公開資料 bP1「学級で使える構成的グループエンカウンター」(諸富祥彦先生)

・エンカウンターは心を開く人間関係であり,「自己肯定感を育てる」,「人間関係を育てる」という二つのねらいがある。このねらいは心の教育を考える上で一番大切。

1.グループエンカウンターのねらい
(1)自己肯定感を育てるということ
・子供たちへのアンケートをとると自分のことを好きになれない子供がかなり多いということに気づく。「自分はいなくてもいい」,「クラスで必要とされていない」,「どうせ私なんて」等々,投げやりな気持ちを持っている。そうした気持ちが,問題行動を引き起こしている。
・手首を切る,自分の身体に傷を付ける等,自傷の子供が増えている。しかも,授業中,カウンセリング中にやる場合が多い。なぜ,一人でこっそりとやらないのか? 心の傷を誰かに気づいてほしいから。
・自傷の子供たちの多くが,「自分を粗末にすると落ち着く」,「自分を否定していると落ち着く」と言う。
・自分のことを好きになる子供を育てることが大目標。子供たちは自分を粗末にし,教師をわざと怒らせるような態度を繰り返してとる。「これでもか,これでもか」と試す。しかし,教師は何度子供に裏切られても見捨ててはいけない。腹は立てても見捨ててはいけない。

(2)人間関係を育てるということ
・今の子供たちには「自分はOK,他人はOKではない」,あるいは「自分はOKではない,他人はOK」という心理状態が多い。前者の子供はいじめる側の子供,後者の子供はいじめられる側の子供,不登校のタイプである。
・最近の不登校の子供たちの話を聞くと,「トラブルがあって,仲直りの仕方がわからないから学校に行くのが嫌になった」という子供が多い。人間関係のスキルが身についていないということ。
・人間関係のスキルという面では,人の立場を考えての言動や行動ができない子供が多い。「いいところ探し」のエクササイズで,「太っているけれど,足が速い」と用紙に書いた子供がいた。「これは本当に相手のいいところを探してほめてるのかなぁ? この子の立場なら嫌じゃない?」と介入すると,「だって,本当のことだからいいじゃない」と答えた。裏表がなく,正直に語ることは場合によっては大きなトラブルを引き起こす。そうしたことが今の子供たちはわからない。
・小5,6年頃から「思っていることを素直に言う,正々堂々と言う,本当のことを言って何が悪い」という雰囲気が強くなっている。これでは人間関係はうまくいくはずがない。「人間関係の戦国時代」。だから,「自分もOK,他人もOK」という関係にしたい。自分のことを大切にするのはもちろん大事なことだが,他人も大切にすることが大事だよと伝えていきたい。

*グループエンカウンターは,自分を大事にする人間を育て(自己肯定感の向上),相手のことを大事にするようなかかわり方を身につける(人間関係づくり)ための技法として,非常に優れたものである。

2.エンカウンターはどういう時に有効か?
  @学校ぐるみで実践している場合
  A学級の雰囲気を変える場合(特に,クラス替えや学期の初めなど)
  B保護者会の場で 

*学級崩壊しているクラスや,クラスの半分以上がエンカウンターにやる気を見せない場合にはやっても難しい。クラスの雰囲気が悪くならないように,学級崩壊などが起きないように予防的・開発的な技法として用いた方がよい。

3.エクササイズ(自己肯定感を高めるエクササイズ中心)
@「手のひらで感情を伝える」:言葉を用いず,今の感情を手のひらを通して相手に伝える。
A「トラストフォール」:相手を信頼して目をつぶり,後ろに倒れる。
B「今までで一番幸せだったこと」:自分を語る。
C「アサーショントレーニング」:相手を大事にしながら依頼を断る練習。
D「トラストフォール2」:5,6人の輪の中に目をつぶって一人立ち,前後左右に身を任す。
E「私の自慢」:自分を語る。
F「私はあなたのここが好き」:一人の人に順にいいところを言ってあげる。
G「自分を認める」:日頃,嫌だなと思っている人,評価してくれない人の顔を思い浮かべて目を閉じる。「誰がなんと言おうと私は自分のことが大好きです」,「誰から何か を言われようと私には立派な価値があります」,「誰から何かをされようと私は立派な人間です」と繰り返し,声に出して言う。

4.質問に答えて
(1)心理的抵抗について
・「子供がエクササイズに乗らない,やりたがらない」,「エクササイズの中でうまく自分を語れない子供への対処は?」などは全て「心理的抵抗」によるものである。これは,日常の教師との関係に依拠する場合が多い。ホームルームで接する場合,授業で接する場合などとは明らかに違う空気を作り出してエクササイズを行うことが一番大切な点である。勉強モードとは違う雰囲気を意識的に作り出すこと。口調もゆったりとした柔らかいものに変える。BGMも効果的。リーダーやモデルになる先生が,「先生もこのエクササイズは苦手なんだよな,恥ずかしいからさ」などと言えば,その雰囲気が子供に伝染する。
・「辛いな,やりたくないな」と思う子供がクラスに一人,二人いるのは当然。その時には無理に入れないこと。「できたら入ってほしいけど,今,辛いんだね」と語りかけ,見守ればよい。

(2)シェアリングについて
・体験のやりっぱなしでは成果が定着しない。総合的な学習の時間の取り組みも同じ。エクササイズを行って,お互いにどんな感じがしたかを伝え合うこと,こうした言語化によってねらいが定着していく。
・多くの学校のエンカウンターの実践でシェアリングがうまくいっていない。なぜか? 「今から10分間,話をしてください」と投げたままでは,子供たちは話ができない。特定の子供だけがやっとしゃべっているということになる。慣れるまでは,教師がしつこいくらいに仕切って(介入)いくことが大切。「一番の人から言ってね」,「はい,1分経ったから次の人ね」など。そうした経験を経て,話し合いの力が育つ。
・シェアリングと言わず「聴き合い活動」という下ろし方もいい。「聴き合いの手引き」のようなマニュアルを子供たちに渡しておくと,それを見ながらお互いに質問などができる。「自分を語ってください」と投げかけて話ができるのは大人だから。子供たちはまず「相手に質問する」ことから始めることが大事。うまく相手に尋ねることができると,聞かれた人もその質問に答えることができ,話し合いへの第一段階となる。

(3)グループ圧力(ピアプレッシャー)について
・すでに既存のグループができあがってしまうと,なかなかそのグループを解体しての活動が難しくなる。みんなと同じことをしないと仲間はずれにされそうで怖いから。だからグループが固定する前,学期初めとかにエンカウンターを取り入れることが有効。また,グループの同一行動に関しても,「嫌なことは嫌」と言える力を育てることは大事。相手を怒らせずに断る力,「自己主張(アサーション)」の力が大切。グループ化を防ぐには数人で協力するようなエクササイズを取り入れることも有効。

(4)時間を構成することの意味について
・リーダーが「はい,そこまで」と時間を切っていくのは,特定の人だけが話をし,話をしない人がたくさん出るようなことを防ぐ意味もある。任せっきりにすると,マイノリティ(発言しない人)が生まれ,「私はしゃべれなかった,なんてダメなんだろう」と肯定感を低めてしまう可能性もある。もちろん,やり方になれてくれば,リーダーの介入を減らしてもいいが。

(5)スムーズな自己主張の方法について
・相手を怒らせずに要求を断るためには,まず,相手の意を汲むということ,そして,それを言葉にして返すということ「そうか,大事な話があるんだね」,その後で,こちらの要求を出すような流れが大切。



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