「人形の神様」 前編   


 今日、人間がきた。
濃い緑色に金の房飾りのついた厚いカーテンの前で
蘭色のドレスを着たママが肘掛け椅子にかけている。
紫水晶の髪留めが結い上げた黒い髪に映えて、ママはとても綺麗だ。
人間はぺらぺらの鼠色の上着を着てテーブルに紙束をひろげ、
ママの前で背中を丸めてずっとぼそぼそと喋っている。

人間はみんなおんなじでつまんない。
あたしはそっと扉を閉めてお部屋に帰った。


 今日、お化けが来た。

誰もいないはずの二階のお部屋の一つからごとごと音がしていたので、
あたしはそっとお部屋の前まで行って扉のすきまから中をのぞいてみた。
昔の刀とか大きな絵とかいろんな色で模様の描いてある花瓶とかに
うずまって、なんだか得体の知れない丸い茶色っぽいものが動いていた。
何かの生き物らしい。
しばらく見ていると、それからぬっと頭が出た。
顎がなくて首が頭につながってるかんじだ。
手に大きな銀のお盆を持っている。
その変な生き物はお盆を立てたり傾けたりしながら、
変な声で唸っている。
それから、急にそれはこちらを振り帰って目をまんまるくした。
ぶくぶくした変な音が口から出て来る。
「これはお嬢さん。こんにちは、なのです」
 ちょっと変だけどそれは人間の言葉だった。
あたしはびっくりしてしまった。
「僕の言葉が分りますか?」
 じっと動かないあたしに、生き物が心配そうに言った。
「うん」
 自分の声を聞いてあたしはまた飛び上がるほどびっくりした。
あたしは喋ってる。
他のお人形たちとか小鳥とかとお話しているときみたいに。
変な生き物は置いてある邪魔なものをかき分けてずるずると
あたしに近付いて来た。
「お盆を傾けたら、銀の面にお嬢さんのお顔が映ったのです、
幽霊かと思って吃驚したのです」
 近くに寄ると人間と同じくらい大きい。でもちっとも怖そうじゃない。
「お嬢さんはここのお屋敷に住んでいらっしゃるのですか?」
 あたしはこくん、とうなづいた。
「では、奥様と御一緒に」
「ママの事?」
 変な生き物も首をこくこくした。
なんだかこんな生き物ご本で見た事がある。
でも何だかわからない。
「あなたは何?」
「僕は骨董屋なのです」
「コットーヤ?」
 知らない。
「奥様のためにお屋敷の宝物を調べているのです」
 生き物は埃だらけのお帳面を出して見せた。
「コットーヤって何の仲間?」
 あたしが聞くと、コットーヤは目をぱちぱちさせた。
何の仲間、と言われても困るのかもしれない。あたしは急いで言った。
「いいの、別に何でも。でも、人間じゃなくて良かった。
あなたが人間だったらあたしお喋り出来ないもの」
 コットーヤは口をふにゃふにゃ動かしている。
人間の言葉は難しいから喋るのに少し時間がかかるのかもしれない。
 しばらくたってから、やっとコットーヤが言った。
「お嬢さんのお名前は」
「エリザベート」
「それは──このお屋敷のお人形の名前なのです」
「そう、あたしがそう」
 コットーヤはあたしの事を知っているのだ。
あたしはちょっと嬉しくなった。
「あたしはお人形だから人間の前では喋ったり動いたりできないの。
でも、あなたはコットーヤだからきっとあたしお喋りできるんだわ。
それで、コットーヤってなあに?」
 コットーヤはお行儀善く両手を着物の上に揃えて言った。
「その──妖怪の一種なのです」
「ヨーカイ」
「お化けです。でも何も悪い事はしないのです。
僕の事を人間は今川と呼びます。
でも、本当はコットーヤのマチコなのです」
「マチコがあなたのお名前なのね?よろしくねマチコ」
 お化けのマチコは深々と頭を下げた。
お化けとお話ができてあたしはちょっと楽しかった。


 今日も、お化けが来た。

 屋根裏のお部屋は斜めの大きな窓があって、
そこから差し込むお陽様の中で光るかけらがきらきらとまわっている。
「こんな所に居らっしゃると汚れるのですお嬢さん、
折角の天鵞絨のお召し物と綺麗な御髪が埃だらけになってしまうのです」
 積み上げた小箱をひとつひとつ開けて中を見ていたマチコが、
長椅子に顎をのっけているあたしに言った。
「いいの、明日またママが別のドレスを着せてくれるから」
「お嬢さんのお召しになっているものはレエスも宝石もみんな
百年ものの立派なアンティークなのです。
奥様はあなたをとても大事にされているのですね」
 そのとおりだ。あたしは嬉しくなって言った。
「髪も毎日きれいに結ってくれるの」
「とてもお上手なのです」
「それからいつもあたしをだっこして、
いろんなお話やお歌を聞かせてくださるの」
「とてもお優しい方なのです」
「とっても」
 箱を開けるたび蓋のほこりがぱっと散って、
マチコの手の上で金色の煙が立つ。
「お嬢さんは奥様にどんなお話をなさるのですか」
「あたしはお話しないの。お人形だもの」
 手を止めて、マチコがこちらを不思議そうに見上げる。
マチコはお人形の事よく知らないのだろうか。
「お人形は人間の前では動いたり喋ったりできないの。
 ママは人間だからあたしがママにお話ができるわけないじゃない。
そうでしょ?」
 見ると、マチコは箱の口を開けたまま、自分の口も開けている。

 
 もうずうっと前の事だ。
ママがあたしをだっこしているとき、
あたしは一度だけママの髪に触った事がある。
肩にこぼれたママの長い黒い髪がとても綺麗だったから。
ママは悲鳴をあげてあたしを床に落とした。
あたしはうっかりしてた。
あたしはお人形なんだから動いちゃいけなかったのだ。
それからあたしは、ママや他の人間の見ているところでは
絶対に動かないようにずっと気を付けている。
このごろはもうすっかり上手になって、ちっとも失敗しなくなった。

 マチコはしばらく静かにしていた。それから聞いた。
「人間のいないところで動いたりお話をしたりするお人形さんは
他にもいるのですか」
「みんなお話はするけど、人間の言葉でしゃべったり
動いたりできるのはあたしだけ」
 ママがいつもあたしにだけお話をしてくれるから、
たくさんのお人形の中でもあたしだけがしゃべれる様になったのだろう。
「お人形でもお化けでも何か食べないとおなかがすくのです。
ごはんはどうしているのですか」
 マチコは全然関係ないことを聞く。
「女中さんがお部屋に置いていってくれるの。
その人がお部屋を出てから食べてる」
 マチコはまた静かになった。
お日さまがあんまりさしこまなくなったので、
もうきらきらは見えなくなった。
あたしは退屈になってきた。


 このごろお化けはよく来る。

 今日は大きな机とご本のいっぱいある、
あたしの大好きなお部屋に一緒にいった。
ここにあたしのお友達がみんないる。
「素晴しいのです」
 太い木の本棚にぐるりと囲まれたお部屋を見回してマチコが言った。
お部屋の窓には全部重い紅色のカーテンがかかっている。
「紹介する」
 あたしは椅子を引っ張って来て上に乗ると、飾り棚や机の上に
いっぱいに並べられたお人形をひとつひとつ抱き上げて名前を教えた。
「この子はカトリーヌ」
「こんにちは。1910年のブリューですね、高貴なお顔立なのです」
「ぶりゅー?」
「このお人形さんの生まれたおうちの名前なのです」
 ふうん。
「この子は赤ちゃん」
「こんにちは。1920年A.マルセルのドリームベビーなのです」
 順番にお部屋じゅうのお人形を紹介すると、びっくりした事に
マチコはほとんどの子の生まれた時とおうちを知っていた。
それに半分くらいは名前も知っていた。
「この子達に会った事があるの?」 
 マチコは頭を振って昨日のお帳面を取り出した。
「お会いするのはこれが初めてなのです。
でもこちらのお館の磁器人形コレクションは骨董屋仲間では
知らぬ者はないのです。こうしてちゃんとしたリストも出回っています。
奥様のお父君のお持ちだったアンティック・ドールに、
お嬢さんのお父様が海外で集められた仏蘭西人形の名品が加えられ、
これほど見事なコレクションが完成されたのです」
「おとうさま?」
「お嬢さんのパパなのです」
「パパ──」
 テレーズはネジを巻いてあげると「パパ、ママ」と言う。
「あたしをつくった人間のこと?」
「そ、そういうふうに言えば言えるのです」
 なんだか慌てた様子でマチコが答えた。
「お嬢さんはお父様の事を覚えておいでではないのですね。
これは申し訳なかったのです」
「死んだの?」
 パパというのが人間なら、死んでるかもしれない。
「あたしのパパ死んだの?」
「い、いえ、よくは存じませんが数年前仏蘭西に行かれたまま、
まだ戻ってこられないとか」
 それは嘘だ。
あたしは知っている。
パパは死んだのだ。
人間は人形みたいに長くは生きられないというから、
あたしのパパもきっともうずっと昔に死んでしまったのだ。

「一体足りないのです」
 あたしがお友達と遊んでいるあいだ、夢中になってお人形と何かの
書き付けとお帳面を見比べていたマチコが急に大きな声を出した。
あたしがびっくりして振り向くと、マチコがあたしのほうを向いて
目をぱちぱちさせている。
「一階のお人形と全部合わせてもどうしても数が会わないのです。
お嬢さん、僕がまだ見ていないどこか他所にもお人形がおいてありますか?」
 あたしは首を振った。
おかしいのです、とマチコは唸った。
どんな子かあたしは尋ねた。
「お父様の方のお人形ですから、名前までリストに載っているのですが」
 パパの連れて来たお人形達は生まれたところや特徴と一緒に、
パパの付けた名前もちゃんと書き付けに書かれているのだ。
「──黒い髪のエリザベートがないのです」
 それを聞いてあたしは呆れてしまった。
「マチコ!何いってるの?」
 あたしは思わず大きな声を出してしまった。
「ここにいるじゃない、あたしよ。あたしがエリザベートじゃない!
あなたあたしの事知ってたくせに!」
 マチコが目を大きくしてすごく変な顔をした。
それからまばたきもしないでじっと書き付けを見た。
その格好を見ていてあたしはおかしくなってしまった。
ついでにちょっと聞いてみたくなる。
「ねえマチコ。あたしはいつ、どこで生まれたの?」
「は?」
「ここのお人形の事はみんなそれに書いてあるんでしょう?
ねえ、あたしの事はなんて書いてあるの?」
 あたしたちの髪の色やいつどこで生まれたかなんて事が、
みんなマチコの持っている紙に書いてあるのだ。
「エリザベートは19世紀末、仏蘭西のお人形なのです。でも──」
 マチコは書き付けをお帳面に挟むと、飾り棚を見上げた。
「詳しくは判らないのです。僕はお人形については素人なのです。
もっとよく調べて来ますので、少し待ってて欲しいのです」
 あたしも一緒に見上げると、棚の上からたくさんのお友達が
あたしたちを透き通った硝子の眼で一斉に見下した。


 今日もお化けは来た。

 でも今日は地下室の宝物を調べると言うので
あたしは一緒にいかなかった。
地下室はきらい。
パン屑をまいておいたので窓に来た小鳥とお話していたけど、
小鳥の言葉はよくわからないのでつまんなくなってきた。
マチコみたいに人間の言葉をしゃべるお化けがもっといるといいのにと
思って、夕方お二階に上がってきたマチコにそういった。
でもマチコは静かに言った。
「宝物を調べるお仕事が終ったら僕はもうこのお屋敷にはこないのです」
 そんなの。
そんなのつまんない。
折角本当のお話ができるお友達ができたのに。
マチコは窓から照らす夕陽の赤いしましまの中に立って、
あたしをじっと見ている。
「お嬢さん」
 しばらくしてマチコが思いも寄らない変な事を言いだした。

「人間に成りませんか」

 え?
「人間になれば人の前でじっとしてなくてもいいし、
外に行ってたくさんの人とお話をする事もできるのです」
 でも。
「お人形が人間になんかなれないでしょう?」
 そんなのあんまり聞いた事がない。
「他のお人形達では無理なのです。
でも僕は知り合いに頼んでだいぶあなたの事を調べて貰ったのです。
それでエリザベートの事が大体分ったのです」
 マチコは初めてあたしの名前を呼んだ。
「あなたはこうして自分で動けるし、喋る事が出来るし、
素晴しく賢いから人間になれると思うのです」
 マチコの話を聞いているうちに、あたしはなんだか苦しくなってきた。
「どう──するの?」
「僕には判りません。でももしあなたにその気があれば、
人間になるのを手伝ってくれるひとたちを知っているのです」
 人間になる。自分で動いて自分で話せる人間になる。
「成りたいですか?人間に」
 わからない。
急にそんな事言われたって、わかるわけがない。
「それじゃ明日、僕はまず友達を一人連れてきます。
そのひとが、あなたの事を見てくれるのです」
「お友達もお化け?」
「ええと──彼は神様なのです」
 神様。
あたしはちょっとがっかりした。
「神様はお嫌いですか?」
「ううん。でも神様って人間をつくったひとでしょ」
「はい」
「他の動物とか樹とか草とか」
「その通りです」
「光とか」
「よく御存知なのです」
 あたしは床に伸びたマチコの影を踏んでくるくる回る。
お化けもお人形も夕方になるとみんな影が長くなる。
「でも神様はお人形はつくらなかったの」
「は?」
「お人形は神様がつくったんじゃないの。人間がつくったの」
 だから、神様に会ったってつまんない。
マチコはちょっと首を傾げて、それから言った。
「神様といっても、明日連れて来る友達はお人形の神様なのです」
「お人形の神様?そんなのあるの?」
「明日、見たらきっとそうだとわかるのです」
 真っ赤な光の中で、お化けが変な顔をした。
きっと、笑ったんだと思う。


 今日、神様が来た。

 あたしがお二階の廊下をこっそり歩いていると、
不思議な音が聞こえてきた。
ママの聞かせてくれるレコオドの音楽に似ているけど、
もっとずっと透き通った音だ。
それは吹き抜けの階段ホールから聞こえてくる。
あたしはお二階の廻り廊下の手摺の間からホールをそっと見下ろす。
ホールのまん中の真っ黒なピアノの前に誰か座っている。
長い腕がピアノの白い所を素早い生き物のようにあちこち動き回る。
一続きの綺麗な音が沸き上ってきてあたしの所まで届く。
ホールのピアノが鳴るのをあたしは初めて聞いた。
こんなに綺麗な音楽になるんだ。

あたしがぼうっとしていると、ピアノを弾いていた手が急に止まって、
弾いていた人が階段の上を見上げた。
あたしはまたびっくりした。
このひとも今までママのところに来ていたつまらない人間たちと
全然違う。
あたしたちと同じ白い滑らかな頬に大きな明るい瞳。
茶色っぽい髪はあたしのお友達のアンリエットの髪の色といっしょだ。
本当だ。
マチコが言ったとおりこのひとは本当にお人形の神様だ。
「君がマチコの言っていた子だね!こっちにおいで、お話しよう」
 神様は天窓から降り注ぐ光の中で長い腕を大きくのばして、
あたしににっこりと笑いかけた。

神様は人間じゃないから、あたしはやっぱり神様の前でも動く事ができた。
階段を降りて床に立ってみると、椅子から降りて
ピアノに手をかけて立っている神様はとっても背が高い。
「やあ、本当に可愛いなあ!もっとこっちまでおいで、大丈夫だよ。
僕の事はあの変な顔のマチコから聞いてるね?」
 恐る恐るピアノのそばまで来たあたしを軽々と抱き上げると、
神様はあたしを膝にのっけてピアノの椅子にすとんと座った。
あたしはびっくりしたけど、神様の膝はママより広くて
落っこちそうじゃないので座りごこちがいい。
あたしのエナメルの靴の下に、長いズボンの足が
床にまっすぐ滑り台みたいに伸びている。
その様子を見ていると、なんだか前に見た事があるみたいで
変な気がしたけど、なんだか思い出せない。
下を見ていたあたしが神様の顔を見上げると、神様は横にした
お人形みたいにまぶたを半分閉じて、眠たそうにぼんやりしている。
下から見ると睫がとっても長い。
天窓からの光があたる神様の髪は透き通った茶色だ。
「なんて事だ」
 いきなりぱっと目を開けて、小さな声で神様が呟いた
「こんなことが──」
 急に神様はあたしの背中に腕を回してぎゅっと引っ張った。
もうかたっぽうの手はあたしの頭を押さえている。
ママより大きなしっかりした手。
また何か思い出しそうになる。
なんだかほんとうに変な感じだ。
だけどやっぱりそれが何だかはわからなかった。

 神様の腕にすっぽりはまったまま、あたしはそっと聞いた。
「ママは?」
 あたしが動いたりお話したりしているところを
ママに見られたら大変だ。
「お庭の四阿に行ってる」
 やっと顔を挙げた神様は、にっこりしてあたしの目を覗き込んだ。
「僕がこのピアノを弾かせてください、とお願いしたら
ママはピアノの音を聞きたくないからってお庭にいっちゃったんだ」
「どうして聞きたくないの?」
 こんなに綺麗な音がするのに。
「きっとパパの事思い出すのが辛いんだな。
ぼくは君のパパがピアノを弾いているところをよく見た事があるよ。
君は本当にパパにそっくりだなあ」
 人間の神様は人間を作る時自分の形に似せて作ったのだ、と
ご本に書いてあった。
人間も人形を作る時は自分の形に似せて作るのだ。
だからあたしもパパにそっくりなのだろう。
「パパを知ってるの?」
「僕は学校で君のパパと一緒だった。ずうっと前だけど」
「学校──」
 神様も学校へ行くのだろうか。パパも学校に行っていたのだろうか。
「そう、学校は楽しいぞッ!君も学校にいくといいよ。
くだらない授業なんか寝ていればいいし、可笑しな連中が
いっぱいいるからね。猿みたいなのとか、石地蔵みたいなのとか、」
「あたしは」
 お人形は学校にはいけない。
「人間になればいけるよ」
 神様が簡単に言った。
「なった方がいい?」
 あたしは今のままでもいいのだけれど。
「人間は楽しいぞう!人間になったらいろんなところに行けて
いろんな物が見られて、」
 神様は急にあたしの脇を持ち上げて、自分の膝の上にあたしを立たせた。
「そうだッ、君が人間になったら自動車に乗せてあげよう!
この僕が運転する。凄いンだぞぉ自動車!座っているだけでどんどん
景色が変わってうんと遠くまでいけるんだよ、きッと君の気に入る!
乗りたい?」
 ちょっと、乗りたい。
「じゃあ人間になろうか」
「神様があたしを人間にしてくださるの?」
 そうじゃない、と神様が首を横に振る。
「僕がそんな事する訳ないだろ!君が自分でなるんだよ」
「自分で?」
 そんな事、あたしには出来ない。
神様が膝をとんとんさせてあたしを身体ごと揺する。
「君が自分で成らなくっちゃあ、誰も君を人間にして
あげられないじゃないかあ」
 やっぱり──無理なんだ。
きのうマチコが帰ってから、あたしはずっと前に読んだ絵本を探した。
木で出来た操り人形を仙女さまが最後に人間にしてくれるお話だったと
思ったのだけれど、とうとう絵本はみつからなかった。
神様はとんとんするのを止めて、口を突き出して少し目を細めて
あたしの後ろを見ている。
それから急に大きな声を出したので、あたしはママに
聞こえるんじゃないかとちょっとあせった。
「あ、そうかッ!うん、じゃあソレでいこう。
ねえ、そんなキレイな人じゃなくてがっかりかもしれないけど、
明日僕は悪魔──じゃあなくて。ええと、魔法使いを連れてくるから」
 魔法使い?
「すっごい怖い顔をした喧しい変な魔法使いだけど、腕はいい。
そいつが君を人間の子供にしてくれる」
 神様は下からあたしの顔を覗き込んだ。
「それだったら大丈夫だろ?君は頑張って人間の子供になるかい?」
 あたしはうなずいた。
「よおし!」
 神様が天窓の光を受けてぱっと笑う。
その時、ホールの突き当たりのはめこみガラスに細い影が映った。
「──ママが戻って来た」
 あたしはするりと神様の膝から降りると、音をたてないように
階段を駆け上がった。
神様が下からひらひらとあたしに白い手を振った。

 
 明日、あたしは人間の子供になる。




2000年12年



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