  
        教会 
          
         
<1> 
 
 
 土曜日になった。 
午前中からテニス部の練習に参加し、三時過ぎに練習を終えた手塚とリョーマは、例の駅の向こう側にあるファストフード店で落ち合い、手塚の家に向かうことにした。 
しかし、リョーマに開口一番「お腹が空いた」とせがまれ、ファストフード店でそのまま暫し時間を過ごす。 
「クニミツはダブルスってやったことある?」 
「ん?ああ、何度かな」 
「ふーん」 
どうやら先日桃城と帰宅した際に何かあったらしく、先程からリョーマは、口を開けば「ダブルス」について訊きたがる。 
「ダブルスをやりたいのか?」 
「べつに。…でも『出来ない』って思われるのはシャクでしょ?」 
「………」 
なるほど、と手塚は思った。 
たぶん「ダブルス」の経験がないリョーマに、「ダブルスで」試合を挑んだ輩がいたのだろう。そこで思うようにいかず、きっとリョーマは「ダブルスで」相手を見返してやりたいのだ。 
そして、リョーマとペアを組んだ相手は、ほぼ間違いなく、桃城。 
「………」 
手塚の胸の奥が、嫌な熱を持つ。 
「クニミツ?」 
「ん?」 
「ポテト、いらない?」 
リョーマが此方のトレーに乗っているポテトを指さして上目遣いに見上げてくる。リョーマの分は、とっくの昔に平らげているようだった。 
「食べるか?」 
「いいの?」 
「食い物の恨みは恐ろしいと言うからな」 
「なにそれ?」 
怪訝そうに首を傾げる仕草が愛らしい。 
思わず笑みを零した手塚に、リョーマは唇を尖らせた。 
「……ガキぽいって思ったでしょ?」 
「いや」 
「クニミツは大人っぽ過ぎ。それから、カッコ良すぎ」 
「?」 
今度は手塚の方が怪訝に思って首を傾げると、リョーマの頬が薄く色づいた。 
「今日も学校休みなのに、コートの周りに女子が来ていたじゃん。あれって、クニミツのファンでしょ?」 
「…違うだろう」 
「………」 
リョーマが頬を膨らませながら、手塚のポテトを袋ごと攫っていった。 
「リョーマ?」 
「………クニミツの『一番』って、誰?」 
「え?」 
ポテトを口に銜えながら、不鮮明な発音でぼそりとリョーマに呟かれ、手塚は思わず聞き返した。 
「……なんでもない…」 
頬杖をついたリョーマの頬が真っ赤に染まってゆく。 
小さく目を見開いてしばらく沈黙してから、手塚は心の中に柔らかな歓喜が込み上げてきてふわりと微笑んだ。 
「………なに?」 
リョーマがチラリと視線を向ける。口調が拗ねている割に、頬は赤いままだ。 
「お前が一番だ」 
「………え?」 
少し驚いたようにリョーマが顔を上げる。 
「オレ?」 
「ああ」 
「ウソ」 
「なぜ?」 
「だって…」 
「ん?」 
会話ごとに少しずつ顔を近づけてゆくと、リョーマがチラチラと此方に視線を向けながら、さらに頬を赤く染め上げていく。 
「だって……クニミツの周りには、いつもいっぱい人がいて……大石先輩とか、いつも一緒にいるし……」 
「まあ…一年の時からの付き合いだしな……他には?」 
「……不二先輩とか」 
「そうか?………ああ…そうかもしれないな」 
「………」 
リョーマが上目遣いにじっと見つめてくる。その、もの言いたげな瞳に、手塚はまたふわりと微笑んだ。 
「妬いてくれているのか?」 
「え?」 
「俺が他の人間と親しくするのが、嫌なんじゃないのか?」 
「べ……べつに」 
大きな瞳が微かに泳ぎながら明後日の方に向けられる。 
今目の前にいる少年が、あの、先日の校内ランキング戦を『全勝』という形で戦い抜いた男と同一人物だとは到底思えない。 
コートに立つリョーマは、まさに獲物を狩る野生の獣。時にはねじ伏せるように、そして時には弄ぶようにして、相手を追いつめ、叩き潰す。 
その野生の獣が、今は鋭い爪と牙を納め、甘え盛りの子猫のような目をして此方の様子を窺っている。 
そのギャップがどこかおかしくて、楽しくて、何より嬉しかった。 
二人でいる時にだけ見せるリョーマの表情が、手塚の中のリョーマへの愛しさを、さらに甘く熱く刺激する。 
(本当に可愛い…) 
思わずまた小さく笑んでしまった手塚に、リョーマはジロリときつい視線を向けてきた。 
「…べつにクニミツが誰と話していたって、オレは気にならないよ。クニミツにとっては『友達』はオレだけじゃないんだろうし?」 
本格的に拗ねてしまったらしいリョーマは素っ気なくそれだけ言い、そのまま黙り込んでポテトをせっせと口に運んでいる。 
そんなリョーマを見つめながら、手塚は愛を囁くように柔らかな声で、そっと語りかける。 
「……俺は今まで学校からの帰り道に誰かとこんなふうに寄り道したことはなかった」 
「………え?」 
「たまたま帰りに一緒になって同じ電車で帰ることはあっても、わざわざ約束をしたり、待ち合わせをしたりして一緒に帰るなんてことも、したことがない」 
「………」 
ポテトを摘んだまま、リョーマの手が止まる。 
「部活中に、テニスや部活に関係のない話をこっそりしたのも初めてだった」 
「クニミツ……」 
「俺の方から家に誘うのも、お前が初めてだ」 
「………うん」 
リョーマがふわりと微笑む。 
「俺にとっては、お前が一番なんだ」 
「うん」 
リョーマが嬉しそうに微笑む。 
手塚の言う「一番」の意味を、リョーマがどう捉えているのかはわからないが、手塚がリョーマのことを特別に思っていることは充分に通じたらしかった。 
「……これ食べたら、クニミツの家に連れて行って」 
「ああ」 
微笑みながら頷いてやると、リョーマもニッコリと笑った。 
午後のゆったりした時間が、二人の周りだけ殊更ゆっくりと、優しく流れていくようだった。 
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
電車とバスを乗り継いで、二人は手塚の家までの道をのんびりと並んで歩く。 
「日本の家って小さいイメージがあるけど、この辺に建っている家はみんな大きいね」 
「そうだな…古くからこの土地に住んでいる人も多いらしいからな。先祖から受け継いだ土地を、大切に守っているのだろう」 
「ふーん……あれ?」 
リョーマが何かを見つけて目を見開いた。 
「どうした?」 
「屋根に十字架?……教会があるよ?」 
「ああ…」 
リョーマの指さす方向を見て、手塚は頷いた。そこには、古い教会が建っている。 
「近くに行ってみるか?」 
「ぁ……うん」 
手塚の家はもう間もなく見えてくるはずだったが、道を一本変えて教会へ向かうことにする。 
屋根だけ見えていた時にも多少の違和感はあったが、傍に来てみるとさらにその感が増し、日本式の住宅が多い中でその一郭だけが異国の地であるかのように趣が異なっていた。 
建物自体はさほど大きくはないが、木の柵と落葉樹で覆われたその敷地はちょっとした球技が出来そうなほどの広さがある。たぶん、日曜ごとに少し離れた地域から自家用車でここまで来る信者のために、駐車場として利用出来るよう、スペースを確保しているのだろう。 
「オレ、小さい頃あっちで洗礼受けようとしたんだ……」 
「そうか」 
リョーマの言う「あっち」とはもちろんアメリカのことだろう。 
「でも洗礼受けようとしていたちょうどその日に……ちょっと…いろいろあってさ……結局洗礼受けてないんだ……」 
「受けたかったのか?」 
「………べつに……家の近くの教会にいた神父さんが、すごくいいおジイちゃんでさ……大好きだったから……」 
教会を見上げるリョーマの瞳が揺れる。 
「その洗礼受け損なってから一週間くらいして、死んじゃったんだけどね…」 
「………」 
「ホント……あの時は、オレの話を聴いてくれる人が誰もいなくなっちゃったって思って……すごく、悲しかった……」 
手塚は少し迷ってから、そっとリョーマの肩を引き寄せた。 
「……うん…今は、クニミツがいるから、寂しくないよ」 
肩を抱いていた手をずらして、リョーマの髪に触れる。髪を梳くように撫でてやると、リョーマが気持ちよさそうに目を閉じて手塚に寄りかかってきた。 
「…毎日のように教会で神父さんと遊んでた。年寄りのくせに元気でさ…足も速いし…追いかけっこするといっつもオレがすぐに掴まっちゃって……」 
懐かしい昔の一場面を思い出したのか、リョーマがクスッと笑う。 
「ちゃんと聞いたことはないけど、親父の知り合いだったみたいで……たまに…あの親父が深刻な顔して話をしているのを見たこともあったよ……」 
「………」 
「洗礼受けたいって言ったらすごく喜んでくれてさ……もっと早く……受けてればよかった……」 
「間に合わなかったのは…お前のせいじゃないんだろう?」 
「…………」 
リョーマは曖昧に笑って溜息をひとつ、ついた。 
「うん……たぶん、誰のせいでもなかった……誰かのせいだというなら、きっと………」 
その先の言葉を、リョーマは飲み込む。 
そのままじっと屋根の上の十字架を見つめて、リョーマは暫し黙り込んだ。 
(本当に…リョーマには友達がいなかったんだろうか……) 
最近部活で見かけるリョーマは、よく同級生や桃城と話をしている。特に同級生の三人組はリョーマに対して憧れと親近感とを併せ持っているらしく、練習中もよくリョーマのプレイを眺めては感嘆の声を漏らしている。 
リョーマと親しくなりたいと願う者は多いはずだ。リョーマさえその気になれば、『友達』は簡単に何人も出来るだろう。 
だがもしかしたら、あの三人はリョーマの求めるような『友達』ではないのかもしれない。 
(いや、『友達』だと思わないようにしている…のか…?) 
リョーマの言動から、リョーマ自身が「友達を作らないようにしている」節がしばしば見受けられる。 
(それも、心の『棘』のせいか…?) 
「もういいや、行こう、クニミツ」 
「ん?ああ…」 
身体を寄せたままリョーマが手塚を見上げる。艶やかで大きな瞳に真っ直ぐ見つめられて、手塚の鼓動がひときわ大きな音をたてた。 
「…もうすぐだ」 
「うん」 
抱き寄せたいのを堪えてそっとリョーマの髪を撫で下ろし、不自然にならないよう少しだけ身体を離して歩き始める。 
今は嬉しそうにうっすらと笑みを浮かべるリョーマが、時折見せる、あの寂しげな表情。その表情の理由を、早く見つけてやりたい。 
そして、リョーマが手塚だけを受け入れてくれる本当の理由も、もう一度ちゃんと聴かせて欲しい。 
自分の家が近づくにつれ、手塚の心の奥が微かに緊張する。 
(焦らずに、ゆっくりと話さなければ…) 
そうしないと、以前のように、するりと話題を変えられてしまうだろう。 
だが、追いつめるような話し方では、リョーマはさらに固く心を閉じてしまうだけだ。 
手塚はふと、隣を歩くリョーマを見下ろす。 
「ん?なに?」 
手塚の視線に気づいて見上げてくるリョーマにそっと微笑みかけ、小さく「いや」と答える。 
(どう聞き出せばいいのだろう) 
固く殻に閉じこもるリョーマと、口下手な自分。 
永遠に平行線になりそうに思えて、手塚はそっと溜息を零した。 
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
「只今戻りました。母さん、テニス部の後輩の越前です」 
「お帰りなさい、国光。いらっしゃい、越前くん。どうぞあがって」 
手塚が玄関に出迎えに出てきた母親にリョーマを紹介すると、リョーマも殊勝にペコリと頭を下げた。 
「こんにちは。お邪魔します」 
「あらあら、まあ、まあ、まあ………」 
母・彩菜が口元を抑えて瞳を輝かせる。どうやらリョーマを一目見て気に入ったらしい。 
「ちょうどよかったわ、さっき野菜を使ったクッキーを焼いたところなのよ。すぐにお茶を淹れてお部屋に持っていくわね」 
「お願いします」 
シューズを脱ぎながら礼を言うと、彩菜はニッコリと微笑んでリョーマに視線を向ける。 
「越前くんは、何か好きな飲み物はある?」 
「ぁ……えーと……日本の……なんだっけ…『緑茶』?…が、いいです」 
「わかったわ。美味しい緑茶を淹れて持っていくわ」 
彩菜の微笑みにリョーマもニッコリと微笑む。 
「野菜のクッキーって、何の野菜使ったんスか?」 
「にんじんと、ほうれん草と、ゴボウと、カボチャ、あとは胡麻をたっぷり入れて焼いたのも作ったわよ」 
「うわ、スゴイっスね。楽しみにしてるっス」 
リョーマの瞳がキラキラと輝く。彩菜もニコニコと笑みを一層深くした。 
手塚も小さく微笑んでから、そっとリョーマの手を握った。 
「…もう越前を連れて行ってもいいですか?」 
「あら、ごめんなさいね、こんなところで引き留めちゃって。ごゆっくり、越前くん」 
「はい」 
リョーマの手を引いて歩き出すと、彩菜もいそいそとキッチンに戻っていった。 
そのままリョーマの手を引いて部屋に入り、握ったままだった手を離そうとしてリョーマに握り返された。 
「…?」 
「クニミツも、妬いた?」 
「え?」 
リョーマがさっきとは違う輝きを瞳に浮かべて手塚を見上げる。 
「焼いた、って……?」 
「ヤキモチ」 
「?」 
繋いでいる手をリョーマが持ち上げた。 
「オレがオバサンと話していたから、ヤキモチ焼いて、手、繋いだんじゃないの?」 
「ぁ……いや…」 
自分でも無意識だった行動をリョーマに読み解かれ、手塚はほんのりと頬を染めた。 
「…………」 
答えに詰まっていると、リョーマが小さく吹き出し、その瞳が、今度は悪戯っ子のように輝いた。 
「It 's a joke.」 
「え?」 
リョーマがスッと手塚の手を離す。 
「クニミツのお母さん、スゴイ優しそうな人だね。もしかして料理も得意?」 
「……ああ」 
手塚が微笑みながら答えると、リョーマも小さく微笑んだ。 
「バッグはその辺に置いてくれ。制服も脱ぐだろう?吊しておいてやるから、脱いだらこっちに寄こせ」 
「うん」 
入り口すぐのところにバッグを置こうとしたリョーマは、ふと部屋の奥に目を向け「あっちの方がいい?」と言って机の方にバッグを置きに移動する。 
だがそこで、急にリョーマは動きを止めた。 
「…どうした?」 
「……え?ぁ、べつに……ここでいいかな」 
バッグを肩から下ろしながら、リョーマが此方を振り向く。 
「ああ。好きに置いてくれて構わない」 
机に立てかけるようにバッグを置くと、リョーマはまた動きを止めた。どうやら、机の上の何かをじっと見つめているようだった。 
今度は声を掛けずにそっと背後に歩み寄ってみる。 
(新聞…?) 
リョーマが見入っているのは、つい昨日、父・国晴がまた持ってきてくれた新しい英字新聞だった。最新版とは言えないが、つい一週間ほど前の内容のものだ。 
「…何か気になる記事でも載っているのか?」 
「わっ」 
リョーマの耳元に囁く形になってしまい、リョーマは驚いたように振り向きながら頬を真っ赤に染めて自分の耳を押さえた。 
「び、びっくりした……いきなり耳元で…」 
「あぁ、すまない」 
そこでちょうどタイミングを計ったようにドアがノックされた。 
「お茶とお菓子をどうぞ」 
「ありがとうございます、母さん」 
クッキーの盛られた皿と二人分の湯飲みを乗せたトレーを受け取ると、彩菜がニッコリ微笑みながら手塚を見上げた。 
「私、ちょっとお夕飯の買い物に出掛けるから、お留守番よろしくね」 
「はい」 
「越前くんも、今日はうちでお夕飯いかが?何かリクエストがあれば作っちゃうわよ?」 
「ぁ…べつに……」 
「そう?」 
小さく首を傾げてから彩菜はまた手塚を見上げ「じゃ、行ってくるわね」と言い置いてドアから離れていった。 
トレーを部屋の真ん中に置き、ドアを閉めて手塚が振り返ると、リョーマがすでにトレーの前に腰を下ろしていた。 
「クッキー、もらっていい?」 
「どうぞ」 
小さく笑いながら手塚が言うと、リョーマは「またガキみたいだって思ったでしょ」と呟いて一瞬だけ頬を膨らませる。だがすぐにクッキーの皿を覗き込んでキラキラと瞳を輝かせた。 
「どれから食べようかな…」 
仄かに赤いのはにんじんを練り込んだもの、緑色のはほうれん草、黄味が強いのはカボチャで、特に色が付いていないのがゴボウだろうか。胡麻は一目瞭然といったふうに小さな粒が主張している。 
「クニミツはどれにする?」 
「………ゴボウ」 
「……ゴボウ、好き?」 
「取り立てて好きというわけじゃないが……今、お前がどれにしようか悩んでいる候補の中にゴボウだけ入っていないだろう?」 
「え!何でわかんの?」 
大きく目を見開いて身を乗り出してくるリョーマのあどけなさにまた思わず笑みを零すと、リョーマは慌てて言い訳を始める。 
「べ、べつに、ゴボウも嫌いじゃないよ?ただ、色が付いている方に目がいっちゃっただけで…」 
「いいから。ゴボウは俺が味見をするから、お前はお前の好きなのを好きなだけ食べればいい」 
「うん……」 
リョーマは小さく頷いて、最初にカボチャのクッキーを手に取った。手塚も色の付いていないクッキーを手に取る。 
「わ…美味しい…」 
「そうか」 
「にんじんは……んっ、これも美味しい!」 
次々に味見をしていくリョーマを見つめながら、手塚は目を細める。 
「ゴボウ、美味しい?」 
リョーマが手塚の食べかけのクッキーを見つめて尋ねてくる。 
「ああ。ちゃんとゴボウの味が残っていて、なかなかいいぞ」 
「ふーん……」 
訝しげに眉を寄せて手塚の持つクッキーを暫し見つめていたリョーマは、徐に手塚の手ごとクッキーを引き寄せて自分の口に運んだ。 
「こら…」 
「ぁ、ホントだ、美味しい」 
「………」 
リョーマの唇に一瞬だけ自分の指が触れてしまい、手塚は内心、微かに動揺する。 
(人の気も知らないで…) 
「ほうれん草は……うん、あっさり味」 
手塚は小さく溜息を吐いて湯飲みを引き寄せた。鮮やかな緑色に、相変わらず緑茶を淹れるのが上手い人だと母への賛辞を心の中で言いながら湯飲みに口を付ける。 
「そう言えば、リョーマは緑茶が好きなのか?」 
「うん、結構好きだよ。親父がすごく緑茶が好きでさ、…だからだと思うけど、気がついたらオレも好きになってた」 
「いいことだ。緑茶は健康にいい」 
「え?そうなの?」 
「ビタミンCや茶カテキンなど、最近注目されているようだしな」 
「ふーん。クニミツはいろんなこと知ってるね」 
そう言って微笑みながらリョーマも湯飲みを手にする。 
「少し熱いから気をつけた方が…」 
「あちっ」 
声を掛けるのが遅かったらしく、リョーマは顔を顰めて口元を押さえた。 
「大丈夫か?」 
「ん…」 
手塚にとってはそんなに高温だとは思わなかったが、リョーマにとっては意外なほど熱かったらしい。 
「水を持ってくるか?」 
「ぁ……うん。氷、入れてくれると嬉しい」 
「わかった」 
すぐに立ち上がり、キッチンに向かう。 
まだキッチンには彩菜がいた。 
「あら、何か足りなかった?」 
「ぁ、いえ、越前がお茶を飲んで軽い火傷をしたらしくて」 
「え?あら、そんなに熱い温度で淹れなかったんだけど、悪かったわ、大丈夫かしら」 
「氷の入った水が欲しいと…」 
「はいはい」 
手際よく氷入りの水を用意してくれた彩菜に礼を言って、手塚は急いで部屋に戻った。 
ドアを開けた途端リョーマが慌てたように座り直すのが目の端に映る。 
「?」 
「ぁ、ありがと」 
「ああ…」 
コップを手渡すと、リョーマは早速氷をひとつ口に入れて転がす。 
「どうだ?」 
「ん、大丈夫。ちょっとビックリしただけだし」 
ホッとして手塚が微笑むと、リョーマがどこか嬉しそうに頬を染めた。 
「クニミツは、本当に優しいね」 
「…あまり誉めるな。つけ上がるから」 
「つけ上がる?」 
きょとん、と目を丸くするリョーマに小さく苦笑して、手塚はまたひとつクッキーを手に取る。 
「胡麻は食べたか?」 
「え……ぁ、ううん、まだ……」 
「なぁ、リョーマ」 
「…なに?」 
いろいろと話をしたいのに、手塚の中で想いばかりが膨らんで上手く言葉になってきてくれない。 
リョーマの名を呼んだまま黙り込んでしまった手塚を、リョーマが怪訝そうに覗き込んだ。 
「クニミツ?」 
「………」 
「どうかした?」 
「……いや…」 
手塚は今ほど自分の口下手さを恨めしく思ったことはない。 
話したいことを、訊きたいことを、どうやって話し始めればいいのだろう。 
「クニミツってさ、思ってることをうまく言えないタイプ?」 
「え……」 
目を見開いてリョーマを見ると、リョーマは小さく笑みを浮かべていた。 
「オレの場合は口下手って言うより話したくないことは絶対口にしない、ってタイプだけど、クニミツは話したいことを上手く口に出来ない、って感じ」 
なかなかの鋭い観察に手塚はさらに目を見開いた。 
だが、今のリョーマの言葉に引っかかりを覚える。 
「ならば、お前は『友達』の俺にも、話したくないことは絶対に話さないということか?」 
「……誰だって話したくないことは話さないでしょ?」 
「………そうだな」 
先手を打たれてしまった、と手塚は思った。 
(これではもう、何も聞き出せない) 
「でも……」 
ぽつんと、リョーマが呟く。 
「本当は、クニミツにはオレのこと全部知って欲しい。……なんでかな……クニミツは、他の人と違うんだ……初めて逢った時から…」 
「………どんなふうに違う?」 
「んー……うまく言えないけど……例えば、何も話さないで傍にいるだけでも、クニミツとなら、楽しい」 
「………」 
「楽しいし、嬉しいし………すごく、気持ちいいんだ…」 
「安心できる、と?」 
「……そうなのかな……うん……そうかも……」 
「何も…話さなくてもいい、のか?」 
じっとリョーマを見つめると、リョーマも真っ直ぐに見つめ返してくる。 
「………そっち行ってもいい?」 
リョーマがトレーを横に押し遣り、もそもそと手塚の隣に移動して、そっと身体を擦り寄せた。 
「こうすると、もっと気持ちいい……」 
「…………」 
手塚はリョーマの肩に腕を回し、二人してゆっくりベッドに寄りかかってみる。 
「クニミツは……気持ち良くない?」 
「……よくなかったら…じっとしていない」 
「うん……」 
クスッと、小さくリョーマが笑う。 
そのまま、二人は黙り込んだ。 
部屋には静けさだけが広がっていた。 
         
         
         
         
 
         
         
         
         
         
         
        
続 
         
        
         
        
        
        
        
         
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        20061120 
         
         
        
        
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