公開資料 17 「新しい診断尺度QUを用いた学級経営」(河村茂雄)  

T Q-U(Questionnaire-Utilities)の開発経緯
・Q-Uは「級友」にも引っかけた診断尺度である。
・「活用しないことには意味がない」という思いを込めて「Utilities」としている。
・平成3年から4年にかけて,山形県をはじめ地方でのいじめや自殺が続いた。文部省はいじめ防止月間を指示,教育相談システムの検討も指示した。その中で子供たちが逃げ込む場の確保が話題になった。また,子供たちの日常観察の他に,子供を知るテストがほしいと要望があった。従来の心理テストはあるが,項目数が多く,教師が忙しい中でも使えるものを,という要望の元,Q-Uの開発に着手した。
・1980年代にも中学,高校が荒れた。その時には,教師が力で子供たちを押さえ込んだ。それは結局,真の問題解決にならず,問題を深く沈み込ませることになった。問題は見ようとしないと見えなくなった。いじめられていると親や教師に話すことは自尊感情を低下させることにもなるため,なかなか話す生徒はいなかった。特に中学生は「ちくる」ことも嫌だという感覚が強い。そのような見えない問題を見えるようにする診断尺度としてQ-Uの開発に着手した。いじめ被害や不適応の子供たちをスクリーニングすることもねらいとした。
・Q-Uは石隈先生の「1〜3次対応」に対応している尺度である。
・問題数は少ないが精度が高い。
・教師が簡単にパッとできることを骨子としている。
 
U Q-Uの理論的背景
・マズローは欲求階層説を発表した。人間の欲求は「基本的欲求(衣食住)」から「安全欲求」,「所属欲求」,「承認欲求」等を経て最後に「自己実現欲求」に至るという説である。欲求は下の階層の欲求が充足されてはじめて,上の階層の欲求にいくという考え方である。
・中でも「所属欲求」は中学生の場合,特に強い。第二次反抗期で親を否定する。しかし,一人ではまだ立てないので仲間を必要とする。だから,クラスで無視されるようなことは非常につらい。また「承認欲求」も強い。クラスの中で自分は認められている,必要とされているという思いを求めている。
・大学生の自殺が,内戦状態にある国は少ない。なぜか? その基本的欲求を満たすだけで精一杯だからである。日本のように恵まれた国は,基本的欲求や安全欲求を満たされ,所属,承認欲求に目がいく。その段階の欲求が充足されず,自殺に向かう学生が多いということである。
 
V Q-Uの構成
 Q-Uは「いごこちのよいクラスにするためのアンケート」と「やる気のあるクラスをつくるためのアンケート」の2つからなっている。
 
(1)いごこちのよいクラスにするためのアンケート(学級生活満足度尺度)
・学級生活満足度尺度は横軸(x軸)に所属欲求を,縦軸(y軸)に承認欲求を持ってきている。所属得点を「被侵害得点」とし,例えばいじめを受けている場合は得点が高くなり,軸の左方向に進むように設定している。また,承認得点をそのまま「承認得点」とし,クラスで認められていると感じるほど得点が高くなり,軸の上方向に進むように設定している。
・x軸とy軸の直交する交点が「0」でないのは理由がある。開発時に全国の学校から集めたデータの平均に合わせて,軸をずらしているからである。当初のデータは全国の附属小中学校データであり,被侵害得点は低く,承認得点が高いという「満足群」の子供が多かったが,その後,様々な学校のデータが加算されたため,「満足群」の子供が減り,その結果,軸の交点の位置が「左に,下に」ずれてきている。
・学級生活満足度尺度を実施すると,子供が次の4群にプロットされる。
 
〇満足群(承認得点高く,被侵害得点低い。プロット図の右上に配置);学習意欲,友達との関係良好,活動意欲など十分な子供たち。1次対応でOK。
〇非承認群(承認得点低く,被侵害得点低い。プロット図の右下に配置);学級に嫌なことはないが,何となく楽しくない子供たち。目立たないし,通知票で所見が書きにくい子供たちがここにプロットされる。高校生はここに入ると,退学する生徒が多い。アルバイトなどの学校外の活動に楽しみを見いだすからである。教師の適切な支援が必要であり,2次対応となる。 
〇侵害行為認知群(承認得点高く,被侵害得点高い。プロット図の左上に配置);2種類の子供がここにプロットされる。学級生活への意欲は高いが,人間関係でトラブルを持っている子供,または,被害者意識の強い子供の2種類である。自己中心的な子供がここに入りやすい。この子供たちも教師の適切な支援が必要であり,2次対応となる。
〇不満足群(承認得点低く,被侵害得点高い。プロット図の左下に配置);いじめを受けている,学習に向かえない,学級がつまらないなどの子供たち。時間の経過と共にさらに状態は悪くなり,3次対応が必要。
 
・学級生活満足度尺度は,今,子供は○次対応が必要なのかがわかり,個別対応の必要性が見えてくる尺度である。また,いじめや不登校の発生を事前に予測できる尺度である。・尺度は子供を選別するためのものではない。援助ニーズが必要な子供を事前に見いだすためのものである。尺度はアンケート形式であり,子供自身の思いを書くものである。文部省は,「本人がいじめと思ったらいじめである」という見解を示している。「ちゃんとやりなさいよ」という友達からの言葉かけをいじめと感じる子供もいる。訴える子供には2種類あるということ。一つは子供同士の関係性の中で訴える子供(関係性の問題),もう一つは被害者意識の強さから訴える子供(認知の問題)である。後者の認知上の問題を抱える子供にも対応していかないと,その子たちは不登校に陥っていく。
・Q-Uは,この学級生活満足度尺度のプロット図の活用が多い。なぜ,子供たちが不適応やいじめなどの問題行動に陥ったのか,その動機を調べるために実施してみると,8割の生徒が不満足群にプロットされているクラスは,授業が不成立,いわゆる学級崩壊の状態になっており,集団というより烏合の衆のようであった。そのようなクラスの場合は,調査拒否をされる場合も多い。一方,満足群に8割の生徒がプロットされているクラスは,気がつくと一緒に給食を食べてきているようなクラスであった。自分たちで新聞を作ったり,クラス全体に自治ができている。
 
・学級生活満足度尺度を年間5回実施させてもらい,研究するなかで,学級の状態が不満足に至る規則性があることに気づいた。
・教師は学級の状態がなぜよくないのかわからないし,わかりたくない。なついている子供を益々かわいがるし,原因がわかったところでどうしていいかがわからない。クラスの子供たちは仲間が信じられず,疑心暗鬼になっている。不満が一カ所にまとまり,その矛先は教師に向かい,その時だけ,クラスが一致団結する。もうその時点での相談ではどうにもならない。学級崩壊してしまったクラスはいじめ,不登校の生徒も多く,ゴミも散乱するようなクラスである。こうなってしまったら,もう教育云々ではなくなる。危機介入となり,子供たちがこれ以上クラスで傷つかないように,そして,学習権を保障するためにチームを挙げての対応となってしまう。それ故に,そうなる前にQ-Uの尺度を使って,学級の状態を把握した方がいいという提言をしたい。
 
・Q-Uは学級崩壊の流れが読める。一つの例。ルールが比較的しっかりしているクラスは,6,7月に徐々にプロット図の右側に偏って生徒が「縦伸び」に分布する。この段階での対応なら学級の状態が改善可能である。対応しないと「縦伸び」が「右上から左下に伸び」に変化する。左下,すなわち不満足群の生徒はどうするか。自分を納得させるために,周りの生徒を引き下げようとする心理が働きだし,クラス全体が不満足群に引っ張られるようになる。学級崩壊の6,7割がこのパターンをとる。二つ目の例。優しい先生のクラスは,6,7月に徐々にプロット図の上側に偏って生徒が「横伸び」に分布する。個の状態はそのままにすると,やはり「右上から左下に伸び」に変化する。後は同じ崩壊パターンをとる。
 
・Q-U活用の必要性とは何か。集団の状態を100%つかむことはできないが,何かしらの目安を持つことは大切である。目安を持つことで,クラスの動きがわかるようになる。
 
・プロット図の状態を見て,担任があきらめてはいけない。状態を見て,何らかの手を2週間打ってみた。しかし,結果が出なかった。すると担任は悪いことばかり考え始める。子供の行動が変わるには1,2ヶ月かかる。担任がその間,どのように気持ちを持ち続けるかがポイントである。「先生は変わっていないと言うけれど,分布が少し変わったよ」と周りの先生方が見えることがQ-Uの良さである。
 
(2)やる気のあるクラスをつくるためのアンケート(学校生活意欲尺度)
・子供が学校や学級に満足するのはいろいろな背景による。小学生は「友人関係」「学習意欲」「学級の活動」の三つである。教師との関係は「学級の活動」に含まれている。中学生はさらに「教師との関係」「進路意識」「部活動」が入ってくる。このように満足感にはいろいろな領域に関する意欲が絡むということである。
・満足感が低い時,どこから対応するかは2次対応である。その目安として,学校生活意欲尺度が使える。「どこでつまずいているのか」「そうか,友人関係か」ということが見えてくる。
・満足感がすごく低い生徒がいたとする。その場合,逆に低い中で,高いところが一つでもあればそこに対応のポイントを置く。例えば,部活が高ければ,そこから介入する。
 
W これからの教育実践への活用の指針
・1970年代の指導は画一的。その時の不登校は7千人。1990年代は文部省が不登校に対する見解を変えた。「不登校は全ての子供に起こる可能性がある」。不登校の子供たちはうまく人とかかわったり,集団生活に乗っかたりするのが苦手であると文部省が認めた。
・1997年,学級崩壊がマスコミに登場した。そして,不登校が都会だけでなく,地方にも増えだした。ただ集まっただけで集団ではなくなった子供たち。放っておくとそのままでいる。以前はリーダーが集団をまとめた。仕切る子供は嫌われる時代。今は集団を動かそうと思ったら,集団を育成しないといけない時代。育成と同時に,動かさなくてはいけない難しさが学校にはある。10,11月に崩れていくタイプは集団の育成がしっかりできていないクラス。
・学級の全員が満足群にいるのは,小学校で4%,中学校で2%でしかない。かなりの生徒が満足群にいる集団の特徴は何かと言えば,「子供たちが社会的スキルを持っている」「相手がまじめな話をしたら聞く」ということである。つまり,マナーやエチケットをしっかり持っているクラスということである。
・うまく人とかかわれない子供たち。少子化ということ,家の中ではスターであること,周囲からの徹底した期待があること,昔よりも今の子供たちは認められたいという欲求が強い。写真やビデオも小さい頃から撮られまくっている。
・周囲から認められたいなら,自分からかかわっていけばいい。しかし,それをしない。なぜか? 人間関係には「ストレス」と「生き甲斐」が背中合わせである。人とつきあうのは「生き甲斐」となるからつきあう。他にもプラスαがあるからつきあうのである。生き甲斐が見えないと,ストレスがたまり出す。ストレスを避けようと動くと,人と距離を置くことになる。傷つきたくないので,防衛的になる。
・人とかかわるようにするにはどうしたらいいか。マナーを一つ一つやっていくしかない。子供が話を聞かなくて困るという時,教師が見本を見せることである。最後まで話を聞かせるには「短く」話せばいい。そして,最後まで聞いたという経験を重ねていくことである。はじめは3分なら聞く。「よく聞いたね」とほめ,同じように小さなマナーを育てていくこと。これは日常の場でもどこでもである。
・集団を育てるには最低限のマナーを積み重ねていくことである。ソーシャルスキルトレーニングは学級経営に大きなかかわりを持つ。
・なぜ学級が崩壊するのか。教師の指導力不足と言われるとがっくりする。相談に来ている教師は一生懸命な人が多い。ただその熱意がずれているということ。「集団の把握がうまくない」という一言に尽きる。
・教師はなぜ不安が消えないのか。なぜだめなのか,なぜうまくいっているのかという整理をしていないからである。そのやり方を教師は習っていない。それに,1970年代まではそれでもよかった。そこで,一つの方策となるのがQ-Uである。教師がある程度の共通の道具を使えば情報を共有でき,しかも協力ができる。そして,問題の解決ができる。子供の心を育てることができるのは学級である。心を育てる最後の砦は教師である。「これだ」という方策を探っていきたい。

back