第六段 教材観 明治二十一年と、この小説で初めて具体的な年号が出てくる。 エリスの妊娠を知った豊太郎は将来に不安を覚える。子供ができることも考えずにセックスをしているのは、いかにも世間知らずの豊太郎らしい。その程度の知識もないのである。エリスの方は仕事柄知っていたはずである。とすれば、これもエリスの罠であるのか。子どもでつなぎ止めようとする計算か。 豊太郎は妊娠を知ってから憂鬱な毎日を送るようになる。豊太郎はエリスとの二人だけの愛の生活が永遠に続く信じていたのである。子どもは愛の結晶ではなく、学問を続ける上で邪魔者である。この時点で豊太郎の心はエリスから離れ始める。 そんな時に、相沢から、名誉を回復するために、大臣に紹介してやるという手紙が来る。第二の手紙である。 この時の豊太郎の気持ちは、大臣に会いに行くのではなく旧友に会いに行くのだという言葉通りだっただろう。大臣を紹介してもらって出世の道が開けるなどとは夢にも考えていなかった。 しかし、エリスの女の直観は鋭い。実の母親以上に豊太郎の身支度を整えてやりながら、たとえ金持ちになっても見捨てないでほしいと自分の行く末を予感して、妊娠していたとしたら捨てるはずないでしょうね、と第一の楔を打つ。 指導のポイント エリスの妊娠で愛が冷め始めた豊太郎と、新たな展開の予感を確認する。 書いてあることの確認を小問で質問する。 展開(板書は緑色)(質問は赤色) 1.「学習プリント第六段」を配布する。 2.「明治二十一年の冬〜車を見送りぬ。」を口語訳し、舞姫チェックをさせる。 3.「明治二十一年の冬」と時を明記した理由を説明する。 ・年代が明記されているのはここだけである。 ・緊張感と新たな展開を感じさせる。 ・時代を明記して現実味を帯びさせる。 4.「13.エリスが妊娠する」をまとめ、質問する。 小問 「もしまことなりせばいかにせまし」からわかる豊太郎の気持ちは? ・反実仮想は、事実に反することを仮定する。 ・ここでは「もし妊娠が本当なら」となり、「妊娠」が事実に反することである。 ・妊娠していることを信じたくなかった。 ↓ 小問 なぜ信じたくなかったのか。 ・性に対する無知。 ・経済的に不安になった。 ○学問ができなくなる。 ・自分の収入も不安定でエリスも働けなくなれば、出産費や育児費だけでなく、生活費にも困ることになる。 ・経済的な不安は当然である。しかし、それでは心が楽しくなくならない。 ・やはり、学問が豊太郎の最大の問題である。 小問 妊娠を知ったエリスの気持ちはどうか? ・女性だから、妊娠の可能性は知っていた。 ・エリスは豊太郎の子供が欲しかった。 ・その理由は、直ぐ後で言葉に出で来る。 5.「14.相沢からの手紙を受け取る」 ・名誉を回復するために大臣に会いに来い。 ・豊太郎の運命を左右する2通目の手紙である。 ・相沢が大臣に豊太郎の才能を話し、面会の約束を取り付けた。 ・相沢の価値は、出世にある。 ・友を再び出世させることが友情であると信じている。 6.「15.相沢に会いに行く」 (1)エリスの気持ち 小問 「たとひ富貴になりたまふ日はありとも、我をば見捨てたまはじ。」からわかることは? ・自分の行く末を予感している。 小問 「我が病は母ののたまふごとくならずとも」と言ったエリスの真意は? ・妊娠していなくても、見捨てないでほしい。まして、妊娠しているなら、見捨てられるはずがない。 ・子どもによって豊太郎をつなぎ止めようとしている。 (2)豊太郎の気持ち ・出世のために大臣に会うのでなく、相沢に会いに行く。 小問 この言葉を信じるか。 ・この時点では真実だと思われるが、今後豊太郎の行動のバロメーターになる。 7.まんが「舞姫」とハーレクインロマンス風「舞姫」を配布する。 8.あらすじを一一〇字以内でまとめさせる。 ・1)明治二十一年の冬、2)エリスが妊娠し、豊太郎は3)将来に不安を感じる。そんな時に4)相沢からの大臣に会って名誉を回復するようにという手紙を受け取り、5)エリスは不安を感じるが、6)豊太郎は相沢に会うために出かける。(97字) 生徒の感想 ▼自分の過ちで子供ができてしまったのに、子供の事を考える前に、まず自分の学問ができなくなってしまう事を考えている。子供ができた地点で自分の名誉の事などきっぱり諦めるべきだ。そんな事で後悔するぐらいなら、エリスは豊太郎にとって一体なんだったんだろうか。そんな豊太郎の過ちだけで子供を身ごもったエリスは惨めすぎるし、子供というモノを使って豊太郎の心をつなぎ止めようとするエリス豊太郎の関係はすでに冷えきったものになっている。 ▼豊太郎の苦しい気持ちはわかるような気がする。今までせっかくがんばってきたことを捨てて、苦しい生活が始まるかもしれない時に、親友からの誘いに迷うの当然だ。 ▼エリスが妊娠をネタにトヨを引き止めようとするのは女として当たり前だと思う。まだ十代の少女を孕ませたのだから、トヨは責任をとるのが当たり前だと思う。だだ、エリスに対して母の面影を求めていたのか、恋愛に憧れていたのか。そんな程度だったと私は思う。 ▼本当に妊娠によって豊太郎をつなぎ止めようとしているのなら、それほど相手のことが好きで手放したくないのだなぁという深い愛情が感じられる反面、そこまで計画していると思うと、怖い女ともとらえられた。エリスは美少女なのに、どうして相手が豊太郎じゃないといけないのだろう。お金もない男なのに。いつ日本に帰ってしまうかもしれないのに。 ▼エリスの気持ちはわかる。でも、トヨにはトヨの進む道かあるからしょうがない。 ▼一番大切にしているものが違う者同士の恋愛は、いつか行き違いが起こってしまうんだと思う。そういう場合は、つき合い始めの時期から深い話し合いが必要だ。 ▼この子は豊太郎には望まれずに生まれてくる恐れがある。いかなる事情があろうと、親に望まれずに生まれてくる子などあってはならない。エリスにしてみたら、この子は豊太郎をつなぎ止める役割をになうから安心できそうだが。とはいっても、生まれたあとに豊太郎か二人を捨てたらどうなるか。もはやその子はエリスにとってはただの荷物、いや、つらい思い出を蘇らせる忌むべき対象となるのではないだろうか。そもそも「つなぎ止める役割」としてだけ生まれてくる時点で、この子は不幸である。なぜならその場合にエリスからその子に注がれるのは愛情ではないだろうから。鎖として道具としての必要性。それだけが親子の間に存在するわけである。それはまるで今のエリスとその母親の関係と同じである。その関係をエリスは果たして幸せと思うのか。この子供に関してはどうも不安だ。 ▼お互いの腹の探り合いをしているような感じがして嫌だなぁと思った。もしかしたらエリスはこうなることをだいたいわかっていたかもしれない。計算していたかもしれないと思うと、なんかどっちもどっちのような気がしてきて、なんかもう勝手にやってちょうだいという感じがした。。 ▼相沢の友だち思いの人柄が凄くよかった。友だちが困っている中でここまでのチャンスを与えてあげるなんて。親友っていいなぁ。 |