公開資料 bP9 「教育に生かすブリーフセラピー」(柴田健) 

 
 効率性,効果性を究極に追究したのがブリーフセラピーである。
 
1.事例「中2男子の不登校」を読んでのグループ討議
(1)事例から「わかったこと」は何か
例;息子は父親の暴力を見て傷ついている,息子は母親に頼り切っている,甘いけれども優しい母親である,息子は学校に行っていない,両親の離婚が大きな影響となっている,学校に行かなくても息子はすっきりしていると母親は思いこんでいる,息子は気を張りすぎていい子になっている,母親は息子のよい点を認めていない,等々。
 
(2)母親に質問したいこと
例;学校にあると思われるストレスは何だと思うか,会話の機会はどれくらいあるのか,友だちとの関係はどうか,休んでいる時に何をしているのか,三食の食事を作っているか,離婚の話題が家族間で出るのか,兄と妹を比較していないか,学校を休み出す前兆はあったか,父親の暴力は子どもに向けられたか,母親への暴力を子どもたちは知っていたか,母親が仕事に生きがいを持っていることを子どもたちは知っているのか,等々。
 
(3)助言したいこと
例;もっと会話したらどうですか,息子さんの良さを見つけてください,生活リズムが崩れていないことを認めてあげてはどうですか,お母さんの生き方を話してあげたらどうですか,あまり枠にはめなくてもいいんじゃないですか,もう少し様子を見ましょうか,今のままでいいと思いますよ,等々。
 
2.グループ討議から言えること〜「問題モード」と「解決モード」
(1)クライエントはいったい誰なのか
・この事例では相談に来ているのは母親である。不登校の息子のことが話題になっているが,相談に来ている母親に対して助言や質問をするという基本姿勢が大切である。クライエントは誰なのか,ということをしっかりと把握することが大切なポイントである。
 
(2)どこに視点を当てているか
・「わかったこと」の記述には,事実の記述もあれば,「〜ではないのか」という推測もある。事実や推測の確認のために,母親に質問したいこともいろいろ出てくるのだと思うが,例えば,「会話の機会はどれくらいありますか?」と聞く時には,その背後に,「あまり会話がないんじゃないか」,「会話がないから不登校になっているんじゃないか」というように,現在の問題に対する「原因」をはっきりさせたいという気持ちがあるのだろう。つまり,「原因探し」をしている。「問題モード」ともいう。
・問題モードでいるかぎり,クライエントに対する援助は絶対にできない。援助を効果的にやっていこうと思うならば,問題モードから抜け出さないといけない。離婚が影響しているからとわかったとしてもどんな援助ができるのか,父親の暴力が原因であったとしてもどんな援助ができるのか,過去のことは,今の時点ではどうにもならないことが多い。・医療の世界では従来,原因を探ることで,治療法を見出してきた。風邪をひいたとしたら,ドクターは問診の中で,様々な質問をして,その原因を探し,それを除くことで治そうとする。これは「医療モデル」という考え方であり,原因を取り除けば,その病気は治るという考え方である。我々はこうした医学モデルを心理的な問題にも当てはめようとしてきた。しかし,心の問題では,原因を「これだ」と特定できないことが多い。問題自体が,社会の中で作られているということもある。例えば,学級の中で「立ち歩き」が頻繁にあり,問題行動と担任から見られていた子どもがいた。親にも指導をお願いしたり,授業中にも頻繁に注意をしたりしたが,その行動はなくならなかった。ところが,担任が替わり,「小さい子どもはそういうこともある」とあまり問題視しなくなったら,「立ち歩き」がなくなったという例がある。これなどは,症状(問題)を周りが作りあげてしまったケースであろう。
 
★問題モードの頭の中はこうなっている
 @何が(誰が)いけないのだろうか
 Aなぜ,こうなってしまったのだろうか
 Bどこに問題があるのだろうか
 C何を取り除かなくてはいけないのだろうか
 Dどこを治さなくてはいけないのだろうか            森(2000)
 
・教師の頭の中は特にこの問題モードになりやすい。白と黒の模様からなる図形の中に「LIFE」という文字が見えたかどうか。その文字が見えないのは,白の部分に目を奪われ,他の部分が見えにくくなったから,「部屋の間取り」や「インベーダーゲーム」のように見えたりする。原因も同じで,とても目につきやすい。しかし,目につきやすいものだけを見ていると,その裏に大事なものが見えなくなる。
 
*問題モードを次のように考えよう
 @特に何が(誰が)いけないわけではない
 Aいろいろなことがあったのだろう
 Bそれはわからない,また,わかったところでどうにもならない
 C何かを取り除く必要はない,だいたい,取り除くなんて無理な話
 D何かを治さなきゃ,絶対ダメというわけでもない        森(2000)
 
☆そして,頭の中を「解決モード」にしょう
 @クライエントはどうなりたいのだろう?
 Aよくなった時って,どうなっているのだろう?
 Bクライエントは何が好き(得意)なんだろうか?
 C「なに」はもうすでにできている,起こっているのだろうか?
 D 「なに」を使えるのだろうか?
 *(不幸にして,取り除くべきもの,治すべきものを見つけたとしたら) これをう  まく有効利用できないだろうか?               森(2000)
 
・解決モードの「解決」の意味は,「問題を解決する」という意味ではない。問題をなくさなくても(解決しなくても)有効な援助はできる。
例;暴走族の総長の話。若い頃から暴走族として走り回っていたが,面接の中で,「将来は仕事に就きたい,真面目に働いて,結婚もしたい。子どもも持てたら立派に育てたい。でも俺は,走るのはやめられないだろなぁ」と話していた若者がいた。やがて社会に出て,立派に仕事に就き,家庭も子供も持ったが,土曜日は暴走族の総長として走り回っている。「問題」をそのまま持っていても,援助はできたという例である。
・頭の中が問題モードであるかぎり,解決モードにはならない。問題(白地)に焦点を当てていると,「LIFE」(黒地)は決して見えないということである。問題と解決を一緒にできない。
・こうした考え方は,医学的なこと,法律に触れるような場合には,使えない。「おなかが痛い,頭が痛い」という訴えの時には,さしあたって「医療モデル」で対応しないといけない。
 
3.「解決モード」によるグループ討議
(1)事例から「わかったこと」は何か
例;息子を見捨てていない,子どもの教育に関心や理解がある,子どもの生活リズムを母親が保っている,日曜には仕事を入れず家族と過ごしている,離婚から立ち直ってがんばっている,息子は引きこもりではない,話を聞いてほしいと思っている,不登校がなくなってほしいと思っている,仕事を続けたいと思っている,素敵な先生である,自分の子を素直な子どもに育てている,等々。
 
(2)母親に質問したいこと
例;子どものいいところは?,カバンを持て学校に行こうとした時は何が違っていたのか,等々。
 
(3)助言したいこと
例;息子さん,いいところがいっぱいありますね,等。
 
4.「解決モード」によるグループ討議から言えること
・「悪い母親だ」というイメージから「いい母親だ」というイメージの変換。
・子どもについて「わかったこと」は全て質問にもなっていく。例;「子どもさんは素直に育ってますよね,どうやってあのように育てたんですか?」など,母親への力づけになる質問ができる。
 
5.面接のポイント〜一緒に「ゴール」を探り,「例外」を探していく!!
(1)ゴールを探る
・「ゴール」とは「これから起きる解決」,「未来の解決」である。こうなったらいい,こうなったら今よりましだと考えられるようなことである。
 
(2)例外を探す
・「例外」とは「すでにある解決」,「過去,現在の解決」である。うまくやれていること,何とか切り抜けていることなどである。「リソース(資源)」ともいう。
 
・ブリーフセラピーによる面接は,この「二つの解決」をカウンセラーとクライエントが共に作りあげていくことが骨子となる。
・この「二つの解決」は頭が問題モードでいるかぎりは,いつまでたっても見えてこない。
 
*教師の中でも,教育相談担当者と生徒指導担当者は明確に区別することが大切である。「〜をやりなさい」と指示したり,注意したりすることは生徒指導担当なら言わないといけないこともあるだろう。しかし,教育相談を担当する教師(学校カウンセラーともいう)やカウンセラー(臨床心理士等のスクールカウンセラー)はクライエントの変化もしくは解決の援助をするのが仕事である。相談担当者やカウンセラーは「セールスマン」と捉えるとしっくりするのではないか。様々な手段を駆使して物を売り,まるで,客が自分が選んで買ったように思わせることが腕のいいセールスマンであろう。
 
6.解決モードに入っていくための質問
・「二つの解決」をめざすには効果的な質問をすることが大事である。カウンセリングは受容や共感が大事だとされるが,それだけでは決して解決にならない。
 
<面接の進め方例>
・できればお話を伺ってお役に立ちたいと思っています。
・この面接が役立ったと思えるには,どんなことが起こればいいですか?(スターティングクエスチョン;ゴールを探る質問)
・その時は,今とどんなふうに違っているでしょうか?(アウトカムクエスチョン)
そうすると,どうなっていくでしょうか?(明確化)
具体的には,〜〜(明確化)
他には,どんなふうに違っているでしょうか?(幅を拡げる)
それで,〜〜(幅を拡げる)
 
*上記,波線の言葉はゴールをめざす代表的な質問の切り出しである。
 
・何かうまくいっていることはありますか?(例外を探す質問)
・ほんのちょっとましだった時はいつですか?(例外を探す質問)
 
*その他有効な質問は
・最悪の時を1,最高の時を10とすると今はどのくらいですか?(スケーリングクエスチョン)
・こんな大変な状況の時に,どうやってがんばってこられたのですか?(コーピングクエスチョン;ゴールや例外が見つけられないクライエントに使うと有効)
 
*「面接の流れ」,「保護者との面接法」などは,「先生のためのやさしいブリーフセラピー」(森俊夫,ほんの森出版,2000)に詳しい。
             

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