第八段
翻訳は一夜に〜涙満ちたり。

ロシアでの豊太郎



教材観

その後は豊太郎も気づかないに大臣の信用を得ていく。豊太郎は語学の才能を活かした仕事ができることに喜びを感じていただけで、これで大臣の信用を得られるなどとは考えてもいなかった。しかし、相沢は計算通りであると見ていただろう。豊太郎の約束を取り付けて直ぐに大臣に報告し、大臣が唯一障害にしていた女性関係を取り払っていたのであろう。そしてロシア同行も承知してしまう。以前の豊太郎ならこれは出世コースであることは直ぐに分かったであろう。しかし、一旦奈落の底に落ちた豊太郎は復活できるなどとは思ってもいなかったのだろう。大臣の依頼を引き受ける時も、自分の才能を認めてくれた大臣の顔を立てるためだったのだろう。
 そしてロシアで受け取ったエリスの手紙、これが第三の手紙になるが、によって自分が再び出世コースに乗っていることを知る。さすがにエリスは計算高い。豊太郎が出世した場合のことをしっかりと考えて、自分の身の振り方を考えて母親まで説得している。豊太郎への愛の成せる業であろうが、状況を的確に把握している。ただ、日本の封建社会が自分のような女性を受け入れないことや、豊太郎の優柔不断な性格が自分への愛だけでなく、相沢は大臣に対しても発揮されているということまでは計算できていなかった。そして、出世の事実を知った豊太郎の反応も予想していなかった。豊太郎は初めて自分の優柔不断さと状況判断の甘さを自覚する。そして、自由を勝ち得たと思っていたものが偽物であったことも知った。そして、望郷と栄達を願う心とエリスへの愛情が激しく葛藤する。
 ロシアにいる時は望郷と栄達が勝っていたが、エリスに会うと直ぐに逆転してしまう。またしても優柔不断さが露出している。そんな豊太郎にエリスは、生まれてくる子の認知を強く迫る。エリスも豊太郎の心の揺れを敏感に察知し、必死で攻勢をかける。豊太郎にとってこの言葉はまた重荷になってエリスから心が離れていくのだろう。



指導のポイント

 初めて自分の位置を知った豊太郎の心の揺れと、エリスの状況判断の鋭さと盲点について考える。



展開(板書は緑色)(質問は赤色)

1.「学習プリント第八段」を配布する。

2.「翻訳は一夜に〜多くは余なりき」を口語訳し、舞姫チェック1〜8をさせる。

3.「19.大臣からロシア行きを依頼される」をまとめ、質問する。
 (1)豊太郎の気持ち
  ・突然の打診に驚いた。
   ・出世に興味があれば、最近大臣が意見を求めたことから推察できるが、その気のない豊太郎にはピンと来なかった。
   ・最近相沢にあっていないので、情報が入って来なかった。
  ・信頼している人の依頼を断れない。
   ・反語表現で、強い肯定になっている。
   ・相沢に約束した時と同じ、優柔不断な性格である。
  ・答えの範囲をよく考えない
  大問9 「答への範囲」とは何か?
   ・大臣の信用を得て、再び出世の機会ができる。
   ・エリスとしばらく別れて暮らさなければならない。
 (2)エリスの気持ち
  ・エリスは豊太郎を信じて送り出す。

4.「この間、余はエリスを〜天方伯の手中にあり」の舞姫チェック9〜16をする。

5.「20.エリスの手紙を受け取る」をまとめ、質問する。
 大問10 「余はエリスを忘れざりき」と「え忘れざりき」の違いは?
  ・「余はエリスを忘れざりき」は、自分の意志でエリスへの愛情で忘れなかった。
  ・「え忘れざりき」は、豊太郎の意志でなく、エリスの手紙で忘れることができなかった。
  ・豊太郎は、自分の才能が発揮できて、通訳の仕事を生き生きとこなしていたので、ともすればエリスの事を忘れそうになった。
 (1)手紙の内容
 小問 エリスの手紙のどの部分から何に気づいたか?
  ・「大臣の君に重く用ゐられたまはば、我が路用の金はともかくもなりなむ」
 (2)豊太郎の気持ち
  ・出世に結びつくとは思わず一生懸命に仕事をしていた。
   ・ただ自分の才能を生かして仕事をするのが楽しかった。
    
  ・初めて自分の地位に気がつく。
   ・相沢に出世の話をされた時は、屋上の鳥のように実現しない話だと思っていた。
   ・最近の大臣の様子の変化(意見を聞いたり、冗談を言ったり)に気づかなかった。
   ・相沢が言葉の端々に「本国に帰って後も」とほのめかしていたのにも気づかなかった。
 小問 大臣の信用を得た理由は?
  ・豊太郎の語学の才能が認められたから。
   ・相沢にエリスと別れると約束したことを、大臣に伝えていたから。
    ↓                                  
  ・自我の目覚めが偽物であった。
  ・大臣の操り人形になっていた。
   ↓
  ・出世(帰国)か愛か、意識的に悩み始める。
   ・この時初めて、葛藤が始まる。
   ・この時のバロメーターは、帰国(出世)に振れている。
 (3)エリスの気持ち
  小問 手紙を書いたエリスの思惑は?
  ・豊太郎の出世の可能性に気づいている。
   ・計算高い。母親を説得して、身の振り方まで考えている。
  ・一緒に帰国できると思っている。
   ・しかし、日本社会がそれを許さないことは知らない。
   ・考えの甘さ、幼さ。

5.「余が大臣の一行とともに〜涙満ちたり。」の舞姫チェック17〜22をする。

6.「21.ベルリンに帰りエリスと再会する」をまとめ、質問する。
 (1)豊太郎の気持ち
  ・再会するまでは、望郷の念と栄達を求める心が愛情を圧しようとしていた。
  ・出世(帰国)より、愛の方が強くなる。
   ・この時のバロメーターは、愛に振れている。
   ・目の前の状況に左右され優柔不断である。
 (2)エリスの気持ち
  ・豊太郎の子を産む幸せに浸っている。
  ・再び、子どもの認知を迫り、豊太郎をつなぎ止めようとしている。
   ・豊太郎は返事をしないが、エリスの愛を負担に感じているかもしれない。

7.まんが「舞姫」とハーレクインロマンス風「舞姫」を配布する。

8.あらすじを90字以内でまとめる。
 ・1)信頼する大臣の依頼を断りきれず、2)ロシアに同行する。3)エリスの手紙で再び出世の可能性があることに気づく。4)ベルリンでエリスと再会し、5)エリスへの愛情が強くなる。(76字)


生徒の感想

▼人は優柔不断などというけれど、みなそうなのではないだろうか。自分の気持ちなんてわからないことは多々あることだと思う。しかしこの場合、やはり私には豊太郎が良い方に良い方に逃げている風に思われて仕方がない。
▼エリスが時々さりげなく豊太郎に「私と子供を見捨てないでね」と言うのは、「豊太郎は出世して私を捨てるかもしれない。そうなったら生活がかかってるんだ」という理性的な考えから言っているんだろうか。私はこういう人間臭い場面を目の当たりにするとなんだか悲しくなってしまう。貧しいけれと幸せに暮らしていたあの時のままエリスと愛し合って微笑みながら生きていけたらよかったけど、こんな風にエリスに現実を迫られたらすごくプレッシャーだ。しかも手を伸ばせば届くところに別の幸せがある。なんてことを私はエリスを愛していないから言い切れるんだろうか。
▼豊太郎は自分は大臣に操られていると言っているけれど、そうじゃなくて豊太郎が余りにも考えないで何でも承諾してしまうからだと思う。
▼こう言うのを見ると、子供ができてしまう女側はとても傷つき、男は自分のやりたい放題をできてしまうので、卑怯だと思う。エリスはトヨの決断を待つだけの受動的な立場であるということがとても悲しい。

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