  お買い物
  
  <4>
  
      
  手塚とリョーマはコンビニへの道を遠回りして歩くことにした。 
      マンションを出てすぐ右に曲がれば、ほんの1〜2分でコンビニに行けるのだが、敢えて左に曲がり、少し歩いた突き当たりを右に曲がった。 
      「公園?」 
      「そのようだな」 
      左手側にはケヤキか何かの木々が並び立ち、その奥は緑の多い歩道があるように見える。 
      街灯の少なくなった歩道を二人は手を繋いだまま歩く。 
      「入ってみます?この中」 
      「…そうだな」 
      道伝いに歩き、程なく見えてきた公園の入り口から二人は中に入っていった。 
      「部長」 
      「ん?」 
      リョーマに小声で呼ばれて、手塚は少し身を屈めた。 
      「ここ、結構街灯が少ないから、さっきの作戦にはもってこいっスね」 
      「ああ、そうだな」 
      手塚も声を潜めて言う。 
      一応駅に近い場所ではあるのに、公園内は思いの外しんと静まりかえっていて、遠くを車が走る音や、時折電車の通る音が聞こえるくらいだった。 
      歩道のような小道をしばらく歩くと、奥に広場のように少し広い場所が見えてきた。中央には池のようなものがあり、日の高い時間には噴水が吹き出て人々の心身に涼を与えるのではないかと思われる。 
      その周囲にはいくつかのベンチが並んでいる。 
      「部長、誰かいる」 
      小声で、だがはっきりとそう言うリョーマに頷き、手塚は広場に入る手前で足を止めた。 
      「………」 
      手塚は目を凝らして広場を窺う。 
      薄暗い電灯がぽつりぽつりと灯る、その仄かな明かりの下のベンチに人が座っている。いや、明かりの下と言うよりも、その明かりから少し外れたような、間近でないと人の顔が判別できないくらいの明るさの場所を選んで彼らは座っているように見えた。それも一箇所ではなく、二つ三つおきくらいに二人ずつ、ぴったりと寄り添って座っているように見える。 
      この時間に、こんな薄暗い公園で、ベンチに座る二人。手塚はすぐにピンと思い当たった。 
      「越前、俺たちはどうやら場違いな場所に来てしまったぞ」 
      「場違い?」 
      手塚は小さく溜息を吐いた。 
      仮の住まいとはいえ、自分が暮らすマンションのすぐ近くに、「こういう」場所があるとは思いもしなかった。 
      「何で場違いなんスか?」 
      きょとんと見上げてくるリョーマに、手塚は苦笑した。 
      「ここは恋人たちが集まる場所だ。あのベンチで、甘い時間を過ごしているのだろう」 
      「………ふーん」 
      リョーマの声が興味なさげに聞こえて、手塚はまた苦笑した。だが、手塚は少しホッとした心地にもなった。 
      (免疫は多少あるようだな) 
      恋人たちの熱い抱擁を目の当たりにしても、育った土地のこともあって、リョーマならそれほど狼狽えたりはしないのだろうと手塚は思った。 
      だがここにこうして立っているわけにもいかないので、引き返そうと手塚が元来た道へ歩き出そうとするのを、繋いだリョーマの手が引き留めた。 
      「…行ってみない?部長」 
      「え?」 
      「ほら、あそこのベンチ、周り誰もいないし」 
      いいながらグイグイとリョーマが手塚の手を引っ張って広場へ歩き出そうとする。 
      「だがここは…っ」 
      「部長」 
      静かな、どこか感情を抑えたような声で、リョーマは振り返らずに言う。 
      「…今は、恋人なんでしょ?オレたち」 
      「………」 
      手塚は目を見開き、そして眉を顰めた。 
      「ああ…」 
      リョーマに導かれるように手塚も歩き出す。 
      手塚の胸に苦いものが込み上げた。 
      罪悪感、なのかもしれないと手塚は思う。 
      (早く犯人を捕まえたいという越前の思いに乗じて、俺は…) 
      心の中にひどく重たい塊がいくつも積み上げられる感じがした。それでも、手塚はリョーマと繋がるこの手を離すことは出来ない。 
      (今だけ、なら…) 
      今だけなら、恋人のようにリョーマに触れることが許される気がした。繋いだ手の、リョーマの温もりに愛しさが募る。 
      だいたい二つおきに恋人たちがベンチを占領する中、どうしてかここだけは空いたベンチがいくつも並んでいた。 
      「何でここだけ人が来ないのかな」 
      手塚と同じ疑問をリョーマが口にした。 
      「ぁ、もしかして、ここに座ったカップルは別れちゃうジンクスがあるとか」 
      「…ありえるな」 
      真面目に答える手塚に、リョーマはクスッと笑いを零した。 
      「じゃ、オレたちには関係ないっスね。カップルじゃないし」 
      ズキンと、手塚の胸が痛んだ。 
      確かにリョーマの言う通りなのだが、改めて言葉にされると心の中に別の大きな塊が生まれる。 
      手塚が黙っていると、怪訝そうにリョーマが手塚を見上げてきた。 
      「部長?」 
      「ん?…座らないのか?」 
      何でもないように微笑んで手塚が先に腰を下ろすと、リョーマも続いて手塚のすぐ隣に腰を下ろした。 
      「犯人、どこかで見てるかな…」 
      「……さあな」 
      リョーマは「うーん」と小さく唸ってから、二人の太股同士が触れあうほど間隔を詰めてきた。 
      「こんな感じかな」 
      「………」 
      手塚は黙ったまま小さく溜息を吐くと、繋いだ手をそっと外して、その空いた右手をリョーマの肩へ回した。 
      「わ……」 
      「…こんな感じだろう」 
      リョーマの耳元に囁くと、リョーマはビクリと身体を揺らして俯いた。 
      「これで愛の言葉でも囁けば、犯人もこのシーンを逃す手はない」 
      内心ヤケを起こしそうになる自分を宥めながら、手塚が冷静を装って呟く。 
      「…そっスね」 
      小さな小さな声でそう答えるリョーマを見つめ、手塚はさらにその肩を抱き寄せてみた。 
      「ちょ…」 
      「ん?」 
      少し驚いたように見上げてきたリョーマは息がかかりそうなほどの至近距離で手塚と目があった途端、すぐにまた俯いてしまった。 
      暗いのでよくはわからないが、もしかしたらその頬は真っ赤に染まっているかもしれない。 
      (自分のことになると、やはり免疫はない、か…) 
      小さな喜びのようなものを感じて手塚はそっと微笑んだ。だがその手塚の顔が、スッと引き締まる。 
      「越前、後ろの方で音がする。聞こえるか?」 
      「え……」 
      耳元で手塚に小さく囁かれ、リョーマが耳を澄ますと、背後からガサッ、ガサッ、と人が草を踏み分けながらゆっくり近づいてくるような音が聞こえる。 
      リョーマは手塚を見上げて小さく頷いた。 
      二人が息を殺して耳を澄ませていると、どんどん足音が近づいてくる。 
      そしてその足音が、止まった。 
      (此方を窺っているのか…) 
      手塚は少し躊躇ってから、リョーマの肩に置いた手に力を込めてさらに引き寄せた。 
      「え…」 
      リョーマの身体が手塚の胸に倒れ込む。そのリョーマの身体を、手塚は背もたれから見えないほどに深く抱き込んだ。 
      「ぶ…ちょ…っ」 
      「しっ」 
      「!」 
      手塚の指がそっとリョーマの唇に触れた。 
      「後ろからではお前の姿を撮ることが出来ないのなら、犯人は前に回り込むしかないだろう?」 
      「あ……」 
      リョーマは目を見開いてコクコクと頷いた。 
      二人はそのまましばらくの間、息を潜めて背後の存在に神経を集中させた。
 
  ドキドキと心臓が煩い。 
      リョーマは自分の心臓の鼓動の早さに眩暈を起こしそうだった。 
      今、自分は手塚の腕の中にいる。 
      昨日までの自分だったなら、こうされていてもさほど動揺はしなかっただろう。 
      だが今の自分は、手塚への恋情を自覚してしまっている。 
      (どうしよう…でもこうしてないといけないし…変に抵抗したら犯人に不審に思われそうだし……) 
      リョーマは手塚に抱き込まれながら身体を硬直させていた。 
      (こんなシーンじゃなかったら……) 
      そう、こんな緊迫した場面ではなく、もっと日常の、あの自分たちの部屋でこうされていたなら、リョーマは天にも昇る気持ちで手塚の背に腕を回して縋りついただろうに。 
      今は、そんな甘やかなシーンではない。 
      ガサリ、と背後の気配が動いた。 
      足音がゆっくりと遠ざかってゆく。 
      (正面に回り込む気かな…) 
      その意を込めてリョーマが手塚を見つめると、手塚が小さく頷いた。 
      足音が聞こえなくなると、手塚はゆっくりとリョーマを解放した。強く抱き寄せていた手をどけ、代わりにリョーマの身体をそっと起こしてやる。 
      「…すみません」 
      「いや、俺こそ悪かった」 
      顔を上げられないでいるリョーマに、手塚はどこまでも優しい声音で囁く。 
      「だがもう少し我慢してくれないか」 
      そう言いながら手塚の手が再びリョーマの肩に回された。 
      リョーマはふっと顔を上げて手塚を見つめた。 
      「いいっスよ。さっきみたいにしてくれても、オレは…全然…」 
      手塚は何も言わずにふわりと微笑むと、リョーマの頭を軽くポンポンと叩いた。 
      (部長……) 
      リョーマの胸に、どうしようもないほどの切なさが込み上げてきた。 
      (今だけ……だから、いいよね) 
      リョーマはそっと、手塚の肩に頭を乗せた。手塚の身体がピクリと動く。 
      (部長……好きだよ……) 
      目を閉じて、リョーマは手塚の肩口にそっと、頬をすり寄せた。もう馴染んでしまった手塚の体臭が甘く薫る。 
      (部長の匂い…ちゃんと覚えておこう…) 
      犯人を捕まえて、自分の部屋の修復が終わってしまえば、手塚とこんなふうに身体を密着させることなど二度とないだろう。 
      だから、こうして手塚に触れることが許される今、たくさん手塚を感じていたいとリョーマは思う。 
      「…眠いのか?越前」 
      「………ちょっと」 
      見当違いの優しさに、リョーマは内心笑みを零す。 だが心地いい手塚の声が、密着させたすべての場所からリョーマの身体に溶け込んでくるような感覚に、本当にこのまま眠りたい気分になってきた。 
      (気持ち、いいな…) 「今日はもう帰るか?」 
      「まだ………もう少し…」 
      もう少し、こうしていたいから。 
      心の中でそう呟いて、リョーマは閉じた瞼を微かに震わせた。
 
  手塚は理性を総動員して周囲に神経を集中させた。 
      (おかしい……さっきの足音は犯人のものではなかったのか?) 
      考え込むように眉を寄せながら、足音の消えた方へ手塚が視線を向けようとした時、突然「きゃぁっ!」という女性の悲鳴があがった。 
      リョーマも驚いて手塚から身体を離し、声のした方向を見遣った。 
      バタバタと誰かが此方に走ってくる。男だった。年齢はわからない。何かを抱えるように持ちながら後ろを振り返り、もつれそうな足を何とか動かしているような走り方だった。 
      「部長、あいつ、カメラ持ってる!」 
      「………」 
      手塚は勢いよくベンチから立ち上がると、道をふさぐように男の前に立ちはだかった。 
      「なんだお前ッ、どけっ!」 
      手塚に気づいて慌てて立ち止まった男は脅すような口調で喚きながら手塚を睨みつける。 
      「…こんな時間に、そちらこそ何をしていたんですか」 
      「うるさいッ、どけよ!」 
      男が手塚を避けてまた走り出そうとするのを、手塚が素早く男の正面に移動して阻止した。 
      「そのカメラで何を撮ろうとしていたんですか」 
      「お前には関係ねぇよ!どけよ、ホモ野郎!」 
      「!」 
      「部長!」 
      男が手塚めがけて突進してきた。 
      「おらぁっ!」 
      男がカメラを庇いつつも、右手を振り上げて殴りかかってきた。 
      「部長、危ない!」 
      手塚は右足をスッと引いて斜めに構えると、僅かに腰を落とした。 
      男の拳が手塚めがけて繰り出される。それを難なくかわし、代わりに手塚の左腕は男の右腕を、そして手塚の右手は男の胸元を素早く掴んだ。 
      「うわっ!?」 
      直後、男の身体はクルリと回転するように地面に叩きつけられていた。強かに腰を打ったらしく、男は呻きながら腰を押さえて苦悶している。 
      「部長…」 
      リョーマには、一瞬何が起こったのかよくわからなかった。だがリョーマの瞳は、その一部始終をしっかりと記憶していた。 
      男の腕と胸ぐらを掴んだ手塚が、するりと男の懐に潜り込み、突っ込んでくる男の勢いも利用して背負い投げを決めたのだ。 
      「部長!大丈夫っスか!」 
      リョーマが手塚に駆け寄ると、手塚は服の埃を払いながら涼しい顔で頷いた。何事かと人も集まってきた。 
      「俺は何ともない。それより…」 
      手塚は厳しい表情になって男を見下ろした。 
      「何をしていたんだ。そのカメラで何を撮った?」 
      「盗撮したんだ、そいつ!」 
      後ろの方で声があがった。 
      「盗撮?」 
      手塚が振り返って問うと、ひと組の男女のペアが前に進み出た。 
      「そいつ、ここで何度も盗撮してる常習犯だよ。何回か警察にも捕まっているんだけど、懲りなくて」 
      「……そうですか」 
      「すごいな、アンタ。柔道やっているのか?」 
      「いえ。祖父に少し習っただけです。どなたか、警察に連絡して頂けますか?」 
      「今電話してるとこ!」 
      別の方から声があがった。 
      手塚は小さく息を吐いて、また男を見下ろした。 
      「俺たちを狙ったわけではないんだな?」 
      「…誰が野郎同士のいちゃつきなんか撮るかよ。気持ち悪ぃ」 
      顔を顰めながら男が吐き捨てるように言った。 
      手塚は眉をきつく寄せる。 
      「俺たちはそんな関係じゃない。だが、この世には性別を超える恋愛があることは確かだ。盗撮などという歪んだ欲望よりも、ずっと純粋で綺麗な想いだ。馬鹿にしたり、蔑んだりするものではない」 
      「けっ」 
      男は唾を吐き捨てた。 
      「考えただけで吐きそうになるぜ」 
      「………」 
      手塚はグッと両手を握り締めた。 
      「部長、そんなヤツほっときましょう。ぁ、ほら、パトカー来たみたいだし」 
      リョーマに袖を引かれて、手塚は硬い表情のまま頷いた。遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。 
      「すみませんが、この男のことは、皆さんにお任せしても構いませんか?」 
      「ああ、いいぜ。任せときな」 
      最初に男のことを盗撮犯だと指摘した青年がニッコリと笑ってそう言った。 
      「お願いします。行くぞ、越前」 
      「ういっス」 
      歩き出す二人に、その青年が声をかけた。 
      「頑張れよ、二人とも!俺は応援するからな!」 
      「………」 
      手塚は振り返って一礼してから、また歩き出した。 
      「部長、スゴイっスね。一瞬で投げ飛ばしちゃって」 
      瞳を輝かせて見上げてくるリョーマに、手塚の表情が少し和らぐ。 
      「相手の勢いを利用しただけだ。試合となれば、ああは行かないだろう」 
      「ふーん。でもスゴイっス」 
      「そうか?」 
      「ういっス!」 
      手塚は小さく微笑んだ。 
      「今日はもうこれくらいにして、さっさと買い物をして帰ろう」 
      「そっスね」 
      そう言ってリョーマが手を繋いできた。 
      「越前?」 
      「え?」 
      少し困惑して手塚がリョーマを見下ろすと、リョーマはきょとんと手塚を見上げた。 
      「いいのか?手を……」 
      「え?だって、家に帰るまでは恋人同士っスよ?」 
      「………」 
      手塚は小さく目を見開いてから、力が抜けたように微笑んだ。 
      「そうだな」 
      二人はしっかりと指を絡め合い、手を握りあった。
 
 
 
 
  コンビニの明かりが見えてきて、リョーマはほっとした。 
      気づかれないように、そっと手塚を盗み見る。 
      正直言って手塚に柔道の嗜みがあったのには驚いたが、そのおかげで今回は二人とも怪我はなく、無事に男を取り押さえることも出来た。 
      だからといって、自分たちが追いかける犯人を追いつめた時にも、今回のようにうまく行くとは限らない。 
      もしも、自分たちの追う犯人がもっと屈強な男だったら。そうでなくとも、もっと凶悪な人物だったらかなり危険なことになるのではないかと、リョーマは唇をひき結んだ。 
      手塚が怪我をしたら、と考えてリョーマは血の引く思いがしたのだ。 
      「越前」 
      「はい」 
      唐突に、硬い声で名を呼ばれてリョーマは思考を中断した。 
      「……今回はうまく行ったが、俺たちが犯人を追いつめた時にもうまく行くとは限らない」 
      「はい」 
      手塚が自分と全く同じことを考えていたことに、リョーマはなんとなく嬉しくなった。 
      「だから、二人だけの夜の囮作戦は、今回限りにしよう」 
      「…………そ…っスね」 
      「買い物だけなら付き合うぞ」 
      柔らかく微笑んで見下ろしてくる手塚に、リョーマは大きく頷いた。 
      「ういっス!」 
      手塚の言葉が嬉しかった。 
      作戦などではなく、ただ単純な『買い物』にも、手塚は付き合ってくれると言ったのだ。 
      (今日全部買わないで、明日とか明後日とか、分けて買いに来ようかな……) 
      そうすれば外に出る時は、こうして手を繋ぐことを許されるかもしれない。 
      (これはオレの『お買い物大作戦』…なんてね) 
      クスッと笑ったリョーマに手塚は怪訝そうな瞳を向けた。 
      「?どうした?」 
      「べつに」 
      楽しそうにリョーマが言うので、手塚も穏やかに「そうか」とだけ言った。 
      「部長、なんか、アイス食べたくないっスか?」 
      「ん?ああ……そうだな。買って帰るか」 
      「やった!」 
      嬉しそうに笑ってリョーマが手塚の手をぐいっと引っ張った。 
      「早く行こう、部長!」 
      コンビニの明かりを見つめながら、ふと、リョーマは思った。 
      手塚とこうして過ごせるのもあと少し。ならば、その時間を大いに満喫しよう、と。 
      手塚と過ごす時間の一分一秒を大切に、胸の奥に鮮明に刻むために。 
      だから、切なさに俯くよりも、嬉しさに顔を上げよう、と。 
      自分が微笑むと手塚も微笑んでくれるのなら、自分はずっと手塚に微笑みかけていよう。 
      そうして、他の人間の知らない手塚をたくさん自分の中に残すのだ。 
      離れて暮らすようになっても、すぐに手塚の笑顔を思い出せるように、深く深く、強く鮮明に、この胸の奥にしっかりと刻みつけよう。 
      「ねえ、部長。オレ、すごく…大好きなんスよ」 
      (部長のこと、大好きなんだ) 
      「…俺も好きだ。時折無性に欲しくなる」 
      リョーマの言った言葉を、アイスのことだと思って答えてくれたのだろう手塚に、リョーマは愛しさをこめて微笑みかけた。 
      「オレなんか一日中……朝も昼も夜もずっと、欲しいっスよ」 
      (部長に、傍にいて欲しい) 
      「中毒になりそうだな」 
      手塚がどこか呆れたように言う。 
      「もう中毒かもしれないっス」 
      (だって、アンタがいないと……) 
      「そんなに好きなのか?」 
      「………大好き…っス」 
      小さく頷き、瞳を揺らして見上げてくるリョーマに、手塚はひどく困ったような微笑みを浮かべた。 
      「……俺が求愛されている気になるな…そんな顔で言われると…」 
      「え?」 
      「いや、なんでもない。アイスは最後に選ぶとして……何を買うのだったか……」 
      呟くように言いながら手塚がコンビニのドアを開けた。それと同時にリョーマの手から手塚の指が離れてゆく。 
      「…お茶系の飲み物と、フリーザーバッグっスよ」 
      「ああ、そうだったな」 
      手塚に続いてコンビニに入りながら、離れていった指先を、リョーマは揺れる瞳で追いかける。 
      (今は、手を伸ばせば届くのに……) 
      ほんの少し前まで手塚と繋がっていた自分の指先を、リョーマはじっと見つめた。 
      (今だけは届くから……捕まえててもいい?) 
      そう心の中で呟いて、リョーマはそっと手を伸ばした。 
      だが手塚の指先に触れる直前で、その手を握り込んだ。 
      (変だと、思われるよな…やっぱ…) 
      「越前」 
      「は……」 
      突然振り向かれて、リョーマは巧く声が出せないほど驚いた。 
      「どれにするんだ。種類が多くてよくわからん」 
      ズラリと並ぶペットボトルを指さして手塚が眉を寄せていた。 
      真剣に悩んでいるような手塚を見て、リョーマは笑みを零す。 
      「部長は、緑茶っぽいのと、中国茶っぽいのと、どっちが好き?」 
      「……どちらかといえば、緑茶、だな」 
      「じゃあ、これにしようよ。最近出たヤツなんだけど、ちゃんとお茶の味がして美味しいっスよ」 
      「そうか」 
      手塚は頷いて、リョーマが指さした2リットル入りのペットボトルを手に取った。 
      「あとはフリーザーバッグ、だったな?」 
      「ういっス。たぶんあっちの方」 
      キッチン用品がまとめられたコーナーに向かおうとして、リョーマはさりげなく手塚の手を取った。 
      手塚が小さく目を見開くのがリョーマにはわかったが、敢えて気づかぬフリをした。 
      「あったあった、これっスよ」 
      「ああ」 
      「あとはアイスっスね」 
      リョーマは手を繋いだまま歩く。 
      (ちょっとくらい、変だって思われてもいい。もう時間が、ないんだ…) 
      歩きながら、リョーマは唇を噛んだ。 
      (二人でいる時だけは、アンタを独占させてもらうから…) 
      「どれにしよっかな」 
      (ごめん、部長……でも、オレがあの部屋を出たら、もうこんなこと、しないから……) 
       目移りしているフリをしてアイスを見つめるリョーマの横顔を、手塚は静かに見つめていた。
 
 
 
 
 
  
      続
 
 
  ←前                            次→
 
 
  
       掲示板はこちらから→  お手紙はこちらから→ 
 
  
  
      20050608 
      
      
  
    
  |