  
        休日 
          
         
<2> 
        
         
         
更衣室でウエアを脱ぎながら手塚がずっと心に引っかかっていたらしい口ぶりでリョーマに言う。 
「不二も誘うのか?」 
「え?」 
唐突な手塚の質問に、リョーマは一瞬不二をどこへ誘うのかと聞き返しそうになり、だが、手塚の表情を見て『新橋の店』の件だとすぐに思い当たった。 
「部長がいてくれるなら、不二先輩は誘わないっスよ」 
「………そうか」 
「ういっス」 
そう返事をしてリョーマは無造作にウエアを脱いだ。 
白熱した試合だったせいか、未だにほんのりと桜色に染まっている肌に、手塚の視線が釘付けになる。 
「部長?」 
「シャワー、浴びていかないか?」 
「ぁ、そっか、ここ、シャワーがあるんでしたね」 
ここに来てすぐに、コート使用の申込手続きをしていると管理室の職員が声を掛けて来た。最近新しく更衣室の奥にコインシャワーを作ったからよければ使うよ
うにと、わざわざ教えてくれたのだ。他よりもかなり安く、100円で10分ほど使えるらしい。 
ついでに「全国大会、見に行ったんだよ」とニッコリ微笑まれた。 
「せっかく教えてもらったんだし、入りましょっか、部長」 
「ああ。かなり汗をかいたからな。ありがたい」 
二人は早速利用してみることに決め、荷物はロッカーにしまって鍵を掛け、着替えとタオルと財布を持ってコインシャワーのある更衣室の奥の方へと移動した。 
コインシャワーとは言え、個室のドアの向こうにはきちんと脱衣スペースがとってあり、その奥にもう一枚ドアを隔ててシャワーブースがある。 
五つほど並んだ個室には誰も入っておらず、その一番手前のドアを開けてリョーマは中を覗いてみた。 
「すごい、キレイっスね」 
「そうだな」 
リョーマの背後から個室の中を覗き込んでいた手塚も少し感心したように頷いた。 
互いに上衣を脱いでいたので、思いがけず直に触れた手塚の肌の温もりに、リョーマはゾクリと身体を震わせた。 
「……どうした?」 
「え…ぁ………いえ、なんでも……ないっス…」 
手塚はクスッと小さく笑うと、リョーマの手を引いて一番奥の個室に移動した。 
「部長?」 
「……さっき、『あとで触れてもいい』と、言っただろう?」 
「ぁ……」 
ドクンと、リョーマの心臓が音を立てる。 
「今すぐ…ここで、触れたい」 
「でも…誰か来たら……っ」 
「その時は…」 
手塚がグッと、リョーマを引き寄せ、その耳元で囁く。 
「誰もいなくなるまで、シャワー室から出なければいいだろう?」 
「……っ」 
その声だけで、リョーマの身体が反応を始める。 
それはまるで、条件反射のように。 
(オレ、こんなに部長の『声』に弱かったっけ……?) 
もちろん、今まで『耳元で甘く囁かれる』ことなどなかったので比較は出来ないが、自分の身体があまりにも手塚の声に反応することに、リョーマは戸惑いを覚
えた。 
「いやなのか?」 
「え……」 
困ったような声で言われてリョーマが顔を上げると、切なげな手塚の瞳に見つめられている。 
「……想いを押しつける気はないと言ったのにな……でも、お前に触れたい…触れたくて堪らない……」 
吐息とともに抱き締められ、リョーマの瞳もふるりと揺れる。 
手塚に触れられて、嫌なはずがない。『嫌』どころか、もっと深く、身体の奥まで触れて欲しいくらいのなのに。 
薬指のリングが、熱い。 
「部長……中、入ろうよ……」 
小さな声で呟くように誘うリョーマを一瞬きつく抱き締めてから、手塚はリョーマの手を引いて個室へと入る。 
ドアにはもちろん鍵がついているのでしっかりと施錠した。 
二人で入り込むにはやはり狭いが、この狭さが、二人の情欲を煽る。 
「越前」 
手塚はまたギュッとリョーマを抱き締めてからリョーマの身体を反転させ、後ろから抱き締めてきた。 
汗ばんだ肌がしっとりと合わさり、一瞬感じた冷たさはすぐに熱く変わってリョーマの官能を刺激してくる。背中に当たる手塚の胸の鼓動がどんどん加速してい
くのがはっきりと伝わってきた。 
「ぁ…んっ」 
上半身を優しく撫で回され、リョーマは身体を震わせながら唇を噛む。 
胸や腹、脇腹や腰と、ゆっくり愛しげに動く手塚の手が、するりとリョーマのハーフパンツの中に入り込んできた。 
「っ!」 
リョーマは大きく身体を揺らしたが、声は出さなかった。 
「…どうした?まだ誰もいないぞ?……声を聴かせてくれ…」 
「ぁ……っ」 
吐息混じりに耳元で甘く囁かれ、リョーマの腰が疼く。 
下着の中にまで入り込んだ手塚の左手が、リョーマの雄を柔らかく揉み込んでくる。 
「ああ、ぁ……っ」 
大きな手で袋を揉まれ、根元から先端までをゆっくりと撫でられ、リョーマは壁に額を付けて喘ぎ始める。 
「あ……ぁ……ぁ、ぶちょ……っ」 
「越前…」 
ハーフパンツが太股までずり下ろされ、籠もっていた熱が霧散する。その温度差さえもが刺激となってリョーマの腰を甘く疼かせた。 
「あ、は、ぁっ、あぁ……」 
手塚の左手に雄を扱かれ、右手には胸の突起を弄られている。時折首筋や背中に感じる湿った感触は口づけられているのだろうか。あちこちから感じるあまりの
快感に、リョーマは息を乱し、腰を揺らめかせる。 
「あ……っ?」 
胸にあったはずの手塚の手が、そっと後孔に触れてきた。 
リョーマの心臓が、ドクンと派手な音を立てる。 
「あっ、そ、そこは……っ」 
「……だめか?」 
耳朶に唇が触れそうなほど近くで低く囁かれ、リョーマが軽く痙攣を起こす。 
「だ、だって……」 
(初めてじゃないって、部長にばれる………っ!) 
「越前…」 
「っ!」 
指の腹で蕾を撫でられ、リョーマは息を飲んだ。 
まだ触られたくない。 
でも本当は、触って欲しい。 
もっと奥まで深く、一番感じるあの場所を抉って欲しい。 
「い………痛いのは、ヤダ……」 
リョーマはなんとかそれだけを口にした。手塚の手がピクリと反応し、止まる。 
卑怯な手段かもしれないとは思う。 
だが、自分を大切にしてくれる手塚なら「痛いのは嫌だ」といえば、諦めてくれると思っていた。 
(まだ、アンタには知られたくないから……) 
手塚が、大きく溜息を吐く。 
「……わかった」 
リョーマは手塚に気付かれないように、そっと安堵の溜息を零した。 
「あっ?」 
だが、手塚の指先はリョーマの後孔を優しく撫で続けている。 
「ぶ……ぶちょ……だ…そこは、……ぁ、んっ」 
グッグッと押し込まれるように触れられて、リョーマは息を飲んだ。手塚の左手の中で、リョーマの雄が一気に変化を遂げる。 
「痛くしなければ、いいのだろう?」 
リョーマの耳元に甘く囁きながら手塚が左手の動きを加速する。 
「あ、ぁっ、……は、あっ」 
リョーマはなんとなく気づいた。『素』の手塚は案外強引で、そして、艶のある男なのだと。 
普段のストイックな手塚からは想像もできないほど、貪欲にリョーマに「触れて」くる。 
もしも、手塚と本当に恋人同士になれたならば、自分はどんなふうに手塚に染め直されるのかと想像しただけで後孔の奥が疼いた。 
「あ……あぁ……ぶちょ……っ」 
「越前……」 
背中や肩、首筋に手塚が口づけてくれるのが堪らなく気持ちよくて、リョーマは後ろに手を伸ばして手塚の髪に触れた。 
「ぶちょう」 
(好き……) 
リョーマに髪を撫でられて、手塚が熱い吐息を零す。 
「………リョーマ…」 
「ぁ、やっ……まだ……」 
熱い雄から離れてゆく手塚の手をリョーマは咄嗟に掴む。 
だが、慌てて振り仰いだ手塚に穏やかに微笑まれ、リョーマは頬を染めた。 
「…向こうに行こう」 
手塚はリョーマの髪に口づけてから中途半端に下げられていたリョーマのハーフパンツを完全に脱がせ、しゃがみ込んで靴下も脱がせた後、自分自身もすべてを
脱ぎ落とした。 
うっとりと凭れ掛かるリョーマを抱きかかえるようにして、手塚はシャワーブースに入る。だがまだ戸は閉めない。 
もう一度リョーマを壁に向くようにして立たせ、後ろからぴったりと身体を合わせて抱き締めてきた。 
「ぁ……」 
前に手を回され、腰が引き寄せられると手塚の熱塊がリョーマの腰に当たった。 
(すごい……) 
手塚が服を脱ぐ間はどこか恥ずかしくてわざと手塚の雄を見ないようにした。 
今も直接目で見てはいないが、腰に触れているだけでも手塚の大きさや硬さ、そして熱さがはっきりとわかる。 
リョーマの喉が、コク、と鳴った。 
「リョーマ…」 
「ぁ……」 
熱く囁かれて身体が震える。カラダが発熱する。徐々に強く扱かれて、リョーマの雄が限界まで膨らむ。 
「部長……」 
リョーマは、手塚の手首を掴んだ。手塚の手が止まる。 
「ん?」 
甘く聞き返されて、リョーマはそれだけで達きそうになる。 
「部長も、一緒に、イける…?」 
「………」 
短い沈黙の後、手塚は吐息だけで笑った。 
「…じゃあ、握っていてくれるか?」 
「………うん」 
リョーマがそろそろと左手を後ろへ伸ばすと、手塚に手首を掴まれ、その熱塊に導かれた。 
「ここを……そうだ、もっと強く、…そのまま、握っていてくれればいい」 
「わ……」 
手塚に握らされた熱塊は、たぶん大人のモノとほぼ変わらない太さと長さを持っていた。 
握らされた根元部分は、リョーマの指が回りきらないほど太い。そしてそれは、これが人間の肉の一部かと思えるほど固かった。それがリョーマと同じ仕組みを
持つ、男のカラダの一部だとわかるのは、その熱さとともにドクドクと脈打つ血液の流れを感じるからだ。 
(こんなの挿れられたら……どうなるんだろう…) 
あの『夢』で、男に蹂躙された瞬間を、リョーマは思い浮かべた。リョーマの喉が、またゴクッと音を立てる。 
「……あっ」 
手塚が、右手でリョーマを扱き始めた。それと同時に、自分を握るリョーマの左手の上から自分の左手を重ねてしっかりと握り込み、腰を揺らしてくる。 
「ぁ……ぶちょ……っ」 
自分を扱く手塚の右手に、リョーマも自分の右手を重ねた。 
「ん…っ……リョーマ……っ」 
リョーマの耳元で手塚が小さく声を漏らし始める。 
「あ……は、あっ」 
仰け反って喘ぐリョーマの肩口に顔を埋め、手塚も息を乱し始める。 
互いに目を閉じ、少しでも多くの快感を拾い上げるために、言葉はもう発しない。 
「ん、……ああ…」 
狭いシャワーブースに、クチクチという小さな粘着音と二人分の荒い息遣いが籠もる。 
すでに限界に近かったリョーマの雄が先端から雫を零し始めると、手塚の右手のスピードが増した。 
リョーマの呼吸も一層激しくなる。 
絶頂がすぐそこまで来ていることを感じ、リョーマが小さく叫んだ。 
「あっ、あぁ、やっ、出ちゃうよ、ぶちょ……っ」 
「……っ」 
リョーマの左手の中で、手塚の雄がまたひと回り大きくなった。 
「……もう……イクか?…リョーマ…」 
「ぶちょ…は?」 
「…ああ」 
手塚がリョーマのこめかみに頬を寄せ、熱い吐息を零しながら愛しくて堪らないものにするように頬擦りしてくる。 
「ぶちょう……ぁ、ぶちょ……あっ、あっ、も……イク…ッ!」 
「……っ」 
手塚を握るリョーマの手にグッと力が入り、手塚は微かに眉を寄せた。 
「あっ、………ぁあっ」 
リョーマがビクビクと痙攣しながら壁に向かって吐精する。絶妙のタイミングで手塚に扱かれ、根元から絞り上げられて、リョーマは失神しそうなほどの恍惚感
を味わった。 
弛緩して崩れ落ちそうになるリョーマの身体を支えながら、手塚はまだ達せないまま、熱く息を乱している。 
「ぶちょ……ごめ……力、入んない……」 
手塚は乱れた息の下でクスッと笑うと、自身からリョーマの手を外させた。 
「ぶちょ…っ」 
「そのまま……くっ!」 
右手でリョーマを抱き寄せ、左手で強く自身を扱きながらその先端をリョーマの腰に擦りつけて、手塚が低く呻く。 
「…っ」 
「ぁ……」 
自分の腰から双丘にかけて、熱い液体がかかるのをリョーマは感じた。 
「……っん、ぅ……っ」 
リョーマは肩越しに手塚をじっと見つめ続けていた。 
(部長のイク顔……すごい……色っぽい……) 
端正な顔が切なげに眉を寄せて微かに喘ぐ様は、リョーマの身体に再び火を灯しそうになるほど艶めいていた。 
リョーマの見つめる先で、手塚が深く息を吐き出す。きつく閉ざされていた瞳が、ゆっくりと開く。 
そして。 
その瞳はリョーマを捉えて柔らかく細められた。 
「ぶちょ……」 
何も言わず、手塚はリョーマをギュッと抱き締める。 
「あ……」 
優しく抱き締められて、リョーマの胸の中に甘く、そして苦しいほどの切なさが広がった。 
         
その後、畳み半畳ほどの狭いブースの中で互いの身体を綺麗に流し合った二人は、身支度を整えて施設をあとにした。 
シャワーを終えてから、二人はあまり言葉を交わさなかった。 
それは、「気まずさ」から来るものではなく、その逆で、狭いシャワーブースの中で過ごした束の間の濃密な時間が、二人の距離を一層縮めたように思えたから
だった。 
言葉を交わさなくても、手塚が傍にいてくれるだけでリョーマは幸せを感じていられる。 
薬指のリングも、ずっと熱を持ったままだった。 
「部長……」 
「ん?」 
バス停で立ち止まり、ふと、真っ直ぐ見上げてきたリョーマを、手塚も真っ直ぐに見つめ返した。 
「あ…明日、も…」 
「え?」 
口籠もって俯いてしまったリョーマを、手塚は柔らかな瞳で覗き込む。 
「明日…?」 
リョーマは手塚を見上げ、口を開きかけて、また噤む。 
(やっぱり…そんなムシのいいことは、言えないよな……明日もオレの家に来てください、なんて…) 
「いえ……その……なんでも…ないっス…」 
「………」 
手塚が訝しげに首を傾げる。そのまましばらくリョーマを見つめ、手塚はゆっくり視線を外して徐に口を開く。 
「……明日、か……部の練習が再開するな……」 
「そっスね」 
俯き加減のままリョーマが答える。そんなリョーマの様子を気に掛けるふうでもなく、手塚はまた口を開いた。 
「…夏休みの課題は終わったのか?」 
「………え?」 
いきなり現実的なことを訊かれてリョーマは顔を上げた。手塚を見遣ると、手塚は至って真面目な表情をしている。 
「あー、いや、まだ少し残ってますけど……」 
「ならば、少し見てやろうか?明日」 
「えっ?」 
リョーマが大きく目を見開くと、手塚はチラリとリョーマを見遣り、クスッと笑った。 
「おおかた数学の問題集と、読書感想文あたりを残しているんだろう?読書は手伝えないが、数学なら見てやれるぞ。部活のあとでいいなら、な」 
「あ………」 
大きく見開かれたままだったリョーマの瞳が、嬉しそうに輝き出す。 
「あのっ、お、お願いします!」 
勢いよく頭を下げるリョーマに、手塚は目を細めて微笑む。 
「報酬は頂くぞ?」 
「え…ぁ、はい、いくらでも!」 
「ん?」 
思わず答えてしまってから、リョーマは真っ赤に頬を染めた。 
「や、そのっ、いくらでもじゃなくて、存分にどうぞ……じゃなくて、うわ、何言ってんだ、オレ…っ」 
自分の言った言葉に動揺するリョーマを見ながら、手塚がクスクスと笑う。 
「では遠慮なく頂くとする。明日、な」 
「………」 
リョーマは真っ赤になったまま小さく頷いた。 
「ん、バスが来たぞ」 
ちょうど良く到着したバスに乗り込みながら、リョーマは手塚の背中を見上げた。 
(明日も……部長と……) 
嬉しくて嬉しくて、頬が緩みそうになるのを必死で堪えた。 
だが堪えても堪えても、胸に込み上げてくる甘い感覚に、リョーマはこっそりと微笑む。 
静かに発車したバスに揺らされながら、じっと手塚を見つめていると、手塚がリョーマの視線に気付いてくれた。 
「………一番後ろ、行くか?」 
ガランとしたバスの中、後部座席の周りには誰も座っていない。 
「ういっス」 
手塚とともに後部座席に移動し、手塚の言う通りにリョーマが窓際に座る。 
隣に座った手塚にさりげなく肩を抱かれ、リョーマは手塚に身を寄せて目を閉じた。 
この先のことを考えると心が軋んでつらくなる。だからもう少しだけ、優しい手塚の傍にいられるうちに、夢を見ていたいと思う。 
(ごめん、部長………もう少し、このまま……) 
「ねえ、部長」 
「ん?」 
リョーマが顔を上げて呟くような小さな声で呼ぶと、手塚が柔らかな声音で応えてくれる。 
「…グリップテープ、新しいの買いたいから、もう少し付き合ってくれます?」 
「……ああ」 
小さく微笑みながら頷いてくれる手塚を見つめて、リョーマは思う。 
手塚にすべてを話して軽蔑されるならば、その瞬間が来るまで、この優しい時間を味わおう、と。 
もう一度、甘えるように手塚の肩に頭を乗せると、肩を抱いていた手塚の手がそっと髪を撫でてくれた。 
泣きたくなるほど幸せだと、リョーマは思った。 
         
         
         
         
         
         
***** 
         
         
         
         
         
         
明日の約束を何度も確認して、リョーマは手塚と駅で別れた。 
家への帰り道、身体も心もひどく重たく感じた。 
手塚がいないだけで、こんなにも鬱ぎ込む自分が情けなかった。 
ずっと手塚のことを考えているせいか、ずっと指輪は熱いままだった。 
そうして家に帰り、夕食をすませ、風呂に入って部屋に戻った途端、いつもの眠気が襲ってきた。 
「ぅそ……なんで、今日はこんな…早い……っ」 
せめてベッドまで行こうと思うのに、1メートル先にも進めず、その場に崩れ落ちる。 
「部長……」 
手塚がいてくれたおかげで『あの男』のもとへ行かずにすんだ昨夜の分を取り返そうとでも言うのか。 
絶望的な気分になりつつも、リョーマの鼓動はドキドキと加速してゆく。体温が上昇してくる。 
どうしてだか、身体の奥がむず痒くなってくる気がする。 
(違う……期待なんか……してない……っ) 
闇の淵に意識が吸い込まれるのを感じながら、リョーマは抗えずに目を閉じた。 
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
青い四角形が目に入る。 
家具も横に倒れていて、リョーマは「ああ」と思った。 
(またオレは、もう寝かされているんだ) 
だが『あの男』の姿が見えない。 
変に思い、リョーマは不鮮明な視界の中で瞳だけを必死に動かして周囲を見回した。 
(いた…) 
男が、右側からリョーマに近づいてくるのがボンヤリと見えた。 
だがいつものようにすぐに覆い被さっては来ず、しばらくじっとリョーマを見下ろしたあとで、静かに屈み込んできた。 
(な……) 
右手を持ち上げられ、何をするのかと内心緊張したリョーマだったが、男は、ただ持ち上げたリョーマの右手をじっと見つめるだけだった。 
そうして男は、左手で支え持っていたリョーマの右手に、そっと自分の右手を重ねた。いや、重ねたのではなく、リョーマの手の甲を指先で撫でているようだっ
た。 
(あ……指輪…?) 
手の甲に意識を集中してみると、男の指が、リョーマの薬指を撫でているように感じる。 
(やっぱり、この男にも見えるんだ!) 
リョーマは男の指に、同じデザインの指輪がないかを確かめようと目を凝らした。だが不鮮明な視界の中ではその指の動きすらよくわからず、ボンヤリと
しか見えない。 
(もっと、近くだったら見えそうなのに……) 
内心焦れていると、男がリョーマの右手を静かに戻し、落ち着いた様子でリョーマの服を脱がせ始めた。 
(やだっ、やめろ…っ!) 
心の拒絶はカラダには届かず、男のなすがままにどんどん服が剥ぎ取られてゆく。 
無抵抗のリョーマの身体から最後の一枚を取り去ると、男は服を着たままリョーマに覆い被さってきた。 
(ぁ……) 
耳元に何か囁かれて、リョーマの身体がゾクリと震える。そのまま首筋に口づけられ、行為が始まった。 
「ぁあ、あ……っん」 
男が与えてくる快感に、リョーマのカラダが声を漏らす。 
身体中に触れられ、手や唇で愛撫され、リョーマのカラダに火が灯されてゆく。 
(これが部長だったら……) 
抗えぬ状況に置かれ、リョーマは唯一自由な心を、幸せな想像の世界へと送り込む。 
(…そうだ、全部、部長だと思えば……) 
相手が手塚だと思うだけで、この行為が天にも昇る至福のものへと変わるのをリョーマは感じた。 
そして、そう思い込むことがたったひとつの、この男への反撃でもあった。 
「…ぶ…ちょ……」 
リョーマが口にした言葉に、また男がビクリと反応する。 
「ぁ……ぶちょう……」 
だが男は、構わずに行為を続けてゆく。 
「あっ」 
リョーマの雄が、暖かなねっとりしたものに包まれる。下腹部でゆるゆると動く男がボンヤリと見え、リョーマは自分の雄が男の口内で愛撫されているのだとわ
かった。 
(部長……部長……っ) 
「あぁ、あ……部長……いい…っ」 
心とカラダが、一瞬繋がった気がした。 
それくらい、すんなりと、思い通りの言葉が口から出たのだ。 
男は驚いたようにリョーマを口から外すと、覆い被さるようにしてリョーマの顔を覗き込んできた。 
「ぶちょう…」 
リョーマは目を閉じて、それだけを口にする。 
「部長……部長……部長……」 
じっとリョーマを覗き込んでいた男の手がそっと頬に伸びてきて、優しく撫でてきた。 
(あ…) 
男の手が濡れている。 
いつの間にかリョーマは涙を零していたのだ。 
男が深く溜息を吐いたようだった。 
そうして、強く強く、抱き締められた。 
「ぶちょう…」 
自分の頬を、再び涙が伝うのがわかった。 
どんなに男の手を手塚だと思おうとしても、目を開けた途端に映る不鮮明な世界が、「ここに手塚はいない」と告げてくる。 
悔しさと悲しみとで、リョーマは涙を流し続けた。 
それでも男は、リョーマを抱いた。 
最初の頃のようにリョーマを傷つけるような、無理な挿入こそしなかったが、身体を繋げたあとはメチャクチャにされた。 
嵐の中に放り出されたように激しく揺さぶられ、痣が出来そうなほど腰をぶつけられた。 
涙を流し続けながら、リョーマは男の与える快感に喘ぎ続けた。 
「あぁっ、いっ……あっ、ああっ」 
「    」 
男が何度もリョーマの中で吐精する。吐き出すたびに引き抜き、またすぐに固いままの熱塊が捩り込まれ、休む間もなく揺すられた。リョーマも何度も吐精し
た。 
そうして何度目かわからないほど吐精したあとで、男がリョーマから自身を引き抜かずに、じっと見下ろしてきた。 
「     」 
男が荒い呼吸に肩を揺らしながら、何かを呟く。 
だが、リョーマには聞こえない。 
少しの間沈黙したあとで、男は徐にリョーマの右手を持ち上げた。 
(え……?) 
霞がかかってきた意識の中で、リョーマは男がリョーマのリングを外すのが見えた。 
(うそ……オレのリングを、外せる…?) 
「     」 
男は外したリョーマのリングを握り締めて何か言っていた。 
(ちくしょ、聞こえない……なんて、言って……?) 
だが、タイムリミットが来た。 
リョーマの意識が闇に飲み込まれていく。 
(待って、まだ、確かめたいことが……) 
闇に包まれてゆく視界の中で、リョーマは自分のリングを握り締める男の指に、同じリングが嵌っているのを見たような気が、した。 
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
          
         
         
翌朝、いつものようにベッドで目覚めたリョーマは、身体中に怠さを感じて深い溜息を吐いた。 
そうして、ハッとしたように右手を目の前に翳してみた。 
「………なんだ……あるじゃん……」 
右手の薬指のリングは、変わらずにそこに嵌っていた。 
確かに男が外したように感じたのだが、それこそ『夢』だったのだろうかとリョーマは思う。 
右手をベッドに投げ出し、リョーマは横向きになって身体を丸めた。 
(後ろが……まだ熱い……) 
昨夜の、嵐の中にいるような時間を、ふいにリョーマは思い出した。 
ドクンと、心臓が音を立てる。 
「………」 
心は、意識は、拒絶していた。 
だがカラダは、この上なく悦んでいたのを知っている。 
男に深く貫かれ、激しく揺さぶられ、突き上げられ、掻き回され、あまりの快感に気がおかしくなりそうだった。 
快感だった証拠に、リョーマも何度も吐精したのだ。達った回数ではきっと男よりも多い。 
その事実を覚えているのが、嫌で堪らない。 
せめて以前のように何もわからないうちに抱かれていたのなら、まだ自分に言い訳も出来る。だが昨夜は、快感を感じている自分を、はっきりと認識してしまっ
た。 
そして、『あの男』と逢っている時間の意識が、どんどん長くなってきているのも気のせいではない。 
(男に抱かれるのが好きなんだ、オレのカラダは……だから意識を繋いだまま夢中になって…) 
リョーマは眉を寄せながら、自分を嘲るように小さく嗤った。 
いくら指輪のせいかもしれなくても、あんなに快感を感じてしまうなんて。 
手塚でない相手に、あんなにも欲情し、何度も絶頂を味わうほど夢中になるなんて。
         
誰でもいいのだろうか、自分は。 
リョーマは深く溜息を吐き、ゆっくりと身体を起こした。 
        昨日の幸せな朝が、ひどく遠い昔に過ごした
懐かしい休日のような気がした。 
         
         
         
          
         
         
         
         
         
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        20060201 
         
         
          
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