  
        衝 撃 
          
         
<2> 
 
 
 翌朝早くにリョーマを家に送り届けた手塚は、そのまま登校し、生徒会室に向かった。 
テニス部はもちろん、他の運動部の朝練が始まるまでにまだだいぶ時間もあり、校内には人の気配すらない。 
本当ならばリョーマと想いが通じ合った喜びの余韻に浸っていたいところだが、想いが通じ合ったからこそ、手塚は全ての蟠りを早くなくしてしまいたかった。 
職員室に入ると、三年の学年主任でもある国語教師がいた。 
生徒会長の手塚は、こんなふうに朝早く学校に来ても、生徒会室で調べものがあるという曖昧な理由だけで、何一つ不審に思われず簡単に鍵を渡してもらえる。 
「ご苦労だな、手塚。まあ、あまり一人で仕事を抱え込むなよ?」 
不審がられるどころか、そんな優しい言葉までかけられて、手塚はほんの少しだけ後ろめたさを感じた。 
         
早速生徒会室に来た手塚は、普段使う部屋を通り抜け、さらにその奥にある、資料室へ向かいかけて足を止めた。 
(そういえば資料室には鍵が…) 
会長用の机の引き出しにあるいくつかの鍵の中からひとつを選び出して手に取り、手塚は今度こそ真っ直ぐ資料室のドアに向かった。 
鍵を開けて入り込んだ資料室は、古い書物の匂いがする。 
(黒川氏は確か……) 
歴代の卒業アルバムが並ぶ棚の前で少し考えてから、手塚は背表紙に指を滑らせて目当ての年代を探す。 
「これか」 
他のアルバムよりも少しだけ傷みの進んだ一冊を引っ張り出す。この一冊は他のアルバムよりも多くの生徒や教師が手に取ったのだろう。 
中を開き、とりあえず写真を確認してみることにした。 
(黒川……「く」は結構前の方か……?) 
何組なのかわからないので、とりあえず1組から順に見ていく。 
「ん…?」 
何頁目かで、黒川氏を探していたはずの手塚の手が、別の名前の上で止まった。 
「越前……南次郎…」 
そこには中学生の、越前南次郎がいた。 
(……似ているな……) 
手塚は思わず小さく微笑む。 
髪はスッキリと短くカットされていてリョーマとはかなり違うが、カメラを睨むようなきつい瞳、スッと通った鼻筋、引き結んだ口元が、リョーマとそっくりだった。 
「ぁ…」 
その南次郎の写真の二つ隣に、黒川氏の写真があった。 
「黒川…貴徳…」 
南次郎とは対照的な、とても穏やかな顔つきをしている少年だった。その瞳は澄んでいて優しげだが、南次郎とはまた違う強さのようなものを感じさせる。肌は白く、スポーツマンと言うよりは文学を好みそうな印象がある。 
「同級生だったのか……しかもクラスまで同じ…」 
南次郎と黒川が並び称されているのは承知していたが、それが同学年で、さらにはクラスメイトでもあったという事実はあまり知られていない。現に手塚でさえ知らなかった。 
(この年は天才が二人も卒業していったんだな…) 
そう考えてから、手塚はクッと眉を引き寄せた。 
(リョーマと…黒川氏との接点…か…) 
父親と同級生だからといってリョーマまで繋がりがあるとは言い切れないが、少なくとも、「何も」関係のない間柄ではないことがわかった。 
手塚はさらに頁をパラパラと捲り、クラスごとのスナップ写真の頁を開いた。そこには楽しげに笑い合う生徒の姿が、所々コラージュを取り入れながらレイアウトされている。大きく使われている写真から小さな写真まで、手塚は目を凝らすようにして端から辿る。 
「……」 
何枚かある比較的大きな写真の中に、南次郎と黒川の姿を見つけた。二人は親しげに肩を組み、陽の光を浴びて笑い合っている。 
他にもないかと探してみると、二人の姿はあちこちで見つけることが出来た。しかも、大抵二人は隣同士に並んでいたり視線を交わし合って笑ったりしていた。 
「かなり親しかったということか……ん?」 
二人が同時に写っている写真で、唯一、隣に並んでいない写真を手塚は見つけた。 
修学旅行でグループ分けした班ごとに撮ったスナップ写真で、南次郎と黒川は同じ班にはいるものの、階段のようなところを登る瞬間を上から撮ったらしく、前を歩く南次郎を後ろにいる黒川が追いかけるような恰好になっていた。 
「…………」 
その写真をじっと見つめていた手塚の頭に、ひとつの仮説が浮かんだ。 
(まさか、な…) 
だがその仮説は少し現実とはかけ離れているように思えて、手塚は頭を振ってその仮説を頭の隅に追いやった。 
「……そういえば…」 
手塚の肘を診てくれている大石の叔父・章高が、南次郎のひとつ先輩だという話を思い出した。 
(今度の診察の時に、それとなく訊いてみよう…) 
一学年差ならば、二年間は同じ学校にいたことになる。それなら少しは何か話が聞けるのではないか。 
「次の診察は今週の土曜だったな…」 
予約した診察の日を少し早めてもらうことも考えつつ、手塚はアルバムをそっと閉じた。 
         
         
         
         
         
         
 
         
         
テニス部の朝練が始まり、もう習慣になってしまったかのように手塚はリョーマをずっと目で追いかける。 
その見つめる先で、リョーマが何度も生あくびをするのを見て、手塚は苦笑した。 
「越前」 
手塚の傍にそれとなく歩み寄ってきたリョーマに、手塚がそっと声を掛ける。 
「なんスか?」 
「………眠いか?」 
「…うん」 
他の部員には聞こえないように声を潜めて手塚が尋ねると、リョーマは小さく頷いて苦笑した。 
「でも、嬉しかったから…我慢できる」 
要点だけを小さく口にするリョーマに手塚の頬が緩む。 
昨夜ずっと一緒にいられて嬉しかったから、どんなに眠くても我慢できる、とリョーマは言っているのだ。 
「…今日は無理だろうが…また、泊まりに来い」 
声に出して返事はせず、リョーマは黙ったまま嬉しそうに微笑んで頷く。 
(だが次は……ゆっくり寝かせてやれないかもしれない) 
昨夜も、何度熱い衝動が込み上げたことだろう。その度に手塚は、『リョーマは何より大切な存在』と自分の心に言い聞かせ、身体を宥め、一晩堪えきった。 
(きっと次は…保たない…) 
部長という立場を貫かなければならない今この場所でさえ目の前のリョーマを抱き寄せたくて仕方がないのに、自分の部屋で二人きりに、しかも、同じベッドの中で寄り添うことになったら、きっともう我慢など出来ない。 
リョーマの細い身体を組み敷き、甘い唇を貪り、瑞々しい肌を手の平で、そして舌先で存分に味わい、その身体の奥深くまで入り込んで熱い想いを注ぎ込みたくなる。 
(浅ましいな…) 
自分で自分の欲望に閉口していると、リョーマがじっと見つめているのに気づいた。 
「…どうした?」 
少し部長の顔をして問うと、リョーマは「べつに」と小さく言って手塚から離れていった。 
「越前」 
リョーマの瞳に、ほんのりと寂しげな色を見た手塚は、少し慌てたようにリョーマを呼び止める。 
「なんスか?部長」 
他の部員に接する時のような瞳で振り返るリョーマ。 
しかし手塚は、その声にリョーマの機嫌が本当に斜めに傾いているのを感じ取った。 
「放課後の部活の後で…少しだけ、二人の時間を作らないか?」 
「え……」 
リョーマの耳の近くで囁くようにそう言うと、リョーマの瞳が明らかに煌めいた。 
「………うん」 
「じゃあ、いつものあの店で」 
リョーマが小さく頷くのを見届けてから、今度は手塚の方がリョーマに背を向ける。そうしてコートに視線を向けておいてから、密かに吐息を零した。 
(甘い薫りだ…) 
初めて出逢った時から感じるリョーマの薫り。甘い蜜を持つ花のような、瑞々しい果実のような。 
その薫りを嗅ぐと、リョーマのことしか考えられなくなる。手塚の心も身体も、熱くリョーマを求め始めてしまいそうになる。 
(もっと……お前の薫りを…感じたい…) 
肩越しにチラリとリョーマを振り返ると、リョーマはまだこちらを見つめていた。 
(リョーマ…) 
手塚が振り返ったことに少し驚いたふうに小さく目を見開いていたリョーマが、ふわりと微笑む。その微笑みが、まるで小さな蕾が綻ぶ様のように見えて、手塚は「ああ」と思った。 
(お前は、花、なのかもしれないな…) 
女性のように可憐だと言うつもりはない。可憐と言うには、あまりにもリョーマの存在は強烈すぎる。 
だが、紅い薔薇の花のように高慢に咲き誇る花とも違う。 
風に揺らされながらも、凛と背筋を伸ばし、真っ直ぐに天を仰ぐ名もなき一輪の花。 
(きっと目を閉じていてもわかる。お前がどこにいても、お前の居場所が、俺にだけは……) 
手塚はもう一度リョーマに背を向け、目を閉じた。 
(お前を揺さぶる風を、俺が防いでやるから…) 
ゆっくりと目を開け、手塚は前方を強い瞳で見つめた。 
(誰にも…お前を手折らせたりはしない…) 
未だに見えては来ないリョーマの心に刺さる棘を、絶対にこの手で抜き取ってみせると、手塚は心の奥で誓った。 
         
         
         
         
         
         
         
         
         
日誌を書き終えると手塚は急いでいつもリョーマと寄るファストフード店に向かった。 
二階に駆け込むと、窓際にいたリョーマが此方を見て嬉しそうに微笑む。 
「すまない、遅くなった」 
「べつに」 
リョーマの向かいに回ってバッグを下ろすと、リョーマが「クニミツも何か買ってくれば?」と笑う。 
店に入って真っ直ぐ二階に来たので「そんなに慌てなくていいのに」とも言われた。 
小さく苦笑して一階に下り、リョーマと同じハンバーガーのセットを注文してから二階に戻ってきた。 
「クニミツ」 
トレーをテーブルに置いてリョーマの向かいに腰を下ろすと、リョーマが身を乗り出して甘えるような声で手塚の名を呼ぶ。 
「ん?」 
微笑みながら返事をすると、リョーマが仄かに頬を染めた。 
「…よかった……いつもの、クニミツだ」 
「え?」 
リョーマの言う意味がよくわからなくて聞き返すと、リョーマが小さく苦笑する。 
「だって……今日のクニミツ、なんか怖い顔して考え込んでるから……オレとのこと、やっぱ後悔してる?」 
「後悔なんかするわけないだろう」 
視線を落としてしまったリョーマに顔を寄せて囁くと、リョーマがチラリと視線を向けてくる。 
「……俺が考え込んでいたのは……お前のことを求めすぎてお前に嫌われるんじゃないか、と」 
「なにそれ」 
リョーマが唇を尖らす。 
「前にも言っただろう……俺にとって、お前は一番大切な存在なんだ」 
「……」 
「その大切なお前に、……その………俺はずいぶんと邪なことを考えてしまっているから……」 
手塚が頬を染めて視線をずらすと、リョーマも頬を真っ赤に染め上げた。 
「……バカクニミツ」 
「ひどい言われ様だな」 
そう言って苦笑すると、リョーマが上目遣いに視線を向けてくる。 
「…昨夜も一緒にベッドに入ったのに何もしないから……クニミツは『そういうこと』はしたくないのかと思ってた」 
一瞬口を噤んでから、手塚は小さく溜息を吐いた。 
「昨夜は……我慢していたんだ」 
「え…?」 
「………したくないわけないだろう」 
「ぁ……」 
それからしばらく二人は頬を染めたまま黙り込み、自分のトレーに乗るハンバーガーやポテトを黙々と平らげていった。 
「…ポテト、いるか?」 
「……うん」 
手塚がポツリと問うと、リョーマもポツリと答える。 
自分のトレーからポテトを袋ごとリョーマのトレーへ移してやると、リョーマが小さく「アリガト」と言った。 
リョーマの頬は赤いままで、手塚の方をチラチラ見るものの、いつものように真っ直ぐに見つめてこない。その様子があまりにも可愛く見えて、手塚は思わずクスッと笑みを零した。 
「………なに?」 
「ん?……いや…」 
「笑ったじゃん」 
リョーマのぽってりとした唇がへの字に曲がる。そんな表情でさえ愛しい、と手塚はまた笑みを深くする。 
「………クニミツ」 
「ん?」 
「本当は…今日もクニミツの家に泊まりにいきたいけど…二日続けては無理だから………明日は?」 
「明日は…」 
頷きそうになって、ふと明日の予定を思い出した。昼休みに大石のところに行き、腕の診察を明日に変更してもらったのだ。 
だが診察にそんなには時間を取られないだろうから、夜に泊まりに来ることに影響はないだろう。 
そんなことに思考を巡らせていると、リョーマが小さく溜息を吐いた。 
「ごめん、そんな頻繁には無理だよね。週末まで待てって言うなら待つから……」 
小さく眉を寄せるリョーマの表情に手塚の胸が締め付けられる。 
「いや、明日、来て欲しい」 
「え…」 
リョーマの瞳が煌めく。 
「明日は……部活を途中で切り上げていきたいところがあるんだ……だから直接、俺の家に来てくれるなら……いや、来て欲しい」 
「うん、行く!」 
手塚の言葉を聴き終えて、リョーマの瞳に輝きが戻った。 
「じゃあオレ、明日部活が終わったらクニミツの家に真っ直ぐ行っていいんだよね?」 
「ああ。ちゃんと親御さんの許可をもらっておいてくれよ?」 
「うん」 
煌めくリョーマの瞳が、真っ直ぐ手塚に向けられる。 
「リョーマ」 
堪らなくなって、手塚はテーブルの上に乗っていたリョーマの手に自分の手を重ねた。 
「好きだ…」 
「オレも……大好き……」 
リョーマがそっと指を絡めてくる。 
手塚がじっと見つめるとリョーマの頬がふわりと赤く染まる。大きな瞳が、手塚の姿を映して揺れる。 
「早く……オレを捕まえて…クニミツ…」 
「え…?」 
「オレは……早く、アンタのものになりたい……」 
「………」 
熱っぽく呟くリョーマの言葉に、手塚の理性が危うく崩れかける。今すぐにでもどこか二人きりになれるところにリョーマを押し込んで全てを奪いたい。 
「……こんなところで煽らないでくれ」 
「……」 
リョーマの手をぐっと強く握ると、リョーマも握り返してくる。 
「明日…」 
真っ直ぐリョーマの瞳を見つめながら、手塚は言う。 
「明日……俺のものに、なってくれるか?」 
リョーマは一瞬目を見開くと、耳まで真っ赤に染め上げながら俯いて小さく頷いた。 
「……明日……絶対にアンタの家に行くから…」 
「ん」 
手塚が微笑んでやるとリョーマも顔を上げてふわりと微笑む。 
「明後日の朝練は…キツイかもしれないぞ?」 
「今からそんな心配しなくていいよ」 
真っ赤な頬をさらに赤く染め直してリョーマが唇を尖らす。 
そんなリョーマが愛しくて愛しくて、今すぐに抱き締めたいと、手塚は思う。 
(明日だ…明日、俺はリョーマを……) 
「日本に来てよかった……来なかったら…クニミツに逢えなかったもんね」 
ニッコリと微笑むリョーマに手塚も微笑み返す。 
「…そろそろ帰るか…」 
「うん。待って、ポテト食べちゃうから」 
袋の中に三分の一ほど残っていたポテトを口の中に詰め込み始めたリョーマに、手塚は笑みを深くする。 
「急がなくていいぞ。…本当はもっとゆっくりしていたいくらいなんだ」 
「………うん…でも、早く明日になってほしいから、今日は早く家に帰ってさっさと寝ようかなーって」 
「そうだな…明日のために、今日はよく寝ておいてくれ」 
「………っ」 
手塚の言葉の深い意味に気づいたらしいリョーマが、グッと言葉に詰まり、また頬を染める。 
(自分から誘うようなことを言ったくせに) 
リョーマが自分で言った言葉の重大さを、本当にわかっているのかと手塚は少し不安になった。 
目の前にいる少年は、とても恋愛のやり取りに長けているとは思えない。もちろん手塚自身も恋愛は初めてなので感情で突っ走ることも否めないが、目の前で真っ赤になって言葉を失くしている少年よりは、少しだけ、今は冷静でいる気がする。 
(「今は」だが、な) 
きっと明日の夜には自分はケダモノに変貌するだろう。リョーマへの愛しさで、理性もモラルも、全て崩れ去るに違いないのだから。 
「ごちそうさま」 
ぽそっと呟くように言い、リョーマが顔を上げる。 
「出るか」 
「うん」 
それぞれトレーを片づけてから店を出る。 
空はすでに濃い藍色に染められ、星が瞬き始めていた。 
(そんなに長居したつもりはなかったが……リョーマと一緒にいると、時間が経つのを忘れてしまうな……) 
「明日は……」 
「ん?」 
一瞬だけ物思いに耽ってしまった手塚の手をくいっと引っ張り、リョーマが真っ直ぐに見上げてくる。 
「何の用事があるの?」 
「………病院に行くんだ」 
「病院?」 
リョーマの目が大きく見開かれる。 
「…病気?」 
「いや……前に言っただろう?一年の時に怪我をさせられたことがあると。今はもう問題はないが、念のために定期的な検診に行くだけだ」 
「あぁ……そっか……よかった…」 
心底ホッとしたように息を吐くリョーマに、手塚の心が柔らかな熱を持つ。 
「じゃあ、オレ、何時くらいに行けばいい?部活終わってすぐに飛んでいってもいい?」 
「ああ。診察を受けて、少し先生と話をするだけだから……そうだ、俺が駅で待っていればいいか?」 
「ぁ……うん」 
嬉しそうにリョーマが笑う。 
「クニミツ」 
「ん?」 
「早く明日になる魔法とか、知らない?」 
「え?」 
目を丸くしてリョーマを見つめると「冗談」と言って笑われた。 
だが手塚は少し考えてから、リョーマの腕を取って、人通りの少ない道に行き、さらにビルとビルの間の狭い路地に入り込み、リョーマを壁に押しつけた。 
「時間を進める魔法は知らないが、時間が経つのも忘れるくらいお前の胸をいっぱいにしてやることは出来るかもしれないぞ」 
「え…?」 
「明日、また俺に逢うまで、ずっと俺のことを考えていられるように……」 
「ぁ………」 
リョーマの顎を上に向け、ゆっくりと唇を重ねてゆく。 
「ん……ぁ…っ」 
驚かさないように優しくリョーマの唇をこじ開け、舌を滑り込ませる。 
甘いリョーマの舌を味わってから、下唇を甘噛みし、チュッと音をさせながら吸ってやると、リョーマは熱い吐息を零した。 
再び深く舌を絡め、口内を舌先で撫でてやるうちに、リョーマがギュッとしがみついてきた。 
「リョーマ……」 
「ぁ……っ」 
耳元で名を囁いてやれば、リョーマの身体がふるりと揺れる。 
耳元から首筋に唇を滑らせ、襟の奥の肌に薄く痕をつけた。 
「あ、んっ」 
「……この続きは、明日だ」 
「ぁ……クニミツ……っ」 
身体を離そうとするとリョーマにしがみつかれた。リョーマの甘い薫りが手塚を包む。 
「もう少し、こうしてて…」 
「………ああ」 
リョーマに応えるように、少し力を込めて抱き締めてやると、リョーマは嬉しそうに甘い吐息を吐いた。 
「大好き……クニミツ……」 
「ああ……俺も好きだ…リョーマ……」 
しばらく抱き締め合ってから、互いに名残惜しげに身体を離し、駅に向かう。 
電車の中ではほとんど何も話さず、だが人の目に触れないところで指先を絡め合っていた。 
「じゃあ、また、明日」 
「うん。明日…」 
リョーマの利用している駅に着いて、短い別れの言葉を口にする。 
ドアが閉まり、ホームにリョーマを残して電車が滑り出す。 
(胸がいっぱいになってしまったのは俺の方だな……) 
視界からリョーマの姿が消えてしまっても、手塚は暗い窓の向こうにリョーマの姿を映して見つめる。 
(リョーマ……) 
         
『早く……オレを捕まえて…クニミツ…』 
         
リョーマの声が手塚の耳に蘇る。 
         
『オレは……早く、アンタのものになりたい……』 
         
甘い囁きと、甘い薫り。 
そして、甘い唇。 
「………っ」 
思い出しただけで手塚の雄が疼く。 
冷静になろうとして、ふと、手塚はリョーマに甘く誘われて感じた一瞬の違和感を思い出した。 
(なぜ……そんなに急ぐ…?) 
リョーマの様子からして恋愛には不慣れであろうはずなのに、あんなにも積極的に関係を深めたいと言うのはなぜなのだろう。 
(まさか、経験がある……?) 
そう考えそうになって、手塚はその考えを否定する。 
友達すらいなかったリョーマに、恋愛関係の相手がいたとは思えない。だいたいリョーマは自分より二つも年下なのだ。 
(その年下相手に邪な考えを持つ俺が言えたことではないが……) 
小さく苦笑してから思考を戻す。 
         
早く捕まえて 
早くアンタのものにして 
         
単に、本当に手塚のものになりたいと言っているなら、こんなにも嬉しいことはない。 
だが素直にそう思えないのは、時折見せる、リョーマの憂いのある表情のせいだ。 
二人で一緒にいて、その時間が楽しければ楽しいほど、リョーマの瞳の中に一瞬だけ悲しみに似た色がよぎる。 
それは、たぶん、リョーマの心に刺さった棘のせいなのだろう。その棘を抜かないままリョーマを抱いてしまってもいいのかはわからないが、手塚との関係を確かなものにすることがリョーマの救いにもなるのなら、手塚は迷わずリョーマを抱こうと思う。 
(自分のいいように解釈しているだけかもしれないが……) 
本当にリョーマが求めてくれるなら、手塚は迷わない。 
(俺の想いを…伝えたいんだ…) 
どんなにリョーマを想っているか。 
どんなにリョーマに恋い焦がれているか。 
どんなにリョーマを必要としているか。 
言葉で伝えきれない想いを、全て身体で伝えたい。 
「明日……か……」 
手塚は窓の外の真っ暗な空をじっと見つめる。 
この暗い空が明るく日に照らされるのが、ひどく待ち遠しかった。 
         
         
         
         
         
         
         
         
         
 
         
         
翌日。 
リョーマのことを想いすぎてよく眠れなかった手塚は、眩しい朝日を浴びながら一日をスタートさせた。 
朝練でリョーマと目が合うと、リョーマの瞳も少し赤く見える。 
(眠れなかったのか…) 
そっと微笑んでやると、リョーマは照れくさそうに小さく笑う。 
だが手塚は一旦目を閉じて、気持ちの切り替えをした。浮ついた気分のままでは「部長」としての責務は果たせない。 
「全員コート中央に集合!」 
いつものように凛とした声を上げると、リョーマの瞳もテニスプレーヤーのそれに変わる。 
「本日の練習メニューを発表する。全体の流れを心に留めて、効率よく動くように」 
「はい!」 
手塚とリョーマにとって特別な日の朝は、いつもと同じように始まった。 
         
         
         
 
         
         
放課後、練習を途中で切り上げて検診に向かった手塚は、病院の駐車場に、どこかで見たような車を見つけた。 
「………あれは…」 
高級そうな黒のセダンに不似合いなステッカー。 
(あの教会に停まっていた車だ) 
そうして、それと同時に手塚はもうひとつの薄れていた記憶が蘇った。 
(そうだ、「ここ」で見たんだ、あの車を……) 
リョーマと初めて出逢ったあの日、確かに同じ場所にあの車が止まっていた。 
(ということは……あの日会う予定があると言っていた先生の客というのは、あの……) 
車を横目で見ながら、手塚は病院に入っていった。 
午後の診察開始時間にはまだ少し早かったが、受付で診察券を差し出すと、すぐに一番奥の診察室前に通された。 
「先生はすぐにいらっしゃるから、ちょっと待っていてね」 
「はい」 
顔見知りになった看護師に笑顔で言い置かれ、手塚は診察室前の廊下の長椅子に静かに腰を下ろした。 
程なくして、廊下の奥の階段から靴音が聞こえてきた。章高医師が来たかと思い手塚が顔を上げると、ストライプの入った高級そうなスーツをノーネクタイで着こなした男が目の前を素通りしていった。 
(あの人は……) 
「やあ、手塚くん、待たせたね。中にどうぞ」 
男が下りてきた階段を同じく下りてきたらしい章高が手塚に声を掛けてきた。 
「ぁ、はい。よろしくお願いします」 
一礼してから、手塚は目の前を通り過ぎた男を振り返る。男は早足で病院を出て行ってしまった。 
「手塚くん?」 
「あの方は……?」 
「ン?ああ、まあ……僕の後輩だよ」 
「後輩……」 
(似てるな……) 
横顔だけしか見なかったが、昨日見たアルバムの中の写真と、今見た男の横顔の印象は酷似していた。 
(まさか……黒川氏……?) 
「どうかしたのかい?」 
「ぁ、いえ」 
診察室に入りながら、手塚は少し考え、思い切って質問してみた。 
「先生、今の方、もしや青学OBの黒川氏では……?」 
「………まずは診察しようか?」 
「………はい」 一瞬の沈黙を肯定と受け取り、だが手塚はすぐには追及せずに診察を受けることにした。 
         
         
「うん。順調だね。無理さえしなければ間もなく完治するよ」 
「ありがとうございました」 
袖を直しながら手塚が礼を言うと、章高は微笑んで頷いてくれた。 
「さて、と」 
カルテを書き終えた章高が手塚の方へ向き直る。 
手塚も表情を引き締めて真っ直ぐ視線を向けた。 
「ご推察の通り、彼は黒川貴徳くんだ。彼は僕の後輩でね……ちょっと事情があって今は世間から姿を隠しているんだ。手塚くんだから信頼して話すんだよ?」 
「はい」 
手塚はしっかりと頷いて口外する意志のないことを示した。 
「実は、今日はその黒川さんのことを少しお訊きしたくて早めに伺ったんです」 
「え?そうなのかい?彼の何を知りたいんだ?」 
意外そうに目を見開かれ、手塚は自分を落ち着けてからゆっくりと口を開いた。 
「青学時代の、黒川さんのことをお訊きしたくて」 
「学生時代のことを?」 
「はい。黒川さんは、越前南次郎氏と、親しかったのでしょうか」 
章高はどこか気が抜けたような表情をしてから「そうだよ」と頷いた。 
「とても仲が良かったよ。スポーツマンで活発な越前くんと、学年トップの成績を誇り二年生から生徒会長も務めていた黒川くん。対照的な二人がどうして意気投合したのかは知らないけど、いつも一緒にいるのを見かけたよ」 
「やはりそうですか」 
「黒川くんとは科学部で一緒だったんだが、部活がない時はコートに行って越前くんの活躍を見ていたようだ」 
手塚の頭に、また昨日の仮説がよぎる。 
「でも大学は別でしたよね」 
「うん。僕が黒川くんにK大を勧めたんだ。あそこは彼の得意な分野には特に力を入れていたから、青学の大学へ進むよりもそっちの方がいいってね」 
「得意な分野?」 
「遺伝子の……ぁ、いや……」 
章高はチラリと手塚を見、小さく溜息を吐いた。 
「まあ……手塚くんなら大丈夫か……彼の専攻は遺伝子工学だよ。中学の時から遺伝子に興味を持って、高校では遺伝子組み換えの植物などの研究をしていたんだ」 
「遺伝子…」 
「………彼が今、何の研究をしているのは、知っているかい?」 
「いえ」 
「そうか…」 
章高は溜息を吐くと、少しの間黙り込んだ。 
「彼は彼なりに、大切な人を護りたかっただけなんだろうけど……」 
「え?」 
手塚が怪訝そうに眉を寄せるのと、診察室のドアがノックされるのはほぼ同時だった。 
「先生、そろそろ午後の診察が始まります」 
「ああ、今行くよ。すまないね、手塚くん、彼についてはもういいかな?」 
「はい」 
本当はもう少し話を聞きたかったが、他の患者のことを考え、これ以上引き留めるのは断念した。 
「ありがとうございました。…また、お話を伺ってもいいですか?」 
「黒川くんのことかい?」 
「はい」 
「…僕が知っていることならね」 
「ありがとうございます。では、失礼します」 
「お大事に。またいつもの薬を出しておくから、薬局で受け取りなさい」 
「はい」 
一礼して、手塚は診察室を出た。 
(やはり二人は親しかったんだ) 
しかも黒川の方は、コートまで足繁く通うほど、南次郎に対してより強い親しみを持っていたのではないか。 
「親しみ、か……」 
もしも、黒川がアメリカに渡ったのは、先に渡米していった南次郎を追いかけて行ったのだとしたら。 
(まさか、な…) 
前と同じ考えに行き着き、手塚は溜息を吐いた。 
自分が同性であるリョーマに惹かれているからといって、同性に恋をする話はそんなに頻繁に、身近にあるものではないと思う。 
(自分を基準にしてはいけない) 
同性であるリョーマに恋をし、肉欲を抱く一方で、大切に護っていきたいと思う感情。こんな『異端な恋』がそこら中にあるはずはない。 
(だが…) 
先程章高が言いかけた言葉を思い出す。 
         
『彼は彼なりに、大切な人を護りたかっただけなんだろうけど……』 
         
黒川にとっての『大切な人』が南次郎に当たるという確証はない。 
しかし、卒業アルバムの中の黒川の視線は、慈しむように南次郎に向けられていた。 
「大切な人を、護りたい……」 
(護る……?) 
どういう意味なのだろう、と手塚は思う。 
何か、バラバラのパズルのパーツが、頭の中に散在するような感じがする。 
(そうだ、それに黒川氏は、あの教会の牧師と何か関係があるはずだ) 
リョーマと共に見た、穏やかではない二人の関係。 
(あの牧師にも…話を聞いてみるか……) 
今日のところはこれ以上章高から話を聞けないならば、他から少しでも情報を集めてみようかと思う。 
手塚は腕時計にチラリと目をやってから、薬局に向かった。 
         
         
         
         
         
駅に向かって、手塚は走った。 
病院を出てから急いで自宅方面に行くバスに乗り、だが自宅へは戻らずに例の教会に行ってみた。しかし教会は留守で、自宅の方の呼び鈴を鳴らしても応答はなかった。 
仕方なく手塚はリョーマと約束した駅に戻ることにしたのだが、時計を見ればかなり時間が経っていて、空の色も深い藍色に沈みかけている。下手をしたらリョーマを駅で待たせているかもしれないと、少々焦りを感じていた。 
しかし駅に着いてみれば約束した改札前にはリョーマの姿はなく、手塚はホッと胸を撫で下ろす。 
「間に合った、か」 
しかし、いくら待ってもリョーマは現れない。もしやと思って家にリョーマが行っていないかと電話してみたが、来ていないと言われた。 
その後、またしばらく待ってみたが、やはりリョーマが電車から降りてくる様子がないので、手塚は念のために一旦自宅に戻ることにした。 
駅前のロータリーに飛び出し、ちょうど発車間際のバスに飛び乗って自宅へ向かう。 
自宅近くの停留所でバスを降りて、手塚はまた走った。 
そして、自宅が見えてきて、手塚は大きく目を見開いた。 
リョーマが、いた。 
門の横の塀に寄りかかるようにして、俯いて佇んでいる。 
「リョーマ!」 
走りながら名を呼んでやると、弾かれたようにリョーマが顔を上げた。 
「クニミツ…」 
「リョーマ…っ」 
近くまで全力で走り寄り、息を切らしながらリョーマの顔を覗き込む。 
「すまない、リョーマ。擦れ違ってしまったようだな」 
「クニミツ……」 
今にも泣き出しそうな瞳をして微笑みながら、リョーマが手塚の胸にそっと身を寄せる。 
「リョーマ…」 
しっかりと抱き締めてやると、リョーマもギュッとしがみついてきた。 
「逢えなかったらどうしようかと思った…」 
「すまない……駅で逢えると思っていたからしばらくお前を待ってしまったんだ……ずいぶん待たせたのか?」 
手塚の腕の中でリョーマは首を横に振る。 
「オレが悪いんだ……待ちきれなくて、早く逢いたくて……駅で待っていられなくなっちゃって……」 
「リョーマ…」 
「少しでも早く逢いたかったんだ……ごめん、クニミツ」 
「…………」 
手塚は小さく息を吐くと、リョーマの身体をそっと剥がして、その顔を正面から覗き込んだ。 
「そんなに……待ちきれなかったのか?」 
「ん…」 
コクンと、小さく頷かれて手塚の頬が緩む。 
「そんなに、俺のものに、なりたいのか?」 
「………っ」 
リョーマは一瞬目を見開き、みるみるうちに頬を赤く染めていった。 
「だ……って……いつ何が起こるかわからないから……早く…クニミツのものになりたい…っ」 
「…え?」 
「クニミツが好きなんだ……好きだから……クニミツのものになれないまま消えるのは、イヤだ……っ」 
「消える?」 
手塚は眉を寄せてリョーマを見つめる。 
「リョーマ?前にも言っていたが…消えるとは、どういうことなんだ?」 
「クニミツ……頼むから、早くオレにアンタを感じさせてよ……そしてアンタも、オレがアンタのこと好きだってことを、感じて、ちゃんとオレのこと記憶に残して……っ」 
「落ち着け、リョーマ」 
リョーマの両肩をしっかりと掴むと、リョーマが目を見開いて口を噤んだ。 
「とにかく俺の部屋に行こう。大丈夫、俺もお前も、すぐに消えたりしない」 
「ぁ……」 
我に返ったようにリョーマが瞳を伏せて頷く。リョーマの肩を掴む手塚の手に、その身体が微かに震えているのが伝わってきた。 
こんなに取り乱すリョーマを見るのは初めてだった。 
いつでも自分のペースで飄々としているリョーマが、見えない何かに怯えるように小さく震えている。 
「夕飯、まだだろう?俺の部屋に持ち込んで、二人で食べよう」 
「………うん」 
漸く落ち着きを取り戻したリョーマが手塚を見ずに小さく頷く。 
手塚はチュッと音をさせて軽くリョーマの額に口づけてから、その背を押して家の中へと促した。 
         
         
         
         
         
         
         
「ごめん、クニミツ」 
手塚の部屋で夕飯を食べ終え、食器を片づけて部屋に戻ると、リョーマがポツリと言った。 
「駅で、クニミツを少しの間待っていたら…なんか…すっごい不安になってきて……このまま逢えなかったらどうしようって……」 
「うん」 
静かに相槌を打ってから、手塚はリョーマの手を引いて優しく抱き寄せた。一昨日と同じようにベッドに寄りかかってリョーマの肩をしっかり抱いてやると、リョーマが手塚の胸に頬を擦り寄せる。 
「初めは小さかった不安が、どんどん、どんどん、大きくなってきて……気がついたら、クニミツの家に向かって走ってた」 
「………」 
「早く逢いたくて、逢いたくて…逢いたくて……逢いたくて……っ」 
「リョーマ」 
手塚は熱い吐息を零しながらリョーマの髪に口づけ、さらに強く肩を抱き寄せる。 
「こんなに好きになった人はクニミツが初めてなんだ……ずっと一緒にいたいけど……これから先、オレはどうなっちゃうのかわからないから……」 
「……どういう意味だ?」 
「オレは……」 
言いかけて、リョーマはギュッと唇を噛み締める。 
「オレ……は……」 
「リョーマ」 
「え……?」 
強ばるリョーマの身体を、手塚が優しく抱き締める。 
「お前の身に何が起こっても、俺の気持ちは変わらない」 
「………」 
「お前が好きなんだ」 
「クニミツ…」 
手塚は指先で、そっとリョーマの頬にかかる髪を払ってやる。 
「お前も俺もまだまだ未熟だし、出逢ってから一緒に過ごした時間も少ない。……でも、俺は今まで、誰かをこんなにも愛しいと思ったことはない」 
「クニミツ…」 
「お前が愛しくて、大切で……だが、お前の全てを、俺のものにしたいとも思う」 
「ぁ……」 
リョーマの熱い頬を、手塚は手の平で柔らかく包み込む。 
「これが本当の愛じゃないというなら、本当の愛なんて知らなくていい。……俺には、お前だけでいいんだ…」 
「クニミツ…っ」 
リョーマが手塚の胸に深く顔を埋める。 
「オレも……クニミツしか欲しくない……」 
「リョーマ」 
「ずっと一緒にいたいよ」 
「ずっと一緒にいよう」 
そっとリョーマの額に口づけると、リョーマがクッと顎を上げて目を閉じる。求められるままに口づけてやると、リョーマの腕が手塚の首に回され、しっかりと抱きついてきた。 
リョーマの甘い薫りが手塚の理性を崩す。 
甘く深く舌を絡め合い、艶やかな水音をさせながら唇を柔らかく吸い上げる。 
「ぁ……っ」 
唇をずらし、滑らかな首筋を甘く吸い上げると、リョーマの唇から熱い吐息が零れた。 
「リョーマ…」 
「クニミツ……クニミツ……」 
愛しくて愛しくて、胸が苦しい。眩暈がする。 手塚はリョーマの細い身体を抱き上げ、ベッドにそっと横たえた。潤んだ大きな瞳が、揺れながら手塚の姿を映している。 
「俺のものになれ、リョーマ」 
「うん」 
リョーマが微笑みながら目を閉じる。 
ゆっくりと唇を落とし、頬を滑り下りて耳朶に優しく歯を立てる。 
「ぁ……んっ」 
擽ったそうに肩を竦めるリョーマの頬に口づけ、再び耳元に唇を寄せて、手塚は甘く囁いた。 
「お前が何であっても俺はお前が好きだ。俺は、越前リョーマを愛している」 
だがその言葉を囁いた瞬間、リョーマの身体がビクリと揺れた。 
「……リョーマ?」 
静かに、リョーマが目を開ける。 
「……違うかも…しれない…」 
「え……?」 
リョーマの大きな瞳が、悲しげに揺らめく。 
「オレは………越前リョーマじゃないかもしれない………」 
「え…っ?」 
リョーマの瞳から大粒の涙が零れ、こめかみを伝って滑り落ちた。 
「リョーマ?」 
「越前リョーマなんて存在は、……本当は……いないかもしれないんだ……」 
「っ!?」 
         
呟くようなリョーマの告白に、手塚は大きな衝撃を受けた。 
 
         
         
         
         
 
         
         
         
         
         
         
        
続 
         
        
         
        
        
        
        
         
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        20070121 
         
         
        
        
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