深い絆




時間の感覚など、とうになくなっていた。
失神するようにして束の間の眠りについても、カラダの熱ですぐに意識が浮上してくる。
「国光……」
思考回路が麻痺してきているリョーマは、未だにこれがあの『夢』の続きで、目を開けたらそこには不鮮明な世界が広がっているように思えてしまい、ギュッと目を閉じたまま、ほんの少しだけ不安を声に滲ませる。
「ああ……ここにいる……お前の中に……」
そんなリョーマの不安を、手塚は優しく、そして甘く淫らな方法で、もう何度も拭ってやった。
「ぁ……」
「わかるか?俺はずっと、お前の中に、いる」
ゆっくりと腰を押しつけられ、未だに芯のある手塚の熱塊がリョーマの濡れた腸壁を内臓ごと押し上げる。
「ぁあ……っ、んんっ」
リョーマは微かに眉を寄せると、甘い吐息を漏らした。
手塚がここにいる。
ここに居て、自分を抱いている。
それが、とてつもない喜びであり、今のリョーマにとっては何よりも甘美な快感だった。
リョーマの胎内に吐き出され続けた手塚の精液は、激しく抽挿を繰り返す手塚の肉棒で攪拌され、小さく泡立ちながら溢れ出している。
そして、リョーマ自身何度も吐き出した精液が二人の下腹を濡らし、零れ落ちて、リョーマの後孔から溢れ出す手塚の精液と混ざり合いながらシーツへと滴り落ちていた。
手塚が小さく息を吐き、ベッドサイドのライトに手を伸ばす。
「ヤダ、消さないで……」
明かりがなくなってしまったら、あの不鮮明な世界にいるような気持ちになってしまう。今日だけは、それはいやだった。手塚を見つめ、手塚を感じ、手塚のカラダに、心ゆくまで溺れていたかった。
だが手塚は小さく微笑むと、そのままライトのスイッチを切った。
「ぁ……」
ライトを消しても、部屋の明るさに変わりはなかった。
「ウソ……もう……朝……?」
「……ああ」
手塚はまた柔らかく微笑むと、リョーマの額にチュッと口づける。
「まだ太陽は昇ってはいないが…な」
リョーマは改めて自分たちが夜通し愛し合っていた事実を知り、頬を真っ赤に染めた。
「ぁ…ごめん……その…アンタは大丈夫?……アンタも寝てないんだよね…?」
「…寝られるわけがないだろう?」
「ぁ…っ」
再び手塚がリョーマにのし掛かり、緩く腰を回す。
「どれだけ待っていたと思うんだ?」
「………ごめ…ん」
頬を染めながらも瞳に影を落とすリョーマに気づき、手塚は小さく苦笑する。
「……嬉しくて堪らないんだ…お前が…この腕の中にいてくれることが……」
「国光…」
「疎ましいか…?…こんなにもお前に執着する俺は……お前にとっては、ただ迷惑なだけかもしれないな…」
「なにそれ……」
リョーマは手塚の首に力の入らない腕を回して、唇を尖らせた。
「……アンタこそ…こんなオレに呆れているんじゃないの?男のくせにアンタのを突っ込まれて感じちゃってさ……」
「バカなことを……」
「…大好き……国光…」
「…………」
「……すっとね、アンタにだけは、オレのカラダが男に抱かれることに慣れていくのを知られたくなかった。アンタに軽蔑されるのだけは……死んでもイヤだったから……」
手塚はきつく眉を寄せるとリョーマを優しく抱き締めた。
「……すまない…」
「ホントに……オレをこんなカラダにしたのが、アンタでよかった……」
リョーマが手塚の背に腕をずらしてギュッと抱き締め返す。
そうして怠くてなかなか動かせない脚を手塚の腰に絡め、胎内の手塚を柔らかく締め上げた。
「……っ…」
手塚の身体がビクッと揺れる。
「リョーマ…」
吐息混じりに名前を耳元で囁かれて、今度はリョーマの身体が震えた。
「…オレは大丈夫だから……もっと…しよう、国光……」
「………ああ…」
きつく抱き締めあったまま、二人の身体が揺れ始める。
どんなに深く繋がっても、どんなに熱く貪りあっても、二人は互いを欲し続けた。
「あっ、あぁっ、んんっ、やっ、…もっと……国光、もっと!」
「リョーマ……もっとだ……もっと…身体中で俺を感じろ……っ」
「ああぁんっ」
ビクビクと痙攣しながらリョーマが仰け反る。その喉元に貪るように口づけながら、手塚はリョーマの身体をさらに激しく揺さぶった。













コンコンと、小さくドアをノックされた気がして、リョーマは重い瞼を上げた。
「……国光……」
リョーマをしっかりと抱き締めたまま眠り込んでいる手塚に、そっと声を掛けてみる。
コンコン。
今度ははっきりとリョーマの耳にノックの音が届いた。
「国光…」
「ん……?」
「誰か来た」
掠れた声でリョーマがそう言うと、手塚はゆっくりと目を開け、小さく眉を寄せた。
ベッドサイドの時計は午前八時少し前を指している。
昨夜、手塚は母に向かって、自分たちが起き出すまで寝かせておいて欲しいと頼んでおいた。だから、この時間に母・彩菜が来るはずはない。
手塚の家の裏門、つまり、この離れに近い出入り口には鍵はかけないので誰が入ってきてもおかしくはないが、他人の家を訪問するにはまだ少し早い。
いっそのこと無視を決め込もうと言いかけたリョーマだが、リョーマが口を開く前に、手塚は少し考え込んでから溜息を吐いた。
「………お前は寝ていていい」
手塚は気怠げに身体を起こしてリョーマの髪や頬をそっと撫で、繋げたままでいた性器をゆっくりとリョーマの胎内から引き抜いた。
「ぁ………っ」
ズルリと、大きな塊が腸壁を擦って抜け出てゆく感触に、思わずリョーマが小さく悲鳴をあげる。そしてすぐに込み上げてくる喪失感に、リョーマは切なげに眉を寄せた。
「……すぐ戻る。そうしたらまた、繋がろう」
「………うん」
簡単に身支度を整えて、リョーマの額にキスを落としてから、手塚はドアに向かった。
覗き窓から訪問者を確認し、手塚はきつく眉を寄せた。
鍵を開け、静かにドアを開ける。
「朝早くにすまない、手塚。……お届け物、だよ」
「不二……」
ドアの前に立つ不二は、いつもと変わりなくニッコリと微笑んだ。



「やっぱりこうなっていたんだ」
立ち話では済まないと判断した手塚は、不二を部屋の中に通した。タオルケットを引き寄せ、情交の痕が色濃く残る身体を慌てて隠しながら身体を起こすリョーマを見つけ、不二はまたニッコリと微笑む。
「昨夜手塚の携帯に何度もかけたんだけど全然出ないから、直接来ちゃったよ」
「……すまない」
「早い方がいいと思ったんでね。………これを君たちにあげようと思って……」
不二は手に提げていた紙袋の中から小さな包みを取り出した。
「?」
手塚は不思議そうに不二を見つめたが、リョーマには『それ』が何であるのかが、瞬時に理解できた。
「不二先輩、それって封印の………?」
「うん」
身体を起こし、身を乗り出すリョーマに不二は笑みを消して頷いた。
「封印の……道具、か?」
手塚も漸く気づき、不二の手の中にある小さな包みを見つめて眉を寄せた。
「越前の予想通り、『これ』は僕が持っていたみたいだ。まあ、正確には持っていたと言うより、僕が『手に入れていた』ものなんだけどね」
リョーマと手塚が怪訝そうに眉を寄せると、不二はまたニッコリと微笑んだ。
「君たちが見に行ったあの試合の決勝戦、僕も行ったって言ったでしょう?あのチケット、実は姉さんがくれたものだったんだ。だから姉さんに何かお返ししようと思って、あの店でこれを買ったんだよ」
「あ」
「姉さん、旅行に行っちゃってて、返してもらうのが遅くなっちゃったんだ。ごめんね」
小さな包みを解いて不二が二人に見せたものは見事な銀細工の小さな箱だった。
「これ……オレ、覚えているっス。サイズ違いの指輪を探していて、そうしたらこの箱の横に、オレにぴったりのサイズの指輪があったんだ。すごい綺麗な細工だなーって思ったから覚えてる」
「ああ……そうか、そういえば…」
リョーマの言葉で手塚の脳裏にもあの日の店でのやりとりが蘇った。
最初にリョーマが手に取ったリングはサイズが大きすぎてリョーマのどの指にも合わなかったのだ。そんなリョーマを見つめていた手塚の視界の端にこの見事な細工の小箱が入り、その横にあったひとまわり小さなリングを見つけることができた。
「じゃあ、オレたちがあの店を離れてすぐに、不二先輩もあの店に行ったってコトっスね」
「そうみたいだね。どうしても新橋で降りたくなって……今思えば、越前と新橋に行きたくなった時みたいに、あの人に引き寄せられていたのかもしれないね」
「なんか……全部あの人の思惑通りに動かされたって感じっスね」
「あの人も必死だったみたいだよ。見た目は飄々としているけど」
苦笑しながら言う不二を、リョーマは複雑な表情で見遣った。
「結局、あの人は何なんスか?」
「何世紀か前の……いや、もっと昔かもしれない時代に生きていた『呪術師』だと名乗ったよ」
不二は、昨日リョーマが手塚を捜しに走り去ったあとの出来事を静かに話し始めた。
「あの人にはいろいろ訊きたいことがあって、どれから訊こうか迷うくらいだったけど……とりあえず、なぜ、君たち二人を選んだのかと聞いてみたんだ」
手塚がベッドのリョーマにそっと寄り添い、さりげなく肩を抱く。
「あの人は言っていたよ。君たちは『同じ光』を持っているって」
「同じ光?」
リョーマが不思議そうに目を細める。
「目に見える光じゃなくて心の奥にある光。強くて、熱くて、とても純粋な光なんだって」
「………」
「その光が、二人のそれぞれの心にあって、そして、互いに引き合っているのが見えた、って…」
「それは、お互いに惹かれ合っていたと言うことか?」
手塚が静かに口を開く。
確かに自分たちは、あの日から互いに強い想いを寄せるようになっていった。あの店に行った時点で、男にはそれがわかっていたと言うことか。
「恋愛感情のことだけじゃないみたいだよ。もっと、その人全体の…なんて言うか、魂の持つ色が、二人とも同じだったんだって。越前だけがあの指輪を買っていったけど、すぐに手塚が引き返してきて片割れの指輪を買って行った時に確信したって」
「じゃあ、もしも国…部長が引き返してこなかったらどうなっていたんスか?」
「さあね……僕があの指輪を買っていたかもしれないね」
「えっ?」
驚いて大きく目を見開くリョーマの横で、手塚は小さく眉を寄せる。
その手塚の表情を見て、不二は穏やかに笑った。
「まあ、僕が片割れの指輪を買ったところで、越前の心は得られなかっただろうから、今頃は越前に認識してもらえなくなって落ち込んでいただろうけどね」
「ぁ、そうか……あの人が指輪を作るきっかけになった『叶わぬ恋をしている王子』って、相手に認識してもらえなくなって、だから、それ以降、誰も愛することがなかったのかな……」
「うん。そうらしいよ。それに…王子が恋い焦がれていた彼女は…毎夜辱められることに堪えかねて、海に身を投げてしまったらしいから…」
「…………え」
「彼女の遺体は見つからなくて、指輪だけが呪術師の彼の元に戻ってきたんだって」
リョーマは目を見開いて言葉を失った。手塚もリョーマと同じような表情で黙り込んだ。
確かに、とリョーマは思う。
毎夜毎夜、誰だかわからない相手に身体を蹂躙され、抱かれることの快感を身体に教え込まれ、自分の身体が穢れてゆくことに悩み、かなり精神的にも参っていた。女性であれば、メンタル面だけでなく、体力的にもその苦痛は数倍にもなったかもしれない。
「リョーマ……」
手塚が労るようにリョーマを見下ろしてくる。
「オレは……死ぬなんて考えたことはなかったっスよ。……アンタがいてくれたからね」
そう言ってリョーマがふわりと微笑むと、手塚も少し安心したように微笑んだ。
「……今回の場合、君たちは指輪の力に関係なく心を通わせて愛し合っていた。それがややこしい状況を生み出しつつも、結果的には良かったんだって、あの人、そんなふうにも言っていたな」
不二がいつもとどこか違う柔らかな笑みを浮かべながら二人を交互に見つめる。
「いや……オレは何も出来なくて……ただ混乱して、どうにかして謎を解かなきゃって思っていただけで……全部部長が、オレのこと護ってくれたからハッピーエンドになったっス」
「そんなことはない。最後はお前の精神力の強さが、すべてを幸福へと導いてくれたんだ。俺を見つけてくれたこと、本当に感謝している」
甘く見つめ合う恋人たちを前にして、不二は困ったように笑いながら小さく咳払いをした。
「今回のことで、きっと君たちの間には、他の恋人たちとは違う強い絆が出来たんだろうね。強くて、深い絆が。それこそ『恋人たちの鎖』とでも言うような」
不二の言葉に、リョーマと手塚は同時に頷いていた。
「指輪という目に見える『鎖』はなくなるが、俺たちはもっと強いもので結ばれたのかもしれないな」
「うん……」
甘い雰囲気のまま手塚に抱き締めて欲しいと思ったが、リョーマはふと、大事なことを思い出した。
「不二先輩、封印って、どうすれば……」
「ああ、そうだったね。早速始めようか。越前、服を着てくれる?」
肝心な箱を手に持っていた不二でさえ二人の醸し出す甘い空気に一瞬飲まれていたらしく、我に返ったように小さく苦笑する。
「あっ、はいっ」
リョーマが真っ赤に頬を染めながら慌てて服を探し始めると、手塚がクローゼットから自分の服を出して渡してやった。
「ありがと」
「ん」
「まさに新婚ホヤホヤって感じだね」
不二が微笑みながら呟くと、二人は顔を見合わせて同時にほんのりと頬を染めた。


「封印の仕方は至って簡単なんだ。二人とも、自分が着けていたリングをそれぞれ手に持ってこちらへ」
リョーマが服を身につけると、不二が笑みを消して、だが穏やかな声でそう言った。
手塚とリョーマは小さく頷き、言われた通りにそれぞれのリングを手に持って不二の前に立った。
「これから僕が訊くことに正直に答えてね」
「え……ぁ、はい」
「わかった」
二人が応じるのを見て不二も小さく頷く。
「まず手塚、君はなぜ、越前を選んだの?」
「なぜ選んだのかと訊かれると巧く答えられないが……初めて会った時から、たぶん、越前は深く俺の心に入り込んでいたんだと思う。だから、越前に想いを寄せるようになるのは、俺にとっては、至極自然なことだったのだと思う」
不二は小さく「なるほどね」と呟いてから、今度はリョーマへと視線を移す。
「じゃあ越前は?なぜ手塚のこと、好きになったの?」
「なぜって………悔しいけど部長にはまだまだ敵わなくて…でも部長は、ただテニスが強いだけの人じゃなくて、青学のみんなのことちゃんと考えてて、心が広 くて…ぁ、たまに問答無用でグラウンド走らされる時は心が狭いとか思うけど、そんなのは一瞬で……すごく優しくて、笑うとすごい綺麗な笑顔で……えー と……」
心にある手塚への想いをどうしても言葉にしきれなくて、リョーマがチラリと手塚を見遣ると、手塚はひどく柔らかな表情でリョーマを見つめていた。
リョーマは緊張していた心を落ち着け、ひとつ、深呼吸した。
「オレが部長を選んだ理由は、オレが、部長と一緒にいるとドキドキして、でもすごく幸せだからっス!」
きっぱりとリョーマが言うと、不二は微笑みながら頷いた。
「手塚、越前のこと、愛してる?」
「ああ。こいつ以外は愛せない」
真っ直ぐ不二の目を見つめて宣言する手塚に、不二が頷く。
「越前、手塚のこと、愛してるね?」
「愛してます。オレも、部長以外はダメっス」
「わかった」
不二は目を閉じて大きく頷くと、二人に向けて小箱の蓋を開けた。
「見て。この箱の中、ちゃんと二つのリングが縦に収まるように細長い窪みが二つ出来ているでしょう?」
不二に言われて二人が箱の中を覗き込むと、小さな箱の中には確かに二つの窪みが並んで作られていた。
「まずは始まりの時と同じように、それぞれ互いのことを想いながらリングに口づけを」
そう言われてリョーマはふと思い出した。
このリングを買って帰る途中、楽しかった一日も、気に入ったデザインのリングを手に入れることが出来たのもすべて手塚のおかげだと、感謝以上の想いを抱きながらリングに口づけた。
あれが『始まりの儀式』になってしまっていたのか、と。
「…どうした?リョーマ」
「ぁ……いや、その……アンタはあの人に『始まりの儀式』について教えてもらったかもしれないけど、オレは無意識のうちにやっていたんだなって思ったら……なんか……恥ずかしいって言うか……」
「俺も教わってはいないぞ」
「え?」
手塚の言葉に驚き、リョーマは大きな目をさらに大きく見開いて手塚を凝視した。
「……俺も…このリングを手に入れてすぐ……嬉しくて堪らなくなって……お前のことを考えながらリングに口づけていたんだ」
「そ……なんスか……?」
リョーマが頬を染めて俯くと、手塚もほんのりと頬を染めて視線を逸らした。
「……つまりはね、そういうことなんだよ。その指輪には確かに呪力があるけど、君たちが互いを想う心がなければ、きっとその力も発動しなかったんだ」
「え…」
「指輪を作るきっかけになった二人だって、本当は惹かれ合っていた。結末は悲しいことになってしまったけど、きっとあと少しでうまく行くはずだったんだろうね」
不二の言葉にリョーマは意外そうに目を小さく見開き、手塚は納得したように頷いていた。
「そうだな。そうでなければ、この指輪は、ただ一方的な暴力を助けるためだけの道具になる。それぞれの胸の中に、相手への想いがあるからこそ、『鎖』で繋いでくれるのだろう」
指輪を見つめて呟くように言う手塚の言葉を、リョーマも真剣な表情で聞き入った。
「だから、不二がこの指輪を持っていても、きっと呪力は発動しなかったはずだ」
真っ直ぐに不二を見つめて言う手塚の言葉は、どこか「越前リョーマは俺のものだ」と宣言しているように聞こえてしまい、リョーマはほんのりと頬を染めた。不二にもそう聞こえたのか、一瞬大きく目を見開いたあと、溜息とともに苦笑する。
「手厳しいなぁ…」
リョーマはチラリと手塚を見遣り、内心小さな衝撃を覚える。
(国光…?)
不二を見つめる手塚の瞳が、あまりにも鋭く、冷たいものに見えたのだ。
だがリョーマは、それを『怖い』とは思わなかった。
むしろ、『嬉しい』と感じた。
手塚の想いが自分を縛る。
それが、リョーマにとっては堪らなく嬉しい。
「越前も…今のは笑うところじゃないでしょう?」
「え?」
不二に指摘され、リョーマは自分がいつの間にか微笑んでいたことに気づいた。手塚が少し意外そうに目を見開いている。
「ぁ……えーと……なんか嬉しくて」
思いの丈を口にして今すぐにでも手塚を抱き締めたかったが、不二の目の前でそんなシーンを披露する気はない。
「…それで、不二先輩、指輪にキスして、どうすればいいんスか?」
「ん?ああ、この箱に収めるだけだよ」
リョーマは頷くと手塚を改めて見遣った。
「部長、これでやっと、本当に終わるよ」
「ああ」
二人は見つめ合い、頷き合う。
指輪を手にしてから今日まで、短いようで長かった。長いようで、短かった。
たくさんのことが身に起こりすぎて、もう、何も知らなかった頃の自分とは別人になってしまったようだとリョーマは思う。
それでも。
自分はかけがえのないものを手に入れることが出来た。
手の中にある、この小さなリングが、手塚と自分を深く深く、結びつけてくれたのだ。
(結局、本当に幸福が訪れたんだ…)
指輪を買った時にあの男がリョーマにかけた言葉は確かに本当のことだったのだろうと、今考えるとそんな気もしてくる。
「さあ、手塚、越前、リングに口づけて、この箱の中へ!」
「ああ」
「ういっス!」
手塚がリョーマを見つめる。
リョーマも手塚を見つめ返す。
二人は見つめ合ったままリングに口づけ、そのまま二つのリングをそっと箱に収めた。
パタン、と小さく音を立てて不二が箱の蓋を閉める。
『成就せり。成就せり。我が名の下に、二つの魂を永遠に対と成す。花綻ぶ春、木々茂る夏、実り多き秋、静かなる眠りの冬、幾星霜経ようとも、この絆、強き鎖の如く断ち切れる事なかれ』
朗々と詠唱する不二の声に、もうひとつの声が重なった。
『ありがとう。これで私も、やっと命を終えることが出来ます』
微笑む不二の顔に、あの呪術師の顔がダブって見えた。
「アンタ……」
『長かった。諦めなくて良かった。これで王子とあの娘も、救われるだろう……』
男は不二の身体を使って、大事そうにそっと小さな箱を手の中に包み込む。
『私の考えは間違っていなかった。様々な障害を乗り越え、魂ごと結びつく恋人がいると。探し出すのに、こんなにも時間がかかってしまったけれど』
見たこともないような笑顔で不二が微笑む。それは呪術師の、作り物ではない真の笑顔。
「アンタ、もしかしてずっと不二先輩の中に…?」
『いい演技だったでしょう?ああ、彼には了解をもらっていますのでご安心を。最後の詠唱は、私でないと成就しませんから』
「ひとつ訊いてもいいだろうか」
リョーマと呪術師の会話を聞いていた手塚が、徐に口を挟んだ。
「やはりどうしても不思議なのだが…あなたはなぜ『新橋』にいたのですか?もっと都心の方や若者の多い街に行った方が、確率的にもあなたの求める恋人たちになり得る二人組は多かったのでは?」
穏やかな表情で手塚の言葉を聴いた呪術師は、さらにふわりと微笑む。
『私が見つけたかったのは、ただ単に「互いを想い合う恋人たち」ではありませんでした』
静かに語る男の言葉に、二人は黙って耳を傾ける。
『若者の街でなく、少し外れたところにあるような店に来てそっとペアのものを買うのは、世間的には許されざる恋をしている二人。切ないほど真剣に、強く、 相手を乞い願う者たち。私はそういった、呪力に頼ってでも相手を欲しいと思うような「叶わぬ恋をしている者」を探していたのです。かつて愛を失ってしまっ た、あの王子のように…』
「叶わぬ、恋……」
『国光さん、あなたの心は彼への苦しいまでの恋情で満ちていた。男同士だから叶うはずがない。受け入れてもらえるはずがない。幸せになどなれない、と……私の店の前で、すでにあなたはそんな考えに囚われていたでしょう?』
「…………」
男の問いかけに手塚は黙り込んだ。
「国光……」
リョーマがそっと手塚の腕に触れると、手塚はチラリとリョーマを見遣ってから静かに溜息を吐いた。
「……どうしようもなく惹かれてゆく心を、俺にはもう止められなかった。出逢った瞬間から俺の心はお前のことでいっぱいで、気がつくとお前を見つめてい た。目も、耳も、身体のすべての感覚が、お前を求め始めてしまった。……だが俺もお前もれっきとした男だ。お前に受け入れてもらえるとは思っていなかった し、誰にも認めてなどもらえないだろうと、思っていた……」
「国光……」
男は小さく溜息を吐くと、またふわりと微笑む。
『性別や身分に拘わらず、恋をするのは甘い感情だけではありません。相手を征服し尽くしたいという独占欲、それによって相手に拒絶されるかもしれないという恐怖が、常に心に同居します。相手を欲しいと思う分だけ、自分も何かを失くさなければならないかもしれない、と』
手塚はゆっくりと不二を、いや、不二の中の呪術師を、見た。
『でも、だからこそ、その恋は本物なんですよ、国光さん』
男の言葉と微笑みに、手塚は訝しげに目を細める。
『優しいだけの想いを恋とは言わない。相手を乞い、心を、そして身を焦がす。甘さと苦しさを併せ持つ感情、それが本当の恋です』
男は手塚とリョーマを交互に見た。
『世の全ての人が本当の恋を知ることが出来るわけではないんです。あなた方は、真の相手に巡り逢ったことを、感謝すべきですよ』
リョーマは小さく頷いた。そのリョーマを見つめ、手塚も表情を和らげる。
『でも、あなた方の心と身体には、かなり負担をおかけしたことは認めます。申し訳ありませんでした。ぜひお詫びをさせて頂けないでしょうか』
「お詫び?」
リョーマと手塚は声を揃えて聞き返し、怪訝そうに眉を寄せる。
『私の力はもうほとんど残っていません。ですから、今私の持てるすべての力で、あなた方をあらゆる邪気から護り、幸運をもたらすような術を…』
「いえ、それは必要ありません」
男が言い終わる前に、手塚が口を開いた。その隣でリョーマも大きく頷いている。
「そんな術かけてもらわなくても、オレたちは自分たちの力で幸せになってみせるよ」
「そういうことだ」
同じく強い光を放つ二人の瞳を交互に見た男は、静かに、そしてどこか嬉しそうに微笑んだ。
『そうですね……あなた方なら、これから先、何が起ころうと、きっと大丈夫です』
手塚がそっとリョーマの肩を抱き寄せる。リョーマは手塚を見上げ、微笑んだ。
『……でも、お節介だとは思いますが、やはりひとつ、プレゼントを残していきます。もしかしたらいつか役に立つ時も来るかもしれませんし…あなた方にはどういうプレゼントなのかは内緒にしておきますから、そのまま、自分たちの思うがままに、生きていってください』
「え…?」
『それでは、そろそろ私は行きます』
そういって男は軽く会釈をすると、壁際に歩いてゆき、そっと腰を下ろした。
『身体を貸してくださった周助さんのこと、よろしくお願いします』
「もう、…行くの?」
『はい。迎えが来てくれたようですので。……本当に、お世話になりました。さようなら。あなた方と出逢えて、良かっ………』
スッと男の瞼が閉じ、不二の身体が沈み込んだ。
「待って、名前、聞いてな……っ」
不二に駆け寄ろうとするリョーマの身体を、手塚が柔らかく制した。
「……もう、逝ってしまったようだ…」
二人の視線の先で、不二の身体がゆっくりと横に倒れてゆく。
「ぁ………」
リョーマの大きな瞳が潤んで揺らめいた。
思えばずいぶんとあの呪術師には振り回された。なのに、思い出す男はいつも微笑んでいて、なのにその微笑みはいつもどこか寂しげで。
「国光……」
「ん?」
リョーマは短く沈黙してから、揺れる瞳のまま手塚を見上げた。
「あの人は、……幸せだったのかな……」
「………」
「王子を幸せにするために指輪作って、なのに、王子も相手の女の人も不幸になっちゃって……あの人自身も、ずっと世界を彷徨うことになっちゃって……」
「リョーマ」
俯くリョーマを、そのまま、手塚が胸に抱き込んだ。
「…あの人の分まで、などと、おこがましいことを言うつもりはないが…俺たちが俺たちの思うように生きてゆくことが、彼の最後の願いなのではないのか?」
「………」
「あの人が指輪を作った時代の思想や、王子と娘の境遇、他にもいろいろな要因があって、彼らは結ばれはしなかった。もしかしたら、時代さえ違えば、二人は幸せになれたかもしれない。だとしたら、やはり俺たちに出来ることはひとつ」
手塚が腕を解き、覗き込むようにしてリョーマと瞳を合わせる。
「俺はお前を生涯愛し続ける。誰になんと言われても、誰がどんな手段を用いて妨害しようとしても、俺は、お前を離さない」
「……国光…」
「思想も、恋愛も、自由な時代であるからこそ、自分自身の意志で自分の未来を決めなければならない。だから…」
吸い込まれそうなほど透明なリョーマの瞳は真っ直ぐに手塚に向けられ、嘘や誤魔化しのない、真の言葉のみを待っている。
「だから、俺は俺の意志でお前を選び、傍にいたいと思う」
リョーマの瞳が、一瞬、強く煌めいた。
「……うん。オレも、オレの意志でアンタを選ぶ。そうしてずっと、アンタと一緒にいたい」
「リョーマ…」
手塚は瞳を揺らしてリョーマを力一杯抱き締める。
「大好きだよ、国光」
抱き締めてくる手塚に負けないくらい強く、リョーマも両手を手塚の背に回して思い切り抱き締め返した。
「リョーマ…」
手塚の身体が微かに震えているのをリョーマは感じた。そして自分の身体も同じように小さく震えているのがわかった。
この震えがなんなのかは、よくわからない。
何かに怯えているわけではない。
安堵から緊張が解けたわけでもない。
ただ、切ない、と思った。
あの呪術師の想いも、自分たちの互いへの想いも、切なくて、心ごと震えている。
「……あのさ、さっきの…」
手塚の腕の中で、リョーマが呟くように話す。
「ん?」
優しく聞き返されて、リョーマはほんのりと頬を染めながら顔を上げる。
「指輪を封印する時に、あの人にいろいろ訊かれたでしょ?あの時の雰囲気って、なんか、その……」
「結婚式の誓いのシーンのようだった、と?」
「ぁ……国光もそう思った?」
「ああ」
手塚はもう一度リョーマの身体を柔らかく胸に抱き込みながら、小さく笑った。
「…でも指輪がなくなってしまったな」
「ぁ、でもオレ、アンタにもらった指輪はちゃんと持っているよ」
リョーマは手塚からそっと身体を離すと、部屋の隅に置いてあった自分のバッグから何かを漁って手塚の元に戻ってきた。
「ほら、これ、アンタがくれたヤツ。これからはこれをずっと着けるからね」
「…………待て」
「え?」
リョーマが自分で指輪を嵌めようとするのを、手塚が優しく制した。
手塚は無言でリョーマに笑いかけ、机の引き出しから何かを持って戻ってくる。
「やはり買っておいて良かった」
「ぁ…」
ゆっくりと開かれた手塚の手の中には、リョーマと同じデザインのリング。
「国光…」
「俺もこれを常に身につけよう。……いいか?」
「エンゲージリング……って言うか、マリッジリング、かな?」
「そうだな」
手塚は微笑みながらリョーマの手の中の指輪を取り、代わりに自分の持ってきた指輪を渡した。
「薬指には、少し大きいか?」
「大丈夫。中指には少しキツイくらいだったから」
手塚は「そうか」と言って頷くと、リョーマの右手を取り、その薬指にリングを嵌めてやった。
「国光のも右手でいい?」
「ああ」
差し出された手塚の右手を取り、リョーマは自分がしてもらったようにゆっくりと、その薬指に指輪を嵌めてやった。
「リョーマ」
「なに?」
「愛してる」
「……オレも」
二人は見つめ合い、そっと唇を寄せ合う。
だが唇が触れ合う寸前、大きな咳払いが聞こえて二人の動きが止まった。
「そういうのは二人きりになってからにしてくれないかな」
「不二先輩!」
「………」
大きく溜息を吐きながら立ち上がる不二に、リョーマが駆け寄った。
「大丈夫っスか?不二先輩」
「うん。ちょっと眩暈みたいな感じはするけど、大丈夫」
心配そうに覗き込むリョーマにニッコリと微笑みながら不二が答える。
「……あの人、行っちゃいました」
「うん……わかってる。やっと楽になれるって、心の中で、そう言っていたよ」
「そっスか……」
少しホッとしたように微笑むリョーマに、不二も笑ってみせる。
「身体を貸していたおかげで、彼の本音もいろいろわかったよ。一時的に記憶も共有したから、彼が王子とどんなやりとりをしたのかも、わかったし」
「やりとりって……王子が好きな人と結ばれたいって、相談したんじゃないんスか?」
「そうだよ。でも王子の願いを引き受けた本当の理由は、あの人、最後まで言わなかったでしょ?」
「本当の理由?」
不二は小さく笑って頷いた。
「あの人…本当は王子のことを愛してた。だから、愛する王子が幸せになるためならと、王子への想いを隠し通して、あの指輪を作ったんだ」
リョーマは大きく目を見開いた。
「だけど、彼の心の中にあった嫉妬の欠片が、あの指輪を作り出す時に混じってしまったらしくて、あの指輪は、よほど強く互いを想い合っていなければ呪いが解けないようなシロモノになってしまっていたんだ」
「そんな…」
「自分から大切な王子を奪うくらいだから、自分よりも強い想いを持った相手でないと許せなかったんだろうね。それが災いして、結果は悲劇に終わってしまった」
いつの間にかリョーマの隣に並んできた手塚が、リョーマの肩をそっと抱いた。
「その悲劇を、彼は心のどこかで歓喜したに違いないんだ。王子は彼女のことをとても愛していたけれど、彼女は自分が王子を想うよりも弱い想いでしかなかった、とね」
「だからあの人は、自分に罰を科したというわけか。あの指輪の呪いを解くほど強く想い合う恋人たちに巡り会わない限り、自分の魂が昇華できぬように……」
手塚が静かに口を開く。不二は小さく頷いた。
「自分が王子を想う強さよりも強く愛し合う恋人を見つけて、自分の想いはまだ足りなかったのだと思いたかったんじゃないのかな……そう思うしか、王子への想いを断ち切る術がなかったのかもしれない」
「あの指輪の名前……『恋人たちの鎖』とは、あの人自身の想いのことも言っていたのだな………リョーマ?」
抱いている肩が小さく揺れていることに気づき、どうしたのかと手塚がリョーマの顔を覗き込んだ。
リョーマの瞳からはポロポロと透明な雫が零れ落ちていた。
「………どうした?リョーマ」
「ぁ……なんか……よくわかんないけど……悲しくて……止まらなく……」
ごしごしと顔を拭おうとするリョーマの手を、手塚がそっと掴む。
「…あの人のこと、恨んではいないのか?」
「なんで?…そりゃ、いろいろ振り回されたけど、こうしてアンタのものになれたんだから…もう全然恨んでなんかないっスよ?」
手塚はふわりと微笑むとリョーマを優しく抱き締める。
「…お前を選んだ自分を誉めてやりたい気分だ」
「え?」
「お前はそのままでいてくれ。ずっと……」
「ぁ……」
ギュッと強く抱き締められ、リョーマの身体の奥に小さな情欲の灯が灯る。
「………じゃあ、僕は失礼するよ。お邪魔でしょ?」
「ありがとう、不二。今回はいろいろ世話になった」
「また何かあったら相談に乗るよ。僕はずっと、君たちの味方だから」
「ありがとございました、不二先輩」
不二はニッコリ微笑むと二人に背を向けてドアノブに手を掛けた。
「それじゃ、ごゆっくり」
「…っ」
「……」
真っ赤になる二人を尻目に、含みのある微笑みを残して不二は部屋を出ていった。
しばらくの沈黙の後で、手塚が小さく溜息を吐く。その手塚をチラリと見上げてリョーマが静かに口を開いた。
「全部………終わったんだ……」
長い長い夢を見ていたような気がする。
手塚と二人で試合観戦をしたあの日からすべては始まり、こうしてかけがえのない存在を手に入れることが出来た。
じっと見つめれば、優しい瞳の手塚が間近で見つめ返してくれる。
それだけで、リョーマの心は幸せに満ち溢れた。
「ぁ……青い四角形……」
「ん?」
手塚の腕の中で壁に目をやったリョーマは、そこに貼られている大きなパネルに見入った。
「青い空と、山……の、写真?」
「……たぶん、これのことだと思っていた。昔、一度だけ登ったことのある山なんだ。マッターホルンという」
リョーマは手塚の腕からすり抜けて、そのパネルの前に歩み寄った。
「こんなに綺麗な色だったんだ……」
「本物はもっと素晴らしい色だった。いつか二人で行かないか?」
「うん。行く」
「…リョーマ」
手塚の瞳に、声に、艶が混じるのをリョーマは感じた。
「……せっかくアンタが出してくれた服だけど、……また脱いでもいい?」
「いや、出来れば俺が脱がしたいんだが…」
リョーマはプッと小さく吹き出すと、手塚の首に腕を回して抱きついた。
「大好き」
チュッと音を立てて手塚の唇に口づけると、すぐにその何倍も深い口づけが返ってきた。
甘い口づけに陶酔するリョーマから手塚が手早く服を剥ぎ取り、二人は縺れ合うようにしてベッドに倒れ込む。
「好きだ……愛している、リョーマ……」
「オレも、アンタが大好き。愛してる」
ぴったりと肌を合わせ、二人は深く口づける。
「早く、オレを繋いで。アンタの鎖で、オレをずっと縛り付けて」
「俺も…お前の鎖で繋いでくれ……リョーマ…」
「あぁっ」
一晩中開かされていたリョーマの蜜壺は未だに柔らかく、性急に手塚の雄が捩り込まれても痛みはなかった。
ゆるゆると揺すられながら、リョーマはうっとりと微笑む。
「好き…大好き……国光……っ」
「ああ……リョーマ……愛してる…」
部屋に二人の甘い吐息が満ちてゆく。
朝の光の中で、二人はほんの少しも離れぬようにと、強く深く、繋がり合い続けた。





手塚の部屋を出た不二は門の手前で立ち止まり、自分の右手の中にある物を見つめた。呪術師が身体にいる間中手の中にあった美しい銀細工の小箱は、呪術師とともに消え失せていた。
その代わりに不二の手の中にある物は、小さな十字の形をした銀細工のペンダント。
「ずいぶん大役を仰せつかっちゃったな」
不二はその右手をギュッと握り、ふと、二人のいる部屋を振り返った。
「でも、僕が適任なのかな。君たちのことは、僕が護ってあげる。二人とも大好きだからね」
十字型は『護り』の形。呪術師は最後の力をすべてそのペンダントに封じ、不二に託したのだ。
手塚とリョーマにとって、不二は最強のサポートとなる。
それが、呪術師から二人への、最期のプレゼントだったのだ。
「君たちを繋ぐのが愛という名の鎖なら、僕は友情という名の鎖、かもしれないね」
ふっと微笑み、不二は門を静かに開けて外に出た。
「でも、君たちの深い絆は、きっと誰にも崩せはしないよ」
もう一度二人の部屋を振り返ってから、不二は一人、清々しい朝の光の中を歩き出した。



















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20060802