  
        教会 
          
         
<2> 
 
 
 「今日、泊まっていかないか?」 
夕飯の後で、手塚は思い切ってリョーマに提案した。 
帰宅してからずっと、自分の部屋でリョーマと静かな時間を過ごした。身体を寄せ合って、二人でベッドに寄りかかりながら、何をするでもなく、ただ、二人で話をしていた。 
いろいろなことを話した。 
どれも他愛のない話ばかりだった。 
ただそれだけの時間が、手塚にとってはひどく幸せなものだった。 
だからもっと、このままずっと、リョーマを独り占めしていたくなった。 
(欲張りだな、俺は…) 
夜になれば、もっと深い話が出来る気がした。 
話したくないことは話さないとリョーマは言った。 
そして、手塚には、自分の全てを知っていて欲しいとも言った。 
(リョーマ自身の中でも、揺れているのかもしれない) 
話したくないが、話したい。 
その葛藤が起きる原因は、たぶん、リョーマの心に刺さる『棘』。 
「………ごめん……そうしたいけど、たぶん、却下される」 
「……そうか…」 
「前々から決まっていればいいんだけど、当日にいきなり『外泊』は無理」 
「確かにそうだな」 
手塚は頷きながら小さく苦笑した。 
自分の家でも、よほどのことがない限り『当日の外泊申請』で許可は下りないだろう。 
「せっかく言ってくれたのに……ごめんね、クニミツ」 
「いや……」 
「……じゃ、そろそろ帰るよ」 
「送っていこう」 
「ありがと」 
かなり落胆しているのを悟られないように微笑みながら、リョーマに続いて手塚も自室を出る。 
「お邪魔しました」 
リョーマがキッチンに声を掛けると、パタパタと足音が響いて彩菜が慌てたように玄関に姿を現した。 
「あら、もう帰っちゃうの?」 
「はい。あんまり遅くなるとぶっ飛ばされるんで」 
「あらあら」 
シューズを履きながら冗談めかしてリョーマが言うと彩菜がコロコロと笑った。 
「またいらっしゃいね」 
「はい。ごちそうさまでした。ご飯、すごく美味しかったっス」 
「ありがとう。今度は越前くんの食べたいもの、リクエストしてね」 
「はい」 
リョーマが嬉しそうに頷く。そのリョーマを見て、手塚も目を細めて微笑んだ。 
「…越前を送ってきます」 
「気をつけてね」 
「はい」 
笑顔で見送る彩菜に小さく頷いてから、手塚はリョーマと共に玄関を出た。 
「…ね、クニミツ、またあの教会の前、通っていい?」 
「ああ」 
その方が回り道になってリョーマとそれだけ長く一緒にいられる、と手塚は心の中で呟いた。リョーマが手塚と同じことを狙ったのではないとは思うが、リョーマと一緒にいられるのなら、理由は何であれ、構わなかった。 
         
         
         
         
         
         
教会に近づくと、来る時には停まっていなかった車が一台停まっているのが見えた。教会内部にも、うっすらと明かりが灯っているようだ。 
「…ここもちゃんと懺悔室とかあるのかな」 
「さあな。中には入ったことがないからわからない」 
「ふーん」 
手塚はここが家からさほど遠くないこともあって、小さい頃は教会で開かれるクリスマス会などに参加したこともあった。だがその際に使われたのは建物のさらに奥にある『庭』で、建物の中にまでは入らなかった。 
この教会で牧師をしている初老の男性は、とても品がよく、たまに道で会うといつもニコニコと挨拶をしてくれる。 
(名前は……何というのだったか……) 
歩きながら手塚がボンヤリとそんなことを考えていると、教会の前でまたリョーマが足を止めた。 
「入ってみたいのか?」 
「ううん。オレは入らない方がいいかもしれないし……」 
「え?」 
「ぁ………えーと、ほら、今親父がお寺預かっているからさ、なんていうか…『宗教対立』とか?」 
リョーマは笑いながらそんなことを言うが、普通は「そんなこと」で教会に入ることすら躊躇ったりなどはしないだろう。 
じっとリョーマを見つめると、案の定、リョーマの大きな瞳が微かに泳ぐ。 
(こういうところはわかりやすいな。嘘をつくと目が泳ぐ…) 
「リョーマ…」 
だが、手塚が口を開いたところで、いきなり教会のドアが乱暴に開いた。 
「ここには来るなと言っただろう!出て行きなさい!」 
手塚はギョッとした。 
あの温厚そうな牧師が、他人に対して激昂するなど、想像したこともなかった。 
「待ってください!話を……」 
取り縋ろうとする男性の目の前で、教会の扉は音を立てて閉ざされた。 
「…………」 
男は扉の前で項垂れ、しばらくそのまま動かずにいたが、溜息をひとつ零して停めてあった車に乗り込み、手塚達のすぐ傍を走り抜けていった。 
手塚とリョーマは落葉樹の傍で一部始終を見ていたが、暗闇に紛れていたのか、男にも牧師にも一切気づかれなかった。 
「………なんだろ、今の」 
「………プライバシーの問題だ。詮索はやめよう」 
「うん………」 
(しかし……あの車……どこかで……) 
黒っぽい国産車だった。そんな特徴ではその辺をいくらでも走っているのだが、その車には似つかわしくないものが車体に貼り付いていた気がしたのだ。だから手塚は、印象として「前に見た」気がしている。 
(何かのステッカーか?) 
手塚が眉を寄せて考え込んでいると、リョーマにぐいっと腕を引かれた。 
「クニミツ」 
「え?」 
「……詮索はしないんじゃなかった?」 
「ああ……すまない…あの車、どこかで見た気がして……」 
「前にもここに停まっていたんじゃないの?」 
「いや……違う…違う場所で……」 
確かに見た、と思う。 
だがどこで見たのか、いつ見たのか、はっきりと思い出せない。 
(中途半端に覚えていると却って気になるものだな…) 
「すまなかった。行こう。駅まで送るから」 
「え?駅まで一緒に来てくれるの?………って、オレが一人でちゃんと帰れるか心配なわけ?」 
「そうじゃない。もっと一緒にいたいだけだ」 
「…………」 
暗がりでもリョーマが赤面するのがわかる。 
「リョーマ」 
「………なに?」 
火照った頬を隠すようにリョーマがそっぽを向く。 
「明日は何か予定があるのか?」 
「……べつに……ないけど…?」 
リョーマが訝しげに視線を向けてくる。 
「明日も、二人で出掛けないか?」 
「え………」 
リョーマが足を止めて、正面から手塚を見上げた。 
「ホント?」 
「ああ。どこに行くかは決めてないから……リョーマの行きたい場所があれば、そ……」 
手塚の言葉の途中でリョーマが身体をぶつけるようにして抱きついてきた。 
「リョーマ…?」 
「明日も逢おう、クニミツ。オレ、毎日逢いたい、クニミツと…」 
手塚の胸に顔を埋めたまま、リョーマが呟くように言う。泣いているのかと思えるほど、か細い声だった。 
「……では、毎日逢おう。普通の日も、休日も……毎日、俺と逢ってくれ…」 
甘く囁くように言いながら、手塚はリョーマの身体をグッと抱き締める。 
(好きだと……言ってしまおうか……) 
深く胸に抱き込むと、あの甘い薫りが手塚を包む。 
(リョーマの……薫り…) 
胸一杯に吸い込むと、あまりの愛しさに軽い眩暈がした。 
「クニミツ……」 
腕の中でリョーマが身じろぐ。きつく抱き締めすぎたかと思い、手塚がほんの少しだけ腕の力を緩めると、リョーマがくいっと顔を上げて手塚を見上げた。 
「!」 
その次の瞬間、手塚は自分の唇に柔らかなものが触れるのを感じた。 
すぐ目の前にはリョーマの長い睫毛が見える。その睫毛が微かに震えているのは、見間違いでは、ない。 
「………」 
そっと離れていった唇を見つめていると、リョーマがふわりと笑う。 
「………クニミツ、大好き」 
「………」 
「ぁ、ごめん、ビックリした?………日本じゃそんなにキスとかしないんだっけ」 
「………『友達』は、な」 
何とか唇を動かしてそれだけを言い、手塚は小さく苦笑した。 
「気持ち悪かった?」 
「いや」 
「ごめん。これからは、気をつけるよ」 
「いや……べつに…俺は構わない」 
「………」 
リョーマはじっと手塚を見つめてから、クスッと小さく笑った。 
「じゃあ、またしちゃうかもよ?いい?」 
「…お前なら構わない」 
小さく目を見開いてから、嬉しそうにリョーマが笑う。 
「………うん」 
心の動揺を抑え込んで、手塚も微笑んだ。 
鼓動が一気に加速して、心臓を壊しそうなほどハイスピードでリズムを刻んでいる。 
「リョーマ…」 
「ん?なに?」 
いつもと変わらない笑顔で見上げてくるリョーマを見つめ返し、手塚は内心、深い溜息をついた。 
(お前にとっては日常の、何てことはないキスのひとつなのだろうな…) 
「………明日はどこに行きたい?」 
「んー……どこがいいかな……」 
もっと心を近づけたい。 
好きだと言いたい。 
だが、想いを告げたその時から「そんなつもりはない」と疎まれるくらいなら、今のまま、好きだと告げずに傍にいたい。 
(ぁ……リョーマと俺は…似ている…?) 
話したいが、話したくないと言うリョーマ。 
想いを告げたいが、告げるのが怖いと思う手塚。 
全く同じではないが、どこか二人の葛藤が似ている気がする。 
(もしかして、お前も俺との関係を壊したくないと思ってくれているのか…?) 
たったひとつの告白で、それまで築き上げた全てがなくなるかもしれないという恐怖。 
だとしたら。 
「リョーマ」 
「ん?」 
笑顔で見上げてくるリョーマを、手塚は真剣な瞳で真っ直ぐに見つめ返す。 
「俺は、ずっと、お前の傍にいるから」 
「………」 
リョーマの笑顔が消え、瞳が、大きく見開かれた。 
「何があっても、どんな形であっても、俺は、お前の傍にいる。それだけは、忘れないでくれ」 
「………」 
リョーマの大きな瞳に映り込んだ街灯の光が煌めき、ゆらゆらと揺れる。 
だが、一度ゆっくりと瞬きをした瞳には、何とも言えない切なげな色が浮かんでいた。 
「………ありがとう、クニミツ」 
リョーマの視線が、すぅっと足下に落とされる。 
「すごく、嬉しい……」 
呟くようにそれだけ言って、リョーマがまた歩き始める。手塚もリョーマを追うように歩き出した。 
(『棘』が、抜けない……) 
リョーマが抱えるものは、話したことによって関係が変わってしまうという恐れではないのだろうか。 
もしかしたら、リョーマの心に刺さった『棘』は、手塚の想像もつかないようなものなのかもしれない。 
「………」 
手塚は、胸の奥が締め付けられるような痛みを覚えた。 
リョーマが何に傷つき、何を恐れ、何を守ろうとしているのかがわからない。 
(今はまだ、見守っていることしか、俺にはできないのか……) 
『棘』が刺さる場所さえわかれば、どんなことをしても抜き取ってやれるのに。 
その場所も、どんなものなのかもわからない自分には、リョーマを護り、助けてやることが、出来ない。 
「………」 
胸を締め付ける痛みが、静かな悔しさに変わってゆく。 
だがその時、手塚の手に、そっとリョーマが触れてきた。 
「………?」 
「…繋いでも、いい?」 
「…ああ」 
リョーマの手は冷たかった。 
両手で包んでやりたくなるほど、冷えきっていた。 
(………俺が挫けてどうする) 
手塚の胸に、小さな炎が灯る。 
(俺がリョーマを護ってやれないで、誰がリョーマを護れるんだ) 
「クニミツの手、あったかい…」 
「…お前の手が冷たいから、俺の手は温かいんだ」 
「え……?」 
「寒いなら温めてやる。熱いなら風を起こしてやる。お前のためなら、何でもしてやる」 
「それって……」 
リョーマが泣きそうな顔で笑う。 
「何か…クニミツがオレのために存在してるみたいじゃんか」 
「………それでいい。お前は俺の『一番』だからな」 
「………」 
手塚が柔らかく微笑んでやると、リョーマは何も言わず、ギュッと手塚の手を握り締めた。手塚もグッと握り返した。 
そのまましばらく見つめ合い、微笑み合う。 
「…クニミツに逢えてよかった」 
「俺も、お前に巡り逢えたことを、感謝している」 
教会を振り返り「神に…」と手塚が呟くと、リョーマの手がピクリと小さく揺れた。だがリョーマはまた、何も言わずに歩き始める。 
「…明日、どこに行こっか」 
「ん?……そうだな…」 
「あんまり人が多くないところがいいな…」 
「ああ。俺も人混みは苦手だ」 
「うん」 
二人とも相手には視線を向けず、前を見つめたまま会話を交わす。 
それでも、繋いだ手は互いの温もりを伝え合って温かかった。 
リョーマの手も手塚の熱に温められたかのように、いつの間にか柔らかな熱を持っていた。 
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
リョーマを駅まで送り届け、その場で明日の待ち合わせ場所と時間を決めた手塚は、そのまま真っ直ぐ家に帰ってきた。 
「只今戻りました」 
「おかえりなさい」 
キッチンに顔を出すと、母・彩菜がニッコリと微笑みかけてくれる。 
「お茶を淹れたのだけど、飲む?」 
「はい、いただきます」 
ダイニングテーブルに腰を下ろし、手塚は目の前に置かれた湯飲みを手に取った。 
「綺麗な色ですね。先程淹れてくださったものと同じお茶ですか?」 
「ええ。抹茶が入っているから、余計に綺麗な色が出るのよ。でも緑茶は難しいわ。お湯の温度に気をつけないとすぐに茶色くなって渋くなっちゃうもの」 
「そうですね……」 
鮮やかな緑色を見つめ、一口飲んでから、手塚はふと気づいた。 
(温度……) 
先程の、リョーマが舌を火傷した件を思い出した。あの時も、今出されたものと同じくらいの温度だった。 
「母さん、このお茶は…何度くらいのお湯で淹れるとこんな綺麗な色になるんですか?」 
「そうね……七十度くらい……もう少し低くてもいいかしらね。ちょうど飲み頃でしょ?」 
曖昧に頷いて、手塚は湯飲みを覗き込む。 
自分たちに出されたお茶も、とても綺麗な緑色をしていた。考えてみれば、舌を火傷するほど熱い温度だったなら、あんなにも綺麗な色は、出せない。 
「……部屋で頂いてもいいですか?」 
「ええ。新しいのを、淹れましょうか?」 
「いえ、結構です」 
小さく微笑んで彩菜の勧めを断ると、手塚は湯飲みを手にして自室に向かった。 
(何かが…おかしい…?) 
自室に入り、湯飲みを持ったまま机に向かう。 
明日は日曜だから時間割を揃える必要はないが、月曜に英語の小テストがあるのを思い出し、少し教科書を見直しておこうかと思う。 
しかし手塚の視線は、机の端に置いてある英字新聞で留まった。 
(そう言えば、まだ全部に目を通していなかったな) 
受け取ったその日にザッとは目を通したが、毎日部活で目一杯練習したあとは学校の授業の予習復習で手一杯だった。 
何部かあるうち、読みかけだったものを一番上に置いておいたので、それを手に取る。 
「ん?」 
だが手に取った新聞はすでにめぼしい記事を読み終えたものだった。 
「?」 
重ねてある新聞の日付をひとつひとつ確認していくと、一番上に乗っているはずの日付のものがない。 
(………まさか…) 
そんなことはないだろうと思うが、思い当たることはひとつしかない。 
(リョーマが……持っていった……?) 
そう言えば、リョーマは真剣に新聞に見入っていた。気になる記事があるのかと問うと、曖昧に誤魔化された記憶がある。 
手塚がリョーマのために氷入りの水を用意して戻った時の、あの不自然な慌て様は、このせいだったのか。 
(だが、なぜ……新聞なんかを……) 
手塚が目を通した範囲では、これといって変わった記事はなかった。 
だがリョーマは、一番上になっていた記事に目を留め、何らかの考えの基に、こっそりとそれを持ち去ることを決めたのだろう。 
(何の記事が載っていたんだ……) 
手塚はしばらく考え込んでから、ふと、あることを思い出し、部屋を出た。 
真っ直ぐリビングに向かい、電話を手に取る。 
電話機に内蔵してある電話帳からひとつ選び、電話をかけた。相手はすぐに出た。 
「もしもし、不二さんのお宅ですか?青学テニス部の手塚と申しますが、……はい、お願いします」 
手塚は不二に電話をかけていた。以前手塚に英字新聞の良さを教えてくれたのは不二だったのだ。不二ならば、もしかしたら同じ新聞を持っているかもしれない。 
『もしもし手塚?珍しいね、どうしたの?』 
「いきなり電話してすまない。ちょっと訊きたいのだが……」 
適当に言い繕って不二も同じ日付の新聞を持っていないか確かめてみる。もちろん、リョーマが関わっていることは告げず、新聞を誤って捨ててしまったと誤魔化した。 
すると、幸いにもちょうどその新聞を読み終えたところだと不二は言った。 
『明日でよければ出掛けるついでに届けてあげるけど?』 
「いや、これからそっちに行ってもいいか?すぐに読みたいんだ」 
『ふぅん?』 
受話器の向こうで不二が不審そうな声を出す。 
『何か気になる記事があるの?』 
「………いや……まだ読んでいないからわからないんだが……」 
不二は誤魔化しきれる相手ではないと思い、手塚は少しだけ真実を口にすることにした。 
「その日付の新聞に、少し身近な話題が取り上げられているはずなんだ。何かなかったか?テニスに関することか…あるいは教会に関することでもいい。……いや、もっと違うものかもしれないな……」 
『………テニスに関する記事は載っていなかったよ。教会って、キリスト教の?それも特にはなかったな……』 
「そうか…」 
曖昧な記憶を辿り、自分が新聞を折り畳んだ状況を何とかして思い出してみる。確かあの日付の新聞はまだ読み始めたばかりで、一面が上になっていた。 
「…そうだ、一面の下の方に載っている記事を教えてくれないか」 
『一面の……ああ……これのことかな…』 
受話器の向こうでガサガサと紙を拡げるような音が聞こえる。 
『身近といえば身近だね。青学OBの黒川さんの一件は、もう知ってる?』 
「え?……ああ…確か、彼が研究していた実験中のものが行方不明だ、と?」 
『うん。その後の話が載っているんだけど……』 
「その後?見つかったのか?」 
『いいや。行方不明の実験体を追うようにして、黒川氏本人も姿を消したって』 
「え?」 
『記事によると、黒川氏が姿を消したのは、本当はひと月以上前だったらしいんだけど、黒川氏の所属する研究チームが、ひた隠しに隠していたみたい』 
「そうか……他には?」 
『あとは…芸能人と政治家との不倫スキャンダル』 
「…それはいい」 
受話器の向こうで不二がクスッと笑う。 
『取りに来る?』 
「いや……やはり月曜でいい。貸してもらえるか?」 
『うん、僕は構わないよ。じゃあ、月曜に学校に持っていくね』 
「すまない。よろしく頼む」 
その後、簡単な挨拶を言って電話を切る。 
(黒川氏と……何か関係があるのか…?) 
確かにリョーマもいたアメリカでの一件ではあるが、一口にアメリカといってもあまりに広大な国であるし、何よりリョーマと黒川氏とでは、『青学』以外に接点が見られない。 
身を置いている世界が、まるで違うように思えるのだ。 
(黒川氏の研究……実験体……実験………?) 
何か、嫌な感覚が胸をよぎった。 
(まさか) 
リョーマと、その『実験体』との間に、何か関係があるのだろうか。 
出逢って間もない頃のリョーマは頑なに人との関わりを持たないようにしていた。『友達』を作らないようにしているのも、その表れだとしたら。 
(俺に、黒川氏の件を知られないように、した、と…?) 
話したくない。でも本当は知っていて欲しい。 
そのリョーマの言葉が、手塚の胸に蘇る。 
(黒川氏の実験とは……何だったんだ?) 
これ以上リョーマから話を聞くことは出来ない気がした。 
ならば、とりあえず「黒川」という青学OBについて調べてみるしかないだろう。 
黒川氏の功績を誇りに思っている青学ならば、黒川氏についての情報は入手し易いはずだ。 
(月曜に……とりあえず生徒会の資料室にある卒業生のデータから調べてみるか…) 
黒川氏についてある程度調べるまでは、リョーマの前では新聞がなくなったことに気づいていないフリをしようと思う。 
(不二にも口止めをしておかないとな…) 
ひとつ溜息を吐いて、手塚は真っ暗な窓の外に目を向けた。 
(明日は……晴れるだろうか……) 
リョーマとは、とりあえず駅で待ち合わせをすることになっている。行き先は決めていない。手塚にとっては、リョーマと一緒にさえいられれば、どこでもよかったのだ。 
「リョーマ…」 
名を呟いて、自分の唇に触れたあの柔らかな感触を思い返す。 
リョーマにとっては挨拶の延長のようなキスだったのだろう。 
だが手塚にとっては、正真正銘、初めてのキスだった。 
(…もう一度…) 
もしももう一度、あんなふうに、不意打ちのようなキスをされたら、自分を制御できるだろうか。 
「………」 
手塚は小さく眉を寄せて、熱い吐息を零した。 
(…厄介な相手を選んでしまったな…) 
そう思う手塚の表情は、しかし、ひどく幸せそうだった。 
         
         
         
         
 
         
         
         
         
         
         
        
続 
         
        
         
        
        
        
        
         
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        20061127 
         
         
        
        
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