第七段
余が車を降りしは〜寒さを覚えき。

相沢との約束



教材観

久しぶりに相沢に会うのだが、日本にいたころと境遇が逆転しているのに少しためらう。しかし、会ってみるとすぐに学生時代の2人に戻る。相沢は別後の情を交わすまもなく、すぐに大臣に紹介する。豊太郎のために余程会わせたかったのだろう。
 大臣の部屋からでるとすぐに昼食に誘う。終始、相沢ペースである。
 相沢は豊太郎を全く責めない。親友は豊太郎の臆病な心を見抜いていた。豊太郎自身でさえ気づいていなかった本性を、日本にいて豊太郎の不遇を報ずる官報を呼んだだけで看破するとはまさしく真の友である。
 そして、真の友として豊太郎に忠告する。語学の才能を示して大臣の信用を得ることが復権への第一歩であると。そのためには、女性関係を絶たねばならないとも忠告する。相沢は豊太郎のことを本当に心配していたのだ。立身出世以外には価値はなく、女性も出世の道具であると考えている。これは現代の生徒の考え方とは全く違うが、当時としては当然の考え方であった。
 この忠告に豊太郎の心は動く。重霧の彼方に一点の明かりが見える。しかし、それは実現するにはほど遠いものである。一方、エリスとの情愛も捨て難い。かといって、せっかくの相沢の友情も無にはできない。とすれば、どうせ出世などあり得ないのであるから、ここは相沢の言葉に従っておけばこの場はうまく収まる。そこまで綿密には計算していないだろうが、とりあえず目の前の親友の顔を立てるために約束をしてしまうのである。そうしながら、エリスには一種の罪悪感を感じている。



指導のポイント

 相沢の友情、そして豊太郎の優柔に見えながら無意識の内にも計算された対応を考える。
 書いてあることの確認を小問で質問する。



展開(板書は緑色)(質問は赤色)

1.「学習プリント第七段」を配布する。

2.「余が車を降りしは〜寒さを覚えき。」を口語訳し、舞姫チェックをさせる。

3.豊太郎が相沢に会うまでの様子を説明する。
 ・クビになるまでよく通ったカイゼルホオフホテルに久しぶりに訪れた。
 ・相沢に会うのを一瞬ためらった理由は、かつては自分の方が優秀な成績で出世していたのに今は逆転している、引け目である。
 ・別後の情を述べる間もなく大臣を紹介したのは、豊太郎の名誉回復を願う相沢の友情の証である。

4.「16.大臣がドイツ語の翻訳を依頼する」をまとめる。

5.「17.相沢と昼食をとる」をまとめ、質問する。
 (1)豊太郎の臆病な本性を見抜いている。=真の友
  ・豊太郎が最近気づいたことを、相沢は日本に居て早くから見抜いていた。
  ・学生時代もそうだったのかもしれない。
 (2)大臣に語学の才能を示して信用を得ることを勧める。
  ・親友に再び出世して幸福になってほしい=友情
   ・出世だけが幸せだという当時の価値観を代表している。
   ・母に代わって、現実的に出世をサポートする人物として登場。
  小問 なぜ直接推薦しなかったのか。
  ・自分の立場が不利にならない配慮=保身=官僚らしさ
   ・大臣は豊太郎が女性関係で免官になったことを知っている。
   ・友情だけで推薦するような情に流される人間は秘書にふさわしくない。
   ・推薦しておいて豊太郎が失敗すれば自分の責任にもなる。
   ・単なるお人好しではなく、計算し尽くしている。
 (3)エリスと別れることを忠告する。
  小問 理由は?
  ・身分が違うから。
   ・当時は、身分や家柄が結婚の大きな条件であった。
  ・仕事に専念させるため。
   ・遊びならいいが、本気だと仕事に支障が出てくる。
   ・豊太郎の性格から、のめり込みやすいことを知っている。
6.「18.エリスと別れる約束をする」
 (1)豊太郎の気持ち
  小問 次の言葉の比喩は?
  ・大洋=ヨーロッパ
  ・舵を失ひし舟人=豊太郎
  ・はるかな山=大臣の信用を得ること。出世
    ↓
  ・行き着くかどうかわからない。
  ・行き着いても満足できるかわからない。
    ↑
    ↓
  ・貧しいが楽しい生活。
  ・捨てがたいエリスの愛。
   ・このまま考えれば、出世よりエリスを選ぶはずである。
 (2)約束した理由
  ・親友の意見には逆らえないから。
  ・優柔不断。主体性の欠如。
  小問 豊太郎はエリスを捨てたのか。
  ・エリスを捨てたのではない。
  ・どうせ出世の見込みはないのだから、エリスと別れることもないと思っている。
 (3)その後の気持ち
  ・心に一種の寒さを覚える。
  小問 心の寒さとは?
  ・エリスへの罪悪感

7.まんが「舞姫」とハーレクインロマンス風「舞姫」を配布する。

7.あらすじを一〇〇字以内でまとめさせる。
 ・1)大臣から翻訳の仕事を依頼される。2)相沢は豊太郎の本性を見抜き、3)語学の才能を大臣に示して信用をえることと、4)エリスと別れることを忠告する。豊太郎は、5)友人に対して断りきれず約束してしまう。(90字)


生徒の感想

▼豊太郎は本当にズルイと思う。自分が好きな人からは嫌われないように、そして自分は傷つかないように生きていると思う。自分が傷つきたくないから傷つくのであろう要因すべてから逃れながら生きているみたいだ。ずるくて本当に臆病だ。
▼友だちにノーと言えない性格なら、愛しい人にはノーと言えるのか!(怒)
▼豊太郎の気持ちもわかるような気がする。自分のしたいことができずに、自分より下だった者がどんどん自分より上へ行ってしまったことへの焦りや不安は計り知れないだろうと思う。そんな時に舞い降りてきた一つのチャンスを友人に勧められてどうして断ることができようか。エリスは豊太郎を信じていたけど、その信用が重荷になっていたのではないか。
▼相沢の豊太郎に対する友情はかなり深いものだと思います。トヨの性格を大学生の時にすでに見抜いていたなんて、浅いつきあいなら絶対無理だと思う。
▼相沢はエリスとは対照的で、とても魅力的な男性だと思う。知的で冷静で物事を判断できて、その上快活。こんな素敵な人そういない。
▼相沢も豊太郎の臆病な性格がわかっていたんだったら、もしかして豊太郎が友に対してノーと言えない性格というものもわかっていたんじゃないか。それを知った上で「別れろ」と言ったんじゃないかと思いました。
▼見方を変えてみると、相沢はトヨが親友の忠告に逆らえないということも勿論知っているわけだから、自分の仕事を効率よく進めるためにトヨを利用していただけなんじゃないか。
▼相沢は本当に豊太郎の事を思っているのかなぁと疑問に思う。少し自分を押しつけすぎている所もあると思うし、豊太郎のためにやっていると思い込んでいるだけかもしれない。あまり信用できない。
▼相沢は豊太郎に出世してほしいと願う一方、自分の身もしっかり守っている。抜かりない男だ。豊太郎のように隙間が開いていない。
▼エリスと出会わなければ豊太郎は相沢と基本的に同じような道を進んでいたのではないだろうか。そもそも堂々と「否」と言える間柄にあるのが友だちというもののはず。しかし、ここで豊太郎が「否」と言うのを相沢が許すかどうか。現時点で相沢は勝ち組、豊太郎は負け組である。豊太郎にとって今の生活は楽しくて、ある程度満足しているかもしれないが、相沢は恐らく自分の方が成功していると思っているはずである。その相沢がわざわざ豊太郎に手を貸し、引っ張りあげようとしているのだ。もし断れば、確実になんらかの溝は生まれると思う。今回のその場凌ぎとしては、あるいは良い方向に作用したと考えることができる。
▼相沢のように一つの物差ししか持っていないような人も怖いけど、トヨのように物差しを一つも持っていないような主体性に欠ける人も困ったものだと思う。
▼いい話をつくるには主人公につらい思いをさせるのが一番なのだろうが、これは酷すぎる。

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