吉岡生夫のプロフィール
                                          

仏紀二四九四年、徳島県に生まれる。卯年。                                 
                                                      

                                                    
  さればこそ月に草食獣がをり


                          吉岡生夫

                                                       


(坪内稔典・選『一億人のための辞世の句』蝸牛社・1997年)

                                                  

詩は志なる由を書いたる句を見せつ死も亦詩なり史はさらに詩ぞ
                                    塚本邦雄歌集『詞歌芳名帖』(書肆季節社・1990年)


参考図書/嶋岡晨著『秀歌新選』(飯塚書店・1983年)/三枝昴之編『戦後派歌人の総展望 処女歌集の風景』(ながらみ書房・1987年)/塚本邦雄『現代百花園』(花曜社・1990年)/田島邦彦編『この歌集この一首 現代短歌のディテール』(ながらみ書房・1991年)/村野幸紀『歌びとたち』(邑書林・1998年)/馬場あき子著『うたの歳時記 はるかな父へ』(小学館・1999年)/小池光・今野寿美・山田富士郎編『現代短歌100人20首』(邑書林・2001年)/北村薫著『詩歌の待ち伏せ 下』(文藝春秋・2003年→文春文庫・2006年)/小島ゆかり著『うたの観覧車』(柊書房・2003年)/坪内稔典監修『くもんの短歌カード』(くもん出版・2005年)/徳島県立近代美術館編『コレクション+αで楽しむシリーズ 文学「美術を《よむ》」』(徳島県立近代美術館・2005年)/「短歌現代」7月号別冊『大正昭和の歌集』(短歌新聞社・2005年)/日本近代文学館編、中村稔・馬場あき子責任編集『恋うたの現在』(角川書店・2006年)/黒瀬珂瀾著『街角の歌 365日短歌入門シリーズ』(ふらんす堂・2008年)/川合千鶴子著『一首に想う』(短歌新聞社・2008年)/小高賢編著『現代の歌人140』(新書館・2009年)/沖ななも著『季節の楽章 短歌で楽しむ24節気』(本阿弥書店・2012年)/岡部史著『お菓子のうた 甘味の文化誌』(ブイツーソリューション・2012年)/梅内美華子著『現代歌枕 歌が生まれる場所』(NHK出版・2013年)/北村薫著『うた合わせ 北村薫の百人一首』(新潮社・2016年)/島田修三『昭和遠近 短歌でたどる戦後の昭和』(風媒社・2022年)


篠弘・馬場あき子・佐佐木幸綱監修『現代短歌大事典』(三省堂・2000年)より人名項目「吉岡生夫」
吉岡生夫(よしおか・いくお)一九五一・四・八~
《略歴》徳島県川島町生まれ。龍谷大学文学部卒。一九七0(昭45)年、「短歌人」入会(後、同人)。八七年から九五年まで、同誌編集委員。この間、同人誌「十弦」に参加。九三年、同人誌「鱧と水仙」の創刊に参加。
《作風》第一歌集『草食獣』から一貫して、感覚の鋭さや美学を頼りとしない作風を守っている。平明な用語と文体とによって、ごくありふれた市井人としての自己を描きながら、作品の背後には「ふつうの人」に寄せる同胞意識と自虐的なまなざしとが混在し、ほのかな哀愁が漂っている。
《歌集・歌書》歌集に、『草食獣』(七九・七 短歌新聞社)、『続草食獣』(八三・一二 同前)、『草食獣勇怯篇』(八八・九 同前)、『草食獣第四篇』(九二・九 和泉書院)、『草食獣第五篇』(九八・三 柊書房)がある。評論集に、『草食獣への手紙』(九二・九 和泉書院)がある。
《代表歌鑑賞》
  ポケットよりやをらをとこの取り出しぬ位牌のやうな携帯電話               (『草食獣第五篇』)
□携帯電話のもつ機能や使われ方ではなく、形状と大きさに焦点を合わせた作品。携帯電話を位牌のようだとみるところに、独特の視線の定め方がある。そのまなざしによって、物体が自己の存在を語り始める。[武下奈々子]

浦西和彦・堀部功・増田周子『四国近代文学事典』(和泉書院・2006年)より人名項目「吉岡生夫」
吉岡生夫(よしおか・いくお)
昭和二十六年四月八日~。歌人。徳島県麻植郡川島町(現吉野市)に生まれる。地方公務員。昭和四十五年「短歌人」に入会、のち同人。「十弦」「鱧と水仙」創刊に参加。歌集『草食獣』(昭和54年7月10日、短歌新聞社)、『続草食獣』(昭和58年12月25日、短歌新聞社)、『草食獣勇怯篇』(昭和63年9月14日、短歌新聞社)、『草食獣第四篇』(平成4年9月30日、和泉書院)、『吉岡生夫集』(平成15年8月10日、邑書林)。評論集『草食獣への手紙』(平成4年9月30日、和泉書院)、『辞世の風景』(平成15年2月10日、和泉書院)。
 ふるさとは四国三郎吉野川手に金剛の杖あるぞかし
 七ケタの「ぽすたるガイド」徳島に七福神の棲むてふ噂      [浦西和彦]        


社団法人 日本文藝家協会会員(平成19年入会)
現代歌人協会会員(昭和62年入会)
大阪歌人クラブ会員(平成16年4月再入会。16年より理事。平成29年より常任理事)
芸術文化団体半どんの会会員(平成15年入会)
日本現代詩歌文学館振興会評議員(平成20年4月15日~令和7年3月31日)
2016年「第7回角川全国短歌大賞」兵庫県選者~現在
平成25年度より令和3年度まで、第2号から第10号まで兵庫県高等学校文芸部会の短歌選者を務める
日本歌人クラブ会員(令和元年入会)

□平成14年度芸術文化団体半どんの会文化賞(現代芸術賞)受賞


 略年譜
 昭和二十六年 四月八日、両親の郷里である徳島県麻植郡川島町で出生。父正文。母鈴子の次男。父は早くに両親を亡くしたために大阪の次姉の手で育てられた。旧制北野中学卒業。官立無線電信講習所(現電気通信大学)を経て終戦の年に徳島県巡査となる。母は徳島県立美馬高等女学校卒業。結婚するまで徳島県庁勤務。転勤が多かった。脇町、池田町、香川県高松市、徳島県徳島市、覚えているのは夜中に目が覚めると父親が拳銃を構えていたことである。母が小声で数を勘定していた。後に射撃大会の練習であることを知る。「第一回県下警察けん銃射撃大会個人競技第四位」の賞状が残っている。昭和三十三年、大阪に転勤。堺市の父方の伯母(長姉)の家に同居。東三国丘小学校に通う。半年後、兵庫県川西市に転居。学校は川西小学校。母方の伯母の家で一年ほど従兄弟たちと暮らす。初めてチキンラーメンを食べる。以後、市内で二度転居。
昭和三十九年 四月、川西中学校に入学。剣道部に所属。文学に関心を持つ。
昭和四十二年 兵庫県立伊丹高等学校入学。「高校文芸」(東京出版センター)に短歌や俳句などを投稿。杉山隆の名を知る。「短歌人」を手にする。思潮研究会所属。
昭和四十五年 龍谷大学文学部仏教学科に入学。父の書が残っている。私に「学問一生宝」、京都大学の学生であった兄には「学問無近道」、いずれも「祈念謹書父」とある。十二月、短歌人会入会。
昭和四十六年 四月二十二日、父鑑識業務遂行中に倒れる。同三十日死亡。享年四十六歳。八月十二日、森ノ宮の青少年会館で大阪府警本部刑事部葬。昭和四十二年に指紋検出用シリコン加工筆の考案で科学技術庁長官賞を受けている。この年、関西歌会が発足する。
昭和四十七年 二月、浅間山荘事件。
昭和四十九年 龍谷大学卒業。四月、川西市役所に就職。福祉事務所に配属される。
昭和五十年 小池光、藤原龍一郎、長谷川富市、平野久美子、川田由布子らと同人誌「十弦」創刊(昭和五十四年、十号で終刊)。
昭和五十四年 歌集『草食獣』(短歌新聞社)を刊行。児玉恵子と結婚。
昭和五十五年 二月十六日、大阪共済会館で出版記念会。司会を蒔田さくら子。批評は高安国世・岡部桂一郎・米満英男・宮崎信義・米田律子・小西久二郎・和田周三・由良琢郎・石黒清介・永井陽子・藤原龍一郎・小中英之・髙瀨一誌ほか五十余の出席を得た。現代歌人集会会員となる(平成二十八年退会)。個人誌「らんぷ」創刊(二年後、第四号で廃刊)。長男出生。弓夫と命名。
昭和五十七年 八月、長女出生。麻乃と命名。
昭和五十八年 歌集『続草食獣』(短歌新聞社)刊行。
昭和六十年 土木部公園緑地課に異動。
昭和六十二年 現代歌人協会会員となる。「短歌人」編集委員となる。『草食獣』が『処女歌集の風景ー戦後派歌人の総展望』(ながらみ書房)に収録される。
昭和六十三年 歌集『草食獣・勇怯篇』(短歌新聞社)刊行。
平成元年 教育委員会の学事課に異動。多忙だった。
平成二年 塚本邦雄歌集『詞花芳名帖』(書肆季節社)に〈詩は志なる由を書いたる句を見せつ死も亦詩なり史はさらに詩ぞ〉とある。
平成四年 歌集『草食獣・第四篇』と評論集『草食獣への手紙』を和泉書院より刊行。
平成五年 足立晶子・落合けい子・香川ヒサ・喜夛隆子・黒木三千代・小谷博泰・坪内稔典・中津昌子・中野昭子・源陽子らと同人誌「鱧と水仙」を創刊(平成二十二年八月の第三十五号まで在籍)。
平成六年 大阪歌人クラブ入会、理事となる。兵庫県歌人クラブ主催「現代短歌シンポジウム」にパネラーとして出席。
平成七年 一月十四日土曜日、成人式の準備作業中に脳内出血で倒れる。大阪脳神経外科病院に緊急入院。十七日の阪神淡路大震災は知らない。三月三日退院。七月一日職場復帰。この年をもって「短歌人」編集委員と大阪歌人クラブ理事を退任(大阪歌人クラブについては安田純生会長の配慮で平成十六年に再入会、平成二十九年より常任理事)。
平成八年 生活・人権部市民課に異動。
平成十年 四月、近畿大学通信教育部科目等履修生となる。翌年三月、司書課程を修了。図書館司書の資格を取得。十月、現代歌人協会主催「短歌フェスティバルin京都」にパネリストとして出席。
平成十一年 歌集『草食獣・第五篇』(柊書房)刊行。ウォーキングに出かける。やがて辞世を取材した私信「栄根通信」を発行(平成十三年、十分の十号をもって終刊)。
平成十二年 二月、兵庫県歌人クラブ主催の公開歌会にコーディネーターとして出席。
平成十三年 『現代短歌一〇〇人二〇首』(邑書林)に収録される。
平成十五年 二月、「栄根通信」の成果として『辞世の風景』(和泉書院)刊行(日本図書館協会選定図書)。三月、川西市役所を退職。四月、近鉄文化サロン枚方の講師となる(平成二十四年二月まで、他のカルチャー教室の中では一番長く務めた)。同月「NHK歌壇」(選者・小島ゆかり)にゲスト出演する。八月、『セレクション歌人31 𠮷岡生夫集』(邑書林)刊行。北村薫著『詩歌の待ち伏せ 下』に〈サブマリン山田久志のあふぎみる球のゆくへも大阪の空〉が収録される。同歌は平成十八年刊『詩歌の待ち伏せ2』(文春文庫)また平成二十八年刊『うた合わせ 北村薫の百人一首』(新潮社)でも取り上げられている。
平成十六年 五月、現代歌人協会主催「フェスティバルin名古屋」にパネリストとして出席。兵庫県歌人クラブに入会する(十七年度より副代表、二十三・二十四年度の代表を務める。平成二十七年、退会)。『三省堂 名歌名句辞典』に「辞世の歌」を執筆する。
平成十七年 『草食獣・隠棲篇』(青磁社)刊行。
平成十八年 『あっ、蛍 歌と水辺の風景』(六花書林)刊行。日本近代文学館編、中村稔・馬場あき子責任編集『恋うたの現在』(角川書店)に〈はじめてのくちづけをへてあふぐときどこかでいつかみた空がある〉を以て「歌人100人の恋うたの世界」に参加。
平成十九年 社団法人日本文藝家協会会員となる。
平成二十年 日本現代詩歌文学館振興会評議員となる(~令和七年三月三十一日)。九月二十一日、第一回兵庫歌会を開催する。
平成二十一年 小高賢編著『現代の歌人140』(新書館)の一人に加えられる。
平成二十二年 三月、『狂歌逍遙 第一巻 狂歌大観を読む』(ブイツーソリューション)刊行。十二月、『草食獣 第七篇』(ブイツーソリューション)を刊行。
平成二十四年 『ゆたかに生きる 現代語短歌ガイダンス』(ブイツーソリューション)刊行。
平成二十五年 兵庫県高等学校文芸部会が発行する「兵庫県高校生文芸集」(第二号)の短歌選者となる(令和三年度発行の第十号まで務める)。
平成二十六年 三月、『狂歌逍遙 第二巻 近世上方狂歌叢書を読む』(ブイツーソリューション)刊行。十月、『王道をゆく ジュニアと五句三十一音詩の世界』(ブイツーソリューション)を刊行する。
平成二十八年 角川全国短歌大賞の都道府県賞選考委員(兵庫県)となる(~現在)。
平成三十年 一月、『番外歌集 イタダキマスゴチソウサマ一九九五年』(ブイツーソリューション)刊行。三月、『草食獣 第八篇』(ブイツーソリューション)刊行。十月、『軌跡~𠮷岡生夫短歌論集~』(ブイツーソリューション)を刊行する。
令和元年 日本歌人クラブ入会。十月、『まじない歌の世界〜もしくは幸福論〜』(ブイツーソリューション)刊行。
令和二年 『小谷博泰の百首〜ときとして異界〜を読む』(ブイツーソリューション)刊行。十二月十三日、NHKのBS4K『一瞬の、永遠の、にっぽん「秋の風」』で〈秋草にすわれば風がわたりをりこれだけの生これだけのこと〉(『草食獣 隠棲篇』)が番組の最後に朗詠される。ちなみに登場順に列記すると次のとおりである。「古今集」詠み人知らず。野村喜舟(一八八六~一九八三)、俳句。紀貫之。松尾芭蕉、俳句。松岡青蘿(一七四〇~一七九一)、俳句。「万葉集」詠み人知らず。与謝野晶子①②。墓田いさを(不明)、俳句。金子兜太、俳句。与謝野晶子③。桂信子、俳句。尾崎迷堂(一八九一~一九七〇)、俳句。水原秋桜子、俳句。稲畑汀子、俳句。正岡子規、俳句①②③④。童謡「里の秋」。宮沢賢治①短歌。宮沢賢治②③詩。原裕(一九三〇~一九九九)、俳句。吉岡生夫。
令和三年 『私たちのファミリ-ヒストリ-〜𠮷岡正文の五十回忌に寄せて~』(ブイツーソリューション)刊行。
令和四年 三月三十日、母が脳梗塞で倒れる。その他の事情も重なって対面歌会は出席困難となり、七月九日の郵送歌会をもって兵庫歌会より身を引く。八月より川上幸子、吉浦玲子と三人で幹事となり、ブログ歌会「円の会」を立ち上げ、現在に至る。



【備忘録】
*平成15年 4月 近鉄文化サロン枚方講師(短歌教室。平成24年2月迄)
*平成15年10月 近鉄文化サロン京都講師(短歌教室。平成18年12月迄)
*平成19年 4月 NHK大阪文化センター講師(講座「辞世の風景」。平成19年9月迄)
*平成18年 4月 近鉄文化サロン奈良講師(短歌教室。平成20年3月迄)

兵庫県歌人クラブ会員(平成16年入会。17年度より副代表、23・24年度の代表を務める)。平成27年、退会。
現代歌人集会会員(昭和55年入会、平成28年退会)

平成16年5月29日、現代歌人協会主催「フェスティバルin名古屋」(愛知淑徳大学記念講堂)にパネリストとして参加する。
平成16年7月30日~8月2日、台湾・台北市内で開催された「短歌人」通巻750号記念夏季全国集会に参加する。
平成17年11月9日、徳島県立近代美術館で開催された「コレクション+αで楽しむシリーズ「文学『美術を《よむ》』」展を見る。
平成18年6月19日、日本近代文学館で催された「恋うたの現在」展を見る。
平成19年8月30日、姫路文学館で再び「恋うたの現在」展を見る。

半どんの会とは?
「この会は兵庫県下に在住もしくは兵庫県にかかわりのある芸術家と、芸術を愛好し、芸術文化の普及向上に理解をもつ人々による、会員相互の親睦と、郷土芸術文化の交流と振興に寄与することを目的とする」(会則第三条)団体です。


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