第九段
二、三日の間は大臣をも〜そのまま地に倒れぬ。

帰国の承諾



教材観

そしてついに大臣から帰国の命令が下る。この時初めて相沢にエリスと別れるという約束をしたことが大臣に伝わっていたことを知る。とすれば、エリスのことを理由に帰国をを断ることは相沢の顔を泥を塗ることになるし、それ以上に、もしこのチャンスを逃せば日本に帰ることも出来なくなり、名誉を回復することもできなくなり、このドイツでうだつの上がらぬまま死んでいくのかというかつてのエリート意識が頭のそこから突き上げてきて、帰国を承知してしまう。そして直後から悩むのである。このことをエリスにどのように説明すればよいのか。エリスの顔を浮かぶ。相沢を裏切らないことはエリスを裏切ることになる。だれをも裏切りたくない豊太郎はまた悩んでしまう。こんどはもはや逃げ場はない。優柔不断ではすまされない。帰国をするのか、しないのか。以前にもこの選択はあったが、母親の死というアクシデントと出世の道がないという条件があったので曖昧にすることができた。あの時と変わらないのはエリスの存在である。しかし、エリスは妊娠していてこれまでの楽しい愛の生活はない。現実の厳しい家族生活が待っている。豊太郎の選択は算数的には当然であろう。とはいえ、誰だって愛する女性に別れ話は切り出しにくい。ましてや豊太郎ならなおさらである。絶体絶命の危機のはずが、また運良く家にたどり着くと同時に高熱で倒れてしまう。これで、また無意識うちにの猶予期間、モラトリアムができたのである。



指導のポイント

 豊太郎の価値判断について考える。これが当時のエリートの価値基準と同じであることを確認する。「舞姫」の映画のビデオを見せる。



展開(板書は緑色)(質問は赤色)

1.「学習プリント第九段」を配布する。

2.「二、三日の間は大臣をも〜そのまま地に倒れぬ。」を口語訳し、舞姫チェックをさせる。

3.「22.大臣から帰国を勧められ、承知する
 (1)大臣が帰国を勧めた理由
  ・豊太郎の語学の才能を認めた。
   ・学問を評価されたわけではない。
  ・豊太郎がエリスと別れたと相沢から報告を受けていた。
   ・エリスと別れることが帰国の条件であった。
   ・第七段で相沢が忠告したことが実現した。
   ・相沢は、大臣に、豊太郎登用の条件を確認していた。
 (2)豊太郎が承知した理由
  小問 承知した理由は?
   ・相沢の信用を傷つけられない。
   ・断れば理由を説明しなければならない。
   ・エリスと別れていないことを言えば、相沢の信用に傷がつく。
   ・相沢が共謀していたなら勿論、簡単にだまされる人間であれば秘書として適していない。
   ・この機会を逃せば、帰国も出世もできない。
    ↓
   ・確信的な返答である。
   ・相沢との約束、ロシア同行の主体性のない承諾とは違う。

4.「23.エリスを裏切った罪悪感に苦しむ
 大問11 豊太郎の悩みは?
  ・正直に話す→エリスに激しく非難される。
           結局帰国できなくなる。
  ・黙って帰国する→良心が許さない。
  ・ドイツに残留する→帰国や出世のチャンスは二度とない。

5.「24.帰宅と同時に倒れる
 小問 どんな意味があるのか?
  ・一時的に、エリスに帰国を説明しなくてすむ。
   ・無意識の内に期待していたのかもしれない。

6.まんが「舞姫」とハーレクインロマンス風「舞姫」を配布する。

7.あらすじを70字以内でまとめる。
・1)大臣から帰国を勧められ、2)相沢の信用と3)自分の帰国や出世のために4)承諾する。しかし、5)エリスへの罪悪感から街をさまよい、6)帰宅と同時に倒れる。(63字)

8.映画のビデオを見せる。
 (1)篠田正浩監督、郷ひろみ主演の映画を50分に編集した。
  ・エリスとの出会いの部分から編集した。
  ・映画では、反国家分子との交流が付加されているが、その部分をカットした。
 (2)原作と映画の違い。
  ・豊太郎が鴎外同様軍医留学生に設定されている。
  ・エリスとの出会いは橋の上になっている。
  ・最後はエリスが階段から落ちて流産したことになっている。
 (3)ここでビデオを見せる意味。
  ・ここまではビデオも原作通りなので、今までのストーリーの確認になる。
  ・もっと前の段階で見てしまうと、原作を読む意欲が低下する。
  ・結末が原作とは違うので、次の時間に結末の部分を授業するときにインパクトが強くなる。
 (4)生徒の反応。
  ・豊太郎が郷ひろみであると知って驚きの歓声があがる。
  ・豊太郎を追って走るエリスが、豊満で、可憐でなく、足が早いのに失望の歓声があがる。
  ・離れ難き仲になる場面の全裸でのラブシーンが、映画でもオペラのシーンと重なるように終わるのだが、編集したときに砂嵐が入り、わざとカットしたとブーイングが起こる。
  ・映像を見て、エリスの家の様子やベルリンの街の様子、人物の感情がよく分かったという感想もある。
  ・しかし、ミスキャストのため、原作のイメージが壊れるという感想が多い。



生徒の感想

▼豊太郎は一番失ってはいけないものをこの時失った気がした。
▼自分のついた嘘がこんなことになるとは豊太郎は思ってなかったと思う。でももとはといえば、自分の性格が悪いから、つらいとは思うけどエリスか仕事かどっちを取るか早く決めてほしい。
▼帰国を勧められ即座に確信をもって承諾したということは、やはり豊太郎はイゼンのような生き方の方が合っているんだと思う。
▼今までのツケが一気になだれ込んで大変なことになっていると思います。私は薄情者なのでエリスを捨てて帰るところですが、そうしないところが豊太郎のよい所であり、自分の首を絞めるもとになった所だと思います。何とか言うか人生を損しているような気がしてならないです。
▼やっぱり人間の性格なんて簡単に変わるもんじゃないと思った。もともとドイツに出世のための一つの過程として来たのだから、豊太郎の判断は当然なのだが。ところで、豊太郎は雪の中をふらふらさまよって家に帰って、結果として倒れたのだが、これはどうも確信的な行為であるように思える。エリスもおそらく意識的に妊娠して豊太郎を捕まえておこうとしたあたりは勢いだけで人生を生きているように見える。となればこの恋愛の悲しい結末は豊太郎だけのせいであるとは言えないようだ。
▼家に帰りたくない事情があって、でも帰れる場所はそこしかなくて、どうしようどうしようっていう気持ちはたぶん誰でも一回ぐらいは経験したことがあると思う。
▼大臣に対して帰国を承知したにもかかわらずエリスに罪悪感を感じているのは物事を全て丸く納めたいという欲張りな考えからだと思う。両方にいい顔をしようするから、余計苦しんで倒れるのだ。
▼豊太郎は周りの人に気を使いすぎる性格だと思った。これも一つの優しさの表れではないだろうか。どうしたら一番傷つけないですむか、そう考えているなら、トヨは優しい人でもあると思う。でもその優しさが却って傷つけるのだが。
▼トヨは優柔不断だと思ったけど、今回は友人のためだったんだからいいと思う。
▼相沢さえ出て来なければ豊太郎は貧しいながらもドイツで家族4人楽しく暮らせたと思います。でも相沢は相沢なりに豊太郎のことを思ってこういうふうにチャンスを与えたのだから仕方がない。しかもエリスと暮らすことが必ずしもよいとは限らないから人生の選択肢を増やしてもらって幸せだったと思う。トヨがどちらを選ぶにせよ、ずっと幸せが続くとも限らず、ずっと不幸が続くとも限らない。たとえ悪い人生を送ってしまったとしても、それはトヨが選んだ人生。それはそれで悔いがないと思う。でももしその人生を選んで周りの人に迷惑をかけたとしたら、それはいけないことだと思う。

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