  
        夢中 
          
        <1> 
        
         
         
        昼過ぎになって漸くリョーマはベッドから這い出した。 
まだ全身が怠くて歩くのがやっとだったが、どうにも空腹で、仕方なく階下に降りていった。 
「なんか食べるものある?」 
リョーマがぐったりとした様子でそう言うと、菜々子が慌てて駆け寄ってきた。 
大学は休みに入ったが、リョーマの試合があったり、留守を頼まれることが多く、菜々子は実家には帰らずに越前家で夏を過ごしていたのだ。 
「どうしたのリョーマさん、具合悪かったの?」 
「あー、いや、べつに。ちょっと寝すぎたみたい」 
「そう…?」 
適当に言って誤魔化すと、菜々子は心配そうに眉を寄せながらも「今簡単に作ってあげるわね」とキッチンに立った。 
「親父と母さんは?」 
「法事ですって。お盆に行けなかったからって。たぶん今日は泊まりになるんじゃないかしら。また連絡入れてくださるそうだけど」 
「ふーん」 
ダイニングテーブルに頬杖をついて気のない返事をすると、すぐに目の前に焼き飯が置かれた。 
「わ、美味しそう。ありがと、いただきます!」 
菜々子は微笑みながらエプロンを外すと、「あのね、」と口を開いた。 
「私もこれからちょっと出掛けたいんだけど、いいかしら?」 
「うん、べつに」 
口いっぱいに焼き飯を頬張りながらリョーマが頷くと菜々子はホッとしたように微笑んだ。 
「それから、リョーマさんが寝ている間に手塚さんからお電話があったわよ」 
「えっ!」 
驚いたリョーマがむせそうになると、菜々子はリョーマの背中を優しくトントンと叩きながら笑った。 
「大した用はないって仰っていたけど、それ、食べ終わったら電話してみたら?」 
「………うん」 
「それじゃあ出掛けてくるわね。ごめんね、リョーマさん」 
「いってらっしゃい。ごはん、ありがと」 
菜々子はやわらかく微笑むと、キッチンから出て行った。 
(部長から、電話…) 
リョーマはほんのりと頬を染め、スプーンを持ったままボンヤリと窓の外を眺めた。 
手塚から電話があったと聞いただけで、さっきまで沈んでいたリョーマの心が少し軽くなった。 
(なんだろう……急に電話なんて…) 
いろいろ用件を想像してみるが、どれも電話するほどの用件ではないような気がする。 
(早く食べて電話してみよう) 
リョーマはまた視線を手元に戻すと、少しスピードを上げて焼き飯を口に運び始めた。 
         
         
         
         
         
        食事を終え、腹を満たしてからリョーマはシャワーを浴
びた。 
何となく、寝起きのまま手塚に電話をするのが嫌だった。 
浴室で鏡を覗き込むとやはり想像した通りに身体中に紅い痣が残っている。乳首も紅く腫れ上がり、湯をかけるとピリピリ痛んだ。 
「くっそぉ……っ」 
リョーマは唇を噛み締めながら時間をかけて身体中を綺麗に洗い流し、漸くシャワーから上がる頃にはすでに時計は二時を回っていた。 
テキパキと衣服をつけてタオルで髪を乱暴に拭いていると、玄関のチャイムが鳴るのが聞こえた。 
そのままタオルを肩に引っかけて玄関に向かう。 
「どちらさまですか?」 
「越前?…手塚だ」 
「え!部長!?」 
その名前を聞いてひどく驚きながら、リョーマは裸足のまま三和土に降りて玄関の戸を開けた。 
「部長…」 
「突然すまない…すぐに帰るから………これを…」 
「え?」 
手塚が差し出す小さな包みを見て、リョーマが不思議そうに首を傾げた。 
「少し前に見つけていたんだが…大会が終わってから渡そうと思ってな」 
「なんスか?……あ!」 
包みを受け取り、中を見てリョーマが小さく叫んだ。 
「リング…」 
「前に約束したろう?似たデザインのを見かけたら買っておいてやると」 
「部長……これ…オレに?」 
手塚は微笑んで頷いた。 
リョーマは瞳を輝かせると、手塚の腕を取った。 
「部長、すぐに帰らないとダメっスか?時間ない?今家に誰もいなくて…よかったら、少し寄っていきませんか?このあとどっか行くんスか?」 
普段よりも早口に喋るリョーマに少し目を丸くしながら、手塚が遠慮がちに言う。 
「いや…特にこのあとの予定はないが……いいのか?」 
それに返事をする前に、リョーマは手塚を家の中へ引っ張り込んでいた。 
「コーヒーでいいっスか?それともアイスティー?」 
どこか楽しげに手塚の腕を引くリョーマを見つめながら、手塚が何か気付いたように「越前」と声をかけた。 
「髪が濡れているが……」 
「ぁ、今、シャワー浴びたばっかりなんスよ」 
「乾かさなくていいのか?」 
「大丈夫っス」 
ひどく機嫌のいいリョーマに、手塚はクスッと笑みを零す。 
「では少し上がらせてもらおう」 
「ういっス!」 
嬉しそうに微笑むリョーマにつられたように、手塚もやわらかく微笑んだ。 
         
         
         
         
         
        「はい、部長」 
アイスコーヒーを差し出すと、手塚は申し訳なさそうにリョーマを見つめた。 
「突然来たのにすまないな。すぐ帰るつもりだったんだが…」 
「部長がさっき電話くれたのって、このリングのことだったんスか?」 
「ああ。家を訪ねても構わないかと、訊こうと思ったんだ。…結局、来てしまったが、な」 
小さく苦笑する手塚の正面に腰を下ろしながらリョーマが笑う。 
「いいっスよ。暇だったし」 
「………顔色があまりよくないが……大丈夫か?」 
「え……そっスか?」 
ギクリとしてリョーマは手塚から視線を逸らした。 
「……これ、嵌めてみていいっスか?」 
わざとらしくならないように、リョーマは手塚にもらった包みに話題を変えた。 
「ああ」 
手塚が「気に入るといいが」と小さく呟くのを聴きながら、リョーマはシルバーのリングを取り出してじっと見つめた。 
「ホントだ、この前買ったのと似てる」 
嬉しそうに微笑みながら、リョーマは右手に嵌めようとして、ふと、手を止めた。右手には、例のリングが、在る。 
(左にしようかな) 
だが利き腕の左では微妙にきつく、やはり右手に嵌めることにする。 
「ぁ、ここにちょうどいいっス!」 
右手の中指に、そのリングはぴったりと収まった。 
「ありがとう、部長……大事にします」 
「気に入ってくれたか?」 
「はい!もちろん!」 
満面の笑顔でリョーマが頷くと、手塚は安心したように小さく溜息を吐いた。 
リョーマはうっとりと右手のリングを眺めた。 
薬指の、この外すことが出来ないリングも元々はとても気に入っているデザインであるわけだし、手塚がくれたリングも、当然ながらリョーマの好みのデザイン
だった。 
何よりも、手塚が自分のために買ってきてくれたリングだということが、リョーマにはとてつもなく嬉しかった。 
「でも部長……誕生日でもないのにもらっちゃって、いいんスか?」 
リョーマが真っ直ぐに手塚に視線を送ると、あの柔らかな微笑みを返された。 
「…俺からの礼だと思ってくれていい。全国で、お前がいなければ、青学の勝利はなかった」 
「…そんなことはないっスよ」 
リョーマはもう一度リングに視線を落とす。 
「先輩たちと、応援してくれる人たちと……何より部長がいたから、青学は勝てたんスよ。オレの力だけじゃないっス」 
手塚はふっと目を閉じて笑った。 
「ずいぶん、心の方も成長したな、越前」 
「え?」 
「これなら安心して引退できる」 
「あ……」 
手塚がゆっくりとアイスコーヒーに口を付ける。 
「…あれからもう、例の夢は見ないのか?」 
「え…」 
感傷的になりかけたリョーマの心が、ドキッと音を立てて軋んだ。 
「夢……ああ、あの……夢っスか……」 
「…また見るのか?」 
「いえ、その……大丈夫っス……もう…」 
心配そうに覗き込んでくる手塚の視線が、リョーマの胸に微かな痛みを与える。 
リョーマはリングを見つめるふうを装って、手塚から視線を逸らした。 
「ちゃんと睡眠は取れているのか?…大会中は大丈夫だったようだが」 
「ぁ、はい。大会中は体調もバッチリでしたよ」 
(でも、きっとこれからまた、イヤな毎日が続くんだ、きっと……) 
俯いたまま黙ってしまったリョーマを見つめて手塚は小さく眉を寄せた。 
「…部は引退するが、お前の先輩でなくなるわけじゃない。何かあったら相談しに来てくれて構わないぞ」 
「部長…」 
リョーマがふと顔を上げると、手塚の柔らかな微笑みがある。 
(ああ…) 
リョーマの胸の奥に、締め付けられるような甘い痛みが生まれた。 
「ありがとうございます、部長」 
「ん…」 
頬を染めてリョーマが礼を言うと、手塚は穏やかに頷いてから、またアイスコーヒーに口を付ける。 
(やっぱりオレは、この人が…好きだ…) 
真っ直ぐに手塚を見つめながら、リョーマは手塚への想いを認めざるを得なかった。 
なぜなら、手塚を見つめているだけで、こんなにも心が甘く騒ぐ。 
こんなにも、心が切なく軋む。 
だがその想いは決して受け入れてはもらえない。 
手塚が同性に恋愛感情を持つなど、想像も出来ない。 
なにより、こんな穢れた自分では手塚を想うこと自体が申し訳ないと、リョーマは思う。 
(でもアンタには迷惑かけないからね、部長) 
自分がどんなに手塚を好きでも、どんなにあの男に卑しめられても、手塚には関係のないことだ。手塚には、今のまま、誰もが尊敬するような清廉潔白な人で
あって欲しい。 
(好きになって、ごめんね、部長…) 
右手のリングが、きっと手塚にもらう最初で最後のプレゼントだろうと思うと、さらに愛しさが増してきて、リョーマはそっとリングを左手で撫でさすった。 
「…そのリングと揃いのペンダントやブレスレットもあったぞ。今度一緒に行ってみるか?」 
「え?一緒に…?」 
リョーマが勢いよく顔を上げると、手塚が目を細めてリョーマを見ていた。 
「それを買った店は駅から少し離れた、ちょっと奥まったところにあるんだ。口で説明したのでは、たぶんわかりづらいと思う」 
「ぁ、そうなんスか……あ、の、…部長さえよければ、オレも連れて行って欲しいっス!」 
遠慮がちにリョーマがそう言うと、手塚は「ああ」と言って頷いた。 
「なんなら今から行くか?」 
「え……ホントっスか?」 
「ああ」 
唐突な手塚の申し出にリョーマは驚きと嬉しさで身を乗り出す。 
「行く!行きます!ちょっと待ってて、部長!着替えてくるっス」 
勢いよく立ち上がり、自室にすっ飛んでいくリョーマを見遣って手塚が笑った。 
「慌てなくていいぞ」 
「はーい!」 
さっきまでの鬱とした気分が軽くなってきた。 
手塚と一緒にいられる時間だけは、今のリョーマにとって、最高に楽しい時間になる。 
身体の軋みも、手塚と一緒にいられるなら忘れることが出来る。 
心も身体も傷だらけのリョーマを、手塚の存在がそっと癒してくれるような気がした。 
         
         
         
         
         
        ***** 
         
         
         
         
         
        結局その日は、夜まで手塚と二人で過ごした。 
別れ際に手塚がリョーマに微笑みながら言った。 
「このまま、うちに泊まりに来ないか」 
「え?」 
「俺の家はすぐ近くなんだ」 
「そ、そうなんスか?………ぁ、でも、今日はやめておきます」 
本当は飛び上がりたいほど嬉しかったリョーマだが、今の自分は、誰かの家に『泊まる』ことは出来ない。 
なぜなら、自分には『夢遊病』の疑いがあるからだ。 
こんなことを知られたら手塚に心配をかけてしまうだろう。だから、手塚の家に泊まることは、今のリョーマには、出来ない。 
「そうか」 
少し残念そうに言う手塚にリョーマもすまなそうに眉を寄せる。 
「でもいつか、部長の家に泊まりに行きたいっス。ずっと、部長といろんなこと話したい…」 
それはきっと叶わぬ夢だろうけれど。 
でもこの気持ちにウソはないから。 
そうしてふと、リョーマは思う。 
(『あの男』が部長だったらいいのに……) 
もしも夜な夜な自分を好きに扱う『あの男』が手塚であるなら、リョーマは抵抗なんかしない。こんなに苦しんだりもしない。 
ただ喜びのままに、この身を手塚に差し出すのに。 
「…越前?」 
俯いて黙ってしまったリョーマを、手塚がそっと覗き込む。 
「ありがと、部長。じゃあ、もうオレ、帰ります」 
このまま手塚と話を続けていたら、どんどん帰るのが嫌になってしまう。帰って、ベッドで眠るのが、もっと嫌になる。 
リョーマは無理に明るい顔を作って手塚を見上げた。 
「部長、引退しても、部には来てくれますよね?」 
「ああ」 
「よかった!じゃ、さよなら、部長」 
「越前」 
手塚に背を向けた途端、ふいに呼び止められ、リョーマは微かにドキリとして振り返った。 
「……明日も……逢えないか…?」 
「え……?」 
リョーマが目を丸くすると、手塚は急に我に返ったとでも言うように頬を染めて視線を逸らした。 
「いや……すまない、いいんだ。気にしないでくれ…」 
「部長……?」 
リョーマがじっと手塚を見つめると、手塚はらしくない乱暴な仕草で前髪を掻き上げた。そうして小さく溜息を吐いてからリョーマに視線を戻した。 
「お前に何か予定がなければ、だ」 
「何もないっス!…あっても、部長を優先するっス」 
「え…?」 
今度は手塚が目を見開き、リョーマが頬を染めて顔を背けた。 
「越前…」 
手塚がゆっくりとリョーマに近づき、肩に手を置いた。 
「……明日もお前の家に迎えに行く。いいか?」 
「………」 
穏やかな声音で手塚に問われ、リョーマは頬を真っ赤に染めて小さく頷いた。 
「駅まで送ろう」 
手塚が、リョーマの肩をポンと軽く叩いてからゆっくりと歩き出す。 
後を追って歩き出すリョーマの心臓は、眩暈がしそうなほどドキドキとうるさく音を立てていた。 
(またオレと逢いたいって……どういう意味?……それって、部長がオレのこと…?) 
チラリと手塚を見上げると、手塚が気付いて微笑んでくれる。 
手塚に軽く叩かれた肩が、そして手塚と時折触れる腕が、熱い。 
(…まさか…部長が……でも…) 
リョーマはふと、右手を持ち上げて二つのリングを見つめた。 
手塚にもらったリングと、手塚には見えないリング。 
それはまるでリョーマの心を表しているようだった。 
手塚にだけは、ずっと見せてはいけない『本心』がある。そしてそれを隠すために、『後輩として』手塚を尊敬するリョーマだけを見せていかなければならな
い。 
手塚を想う『恋』という名の『本心』と、その『恋』を隠して今の優しい関係を続けたいと願う『本心』。 
二つの想いは、同じでいて、どこか違うものだ。 
いや、むしろ、相反する想いなのかもしれない。 
『恋』という『本心』が強くなればなるほど、それを隠さねばならないと、強く想うのだから。 
(部長が好きだ…でもオレは…部長には好きだなんて言えない……言っちゃ、いけない…) 
どんなに手塚を好きでも、今のまま、手塚に何も告げずにこれ以上付き合いを深めることは、リョーマには出来ない。 
(だって、オレは……汚い……) 
女性のように純潔を汚されたというのとは少し違う気はする。 
それでも、誰だかわからない相手にカラダを自由にされている自分が、ひどく汚いものに、リョーマは思えるのだ。 
本当は、これ以上手塚に逢ってもいけない気がする。 
でも逢いたい。 
手塚と逢って、些細なことで笑い合いたい。 
部活や学校では見ることの出来ない手塚の微笑みを、見つめていたい。 
(それだけで、いいから……) 
それ以上は何も望まない。 
手塚の傍で、この柔らかな微笑みを向けてもらえるだけで、リョーマの心は幸せでいっぱいになるのだから。 
(それくらいなら、いいよね…) 
誰に問うでもなく、いや、手塚には見えない指輪に、声にはできない想いを語りかける。 
リングが、熱を持った。 
その時リョーマは、やっと気付いた。 
(このリングは、オレの想いに反応するんだ) 
手塚を想い、軋む心に呼応するように、リングも熱を持つ。 
このリングの熱は、リョーマの、手塚への想いの熱さだったのだ。 
もちろん、それがわかったからといってリングが外せない原因の解明とは全然程遠いことかもしれないが、少しだけ、リングと心が通じた気がした。 
「部長」 
前を歩く手塚に、リョーマはそっと声をかけた。 
「ん?」 
立ち止まり、振り返って微笑んでくれる手塚のその笑顔が、今のリョーマには、少しだけつらい。 
「明日は、うちのコートで、打ちます?」 
「ああ、いいのか?」 
「うん。たぶん明日も親父いないから、邪魔しに来ないっスよ」 
笑いながらリョーマが言うと、手塚も小さく笑ってくれた。 
リョーマと二人でいる時にだけ見せてくれる微笑み。 
だがいつかは、失うことがわかっている微笑み。 
手塚がリョーマに寄せてくれている想いがもしも『恋』だとしても、リョーマはそれを受け取るつもりはない。 
だが、 
もし、 
『あの男』の正体がわかって、すべての謎が解けたなら、それをすべて手塚に話そうとは思う。 
すべてを話してなお、手塚が自分を受け入れてくれるというのなら、その時リョーマは、生まれて初めて歓喜の涙を流すに違いない。 
その可能性は低いけれど。 
「部長、もう、ここまででいいっス」 
駅の改札が見えてきたところで、リョーマは手塚を見上げた。 
「そうか……じゃあ、明日…十時くらいに、行ってもいいか?」 
「ういっス。今日はありがとうございました。また、明日…」 
「ああ、明日」 
リョーマが微笑むと、手塚も微笑み返してくれた。 
そのままクルリと背を向け、リョーマは歩き出す。 
少し歩いて振り返りたい衝動に駆られたが、堪えた。 
噛み締めた唇が、少し、痛かった。 
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
        ***** 
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
        夜が来た。 
眠りたくなくとも、強制的に引きずり込まれる夢の世界。 
そしてリョーマはまた、『あの男』に身体をまさぐられているところで意識が浮上する。 
「や…っ」 
今夜はすぐに、意識と繋がった声が出た。 
だがまだ『言葉』は綴れそうにはない。 
熱っぽい男の舌が、熱心に胸の突起を嬲り、大きな手がリョーマの肌を、そして双丘を撫で回している。 
「あ…っ」 
しっとりと暖かな感触がリョーマの雄を擦り始める。男がリョーマの雄を口に含んだようだった。 
「ぁあっ、あ」 
自分の思い通りにならないはずの腕が勝手に持ち上がり、男の頭を押さえつけている。 
(気持ち、いい…っ) 
心では嫌悪しているはずの行為だが、身体は素直に反応し、悦びを表している。 
(イク……っ!) 
男の口の中へ、リョーマは呆気なく射精した。 
すべてを出し切り、リョーマの身体の痙攣が収まると、薄暗い視界の中で男がゆっくりと身体を起こすのがわかった。 
男が、リョーマの膝に手を掛け、グイッと大きく開かせる。 
(……やだ……それは、いやだ……っ!) 
心で叫んでも、身体は動かせなかった。 
投げ出された両腕は、男を押し退けようとはしてくれない。 
「あっ」 
男が何かぬめるものを指につけてリョーマの後孔に触れてきた。ぬるん、とリョーマの後孔に男の指が埋め込まれる。 
(やだっ!) 
胎内で、男の指がゆっくりと回されるのがはっきりとわかる。 
(やだ…いやだっ!……や、だ……ぁ?) 
男の指が、優しささえ思わせるほどゆっくりとした動きでリョーマの胎内を出入りしている。 
「あ…っ!」 
時折グッと押し込まれて刺激される場所が、リョーマの身体に強い快感を伝えてきた。 
(なに、そこ?……気持ちいい…) 
男がまたリョーマの胸に口づけながら指を蠢かせる。その刺激が次第に強くなってくるのは、入れられている指の本数が増やされているのか。 
「はっ、あっ!」 
本数はわからないが、何本かの指で深く、強く、敏感に感じる場所を突き上げられて、リョーマの身体が何度も跳ねた。 
いつも寝かされるベッドらしき場所のスプリングが、リョーマが跳ねるたびギシッギシッと音を立てる。 
「あっ、あぁんっ」 
気持ちがよかった。 
何も考えられないほど、気持ちが、よかった。 
「あっ」 
ふいに、その指が抜き取られてリョーマは声を上げる。だが物足りなさを感じる前に、リョーマの後孔は、指よりも太く固いものを捩り込まれ、目一杯粘膜を広
げられた。 
「ぅ……ぁ……あっ」 
「     」 
男が、リョーマの耳元で何か囁いた。 
ベッドの軋みは聞こえるのに、こんなに近くで囁く男の声が聞こえない。 
(どうして…?) 
男の熱い吐息が耳にかかるほど近いのに、その声が、聞こえないなんて。 
声が聴ければ、その正体がわかるかもしれないのに。 
だが、男の声が聞こえるリョーマの『身体』は反応し、唇はゆっくりと微笑みを作っているようだった。 
「     」 
リョーマも男に向かって何か囁き返している。 
自分の喋っている言葉も聞こえない。『声』は聞こえるのに。 
男が、リョーマの額にチュッと口づけた。 
そうして身体を起こし、静かに腰を動かし始める。 
「あ……あ……やっ」 
胎内を男のモノが出入りするのがわかる。固くて、太くて、身体の奥まで届くように大きく、そして何より熱かった。 
「やっ、や、だ…っ」 
拒絶の言葉が、初めて意志のままに口から出た。 
だがそれは、本当の『拒絶』ではなかったからかもしれない。 
「ああっ、あっ、ぁ、はっ」 
リョーマの背中を快感がじわじわと這い登り始めた。 
男のモノが正確にリョーマの敏感な場所を突き上げ、刺激してくる。それが堪らなく気持ちよかった。 
次第に男の動きが激しくなってくる。リョーマの腕は、いつの間にか男の背中に回されてきつくしがみついていた。 
(…なんで、こんな……すごい、気持ち、いい……っ) 
「ああ…っ」 
自分の嬌声と、ベッドの軋みと、男の肉棒が身体を出入りする感覚だけを感じ取れるSEX。 
身体は快感を伝えてくるが、リョーマはひどく悲しくなって涙を流した。 
自分の心だけが、置いて行かれている。 
(いやなのに……カラダが…反応する…っ) 
「あぁっ」 
強く突き上げられてリョーマのカラダを快感が突き抜ける。 
リョーマのカラダは、もうすでにこの男に慣らされているのか、痛みはまるで感じない。 
男の動きがさらに激しさを増してきた。だがリョーマの意識はどんどん不鮮明になってくる。 
(このまま…また意識失くしちゃうんだ……) 
また涙が込み上げてきた。 
激しく腰を振り立てながら、男の指が優しげにリョーマの涙を拭う。 
(頼むから……アンタが誰か、オレに教えて……っ) 
リョーマは必死に目を開けようとした。だが、やはり上手く開けられない。 
(あ…) 
揺らされる不鮮明な視界の中、揺れる男の肩の向こうに、また『青い四角形』が見えた気がする。 
(あれは……?) 
「あっ、ああぁっ!」 
男がグッと深く抉り上げた拍子に、リョーマは熱液を噴き上げた。 
噴き上げている最中も、男は激しくリョーマの奥を突き上げている。 
(気持ちいい……っ) 
反り返ったリョーマの身体がベッドに沈み込むのと同時に、リョーマの意識も暗い淵へと沈んでいった。 
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
        翌朝目覚めたリョーマは、やはりいつものごとく、何事
もなかったかのように自室のベッドにいた。 
「はぁ……」 
全身の怠さに、リョーマは深い溜息を吐いた。 
また、『あの男』に抱かれた。 
しかも、今回はそれだけではない。 
(すごい…気持ちよかった……) 
昨夜の男の感触を思い出しただけで、リョーマの身体がゾクリと震えた。 
だんだんと、『あの男』と逢っている時の意識が長く、鮮明になってきている気がする。そのせいで、自分の身体が男のモノを悦んで受け入れ、後孔深く突き立
てられたまま快感の中で射精していることがわかってしまった。 
(オレの身体は、アイツに挿れられて悦んでイッちゃってたんだ) 
リョーマは下着の中に手を入れて、自分の後孔に直に触れてみた。 
そこはしっとりとして、少し熱を持っていたが、昨日ほど腫れてはいなかった。 
(こんなところ、いじられて、感じて……) 
後孔はまだ少しぬめっているような感覚がある。『あの男』が何かクリームのようなものを塗ってくれたおかげで、あの大きなモノを飲み込まされても痛みを感
じずにすんだのだとわかった。 
「まだクリームがベタベタする…」 
少し力を入れただけで、するりと指の先端が後孔に入った。 
「あ……」 
指の先端が入っただけで、リョーマの身体がビクリと揺れた。 
昨夜の激しい快感を、カラダが覚えてしまっている。 
「ぁっ……ぁは…」 
もう少し深く指を入れると、内部は熱く解れているのがわかった。ゆるゆると出し入れすると、それだけで気持ちよくなってきた。 
(もっと深いところに……ああ……オレの指じゃ……自分のじゃ届かない……っ) 
リョーマは空いている方の手で前に触れた。後孔だけでは足りない快感を、自身に触れて得ようとする。 
「は、あっ、……ぁんっ」 
リョーマは夢中になって両方の手を動かした。 
男の感触を、身体中で思い浮かべる。 
「ぁあっ、あっ、ぁ、んッ、イク……っ!」 
下着の中で、リョーマは弾けた。 
ビクビクと痙攣を数回繰り返してから、リョーマはぐったりとベッドに沈んだ。 
「なにやってんだ……オレ……」 
心では拒絶しているのに。 
絶対に許さないと、思っているのに。 
カラダはもうすでに、『あの男』に陥落してしまっているのか。 
「ああ……」 
リョーマは自分の精にまみれた手を見つめた。 
(やっぱりオレは、部長のこと、好きになんかなっちゃいけない……) 
こんな汚い自分は、想うだけで手塚さえも汚してしまう気がする。 
「部長……っ」 
         
         
        指輪が、切なく熱を持った。 
         
         
         
         
         
         
        続 
         
         
         
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        20060105 
         
         
          
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