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      「……大丈夫か?」 
      手塚はまだ火照る身体を持て余しながらも、隣で荒く息をついているリョーマを気遣う。 
      歯止めが利かなかった。いつも冷静な自分が、余裕を全く持てなかった。 
      激情に駆られる、というのはこういうことなのか、と、心の中で自分に対して苦笑する。 
      少しずつ息が整ってきたリョーマがゆっくりと手塚の方に手をのばす。 
      「ねえ、気持ち…良かった?」 
      泣き続けて赤くなってしまった大きな目が手塚の目を真っ直ぐに捕らえる。 
      「ああ…」 
      おまえはどうなんだ?と訊きたかったが、リョーマの身体を散々好き勝手にした自分が訊くのは気が引けた。 
      「ねえ」 
      「なんだ?」 
      「…………ったら……の?」 
      「え?」 
      リョーマがあまりにも小さな声で呟いたので、手塚には断片しか聞き取れなかった。 
      「いい!」 
      真っ赤になったリョーマが手塚に背を向け、布団を被ってしまう。 
      訳が分からずリョーマを見つめていると、ちらりと手塚を振り返ってリョーマがまた呟いた。 
      「ノド乾いた」 
      先ほどリョーマが飲んでいたものは炭酸も抜けてぬるくなり飲めたものではない。 
      手塚は「少し待っていろ」と言って眼鏡をつけ、落ちている衣服を引っかけて階下に降りてゆく。 
      冷蔵庫の前まで来て、ふと思い立った手塚は浴室に向かった。 
      ペットボトルごと自室に持ち帰った手塚は、リョーマが軽く寝息をたてていることに気付きその顔を覗き込んだ。 
      まだ幼さを残した顔を見ていると、さっきまでのリョーマが別人のように思えてくる。 
      自分を受け入れて喘ぐ姿がフラッシュバックする。 
      リョーマの内部は狭くて熱かった。 
      最初は入ってきたものの大きさに抵抗があったかもしれないが、次第に馴染み始めた内壁は手塚をきつく締め付けるだけでなく、熱く柔らかく絡みついてきた。 
      手塚の腰の動きに合わせて、リョーマの腰もいつしか揺れていた。 
      突き上げるたびに声を漏らす唇も、腕や背中にしがみついてきた腕も、離れまいと腰に絡めた脚も、全てが愛しくて堪らなかった。 
      何度昇り詰めても足りなかった。あとからあとから湧き上がる激しい欲望に抗えなかった。 
      「…すまない…越前」 
      自分がこんなふうになるとは思わなくて、安易にリョーマの誘いに乗ってしまった自分を責めたくなった。リョーマの身体への負担を考えなかった自分が情けなく思えてきた。 
      手塚は眼鏡を外すと、ベッドに寄りかかるように座り込み、目を閉じて深い溜息をついた。 
      「ねえ」 
      不意に頭の上から声がしたので手塚は少し驚いて振り返った。 
      「コップに注いでくれないの?」 
      「起きていたのか」 
      手塚は眼鏡をかけ直すとスッと立ち上がり、持ってきてあったファンタをきれいに洗い上げたコップに適量注ぐ。 
      差し出されたコップを受け取ろうとして身を起こしたリョーマが「あっ」と小さく声を漏らした。 
      「…痛むのか?」 
      「っていうか…」 
      リョーマの顔がみるみる赤くなる。 
      「ゴメン、今シーツ汚したかも…」 
      「………構わん」 
      シーツを汚したものの原因は自分にあるのだし、と考えてから手塚はほんの少しだけ赤面した。 
      「風呂に入ろう。今沸かしている」 
      「入浴剤、ある?」 
      ファンタを飲みながら上目遣いにリョーマが尋ねる。 
      「『日本の名湯』とか言うのがあった気がするが…」 
      「あ、それ、ビンゴ!」 
      いつも通りのリョーマに、ふと、手塚は尋ねてみたくなる。 
      「越前…」 
      「なんスか?『部長』?」 
      部長、の所に妙なアクセントをつけて言われ、手塚は一瞬眉間にしわを寄せた。 
      「……俺と、こういう付き合いでいいのか?」 
      「あのさ」 
      ちょっと苛つくように言うリョーマの強い瞳を真っ直ぐに手塚は見つめ返す。 
      「なんか『罪悪感』とか言うの感じてるわけ?」 
      「おまえにかかる負担が大きすぎる」 
      リョーマは頭をクシャッと掻いてからファンタを飲み干すと、ベッドを降りて手塚の横にある机の上に少し乱暴にコップを置いた。 
      「そんなヤワな作りじゃないっスよ、オレのカラダ」 
      「…それとこれとは違うだろう」 
      「じゃあさ」 
      リョーマは落ちている手塚のTシャツを着ながら溜息をつく。 
      「アンタはオレとSEXだけがしたいの?」 
      「そんなわけがないだろう」 
      即答した手塚に、リョーマは表情を緩めて向き直る。 
      「オレはアンタと50-50な恋愛がしたいんだ」 
      リョーマの口から『恋愛』という言葉が出てきて、手塚は内心狼狽えた。 
      だがリョーマもなぜかいきなり顔を真っ赤にすると俯いてしまう。 
      「……アンタとだからさっき…すごくよかった……と思うし…」 
      「……」 
      「………ねえ、なんか言ってよ」 
      身長差のために自然と見上げる形になるリョーマの瞳は限りなく澄み渡り、その奥に揺らぎのない強さが垣間見える。 
      そんな透き通った強い瞳が心の奥まで入り込んでくる気がして、手塚はリョーマに対して誤魔化しは許されないと感じた。 
      「…おまえといると、俺は自分の新しい面を知ることが出来るようだ」 
      「ふーん?」 
      期待していた内容と違う言葉が返ってきたためか、リョーマは訝しげな顔をした。 
      「負けず嫌いは自覚しているが……あんなに…我を忘れたのは初めてだ…」 
      「それってオレに夢中になったって言うこと?」 
      「そうだ」 
      軽くからかい半分に言ったつもりの言葉に真面目に返されてしまい、リョーマの顔は一気に赤くなる。 
      「最初からこんなふうでは…これからが思いやられるな…」 
      小さく溜息をつきながら手塚が言う。 
      「コートの中ではテニスのこと以外は考えないでもいられるが…それ以外の場所では自信がない…こんな俺でもいいのか?」 
      「アンタじゃないとヤなの!」 
      言うなりリョーマが手塚に抱きついた。 
      しなやかなその身体を抱きしめ返してやると、手塚がさっき聞き逃したのと同じ言葉をリョーマが呟いた。 
      「…………ったら……の?」 
      「……」 
      だが今度は身体が密着している分、手塚にも充分聞き取れた。 
      手塚はさらに強くリョーマの身体を抱きしめると、その耳元で熱く囁きかける。 
      「大丈夫だ…責任はとる」 
      その言葉にリョーマはクスクス笑いを漏らしながら「うん」と嬉しそうに頷いた。 
      それが合図だったかのように風呂の準備が整ったのを知らせる電子音が階下で響く。 
      手塚がリョーマの顔を覗き込んで、少し言いづらそうにする。 
      「…リョーマ……その…」 
      「うん、一緒に入ろ?く・に・み・つ」 
      ファーストネームを初めて呼ばれ、手塚はささやかな感動を覚える。 
      先ほどは自分が『越前』と呼んだから、きっとリョーマはわざと妙にアクセントをつけて『部長』と呼び返したのだろう。 
      そんなことにあとから気付く自分の鈍さが手塚は恨めしくなった。 
      だがリョーマはそんな手塚の様子に気付いたらしく、いつもの口調に輪をかけて生意気に言い放った。 
      「アンタはそのまんまでいいよ。テニス以外ではオレの方が一枚上だね」 
      的を得ている気がして手塚には言い返せず、かわりに眉間にしわを寄せた。 
      「…ここでも上がいいのか?」 
      だが負けっぱなしは気にくわないのか、部活の時のような気迫で手塚はリョーマを見下ろす。指さした先にはベッドがあった。 
      「…………そ…そのうちね」 
      さっきまでの威勢はどこかへ吹き飛ばされてしまったらしく、再び顔を赤らめながらリョーマが答えた。 
      その次の瞬間、リョーマの身体が宙に浮いた。 
      「うわっ?なに……っ」 
      「さっさと風呂に行くぞ」 
      手塚がリョーマを抱き上げて階下へと向かう。 
      「ハズカシイ……」 
      「構わんだろう…俺しかいない」 
      「……くにみつ…好きだよ」 
      手塚の胸に顔を埋めてリョーマが小さな声で呟くように言う。 
      そんなリョーマの様子に目を細めると、手塚は立ち止まってその額に口づけた。 
      ふと見上げてくるリョーマに少し余裕のあるふうを装っていつもの口調で言う。 
      「煽るなよ」 
      「……責任とってくれるんでしょう?」 
      見つめ返す瞳は生意気で挑発的だった。手塚は浅い溜息を一つつく。 
      「分かった。覚悟は出来ていると言うことだな?」 
      「え?本気?」 
      ちょっと焦りだした腕の中の恋人の顔をおもしろそうに見やりながら、手塚は浴室に向かって再び歩き出した。 
      『クセになったらどうしてくれんの?』 
      さっきリョーマは、そう呟いた。 
      きっともう、自分は完全に心も身体もリョーマに捕らえられてしまっている。 
      だがリョーマにはまだそのことは言わない。 
      50-50の恋愛がしたいと、リョーマは言った。自分もそうありたいと手塚は思う。 
      だから、不利な自分が優位に立つためにも、『敗北宣言』はもう少し先に延ばしたい。 
      スリリングな恋の駆け引きが幕を開けた……… 
      
      END   
      2002.3.4 
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