シャワーを浴びて二人が浴室から出てくると、リビングの大きな窓から明るい日の光が見えた。 「やっぱ晴れた……さっきの雨は何だったんスかね」 「ドラマの演出のようだな」 真面目な顔で小さくそう呟いた手塚がおかしくて、リョーマは思い切り吹き出した。 怪訝そうな顔で見つめてくる手塚に「何でもないっス」と言って笑いかける。 「ねえ、それよりさ…約束の続きは?」 「ああ…」 手塚はソファに腰を下ろすとリョーマに向かって両手を広げた。 「来い」 「…ここでするの?」 手塚の膝の上に向かい合わせになる形で座りながらリョーマがクスッと笑った。 「その前に話すことがある」 「え?」 自分を見上げてやわらかく微笑みかけてくる手塚の瞳を、リョーマは首を傾げて覗き込んだ。 「8月後半の合宿の前に、二人で旅行に出ないか?」 「え…」 リョーマの目が大きく見開かれる。 「卒業前に約束したろう?俺が高等部に上がったら、今度は二人だけで旅行に出よう、と」 「!」 「『高校生』というだけでいろいろな制約が緩くなるようだ。俺の親にはもう許可はもらったぞ」 「覚えていたんだ…」 リョーマは大きな瞳を揺らしながら頬を染めて微笑んだ。 「当然だ。おまえと交わした約束は必ず守る」 手塚の首に腕を回してリョーマは嬉しそうに瞳を輝かせる。 「うん。行こうよ、二人だけで。アンタが一緒なら親父も母さんも文句言わない」 「行きたい場所を考えておけよ」 「ういーっス」 見つめ合って、二人は同時にクスッと笑う。 「そう言えば、もう一つ、ずっと前にした約束があるの、覚えてる?」 「それは明後日、だろう?」 「さすが!」 言いながらリョーマは手塚に抱きついた。 一年前の七夕の日。夜空の芸術を目で見ることは叶わなかったが、遙か雲の上に横たわる天の川の下で二人だけの熱い時間を過ごした。 きっと何も変わっていないだろうあの川の畔で、変わらぬ愛を抱いて想いを遂げる天空の恋人たちに、一年前とは違う今の自分たちを見せたいと思う。 「あの日からいろいろなことがあったな……」 「そっスね」 僅か一年の間に起こった様々な出来事を二人はそれぞれ胸に思い浮かべる。 つらいとは口に出せなかった離ればなれの日々、言葉が浮かばなかった再会の喜び、上を目指すが故の葛藤、ジレンマ、そして二人だけで分かち合ってきたささやかな優しい時間たち。 どれも二人にとっては大切で必要なものばかりだった。 苦しさは二人を成長させ、喜びは絆を深めさせた。 そう、このたくさんの出来事のおかげで、今の二人は一年前よりもずっと『前』に進んでこれたのだ。 「リョーマ」 手塚はリョーマの身体を自分から少し離して、その大きな瞳を真っ直ぐに見つめた。 「愛してる」 囁きながらそっと口づける。 やわらかく舌を絡めてゆっくり唇を離すと、リョーマが手塚の唇を追いかけて触れるだけのキスをしてくる。 「オレも…アンタだけが好き………愛してる、くにみつ…」 再び、どちらともなく唇を寄せ合い、深く口づけてゆく。 一年前、自分はこれ以上相手を好きになれないと思うほど、二人は互いを心から想っていた。 だが今の自分は確実に、一年前よりも相手のことを愛しく思い、狂おしく求めている。 だから、きっと、また一年が過ぎたとき、自分たちは今以上にお互いを求め合っているに違いないと二人は確信していた。 「んっ」 熱を孕んで激しくなる口づけに二人の身体が反応し始める。 「あ…っ」 「リョーマ…」 愛しい名を囁き、もう一度口づけながら手塚がリョーマの身体をそっとソファに倒してゆく。 「くにみつ…」 少し離れた唇の隙間でリョーマが切なく手塚を求める。 そうして二人は窓の外にかかる美しい虹に気づかないほど、互いしか目に入らないまま熱く溶け合っていった。二人の二度目の夏がくる。 昨年にはできなかったことを、昨年の分まで、今年は目一杯味わい尽くそうと二人は思う。 熱い暑い夏を、ずっと二人で………
THE END 2003.7.8