君に逢えた日
〜The day when Cupid shot the arrow of love〜



賑やかな駅前の道を、リョーマは真っ直ぐ前を見つめて歩いてゆく。
洋菓子屋はもちろん、和菓子屋も、果てはドラッグストアまでもがハートマークの付いた色とりどりのポップを並べ立て、「チョコの用意はお済みですか?」などとワゴンの横で店員が貼り付けたような笑顔を浮かべている。
リョーマはそれらに目を向けることなく、軽い足取りで人の間をすり抜け、駅に向かって今にも走り出しそうな勢いで歩いていた。
手塚に逢える。
たったそれだけのことが、リョーマには嬉しくて嬉しくて堪らない。
先週は手塚の家の用事で逢えなかった。その前の週末はカルピンの具合が悪くなってずっと傍についていてやったので、手塚とは電話で話しただけだった。
三週間逢えなかっただけで、リョーマの心が切なさに凍えそうになっている。
(早く…早く…!)
我慢しきれなくて、リョーマが走り始める。
心が、身体より先に手塚のもとへと飛んでいってしまった。



待ち合わせ場所にすでに到着していた手塚は、約束の時間までまだだいぶあることに気がつき、小さく溜息をつくと鞄から読みかけの単行本を取り出した。
栞の挟まっている頁を開き、続きを読もうとして、しかし、また溜息をつくとパタリと本を閉じてしまった。
(どうせ頭に入ってこない)
手塚の頭の中は、これから逢う恋人のことですでに飽和状態になっている。どんなに感心のある内容の本でさえ、今の自分にはただの「活字の集合体」になってしまうのが手塚にはわかっていた。
逢いたくて逢いたくて、昨夜はリョーマとの電話のあとで、しばらく眠れなかったほどだった。
(…あいつも…同じなんだろうか…)
手塚はふと、空を見上げた。雲は多いが、優しい日差しが太陽のぬくもりを伝えてくれている。
同じ光を浴びて、今頃リョーマがここへ向かって走っているかもしれないと思うと、手塚の心はどうしようもなく騒ぎ出す。
目を閉じて、深く息を吐いて、手塚は逸る気持ちを宥めようと、周りの風景に注意を向けた。
そうして手塚は、ふと、歩道橋に視線を止めた。
(あれは……)



約束の時間より15分ほど早く、リョーマは待ち合わせ場所に辿り着いた。学校からここまでの距離を考えると、電車の乗り継ぎの良さも手伝って、驚異的な早さで到着したことになる。
(練習に手を抜いたんじゃないだろうな、とか言われそう)
リョーマは手塚の反応を想像してクスッと笑ってみる。もちろん、その時の答えも用意してあった。
(今日は誰にもポイント取られてないモンね)
手を抜くどころか、着実に腕を上げている自分を、ほんの少し自慢するつもりだった。
「あれ?」
待ち合わせ場所の噴水の前に、先に来ているはずの手塚の姿がなかった。
(珍しい…オレの方が早いなんて…)
たいてい手塚はリョーマよりも先に待ち合わせ場所にいる。初めてリョーマの誕生日を手塚に祝ってもらった時が、最初で最後の『手塚の遅刻』だった。
リョーマは溜息をつくと、ほんの少しがっかりしている自分に気づいて苦笑する。
自分が早くこの場所に来れば、それだけ早く手塚に逢えるような気がしていた。
(嬉しくてたまんないのは、オレだけなのかな…)
そんなことを考えそうになって、リョーマは小さく頭を振った。
(違う、くにみつだって、きっとオレと同じだ)
リョーマは手塚を待つことにした。約束の時間は、まだ10分以上も先なのだ、と。
バッグを抱え直して、リョーマはポケットに両手を突っ込んだ。今日は比較的暖かい気温とはいえ、まだ吐く息はほんのりと白い。
「早く来ないかな…」
「お兄ちゃんも、ママ、待ってるの?」
足下の方で声がしたので、リョーマはちょっとビックリして視線を下に向けた。
「ママ?」
見ると、小さな男の子の大きな瞳がリョーマをジッと見上げている。
「うん。ママがね、ここで待っていなさいって」
「……」
リョーマは男の子をじっと見つめ返してから、あたりに視線を向けた。かなり見通しの良い広場全体を見渡すが、この小さな男の子の母親らしき人物は見つけられない。
「ママ、どっちに行ったの?」
リョーマは男の子に視線を合わせるようにしゃがみ込んで、大きな瞳を覗き込んだ。
男の子は「うーんとぉ…」と、ちょっと考えてから「あっち」と言って駅の方を指さした。
立ち上がって駅の方を睨んだリョーマは、すっと腕時計で時間を確認すると、男の子の手を取った。
「あっちにママを探しに行ってみる?」
リョーマの笑顔に、男の子の瞳が輝いた。
「うん!」
約束の時間までまだ10分ある。リョーマは男の子の手をしっかり握ると、たった今自分が歩いてきた駅への道を引き返すことにした。



「ありがとうございました、助かりました」
キャスター付きの大きなバッグを地面に下ろしてやると、60代半ばくらいの和装の女性が手塚に向かって丁寧に頭を下げた。
この女性が歩道橋の下で大きなバッグを持ち上げられずに困り果てていたのを見過ごせず、手塚が手を貸してやった。
何度も何度も振り返って頭を下げる女性を見送りながら、手塚はふと腕時計を見る。かなり長い歩道橋を老女の歩調に合わせてゆっくり歩いたのだが、幸いなこ とに約束の時間にはまだ5分以上余裕があった。今すぐ待ち合わせ場所に走って戻ればきっとリョーマより先に到着できるだろう、と手塚は歩道橋を引き返し た。

(やはりまだ来ていなかったな…)
噴水の前に戻ってくると、手塚は辺りを見回してから、安堵の息を吐いた。
初めて「遅刻」という失態を犯してしまった時のことを、手塚はどうしても忘れることができない。
不二に引っかけられたとはいえ、雪さえ降らせ始めた気温の中、リョーマを一人きりでずっと待たせてしまった。必死に走って、ようやく抱き締めることができたリョーマの身体は、寒さに少し震えていた。
あの時、自分の頬に触れたリョーマの髪の冷たさに、手塚は二度とこんな思いをさせないと心の中で誓った。
(お前の身体も心も、もう、凍えさせたりしない…)
手塚は以前、男であるリョーマに対して「守る」という言葉を使うのは、相手を侮辱することのような気がしていた。だから「対等であり続けること」を望んでいた。
しかしある時手塚は、「対等でいること」と「守りたいと思う気持ち」とは次元の違うものだと気がついた。
リョーマとは一生対等の関係でいたいことは間違いない。だが、リョーマの心や身体が傷つかずにすむのなら、自分のすべてを投げ出してでも守ってやりたいと思う。
それは「対等」であることと相反する想いなのではなく、リョーマへのひどく純粋な「愛情」なのだと手塚は理解したのだ。
愛する存在には幸せであって欲しい、と。
そんな、切なる願いにも似た純粋な想いは、手塚に『リョーマを愛すること』への最後の『心の枷』を取り去った。
だから手塚はもう、リョーマを愛することに、なんの躊躇もしない。
ただ心のままに、愛し、慈しみ、守り、そして奪う。
熱くなる感情を宥めながら、手塚がまた時計に目をやる。約束の時間だった。
きっとここに向かって走って来るであろうリョーマの姿を探して手塚はあたりに視線を流す、と、リョーマではなく、駅の方から小走りにこちらに向かってくる女性の姿が目に入った。
「あの、すみません、ここに、小さな男の子が、いませんでしたか?」
手塚に食いかかるように、息を切らせながらその女性がいきなりそう言ったので、手塚は内心驚きながらも静かに「いいえ」と答えた。
「ここにいなさいって言ったのに……どこに……っ」
「お子さん、ですか?」
取り乱しかけているその女性を見るに見かねて手塚がそう尋ねると、何度も頷きながらその女性が「そうです」と言った。
「駅のトイレに指輪を忘れたことに気がついて…あの子、この噴水が好きで、いつもしばらく遊んでいくんです。だから、少しなら一人で遊んでいてくれると思って駅まで行って帰ってきたら…いなくて…っ」
涙ぐみながらそう訴えてくるその母親に、手塚は小さく溜息をつくと駅の方へ目をやった。
「本当に、真っ直ぐ行って、真っ直ぐここに戻ってきたのですか?」
「え…ええ…」
確かに目の前の駅ならば、行って帰ってきても数分ですむだろう。しかし、この見通しの良い広場のどこにも子どもの姿が見あたらないことを思うと、ほんの数分で帰ってきたとは考えがたい。
手塚はチラッと、母親の持つ小さな紙袋を見やってから、もう一度溜息をついた。
「どのくらい前のことですか?あなたがお子さんを置いてここを離れたのは」
「15分か…20分くらい…前です」
やはり、と思いながら手塚は少し考え込んだ。
自分がここでリョーマを待っていた時にはこの母親と小さな男の子を見ていない。だとしたら、手塚がここを離れて歩道橋で老女に手を貸していた時にこの母親と子どもがここに来たのだろう。
(もしかしたら…)
手塚は携帯電話を取り出すと、駅の方を見つめながら電話をかける。
「あの……?」
手塚の行動を不思議そうに見ていた母親が恐る恐るかけてくる声を無視して、手塚は電話が繋がることを祈った。
しばらく続いた呼び出し音のあと、電話の向こうから途切れ途切れに愛しい恋人の声が聞こえてきた。
『くにみつ?ごめん遅れて』
「いや、リョーマ、今どこにいる?」
『駅。ちょっと……ごめん、もう少し遅れるかも』
手塚がすっと目を細めた。
「小さな男の子と一緒なんじゃないか?」
『………なんでわかんの…?』
「やはりそうか……噴水の前にその子を連れて戻ってこい、母親がここにいる」
『マジ?わかった、すぐ戻る!』
電話を切り、折りたたんでポケットにしまうと、手塚は母親を振り返った。
「俺の連れが、お子さんと一緒にあなたを探しに行っていたようです。すぐにここへ戻ります」
「本当ですか!ああ、良かった……」
心底安心したように両手で顔を覆ってしまった母親を、もの言いたげにじっと見つめてから、手塚は小さく溜息をついて駅の方へ視線を戻す。
程なくしてリョーマが男の子の手を引いてこちらに走ってくるのが見えてきた。
「ママーッ!」
「たーくん!」
母親が子どもに走り寄り、小さな身体をしっかりと抱き締めた。
「だめじゃないの、たーくん、ママここにいてねって、言ったでしょ?」
「うん……ごめんちゃい…」
叱られてシュンとなってしまった男の子を見つめていたリョーマが大袈裟に溜息を吐いた。
「それって違うんじゃないの?オバサン」
「…え?」
子どもの頭を撫でる手を止めて、きょとんとした目でその母親はリョーマを見上げた。
「なんで置いていくの。なんで手を繋いでいてやんないの。『ここにいてね』じゃないっしょ」
しゃがみ込んでいる母親の目を真っ直ぐ見つめて、リョーマが怒りを含んだ声でそう言った。
「でもいつもは私の言うことも聞かずにここでずっと遊んで…」
「当たり前じゃん。『いつもは』アンタが傍にいるんだから」
母親が、ハッとしたように目を見開いた。
「…そうね…ごめんなさい…ちゃんと考えればわかるのに…すみませんでした…」
「謝るのはオレじゃなくて、その子に、でしょ」
リョーマに頷いてから、母親が子どもの身体をもう一度優しく抱き締めた。
「ごめんね、たーくん。もう置いていったりしないからね」
「ううん。こんどはね、ちゃんとまってるよ。たーくん、いいこだから」
抱き締め返してくる子どもの言葉に、その母親は少し涙ぐんだ。
「まだまだだね」
溜息混じりにリョーマがそう言うと、手塚がリョーマの頭にポンと手をのせた。
「…そのくらいにしてやれ」
「くにみつ?」
手塚は見上げてくるリョーマに柔らかく微笑んだ。
「もちろん、ここに子どもを一人で置いていくのは良くないことだが、この子を連れ出してしまったことは、お前にも非はある。それに……あなたはその子にちょっとした贈り物をあげたかったんでしょう?」
手塚の言葉に、母親が小さく頷いた。
「たーくん、これあげる」
「なーに?…あっ!キャプテンレッドのチョコだ!」
母親から手渡された子ども向けの絵のついた小さな紙袋の中に、自分の大好きな戦隊もののキャラクターを見つけ、さらにはそれがやはり大好きなチョコレートだと気づいた男の子は、大きな瞳をキラキラと輝かせた。
「私、離婚して母とこの子と三人で暮らしているんですけど…なかなかこの子の喜ぶことをしてあげられなくて…だから、駅から引き返す時にちょっとこれが目にとまって……レジが混んでいて思いの外時間がかかっちゃったんです」
愛しげに子どもの髪を撫でながら、母親が呟くようにそう言った。
「……ふーん、なるほどね」
ボソッとそう言ったリョーマに小さく微笑みながら、手塚はその母親に向かって優しげな声で言った。
「その子が一番喜ぶことは、あなたがずっと傍にいてあげることではないんですか?」
「え…?…あ……」
「では、俺たちはこれで」
目を見開いて言葉を失った母親に、手塚は軽く会釈して背を向けた。
「…バイバイ、たーくん!」
「ばいばい!」
元気に手を振る男の子に微笑みかけてから、リョーマも手塚の後に続いた。
「…ありがとうございました」
手塚とリョーマの後ろ姿に、母親が深く頭を下げながら礼を言った。



「やっぱ、アンタはすごいね」
二人きりになっていきなりリョーマがそんなことを言い出したので、手塚は不思議そうにリョーマを見た。
「何のことだ?」
「よく見てるなって、思って。あのオバサンが子どもにチョコ買ってることとか」
「たまたま目に入っただけだ」
「ふーん」
ちょっと不機嫌そうに唇を尖らせて、リョーマがバッグを抱え直す。
そうして突然何かを思い出したように「あ」と言うと、大きな瞳で手塚を見上げた。
「ちょっと思い出したんだけどさ、オレが日本に来てすぐの頃にも、今のと同じ様なことがあったんだ」
「………」
「あのときは小さな女の子が一人でブランコに乗っていてさ……ちょっと離れたところで親が友達かなんかとゲラゲラ笑ってて……オレ、その状況にすっごく腹が立ってそのオバサンに英語で文句言っちゃったんだよね。おかげで通じなくて…」
「Isn't she your treasure?
 Why do you make her lonely !?」
「え?」
スラスラと言った手塚の顔を、リョーマは驚いて凝視した。
「なんで、それ…」
「俺も、あのときそこにいたんだ」
手塚が柔らかく微笑みながらリョーマを見つめ返した。
「今まで忘れていたんだが……さっき、ちょっとしたデジャヴを感じて…思い出した」
「……」
「ちょうど二年前の今日だ。母と一緒に新しいシューズを買いに来た帰り道、突然母が、父と祖父へのチョコレートを買い忘れたと言って、通りの向こうの洋菓子屋へ買いに行ったんだ」
リョーマが立ち止まって手塚の方へ真っ直ぐ向き直った。手塚も気づいて足を止める。
「道の反対側で母を待っているとけたたましい女性の笑い声が背後の公園の植え込みの向こうから聞こえて…振り返った先に小さな女の子が一人でブランコに 乗っているのが見えた。だいたいの状況はわかったんだが、俺は彼女たちに意見しようとは思わなかった。なのに、誰かが彼女たちに怒鳴りつけているのが聞こ えた」
「英語で?」
「ああ」
手塚が小さく微笑んだ。
「木の陰になっていて姿は見えなかったんだが…あれはお前だったんだな、リョーマ」
リョーマも小さく笑った。
「何で覚えていたの?英語で怒鳴ったから珍しかった?」
「…確かにそうかもしれないが…自分より年下らしいその声が、堂々と大人を注意していることに感心したのだと思う」
「生意気なヤツ、って?」
「いや」
手塚が柔らかな瞳で真っ直ぐリョーマを見つめた。
「自分に正直に行動できるのが羨ましかったのかもしれない。すごく、会って話をしてみたくなった」
「…会わなかったよね?」
「ああ。母が戻ってきてしまったからな…。そのあとも何度かその公園に足を運んでみたんだが…その声の主らしき人には会えなかった」
「ふーん……どう?会って話してみた感想は?」
リョーマがクスッと笑いながら上目遣いに手塚の瞳を覗き込む。
「期待以上だった」
手塚の指がそっとリョーマの頬に触れた。
嬉しそうに微笑みながら、リョーマが手塚の手に自分の手を重ねる。
見上げるリョーマの瞳が、微かに揺れた。
「………すごく……逢いたかった、くにみつ」
「俺もだ」
抱き締めたい衝動を堪えながら、手塚がリョーマを促して再び歩き始める。
「…今夜は泊まれるのか?」
「うん。去年みたいに、バレンタインの熱くて甘いもの、あげるから」
リョーマがそっと、手塚に身体をすり寄せる。
「俺も…今年は去年よりも、もっと甘く…お前を溶かしてやる」
「…アンタって、言うこととやることがどんどん一致してきたよね」
頬を真っ赤に染めながら、リョーマが甘い溜息をついた。
「違う方がいいのか?意外性があって」
「なにそれ」
リョーマがククッと笑った。
「アンタはアンタでいればいいんスよ」
「……そうか」
「うん」
もう一度、リョーマは軽く声を上げて笑った。


   


「いらっしゃい、越前くん!」
手塚家へ上がるなり、彩菜の嬉しそうな声がリョーマを出迎えた。
「見て見て、越前くん!今日越前くんが来るっていうからチョコレートケーキ焼いちゃった」
「うわ、美味しそうっスね!」
リョーマの素直な反応に彩菜の笑顔がいっそう輝く。
「あんまり甘くしていないから国光も食べられるわよ」
「ありがとうございます」
「すぐ食べる?それとも夕飯の後がいい?」
「今すぐ!」
即答したリョーマに、彩菜と手塚はとてもよく似た微笑みを同時に浮かべた。


「美味しい!」
瞳を輝かせて彩菜を見上げるリョーマに、彩菜は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、越前くん。好きなだけ食べてね。あ、でもお夕飯を食べる分のお腹は開けておくのよ?」
「はぁーい」
「……お父さんたちも食べるかしら…ちょっと持っていってみるわね」
休日なので久しぶりにのんびりと和室で将棋をさしているのだという二人のもとへ、小さめに切り分けたケーキと淹れたての紅茶を二人分トレーにのせて彩菜が運んでいった。
「オバサン、ホントに料理巧いね」
「そうか?」
「菜々子さんも結構やるけど、まだまだだね」
評論家の様な口ぶりで話すリョーマに小さく笑ってから、手塚もケーキをひとくち、口に運んでみる。
「…なるほど…これなら俺も食べられる」
「でしょ?」
空になった皿にフォークを置きながらリョーマが微笑む。
「もっと食べるか?…ほら」
手塚がフォークの先にひとくち分のケーキをのせて、リョーマの前に差し出した。
ちょっと頬を染めてからリョーマが口を開ける。
「ん、…美味しい」
幸せそうに微笑むリョーマを見て、手塚も嬉しそうに微笑む。
「本当に仲がいいわね〜、あなたたち」
突然背後からかけられた言葉に、手塚とリョーマは飛び上がりそうなほど驚いて彩菜を振り返った。
「あら、ごめんなさい、驚かせちゃった?」
コロコロと笑いながら彩菜が空のトレーを片づける。
「リョーマくんがうちの子になってくれたらいいのに。ねぇ、国光」
「は……?……いや、それは…」
無意識の彩菜の連続攻撃に、手塚のポーカーフェスは崩れたままだ。
リョーマはそんな手塚を見てプッと吹き出した。
「オレは全然OKっスよ。ご飯美味しいし、ケーキも一流のお店のヤツみたいなのがいつでも食べられそうっスからね」
リョーマの返事に彩菜は楽しそうに笑う。
手塚は降参したように小さく溜息をつくと、黙ってケーキを口に運んだ。



「お夕飯ができたら呼ぶわね」
彩菜にそう言って微笑まれ、リョーマと手塚は二階の部屋でのんびりすることにした。
「さっきはちょっとビックリしたね」
「ん?」
ベッドに寄りかかって、隣に座る手塚の肩に頭をのせながらリョーマが言った。
「オバサンがオレにうちの子になれ、って言ったヤツ」
「ああ…」
リョーマにペットボトルを手渡すと手塚が小さく笑う。
「あの人は本当にお前のことを気に入っているからな……案外本気で言っているかもしれんぞ」
「ふーん……オレはアンタのそばにずっといられるんならなんでもいいけど」
手塚がふと、笑みを消して真面目な顔でリョーマを見る。
「『形』が……欲しいか?」
一瞬沈黙してから手塚にチラッと視線を向けると、リョーマはペットボトルの封を切った。
「べつに」
そう言ってリョーマは、せっかく開けたキャップをもう一度ギュッと締め直しながら手塚を見ずに言う。
「他の人から見てオレたちがどうだとかは関係ないっしょ。オレはアンタが好きで、アンタとこれからもずっと一緒にいる気でいる。それだけっスよ」
手塚は小さく微笑むと、リョーマの肩を優しく抱いた。
「…ずっと……絶対にお前を離さない…」
「オレもアンタを離さない」
目を閉じて、リョーマは手塚に身体を預ける。
手塚がリョーマの顔を自分の方に向けさせて口づける。深く舌を絡め合うと、互いの舌先にチョコレートの味が広がった。
ゆっくりと唇を離し、手塚がリョーマの身体を両腕でギュッと抱き締める。
リョーマはうっすらと目を開けて熱い吐息を零した。
「…オバサンのケーキの味、こんなに甘かったっけ?」
「…もっと味わいたいか?」
「うん…」
手塚はリョーマの手からペットボトルを取り上げてテーブルに置くと、もう一度リョーマに口づける。リョーマはゆっくりと身体の向きを変えて、手塚の首に腕を巻き付けた。
甘く絡まり合う舌先が静かに互いの熱を上げてゆく。
「リョーマ…」
「くにみつ…っ」
唇の隙間から互いの名を呼び合い、深く深く舌を絡め合う。唇を離して間近で見つめ合い、そうしてもう一度引かれ合うように唇を寄せてゆく。
手塚の唇が少し離れてリョーマの首筋にずらされる。リョーマはちょっとくすぐったそうに小さく声を発して肩をすくめた。
吐息のような笑みを零しながら手塚の指がリョーマの髪を愛しげに撫でる。そのまま肩に下ろされた指先は、リョーマの顎をなぞって襟元のボタンにかかった。
「ねえ…ごはん……できちゃうんじゃ…ない?」
「少しでいい…触れさせてくれ…」
低い声で耳元に甘く囁かれ、リョーマの身体がゾクリと震える。
熱っぽく口づけながらボタンをすべて外し、シャツの中に滑り込ませた左手に伝わるリョーマの肌の感触に、手塚は熱い吐息を漏らした。
「リョーマ…」
切なげな手塚の声に、リョーマはきつく瞳を閉じる。
「く…に……つ…っ」
手塚が身を屈めてリョーマの胸の蕾に口づけ、軽く吸い上げる。そのまま舌先で蕾を転がされてリョーマの唇が震えながら甘い吐息を漏らした。
「あ……やっ…」
リョーマが手塚の頭を抱え込む。手塚は蕾を舌で弄びながら、リョーマのズボンのベルトに手をかけた。
「ダメ…だってば…っ、ああ…んっ」
弱々しいリョーマの抗議など聞こえないかのように、手塚は手早くベルトを外してファスナーを下ろし、下着の上からリョーマの熱塊を撫でさすった。
「あ…っ」
途端にリョーマが息を詰め、身体を硬直させる。
手塚はそっとリョーマの表情を盗み見てからリョーマの雄を下着から解放してやった。
「もうこんなに熱い…」
呟くように囁き、手塚がリョーマに覆い被さるようにして熱塊を口に含んだ。
「やっ、くにみつっ、ダメ……っ」
手塚のセーターを握りしめながら、リョーマの身体がズルズルと崩れ落ちてゆく。
優しく、そして時にはきつく吸い上げる手塚の愛撫に、リョーマは頬を上気させてビクビクと身体を震わせ続ける。
「あっ、……待……って、オレも…触りたい……アンタの…」
手塚はそっとリョーマから唇を離すと身体を起こした。
「…一緒がいい…」
熱っぽい瞳でリョーマにそう呟かれて、手塚の理性が危うくなる。
「…身体を…起こせるか?」
「ん…」
息を乱しながら、リョーマが小さく頷いた。
リョーマの腕を引っ張り上げてベッドに座らせると手塚もその隣に腰掛け、ゆっくりとベルトを外して自身の熱塊を取り出した。
「来い、リョーマ」
促されるままに、リョーマは手塚の脚の間に跨り、膝を立てたまましゃがみ込むようにして腰を落とした。手塚がリョーマの腰を引き寄せると互いの熱塊が触れあう。
手塚は黙ったままリョーマと自分の熱塊をひとまとめにしてリョーマに握らせ、リョーマの手を自分の手で包み込んだ。
「くにみつのも…熱い…ドクドクしてる…」
潤んだ瞳で見上げてくるリョーマに口づけながら、手塚が手を上下に動かし始める。
「んんっ、ん、あ…っ」
「っ…リョーマ…っ」
口づけながら、二人は夢中になって手を動かした。湿った音と荒い息づかいが部屋に広がり、その状況のあまりの艶っぽさに、リョーマは眩暈すら覚える。
「ん…っ、んんっ、んっ」
「リョーマ…リョーマ…」
唇を離して、手塚が片手でリョーマの身体をきつく抱き締めた。喘ぐように呼吸しながら、二人は相手を絶頂へと導く。
「くにみつ、あっ、ああっ!あっ、んんっ!」
「くっ、あっ、……リョーマ…っ!」
同時に息を詰めて力む二人の手を、熱い白濁液がしっとりと濡らしていった。
すべてを吐き出して身体の力を抜くと、二人は互いの肩に頭をのせたまましばらく荒い呼吸を繰り返した。
「…くにみつ……気持ち、よかった…?」
「………」
手塚は答えずに顔を上げると、リョーマに深く口づける。しばらく舌を絡め合った後でゆっくりと離れた手塚は、愛しげにリョーマの額や頬に口づけてから深い溜息を吐いた。
「…余計にお前が欲しくなってしまった…」
二人分の愛液で濡れた手を緩く動かしながら手塚が呟くのを聞き、リョーマは困ったように微笑みながら「オレも」と答えた。


   


食事を終えて、手塚とリョーマが後片づけの手伝いをしていると、テーブルでお茶を飲みながら新聞を読んでいた国晴が、ふと思い出したように顔を上げた。
「そういや越前くんは、昨日誰かにチョコレートは貰えたのかい?」
「え…」
ちょっと驚いたように振り向くリョーマに、国晴はニッコリと微笑みかけた。
「ほら、今年は今日が土曜日だから、一日早く昨日、バレンタインデーのチョコレートを貰えたのかと思ってね」
国晴の質問に対するリョーマの答えに、手塚も少しだけ興味を持って耳を傾けている。
「貰ってないっスよ。オレ、好きな人からのチョコしか受け取らないんで」
リョーマの答えに国晴は目を丸くした。手塚は黙って食器を洗いながらこっそりと微笑む。
「格好いいこと言うね、越前くんは。国光も、やっぱり今年も受け取らなかったのか?」
「はい」
即答した手塚に、今度はリョーマがそっと微笑む。
「好きな人かぁ。越前くんは国光に恋の相談なんかもするのかな?」
「…してるっスよ。手塚先輩には、何でも話しているんで」
「へえ。国光が恋の相談に、ねえ…」
手塚は聞こえなかったかのように無言で洗い物を終えると、食器棚へ乾いた食器を片づけている彩菜に「では、風呂に行ってきます」と告げた。
「先輩、一緒に入っていい?」
リョーマが悪戯っ子のような瞳で手塚を覗き込んだ。
「…ああ、構わないぞ」
小さく溜息をついて、真っ直ぐにリョーマの瞳を見つめながら手塚が承諾する。
「お父さんたちはもう入ったから、ゆっくり入りなさいね。私はちょっと風邪気味だから、今日はお風呂やめて先に休ませてもらうわ。最後にお湯を落としておいてね」
「わかりました。お大事になさってください」
彩菜に返事を返すと、手塚はリョーマを従えてキッチンを後にした。



バスタオルと着替えを用意して脱衣所に入るまで、手塚はリョーマとほとんど会話を交わさなかった。
何もかもがお膳立てされたような形になってしまい、手塚は風呂に入る目的を違うものに考えそうになる。そんな自分を浅ましいと思いつつ、しかし、リョーマを求める気持ちに嘘がつけない手塚は脱衣所に入った途端、大きく溜息を吐いてからリョーマに熱い視線を向けた。
「……覚悟はできているんだろうな?」
「……まあね」
頬を染めてリョーマが手塚を見上げる。
「…入浴剤、いっぱい入れてもいい?」
上目遣いに唐突に聞かれ、手塚は一瞬怪訝な顔をした。
「…ああ、好きなヤツを好きなだけ入れろ」
「さんきゅ」
素直に微笑むリョーマの笑顔に、手塚はやっと小さく微笑むことができた。


衣服を脱ぎ落として浴室に入ると、手塚が優しく背後からリョーマを抱き締めた。
「…身体…洗って暖まろうよ…」
手塚に寄りかかるようにして甘えた声でリョーマが言う。手塚は「ああ」とだけ答えて身体を離すとシャワーのコックを捻った。
暴走しそうになる欲望を抑え、時折甘く口づけながら互いに相手の身体を綺麗にしてやり、入浴剤のタップリ入った湯船に、二人は一緒に身体を沈めた。
リョーマがクスッと笑ったので、手塚は柔らかく「どうした?」と尋ねる。
「去年と同じことしてるなーって思って」
「…そうだな」
手塚も小さく笑った。
「今日、さ……すれ違いにならなくて、良かったよね…」
後ろから抱き締めてくる手塚の腕の、心地よい締め付けにうっとりと目を閉じて、リョーマが呟くように言った。
「…あの親子のことか?」
「それもあるけど、オレたちが、さ…」
「ん?」
リョーマはゆっくりと目を開けた。
「ちょっとした偶然が重なって、すごく近くにいたのに、オレたちはなかなか逢えなかったでしょ?今日はすぐ逢えたから良かったけど……いろんな偶然が、もしもいっぱい重なったらって…考えちゃってさ…」
「………」
「世の中、何が起こるかわからないって、よく言うじゃないっスか」
「大丈夫だ」
「え?」
少し戯けて言ったつもりの自分の言葉にきっぱりと言い返されて、リョーマはちょっとビックリしたように手塚を振り返った。
自分を見つめてくるリョーマの額にそっと口づけてから、手塚は大事そうにリョーマを抱き締める。
「俺たちに起こる偶然は、すべて俺たちが前へ進むための布石になっている。俺たちの最初の出逢いがそうであったように、な」
「二年前の、今日のこと?」
手塚は静かに頷いた。
「あの日は、いつも俺が行く店とは違う店へシューズを買いに行った。たまたまバレンタインデーだったから、母がチョコレートの代わりにシューズを買ってくれると言ったんだ」
「オレも……あの日は母さんのバレンタインデーの買い物に付き合わされてて…そしたら急に母さんの腕時計が止まっちゃって…偶然公園の傍で見つけた時計屋で時計の電池交換をしてもらう間、あそこの公園でぶらついてただけだった」
手塚はリョーマを抱き締めながら小さく笑った。
「あの日が2月14日でなかったら、きっと俺たちはあの場面に出遭っていなかった」
「あの日のことは、今のオレたちの布石になっているんスか?オレはアンタのこと、気づいてなかったのに…」
「だがこうして、お前とあのときの話をしているだろう?」
リョーマは目を見開いてから、クスクスと笑い出した。
「アンタって、思いっきりポジティブ思考っスね」
「俺たちに関することには、特にな」
リョーマの髪を優しく撫でながら手塚が笑う。
「アンタと一緒なら、ずっとずっと、オレたちは前に進んでいける気がする」
「気がする、じゃない。前に進んでいけるんだ。お前と一緒ならな」
「うん」
そっと身体を離して、どちらからともなく唇を寄せてゆく。微笑み合いながら触れるだけのキスを繰り返して、次第に甘く舌を絡めてゆく。
「くにみつ…好きだよ……大好き…」
口づけの合間にリョーマが掠れた声でそう言うと、手塚は一層強くリョーマの身体を抱き締める。
「リョーマ…っ」
溢れ出した愛しさに押し流されるように、手塚の口づけが激しくなる。
リョーマの唇から零れる吐息さえ自分のものにしたいと、手塚は思った。


         


   




下半身の力が抜けてしまい、一人でうまく歩けないリョーマの身体を抱き上げて手塚は自室へと戻った。
リョーマをそっとベッドに下ろし、風呂の後始末をするために、もう一度階段を下りてゆくと、パジャマ姿の彩菜にばったりと出会ってしまった。
「母さん…まだ起きていたんですか」
動揺を悟られないように、いつも通りの口調で手塚が声をかけると、彩菜は「喉が渇いちゃったの」と言いながら冷蔵庫の方へ向かった。
そっと安堵の溜息を吐いてから手塚が風呂へ向かう。湯を落とした浴槽を軽く洗い流して手塚が浴室から出てくると、冷蔵庫の前でコップを手にしてニコニコと微笑む彩菜と目が合った。
「……なにか?」
「ううん。やっぱり越前くんが傍にいる時の国光は優しい顔をしてるから、なんだか嬉しくって」
「……そうですか?」
「これ、持っていきなさい」
テーブルの上にあるトレーにのった二つのマグカップを指さして、彩菜がまた微笑む。
「ココアですか…ありがとうございます。あいつが喜びそうだ…」
礼を言った後で呟くように付け足された手塚の言葉に、彩菜の微笑みが一層深くなる。
「…まだまだ寒いわね……二人とも暖かくして寝なさいね。お休み」
「…おやすみなさい」
寝室へ戻ってゆく彩菜の後ろ姿を見送って、手塚はそっと溜息をつく。
(あの人は……もしかしたら、俺たちのことを……)
そう考えてから、手塚は小さく苦笑する。
(いや、それは俺の身勝手な願望だ…)
手塚は冷蔵庫から「水分補給用」にスポーツドリンクのペットボトルを取り出し、もう一方の手でトレーを持って二階へと上がっていった。


手塚が部屋に戻るとベッドで待っているはずのリョーマが微かに寝息を立てて眠ってしまっていて、手塚はその寝顔の愛らしさに柔らかく微笑んだ。
トレーとペットボトルをテーブルに置くと、手塚はリョーマの傍に腰掛け、まだ湿り気を残す髪を優しく梳いてやる。
「リョーマ…このまま寝るのか?」
「………」
返事のないリョーマに手塚は微笑みながら溜息をつく。
「…そういえばまだ渡してなかったな…」
手塚は机の横に置いておいた小さな紙袋を持ってきてテーブルの上に置く。
湯気の立ち上るマグカップとリョーマのために用意したチョコレートの入った紙袋を見つめて、手塚は少しの間どうしたものかと考え込んだ。
しかし、もう一度リョーマの寝顔を見た手塚は、リョーマを起こすという選択肢をあっさり捨てた。
(チョコレートは明日でいいだろう……ココアも冷めてしまうが仕方がない)
ココアにゴミが入らないよう簡単な覆いを施してから、ペットボトルだけは目が覚めたらすぐ飲めるようにベッドサイドに置いておくことにする。
リョーマを起こさないようにそっと布団と毛布を捲り、リョーマの上に掛けてやる。
(本格的に寝てしまったようだな)
何をしても目を覚まさないリョーマの顔を覗き込んで、手塚はまた瞳を和らげる。そして諦めたように小さな溜息をひとつつくと、ベッドサイドのライトをつけて部屋の明かりを落とした。
なるべくベッドを揺らさないようにリョーマの隣に身体を滑り込ませ、その柔らかな頬にそっと口づける。
「ん……くにみつ…?」
手塚は内心「しまった」と思いながら、それでもリョーマが目を覚ましてくれて、少しだけ嬉しく思っている自分に苦笑する。
「すまない、起こしてしまったな」
「ううん、…ごめん、オレ、寝てた…」
「ああ、いいんだ、そのまま………喉は渇いていないか?」
「んー…渇いた…」
手塚は身体を起こすとベッドサイドのペットボトルを手にとった。
「飲むか?」
「ん…」
ゆっくりと瞬きを繰り返しながら気怠げに身体を起こすリョーマに、手塚はペットボトルの封を切ってから手渡してやる。
「ありがと」
コクコクと小さな音を立てて渇きを癒し終えると、「くにみつは?」と言ってリョーマが手塚に飲みかけのペットボトルを差し出した。頷いて受け取り、手塚も喉を潤す。
「…今夜はもう寝るか」
「うん」
ベッドに潜り込んだリョーマは、すでに眠りの国へと落ちかけている。
手塚は中身を少しだけ残したペットボトルをベッドサイドに置き、ライトを消した。
「お休み、リョーマ」
「おやすみ…くにみつ…」
手塚がリョーマの隣に滑り込むと、リョーマが嬉しそうに微笑みながら身体をすり寄せてくる。
「チョコ……明日渡すから……ね」
「ああ。だが『バレンタインの甘いもの』は、ちゃんと受け取ったから安心しろ」
「んー…」
手塚の言葉を理解する前に、リョーマは吸い込まれるように眠りに落ちていった。
リョーマの寝息を首筋のあたりに感じながら手塚もゆっくりと目を閉じる。
触れあったところから伝わってくる穏やかなリョーマの鼓動が自分の鼓動とひとつになってゆく錯覚を感じて、手塚はこの上ないほどの幸福感に包まれた。
明日の予定をあれこれ考えようとしたが、暖かなリョーマの身体がひどく心地よくて、手塚もすぐに眠りへと引き込まれていく。
そっと細い身体を胸に抱き込むと、リョーマのすべてを奪い尽くしている時とは違う、穏やかな想いが手塚の中に満ちてくる。
(愛している…)
二年前の偶然に、そして今この腕の中にある大切な大切な愛しい存在と出逢えたことに、手塚は心から感謝した。

そうして手塚は、ゆっくりと深い眠りへ落ちてゆく。
朝になって目覚めた時、一番最初に相手を見つめることができる幸せを思いながら………



THE END
2004.2.20





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