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  「……ねえ、今日は一回で終わるつもり?」 
      荒い息も整わないうちに、リョーマが手塚に挑発的な瞳を向けてくる。 
      「…大丈夫なのか?」 
      「全然へーきっスよ」 
      手塚は小さく笑うと、リョーマから自身を引き抜いた。 
      「あ…っ」 
      そのまま、今まで手塚を受け入れていた後孔に湯をかけてとりあえず周りを綺麗にしてやる。 
      「来い」 
      「え?」 
      手塚がリョーマを引き寄せて抱き上げると、そのまま湯の中に深く身を沈めた。 
      「………もう満足しちゃったわけ?」 
      「お前は?」 
      頬を染めて答えに迷っているリョーマに優しく笑いかけ、手塚がそっと口づける。 
      「インターバルをおこう。一晩中ここでしているわけにもいかないしな」 
      唇を掠めながらそう囁く手塚に、リョーマは「一晩中する気?」と、ちょっと呆れたような瞳を向ける。 
      「 …落ち着いたら部屋に戻るぞ」 
      「…うん」 
      「リョーマ」 
      「……なに?」 
      手塚は、今、自分の胸に満ちている想いを全て言葉にすることができない気がして、何も言わずにリョーマを抱き締めた。 
      「……今夜のアンタも、なんか変」 
      「そうか?………いや、そうかもな……」 
      「でもさ…」 
      抱き締められながら、リョーマが手塚の肩にそっと手を置いた。 
      「今夜のアンタ、今までで最高にいい顔してる」 
      「………そうか……」 
      そのまま二人はしばらく互いの鼓動を感じ合った。 
      静かな水面に、月が輝いていた。
 
 
 
 
  翌日、手塚が目を覚ますとリョーマが自分の腕の中で子猫のように丸まっているのに気づいた。 
      結局風呂から上がって布団に入った二人は、一日でたくさんのことが起きて疲れがあったらしく、そのまま眠ってしまった。 
      幼さを感じさせるリョーマの寝顔を見つめながら、再び微睡みそうになってきた手塚は、時間が気になって枕元に置いたはずの時計を手探りで探し出した。 
      「……………っ!?」 
      時刻を確認した手塚が言葉を失う。 
      起きなくてはならない時間を大幅にオーバーして、すでに午前中の部活の開始時間にも間に合いそうもない時刻だった。 
      「リョーマ、起きろっ!おいっ!」 
      「ん………はよっス……なに?」 
      「寝坊だ……急いで着替えよう」 
      テキパキと布団を片づけて制服に着替える手塚をぼんやり見つめながら、リョーマは大きなあくびをした。 
      「とりあえず、境内の掃除をしなければならんな……こら、モタモタするな」 
      「はぁ〜い」 
      緊張の欠片もないリョーマの返事に、手塚がガックリと脱力する。 
      「…置いてくぞ」 
      「ヤダ」 
      「ならば、早く支度しろ」 
      「はぁ〜い」
 
  どうにかこうにか支度を整えると、二人は境内の掃除を始める。 
      そこへ住職がニコニコしながら歩いてきた。 
      「おはようございます、すみません、寝坊してしまいました」 
      「おはようございます」 
      手塚とリョーマは住職に向かって頭を下げた。 
      「ああ、いいんですよ。さっき覗きに行ったら気持ち良くお休みだったので、そのままにしておいたのは私ですから」 
      「え?」 
      「………」 
      手塚の表情がわずかにひきつった。確か自分たちは抱き合うようにして眠っていたはず……。 
      「あなた方は本当の兄弟のようなんですね。仲がよろしくて、本当に微笑ましいお二人の寝顔でした」 
      「はぁ……お恥ずかしいです」 
      「先に朝食をお上がりなさい。掃除はだいたい私がしておきましたから。明日には寺の者も出先から帰りますし。本当にご苦労さまでした」 
      さすがのリョーマもちょっと恐縮しながら、二人は住職の本宅へ朝食を頂きに上がった。 
      「そういえば、昨日お話してくださったお墓というのはどこにあるのですか?」 
      手塚は自分に入り込んだ若者の墓を見てみたいと思った。 
      リョーマもふと顔を上げて住職を見つめる。 
      「墓?どなたの墓ですって?」 
      「昨夜お話くださった戦国時代の若者の………出家してこちらで亡くなったという…」 
      住職がキョトンとしたまま黙ってしまったので、手塚とリョーマは顔を見合わせた。 
      「あの……申し訳ありませんが、なんのお話やら私には……戦国時代の若者、ですか?」 
      「ええ、崇徳院の歌を交わし合いながら主人との再会を願って亡くなったという…」 
      住職は腕を組んだまま考え込んでしまった。 
      どうやら本当に、住職にはなんのことだか分からないらしい。 
      (そんなバカな……) 
      手塚とリョーマは、そのまま深く追求せずに部活へと向かった。
 
 
  「ふぅん、あのご住職が、そんなことを…?」 
      なんとか滑り込みで部活に間に合った二人は、また昼食の休憩時間に不二を呼び出した。 
      今朝の住職の不可解な様子を不二に話して聞かせると、全て聞き終わってから不二が顎に手を当てて考え込み始めた。 
      「………そうか……そういうことなんだ…」 
      「どーゆうことっスか?」 
      一人で納得しているらしい不二を上目遣いで見上げながら、リョーマが先を促す。 
      「越前くん、手塚が倒れ込む前、誰かの声が聞こえたよね?」 
      「え、ああ、そっスね」 
      「やっぱり相手もあの若者のことをずっと待っていたんだよ」 
      「え?」 
      つまり、と、不二は話をし始めた。 
      愛しい主人が出家を許されて自分の元に戻るのを待ち続け、そのまま願い叶わずに命を落とした若者は、想い人が必ず『寺に戻ってくる』と信じてあの『寺』自体に執着してしまった。だから天に案内してくれるはずの『案内人』の声も聞こえず、傍にいた想い人の声さえ届かなかったのだ。 
      だが、手塚の中にいたその若者に、リョーマの声は届いた。自分の大切な人の待つ天界へ行けと言う言葉が。 
      そして若者は「天界へ行きたい」という意志を持った。愛しい想い人の待つ天界へ行きたいと、心から願った。 
      そうして『寺』の呪縛から解き放たれた若者は、すぐ傍で自分を待っていてくれた想い人を見つけることができ、二人は何百年も経ってやっと再会できたのだ、と。 
      「なるほどな…あの住職の身体を借りて俺たちに語りかけていたのは、若者を待つ主人の魂だったわけか…」 
      「たぶんね」 
      「ふーん…ま、よかったんじゃない、すっぱり解決して」 
      終わったことには興味がないかのようなリョーマの素っ気ない言葉に、手塚が眉を寄せる。そんな二人を見て不二がクスクスと笑った。 
      「不二先輩が、このままじゃ二人とも危ないとか言うから、結構焦ったけどね」 
      「不二…お前、越前にそんなことを言ったのか?」 
      「だって……」 
      不二が二人に向けていた切れ長の瞳を楽しそうに細めてから、心底心配していたとでもいうように言った。 
      「あの若者に手塚が取り憑かれたままでいたら……まあ取り殺されたりはしないだろうけど……でも君たち、一日中愛し合っちゃいそうで。そうしたらいくら君たちでも、身体が持たないでしょ?」 
      「……………」 
      「……………」 
      「あ、英二、食べてすぐ走り回っちゃダメだよ」 
      絶句した二人を残して不二が菊丸の元へ歩いて行ってしまった。 
      「…ねえ」 
      「なんだ」 
      「不二先輩が一番人騒がせなんじゃない?」 
      「かもな」 
      二人は揃って大きな溜息をついた。 
      それでも、と手塚はふと思う。 
      大切な想い人をなくす悲しみやつらさ、苦しさを、身を以て知ることができた。だからこそ、自分はリョーマを手放したりしない、と心に強く誓うことができる。 
      そして、愛する者を守りたいと願う想いは、対等でありたいと願う想いと相反するものなのではなく、愛しいと思う故の自然な、それでいてとても大切な想いであると言うことに、今更ながらに気づくことができた。 
      「感謝しなくてはならないのかもしれない」 
      「え、なに?」 
      「情けは人のためならず、だ」 
      「?」 
      キョトンと見つめてくるリョーマが愛しくて思わず抱き締めそうになるが、ここが校内であることを思い出し、手塚はひとつ咳払いをした。 
      「そろそろ戻るか」 
      「ういーっス」 
      「全国へ行くぞ」 
      「ういっス!」 
      二人は肩を並べて、緑の鮮やかなテニスコートへと戻っていった。
 
 
  
      
      THE END   
      2002.11.18
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