「神の薬屋」 解決編  


 この光景は見た事がある。

 見渡す限りただ一面に茫々と白い大地の
霧の蟠りの一つがもわん、と起き上がり、するすると伸びて、
私の目の前で、抜けるように白いあのひとの顔になる。

淋しそうな眼の、
瞳は夜のように黒い。

 何を探しているのですか−
私の問いかけは声にはならない。
女の後ろにもうひとつの霧がするすると伸びて、男の姿になる。
知っている男だ。
 君は、知りたいのかい。
男はよく通る声でわたしに尋ねる。
私は、知りたくないような気がしてきた。
男は言う。
 どうしたんだ。君はいつも知りたがってばかりいたじゃないか。

以前はそうだった。
でも、今はもう知る事が恐ろしいように思うのだ。
知ろうとすると、あんな目にあうから。
だから、もう、

 なにをいまさら、答えはもう出ているのに。
声が、違う。
やはり通る声だが、低く更に剛い。私は目をこらして男を見る。
この男は。
私の全身の血が凍りつく。
男は嘲笑う。
 そんなことは、あなたは最初から知っていた事じゃあないですか。

そうだ。知っていたんだ。
それを彼に告げなければ。
私は友人を探してあたりを見回す。
もわり、もわり、と、いくつもの白い顔が立ち上がり、私の方を見ている。
皆知っている顔だ。
けれど、いくら探しても友人はみつからない。
いくつもいくつも、白い顔があとからあとから湧き出して来るようだ。
私は白い顔の群れを掻き分けて走ろうとした。

 走れない。

ひらひら、ひらひら、白い顔の群れが靡く。
私はもうここでずっと白い顔達といっしょに暮らすしかないのだ。
おそらくそうしている限り、永遠に死ぬ事もないのだろう。

私は、私の目の前の白い顔に微笑みかけた。



1998年11年



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