  手料理
  
  <2> 
      
  ドキドキと、うるさいほどにリョーマの心臓は鳴り続けている。 
      買い物をしていても、その胸の鼓動はおさまらなかった。 
      手塚を見上げると、心なしか、手塚の表情も微かに強ばっているように見える。 
      (変わったのは……変えられたのは……オレだけじゃ、ないのかも……) 
      じっと手塚の横顔を見つめていると、手塚がリョーマの視線に気づいて「なんだ?」と優しく尋ねてくる。 
      「あ……ううん、なんでもないっス」 
      「……卵と、お茶とケチャップと……そういえば夕飯がまだだったな」 
      「あ、そっか。だからこんなに腹減って…」 
      そう言った途端にリョーマの腹がキュルルと音を立てた。手塚が目を丸くする。 
      「お腹の方も、減ってたのを思い出したみたいっス」 
      「俺も、そうらしい……弁当でも買っていくか」 
      「うん」 
      二人して溜息を同時に吐き、気づいて見つめ合い、笑った。 
      これでいい、とリョーマは思う。 
      色事をあれこれ考えるのは自分の性に合わない。 
      (なるようになれ、だ) 
      意識しないわけがない。だが意識しすぎて、せっかくの二人の時間を無駄には過ごしたくない。 
      手塚も同じように感じているらしく、先程の表情の強ばりはすっかりなくなっていた。
 
 
 
 
  それぞれ好みの弁当を買い、最後にアイスを選んで会計を済ませ、二人はコンビニを出てマンションへ向かった。 
      「今日はエレベーターを使おう」 
      「え?なんで?」 
      「念のため、だ。もう頭痛はしないか?」 
      「あ、うん」 
      手塚が自分のことを気遣っていると知り、リョーマはほんのりと頬を染めて微笑んだ。 
      「今日くらいは乗っていこう」 
      「ういっス」 
      手塚の提案に笑いながら、リョーマは手塚に続いてエレベーターに乗り込んだ。 
      「なんかトロいっスね」 
      「……高齢者のことなどを考えての設定かもしれないが……確かに……」 
      手塚はチラリとドアの右横にある階数表示を見た。表示はまだ二階。階段を軽く駆け上るのと同じくらいのスピードだろうか。 
      「……何でも…ゆっくり進む方が、いいのかもしれないな…」 
      「え?」 
      「いや……最近の俺たちには、いろいろなことが次から次へと唐突に起きていたから、たった数日のことが、何週間にも思えるんだ。だから、物事はゆっくり進んでくれた方が…心も追いついてきやすいだろう?」 
      小さく苦笑する手塚に、リョーマも同じように苦笑した。 
      「……そうっスね……」 
      だが少し笑って、リョーマは俯いた。 
      遠回しに「このままの関係が一番いい」と言われた気がした。 
      たぶん今の手塚は、リョーマの想いに気づいている。だからもしかしたら、遠回しに断るつもりなのかもしれない。 
      リョーマのことは好きだが、それは『特定の恋人』とするには不十分なのだと。 
      (それでも、いいや…) 
      このままでもいい。拒絶されずにすむなら。そして、こんなふうにずっと、二人で穏やかに会話が出来るような関係なら。 
      ふと、リョーマが顔を上げて手塚に視線を向けると、包み込むような手塚の柔らかな瞳とぶつかった。 
      「…変わるのが嫌だと、言っているのではないぞ?」 
      「え…」 
      ドキッと、リョーマの心臓が音を立てた。 
      「急激な変化は、時に判断を鈍らせることもあるが、それが自分の中で『望む変化』ならば問題はない。問題があるとすれば、それは…」 
      言い終わらないうちにエレベーターが静かに停止した。 
      二人はエレベーターを降りて東側にある手塚の部屋へと黙ったまま歩く。 
      鍵を開けた手塚が、ドアを開いてリョーマに先に入るように促した。 
      「ただいま……じゃないか。えーと、お邪魔します…」 
      「『ただいま』でもいいぞ」 
      リョーマの後ろでドアを閉めた手塚はクスッと笑んだ。 
      たった一日来なかっただけのはずだが、リョーマはこの部屋をひどく懐かしいもののように感じて足を止めた。 
      「……どうした?」 
      「あ、………べつに」 
      「すぐ食べるだろう?先に手を洗ってこい」 
      「ういっス」 
      リョーマはいつもの場所に自分のバッグを置き、洗面所に行って手を洗った。そうしてふと鏡を見上げ、そこに置いてあるコップに二人分の歯ブラシを見つけた。 
      「あ、これ、持って帰るの忘れて……」 
      何もかも自宅へ送り返してしまって、何も残っていないと思っていたのに。 
      こんなところで、ささやかな『手塚と暮らした痕跡』を見つけてリョーマは微笑んだ。 
      (部長は気づいているのかな……気づいたら、なんて言うのかな……) 
      リョーマはまた小さく微笑んで、ちょん、と歯ブラシをつついてから洗面所を出た。 
      「アイスはとりあえず冷凍庫に入れておいたぞ」 
      「ぁ、ういっス。ありがと、部長」 
      手塚はふわりと笑うと、リョーマの頭にポンと手を置いた。 
      「俺も手を洗ってくる。コップを出しておいてくれ」 
      「ういっス」 
      手塚が洗面所に消えるまでその背中を見つめていたリョーマは、ひとつ小さな溜息を吐いてから、コップを二つ、テーブルに並べた。ついでにコンビニの袋から二人分の弁当も取り出して並べる。 
      冷蔵庫からお茶も持ってきて、それぞれのコップに注いだ。 
      「ああ、すまない。ありがとう」 
      ちょうどお茶を注ぎ終わったところに手塚が戻ってきて、テーブルに着いた。 
      「コンビニの弁当では味気ないが、お前の手料理は明日の楽しみに取っておこう」 
      呟くように言う手塚の言葉に、リョーマは仄かに頬を染めて頷く。 
      「それに…二人で食べれば味も違うかもしれないな」 
      「え?」 
      「いや、なんでもない。いただきます」 
      「…いただきます」 
      手塚の真似をして両手を合わせながら、リョーマは首を傾げた。
 
 
 
 
  とりとめもない話をしながら二人は食事を終えた。 
      二人は共に、一番話したい話題を、それとなく避けていた。 
      (食事がすんでから話そう) 
      相手の気持ちがどこに、いや、誰に向いているのかが、今日の一件で朧気にはわかった気がする。 
      だが、もしかしたらそれは自分の思い込みかもしれない。そう考え始めると、このまま何も言わない方がいいようにも思えるが、もうそろそろ、遠回しに相手の心を探るのはやめて、真っ直ぐに向き合わなければならい時であるとも思う。 なぜなら、自分の心は、相手への想いを隠すことが、すでに限界に来ているからだ。 そして、それを確かめるために、まず、心に引っかかっていることをひとつひとつ、解消していこうと思う。 
      一瞬の沈黙の後。 「越前」 
      「部長」 
      二人は同時に口を開いて相手を真っ直ぐ見つめ、口籠もった。 
      「…なんだ?」 
      「あ……部長から先に…」 
      「構わない、言ってみろ」 
      柔らかく手塚に順を譲られて、リョーマは言いづらそうに視線を彷徨わせた。 
      「あの………部長、前に、好きな人がいるって……」 
      「ん?………ああ…」 
      チラリと、一瞬だけ視線を手塚に向けて、リョーマは呟くように言った。 
      「それって、不二先輩?」 
      「……………なに?」 
      思い切りきつく眉を寄せて、手塚がリョーマの顔を覗き込んだ。 
      「え?ち、違うんスか?だ、だって、部室で……っ」 
      「………」 
      手塚は深く溜息を吐き出すと、改めてリョーマの瞳を真正面から見つめた。 
      「……あれは言い争いをしていたのだと言ったろう。信じてなかったのか?」 
      「言い争いって……」 
      手塚がスッと、リョーマから視線を逸らす。 
      「俺が…無理矢理お前の身体に触れたことを不二に詰られて……俺が、不二に八つ当たりしただけだ…」 
      「無理矢理って…そんなこと…」 
      「お前こそ、不二のことを好きなんじゃないのか?」 
      「………は?」 
      じっと、手塚に探るような視線を向けられてリョーマは目を丸くした。 
      「なにそれ。なんでそうなるんスか?」 
      「部室で俺たちを見て、お前はひどく傷ついた瞳を………あ」 
      ふいに、手塚はいきなり気がついたとでも言うように目を見開き、仄かに頬を染めた。 
      「あれは……俺が不二とそう言う仲だと思って……?」 
      リョーマも手塚の言わんとすることに気づき、頬を一気に真っ赤に染め上げて俯いた。 
      「だが、………そうだ、お前には好きな人がいると……夢でもお前はひどく幸せそうに微笑んで……」 
      「ゆ、夢?」 
      「ああ。そんなところを噛むな、とか、大好きとか………」 
      「噛む?………オレのこと噛むのなんて、カルピンくらいだけど……?」 
      「カルピン?」 
      上目遣いのまま、リョーマは頷いた。 
      「…………」 
      「…………」 
      二人は見つめ合ったまましばらく沈黙した。 
      だが、その沈黙に、先に堪えられなくなったのはリョーマだった。 
      「ぷっ」 
      いきなり口元を抑えてリョーマは小さく肩を揺らし始めた。クックック、と笑いを堪えているリョーマを見て、手塚も深く息を吐き出してクスッと笑った。 
      「不二の言う通り、俺たちはそろいも揃って、国宝級の『鈍感』のようだな」 
      「…プラス、『早とちり大王』って感じっスね」 
      「ああ」 
      手塚は静かに目を伏せて、もう一度深く息を吐き出した。 
      「越前」 
      「……はい」 
      穏やかで真っ直ぐな視線を向けられ、リョーマは笑みを消して手塚を見つめ返した。 
      「…お前が好きだ」 
      リョーマの目が大きく見開かれる。 
      「お前のことを、この世で一番、大切に想っている」 
      「………部長…」 
      「俺と……恋人として、付き合って欲しい」 
      大きく見開かれたままだったリョーマの瞳が、ゆらゆらと揺れ始め、ゆっくりと、嬉しそうに細められた。 
      「……ういっス。よろしくお願いします」 
      ペコリ、と小さく頭を下げられて、今度は手塚が大きく目を見開いた。 
      「その……、男同士だが……いいのか?」 
      「うん」 
      「お前は……男から好かれるのを、毛嫌いしていたのでは……」 
      「うん。部長以外は、絶対ヤダ」 
      「………」 
      目を見開いたまま、手塚は黙り込んだ。 
      どう反応していいのか迷っているように、リョーマには見えた。 
      「…オレ、アメリカに住んでいた頃、近所にちょっと仲のいい年上の友達がいて……でもそいつが、ある日突然、オレの身体にしつこく触ろうとし始めて……その時のそいつの目とか、表情とか、息遣いとかが、すごく気持ち悪くて……」 
      「…越前…」 
      「それ以来、同性から、そーゆー目で見られるのが気持ち悪くて堪んなくて、……そういう奴らは、片っ端からぶっ飛ばすか、蹴っ飛ばすかして撃退してきたっス」 
      「………そうだったのか…」 
      手塚が小さく眉を寄せて頷くと、リョーマも俯き加減に視線を落として頷いた。 
      「でも、部長は……最初はちょっと苦手だったけど、いつの間にかオレの中で別格になってた…って言うか……一緒に住むことになっても、全然抵抗なくて……」 
      「………」 
      リョーマの言葉を、手塚は黙って聴く。 
      「あの日、あの高架下のコートで試合して…オレは、……うまく言えないけど、すごく大事なモノを取り戻した気がするっス」 
      リョーマは膝の上に置いた手をギュッと握り締めた。 
      「今までも、オレのこと生意気だとか言って試合を挑んでくる奴らがたくさんいたんス。でも部長はそういう奴らとは全然違ってすごく真剣に試合してくれて……部長の打つボールに、すごくあったかいものを感じて……負けて悔しかったけど、そんなふうに試合してくれたのは、部長が初めてで…だから、部長は、すごく特別で……ああ、うまく言えないや」 
      顔を上げて苦笑するリョーマに、手塚は柔らかな微笑みを向けた。 
      「お前にとって俺は特別なのか?」 
      手塚の瞳に魅せられたように、リョーマは頬を染めながらうっとりと、だが、しっかりと頷く。 
      「どう……『特別』なんだ?」 
      「……部長になら…どんなふうに触られても、気持ち悪くなったりしない。気持ち悪いどころか……すごく、気持ちよくて……」 
      「越前」 
      「………はい」 
      手塚はじっとリョーマを見つめたまま、この先の告白をしていいものかどうか躊躇った。 
      その告白をすれば、明らかに今までの自分たちの関係とは異なるものになるだろう。 
      それはリョーマにとって、自分にとって、いいことなのか、あるいはそうではないのか、判断に迷う。 
      だが。 
      「…………」 
      手塚は、そっと目を閉じて決意を固めると、真っ直ぐにリョーマを見つめて口を開いた。 
      「………俺は、お前を抱きたいと思っている。それが浅ましい欲望だというのは承知しているが、俺が『恋人として付き合って欲しい』と言ったのは、そういう意味も含めてのことだ。だから、もう一度、よく考えて欲しい。そして、答えを出してくれ」 
      リョーマは頬を染めながらも、しっかりと手塚の瞳を見つめて、その言葉を最後まで聴いていた。 
      そしてリョーマは、徐に口を開いた。 
      「オレのこと、ガキだと思ってる?」 
      「え?」 
      ちょっと拗ねたような口調で言われて、手塚は目を見開いた。 
      「オレ……もう、アンタに何回イカされたと思ってんの?」 
      「………」 
      「アンタに触られて、感じてなかったら何度もイカされたりしない。アンタに触られるのが嫌だと思っているなら、今、ここに居ないっスよ…」 
      「越前……」 
      「アンタ、こんな時まで鈍感なんだね」 
      リョーマの言葉に口を噤んだ手塚は、しばらく沈黙したあとで、小さな溜息を吐いた。 
      「違う」 
      「え……?」 
      呟かれた手塚の言葉に、リョーマは怪訝そうな目を向ける。 
      「お前をガキ扱いしているわけじゃない。俺と付き合うということへの、覚悟を訊いているんだ」 
      「!」 
      「今までのように、ただ触れるだけではすまない。その時になってみないと、俺は自分でも、自分がどうなるのかがわからない。それでも、お前はいいのかと、訊いている」 
      「…………」 
      リョーマは大きく目を見開いたまま、みるみる頬を赤く染めていった。 
      「………アンタ自身がどうなるかわからないって言ってんのに、オレがそれでいいかどうかなんて、わかるわけないじゃないっスか」 
      「ああ、そうだな。…でも、だからこそ、答えて欲しい。お前は、どうしたい……?」 
      「オレ、は……」 
      頬を真っ赤にしたままリョーマは俯いた。 
      「いざとなってやはり嫌だと言われても、きっとその時にはもう、俺は自分で自分を止められない。お前を手放すことなどできない。無理矢理にでもお前を奪おうとするかもしれない。だから…そうなる前に…」 
      「でも、オレは部長が好きだから」 
      俯いたまま、だが、きっぱりとした口調で言うリョーマに、手塚はまた口を噤んだ。 
      「きっと、たとえその時になって嫌だって思ったとしても、それで無理矢理部長に奪われたとしても、アンタを嫌いになんか、なれないよ」 
      「越前…」 
      「アンタがオレのこと抱きたいって思うのと同じかどうかはわかんないけど、オレも、……オレだって、もっと深く、アンタに触れたい」 
      顔を上げたリョーマの瞳には、もう、迷いはなかった。 
      「アンタこそ、オレでいいの?男なのはもちろんだし、生意気だし、目つき悪いし、言葉遣いだって、全然……」 
      「そうだな。…気は強いし、目を離すと何をするかわからないし、ジャンクフードが好きで放っておくと毎日でも食べそうだし……」 
      「そんなことはないっス」 
      小さな声で心外そうに抗議するリョーマに、手塚はふっと柔らかく笑った。 
      「それでも、俺はお前がいいんだ。お前しかいらない。お前だけが、欲しい」 
      「オレも……融通利かなくて、頭固くて、すぐグラウンド走らせるけど、アンタが好き。アンタ以外、誰も目に入らないくらい、アンタだけが、好き」 
      「俺のものに、なってくれるか?」 
      「うん。アンタも、オレのものに、なってくれる?」 
      「喜んで」 
      二人は微笑み合い、テーブルの上で指を絡め合った。 
      「やっと……本物の『恋人繋ぎ』になったね」 
      「…ああ」 
      嬉しそうに頬を染めて笑うリョーマに、手塚もふわりと柔らかな笑みを浮かべる。 
      「越前、……お前を抱き締めたい。気を許しあった者同士の抱擁ではなく、『恋人として』」 
      「うん」 
      リョーマはまた一層頬を染めると、テーブルを回り込んで手塚の胸に飛び込んだ。 
      「部長……っ」 
      「越前……やっと…」 
      手塚は強く強く、リョーマの細い身体を抱き締めた。 
      その腕の力強さに、そして心地よい息苦しさに、リョーマはうっとりと目を閉じる。 
      「部長…」 
      「こら」 
      「え?」 
      柔らかく叱られて、リョーマはふと顔を上げた。 
      「お前は恋人のことをずっと役職名で呼ぶつもりか?」 
      「え………あ……」 
      「名前を、……呼んでくれ」 
      リョーマの頬に唇が触れそうなほど近くで、手塚が甘く囁く。 
      「くに…みつ」 
      「リョーマ」 
      名を呼ばれて、リョーマは一瞬目を見開き、そして嬉しそうに細めた。 
      「国光」 
      「リョーマ」 
      二人は微笑み合い、ゆっくりと唇を重ねてゆく。だが、深くは重ねず、チュッと音をさせて少しだけ離れる。 
      「これがホントのファーストキスだね」 
      「ああ」 
      微笑んで、もう一度二人は唇を寄せ合う。 
      「んっ…」 
      今度はもっと深く口づけた。 
      手塚の舌がリョーマの舌を絡め取り、吸い上げ、少し離れて、リョーマの下唇に優しく歯を立てた。 
      「あ……」 
      リョーマの身体をしっかり抱き締めながら、手塚は飽くことなくリョーマの唇を、口内を、思う存分に犯す。 
      「ふ……ぁ、あ……っ」 
      深く、激しい口づけに、リョーマの思考は手塚のことでいっぱいになった。 
      手塚とは今まで何度も唇を重ねてきたが、こんなにも深く、そして、何もかも攫われそうなほど激しく、なのにとろけそうに甘いのは初めてだ、とリョーマは思う。 
      「んん……、っはぁっ、ん…っ」 
      もうリョーマは、手塚のことしか考えられなかった。 
      「リョーマ…」 
      すっかり力の抜けたリョーマの身体を深く胸に抱き込んで、手塚が熱い吐息を漏らす。 
      「……このまま、……抱いてもいいか?」 
      「……お風呂……入ってないよ?」 
      瞳を閉じて手塚に寄りかかったまま、リョーマはやっと唯一の問題点を思い出して小さな声で言った。 
      「俺はこのままでも構わない。お前は嫌なのか?」 
      「だって……汗かいたし……」 
      「俺もそうだ。……気になるか?」 
      リョーマはチラリと手塚を見上げてからその胸に顔を埋め、胸一杯に手塚の匂いを吸い込んだ。 
      「……アンタの匂い、好き。ドキドキする」 
      「俺だって同じだ…ほら……」 
      手塚はリョーマの頭をぐっと胸に引き寄せて、その鼓動を聴かせる。 
      「……すごく早いね……ドキドキしてる……アンタも、オレと同じ?」 
      「ああ、そうだ」 
      リョーマは手塚の背に腕を回して、強く抱き締めた。 
      「…だったらいいよ。このまま、オレを全部、アンタのものにして」 
      手塚の鼓動が、また加速を始めた。 
      「リョーマ……っ」 
      溢れ出す愛しさのままに、手塚はリョーマの身体を、これ以上ないほどきつく抱き締めた。
 
 
 
 
 
  
      続
 
 
  ←前                            次→
 
 
  
       掲示板はこちらから→  お手紙はこちらから→ 
 
  
  
      20050927 
      
      
  
    
  |