大丈夫。……朝練は、無理っぽいけど……」
「ああ……俺から竜崎先生に言っておくから、教室で休んでいればいい」
手塚の言葉に、リョーマがチラッと視線を向けてくる。
「クニミツは朝練出るの?」
「……部長だからな」
「……そっか……『部長』のクニミツは、オレだけのものじゃないもんね……」
小さく溜息を吐きながら言うリョーマに苦笑して、手塚はもう一度リョーマをしっかり抱き締める。
「すまんな」
「………でも、今はオレのクニミツでしょ?」
「ああ」
「……どうせ朝練出られないなら、もう一回しよう?クニミツ……」
「ばか」
リョーマの誘いに心が揺らぐが、今日のところはリョーマの身体にこれ以上負担をかけるわけにはいかない。
「また週末に、な」
「でも今度の週末は試合でしょ?」
「もちろん、試合のあとだ」
そう言ってリョーマの額に口づけてやると、リョーマはクスッと笑いながら手塚の胸に顔を埋めた。
「早く週末になんないかなー…」
「そうだな」
「もうちょっと寝てていい?……クニミツと一緒にいると、気持ち良くって……」
「ああ。あと一時間くらいは寝られるから………リョーマ?」
すでにスースーと寝息を立てているリョーマに気づき、手塚はふわりと微笑んだ。
そう言えばリョーマは、いつもは眠りが浅いのだと言っていた。だから夜中によく目を覚ましてしまい、睡眠のリズムが整わなくて、朝が苦手なのだと。
だが手塚と初めて一緒に眠りについた日は、自分でも驚くほどよく眠れたのだと言っていた。
(いつどうなるかわからないと言う自分への不安が、睡眠に悪影響をもたらしているのかもしれないな…)
腕の中でスヤスヤと眠る想い人に、手塚はもう一度微笑みかける。
「そんなお前に安らぎを与えられているなら、少しは俺も自惚れてもいいのか?」
そっと囁いて髪を撫でてやると、リョーマが微笑んだように見えた。
まだまだ乗り越えねばならない問題はたくさんある。
だが今だけは、束の間の穏やかな時間の流れに浸っていてもいいだろうか。
(いや……束の間、じゃない)
この穏やかな幸福を、『束の間』では終わらせない。これが『日常』になるように、自分が変えてみせる。
(お前と俺の未来のために、全てをはっきりさせなくてはならない)
腕の中の愛しい温もりに、手塚は改めて自分の成すべきことに真っ向から取り組むことを決意した。














                                                         
濃厚なムッフはいずれまた(妖笑)
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20070201