  
        衝 撃 
          
         
<1> 
 
 
 駅で待ち合わせをした手塚とリョーマは、そのまま電車に乗り込み、三十分ほど離れた街に降り立った。 
「ここのスポーツ用品店は品揃えがいいんだ」 
「ふーん」 
スポーツに関するものならばありとあらゆるものが揃うこの店は三階建てで、テニス用品においても、客のマニアックな要求にさえ応えられるほど豊富な品揃えだった。 
「ぁ、このメーカーの置いてある!日本じゃなかなか見つからないのに」 
「……気に入ったか?」 
「うん!オレもここでいつも買うことにしようかな。その時はクニミツも付き合ってね」 
「わかった」 
瞳を輝かせるリョーマに、手塚も柔らかく微笑み返す。 
しばらく店内を廻り、全て見尽くしてしまってから店を出た。 
「昼飯にはまだ早いな」 
「でもお腹空いた。クニミツは空いてない?」 
「………そうだな、早めに入った方が席も空いているだろうし……昼食にするか」 
「うん!」 
リョーマが嬉しそうに笑う。 
昨夜の帰り道での、あの、切なげな瞳の影は今は全くない。 
「何食べる?クニミツ」 
「俺はなんでもいい。お前が食べたいのは何だ?」 
「うーん……オレもなんでもいいから……何か…いろんなメニューが揃ってるところって、この辺にある?」 
「ファミレスか………ああ、確か向こうに一軒あった。行ってみるか?」 
「うん」 
笑顔で頷くリョーマに手塚も微笑みながら頷き返し、二人は歩き出す。 
「……?」 
リョーマの手が、遠慮がちに手塚の袖を掴んだ。 
手塚がリョーマに視線を向けると、リョーマが上目遣いで見上げている。 
「繋ぎたいのか?」 
「…やっぱ昼間はダメかな」 
「…………」 
少しだけ迷ってから、手塚はリョーマの手を掴んだ。 
「ぇ……いいの?」 
「はぐれないように、な」 
手塚が笑いながら言うと、リョーマの頬が膨らんだ。 
「どうせガキですよ」 
「ほら、行くぞ」 
手塚が歩き出すと、リョーマは唇を尖らせたまま黙ってついてくる。 
しばらくして根負けした手塚は、足を止め、リョーマの耳元に唇を寄せて囁いた。 
「ガキ扱いしてるんじゃない。お前を大切に思っているんだ。…俺が過保護なだけだ」 
そう言ってリョーマの瞳を覗き込むと、リョーマが頬を染めてふわりと微笑んだ。 
「…じゃあ、もっと『カホゴ』でいいよ?」 
「花嫁のように抱き上げて欲しいのか?」 
「ゃ……それはちょっと……」 
モゴモゴと口籠もるリョーマに、手塚は小さく笑う。 
「行こう」 
「…うん」 
二人で並んで歩き出す。 
手を繋ぎ、肩を並べて、同じ早さで歩く。 
(この関係が、俺たちにはちょうどいいのかもしれない) 
友達よりももっと近くて、だが恋人にはなりえない関係。 
それが、自分たちの心の距離。 
「ほら、そこだ」 
「席空いてるかな」 
「まだ大丈夫だろう」 
「ぁ、ホントだ、まだいっぱい空いてる」 
店内を覗き込み、リョーマが先に入ってゆく。離れてしまった手の温もりに、手塚は少しだけ切なくなった。 
「クニミツ、早く」 
「ああ」 
店員が案内するより先に窓際の奥の席を選び、リョーマが腰を下ろす。慌ててメニューを運んできた店員に手塚が念のため「ここでいいですか?」と問うと、笑顔で「はい、どうぞ」と言われてホッとした。 
「何にしようかな…」 
楽しそうにメニューに目を通すリョーマを見つめながら、手塚は目を細めて微笑んだ。 
(いつまで、こんなふうに優しい時間を過ごせるのだろう…) 
そう考え始めてしまうと、リョーマと過ごすこの一分一秒が、手塚にとってはとてつもなく愛しく、大切な時間に思えてくる。 
「クニミツ、決めた?」 
「ぁ…いや、まだ」 
「オレも…丼ものにしようか、ハンバーグ系にしようか迷う…」 
真剣に悩みながらメニューを見つめるリョーマが愛しくてならない。 
どうしてもメニューよりもリョーマに目がいってしまう自分に、手塚は小さく苦笑する。 
(リョーマと同じものにしてしまおう) 
そう思ってから、手塚はふと、いい提案を思いついた。 
「リョーマ、二つまで絞ったら、その両方を注文すればいい。運ばれてきたものを見て、最終的に食べたい方をお前が選べ。もう片方は俺が食べるから」 
「え?」 
「それなら味見も出来ていいだろう?」 
「ぁ……うん、そうする!」 
大きな目をキラキラと輝かせてリョーマが早速店員を呼ぶ。 
(そうだ…お前にはずっと、そんなふうに笑顔でいさせてやりたい) 
もしも、いつか手塚が想いを打ち明けて泣かせてしまうなら、せめて今は少しでも長く笑顔でいて欲しい。 
「クニミツ、何飲む?オレが取ってきてあげる」 
ドリンクバーも合わせて注文したリョーマが、ウキウキと身を乗り出してくる。 
「え…ああ、じゃあウーロン茶を」 
「了解」 
少ししてリョーマが両手にグラスを持って戻ってくる。 
礼を言ってグラスを受け取ると、リョーマがクスッと笑った。 
「今日の中国茶はトロピカルジャスミンティーだって。好き?クニミツ」 
「ん?さぁ……」 
「クニミツにトロピカルって……似合わない…」 
肩を揺らしてクスクスと笑うリョーマに、手塚の頬も緩む。 
「確かにトロピカルというのは俺には似合わない言葉かもしれないな……ならば、リョーマの中の俺のイメージはどんな感じなんだ?」 
「んー……ビターチョコレート、かなぁ…」 
「チョコレート?」 
「…苦いけど、甘いところとか」 
「……そうなのか?」 
よくわからなくて首を傾げるとリョーマがまた笑う。 
「だってオレ、ビターチョコレート、大好きだから…」 
「………」 
ほんのり頬を染めて言うリョーマを見ていると、遠回しに口説かれているような気分になってしまい、手塚の頬も仄かに色づく。 
ちょうどそこへ、リョーマが注文したチーズハンバーグのセットと、彩りの鮮やかな五色丼が運ばれてきた。 
「チーズハンバーグのお客様は?」 
「ぁ……じゃあ、オレの方に」 
少しだけ悩んでからリョーマが左手を小さく挙げた。 
「熱いのでお気をつけください」 
ジュウジュウ音を立てたプレートがリョーマの前に置かれる。五色丼の方は手塚の前に置かれた。 
「以上でご注文の品はお揃いでしょうか?」 
「はい」 
手塚が頷くと、店員は「ごゆっくりどうぞ」と笑顔を残して去っていった。 
「美味しそう」 
「こっち、味見するんだろう?」 
「いい?」 
「ああ。じゃあ、とりあえず混ぜておいてやるから」 
温かい白米の上に乗った粘り気の多い具材を混ぜ込んで食べる五色丼は、手塚がたまに家族でファミレスに来た時によく注文するメニューだった。手慣れた手つきで混ぜ始めると、リョーマが嬉しそうに笑う。 
「じゃあハンバーグは先に切り分けちゃうからクニミツもこっちの食べて」 
「ああ」 
さすがにナイフとフォークの扱いには慣れているふうのリョーマがテキパキとハンバーグを切り分けてゆく。 
「はい、クニミツ」 
ハンバーグの一片をフォークに刺して差し出され、手塚は戸惑いながらも口を開けた。 
「美味しい?」 
「ん」 
できたてのハンバーグはとても熱くて、手塚は眉を寄せながらも頷いて見せた。 
「ほら」 
丼の中味を手塚が食べさせてやるわけにはいかないので、丼ごと付属のスプーンを添えてリョーマに差し出すと、リョーマは嬉しそうに受け取る。 
「いただきまーす」 
スプーンを口に運んでリョーマが瞳を輝かせる。 
「美味しい!」 
「こっちにするか?」 
ハンバーグよりも気に入ったのかと思いそう尋ねるとリョーマは首を横に振って「こっちでいい」と笑顔で言った。 
丼をこちらに返し、切り分けたハンバーグをリョーマがフォークに刺して口元に持ってゆく。だがすぐには食べずに、ふぅふぅと息をかけて念入りに冷ます。 
「………熱いのは苦手なのか?」 
何気なく尋ねてみるとリョーマが苦笑した。 
「ん……猫舌っていうんだよね。カッコ悪いでしょ」 
「そんなことはない。むしろ……」 
可愛い、と言いそうになって、思わず手塚は口を噤んだ。 
「もう大丈夫かな。………んっ、あつっ……でも、おいひい……」 
あれだけ丹念に冷ましたのにも拘わらず、ほふほふと口の中で転がしながら漸く一口、リョーマは食べ終える。 
「表面は冷めてても中が熱いからビックリした」 
「本当に猫舌なんだな」 
クスッと笑うとリョーマが唇を尖らせた。 
「やっぱ、そっちにすればよかった」 
(ぁ……) 
微かな既視感の後に昨日の一件を思い出して、手塚は小さく目を見開いた。 
(あれは演技じゃなく、本当にお茶を熱く感じたからだったのか……) 
心のどこかで抱いていたリョーマへの疑念が、今、晴れた気がした。 
確かにリョーマが新聞を持ち去ったのは事実なのだろうが、それが前々から考えられた策略なのではなく、偶然出来た機会を、リョーマが利用しただけだったのだと。 
(そうだ…緑茶を母に頼んだのは玄関だった……部屋に入って新聞の存在を知ったのに…『最初から』狙うことなど無理だったんだ…) 
そのことになぜ気づかなかったと内心苦笑しながら、同時にリョーマに心の中で詫びる。 
(チラリとでも悪い方に疑って悪かった) 
なぜ新聞を持ち去ったのかはやはりわからないが、何か理由があるのだろうから、リョーマから話してくれるまで手塚は待つつもりが出来ている。 
何も言わずに手塚がじっとリョーマを見つめていると、リョーマが唇を尖らせたままほんのりと頬を染める。 
「…クニミツ」 
「ん…?」 
「…………なんでもない…」 
頬を染めたままリョーマが食事を再開する。手塚も何も言わずに食べ始めた。 
         
         
         
         
         
         
「またウチに来るか?」 
「え?」 
食事を終えて店を出、すぐにリョーマにそう尋ねると、リョーマの瞳が煌めいた。 
「うん……行きたい。クニミツの部屋で、ノンビリしたい」 
「よし。じゃ、行くか」 
手塚が左手を差し出すと、リョーマが嬉しそうに右手を乗せてきた。 
「クニミツ」 
「ん?」 
「クニミツって…『友達』にはいつも、こんなふうに優しいわけ?」 
手塚の手をしっかり握り締めながらリョーマが俯く。 
「……こんなに大切な『友達』はお前が初めてだと言っただろう?」 
ふと、リョーマが顔を上げる。 
「…うん」 
まるで恋している相手を見つめるように揺れる瞳で見つめられ、手塚の心に熱い衝動が湧き上がる。 
このまま、抱き寄せて、愛を囁きたい、と。 
「クニミツなら……話そうかな……」 
「え…?」 
だが、呟くように言ったリョーマの言葉に手塚の衝動は掻き消え、僅かに目を見開く。 
「………ううん」 
リョーマはそのまま黙り込んで何も言ってはくれなかった。 
         
         
         
         
         
 
手塚の家に着くと、家には誰もいなかった。 
「何か飲むか?」 
「んー……今はいいや」 
手塚の部屋へ向かう途中で確認するとリョーマが少し考えてからそう言った。 
リョーマと二人きりでいられることに、手塚の心が微かに緊張してくる。 
家族が家にいると思えば、それだけで心のストッパーにもなるが、今、手塚の家には誰もいない。 
手塚を止めるものが、何もない。 
(連れてくるべきではなかったかもしれない) 
微かに眉を寄せながらそんなことを考えていると、手塚の部屋の前で、リョーマがふと足を止めた。 
「?……どうした?」 
「……ホントに、来てよかった?」 
「え?」 
「だって、ずっと…部活の時みたいな難しい顔してる」 
「………そうか?」 
手塚が困ったように小さく笑うとリョーマがスッと目を逸らす。 
「帰った方がいいなら言ってくれれば帰るよ?」 
「………」 
手塚はそっと溜息を吐き、リョーマの髪を撫でてみた。 
「クニミツ…」 
「帰るなんて言わないでくれ。お前に泊まりがけで来て欲しいくらいなのに」 
じっとリョーマが手塚を見つめる。想いを込めて手塚が微笑むと、リョーマはほんのりと頬を染めてまた俯いた。 
「……うん…帰りたくない」 
「よかった」 
リョーマの背を押して部屋の中へ促すと、リョーマは素直に部屋の奥まで入ってくれた。 
「クニミツ」 
「ん……?」 
ドアを閉め、呼ばれて振り返るとリョーマがいきなり抱きついてきた。 
「リョーマ?」 
リョーマは何も言わずにただギュッと手塚にしがみつく。 
部屋の静けさが耳に痛いくらいに感じる。 
いや、静けさだけでは、なかった。 
(気づかれる……) 
会話もない部屋に、こんなふうに身体を密着させていれば、嫌でも相手の鼓動の変化に気づくだろう。 
鼓動が、どんどん加速している、と。 
何かを話さなければ。話して、心臓の音を誤魔化さなければ。 
そう思って手塚が口を開きかけた時、リョーマがほんの少し身じろいだ。 
「…どうした?」 
「なんか……変…」 
「え?」 
手塚の心がギクリと音を立てる。 
チラリと見下ろしたリョーマの瞳は艶めき、揺れながら手塚を見上げている。 
「日本では、『友達』はこんなふうにくっついたりしないって言ったよね?」 
「……あぁ……」 
「でもオレ……クニミツとこうやってくっつくの…好き…」 
手塚は小さく目を見開いてから、少しだけ心の緊張を解いた。 
「……お前が育った国では…こんなふうにスキンシップを大切にしているのか?」 
「…………」 
リョーマが頬を赤らめて手塚から目を逸らす。 
「……そりゃ……小さい子はそうだけど………」 
「ん?」 
ギュッと、リョーマが再び手塚の胸にしがみつく。 
「オレはもう……小さい子じゃないのに……」 
「………?」 
「やっぱ、ガキっぽいって、思う?」 
「いや」 
「………ねえ、クニミツ」 
「ん?」 
「クニミツ……なんでそんなにドキドキしてんの?」 
「…っ」 
(気づかれた…) 
言葉を失った手塚を、リョーマが不思議そうに見上げる。 
「でも……オレの心臓も、……ドキドキしてる…」 
「え…?」 
「ほら…」 
リョーマが手塚の手を引き寄せ、自分の心臓の上に導く。 
「ぁ………」 
「ほらね。試合前でもこんなにドキドキしないんだけど……クニミツと一緒にいると、よく、こんなふうになるんだ」 
手塚の手の平にリョーマの鼓動が伝わってくる。それはドキドキと言うよりは、もっと速くて。 
「………」 
「あのさ…」 
何も言わない手塚にそっと語りかけるようにリョーマが小さな声で言う。 
「…イヤだったら、ちゃんと言って」 
「え?」 
リョーマが、掴んで引き寄せていた手塚の手を離し、手塚の首に腕を巻き付ける。 
「クニミツ…」 
「…っ!?」 
あの甘い薫りに包まれたと思った瞬間、手塚の唇に柔らかなものが触れてすぐに離れていった。 
「ごめん」 
「………え」 
「また…しちゃった…」 
リョーマの腕がするりと手塚から離れてゆく。 
いや、離れる前に、その腕を手塚が掴んだ。 
「ぁ……?」 
「構わないと言っただろう」 
「え?」 
リョーマの大きな瞳がさらに大きく見開かれ、手塚をじっと見つめる。 
「………ホント?」 
「ああ」 
逸る心を抑えて手塚が微笑んでやると、リョーマはほっと安心したような笑みを浮かべた。 
「俺からも、お返しをしていいか?」 
「お返しって、な……」 
リョーマの言葉を途中で遮るように、手塚がリョーマの項に手を掛けて引き寄せ、そっと唇を重ねる。 
「んっ」 
ほんの少しだけ舌を滑り込ませるとリョーマが小さく身じろいだ。 
(…しまった) 
調子に乗りすぎたかとは思ったが、すぐにはリョーマを離せなかった。 
「………すまない…」 
それでも何とかリョーマの唇を解放し、名残惜しげに額へ触れるだけのキスをしてから、身体を離す。 
リョーマの様子が気になって顔を覗き込むと、困惑したような大きな瞳と目が合った。 
「ぁ……の…」 
「……すまない。つけ上がった」 
「え…?」 
「調子に乗った」 
「あぁ……」 
たぶん赤く染まっているだろう自分の頬を隠す術もなく、手塚はリョーマに小さく頭を下げる。 
「クニミツ……オレがキスしたから、お返しにクニミツもしたわけ?」 
「……いや……その…」 
真っ直ぐ見つめられて言葉がつまる。 
確かにお返しとは言ったが、手塚はチャンスに乗じただけで、決して軽い気持ちではない。 
そのことを伝えなければと思うのに、やはり、上手く言葉が出てこない。 
「クニミツも……オレのこと、好き?」 
「ああ」 
その問いには即答できる。 
「キス、してもいいくらいに、好き?」 
「違う。……キスしたくて堪らないほど好き、だ」 
「………」 
大きな瞳を真っ直ぐ見つめながら言うと、仄かに赤かったリョーマの頬が一気に耳の辺りまで真っ赤に染まり上がった。 
「ぅわ……っ」 
頬の熱のせいか、リョーマの瞳がほんのりと潤んで見える。 
「…どうしよう……っ」 
仕掛けてきたのはリョーマのはずなのに、目の前で動揺するリョーマを見て手塚も困惑する。 
リョーマは『友情』を『恋』と錯覚しただけなのか。 
「すまない……お前にそんなつもりはなかったのなら、俺からはもうしないから……そんなに困らないでくれ」 
そう言って髪を撫でてやると、リョーマは少しキツイ瞳を向けてきた。 
「違うよ。そうじゃなくて……まさか…クニミツに、そんなふうに好きになってもらえるなんて思ってなかったから……」 
手塚は安堵の溜息を小さく零し、ゆっくりと瞬きをしてリョーマを覗き込む。 
「…なぜ?」 
「だ…っ……オレ、男だし……クニミツから見ればガキっぽいんだろうし……」 
「それから?」 
「…そっ、それから?……それ…から………」 
頬を真っ赤に染めたまま俯いて考え込んでしまったリョーマを、手塚がそっと抱き締める。 
「全部まとめて、俺はお前が好きだ」 
「………っ」 
手塚の腕の中でリョーマの身体がピクリと震える。 
「俺の方こそ、お前にこんな感情を持ってはいけないと思っていた。なのに、感情は理性の言うことを聞いてくれなかった」 
リョーマの手が、おずおずと手塚の背に回ってくる。 
「……オレも……誰かを好きになっちゃいけないって思っていたのに……クニミツに逢うたびに、好きだって気持ちが…止まらなくて……」 
手塚の腕の中でリョーマが小さく「どうしよう」と呟く。 
(「誰かを好きになっちゃいけない」……?) 
その一言が気にはなったが、手塚はすぐに腕の中の存在に全ての思考を奪われる。 
「リョーマ」 
「………?」 
リョーマの両肩に手を掛けてそっと引き剥がし、その瞳を真っ直ぐに見つめる。 
「俺はお前のことを、好きでいていいんだな?」 
「え……」 
「…ダメならダメだと、はっきり言ってくれ。今ならまだ…」 
「ダメじゃない!」 
きっぱりと言い切られて手塚は微笑む。 
「ならば、もう一度、キスしてもいいか?」 
「ぇ…………」 
ずっと赤いままの頬にそっと触れると、リョーマが小さく頷いた。 
リョーマが怖がらないように、ゆっくりゆっくり唇を近づけ、少しずつ重ねてゆき、甘い唇から緊張が抜けるまで軽く啄んでやる。 
「ぁ……」 
甘い吐息とともに綻んだ唇の隙間から少しだけ舌を差し入れてやると、やはりまたリョーマの身体が小さく揺れた。 
だが今度はそのままもっと奥へ、リョーマの舌を見つけるまで深く入り込む。 
「…っ、ぁ……っ」 
リョーマの熱い頬を両手で挟み込み、優しく、だが逃げられないように捕まえる。 
「ぁ……はっ」 
リョーマが手塚の腕に縋りついてくる。 
ちらりとリョーマの表情を盗み見ると、息が上手くできないのか、眉がきつく寄せられていた。 
少しだけ唇を解放してやると、案の定リョーマは急いで大きく息を吸い込んだ。 
だがまだ完全には解放してやらない。 
すぐさま再び唇を寄せ、下唇を啄み、優しく吸い上げる。 
「ぁ…ク…ニ……ッ……」 
口づけたまま覆い被さるようにリョーマを抱き締めると、リョーマの顎が上がり、唇が開いた。すかさず深く舌を滑り込ませてリョーマの舌を捕まえる。 
優しく優しく舌先でリョーマの舌を撫で、甘く絡めているうちに、リョーマが躊躇いがちに少しずつ応えてくれるようになった。 
手塚の胸の奥で、リョーマへの想いが熱く激しい炎に変わってゆく。 
「リョーマ……好きだ……」 
「クニミツ……大好き……」 
唇をほんの少しだけ離して想いを囁き合い、名を呼び合い、再び深く重ねてゆく。 
(こんな日が来るなんて……) 
ずっと『友達』だと言われて諦めていた。 
リョーマの手塚への想いは『友情』なのだと思っていた。 
だから、リョーマが自分と同じように、自分に『恋』をしてくれるとは、思っていなかった。 
だがリョーマは同性への『友情』を『恋』と間違えるほど、浅薄な男ではないと、手塚は思う。 
それは、出逢って間もない自分が確信するにはまだ早いかもしれない。何と言ってもリョーマは自分より年下なのだ。 
だがリョーマの瞳を見つめていると、同じ年頃の少年には見られないような色を浮かべることが時折ある。その色は深い憂いにも見え、他の人間よりも多くの出
来事を経験したのではないかと思わせるほどだ。だからこそリョーマは他人との付き合いに一線を引き、深く関わらないようにしてきたのだろう。 
そのリョーマが、手塚にだけは心の壁を取り払い、一番近いところまで歩み寄ってくれる。 
その想いを、勇気を、今は、信じていたい。 
「リョーマ……」 
キスより先に進みたい衝動をどうにか抑え込みながら、手塚はリョーマを抱き締めたままゆっくりと腰を下ろし、ベッドに寄りかかってしばらくの間ボンヤリと天井を見つめていた。 
「……クニミツ…」 
「ん……?」 
手塚の腕の中で、リョーマがゆっくり顔を上げる。 
「もしも……オレが……」 
「え…?」 
「………もしも、だよ?……ある日突然消えちゃったら……どうする?」 
「………」 
手塚は暫し黙り込んだ。 
どう、答えるべきなのか。 
もちろん、本当にリョーマがいなくなってしまったなら、半狂乱になって探しに行くだろう。 
手掛かりを求めて、何もかも投げ出して。 
どんな些細な情報にも耳を傾け、ひとつひとつ自分自身で確認してゆくだろう。 
「…それは、どこか遠くへ行ってしまう、と言うことか?」 
口に出しただけで胸が苦しくなるような内容を、リョーマに確認してみる。するとリョーマは首を横に振った。 
「そうじゃなくて……オレが……」 
その先を言いかけて、リョーマは口を噤んだ。 
「ごめん……いいんだ……今のはナシ……忘れて、クニミツ…」 
「生きてゆけない」 
「え……?」 
手塚の言葉に、リョーマは驚いたように顔を上げた。 
「お前が俺の前から消えてしまったら……そして、二度と逢えないようなことになってしまったら……俺はもう、生きている意味がなくなる……」 
「クニミツ…?」 
「もう、『俺の生きる意味』なんだ、お前の存在は……生きる意味を失くしたら…生きてはいけないだろう?」 
静かに、淡々と事実を話すように手塚が言うと、リョーマは衝撃を受けたように目を見開いたまま黙り込んだ。 
「……消えないでくれ」 
「…っ」 
「消えないでくれ……リョーマ……」 
小さな身体を抱き締めると、リョーマがしっかりとしがみついてきた。背に回された手が、微かに震えている。 
「消えないよ……絶対に……消えたりなんか、しないから……」 
「リョーマ……好きだ……リョーマ……」 
背中を撫で、髪を梳き、両頬を手で挟み込んで唇を寄せる。 
軽く啄んで、見つめ合い、深く重ねてゆく。 
口づけるたびに、リョーマの舌が甘さを増し、あの甘い薫りが濃くなる気がした。 
(本当に……お前がいなくなったら、俺は生きていけない……) 
リョーマの髪に顔を埋めながら、手塚は思う。 
真剣な恋に落ちるのに、出逢ってからの時間も、互いの年齢も、関係などない。 
リョーマのことが好きで、大切で、何よりも愛しくて、どんなことをしてでも護りたいと思う。 
その想いに、嘘偽りなどないのだと。 
「クニミツ……今日は……ずっと、一緒にいたい……」 
「ああ……一緒にいよう」 
甘えるようなリョーマの声に、手塚の声も優しさを増した。 
         
 
結局その夜、手塚がリョーマの母親に丁寧な言葉で電話をかけ、翌朝早くにリョーマを家に送り届ける条件付きでリョーマと一晩一緒に過ごす許可をもらえた。 
SEXはしなかったが、手塚とリョーマはひとつのベッドの中で、ずっと身体を寄せ合って一晩を過ごした。 
夜中に一度目を冷ました手塚は、自分の腕の中にリョーマがいることに、どうしようもないほどの愛しさを感じて目の奥が熱くなった。 
         
 
眩暈を起こしそうなほど、今この時、手塚は幸せだった。 
         
         
         
         
 
         
         
         
         
         
         
        
続 
         
        
         
        
        
        
        
         
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        20061229 
         
         
        
        
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