  
        嵐 
          
         
<2> 
 
 
 
 「只今戻りました」 
午前中青学での短縮授業をこなし、午後になって親交の深い某校と練習試合をしてきた手塚は、軽い疲労感とともに帰宅した。 
「お帰りなさい。すぐご飯にする?お風呂も沸いているわよ」 
「先に風呂を頂きます」 
「ウエア、出して。明日も使うでしょう?すぐ洗っちゃうから」 
脱いだシューズをきちんと揃えて顔を上げた手塚は、バッグからポロシャツとハーフパンツ、タオルなどを出して、母・彩菜に渡した。 
「よろしくお願いします」 
「はいはい」 
いつでも笑顔を絶やさない彩菜につられるように手塚もほんの少しだけ表情を和らげる。それから軽くなったバッグを担いで自室に向かった。 
部屋に入り、ドアを閉め、手塚は軽く溜息を吐きながらバッグを下ろす。 
今日、手塚は一日中リョーマのことを考えていた。 
学校ではどこかで偶然で会わないかと、そんなことまで期待した。 
だが三年と一年とではそれぞれの教室の階が違うため、まだ専門教室への移動のない今は、会う確率はゼロに近かった。 
(明日には会える) 
そう考えて、手塚は苦笑した。 
今日は何回、心の中で、その言葉を呟いたことだろう。 
遠征先でも手塚の思考は大半をリョーマに占領されていた。そのことに気づいた者はいないだろうが、コートに立った時以外はずっと、リョーマのことを考えていた。 
リョーマの大きな瞳。 
柔らかな頬。 
ぽってりとした唇。 
そして時折少し大人びて見える、綺麗な微笑み。 
まだ二回しか話したことがないとは思えないほど、手塚の記憶にはリョーマが鮮やかに刻み込まれている。 
(なぜこんなに気になるのだろう…) 
深い溜息をついて、前髪を掻き上げる。 
「越前リョーマ……か…」 
確かに越前南次郎の血縁者としての興味は大きいが、手塚は、テニス以外の面でも、リョーマのことをいろいろと知りたいと思う。 
好きな食べ物や飲み物、よく聴く音楽、好みの色、得意な教科、それ以外もどんなものが好きなのか。どんな傾向の服が好きなのか。家ではどんなふうに過ごしているのか。 
「…………」 
考え始めると止まらなくなる「知りたい」という渇望感を、手塚はもう一度溜息を吐いて誤魔化した。 
         
         
         
 
         
風呂から上がって夕食を摂り始めると、父・国晴が帰宅した。 
「おかえりなさい、今日は早かったんですね」 
笑顔で出迎える彩菜に、国晴も笑顔で「商談がひとつあっさり決まったんだ」とホッとしたように話す。 
「お帰りなさい父さん。先に頂いています」 
「おお、国光、ただいま。美味そうだな」 
「すぐに用意しますね」 
彩菜が手際よく惣菜を温め始める。 
「そうだ、国光、頼まれていた物、今日届いたぞ」 
そう言って国晴は鞄から大きな茶封筒を取り出し、手塚に差し出した。 
「これは…」 
「アメリカに出向してる同僚に送ってもらった新聞だ。とりあえず一ヶ月くらい前のヤツから、面白そうな記事の載っている物を選んで貰ったから」 
「ありがとうございます」 
礼を言って受け取り、手塚は茶封筒から中の新聞を取り出してザッと目を通す。 
「読めそうか?」 
手塚の手元を覗き込んで国晴が眉を寄せながら問う。 
「そうですね…やはりわからない言い回しや単語がいくつか在りますから……とても勉強になります」 
手塚は教科書の英文や文学的に使われる英文ではなく、今現在使われている生きた英語を読んでみたいと思い立ち、父に頼んで知り合いから現地の新聞を取り寄せて貰った。 
最近は英語の学習のために英字新聞を購読する者が増えてきているようだが、定期購読を申し込む前に、とりあえず試験的に読んでみたいと手塚が申し出たのだ。 
「そうそう、なんか青学の卒業生の記事が載っているらしいぞ?」 
「卒業生?」 
「ああ。名前は何て言ったかな……結構スクープ扱いされてるらしいから、すぐに見つかると思うが」 
「スクープ……そうですか。後ほどじっくり読んでみます」 
手塚がもう一度礼を言うと、国晴はニッコリ笑って「お安いご用だ」と言った。 
         
         
         
 
         
食事を終えて部屋に戻り、手塚は早速新聞を広げてみた。 
「これか……」 
国晴の言っていたように、その記事はすぐに見つかった。 
ひと月ほど前の新聞に大きな見出しで載っていたのだ。 
「『Experimental material missing』……?」 
手塚は英和辞典を書棚から取り出し、傍に置いて記事を読み始めた。 
先ず全体に目を通して大意を掴んでみる。 
大まかに言うと、その記事にはこう書かれていた。 
『その斬新な発想で生物理工学会に新風を吹き込んだ黒川氏の実験材料が行方不明になった』 
(実験材料……?) 
その記事によると、極秘に黒川氏が取り組んでいたある研究の『実験体』が盗まれるか逃げ出すかをして、行方不明になっているというのだ。 
黒川、というのが青学のOBの名だった。 
研究内容については『極秘扱い』らしく、その記事にも詳細は書かれていないが、二十年ほど前から黒川氏が密かに着手していた研究で、その研究レポートが発表されるのを、学会は一日千秋の思いで待ち望んでいるらしい。 
二十年ほど前というと、黒川という人は、日本の大学在学中にその『研究』に着手したということになる。 
「天才、か…」 
小さく呟いてから、手塚は続きの記事に目を落とす。 
黒川氏の『極秘扱いの研究』は、一方では賞賛されているが、他方ではその道徳性が問われ、研究を中止すべきとの意見も多い、とある。 
「何の研究なんだ…?」 
極秘扱いとはいえ、そのレポートを待ち望む声もあれば、研究自体を非難する声もあるというなら、研究内容は研究者たちの間にはある程度漏れていたということだろう。 
だが硬派で知られるこの新聞社が明確に研究内容に触れないようにしているところを見ると、その研究にはかなり大きなバックがついているのかもしれない。 
「迂闊に漏らせば潰される、ということか」 
何か不穏なものを感じたが、手塚はそれ以上この記事に関心は持たなかった。 
自分とはあまり関係のない世界のように思えた。 
新聞を畳んで机の隅に置き、立ち上がって窓の外に目をやる。 
今の自分は、もっと身近なことを考えるので精一杯だ。 
見上げる空に、星の瞬きは見えない。 
手塚はそっと、溜息を吐いた。 
         
         
         
         
         
         
         
 
         
         
         
翌日。 
二年と三年は通常通りの授業が開始され、部活動も普段通りに動き始める。 
放課後の部活を始める前に、昨日遠征に参加したレギュラーと三年部員が竜崎に呼ばれ、反省会を兼ねた軽いミーティングが行われた。 
そのミーティングを終えて少し竜崎と話をしてから、手塚も遅れてコートに向かった。 
コートに近づくと、部員たちの大きなどよめきが手塚の耳に入った。 
「?」 
だがそのどよめきに続いて聞こえてきたのは誰かの大きな怒声だった。 
「やっぱテメーだったのか!ナメたまねしやがって!一年坊主がしゃしゃり出る場所はねぇんだよ!」 
声のする方を見遣ると、二年の荒井がリョーマの胸ぐらを掴んで怒鳴っているところだった。 
(リョーマ?) 
瞬間、手塚の胸の中にカッと怒りに似た感情が湧き上がったが、手塚はその激情を抑え込んで冷静を装う。 
「コート内で何をもめている」 
途端に部員全員がこちらを向き、口々に挨拶してくる。 
慌ててリョーマの胸元から手を離す荒井をじっと見据えたまま二人に近づいてゆくと、リョーマが帽子の下から瞳だけをこちらに向けるのがわかった。 
だが手塚は表情を変えずに、二人へペナルティを課す。 
「騒ぎを起こした罰だ。そこの二人、グラウンド十周!」 
「えっ、ちょっと待ってくださいよ、コイツが…」 
「二十周だ!」 
立場の弱い下級生に罪を擦り付けようと口答えする荒井の態度が気に入らず、思いの外強く言ってしまってから手塚は眉を顰めた。 
(感情に流される…) 
冷静でいなくてはならないと思うのに、怒りのままに声を荒げてしまう弱い自分が、手塚には許せない。 
だがそれよりも、理由を聞かずにペナルティを課す自分を、リョーマはどう思うのだろうかと、ふと、思った。 
手塚がリョーマに視線を向けると、だがリョーマは手塚を見てはいなかった。 
荒井に掴まれていた胸元を、まるで汚いヨゴレを落とすかのようにパンパンと払い、やれやれと言ったふうに溜息を吐いている。 
(横暴だと、呆れているのか?) 
手塚はさらにきつく眉を寄せると、リョーマから目を逸らして部全体に指示を出す。 
「全員ウォーミングアップ!済んだ者から二年三年はコートに入れ!一年は球ひろいの準備につけ!………以上!」 
「ハイ!」 
部員たちの歯切れのいい返事を聴きながら、手塚はどこかやりきれなさを感じて溜息を吐いた。 
だが視線を感じて顔を上げると、じっとこちらを見つめるリョーマと目があった。 
(リョーマ……) 
手塚が何も言わずに見つめ返していると、意外なことに、リョーマは小さく笑って頷いた。 
(え…?) 
唇が「Good job」と動いたように見えた。 
手塚が目を見開くと、リョーマは何も言わずに背を向けて走り出した。リョーマを追いかけるように荒井も走り始める。 
「………」 
喧嘩両成敗、という言葉を帰国子女のリョーマが知っているのかどうかは知らないが、たぶん、そう言う理由で手塚が「二人に」罰を科したのだとわかってくれたのだろう。 
小さな感動すら覚えて半ば呆然とリョーマの背中を見つめている手塚に、大石がいつものようににこやかに近づいてきた。 
「なあ、手塚、あの子って、前に柿の木坂テニスガーデンの道を訊いてきた子だよな?」 
「……ああ」 
「彼が越前リョーマだったんだな」 
「え?」 
大石の口から、いかにもリョーマのことを知っている風な言葉を聞いて、手塚は内心驚いて大石を見つめた。 
「昨日、桃のヤツが越前とやり合ったらしいよ。怪我をしているとはいえ、あの桃と互角にやり合うなんて、大したもんだよなぁ」 
「桃城と…?」 
「ああ。ワンゲームくらいはやったみたいだよ」 
「………」 
「結構気が強そうだけど……部員たちと上手くやっていってくれるといいな、手塚」 
大石の言葉に曖昧に頷きながら、手塚はリョーマの背中に視線を戻す。 
そう言えば、あのトーナメント会場で竜崎が言っていた。リョーマは、アメリカのジュニア大会で四連覇を成し遂げたと。 
実力は、やはり、申し分ないということなのだろう。 
「なあ、手塚」 
リョーマを見つめる手塚に、声を潜めて大石が話しかける。 
「今日は、あまり練習に参加しない方がいいんじゃないのか?昨日試合しただろ?無理するなよ?」 
「…ああ」 
大石の方を向いて、手塚は小さく頷いた。 
確かに昨日は相手校の部長と試合を行った。全力を出したわけではなかったが、確かに今日は大事を取った方がいいかもしれない。 
近々校内ランキング戦もある。その時にコンディションを崩しているわけにはいかない。 
溜息を吐く手塚の肩を、大石が労るようにそっと叩く。 
「大丈夫。もう少しで完治するって、おじさんも言っていたし。焦らず、じっくりいこう!」 
「…ありがとう、大石」 
頷いて礼を言うと、大石が照れくさそうに笑った。いい友人を持ったと、手塚は思う。 
そうしてふと、リョーマにも、アメリカには友人がいるのではないかと、思った。 
しかしそう考えてから、初めて会った日のリョーマを、また思い出す。 
友達が欲しいと、寂しそうに伏せられた瞳。 
いや、リョーマは「欲しかった」と言った。わざわざ過去形で言ったということは、今までも友達と呼べる存在がいなかったのかもしれない。そしてこれからも、自分には友達が出来ないと、そう思ってしまっているのか。 
(なぜ、そんな…) 
それは単に、リョーマが言っていたような「人付き合いが苦手」という理由だけなのだろうか。 
それに。 
(俺には、普通に話してくれるし、笑いかけてくれる……) 
リョーマのテリトリーに、自分だけは入れてもらえている気がする。 
その理由も、聞いてみたい。 
「手塚、とりあえず、軽くランニングしよう」 
傍らにいた大石にポンと背中を叩かれ、手塚は我に返った。 
リョーマのことを考え始めると止まらなくなる。周囲のことが、頭にも、目にも、入らなくなってしまう。 
(これでは俺はまるでリョーマに……) 
そう思いかけて、手塚は視線を落として眉を寄せた。 
(そんなことが…あり得るのか?……男の、俺が……) 
「手塚?」 
大石がどこか心配そうに声を掛けてくれる。 
だがそれに答えることができず、手塚はそっと頭を振ってベンチの方へ歩き出した。 
自分の心の中を「リョーマ」という名の嵐が駆けめぐる。 
巻き起こる風の凄まじさに、手塚は自分を見失いそうになっている気がした。 
         
         
 
         
         
         
練習が終わり、部員たちが帰宅したあとも、手塚はいつものように一人部室に残って部の日誌を書いていた。 
今日は仮入部の一年が多数おり、その練習内容や練習時の態度、問題点などを特に細かく書いてゆく。 
初めこそリョーマにだけ目がいってしまっていたが、全ての理性と部長としての責任感を最大限奮い立たせていつもの「部長の手塚国光」になれた。 
(だが…毎回こうでは……疲れるな……) 
書き終わった日誌を閉じて溜息を吐いていると、部室のドアが小さくノックされた。 
「どうぞ」 
背筋を伸ばして答えると、ドアが静かに開く。 
「………!」 
「やっぱ、まだいた」 
ドアから入ってきたのはリョーマだった。 
「校門でずっと待っていたのになかなか出てこないから、まだここにいるのかと思ったら、当たった」 
「リョーマ……」 
「一緒に帰ろうよ。まだ終わらない?」 
唇を尖らせて手塚の手元を覗き込むリョーマに、手塚は言葉を失ってしまった。 
「どうしたの?」 
ふわりと、あの甘い薫りがする。 
(この薫りは、リョーマの……?) 
「ぁ、やっぱ部が終わっても馴れ馴れしくしちゃダメだった?」 
「いや」 
手塚はやっと動いた唇でとりあえずそれだけ口にすると、静かに立ち上がった。 
「…もう少し待っていてくれるか?すぐに着替える」 
「うん」 
リョーマが嬉しそうに微笑む。 
手塚も目を細めて微笑んだ。 
「……今日、クニミツはやっぱスゴイなって思った……」 
「え?」 
壁際のベンチに腰を下ろし、着替え始めた手塚をリョーマが真っ直ぐに見つめてくる。 
「あの二年の人、アンタには逆らえない!って顔してたもん。でもオレのことはスゴイ目で睨んでいたから、勝手に騒いでたのはあの人だけど、あの人だけ走ることになっていたら、オレはもっと恨まれていたよね」 
「………」 
手塚が目を見開いてリョーマを見つめると、リョーマはまたにこっと笑った。 
「『ケンカリョウセイバイ』っていうんでしょ?」 
「ああ……知っていたのか、その言葉…」 
「親父がよく言ってたんだ。ケンカしてる二人には一番効果的な諫め方なんだって」 
「そうか…」 
手塚がふっと表情を緩めると、リョーマもまた笑う。 
「それに、オレはアンタのこと信じてるから」 
「え…?」 
「アンタは、偏見とかで人を判断したり、差別したりしないって」 
真っ直ぐなリョーマの視線に、手塚は自分の頬に熱が集まるのを感じた。 
そんなふうに言ってもらえたのは初めてだった。 
部長になってから、部の輪を乱さないよう最大の注意を払ってきた。二度と自分のように暴力で傷つけられる者が出ないように、コートを神聖な場所だと言い続け、それを汚す行為をする者を片っ端から罰してきた。 
時にはそうやって学年を問わず罰を科す手塚を、「横暴だ」とか「ワンマンだ」とか言う者も影ではいたようだが、それでもいいと手塚は思ってきた。そうしなければ、本当にテニスを愛して青学テニス部に入ってくれた者を護れない気がしたからだ。 
そして何よりテニスというスポーツを、暴力に利用されたくなかった。そのためなら、どんな陰口を言われても容赦なく罰を科すことだって出来た。 
その想いを、今、目の前のリョーマは、わかってくれたように思えた。 
「………ありがとう」 
静かに礼を言うと、今度はリョーマの頬が赤く染まった。 
「そんな、お礼言われるようなこと、言ってないけど?」 
ぷいっと横を向いてしまったリョーマの頬がさらに赤く染まってゆく。 
(やはり…可愛いな…) 
心の中の嵐が収まり、今はほんわりとした温もりを与える春の日差しのように、リョーマの存在を穏やかに感じることが出来る。 
(心地いい……お前の傍は……) 
じっとリョーマを見つめたままの手塚に気付き、リョーマがチラリと視線を向けてくる。 
「クニミツ、他の部員の前で、その顔、しない方がいいよ?」 
「ん?」 
「すっごい優しそうな顔してるから、それじゃ、『部長の威厳』なくなるよ?」 
「………そうか?」 
手塚がきょとんと目を丸くすると、リョーマがプッと吹き出した。つられて手塚も笑い出す。 
「オレにだけ、ソーユー顔見せてよ」 
リョーマがほんのりと頬を染めて、甘えるように言うのを可愛いと思ってしまう。 
「…話していてこんなに心が和らぐのは、お前だけだ」 
思わず素直にそう言ってしまってから、手塚は変に思われやしないかと、心の中で動揺しながらリョーマを見つめた。 
だがリョーマは。 
「よかった」 
嬉しそうに頬を染めて微笑んでいた。 
(ああ………) 
手塚の心の中で、何かが溶かされてゆくのを感じる。 
(もう自分を誤魔化せない………俺は……) 
ひどく穏やかな気持ちになって、手塚は熱い吐息を零した。 
(俺は、お前が好きだ、リョーマ……) 
心の中で言葉にして、リョーマへ、そして自分へと、本当の想いを告げる。 
同性だとか、年下だとか、出逢ったばかりだとか、そんなものに拘って、自分の本当の想いから目を逸らしていた気がする。 
胸に巻き起こっていた嵐は、自分を見失わせるものではなく、意固地になっていた心の壁を壊すための、試練だったのかもしれない。 
「待たせたな。あとはこの日誌を竜崎先生に届けたら、帰れるぞ」 
「うん」 
リョーマが嬉しそうに微笑みながら勢いよく立ち上がる。 
「お腹空いた。帰りになんか食べよう、クニミツ」 
「…少しだけだぞ?」 
「OK!」 
二人で部室を出て、ドアに施錠し、歩き出す。 
頭頂だけを地上にとどめている夕陽が、二人の影をオレンジ色の地面に長く描いている。 
その二つの影は、時折ひとつになり、離れ、またひとつになる。 
(この影が…ずっとひとつになっていればいい……) 
そんなことを心の隅で願いながら、手塚はふと、隣を歩くリョーマを見た。 
少し固そうな、クセのある髪が風にフワフワと揺れている。触れてみたいと思ったが、既の所で思い留まった。 
「ん?なに?クニミツ」 
手塚の視線に気づいたリョーマが怪訝そうに見つめてくる。 
「いや…なんでもない…」 
目を細めて微笑んでやると、リョーマの頬が夕陽の色とは違う色に染まったように見えた。 
今はまだ、この距離がちょうどいいのだろうと、手塚は思う。 
無理に距離を縮めようと焦ってはいけない。 
ゆっくり、ゆっくり。 
リョーマが、さらに深いテリトリーに自分を迎え入れてくれるまで。 
         
手塚の心を掻き回していた嵐は、その形を変え、穏やかにリョーマへの想いを育もうという陽光に変わった。 
だが翌日から、また別の嵐がもたらされることになろうとは、今の手塚には知る由もなかった。 
         
         
 
         
         
         
         
         
         
        
続 
         
        
         
        
        
        
        
         
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        20061024 
         
         
        
        
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