| 
       「越前くん、明日ヒマ?」 
      リョーマはデジャヴを覚えつつ、上目遣いに優しい微笑みを湛えた先輩の顔を見つめた。 
      「明日の日曜日っスよね?………暇ですけど」 
      「じゃあ、僕達と遊びに行かない?」 
      「僕達?」 
      雲一つない快晴の空の下、コートの片隅で内緒話をするように、優しげな微笑みのまま不二がリョーマにそっと顔を寄せる。 
      「僕と、英二と、君と手塚」 
      「え…」 
      メンバーに手塚の名前が入っているのを聞いて、リョーマの瞳が一瞬煌めく。 
      「こういうのって、ダブルデートって言うのかな」 
      「なんスか?それ……」 
      帽子を深く被り直すふうを装って、綻んでしまう口元を隠しながらリョーマがぼそっと愛想無く呟く。 
      「とっても楽しい場所のチケットを4枚もらったんだ。他の連中には内緒だからね」 
      「楽しい場所ってどこっスか?」 
      「うーん…」 
      不二がちょっと考え込むようなしぐさをした。 
      「当日のお楽しみ、じゃダメ?」 
      「…………」 
      リョーマは一瞬寒気を感じた、が。 
      「君にとっても楽しい場所だよ。ただ手塚がどう言うかが心配なんだ」 
      「部長が?」 
      ますますリョーマは不審の目を不二に向けた。不二や自分が楽しくて、手塚が楽しくない場所…と考えを巡らすが、どうにも答えが分からない。 
      「エージ先輩にとっても楽しい場所?」 
      「もちろん!英二なんかはしゃぎまくっちゃうだろうね」 
      「ふーん」 
      不二はともかく、菊丸が素直に「楽しい」と感じる場所ならたぶん大丈夫だろう、とリョーマは結論を出した。 
      「部長はもう誘ったんスか?」 
      「それは君の役目でしょ?うまく誘ってね、越前くん」 
      語尾にハートマークをつけて不二が微笑む。 
      一抹の不安を抱えながらも、リョーマはとりあえず手塚を誘うことにした。 
      
  部活が終わって、いつも通りにコートの整備が始まる。 
      リョーマは右手をポケットに突っ込んだままトンボを引きずり、早足でコートの上を行き来した。 
      「真面目にやれ」 
      いつの間にか近くに立っていた手塚がリョーマに声をかける。 
      「ういーっス」 
      (ここにいるならいいか、ゆっくりでも…) 
      リョーマはチラッと手塚を見やると、歩調を緩めて丁寧に整備を再開した。 
      手塚は腕を組んでリョーマを見つめている。その様子を視界の隅で捕らえながら、ふと、リョーマは思った。 
      手塚がこうして自分を「見張って傍に立っている」時は、必ずあとで「何か話がある」時だ。 
      そう思って、また手塚を振り向くと、相変わらずの仏頂面が一瞬柔らかくなる。 
      リョーマは自分の予想を確信に変えると、やはり整備は早く終わらせよう、と歩調を早めた。 
      
  「明日の予定は空いているか?」 
      案の定、トンボを片づけていると手塚に軽く手招きされ、水飲み場の方へ誘導される。 
      その手塚から発せられた言葉にリョーマは「あ」と言って、少し困った顔になった。 
      「予定があるのか?」 
      「アンタもね」 
      「?」 
      「不二先輩がなんかのチケットを4枚ゲットしたんだって。それでオレとアンタも誘ってくれているんスけど…」 
      手塚の眉間にしわがきつく刻まれる。 
      「なんのチケットだ?」 
      「聞いてないっス。でも菊丸先輩も素直に楽しめる場所らしいから、たぶん変なのじゃないっスよ」 
      端から聞いていればとてつもなく失礼な会話だが、不二が絡んでいるのでは無理もない。 
      「………そうか…ならば大丈夫かもしれないな…俺の用事は夜からだし、いいだろう、行こう」 
      「夜から?それこそアヤシイじゃん」 
      リョーマが笑いながらそう言うと、手塚は「馬鹿者」と言って軽くリョーマの額を小突いた。 
      「…いいところに連れて行ってやる」 
      「なにそれ」 
      手塚がちょっと意地悪くそう言ったので、リョーマは軽く溜息をつきながら言い返した。 
      「不二先輩のマネしてんの?」 
      「俺は純粋にお前を楽しませてやりたいだけだ」 
      あいつと一緒にするなと言わんばかりの迫力でそう言った手塚に、リョーマは吹き出しそうになるのをなんとか堪えた。 
      「んじゃ、明日は昼の部と夜の部の、二部構成っスね」 
      手塚は頷きながら、ひとつ思い出したように「ああ」と付け足した。 
      「昼の部のあとで一度うちに寄ってくれ」 
      「?…いいっスよ」 
      「帰るか」 
      「ういっス」 
      明日のことを考えると、まさに期待と不安が入り交じった複雑な心境になるが、それでも手塚と同じ時間を過ごせることが、リョーマにとってはこの上なく楽しみだった。 
      
 
 
  翌日。 前日以上に見事な快晴。 
      不二たちとの待ち合わせの前に、リョーマは手塚と待ち合わせをして一緒に集合場所へと向かった。 
      「おっチビ〜!手塚〜!こっちだよーん!」 
      駅の改札で菊丸がぶんぶんと手を振っている。傍らには不二が楽しげに微笑みながら立っていた。 
      「すまない、待たせたか?」 
      「いや、そんなことないよ、時間ぴったり」 
      「楽しいな〜楽しいな〜、なっ、おチビ!」 
      「エージ先輩…重いっス」 
      駅の改札を出入りする人々が何事かとこちらをチラチラ見やっている。 
      ただでさえ顔立ちの整った個性派四人組であるのに、菊丸が先程から浮かれまくってリョーマに抱きつき、大はしゃぎしているのでは人目を引いてもしかたがない。 
      「英二、体力もたないよ?」 
      「へーき、へーき!早く行くにゃ!」 
      菊丸の言葉に頷いた不二を見ながら、リョーマと手塚がほとんど同時に声を揃えて言った。 
      「どこへ!?」 
      
 
  轟音と共に頭上を『鉄のかたまり』がものすごいスピードで通り過ぎる。 
      通り過ぎた先で急にカーブを描いて方向転換が行われると、その『鉄のかたまり』に乗っている人々から悲鳴が上がった。 
      「うっわ〜!アレ乗りたい!不二ぃっ!一発目はアレがいい〜アレアレアレ〜!!!」 
      菊丸が人々の悲鳴と共に通り過ぎていった『鉄のかたまり』を指さして瞳を輝かせた。 
      「そうだね、今ならそんなに並んでないし、アレでいい?越前くん」 
      「え、あ、はぁ、オレはなんでも…」 
      「手塚は?他のがいいかな?」 
      「いや……………。」 
      不二はニッコリ微笑むと、じゃアレに乗ろう、とスタスタ歩き出した。 
      歯切れの悪い手塚を不審に思ってリョーマが見上げると、心なしか端正な顔がひきつっている。 
      「…どうかしたんスか?」 
      「………いや……。」 
      「ふーん」 
      勘のいいリョーマはその手塚の様子を見てピンときた。 
      (なるほどね。そーゆーことか……) 
      リョーマは横目で手塚を盗み見ながら、こっそりと人の悪い笑みを浮かべた。 
       10分ほど並んだあとで、リョーマたちの順番が回ってきた。 
      偶然にも先頭に乗ることができて、菊丸のテンションは上がりっぱなしである。 
      「やったやった〜!すごい滅多に先頭なんて乗れないよね!すごーい、ラッキ〜!」 
      「越前くん、前に乗る?」 
      「いや、いいっス。前に乗ったら『イイモン』見られないじゃないっスか」 
      ニヤリと笑ってそう言うリョーマの顔を覗き込んだ不二が、リョーマと同じように、いや、それ以上に人の悪そうな笑みを一瞬浮かべてクスッと笑った。 
      「僕も見たかったんだけどな。変わり番こってのはどう?」 
      「ヤダ。この人、オレのだから」 
      その一言を聴いた不二は一瞬きょとんと目を見開いたがクスクス笑って「それじゃあ仕方ないか」とあっさり引き下がった。 
      オレのだから、と言われた当の本人は腕を組んだままジッと何かを考え込むように微動だにしていない。 
      そして、ガコンガコンと大きな音をたて、不自然にブレーキをかけながら、8人乗り4両編成のライドがいよいよ入ってきた。 
      乗客整理係の女性スタッフの指示に従って順に乗り込んでゆく。 
      「あ、眼鏡、外された方がいいかもしれません」 
      「え、ああ、はい」 
      手塚が呼び止められてアドバイスを受ける。すぐに眼鏡を外すと、その下から現れた美麗な面持ちに、女性スタッフの瞳が一瞬釘付けになる。 
      「後ろつかえてんだけど」 
      リョーマが手塚の背中を軽く押すと、女性スタッフは我に返ったように他の乗客の整理に向かった。 
      「ほら、それ、ベルトして。そしたらこれ下ろして」 
      「…ああ」 
      シートに乗り込んだリョーマは勝手がつかめていない手塚の世話をあれこれと焼いてやる。 
      乗客の準備ができたところで、女性スタッフが帽子を取って行ってらっしゃい!と元気よく頭を下げた。 
      一瞬の間をおいてから「ガコン」という大きな音と共に動き始め、ゆっくり加速が始まった。 
      どんどん高みへと登ってゆく感覚に、スリル感も高まってゆく。 
      リョーマはちらりと隣の手塚を見る。 
      (あれ?) 
      手塚の表情は変わっていなかった。普段と同じく、凛とした瞳で前方を見つめている。 
      自分を見つめる視線に気付いた手塚が、リョーマを見やった。 
      「どうした?」 
      「…べつ…っ!」 
      リョーマの言葉が終わらないうちにライドが急降下した。 
      前のシートの菊丸はすでに万歳状態で「うひゃ〜」だの「わお〜」だのと奇声を発している。その隣の不二も笑いながら菊丸を見ている。 
      リョーマはもう一度手塚を見た。 
      (おかしい) 
      乗り込む前の手塚の様子から察するに、手塚はこの『絶叫マシン』系が苦手なんだとリョーマは思っていた。 
      だがいざ発進してみると手塚はいたって落ち着いて座っている。 
      手塚ばかりに気を取られていたリョーマは、いきなりの方向転換に、一瞬本気で悲鳴を上げた。 
      「うわぁぁっ!」 
      だが次の瞬間、その高揚感に笑いがこみ上げてきた。 
      「あははははっ、やっほーっ!!!」 
      リョーマも思いっきり声を出してみる。 
      目まぐるしく変わる視界、身体にかかる重力、そして時には浮遊感、どれもがリョーマに子どもっぽい表情をさせる。 
      最後のループを回りきったところで急角度に方向転換し、速度がいきなり落ちた。 
      「ちぇ〜、もう終わり〜?」 
      前のシートで菊丸が残念そうな声を上げている。 
      リョーマは大きく息を吐いて横の手塚を見た。手塚も大きく息を吐いているところだった。 
      「平気?」 
      ちょっとからかうように手塚を覗き込むと、手塚は苦笑しながら大丈夫だと言った。 
       アトラクションの出口に向かう途中でリョーマは不二の袖を軽く引っ張った。 
      さりげなさを装いながら小声で不二に疑問をぶつけてみる。 
      「ねえ、あの人平気そうなんだけど」 
      「そう?」 
      にこやかに返されて、リョーマは少しムッとした。不二に「なんだ、表情の変化に気付かなかったの?」と言われた気がした。 
      そんなリョーマと不二のやりとりに気付かずに、菊丸が次のターゲットをキョロキョロと目で探す。 
      「あーっ!今度はアレね!決まり〜!!!」 
      菊丸が指さしたのは、先程のジェットコースターよりもレベルが上のスリル感で人気のものだった。 
      乗客は宙づりにされた状態でグルグルと振り回されるのだ。 
      リョーマはまた手塚を見やった。表情は変わらない。 
      (実は全然平気、とか?) 
      そう考えそうになって、いや、きっと苦手なんだろう、と思い直す。何と言っても「あの不二」が「楽しみに」していたほどだ。きっとリョーマでさえ見たこともない手塚の一面を見られるはずなのだ。 
      (絶対見逃さない!) 
      半分意地になって、リョーマは手塚から目を離さないと自分に誓った。 
      
  その後、休む間もなくアトラクションに乗り続け、それでもテンションが下がる気配のない菊丸をどうにか不二が宥めて、暫しの休憩タイムになった。 
      かなり人出も多くなり、それだけでも疲れを感じる。 
      「手塚、あそこのベンチ、確保しておいてくれる?」 
      売店の前で不二が手塚を振り返って、めざとく見つけたベンチを指さし「早く、今のうち」と促した。 
      「わかった」 
      不二の言うとおりにベンチに向かう手塚の後ろ姿を見送りながら、リョーマが不二に近づいた。 
      「ねえ、やっぱりいつもと変わんないンだけど」 
      「そっか、手塚の精神力は並みじゃないからね」 
      「精神力……」 
      遊園地に来て精神力を発揮されるのもなんだかな、と思いつつリョーマは溜息をつく。 
      「でもやっぱり相当疲れているみたいだね、ほら…」 
      不二が顎で手塚を示したので、リョーマは「え?」と言いながら手塚を振り返った。 
      ベンチに座った手塚は疲れが出たのかぐったりと背もたれに寄りかかって目を閉じている。心なしか顔色も悪い。 
      「あそこのお化け屋敷の裏の方ね、あんまり人が来ないんだ。そっちに手塚を連れていって休ませてあげてくれる?」 
      「……いいんスか?」 
      不二は軽く声を上げて笑い、「僕はそんなに人でなしじゃないよ」と自然な微笑みでリョーマに言った。 
      「それに、ウチの部長に無理をさせて体調崩されたら困るしね」 
      リョーマは素直に頷くと手塚の座っているベンチに向かった。 
      「ねえ」 
      手塚の傍らに立ち、ポケットに手を突っ込んだまま手塚を見下ろす。 
      「ん、座るか?」 
      「いや、あのさ、不二先輩が少し別行動しないかって。菊丸先輩がまた同じヤツに乗りたいのがあるとかで。オレ別のがいいし」 
      手塚は溜息をつくとリョーマを見上げた。 
      「我が儘なヤツだな」 
      「ふーん、じゃあ、アンタはあっちの二人と一緒がいいわけ?オレ一人にして、誘拐とかされたらどーすんの?」 
      手塚は額に手を当てて、また溜息をついた。 
      「わかった」 
      「あとさ、あそこの売店にオレの好きなヤツがないんだけど。あっちまで行くの付き合ってよ」 
      「………」 
      手塚が仕方なさそうにゆっくりと立ち上がると、タイミング良く不二と菊丸が歩いてきた。 
      「確保ありがとう、手塚」 
      「すまない不二、こいつがちょっと向こうまで行きたいらしいんでな」 
      「うん、構わないよ。じゃあ、お昼にまたここで集合しようか」 
      「わかった」 
      不二が手塚に気付かれないようにリョーマにウインクすると、リョーマは肩をすくめて口をへの字に曲げて見せた。 
      
  不二の教えてくれた方面は、本当に人気が無く、数カ所のベンチもほとんど人が座っていない。 
      「はい、アンタはここに座って。飲み物、何がいい?」 
      「え?」 
      「なんか飲みたいでしょ?」 
      手塚は一瞬目を見張ると苦笑した。 
      「すまんな」 
      「乗り物に酔ったときって糖分摂った方がいいんスよね。でも炭酸は悪化させそうだから…カフェ・オレかなんかでいい?」 
      「ああ、頼む」 
      リョーマは微笑むと「ちょっと待ってて」と売店に向かった。 
       目当てのものを購入してリョーマがベンチに戻ると、やはり手塚がぐったりと背もたれに寄りかかっている。 
      「くにみつ」 
      呼ばれて手塚が少し驚いたようにリョーマを見上げた。 
      「はい、これ飲んで」 
      「すまない」 
      「…大丈夫っスか?」 
      カフェ・オレを数口飲んで、手塚がまた苦笑する。 
      「苦手なら乗らなくてもいいのに…付き合い良すぎっスよ」 
      隣に腰を下ろしながら少し怒ったような口調でリョーマが言うと、手塚が溜息をついた。 
      「でも、お前は楽しいだろう?」 
      「え?」 
      「楽しんでいるお前を傍で見ているのは、俺も楽しいんだ」 
      手塚の言葉にリョーマは大きく目を見開き、次の瞬間、耳まで真っ赤に染まった。 
      「ア、アンタがフラフラになったらオレは楽しくないっスよ!」 
      「そうだな…すまん」 
      「もう、アンタって……!」 
      リョーマは空になっている紙コップを手塚の手から取り上げると自分の分とまとめて足下に置き、強引に手塚を引き寄せて自分の膝の上に頭を乗せる恰好で横たえさせた。 
      「おい…っ!」 
      「少しこうしてれば良くなるんじゃない?大丈夫、誰もいないっスよ」 
      まだ何か言おうとした手塚は、リョーマに優しく髪を撫でられておとなしくなった。 
      ちょうど日陰になっているベンチを、さわやかな風が通りすぎてゆく。 
      「…気持ちいいな」 
      目を閉じながら手塚がそっと呟く。 
      リョーマは手塚の髪を優しく梳きながら、その端正な顔を見つめていた。 
      「誰かに髪を梳いてもらうのは久しぶりだ…」 
      リョーマは手を止めて、少しウェーブのかかった色素の薄い髪を指先で弄んだ。 
      「ヒザマクラなんて、初めてっスよ、オレは」 
      リョーマがクスッと笑ってそう言うと、手塚もクスッと笑った。 
      「俺も初めてだ。…重くないか?」 
      「うん、大丈夫」 
      そのまましばらく二人は何も喋らなかった。 
      賑やかなはずの遊園地の雑音が、まるでそこには届かないかのような不思議な錯覚が起こる。 
      (オレとアンタしかいないみたい…) 
      リョーマは空を見上げた。 
      突き抜けるような真っ青な空には、雲がひとつもない。 
      優しい風に揺らされた木々の葉が、微かな音をたてた。 
      膝の上の手塚に視線を戻したリョーマは、その顔色がだいぶ良くなっていることに気付き、そっと安堵の溜息をついた。 
      (アンタはオレのためには無茶なことばっかするよね…) 
      手塚はいつも、言葉には出さないが、自分自身よりもリョーマを優先する。 
      出逢って間もない頃に手塚に挑まれた試合の時も、リョーマは手塚の肘のことも、深い考えも、知るはずもなかった。 
      その後も、きっと自分の気付かないところで何度も手塚に助けられているのだろう、とリョーマは思う。 
      何より、手塚国光という存在自体が、今のリョーマの支えになっていると思えた。 
      「好きだよ…くにみつ…」 
      想いが溢れて言葉になって出てゆく。 
      ゆっくりと目を開けた手塚の瞳がリョーマを捕らえ、優しく微笑んだ。 
      「リョーマ…」 
      そっと、手塚の手がリョーマの頬に伸ばされる。 
      その手をとってリョーマが握り返し、二人は視線を絡ませ合った。 
      「……早く夜になんないかな」 
      リョーマが甘い溜息を漏らしながら、我が儘な呟きを口にする。 
      「ああ、そうだな…」 
      手塚も微笑みながらそう言うと、もう一度ゆっくりと目を閉じた。
 
 
  約束の時間になって、回復した手塚と共に姿を現したリョーマを見ると、不二がこっそりVサインを送ってくる。 
      リョーマは微笑んで頷き、何事もなかったかのように菊丸に「結局何乗ったんスか?」などと尋ねたりした。 
      4人揃って昼食をすませると、しばらくノンビリと歩いてまわり、不二の持ってきていたカメラで写真を撮ったりして、午前中とは違う流れの時間を過ごした。 
      そろそろ日が傾いてきた頃、菊丸がひときわ目立つアトラクションを指さした。 
      「最後と言えば、アレしかないっしょ!」 
      日本でも屈指の大きさを誇る観覧車である。一周するのに15分以上はかかるらしい。 
      「いいね、そうしようか」 
      不二の言葉にリョーマが頷き、手塚も今日初めて心から頷いた。 
      「手塚たち、先に乗っていいよ」 
      「わかった」 
      当然のように二人ずつに別れて乗り込み、ゆらゆらと揺れながら次第に高度を増してゆくと、小さな部屋が二人だけの世界へと変わってゆく。 
      密閉された独特の空気が、自分の鼓動さえも相手に伝えてしまいそうで、リョーマはほんの少し照れくさくなって手塚の向かい側に腰を下ろす。 
      「今日は途中、すまなかったな……ちゃんと楽しめたか?」 
      「うん、アンタの髪もいじれたし」 
      クスッと笑いながら上目遣いに見上げてくるリョーマに、手塚の鼓動が一瞬大きく鳴った。 
      「こっちへ来ないのか?」 
      「丸見えだから、変なコトしないでね」 
      「ばか…」 
      クスッと笑いながら手塚がリョーマを迎え入れるように両手を広げる。 
      「くにみつ」 
      その腕の中へ、リョーマは素直に身体を預ける。 
      手塚の腕がしっかりとリョーマの身体を抱き締めると、互いの鼓動が相手への想いを伝えてきた。 
      リョーマは少し身体を離して前後を確認すると、そっと手塚の唇に自分の唇を寄せた。 
      小鳥が啄むようなキスをすると、手塚がクスッと笑った。 
      「変なことはしないんじゃなかったのか?」 
      「今ならどっちからも見えないからいいんスよ」 
      そう言ってもう一度唇を寄せてくる。すると今度は手塚が少し強引に舌を絡めてきた。 
      「ん…っ」 
      手塚に力強く抱き締められ、リョーマが甘い吐息を漏らす。 
      「ダメっスよ、もう、見えちゃう…から…っ」 
      「もう少し…」 
      そう言いながら、再び手塚の唇が深く重なってくる。 
      それに応えながらリョーマがうっすらと目を開けると、綺麗なオレンジがかった太陽の光が小さな部屋の中を満たしていた。 
      「すごい…キレイ…」 
      手塚の身体をそっと押して唇を離すと、リョーマが窓の外を見ながら呟く。 
      「ああ、いい眺めだな…」 
      手塚もリョーマの身体を抱き締めたまま窓の外に視線を流すと、眩しそうに目を細めながら感嘆の言葉を口にした。 
      「昼の部、終了っスね」 
      「そうだな」 
      二人は顔を見合わせると、まだまだ続く二人の時間を思って楽しげに微笑みあった。
 
  「じゃあ、ここでね」 
      すでに大きく日が傾いた頃、4人は自分たちの住む町の駅に着いていた。 
      「今日はありがとう、不二。おかげで楽しませてもらった」 
      「いや、僕の方こそ……写真、あとで焼き増しするね」 
      「んじゃね!おチビ、手塚、まった明日〜!」 
      「ありがとうゴザイマシタ」 
      それぞれが楽しい一日を過ごせたようで、リョーマと手塚は笑顔で不二たちと別れた。 
      不二たちと反対方向へ歩きながら、リョーマは手塚を見上げる。 
      「で、夜の部は?」 
      「ああ、ちょっと俺の家に寄ってくれ」 
      「はーい」 
      リョーマは胸を躍らせながらオレンジ色に染まる道を手塚と並んで歩いた。
 
 
  
      夜の部へ→   
      |