  
        天使 
          
         
<2> 
        
         
 
        
        新橋駅に到着した二人は、早速いつも『店』を見かける場所へと向かい始めた。 
歩きながら、リョーマはチラリと手塚を見上げる。 
浴室で、急に胸に湧いた不信感を思い出し、小さく眉を顰めた。 
(アイツは左利きだ……腕の感触が左右で少し違ってた…) 
よく考えてみると、確かにボタンを外される時も男は左手を使っていたように思える。 
左利きだからと言ってイコール手塚、と直結するわけではないが、青学テニス部であって、あれほどしっかりと鍛えられた腕を持つサウスポーは、案外少ない。 
三年生や二年生にも何人かサウスポーがいたように思うが、ほとんど話をしたこともなく、名前さえわからない相手があんなにもリョーマに愛情を持つとは思えない。 
そう、『あの男』は、リョーマを心から愛しているのだ。 
夢を見るようになって、そしてカラダを奪われるようになって、初めのうちリョーマがパニックを起こしていたように、『あの男』自身も気が動転していたのかもしれない。だから、自分の感情が抑えきれずに暴走し、無理なSEXをしたのだろう。 
最近になって慈しむような穏やかなSEXに変わってきたのは、男自身が冷静になってきたからなのではないだろうか。 
(もしくは、がっつかなくてもある程度満足している、とか……) 
最近、手塚と二人きりになると互いの身体に触れ合うようになった。まだ身体を繋げてはいないが、それに近い行為をしている。 
(今朝も……だし…) 
もしも手塚が『あの男』なのだとしたら、『痕』を見たとしても何も言わなかったのにも納得がいく。 
しかし、大きな謎が浮上する。 
(もし部長なら、何で言ってくれないんだろう……?) 
二人が互いへ向けている想いが同じだと言うことは、もうすでに明らかと言ってもいいだろう。 
もしも手塚が『あの男』なら、リョーマにそのことを話し、自分が夜な夜なリョーマを抱いていることを明かさないのはなぜなのか。 
(言いづらいのかな…) 
無抵抗とはいえ、最初はリョーマが体調を崩すほど乱暴に抱かれた。練習中に倒れたこともある。そのことを気にして、今でも言い出せずにいるのだろうか。 
(でも…) 
そうなると、手塚はリョーマと同じリングを持っていると言うことになる。なのに手塚の指にリングを見たことはないし、手塚にはリングが見えていないのはなぜか。手塚がリョーマに嘘をついているのだろうか。 
不二に向かって「お前も越前と同じリングを嵌めているのか?」と詰め寄っていた手塚の行動は、何を意味するのだろう。「お前も」と言ったからには、手塚に「も」見えている、もしくは手塚「も」リングを持っていると言うことなのだろうか。 
(でも、まだ部長だと決まったわけじゃない…) 
リョーマは前方に視線を戻して唇を噛んだ。 
手塚は自分のことをひどく大切に扱ってくれる。その手塚が、いくらリョーマが無抵抗だからと言って、はっきりとした意識のないリョーマを抱いたりするだろうか。 
(そんな卑怯なこと、部長はしない) 
もう一度手塚を見上げて、ふと、目が合う。 
「…どうした?」 
穏やかに微笑まれて、リョーマはほんのりと頬を染めた。 
「いや、あの……今日もいるかなーって…」 
適当に言って誤魔化すと、手塚は真面目な顔で頷いた。 
「いてくれるといいが……」 
「………ねえ、部長」 
「ん?」 
「部長は……オレの指輪と同じの嵌めている人のこと、どう思っているんスか?」 
「…………」 
手塚は少し黙り込んで考え、リョーマの瞳を真っ直ぐに見つめた。 
「お前の健康を害するような行動はやめて欲しいな。それに、出来ればお前と対の指輪は俺が着けていたい」 
前半は厳しく、だが後半は甘い声で言う手塚に、リョーマはまた赤面した。 
「………対の指輪しているのが、部長だったらいいのに……」 
「え?」 
呟くように言ったリョーマの言葉に、手塚は小さく目を見開いた。 
「………なんでもないっス」 
「………」 
手塚は一瞬何か言いかけ、だが、それを口にするのを思い留まったかのように小さく微笑んだ。 
「……もしも…対の指輪を持っているのが俺だったら…嬉しいのか?」 
「え…」 
「お前の夢に出てくるのが俺だったら……」 
「………嬉しいけど……でも、嬉しくないかもしれないっス」 
手塚は小さく眉を顰める。 
「なぜ?」 
問われて、リョーマは手塚を見上げた。 
「夢に出てくるのが部長だったら……オレはアンタを一発殴らないと気がすまないからっスよ」 
「………」 
手塚が一瞬大きく目を見開き、すぐにきつく眉を寄せた。 
「やはり何か、お前の嫌なことをされているのか?」 
「……夢の中のオレの行動が、オレの意志じゃないってのが一番イヤっスね」 
「………そうか…」 
「ぁ、部長、店が出てる!」 
いつもとほぼ同じ場所に例の店を見つけて、リョーマは走り出した。 
「すみません、あのっ!」 
リョーマが息を切らしながら声をかけると、男はちょっと驚いたように目を見開いてから、「ああ、あなたは」と言って微笑んだ。 
「何か、指輪のことわかりましたか?」 
単刀直入にリョーマが切り出すと、男は少し困ったように微笑みながらも頷いてくれた。 
「少しですが、わかったことがあります」 
「なんスか?」 
身を乗り出すリョーマの後ろに手塚も追いついてきて足を止めた。 
男は手塚に向かって小さく目礼をしてからリョーマに視線を向ける。 
「あの指輪は、どうも盗品のようでして、国名はわかりませんが、どこかの国で封印されていた呪物らしいです」 
「やっぱり、呪物、なんだ…」 
「呪物とは言え、もともと作られたきっかけはとても切ないもので…叶わぬ恋に苦しんだ王子が、どうにかして想いを遂げようと呪術師に作らせた指輪なんだそうですよ」 
「叶わぬ、恋?」 
眉を顰めて聞き返すリョーマに、男は小さく笑いかけた。 
「書物が残っているわけではないので詳しくはわかりませんが、指輪には絶大な効力がある反面、その『しっぺ返し』も大きいらしく、二度と人の手に渡らないようにと封印されていたらしいのです」 
「どんな『しっぺ返し』が来るんスか?」 
「さあ、そこまではわかりません。ただ、命に関わるようなものではないようですよ」 
その言葉を聴いて、リョーマはホッと胸を撫で下ろした。 
「ですが、命を失うよりもつらいことでもあると、言われているそうです」 
「…っ!」 
リョーマは目を見開いて顔を強ばらせた。 
「命を失うよりもつらいこと…」 
男が深く頷く。 
「その指輪が発動してしまっている以上、あなたがその呪いを解かない限り、『しっぺ返し』があると覚悟なさった方がいいかもしれません」 
「そんなっ」 
「但し、その呪いのしっぺ返しが来るのは、あなたではなく、もうひとつの指輪を持っている方の方です」 
「え?」 
「あなたには、『今以上につらいこと』はもう起きないはずですよ」 
男の言葉に、リョーマは怪訝そうに眉を寄せた。男は、リョーマにどんな『つらいこと』が起こっているのかを知っているのだろうか。 
それよりも、指輪の片割れを持つ者に罰が下されるとはどういうことなのか。 
リョーマの中で様々な疑問が浮かぶのが、男にはすべてわかるようだった。 
「とにかく、方法はわかりませんが、その指輪の呪いを解けるのはあなたなんです。そしてもうひとつ」 
「え?…もうひとつ?」 
「はい。呪いを解いたあと、指輪を完全に封印するための道具があるようなのです。それを探し出さないとなりません」 
「道具?」 
男はまた深く頷いた。 
「それが何なのか、形も色も何もわからないのですが、最終的にはそれがないと、完全に呪いが解けたことにはならないらしいのです」 
「そんな………」 
「今、私が知っている情報はこれだけです。私も、その指輪を譲ってくれた知人やその道の専門家に、もう少し話を聞いてみますから……諦めないで」 
男に優しく微笑まれて、リョーマは曖昧に頷いた。 
「ありがとうございました……じゃあ、また、来ます…」 
「ええ。また来週にでも、ここでお会いしましょう」 
ペコリと頭を下げ、リョーマは男に背を向けた。 
「部長…」 
すべてをリョーマの後ろで聞いていただろう手塚を振り仰ぐと、手塚は小さく微笑んで、リョーマの髪を撫でた。 
「……お前に罰が下されないのなら、良かった」 
呟くようにそう言い、手塚は店の男に一礼をしてからリョーマを促して歩き始めた。 
「……何か食べていかないか」 
「ぁ………うん…」 
「またあそこの店でいいか?」 
「……うん…」 
俯き加減で小さく返事をするリョーマの肩を、手塚はそっと抱き寄せる。 
「……大丈夫だ。きっとお前には、何も起こらないから…」 
「………」 
リョーマはふと顔を上げて手塚を見た。 
もしも、指輪の片割れを持つのが手塚だとしたら。 
そして、リョーマがこのまま、指輪の『呪い』を解けずにいたなら。 
(部長に……何かが、起こる……?) 
ビクリと身体を揺らして、リョーマが立ち止まった。 
手塚が怪訝そうにリョーマを覗き込む。 
「どうした?」 
「………なんでもないっス」 
もしも、手塚が『あの男』だとしたなら、今の話を聞いて動揺するはずだとリョーマは思う。 
だが手塚には、微塵も『動揺』などは感じ取れない。むしろ、リョーマの身には何も起きないと聞いて安堵しているような表情に見える。 
(やっぱり、部長じゃないのか……) 
小さく息を吐き出して、リョーマは明るい顔で手塚を見上げた。 
「なんか、腹減ったみたいっス」 
「俺もだ」 
二人で微笑み合って、また歩き出す。 
数歩歩いて、しかし、またリョーマは小さく眉を寄せた。 
(もうひとつ……封印のための道具、か……) 
それがどんなものか、形も色も、何もわからないのでは探しようがない。 
だが。 
リョーマはふと、ある考えに行き着いた。 
(あの人が……何か持っているんじゃ……?) 
淡い色の髪をした、いつでも微笑みを絶やさない先輩の顔をリョーマは思い浮かべる。 
(明後日、聞いてみよう) 
「……越前?」 
「え?」 
「やはり聞いていなかったな?」 
「ぁ、すみません……封印の道具のこと考えてて…」 
「ああ……そうだな……それがないと、すべてを終わらせることができないのだったな…」 
小さく頷いてから、リョーマは手塚を見上げた。 
「あのお店の人、いい人っスね。親身になっていろいろ調べてくれて………指輪を売った責任を感じているのかもしれないけど、オレには救いの天使に見えるっス」 
手塚はふっと笑っただけで何も言わなかったが、リョーマは手塚もあの店の男に対して自分と同じように感じているのだと理解した。 
「で、部長は今、なんの話をしてたんスか?」 
「いや、そんな大したことではないからいいんだ」 
「だめっスよ。気になるじゃないっスか」 
眉を寄せて軽く睨んでくるリョーマを見下ろして、手塚がクスッと小さく笑った。 
「これから日曜の夜までは、ずっと一緒だなと、言ったんだ」 
「ぁ………」 
手塚が少し身を屈めて耳元で囁くように言ったので、リョーマは一気に耳まで真っ赤に染まり上がった。 
「部長……」 
だが手塚はまたそっと笑んだだけで、それ以上は何も言わなかった。 
リョーマも微笑み返しながら、内心、少し首を傾げた。 
(いくら考え事していたからって…こんなに近くで話しかけられて全然聞いてなかったなんて初めてだ) 
そう考えてから、いや、初めてではない、とリョーマは思い直した。 
昨日は電話で手塚と話している時に、今と同じようなことがあった。手塚が黙ってしまったと思ったのに、唐突に「聞いているか?」と訊かれたのだ。 
(なんかオレ、最近考え事に集中しすぎるのかな……) 
手塚と一緒にいる時間は、しっかりと手塚の声を聞いて、手塚の温もりを感じて、手塚のことだけを考えようと思う。 
好きだと、言葉にはしないけれど、手塚の傍にいることがどんなにリョーマにとっては幸せなことであるのかを、伝えられたらと、思う。 
手塚とこうして並んで歩いているだけで、心が浮き立つような幸福感を感じているのだと。 
出逢ってすぐは、自分がこんなふうに手塚を好きになるなんて思いもしなかったけれど。 
(大好きだよ、部長……) 
手塚を見つめていると、手塚が気づいて見つめ返してくれる。 
「ちゃんと前を見ないと転ぶぞ?」 
「アンタもね」 
「…そうだな」 
クスッと笑い、手塚はリョーマの肩をさりげなく抱き寄せる。 
「だが、俺は転んでも構わない。少しでも長く、お前を見つめていたいし、触れていたいんだ」 
「じゃあ、飯食ったらすぐオレの家に戻ります?」 
手塚がまたクスクスと笑った。 
「コートでもいいんだ。テニスをしていても、俺はお前を感じられるからな」 
「じゃあ、すぐに帰ってオレの家のコートで打ち合いしましょっか」 
「ああ、そうしよう」 
柔らかな瞳で頷かれて、リョーマの心の中が喜びでいっぱいになる。 
(早く、指輪の謎も呪いも、何もかも解決させて、部長に好きだって言おう…) 
その時には、自分の見ている『夢』の内容も話さなければならないと思う。そうしなければ手塚に対して誠実とは言えないからだ。 
すべてを話し終えた時、手塚は、リョーマが夜毎男に抱かれ、今ではその行為に慣らされ、自ら熱を求めるカラダになってしまったことを嫌悪するかもしれない。 
だが、例え嫌悪されても、詰られても、責められても、もう手塚を諦めることがリョーマには出来ない。 
(だって……こんなに好きなんだ…) 手塚に抱かれた肩が熱い。いや、リョーマの肩を抱く手塚の手も、熱い。 
その熱さが手塚の想いを映しているならば、その想いの強さを、深さを、信じてみようとリョーマは思った。 
         
         
         
         
         
         
***** 
         
         
         
     
         
         
新橋から自宅に戻ったリョーマたちは、日が暮れるまでコートで過ごし、心地よい疲れとともに部屋に戻ってきた。 
「やっぱアンタの必殺技マスターするにはもう少し手間取りそうっス。最初はいいけど、続けているうちにだんだん回転が甘くなる感じ」 
「集中力の問題だろう。お前ならすぐに使いこなせるようになる」 
「もちろんそのつもりっスけど」 
リョーマがニッと笑ってみせると手塚は小さく溜息を吐く。 
「だがあの技はあれだけを使っても意味がない。お前の強力なショットと組み合わせることで、何倍にも効果があるんだ」 
「ういっス」 
神妙な顔でリョーマが頷くと、今度は手塚が微笑んだ。 
「お前はまだまだ強くなる。楽しみだ」 
「…余裕かましてると、いつかアンタのこと追い抜くからね」 
「安心しろ。それは当分無理だ」 
「うーっ」 
悔しげな瞳で手塚を見つめると、手塚はふわりと微笑んでリョーマの髪を撫でた。 
「…お前に追い抜かれてしまったら、もうお前には相手にしてもらえなくなりそうだからな。俺も必死なんだ」 
「え?」 
独り言のように呟かれてリョーマは少し驚いたように手塚を見上げる。 
だが見上げた手塚はそれ以上は言わずにそっとリョーマを引き寄せてその額に口づけてきた。 
「それでもいつかは………」 
「ぶちょう?」 
「いや…」 
「ぁ…」 
グッと抱き締められてリョーマは頬を染める。 
首筋に口づけられてゾクリと身体が震えた。 
「ぶちょ……まだ、風呂……」 
「……一緒に入るか?」 
愛の言葉のように甘く耳元で囁かれて、リョーマはまた小さく身体を痙攣させた。 
浴室の明るい照明のもとで肌を見られたら、『あの男』に残された赤い印を見つけられてしまう。手塚が『あの男』である可能性もなくはないが、断定が出来ない以上、今はまだ『夢の内容』を手塚に知られるのは避けたかった。 
「やだ。アンタ、絶対ヤラシイことするっしょ」 
頬を真っ赤に染めながらリョーマが言うと、手塚は小さく笑ってそれ以上は強要してこなかった。 
         
         
         
         
         
それでも夜が深まってゆくにつれ、リョーマの身体がどうしようもなく疼き始める。 
『あの男』に慣らされてしまったリョーマの身体は、手塚の熱が欲しくてならないのだ。 
(今夜は、部長がいてくれるから、きっとアイツのところへは行かないよな……) 
きっと自分は、『あの男』を求めるよりも、手塚の傍にいることを強く願うはずだ。だから手塚がいてくれれば、『あの男』のところへ行かずにすむだろうとリョーマは思う。 
いや、そう、思いたい。 
そうであって欲しい。 
(アンタがアイツだから、行かないんじゃないよね…?) 
食事中も、風呂に入っている間も、リョーマの頭の中で様々な謎や疑問が渦巻き、せっかく好きな料理が出されたのに味もわからず、大好きな風呂に入っても心地よい湯加減を堪能する気にはなれなかった。 
大きく溜息をつきながら部屋に戻ると、先に風呂をすませていた手塚が手にしていた文庫本から顔を上げてリョーマに怪訝そうな視線を向ける。 
「どうした、そんな大きな溜息など吐いて…」 
「あー……そういや桃先輩が溜息ついた分だけ幸せが逃げるとか言ってたっけ」 
また溜息を吐きながらそう言うと、手塚の眉が微かに引き寄せられた。 
「…桃城は……お前に何か言ってきたか?」 
「は?」 
「いや…何も言わないならそれでいい」 
「桃先輩が…何かオレに言いたいこととか、あるんスか?」 
手塚は手にしていた文庫本を閉じて徐に立ち上がり、自分のバッグにしまってからリョーマに向き直った。 
「…今夜も触れていいのか?」 
「………」 
どこかはぐらかされた気分になったが、そんな気分を一掃してしまうほど、手塚の声も、視線も、いや、手塚の存在そのものがリョーマの心を支配し始める。 
「…電気、消していい?」 
「ああ」 
電気さえ消してしまえば、手塚に肌を晒しても『あの男』の痕跡を見つけられることはない。 
「じゃあ、消すよ?」 
「………」 
部屋の明かりのスイッチに手を伸ばすリョーマを、背後から手塚がそっと抱き締める。パチンという音と共に明かりが消えると、それが合図だったかのようにリョーマを抱き締める手塚の腕に力が籠もった。 
「ぁ………」 
「リョーマ…」 
熱を帯びた手塚の声が身体中に染みこみ、リョーマの腰の奥が疼き始める。 
「ぶちょ…」 
リョーマが手塚の腕の中で向きを変え、正面から抱き締め合えば、二人の呼吸はすぐに熱く乱れていった。 
口づけられ、身体中をまさぐられ、リョーマはうっとりと目を閉じて手塚に身体を預ける。 
手塚が点けたのか、ベッドサイドの小さな明かりだけは灯されていて、重なり合う二人の影を壁に映し出していた。 
しっとりと舌を絡み合わせながら、ベッドの横に敷かれた手塚用の布団の上にゆっくりと倒れ込む。 
「リョーマ…」 
愛しげに名を呼ばれ、リョーマが静かに目を開けると、手塚の瞳が淡いオレンジ色の明かりを受けて仄かに揺らめきながら煌めいていた。 
(綺麗な瞳……) 
熱に浮かされた時のようなボンヤリとした視界の中で、手塚の瞳だけがリョーマにははっきりと見える。 
熱く、それでいて柔らかく光を帯びた手塚の瞳に、どこか切なさを感じてリョーマの心が軋んだ。 
(オレが……欲しいのかな……) 
額や頬にそっと口づけられ、髪を撫でられて、リョーマは手塚の与えてくれる温もりすべてを受け入れるかのように目を閉じる。 
(いっそこのまま、力ずくで奪ってくれたらいいのに…) 
そんな狡い考えが心を掠め、リョーマは小さく眉を寄せる。 
手塚が『あの男』のように、強引で、容赦のない男だったなら、今頃は頭の先から足のつま先まで、髪の毛一本に至るまで、すべてを手塚に差し出せているのに。 
きちんとけじめをつけてくれようとする手塚の姿勢が、そしてリョーマを想ってくれるその優しさが、今は切なくてならない。 
(でも、そんなアンタだからこんなに好きになったんだ…) 
遠慮がちに中心を撫で上げられ、小さく身体を揺らしながら、リョーマは仄かに微笑む。 
「ぶちょう…」 
「…ん?」 
甘い声でそっと聞き返され、リョーマは苦しいほどの愛しさを感じて手塚に抱きついた。 
「ごめん……ちゃんと言えなくて……ごめん…」 
手塚の動きがスッと、一瞬止まった。だが深い溜息と共にゆっくりと動き出し、温かな手がリョーマの髪を優しく撫でつける。 
「俺は……ずっと待っている……いつまでも、お前だけを、ずっと…」 
「…でも……オレには、待っていてもらう価値なんか、ないかもしれない…」 
手塚はリョーマの身体をそっと離すと、真っ直ぐに瞳を合わせてきた。 
「俺は、お前だけを待つ。どんなに時間がかかっても、お前のことだけを待ち続ける。そのことだけは、忘れないで欲しい」 
直向きに見つめられ、心の奥に刻みつけるように囁かれて、リョーマは切なさに瞳を揺らしながら、大きく頷いた。 
ふわりと、手塚が微笑む。 
「今夜はもう寝よう」 
額に口づけられ、リョーマは小さく目を見開いた。 
「ぶちょう…」 
「ん?」 
本当はもっと触れて欲しいが、今の中途半端な関係でそこまで強請ることは、リョーマには出来ない。 
「…このまま、ここで寝て、いい?」 
「ああ、もちろん」 
クスッと笑われて、リョーマは頬を染めた。 
だが次の瞬間、リョーマは信じられない感覚に包まれ、唇をひき結んだ。 
(ぁ…うそ……っ) 
あの、いつもの強烈な眠気がリョーマを襲い始めたのだ。 
「…どうかしたか?」 
リョーマの表情の変化に気づいた手塚が、眉を顰めてリョーマを覗き込む。 
「ぶちょ……オレ、を……捕まえ…て…て……っ」 
「え?」 
「眠り…たく、な……」 
意識が、暗い淵に吸い込まれるのがわかる。 
「リョーマ?」 
手塚の声が遠ざかる。 
(やっぱり、部長はアイツじゃないんだ……) 
薄れてゆく意識の中、遥か遠くに手塚の声を聞きながら、リョーマはどこかホッとしたようにうっすらと微笑んだ。
  
         
         
 
 
         
          
         
         
         
         
         
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        20060309 
         
         
          
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